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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第二章:パーティ・オブ・ザ・ブラッド
8/110

静寂を斬り裂く”二人の戦士”

 非常電源装置が起動した後、香華をあの戦部とかいう傭兵に任せ、佐藤 一輝はパーティ会場だったホールを抜け出して数人の男性乗組員と合流、途中無残に斬り裂かれていた部下の亡骸から拝借した小型自動拳銃シグ・ザウエルP230を乗組員達に持たせて豪華客船”龍鳳”の艦橋に向かっていた。

(三分半で一体何があったんだ……お嬢様は無事だろうか)

 胸に込み上げる不安感を押しとどめ、佐藤は自らが使える少女、西園寺 香華の身を案じる。恐らく敵の狙いは彼女だと、佐藤は直感的に理解していた。停電と同時に襲い掛かってきた、おそらく単独の敵は交戦痕から察するに香華のみを狙っている。会場内は物こそ壊されてはいるが、警護に当たっていた部下達以外の人間には傷一つ無い。

 乗務員用通路に入って最初の曲がり角に差し掛かろうとした時、角の先から気密扉が重苦しい金属音を上げて開く音がした。佐藤は咄嗟に壁に背中を貼りつかせ、上着の下に隠したホルスターから愛銃である四インチの回転式拳銃リボルバー、コルト・パイソンの撃鉄ハンマーを起こす。

「この先はどこに繋がってる?」

 佐藤が隣で怯えながら壁に張り付いていた乗組員に小声で尋ねる。彼曰く、この曲がり角を曲がって暫く進むと艦橋に繋がる階段があるらしい。その階段までの道のりに甲板に繋がる気密扉があるという。

 角から少しだけ顔を出して様子を伺う。丁度気密扉が解放され、人影が船内に入ってくるのが見えた。その姿は明らかにこの船の乗務員ではない。ロシア軍採用のフローラ迷彩が施された野戦服にチェストリグ、ヘルメットを被る顔に黒い目出し帽を被った男の手には突撃銃アサルト・ライフルAKS-74uが握られている。続いてもう二人ほど船内に入ってきた。その動きは明らかに素人でなく、無駄が一切ない。一人一人が物言わぬ機械マシーンのように精密無比な動きで死角をカバーし合っている。

 佐藤は意を決して曲がり角から飛び出し、男達の前に躍り出た。こちらを向いていた三人の内一人がAKの引きトリガーに添えた人差し指に力を込めるより早く、佐藤はコルト・パイソンを発砲。轟音と共に射出された.357マグナム弾は正確に男の頭蓋を貫き、粉砕した。

 残りの二人が振り向く。絶命した仲間の砕けた頭から撒き散らされる鮮血と脳梁が自らに降りかかるのを気にも留めず、彼らは人差し指に力を込める。連射フルオートで撒き散らされる5.45mm弾の雨を掻い潜り、佐藤は男達に肉薄する。

 床を滑り込みながら発砲し、佐藤から見て手前に居た男の右手首から先を吹っ飛ばしてやる。動かぬ肉塊と化した右手首と共に吹っ飛び宙を舞うAKS-74u。滑り込みの勢いで手首を吹っ飛ばした男の腹に強烈な蹴りを入れ、五体満足のもう一人に激突させる。

 五体満足の方が立ち上がり、AKの銃口を向ける。だがその先に佐藤の姿は無い。佐藤は一気に懐に飛び込み、強烈なアッパーカットを顎に喰らわせた。男が吹っ飛び、宙を舞っている間に背中の鞘から左手でナイフを抜き、床に未だ寝転がっていた右手首から先の無い男の頸動脈を斬り裂いた。ただでさえ右手からかなり血を流していた男は、断裂した頸動脈から鮮血を噴き出し、程なく失血死した。

 吹っ飛ばした男が背中から思い切り床に叩きつけられる。なんとか立ち上がろうとしたその時、男は額に冷たい金属の感触を覚えた。

「さて、洗いざらい吐いて貰おうか? 生憎今俺は疲れててね、あんまりフザけたことを抜かすと手が滑ってお前さんの頭吹っ飛ばすかもしれん」

 佐藤が、コルト・パイソンの銃口をぴったり額に付けていた。ゆっくりと、右親指で撃鉄ハンマーを起こしていく。

 男は元ロシア連邦軍特殊部隊スペツナズのロシア人で、ただ金で雇われただけだった。両手を上げ必死にロシア語で命乞いをする男。その眼に戦う意志はもうなかった。

「あー? 聞こえねえぞー?」

 佐藤は少し銃口を下にずらして男の右太腿を撃ち抜いた。激痛に身を捩って喘ぐ男をよそに、佐藤はニヤリ、と口を綻ばせていた。

「悪い悪い、ちょっと虫の居所が悪くてな。思わず手が滑っちまったよ」

 今一度額に銃口を押しつける。今度はロシア訛りの強い英語で必死に命乞いをするが、佐藤はため息をつくだけで、銃口を離そうとはしない。

「ったく、仕方ねぇなぁ」

 佐藤はコルト・パイソンを降ろし、立ち上がった。助かったと男は心の内で歓喜する。

 だが次の瞬間、自らの生存に自然と綻んでいた男の顔は轟音と共に無残な形に変化してしまった。恐らく絶命した後も、自らに何が襲い掛かったのか男は理解できなかったであろう。

「訛りがキツすぎて何言ってるか聞きとれやしねえんだよクソッタレのイワン野郎が」

 佐藤はそう言いながら、銃口から立ち昇る白煙をフッ、と息を吹きかけて飛ばしコルト・パイソンをホルスターに戻す。屈んで、物言わぬ肉塊と化した男達の装備を物色し始めた。

(AKとマカロフが三挺ずつに予備弾倉が大体全部で九個、手榴弾が三つにマカロフの弾倉が四つか……)

 物色していると、遺体が所持していた無線機から、渋い男の声で流暢な英語が聴こえてきた。内容は”ホール内の客は全て人質に取れ”。どうやらギリギリのタイミングで抜け出せたようだ。佐藤は己の運の良さに感謝しつつ、とりあえずAKS-74uを一挺肩から下げる。ズボンとベルトの間に予備弾倉を三つ無理矢理押し込んだ。曲がり角の向こうで怯えていた乗組員達を呼び寄せ、他の装備を持たせる。耐性が無いのか、目の前の肉塊を見た瞬間その場に胃の中身を全て床にブチ撒けた奴もいた。

 佐藤は立ち上がり、乗組員達を連れ階段に急いだ。敵がたった三人の筈がない。今の銃声を聞きつけたコイツらのお仲間と鉢合わせする前に船のコントロールを握らなければならなかった。

 乗客用の階段と違い、特に何の装飾も施されていない無骨な鉄製の階段を登る。結構な高さを登り、階段が丁度終わった先に広がる廊下に出た。乗務員の案内に従って廊下の先にあった気密扉の一つを開ける。防水用のハンドルが回す度に重く軋み、ドアのロックを解除していく。ある程度回したところでそのままハンドルを持って鋼鉄製の重苦しい扉を開けると、中から異臭が漏れ出てきた。後ろに居た乗組員達は思わず後ずさりしてしまう。佐藤には分かっていた。この臭いの正体が死臭だと。物言わぬ肉塊と化した人間が放つ臭いだと。

 コルト・パイソンを抜き、意を決して中に飛び込んだ佐藤の双眸に飛び込んできた光景は、まさに地獄という言葉が相応しい光景だった。

 四人の男達――着ている制服から見て、ここで船の操作を担っていた船員だろう――が、各々鮮血を撒き散らして地に伏せっていた。首と胴体が離れ離れになった者や頸動脈を綺麗に斬り裂かれた者、胴体を真っ二つに袈裟斬りにされた者まで居た。床には血溜まりが出来ていて、白を基調とした清潔そうな壁を紅い返り血があちこち汚している。大海が望める正面の窓の数枚は血染めになって使い物にならなくなっていた。

 後から追って入ってきた乗組員達はその光景に絶句し、必死に吐き気を堪えていた。かくいう佐藤も、額に汗を伝わせながら食道を昇ってくる胃液を抑えている。窓をコルト・パイソンのグリップで叩き割り、少しでも外気との入れ替えを図る。彼らには悪いが、正直邪魔だった遺体達を一か所に蹴って集めた。近くの船員室と思しき部屋から机やらを運び込ませ、横倒しにしてバリケードを構築する。

「い、一体何をする気なんです……?」

 先程兵士達の遺体を見て胃液をブチ撒けていた乗組員がオドオドした様子で佐藤に話しかけてくる。佐藤は無言のまま、一か所に集めて立てかけておいたAKS-74uを掴むと、乗組員に投げ渡した。いきなりのことに驚いた彼は咄嗟に両腕でキャッチするものの、予想外の重さに思わず尻餅をついてしまう。

「――戦うんだよ、俺達は」

「えっ……?」

 聞き返してくる船員。佐藤は持ってきた机の一つに腰を掛け、上着の内ポケットから煙草を一本取り出して咥えた。愛用のジッポーライターで先端に火をつける。芳醇な紫煙の香りが肺に流れ込み、燃える先端から流れ出る副流煙が艦橋に漂う。

「この船を港に戻すんだ。だが奴等は必ず、船のコントロールを一手に担うここを抑えに来る筈だ。俺達は、ここを何としても死守する」

 一度煙草をつまんで口から離し、吐息と共に紫煙を空気中に吐き出す。そしてまた咥えた。

「き、来ましたぁ!」

 階段付近に立ち番をさせていた乗組員が大慌てでこちらに戻ってくる。佐藤は軽く舌打ちすると今まで咥えていた煙草を床に投げ捨て、靴底で火を揉み消すと今まで腰かけていた机を蹴り倒し、出来た遮蔽物の陰にしゃがんで身を隠す。

 乗組員の一人にAKS-74uを投げ渡させ、弾倉を装填。セレクターを単発セミオートの位置にしてからボルトハンドルを引き、薬室チャンバー内に5.45mm弾を装填した。ついでに予備弾倉を床に三つ置いてから、拝借したマカロフのスライドを前後させ薬室チャンバーにも弾を装填する。船の操舵経験があると言った乗組員には船の操作に当たらせ、他の三人には銃を持たせた。

(階段まで大体15mってとこか。さて、どれだけ耐えきれるかね……)

 内心焦りはあるが、それ以上に佐藤の心は高揚していた。やはり自分の生きる場所はここだと。血と硝煙の中でこそ、最も自分が自分らしく居られると。

 いつの間にか浮かべていた凶悪な笑みを隠すかのように、新しい煙草を一本咥えて、火をつける。丁度ライターを上着の内ポケットに入れたタイミングで、階段を多数の人間が昇ってくる音が聞こえてきた。人影が見える。先程殺した男達と同様のフローラ迷彩服を着ていた。

「さぁ……楽しもうぜ、血沸き肉躍る殺し合いをなァ!」

 佐藤はそう叫ぶと、床に転がしておいた三つの手榴弾の内一つの安全ピンを抜き、投擲した。先行した人間――パーティ会場で襲い掛かってきた奴だろう――が既に艦橋を制圧したものだと思い込んでいたらしく、兵士達は数秒反応が遅れた。何が飛んできたのか一瞬理解出来なかった様子だった。

 気づいた一人が床に転がった手榴弾を掴もうとするが、時すでに遅し。手を伸ばした瞬間に手榴弾は炸裂した。炸裂する火薬の爆風と、粉々に砕けた外殻が兵士達の肉体を容赦なく屠る。既に登り切ってこちらに向かってきていた兵士達は血の霧と化した。

 身を乗り出し、連射フルオートにセレクターを合わせ後続の兵士達に5.45mm弾の雨を浴びせる。一人は胸に数発致命弾を受け倒れるが、他はなんとか遮蔽物に飛び込んで身を隠している。弾倉が空になり、佐藤は乗組員達に援護射撃させ一旦机の陰に戻った。

≪アルファよりエコーリーダー、生きてたら応答求む≫

 左耳に挿しっぱなしだったイヤホンから若い男の声が聴こえてきた。コールサイン・アルファ――香華の護衛を務めていた傭兵、戦部 戒斗の声だった。

「こちらエコーリーダー! お嬢様は無事か!?」

 新しい弾倉を装着しながら、佐藤は思わず叫んでいた。

≪なんとかな。状況はどうだ? 救援が要るようなら向かうが≫

 セレクターを単発セミオートに合わせ、ボルトハンドルを再度引いて再装填リロード。咥えていた煙草が殆ど燃え尽きていたのに気づき、足元に投げ捨てた。机から身を乗り出し、間合いを詰めようと遮蔽物から頭を出した兵士の頭蓋を吹っ飛ばしてやる。

「数名の乗組員と共に艦橋で立てこもってる! 敵は完全装備の奴が数十名は居る! ホールに居た客達は人質に取られてるみたいだ、俺達は後回しでいい! 先にホールの方を頼む!」

 叫びながら、制圧射撃を繰り返す。銃弾というのは敵の近くに着弾させるだけでもある程度の効果を発揮するもので、至近弾が多く着弾すれば人間は自然と遮蔽物から身を乗り出しにくくなるものだ。

≪了解した。せいぜい俺が行くまでくたばらないでくれよ、護衛隊長殿。アウト≫

 佐藤はその言葉を聞き、口元を綻ばせ不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。お前もな! と。





 客室のドアが立ち並ぶ廊下を走る戒斗、琴音、香華の三人。彼らは佐藤の指示通り、パーティ会場になっていたホールの制圧に向かっていた。何故真っ先に佐藤の元へ行かないのかと香華が言っていたが、おそらく大丈夫だろうと戒斗は踏んでいた。あの男と話したのはほんの僅かな時間だったが、その佇まいや話し方を見て、自分と同質の、同じ側の人間だと戒斗は直感的に感じ取っていた。あの男――佐藤 一輝の年齢は二十代後半だと聞いているが、彼が身に纏った雰囲気は年齢不相応な程に乾いていた。まるで自分の本来の姿は違うとでも言わんばかりの乾きだった。

 上階へと続く階段を駆け上がる三人。香華を抱えて下っている時は余裕が無くて気づかなかったが、階段もかなり豪華な装飾が施されている。床面には赤い絨毯が敷かれ、金色のメッキが張られた手すりはどこか芸術品のようにも見えた。

 登り切り、十字路になっている廊下に躍り出る。背後を琴音に警戒させ、戒斗はホールへと繋がる方向へ慎重に歩き出す。注意深く見ると、あちこちに金色に光るライフル弾の空薬莢が落ちていた。壁には微量だが血痕も付着している。

 目の前、廊下の突き当たりにある曲がり角の向こう側から人の話し声が聞こえた。戒斗は後ろからついてくる二人に手振りだけで警戒を促し、壁に背中を寄り添わせ少しずつ話し声の方向へ迫る。

 壁の切れ目、曲がり角のところで戒斗は静止し、頭を最小限壁から出して向こう側を探索する。

 ――居た。ロシア軍のフローラ迷彩服を着た完全武装の兵士二名がホールの出入り口に立っていた。彼らが話している言葉は流暢なロシア語。顔はヘルメットと黒い目出し帽で隠れているが、彼らがロシア人だということが言葉から分かる。装備はAKS-74u突撃銃アサルト・ライフル。立ち位置から見て、おそらく居るであろうホール内の敵に自分達の存在を知られずに突破することは不可能であろう。意を決し、戒斗は角から飛び出す。

 突然の襲撃者に一瞬驚く兵士達であったが、すぐにAKの銃口を戒斗に向け、引き金を絞る。連射フルオートで撒き散らされる5.45mm弾。人体に命中した瞬間横転し、体内を暴れまわって肉を裂くこの弾をマトモに喰らえばタダでは済まない。戒斗は頬を掠める銃弾を気にも留めずに、片手でミネベア・シグを乱射。同時に左手で後腰に着けた鞘からファイティング・ナイフを引き抜き、投擲。宙に放たれたステンレス鋼の刃は真っ直ぐ手近に立っていた兵士の右太腿に突き刺さる。鋭い激痛によって兵士の銃撃が止まった。戒斗はその隙を突き肉薄。左腕でナイフの突き刺さった男の首を絞め拘束して盾にする。仲間が盾にされて射撃を躊躇するもう一人に、右手に握ったミネベア・シグの銃口を向け容赦無く9mmルガー弾を頭蓋に叩き込み、即死させた。倒れるのを確認すると、戒斗は拘束を解いて蹴り飛ばす。勢いを殺しきれずに前のめりに男は転倒する。返り血がかからない程度の距離が開いたことを確認した戒斗は弾倉に残された最後の一発を転倒した男に浴びせ、殺した。

 死体の腿に刺さりっ放しだったファイティング・ナイフを抜き取り、血の滲んだフローラ迷彩服で刀身を拭いてから鞘に戻した。閉め切られたホール出入り口ドアの向こう側が騒がしくなっている。手早く遺体からAKS-74uと予備弾倉を剥ぎ取り、弾倉をズボンとベルトの間に無理矢理挟み込んだ。

「二人はここでドアを開けてくれ。確認できたら反対側から俺が突入する」

「分かった。開けるだけでいいのね?」

「そうだ。俺が入った後に隙をみて援護射撃を頼む」

 手招きして呼び寄せた琴音に指示を出し、戒斗は廊下を走って反対側の出入り口へと向かう。香華は琴音と共に囮のドアを開ける役目だ。

 特に妨害も無く対面の出入り口に辿り着く。暫くすると、ホール内に響く銃撃音がドア越しに聞こえてきた。敵は定石通り、突入してくる敵に全力で集中砲火を浴びせたのだろう。だが戒斗の方が一枚上手だった。拾い物のAKを再度動作確認し、セレクターを連射フルオートに合わせてからボルトハンドルを引き、薬室チャンバー内に5.45mm弾を送り込む。準備は整った。勢いをつけて両開きのドアを蹴り破り、中に突入する。中には先程戦った兵士達と同じような格好の兵士が五人居た。少し前までワイングラス片手に談笑を楽しんでいた客人達は一か所に集められて震えている。

「よォ、待たせたな。パーティの会場はここで会ってるな?」

 ニヤリ、と口元を僅かに歪めて戒斗は言うと、一番手近な奴に数発叩き込んだ。まだ戒斗に気付いていなかったその男は、背中からモロに5.45mm弾を浴び、内臓をズタズタに引き裂かれ倒れた。発砲音でやっと戒斗に気付いた残りの兵士達は人質に銃口を向け、叫ぶ。

「大人しくしやがれ! 人質の命が惜しくは無いのか!」

 その言葉を聞いて、溜息を吐く戒斗。AKの銃口を向けたまま、ゆっくり、堂々と歩いて距離を詰めていく。

「それ以上近づくな! コイツをぶっ殺すぞ!」

 女の客を引き寄せ、こめかみにマカロフの銃口を押しつけるリーダー格と思しきベレー帽の男。コイツだけは目出し帽を被らず、皺の寄った顔に髭を蓄えた素顔を隠そうともしていなかった。

「殺りたきゃ勝手にどうぞ」

 戒斗はそう吐き捨てて、AKのセレクターを単発セミオートに合わせる。そのまま引き金を一度だけ引き絞り、人質ではなく戒斗に銃口を向けていた兵士の一人の頭蓋を粉々に砕いてやった。一帯に撒き散らされる血の脳梁。近くにいた客人はモロにそれを頭から被り、悲鳴を上げた。無意識に戒斗は笑みを浮かべていた。

「野郎、舐めやがって!」

 マカロフの引き金をゆっくりと引き絞っていく髭の男。戒斗はAKを撃って一人、また一人と兵士を射殺しながら、叫んだ。

「撃て! 外すんじゃねえぞ!」

 人質の女を撃ち抜こうとしていた髭の男は、次の瞬間には背後から頭を撃ち抜かれ絶命していた。倒れる髭の男の向こう、最初に開け放たれたドアの前には琴音が居た。両手で握りこんだPx4の銃口からは白煙が上がっている。身体を震わせ、腰が抜けたのか一気に地面にへたり込んでしまう。

「はぁっ……! はぁっ……!」

 初めて人を撃った感触に、琴音は恐れを抱いていた。構えて、狙って、引き金を引く。たったこれだけの動作を自分がするだけで、人一人が簡単に死んだ。他でもない自分の手で。遂に自分は、人を殺めてしまった。その真実が重く琴音の心に突き刺さる。

「立てるか?」

 残りの兵士も全員射殺し、人質達を解放した戒斗が琴音に歩み寄り、手を差し伸べてきた。

「ははっ……こんな簡単に殺せちゃうんだ……」

 私の手も血で汚れちゃった。琴音は自嘲気味に呟く。

「戒斗は凄いね……覚悟はしてたけど、いざやってみると手の震えが止まらないや……」

 戒斗は大きなため息を吐くと、差し伸べた手で強引に掴み琴音を立たせる。

「誰だって最初はそんなもんだ。言ったろ? 時期に慣れる。殺した相手のことなんていちいち気にするな」

「うん……でもさ」

「でももへったくれもねえ。あのチョビ髭野郎は人質を殺そうとしてたから撃った。理由はそれだけで十分だ」

 地面にへたり込んだ時に落としたPx4を拾い上げ、安全装置セイフティを掛けてから琴音のショルダー・ホルスターに戻してやる。

「これから何度だってこんなことはある。その度にイチイチこのザマは勘弁してくれよな?」

「うん、ごめん……それと、ありがと」

 さて、メインイベントの救出作戦といきますか。そう戒斗が呟いた次の瞬間、廊下を警戒していた香華が叫んだ。

「戒斗、避けてッ!」

 思考より先に身体が言葉に反応する。琴音を抱き寄せ、地面に倒れ込んだ。数瞬後、今まで戒斗の頭があった位置にクナイが二本飛来。空を切ったソレは壁に突き刺さった。

「ああもうっ! 何よコイツ、当たらないッ!」

 P239を連射しながら叫ぶ香華。クナイを投擲した主はとんでもない速度で地を跳ね、壁を蹴っての三次元機動で香華の放つ9mmルガー弾を巧みに回避していく。その動きに、戒斗は見覚えがあった。

「ああもうクソッタレが!」

 戒斗は悪態を吐いて立ち上がり、香華の元へ走り出す。間合い数歩というところまで襲撃者に肉薄された香華の手を思いっきり引き、自らの背後に半ば投げるような形で逃がした。

「走れ! 振り向くんじゃねえ!」

 二人に叫びながら、AKS-74uを連射フルオートにしてフルメタル・ジャケット弾の雨を浴びせる。だが襲撃者は驚くべきことにそれを掻い潜り、戒斗の目の前まで間合いを詰め、背中の鞘から日本刀の形をした高周波ブレードを抜き、居合の要領で振るう。咄嗟に手に持ったAKを横にして刃を受け止めるように防御するが、超微細振動で対象を切断するこの刀にとってそれは紙切れにも等しかった。綺麗に真っ二つにされ、見るも無残な形になったAKを放り投げて左手でファイティング・ナイフを抜き、構える。

「――ッ!」

 絶え間なく繰り返される斬撃を避けながら、戒斗は幾度となく格闘戦を仕掛けるが全て軽くあしらわれてしまう。壁際に追い詰められた。頭部目掛けて一直線に突き立てられる刃から反射的に首を逸らし、回避。超微細振動を繰り返す刃が戒斗のすぐ真横を突き抜け、壁に刺さった。そこでようやく、落ち着いて襲撃者の全貌を眺めることが出来た。

 意外にも襲撃者の正体は少女だった。顔は半分マフラーのようなもので隠れているが、顔立ちや体つきから見てまず女で間違いないだろう。小柄で華奢なその肢体に、日本刀なんて物騒なモノは意外とマッチしていた。身体は鎖帷子の上に和服を羽織った、忍者装束のような格好だ。

「よぉ……こうしてお互いじっくり眺め合うのは初めてだったか?」

 戒斗は軽口を叩いてみせるが、その実かなり焦っていた。どう足掻いても勝ち目のない脅威に、数十センチの距離まで接近されているという事実が、さらに焦燥を生む。戒斗の額を、汗が滴り落ちていった。

 忍者装束の少女は高周波ブレードを壁から引き抜こうとするが、戒斗は片手で華奢な手首を掴んで抑える。

「まぁ、折角の機会だ――楽しもうや、ゆっくりとな」

 サングラスの奥に光る双眸で、戒斗はしっかりと少女の姿を見据えていた。

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