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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
79/110

Get inside get in there.

「畜ッ生……何てヤローだ」

 十五番倉庫を飛び出した戒斗は、埠頭の海沿いに積み上げられた大型の貨物コンテナの間に飛び込み隠れ、背中合わせになりつつ角から顔を出し様子を窺っていた。

 それと同時に、自身の持つ樹脂製レシーバーの突撃銃アサルト・ライフル、レミントン・ACRのロアレシーバーに装備されたマガジンキャッチを人差し指で押し、空弾倉をコンクリートの地面へと落とす。空いた左手でチェストリグの弾倉ポーチから新たな樹脂製のP-MAG弾倉を叩き込み、装填。これで最後の一個だった。

「あんだけ撃って、牽制にもならねえってか。クソッタレ」

 これまでに消費した百数十発の高圧ガスと摩擦熱によって、中々の高温になり、僅かにだが白煙を放つACRの銃身を睨みつつ、戒斗は怨み言のように吐き捨てた。

 本来、あまりにも加熱した銃身での射撃は、実包のコックオフ現象――即ち『暴発』の懸念がある為あまり褒められた行為ではないのだが、今は想像の範疇を超えた敵と交戦中。それにどうせ、この三十発を撃ち切ればACRは無用の長物となる。そう判断し、戒斗は危険を承知で使用を継続することにした。

「野郎……」

 コンテナの陰から顔を出し辺りを見渡す戒斗は、その視界内に敵の姿を認めた。一見すると少年のような風貌だが、その両腕に持った改造重機関銃、ブローニング・M2HBが、彼の浮かべた陰湿かつ凶悪な表情を引き立たせている。

 少年の正体は、”方舟”によって造り出された、戦闘用の特別な義肢を用い、人間を凌駕した力を以て対象を殲滅する『サイバネティクス兵士』。その実験個体の第百七十二号こと麻生あそう 隆二りゅうじ。彼が本来人間一人が発砲どころか、持ち運ぶのすら困難なM2重機関銃を軽々と振り回すのは、やはり両腕の義手の恩恵だろう。

「今度こそ……」

 未だ戒斗の姿を見失ったままらしい麻生の胴体へと、戒斗は構えたACRの上部マウントレールに搭載された光学照準器、EOTechの552ホロサイトの透明なガラスに浮かび上がった赤い照準を合わせた。そしてセレクターを連射フルオートに合わせ、

「あの世行きだ、迷うんじゃねぇぞ!!」

 迷うことなく、引き金(トリガー)を引き絞った。連続して前後するボルトに連動し、鋭い反動と共に銃口からは次々とNATO規格、5.56mmのフルメタル・ジャケット弾が撃ち出される。

「おやぁ?」

 しかし麻生はゆっくりとこちらへ振り向き、気色の悪い笑みを浮かべると、まるで最初から撃たれるのが分かっていたように軽く身を捩らせ、向かい来る銃弾を回避してしまった。

「クソッ、また義眼か――」

「見つけましたよぉ!」

 戒斗が大きく舌打ちして横っ飛びに隠れると同時に、麻生は両腕に持ったM2重機関銃の銃口を振り回すようにして向け、一部の容赦も無しに掃射を開始した。薬莢内に装填された多大な炸薬量に伴う、生身の人間には到底御し切れないような凄まじき反動を、彼はその金属光沢を放つ両腕の義手から出力される人間離れしたパワーによって機関銃の重量ごと強引に制御。

 麻生の持つM2の機関部に、ベルトリンクで帯状に繋がれた12.7mm弾が吸い込まれてゆく度。排莢口エジェクション・ポートからベルトリンカーと、巨大な空薬莢が排出される度に太い鉄パイプのような銃口からは、一昔前の戦闘機さえ屠る超重量・超威力の大口径弾が撒き散らされる。

 放たれた12.7mmフルメタル・ジャケット弾は、一寸前まで戒斗が居た辺りの空間を、遮蔽物として用いていたコンテナごと切り裂く。赤一色で所々に赤錆の走った無骨なコンテナに、次々と巨大な弾痕が穿たれ風穴を開ける。

「ああくそ」

 戒斗は位置取りを少し変え、ACRを構え直し残弾全てを叩き込む。しかし麻生はまたも義眼を稼働させ、襲い来る弾道の全てを観測し、予測。重量のあるM2重機関銃を振り回すように、まるで水で満たされたバケツを持って回る子供のようにクルクルと躍り、躱す。

「またかよッ」

 そして麻生は立ち止まり、腰だめに構えたM2HBを掃射。戒斗は銃口が向けられた段階で、弾の切れたACRを投げ捨てつつ移動を開始。ダークアースに染め上げられた樹脂のレシーバーがコンクリートの地面に激突すると同時に、その周囲一帯を12.7mm弾が薙ぎ払った。

「逃げなさい。どうぞ好きなように」

 嗤い呟きながら、麻生は弾詰まり(ジャム)を起こしたM2HBのフィードカバーを跳ね上げ、ベルトリンクで繋がれた.50BMG弾の位置を調整し直し原因を解消。

「でなければ、面白味に欠ける」

 開けっ放しのフィードカバーを握り拳で上から叩き付けるように閉め、側面のコッキング・ハンドルを一度強く引いて排莢。

「――そこですかッ!!」

「んだと!?」

 麻生は片足を強く踏み出し、一気に後方へと振り向きざまにM2重機関銃を乱射。その先で物陰から自動拳銃、ミネベア・シグを構え引き金(トリガー)に指を掛けていた戒斗ごと吹き飛ばすかのように、次々銃口より放たれる12.7mm弾で横一文字に薙ぎ払う。

「テメーはエスパーか何かかよッ」

 咄嗟に地面へと伏せ、薙ぎ払う掃射をやり過ごした戒斗は、麻生がM2の重みで両腕が振り回されている隙に再び走り出し、身を隠した。

「相変わらず、勘の鋭い……おや」

 逃げ去る戒斗の姿を忌々しそうに睨んでいた麻生は、ふとあることに気付いた。胴体から左腕に巻き付けておいたはずのベルトリンクが大分途切れ、今や左腕一周分しか弾が残されていなかったのだ。その数、精々三、四十発といったところ。

「フン、中々に良い玩具だと思ったのですが。まあいいでしょう。これぐらいでなくては張り合いが無い」





 一方その頃、何とか一時的に逃げ延びた戒斗は再び別の、少し離れた場所に積み上げられていたコンテナ群。その中でも一番海沿いに積み上げられた赤色の一つにもたれ掛かり、上がる息のままコンクリートの地面へと腰を落としていた。

「ったく、何なんだアイツ……遂にラリったか?」

 右手に持った自動拳銃、ミネベア・シグの撃鉄ハンマーを一応デコッキング・レバーで安全位置まで落としてから太腿の樹脂製レッグホルスターに収めた戒斗は、少し呼吸が落ち着いた段階で左耳に差したインカムへと手を掛ける。

「聞こえるか、俺だ。出てくれ、瑠梨」

≪――やっと出たわね。流石に死んだかと思ったわよ≫

 通信の相手はいつも通り、今回も遠隔でサポートに当たっている瑠梨だった。

「ソイツは残念。俺がそう簡単にくたばるとでも……と言いたいところだが」

≪成程。そんなにヤバイ奴ってことね≫

「そういうこった。なんせ奴がバラ撒くなぁ12.7mm。一発でもカスっちまえば即、ゲームオーバーさ」

≪大体読めたわ。今アンタは防戦一方。命からがら逃げ延びて、やっと話す余裕が出来たから今更通信に出たと。そういうことね≫

「大正解。百点満点だ。褒美はやらんがな――で、状況は?」

≪アンタの言ってた高岩とかいう刑事には連絡しておいたわ。約十五分ちょっとで到着≫

 十五分……。今の圧倒的不利な状況下でそれだけの時間を稼ぐのは、相当に難しい。ましてや敵はブローニング・M2HBなんて化け物を持ち出してきている。それに対してこちらの装備はACRを喪失。後残ったのは心許ない9mmルガーの自動拳銃ミネベア・シグと、散弾銃ショットガンのサーブ・スーパーショーティ。残りは精々ファイティング・ナイフと投げナイフのみ。

「ま……依頼対象を目の前にして逃げる程、俺は落ちぶれちゃいないんでね」

 麻生と遭遇する少し前。聞きだした通りコンテナの中に詰め込まれていた”商品”の女達の無事を確認していた。その中には写真で見た、今回の救出対象たる槇村 凪の姿も確認済み。尤も、かなりやつれてはいたが――何にせよ、依頼完遂を目の前にして投げ出すような選択肢を、この男は生憎持ち合わせてはいなかった。

 もし、戒斗の推理が正しければ、奴ら”方舟”がここに居た目的。それは女達とは別にある。その内容までは分からないが、少なくともサイバネティクス兵士が出張ってきている以上、相当なモノに違いは無い。ましてや少数だ。それだけ重要かつ、悟られないよう配慮すべきモノだったのだろう。

 その辺りを踏まえれば、奴らも表立って警察機関と事を構えたくは無いであろうと、戒斗は考える。と、すれば……今から十五分の間耐えるか、それとも死ぬかの二択になる。

「派手にサイレン慣らすよう頼んでおいて、正解だったな」

 戒斗がひとりごちていると、その視界内に突然降ってくる影。いや、人影。

 咄嗟に警戒しホルスターからミネベア・シグを抜き、構えると同時に撃鉄ハンマーを起こした。だが、

「――待って、待って戒斗。私です」

「……遥?」

 敵意が無いように両手を上げるその小さな人影は、紛うことなき、この場で唯一の味方である忍者少女こと長月 遥であった。

「無事だったか……」

 ホッとしたようにミネベア・シグの構えを解く戒斗に、遥は「申し訳なかったです。インカムが吹っ飛ばされてしまったもので」と謝罪する。

「別に構いやしねぇよ。お前がみすみすこんな所でくたばっちまう奴とは思っちゃいない。思っちゃいないが……あーくそ。やっぱ前言撤回だ。くたばるタマたぁ思っちゃいねえが、精神衛生上悪い。あまりにも悪すぎる」

「ふふっ。そこまで心配してくれるんですね。それじゃあ以後、気を付けるとしましょう――そうだ、戒斗。これを」

 小さく笑った後に遥が差し出してきたモノを、戒斗は両手で受け取り、「……これは?」と出所を問いつつ、手渡された長い物体を物珍しそうに検分する。

「大方苦戦しているだろうと思い、警備員の持っていた中から程度の良さそうなモノを持って来ました」

「ああ、成程。流石に俺のこたぁよく分かってるな。丁度ACRを捨てちまったところさ。助かる。それにしても……」

「それにしても、なんです?」

「……いやー、その。M1903だろ。凄え渋いチョイスだと思って」

 苦笑いしつつ言葉を紡ぐ戒斗が手にしていたのは、ボルト・アクション式の小銃、スプリングフィールド・M1903A3。第一次世界大戦時に米軍主力小銃として活躍し、1936年に自動小銃M1ガーランドに第一線を譲った後の第二次世界大戦でも継続して使用。その後の朝鮮戦争でも狙撃モデルが運用され、中古市場においては未だに高い人気を誇る.30-06弾のベストセラー・ライフルだった。流石に古いモデルではあったが、あのド素人丸出しの警備員連中が骨董品ばかり持たされていた辺り、何となく納得はいく。

「まーでも、状態は良さそうだな」

「当たり前です。戒斗に危険なモノは渡せませんから」

 ボルトを前後させて機関部を眺める戒斗が言うように、連中が使わされていたにしては中々に状態が良いライフルだった。錆は特に見られず、注油も適度に、しかししっかりされている。銃床や金属部品に幾つも傷や擦れはあるものの、寧ろそれが良い味を出している。如何にして奴らの手に渡ったのかは知る由も無いが、少なくとも渡る前のオーナーが精根込めて丹念にメンテナンスを施したことが、木製銃床を握る両の手から直に伝わってきた。

「弾は?」

「こちらに」

 遥に手渡された、五発綴りの装填子(クリップ)に纏められた.30-06弾を受け取り、四セットは適当なポケットへ。一セットは解放した機関部へと突っ込み、弾を指で押し込み装填。装填子(クリップ)を抜き取り、ボルトを押し戻して初弾装填。

 一度構えてみるが、やはりしっかりとした剛性がある。派手な光学照準器やスコープは無いものの、標準装備されたアイアン・サイトに狂いは見られない。

「良い銃を拾ってきてくれた。助かるぜ、遥」

 M1903を負い紐(スリング)で肩に掛けつつ立ち上がった戒斗は、左手を遥の頭の上に乗せワシャワシャと撫で回す。「うぅ……こんな時にまでやらなくても」と遥は若干頬を紅潮させ呟く。

「……ん? そういえば遥、AS-VALはどうした?」

「戦闘中に破壊されまして。代わりといってはなんですが、私もこんなモノを拾ってきました」

 遥が肩に掛けていたのは作戦前に見た消音突撃銃(アサルト・ライフル)AS-VALではなく、シルエットこそ似てはいるが、AS-VALより遙かに長大な自動小銃だった。

「SVDドラグノフ……いや、SVD-Sか」

「ええ。少々動きづらいですが、支援に徹するならこれも良いかと思いましてね」

 彼女が肩に掛けていたのは、旧ソ連製の半自動狙撃銃セミオート・スナイパーライフル、ドラグノフSVDの木製固定銃床を折り畳み可能な金属製肉抜き銃床に交換した短縮タイプのSVD-S。装備しているスコープは四倍率、純正のPSO-1M2で、黒い樹脂のハンドガードや機関部に細かい傷が見られるものの、戒斗の受け取ったM1903同様、比較的状態は良さそうだった。

「支援……? 珍しいことを」

「ええ。どうやらあの敵――麻生あそう 隆二りゅうじは身体に掛かる負荷を承知の上で、リミッターを解除しているようです」

「なんだって?」

 遥の言ったことが一瞬理解できなかった戒斗は、思わず聞き返してしまう。

「誰から、そのことを聞いた」

「山田殿――山田やまだ いさお殿。太刀を用いる長身の、もう一人のサイバネティクス兵士。戒斗は覚えていないかもしれませんが」

「……ああ。アイツか」

 彼女の口から出てきた人物の名前に思い当たる節があり、戒斗は彼の顔を思い浮かべると妙な話だが、合点がいってしまった。奴は確か、遥に相当ご執心だったはず。見た目も時代錯誤な武士然とした感じで、古き良き勧善懲悪の時代劇にでも出てきそうな『いかにも』といった感じの風貌だ。そんな男だ。遥に対し『武士道』的な精神を発揮させ、言わなくても良いようなことを聞いてもいないのにペラペラと口走る可能性は、十分に考えられる。

「とすると、お前はアイツと交戦し、んでもって撃退してきたってことか」

「そういうことです。でも今はそんなことはどうでもいい。少なくとも、戒斗。今現状の貴方が奴を正面から相手にしても、勝ち目は薄い」

「つってもよ……(やっこ)さんは俺のケツを追っかけまわして来てる訳だし、逃げるったってハイエースのパワーじゃ逃げ切れるかどうか怪しいぞ」

 確かに、それは尤もな話です。

 遥は肯定の一言を言ってから、一つだけ、逃げ道はあると告げた。

「なんだそりゃ」

「山田殿の口振りから察するに、連中は『エクシード』……ここではアイランダー貿易でしたか。兎に角、そこと繋がりがどうこうでなく、奴らの目的は取引と別にあると見て、ほぼ間違いないかと」

 戒斗が黙ったまま縦に頷き肯定すると、遥はそのまま話を続ける。

「”方舟”は徹底的な秘密主義の組織です。それはきっと、私が居た頃と変わらない――そんな組織が、わざわざ警察と真正面から殴り合うとは、考えにくくありませんか?」

「だが、それだとこの間の件と辻褄が合わん」

「これはあくまで推測ですが……組対の襲撃に便乗する形で強襲。あたかも二つの勢力が潰し合ったように見せかけつつ、目撃者を排除して速やかに”何か”を回収するのが目的だったのでは。少なくともあの取引現場か、それとも近くかに回収しなければならないモノが有ったのは、”方舟”の会話からしてほぼ間違いないかと」

「成程。たまたま呼ばれてた俺達がイレギュラー過ぎた、と。それなら納得は出来るが、問題はそのブツが何か、手掛かりすら掴めてないってことだが」

「ええ。でも今現状、それは一先ず置いておくとして。何か気づきませんか、戒斗?」

 そう言った遥の問いかけに戒斗は数秒の間悩み唸る。そしてハッと気付き、彼女が言わんとしていることが頭の中で一本の線に繋がった。

「……そういうことか。奴らは今、このタイミングでサツと殴り合うのは非常にリスクがデカすぎる、と。ハイリスク・ノーリターンってとこだな」

「理解が早くて助かります。山田殿が生きている以上、”方舟”の目的は達成されていると思われる。しかし、今回私達がすべきことは」

「――嬢ちゃん達の救出、だろ? かなり悔しいが、今回は退くとしよう。で、だ。遥、策はあるのか」

 遥は頷くと、周囲一帯、三百六十度全方位見回しても逃げ道の見当たらない現状を脱する策を戒斗へと話し始めた。

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