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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
76/110

ミッドナイト・ファントム -Phase.2-

「ふわぁ~あ」

 埠頭の十五番倉庫近く。屋外にある裏口のすぐ近くの壁にもたれ掛かって立ち、木村という名の男は眠たげに欠伸あくびを欠いていた。

 やる気の欠片も無い態度だが、それも致し方のないことである。彼は三十代半ばにして職を失い、路頭に迷っていた所を偶然、飲み屋街にてこの仕事――倉庫番に勧誘されたのだ。破格の報酬額を見た木村は神の天啓かと思い二つ返事で飛びついたものの、よくよく考えてみれば、あまりにもウマすぎる話である。

 たかが倉庫番で、日当五万だって? ジョークにしちゃあ、大して笑えやしない。そもそも雇い主の『有限会社アイランダー貿易』って会社自体、相当怪しい。他に雇われている連中も皆、口を揃えてそう言っていた。それに一番問題なのが……

「コイツ、だよなぁ」

 首から負い紐で力なくぶら下げている鉄の塊を見て、木村は鬱陶しそうに呟く。彼も学生の時分には戦闘機や戦車、銃なんかにハマっていたものだから、多少は覚えがある。今自分が首からぶら下げているコイツは、ほぼ間違いなくM3A1グリースガンだ。第二次大戦中に米軍が性能二の次で作りまくっては自国軍や同盟国問わずバラ撒きまくった、年代モノの短機関銃サブマシンガン。もし失業前の自分なら飛び上がって喜ぶような代物なのだが、今置かれている状況にあっては、雇い主の怪しさを加速させる負の要素にしかならない。

「なんで倉庫番如き、こんなのが要るのかねぇ」

 ひとりごちると同時に、木村は内心で答えを出していた。当然、倉庫の中にあるモノがヤバイ何かだからだ、と。でなけりゃ貿易会社の倉庫番程度で、拳銃ならまだしも短機関銃サブマシンガンを持ち出す必要なぞ無いはずだ。

「用済みになったらやっぱり、消されるんだろうなぁ……」

 恐らくは、秘密保持の為、確実に消されてしまうのであろう。コンクリ詰めで伊勢湾放流コース確定だ。

 しかし行く末を憂いだところで、今の自分にはこうして怪しい警備業をする以外に選択肢が存在しないのもまた、事実であった。三十代ももうすぐ後半に差し掛かる、何のキャリアも資格も無い男なぞ、雇用してくれる物好きな会社など早々存在しないだろう。まだ、彼に妻子が居ないだけ救いはあるが。

「はぁ……」

 大きく溜息を吐きながら、木村は胸ポケットに突っ込んだ煙草の箱から一本取り出す。

「昔は神様なんて信じてた時期もあったが」

 それを口に咥え、ポケットから取り出した安物の百円ライターで先端に火を点した。

「どうやら俺の神様とやらは、他人ヒトの金を好き放題、マカオのカジノでトバしてるらしい」

 紫煙の煙が上空へと流れていくのと共に、嗜好者にはたまらない特有の香りが鼻腔を刺激し、吸い込んだニコチンは肺に甘美な感覚を与えてくれる。今の木村にとって、酒と煙草以外に楽しめるモノなぞ、何もない。

「いっそ、誰か殺してくれれば、楽なのによ」

 そう呟いた瞬間、彼の意識はそこで静止した。吸いかけの煙草が落ち、同時に身体がゆっくりと、横に倒れていく。横倒しになった身体からは生暖かい液体が流れ、アスファルトの地面を赤色に汚した。見れば、彼の側頭部には1cm程の穴が穿たれており、流れ出る液体――彼の血液は、その穴から垂れているのであった。

 奇しくも彼は、木村という一人の凡人は口にした瞬間に、その願いを叶えられたのである。それを幸と取るか不幸と取るかは本人次第で、彼がどう受け取ったかは存在するかもあやふやな”あの世”とやらに行ってみないことには分かりはしないが……少なくとも、マカオで豪遊中という彼の神様は、都合のいいATMが一つ無くなった程度にしか感じず、木村の死になぞ見向きもしないだろう。その死を看取るのは、彼の命を刈り取った幽霊だけなのかもしれない。

 彼の人生に終止符ピリオドを打った張本人たる幽霊(Phantom)――レミントン・ACR突撃銃アサルト・ライフルという最新鋭の装備で身を固めた近代的な死神は、徐々にその姿を闇夜から露わにしていく。

「裏口クリア。思った以上にガバガバな警備みてえだな。こりゃ気合いの入れ損かもしれねえぞ」

 しかし、左耳に差したインカムに向かってそう囁く死神――”黒の執行者”の異名を持つ若き傭兵、戦部いくさべ 戒斗かいとは、自らの手で生命いのちの灯火を吹き消した木村という名の哀れな男には見向きもせず、彼の視線はその死体の足元に転がった錆だらけの短機関銃サブマシンガンへのみ、向けられていた。

「オイオイ。グリースガンかよ」

 ACRのハンドガードを保持し左手だけで持つと、戒斗は空いた右手でグリースガンを拾い上げて眺める。数こそ多く流通しているものの、それでも生産は半世紀以上前の相当な骨董品であることには間違いない。彼とて直に目にしたのは、これで人生三度目である。

「あっちゃー。錆びてんのは外っ面だけじゃ無えか」

 弾倉を抜き捨て、ボルトハンドルを引いて中を見てみれば、外見同様その中も赤錆があちこちに走っていた。到底使い物になるとは思えないレベルの代物だ。逆にここまで酷い状態にまで持っていく方が難しいような気もする。

「コイツは最初っから、捨て駒ってわけね」

 ご愁傷様。そう言いつつ戒斗は錆だらけのグリースガンを投げ捨て、ACRを再び構え直すと邪魔な死体を蹴り飛ばしつつ、裏口の目の前まで立つと、ドアノブに手を掛けた。

「こっちは今から潜入する。遥、状況は?」

≪――こちらは現在屋上。戒斗。貴方の姿も見えますよ≫

 インカムから聞こえた声に反応し見上げてみれば、曇り気味の夜空、雲の切れ目から見える月を背後にして、倉庫の屋根端に小さな影が一つ、凛とした出で立ちで立っていた。勿論その正体は忍者少女こと、長月ながつき はるかである。

「ああ。こっちからもバッチリだ。引き続き上から、潜入を続行してくれ。俺は下から攻める」

≪御意。お気を付けて≫

「お前もな、遥」

 そうして通信が切れると同時に、屋根に立っていた影は月が雲の裏に隠れると同時に、一瞬にして何処かへと姿を消していった。

 戒斗はその影を見送った後、ゆっくりとドアノブを捻り、ドアの向こうへと足を踏み入れる。

 どうやら玄関先にも似た、小部屋のような構造らしい。冬場の防寒構造だろうか。あからさまに人の気配はないものの、ACRを構えたまま隙間なく室内をクリアリングしていく戒斗。

 もう一枚の扉を少しだけ開け、その先の様子を窺う。どうやらこの間の十二番倉庫のようなダダっ広い突き抜けた空間では無く、入り組んだ構造になっているらしい。ホールのような収納スペースもあるのだろうが、少なくとも裏口方面からでは見えない。

 警戒しつつ扉を開け、廊下へと戒斗は歩み出る。道は左右に分かれており、右側は長いストレート。左側はすぐに直角な曲がり角があった。まあ、裏口自体が倉庫の正面から見て右寄り、裏側から見て左寄りの位置にあったから当たり前ではあるが。

 戒斗は右側にも気を配りつつ、とりあえずは左側を進むことに。角の向こう側の様子を窺う――人の気配は無い。ACRを構えたまま、先へと進む。

「――ったくよぉ、いつになったら引き取りに来んだよ」

「ああ全く。やかましいったらありゃしねえ」

 廊下を少し進んだ後、そんな声が漏れ聞こえてきた。どうやら休憩室らしき部屋があるらしい。戒斗は半開きになったドアの近くの壁に張り付きしゃがみ、ゆっくりとその隙間を広げつつ、中の様子を窺う。

「アレで俺達がヤれりゃ、まだ仕事のし甲斐があるってもんなのによ」

「そう言うなって。商品には手を出すなって上からのご命令さ。もし手を出してみろ。俺達クビか、下手すりゃ文字通り首が飛ぶぞ」

 中はやはり休憩室で、古びたブラウン管テレビや給湯ポット、流し台やその他諸々が見える。先程から聞こえていた声の主は、どうやら談笑中らしい警備担当の二人だった。安っぽい長机を挟んで対面し、パイプ椅子に座って紙コップの珈琲を飲んでいるようだ。手前に見える、こちらへと背を向けた、両脚を偉そうに机の上に乗せた太り気味のガタイのいい男の愚痴を、その向こう。こちらに顔を向けた細身の奴が聞いて宥めているような形らしい。

 戒斗は彼らの下衆い会話の中から、ヒントを見つける。内容から察するに、誰かが引き取りに来るらしい『商品』は、十中八九、いや確実に生身の若い女と見て間違いないだろう。本当は自分達も退屈しのぎに色々とお楽しみになりたいようだが、上司からの命令でそれは出来ない。おっかない上司のようで、仕事をクビになるどころか、首と胴体がサヨナラバイバイにだって成り得る。だから何も手を出せず、暇と様々な鬱憤を持て余してイライラしていると、そんなところだろう。

(しかし……まだ足りないな。直接インタビューと洒落込みますか)

 戒斗は左腰の鞘からオンタリオ・Mk3NAVYファイティング・ナイフを逆手に抜刀すると、小指と薬指で保持。残った三本の指でACRのハンドガードを支えて持つ。

 ふぅ、と一度息を整え、戒斗は脚で思い切り扉を蹴り飛ばし、休憩室へと突入した。

「なんだお前――」

「Be quietだ。夜は静かにな、ボーイ」

 突入するとほぼ同時、立ち上がろうとした奥の細身な男の脳天に向けホロサイトの照準を合わせ、ACRの引き金(トリガー)を引き絞る。

 通常よりもかなり少なめの装薬が撃発し、音速に届かない亜音速の速度で発射された5.56mm弾の響かせる音の残滓を、フラッシュハイダーに取り付けたAAC製の減音器サプレッサーが可能な限り吸い取る。通常より少し延長された銃口から弾が放たれた頃には、その発砲音は大分小さくなっていた。それでも聞こえるといえば聞こえるが、ブラウン管テレビから大音量で流れるバラエティ番組の笑い声が掻き消した。

 戒斗の放ったフルメタル・ジャケット弾は細身な方の眉間に食い込み、薄皮と肉を引き裂いて侵入。あっさりと頭蓋を粉砕し、脳髄を滅茶苦茶に掻き回した挙句、彼の生命活動を停止させた。

「野郎――ッ」

 戒斗へと振り向き、手に持った折り畳み(フォールディング)ナイフを展開し、振り上げる大男。しかし戒斗は臆することなく、素早くその懐へと飛び込み、ACRの銃床で鳩尾みぞおちを強打した。

「ガハッ……!?」

 思わずナイフを床に取り落とし、たたらを踏む大男の、余りにも大きすぎる隙を、戒斗が見逃す筈も無く。彼はそのままレシーバーを男の左脇へと食い込ませると、目いっぱい引き戻しつつ、同時に足払いしてバランスを崩させた。体格差の大きい二人であったが、いとも簡単に大男は、戒斗の手によって前のめりに床へと張り倒されてしまう。

「畜生……!」

 最後の抵抗を試み、床に落ちたナイフに手を伸ばす大男であったが、その浅黒い手は戒斗のブーツによって踏み付けられ、激痛と共にそれ以上動かせなくなってしまった。

「はいはい。一本。無駄な抵抗はやめてくれるかい? 面倒だ」

「んだとテメェ――」

 気怠そうに告げる戒斗に口先だけでも、と思い啖呵を切りかけた大男であったが、首筋に当てられた440A鋼のブレードのヒンヤリとした冷たい感触によって、それ以上言葉を紡ぐことすら許されなくなってしまう。

「お、流石に黙ったか。そいじゃあ取引といこうや。お前が大人しく俺の簡単な質問に答えてくれれば、解放してやろう。ただし、答えてくれないようなら――分かるよな?」

 気色悪いまでの戒斗のにこやかな猫撫で声に、大男は脂汗を垂れ流しながら軽く頷く。

「よーし。じゃあまずは最初の質問だ。お前らの言う『商品』ってなぁ、何だ?」

「お、女だよ……若い女だ。どこから攫ってきたのかは知らねえが、兎に角結構な人数が、それも結構なイイ女ばかりだ」

「成程ね。それで、その場所は?」

「一階……ホールのコンテナの中だ。それと収まり切らなかった分は、二階の牢屋に」

「ふむふむ。素直な奴は嫌いじゃないぜ――遥、二階だ。二階に牢屋があるらしい。そっちは任せた。ただしまだ解放するな。確認だけでいい」

≪――お任せを。丁度近くのようです≫

 一度インカムに向かって告げた後、聞こえたのは遥の短い返答。どうやらそちらは、彼女に任せても問題なさそうだ。戒斗は再び、尋問に戻る。

「それで? 引き取りってのはいつ、誰が、どれぐらいの数で、どんな方法で持っていくんだ。全部答えろ。でないと殺す」

「わ、分かった! 分かった……相手はよく分かんねえよ。でも話してたのは多分、中国語だ」

 チャイニーズ・マフィアか……戒斗は内心で可能性を思い浮かべつつ、舌打ちをした。

「それで?」

「数は沢山。方法はコンテナに詰め込んで、後はトレーラーなりフォークリフトなりで運んでコンテナ船に乗せちまう。その後は俺達にもサッパリだ」

「たまに高級車に乗っておっさん共が来るだろう。アイツらは何だ?」

「知らねえ。会社のお偉いさんの視察らしいけどよ」

「取引現場には?」

「大概居て、客連中と話しちゃいるが……それがどうした?」

「テメェには関係ねえ。それより質問に答えろ。お前達の雇い主は?」

「『有限会社アイランダー貿易』って名乗ってた」

 これは……十中八九、『エクシード』かチャイニーズ・マフィア、どちらかのカモフラージュ用のペーパー・カンパニーだろう。

 戒斗は内心で予想を立てつつ、今までに聞き出した情報を整理する。

 取引の商品は読み通り、若い女。人身売買だろう。取引相手は厄介なことにチャイニーズ・マフィアときてる。商品達は正面側のホールに幾つかあるであろうコンテナと、余った連中が二階の牢屋とやらに囚われている。そちらは遥に任せるとして、自分がやるべきは倉庫内の制圧と、コンテナに囚われてるらしい女達の確認だろう。解放は後でも出来る。その後は谷岡とかいう社長をお縄に掛けることと、あわよくばチャイニーズ・マフィア連中も。こちらは国際上どうなるかは分からないが、そちらは外務省の仕事だ。

「インタビューはこれにて終了だ。ありがとよ、おっさん」

 戒斗がそう告げると、大男は少し安堵の表情を浮かべて「じゃ、じゃあ助けてくれるんだな!?」と叫ぶ。

「そうやかましい声出すんじゃねえよ。手が滑っちまう。それと一つ、折角だから良いコトを教えておいてやろう。そこに転がってるお前さんの折り畳み(フォールディング)、どこで買ったかは知らねぇがよ。あんな玩具オモチャじゃあ人は殺せねえ。次があったら、その時までに頑丈なフルタングを買っておきな」

 戒斗はそう告げると、今まで踏み付けていた右手から手を離す。安堵の表情を浮かべる大男だったが――その表情は、両目が見開かれたまま、そこで固定されてしまった。

 彼の首元から噴き出す、紅い血の噴水。既にそこにブレードの刃先は無く。ただ、一文字に斬り裂かれた痕のみが残っていた。

「俺は約束を守る男だ。キッチリ解放してやっただろう」

 戒斗はそんなことを呟きながら、Mk3を鞘へと戻す。

「――尤も、このクソッタレな世界からの、一足早い解放だがな」

 ファック・ユー。地獄に落ちろ。

 動かなくなった大男に向かって吐き捨てると、戒斗は再度ACRを両手にて構え廊下に出て、ゆっくりと休憩室の扉を閉じた。外から見れば、何も無かったかのようだ。しかしそこに、先程までの談笑は影も形も残っていなかった。

「さてと。暫しのご辛抱を。ガンパウダー臭い勇者が、囚われている麗しの姫君方を解き放つべく、馳せ参じましょう」

 冗談っぽくひとりごちながら、戒斗は再び、薄暗い影の中へと消えていった。

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