REV LIMIT
茜色に染まりかけた空の下、私立神代学園の全域に、本日の行程が全て終了したことを告げるチャイムが鳴り響いた。
「はーい。それじゃあ皆、気を付けて帰ってねー」
担任代理たる秋川 朋絵教諭の号令によって帰りのHRは終了。気怠い学園での生活から一時的に解放された生徒達は次々と立ち上がり、スクールバッグを肩に掛けてある者は思い思いの友や恋人と、またある者は唯一人で足早に。皆に違いはあれども、次々と教室を後にしていく。
「ふぃー。終わった終わった」
それは窓際最後列に座っていた長いポニーテール髪の少女、折鶴 琴音とて例外ではなかった。いつも通りに立ち上がり、いつも通りに自分のスクールバッグを肩に掛ける。しかし、
「結局戒斗、帰って来なかったわね……」
唯一いつも通りでなかったことが一つ。普段なら彼女の前席で気怠そうに座っているはずの、ボサボサに吹っ飛んだ黒髪の幼馴染。”黒の執行者”の異名を持つロサンゼルス帰りの傭兵、戦部 戒斗がそこに居なかったことであった。
「どうする香華、一応様子だけ見に行ってみる?」
隣席で同じく立ち上がった金髪ロングヘアーの、大財閥の一人娘、所謂”お嬢様”である友人の西園寺 香華に琴音はそう提案するが、彼女は一言、
「止めといた方がいいわ」
と言ってその提案を蹴った。琴音がなんで? と彼女に問うてみれば、香華はうーん、と悩むように顎に手を当てて少し思案した後、こう答えた。
「寝てて、起こしちゃったら悪いじゃない」
「んー、でもなぁ。やっぱ心配だし」
「アイツがこれぐらいでどうこうなる程、か弱い奴だと思う?」
「それは……ないわね」
「でしょう。だったら逆に、起こす方がアイツに悪いと思うけどね」
「まぁねー。香華がそう言うなら」
どうやら納得したようだった。香華はスカートのポケットに突っ込んでおいた愛車のキーを取り出すと、「それじゃあ私が送ってくわ。行きましょう」と言って教室を後にしていく。それに琴音も追随する。
階段を降り、昇降口まで歩く。上履きに指定されている、便所スリッパのような赤色のスリッパから革のローファー靴へと履き替える。そのまま校舎を出て、校門へと出ていく大多数の生徒達を横目に、二人はグラウンドの横、体育館の下を通って駐車場へ。
沢山の車――最も、大多数は軽かワゴンタイプの、大衆車と呼ばれる有象無象だが――の停まる職員用駐車場を通り抜け、その奥、緩い坂になっている下の方へと下っていく。たかが十台分程のスペースしかない狭いその場所は非常勤講師用の駐車スペースで、停まっているのも四、五台ぐらいである。
その中で一際目立つ黄色のスポーティなデザインの2ドアの車。即ち愛車であるフェラーリ・F12ベルリネッタへと香華は真っ直ぐ歩き、トランクにスクールバッグを突っ込むと左側ドアを開け、コクピット・シートへとその身を滑り込ませた。左ハンドルという奴だ。左側通行である日本においては右ハンドルが一般的で、左ハンドルは様々な面で不便が生じるのだが……この類のスーパーカーを購入する層にとって、左程問題にならないのだろう。と琴音は、自分も右側の助手席へと座りつつ思った。
「ちょっと待ってて。エンジン暖めなきゃ」
香華は手に持っていた物理キー、フェラーリの象徴たる跳ね馬のエンブレムが刻まれたソレを鍵穴へと差し込み、捻る。そしてステアリングのエンジンスタート・ボタンを押し、始動。前面ボンネット下に鎮座する6.2L、ダイレクト・インジェクションのV12自然吸気エンジンが鼓動を始め、破壊的なエグゾースト・ノートと振動を奏で始めた。学園の敷地内では些か公害のような気もしないでもないが、当の香華本人は全く気にも留めていないようだった。
「戒斗、大丈夫かなぁ」
自分の乗るベルリネッタの右隣に停車された真紅の四輪駆動車、スバル・WRX S4を眺めつつ、琴音はそんなことを呟く。
「まー、気にしない方がいいわよ」
水温計を逐一確認しつつ、香華は琴音の呟きに対しそう返す。「ま、そうよね」と琴音。
「うーん……まあいいか」
「そうよ。アイツにも色々あんのよ――オッケー。暖まったわ。行ける」
水温計が十分な温度を示したことを確認し、香華はシフトをニュートラルに入れたまま数度、アクセルを開く。その動作にダイレクトで感応し、上がるタコメーター。フェラーリ伝統の、凄まじく凶暴で、同時に気品すら漂わせる燃費度外視な超・大排気量のNAエンジンが奏で出すエグゾースト・ノートが、半開きのウィンドウから車内に入り込み、二人の鼓膜を激しく叩く。
「さぁ、行くわよ」
クラッチを繋ぎつつ、シフトノブを一速へ。サイドブレーキを降ろし、ゆっくりとした速度でベルリネッタは駐車場を出ていく。坂道では軽く吹かし、強力なトルクで楽々登り切った。
駐車場にたまたま居合わせた教員達の唖然とした視線を太陽光の反射する眩しい黄色のボディの全身に浴びつつ、香華はそのまま車体を学園外へ。左方向へウィンカーを出し、生徒達の成す列の合間を縫って公道へと飛び出した。
「なぁっ!? フェラーリってオイ――」
偶然にも目の前に居合わせた、同じクラスで唯一戒斗と妙な交友のある男子生徒、遠藤がそんなことを叫んでいたような気がしたが、彼の言葉は全てV12エンジンの轟音に掻き消されてしまい、それ以上琴音の耳に届くことは無かった。
(とりあえず、琴音のフォローはこんな感じで良いかしら)
風を切って交通量の少ない公道を駆け抜けるベルリネッタを駆りつつ、香華は内心でそう呟いていた。
(隠れたのバレバレだっての。琴音は気付いて無かったみたいだけどね……何があったかは知らないけどさ、戒斗。これでアンタの為になったのかしら)
やたらと重いクラッチを切りつつ、シフトを二速から三速へ。最初こそ相当に苦労した覚えがあるが、今となってはこの通り、手慣れたものだ。
(何にせよ、私はアンタ達の邪魔はしない。これで一つ、借りが返せたのかしら)
「って、本人が居なきゃ意味ないか」
「ん? 何か言った?」
どうやら考えていたことが思わず口に出ていたらしい。きょとんとした表情の琴音に、香華は「なんでもないわ」と当たり障りの無い回答を返してやる。
「ま、いいか――アンタをいずれ、超えて見せる。走りっていう、別のステージでね」
そして、爆音を奏でるベルリネッタはテールランプの赤い軌跡を残し、何処までも続いていくような道を駆け抜けていく。
あれから、何時間が経っただろうか。気付けば六限目どころかHRすら終わった放課後となっていた。
そんな人気もまばらな校舎の中、歩く影が二つ。そのうちの一つ――四方八方に吹っ飛んだボッサボサな黒髪で、神代学園の男子夏制服を身に纏った青年、戦部 戒斗はとある一つの教室の前で立ち止まり、その閉め切られたドアに手を掛けた。
ガラリ、と相変わらず立てつけの悪い音を立てて開かれるドアの向こうにあったのは、見慣れた二年E組の教室。しかし普段と違うところはといえば、そこには人の気配が一切なかったことである。
戒斗はそんな無人の教室の中を歩き、窓際後方二番目の座席、即ち自分の席へと向かう。机の側面フックに掛かったスクールバッグを天板の上に置き、机の中に入れっ放しだった教科書類を乱雑にその中へと投げ込んでいく。二分程でその作業は完了し、先程より重くなったスクールバッグを左手に持ち、背中に回したソレの負い紐を手のひらを上にした形で背負う。
「悪い、待たせたな」
戒斗は出入り口近くに立っていた、小柄なショートカットの少女――彼を主と見定めた忍者少女、長月 遥。今となっては『恋人』的な立場というか……兎に角、忠義の関係を超え、男女の仲にまで発展した彼女の元へと歩き、戒斗はそう言った。
「いえ。別に待ったという程の時間でもありませんし」
いつも通りの、抑揚が少なく感情の読み取りづらい声で返答を返す遥。しかしまあ、彼女との付き合いも長く、そして深い。今日になって一層深くなったわけだが。兎に角それは置いておいて、彼女のそんな抑揚の少ない声にも感情のブレが感じ取れることを、戒斗は最近になってやっと読み取れるようになってきていた。
「よし、そいじゃあ行きますか」
歩き出す戒斗に無言で頷き、その隣を遥は追って歩く。一見するといつも通りの二人にも見えるが、その実、遥の内心では顔から火が噴きださんばかりの勢いであった。
(あぁぁ……言っちゃった、言っちゃった。勢いとはいえ私、ちょっとツッコミ過ぎた……結果オーライだったから良かったけど。良かったけど……うぅぅぅぅ! 今になって恥ずかしくなってきた……)
こんな具合に、だ。
「ん、どうした?」
「い、いえ。別になんでも……」
若干顔に出ていたのか、戒斗への咄嗟の返しがしどろもどろになってしまった。そんな彼女を察してか否か、戒斗はニヤリと笑いながら「はいはい。そういうことにしといてやるよ」と言った。
「うぅ、いじわるです。戒斗のばか」
「そうかぁ? 大体こんな感じだろ」
フランクに返す戒斗の態度も、今までのような虚勢の強がりではなく、本人の素が出ている態度であった。彼女の――遥の言葉によって、彼は解放されていた。だからこその、そんな自然体の彼で居られているのだ。それを彼女も理解しているのか、遥もいつもと違い、素が出気味になっている。
「あーそうだ。この後、屋敷に寄ってもいいか?」
「ふぇっ!?」
あまりに突然すぎる提案に遥は、耳から蒸気を噴き出さん勢いで頬を真っ赤に染める。
「違う違う。仕事の件だ。別にそういうコトしよーって訳じゃねーよ」
「あ……そういう」
「なんだぁ? ひょっとして、ソッチのがお好みかい?」
「なっ……! ちっ、違……うとは言い切れませんが。うぅ。やっぱりいじわるです」
そんな会話を交わしつつ、二人は階段を下って昇降口へ。戒斗はスリッパを脱ぎ捨て下駄箱に突っ込み、学校指定の運動靴の爪先に鉄板を仕込んだ白い改造シューズを履く。そして外へ出て、体育館の下を通り抜けて職員用駐車場へ。そこから更に坂を下り、小ぢんまりとした非常勤講師用の駐車スペースへと向かう。
「さてと」
戒斗はズボン左腰のベルトループに引っ掛けておいた愛車のスマートキーを取り出し、操作。ロック解除のボタンを押すと、ピピッという小さな電子音と共にウィンカーが一度明滅。セキュリティ・ロックが解除された。
愛車たるライトニングレッドのボディカラー眩しいスポーツセダン、スバル・WRX S4へと戒斗は歩み寄り、一度運転席側のドアノブを握る。もう一度電子音が鳴り、ドアロックが解放された。
後部座席にスクールバッグを投げ込み、自分は運転席へ。スマートキーをインパネ下の小物入れへと突っ込み、ブレーキペダルを踏みながらエンジンスタート・ボタンを押し込む。二つのメーター指針が大きくスイープし、そしてエンジンが起動。2.0L水平対向四気筒のDOHC、DITと呼ばれる直噴ターボチャージャー・システムを搭載したFA20DITエンジンが唸りをあげた。
「エンジン暖める。少し待っててくれ」
隣の助手席に座った遥に一言告げ、戒斗はメーターパネル左側のタコメーター、その左下に据えられた水温計の示す温度が十分上がるまで待つ。
「そういえば、戒斗」
暫く会話は無かったのだが、唐突に遥が話題を切り出す。
「ん?」
「このWRX、大した距離乗れてないですよね」
言われてメーター中央下側のデジタル走行距離計を見てみれば……320km。確かに、大した距離を走っていなかった。
「あー……そういえばエミリアの件やらで色々ゴタゴタしてたからなぁ。確か慣らしに1000km乗らにゃならんのだ。畜生」
「折角ですし、慣らし運転の時は付き合いますよ」
「そう面白いもんでもねぇぞ? ただ高速走り回るだけだし。一か月点検までに極力稼いでおきたいから、時間も長くなっちまうしよ」
戒斗がそう言えば、遥はシートベルトを締めようとしていた手を一度止め、彼の方へと身を乗り出した。そして――戒斗は、左の頬に暖かく、そして柔らかい感触を感じる。
「オイオイ。一気に大胆になってきたなぁ、遥」
「こう見えて、意外とやっちゃう時はやっちゃうんですよ? 私。そうそう。さっきの答えですが――戒斗と一緒なら、私は何でも楽しいんですよ。それに、貴方と色んなところで、色んな景色を見てみたいから。だから、一緒に連れて行って欲しい」
そんなことを言われれば、彼は黙って縦に頷くしかない。やはり自分は、日本に戻ってから随分と弱い奴になってしまっていたようだ――しかし、彼は今の自分が、嫌いではなくなっていた。弱くても良い、それがどうした。例え弱かろうが、自分が選んだ道が、自分自身で掴み取った『生きる意味』が、目の前でこうして愛おしい笑顔を浮かべているのだから。別に悪いもんでもない、と戒斗は思った。
「遥と眺める世界、か。悪くねえ。悪くねえな。気に入った」
口元を吊り上げ、心底楽しそうな表情で戒斗は呟きつつ、水温が十分温まり切ったことを確認。シフトノブを一気にDへと持っていき、アクセルペダルを軽く踏む。自動で電動サイドブレーキが解除され、真紅のWRXは駐車場を出ていく。
どうやら時間も時間。人気は既にまばらなようで、一時停止して待つまでも無く公道へと出ることが出来た。駆け抜ける真紅の車体の後部には巨大なウィングが装備され、他にも車体の下部にはオプションパーツのエアロパーツが取り付けられている。STiスタイルパッケージと呼ばれる、ディーラーオプションだ。その証拠に、車体両側面と、後部エンブレム下には『STi Performance』の特別エンブレムが光り輝いていた。
約三十分少々のドライビングを経て、戒斗の駆る真紅のWRXは無事、彼も逃走中の一時期は滞在していた、遥の住まいたる武家屋敷へと到着した。正門を通り過ぎ、ガレージのすぐ傍まで走らせ、停止。
「ちょっと待っててくれ。シャッター開けてくる」
戒斗は言いながらシフトをPに入れ、サイドブレーキを引くと運転席から降り、今では大分使い慣れた武家屋敷のガレージの入り口に下がったままのシャッターを勢いよく上げる。その先には薄暗い駐車スペースがあり、中にはやはり、遥の愛車たるクロームオレンジのロータス・エリーゼが眠っていた。
再び彼はWRXのコクピットへと戻り、シフトをRへと入れ、バックでそのガレージの中へと車体を突っ込んでいく。社外パーツを取り付け、下方を向くようになったドアミラーと、カーナビに表示されるバックモニタ。そして目視を駆使し、二度の切り返しで車体をエリーゼの隣へと滑り込ませた。
「よし、一丁上がりっと。横に着けるなぁ、神経使ってかなわねえや」
シートに座ったまま少し伸びをし、エンジンを停止させた戒斗はシートベルトを外し、ドアを開けて車外へと降り立つ。
「お疲れ様ですっ、戒斗」
すると、先に立っていた遥がすぐ傍に立っていた。彼女が差し出すのは、戒斗のスクールバッグ。どうやら自分のを出すついでに、彼のも後部座席から引きずり出しておいてくれていたようだ。戒斗は「お、悪りいな」と言ってスクールバッグを受け取り、WRXを施錠。遥の後ろに続いてガレージを後にし、武家屋敷へと歩いていく。
「えーと、確か……あ、あった」
幾つもの鍵が束になった中から一つ、ディンプル式のキーを取り出した遥は、それを玄関の鍵穴へと突き刺す。シリンダーを回し、開錠。引き戸を開け、家の中へと上がると共に、戒斗を招き入れた。
「そいじゃ、お邪魔しますよっと」
「戒斗、違いますよ」
先に靴を脱いで上がっていた遥が振り向き、そんなことを言った。「どういう意味さ」と戒斗。
「ふふっ、『ただいま』でしょう? 貴方にとっては、ある意味家でもあるのですから」
くすくすと笑う遥の言葉に、戒斗はああ、と何故だか納得出来てしまった。確かに、逃亡中にこの家は隠れ家として戒斗も一時期暮らしていた。言われてみれば、彼にとっても自分の家みたいな感覚だ。……まあ、彼女が真に言わんとしていることも、分からないでもないが。
「あながち、間違いでもねえか――ただいま、遥」
「はい。お帰りなさい、戒斗」
なんとまあ甘ったるいやり取りを交わした後、戒斗も靴を脱いで上がる。襖を空け、見慣れた畳張りの居間へ。スクールバッグを適当なところに置き、座布団を二枚引っ張り出して、一枚を自分、もう一枚を遥用として長机を挟んだ向こう側に投げ置いた。
「とりあえず、お茶でも」
「おっ、すまんな」
緑茶の並々注がれた湯飲みを二つ、お盆に乗せ持ってきた遥は戒斗の前と、自分の前に置きつつ、先程戒斗が用意しておいた座布団の上にちょこんと座る。二人ほぼ同じタイミングで湯呑みに口付け茶を啜った所で、彼女がまず、話題を切り出した。
「ずずっ……ふぅ。さて――本題に入りましょうか、戒斗。仕事の話ということですが、やはり」
「ああ。お前が情報を持ってきてくれた『エクシード』の件だ」
「……仕掛けるのですか?」
「今夜にでもな。こういう類は、早いに越したことは無い」
「でしたら、別にここでなくとも、戒斗のマンションで話した方が、情報伝達的な意味合いでも効率的だったのでは」
遥が疑問の言葉を口にすると、戒斗は「それが問題なんだ」と言葉を返し、続ける。
「今回の仕事、琴音はメンバーから外す」
「何の意図が? 率直に言って、彼女の狙撃能力は我々にとっても相当な戦力のはず。それをわざわざ外す理由が、私には思い浮かばない」
その一言に、戒斗はうん、と頷く。そして苦い表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「……ぶっちゃけ、連中の謀、俺は人身売買だと睨んでる」
「成程。大体言わんとしていることは察せました」
「そういうことだ。んな現場、アイツにゃまだ早い。死体に幾ら慣れたところで、流石にキツイだろうよ」
「では、何故私には話してくれたの? 戒斗のことだから、独りで乗り込みそうなことだと感じましたけど」
「どうせ遥のことさ。絶対に自分も行くって言って聞かねぇだろ? それに……正直なことを言えば、お前の戦力まで無しに戦うのは、あまりにリスクがデカすぎる」
戒斗の言った言葉に、遥は同意の意を込めてうん、と頷き、言う。
「ええ。私は戒斗になんと言われようと、一緒に行くつもりでした」
「やっぱりな。ただ、これだけは約束してくれ」
「なに?」
「俺の何十倍は強い遥だ。よっぽど心配いらねえとは思うが……危ないと思ったら、無理せず退いてくれ」
神妙な面持ちで告げた戒斗に対し、遥は「……絶対に、とは言えません」と返し、続ける。
「戒斗が安全な状態なら退くことも考慮に入れますが。私が撤退することによって、万が一にでも貴方に危険が及ぶようであれば……私は、退がるという選択肢を取らない」
「って言うと思ったさ。分かってる。お前の気持ちも、よーく分かってるつもりさ。でもよ――今、仮にどっちかが死んで、どっちかが遺されるとしたら……その時は、確実に壊れちまう。二度と修復不可能な程に。だから、遥。俺も退き際を考えるし、お前も無理をしない。それで……頼む」
「……御意。戒斗が、そう言うなら」
「すまねえな」
「いえ。戒斗の言うことも、尤もです。確かに私か貴方、どちらかが遺されたとして、どちらも確実に、壊れてしまう。私の生きる意味は、戒斗。貴方に他ならないから」
「ヘッ、嬉しいこと言ってくれるね――さて、演技の悪い話はこの辺。仕切り直しだ。詳細な計画を練ろう。その為にわざわざ、落ち着けるここまで来たんだからよ」
言って、戒斗はスクールバッグの中からタブレット端末を取り出す。本来学園への持ち込みは全力で校則違反だったりするのだが、今はそんなことをイチイチ突っ込んでいる場合ではないだろう。
タブレットを操作し、インターネットに接続。地図サービスを呼び出し、遥の情報にあった十五番倉庫周辺の略地図と、そして衛星写真の両方を画面上に表示した。
「まず俺達二人はここの辺りで待機だ。谷岡、だったか? とにかく、社長の頭を確実に抑える為だ。怪しまれないように配慮し、待機にはレンタカーを使う。そうだな……ハイエース辺りでいいだろ。後ろ広いし」
「目標の接近は、どうやって検知するので?」
遥の問いに、戒斗は「発信機を使う」と答えた。
「私が貼りつけた?」
「ああ。半分賭けに近いが、恐らく奴らは同じセンチュリーに乗ってくるはずだ」
「ちなみに戒斗。その根拠は」
「そうそう車をコロコロ変える奴なんざ居ねーよ。ましてや裏取引だしな――後は、俺の山勘さ」
「ふふっ、戒斗らしい。でもその発信機、どうやってモニタを?」
「瑠梨の奴を使おう。アイツなら的確な指示が出せる。それに口も堅いしな。中継には今回も、香華のとこの衛星を借りる。尤も、事後報告になっちまうが」
提案に納得したようで、遥は分かりました、と同意の意志を示し、続ける。
「それで、彼らが来た後は?」
「来た後、というか、奴らが倉庫に到着する十分前ぐらいに俺達は動く。中には敵がいると思った方が良い。様子を見つつ、俺は敵の目を掻い潜りながら。遥は天井から侵入してくれ。人質の有無と、所在が分かり次第報告。その後はとりあえず中の敵を一掃して、奴らが来るのを待つ」
「社長達が到着した頃には、既に部下は全滅していた。そういうことですね」
「ま、たかが十分そこそこの間にそこまで上手いことコトが運ぶとは到底思えねえがな。最低ノルマは人質の確認と、その所在だ。出来るな、遥?」
「お任せを。此の任、確実に成し遂げて見せましょう」
「オーケィ。頼んだぜ。確実に深夜になる。こりゃ明日はサボりだな。そいじゃあ話を変えて装備だが、遥は任せる。いつも通りでいい。俺は――」
そうしている内に夜は更け、戒斗が装備を整える為に一時帰宅した頃には既に午後八時を回っていた。




