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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
71/110

はた迷惑なジャーナリズム

 ガラリ、と立てつけの悪い扉を戒斗が開けて潜れば、鋭い朝日の差し込む教室の雰囲気は月曜日特有のどこか憂鬱さが漂っていた。相変わらずの空気だ。変わりはない。

 しかし数週間前とは違い、そこに戒斗へと向けられる奇異の目線はほぼ無くなっていた。担任代理たる秋川教諭の一言も少なからず影響しているが、やはり根本は『慣れ』だろうと戒斗は推測する。人の噂も七十五日とは誰が言ったのかは知らないが、正にその通りだ。二学期開始当初こそアレであったが、今となっては『ああなんだ、戦部か』みたいな感情の籠らない思考が生徒達の脳内に一瞬過ぎ去るのみで、それ以上に何かを思うことは無いのだろう。今はそれで、戒斗の目の前に広がる教室の風景は一学期までとさほど変わりのない様子であった。皆、気怠げな様相の。

「あー、ったり……」

 誰に向けたでもない言葉をブツブツと呟きつつ、戒斗はいつも通りの窓際後方二番目、即ち自分の座席へと向かう。スクールバッグを机側面の簡素なフックに引っ掛け、木の合板と鉄パイプで構成された簡素極まりない学習椅子へとその身を預ける。

「よいしょっと。にしても大分落ち着いたわね」

 戒斗のすぐ後ろの机で同じようにスクールバッグを降ろし椅子に腰掛ける琴音が、そんなことを言った。「何のことだよ」と戒斗は後ろを振り向かず、背もたれに腰掛けたまま返す。

「いやいや、教室の雰囲気が落ち着いたわねってこと」

「はぁ?」

「ほら、二学期始まったぐらいは……戒斗に対する視線が、その、ね」

 思考を読んでいるのか、と錯覚するようなタイミングで琴音はそんな話を振って来た。

「成程理解。アレだろ、始業式の時の朋絵ちゃんが言ったアレが効いたんだろ、多分」

「そうかしら。ま、なんにせよ面倒事が減ったのは良いことじゃない?」

「まあ、そうだけどよ……琴音、お前なんか最近変わったか?」

「え?」

「いや、お前なんか口調やらが何というか……結構前に比べて荒っぽくなってるような」

「またまた、冗談言っちゃって」

「冗談じゃねえっつの」

「そりゃあ理由は簡単でしょ。戒斗みたいなのと四六時中付き合わされてちゃ、アンタに似るわよ」

「あー……」

 言われてみれば、その通りだ。よくよく考えてみれば彼女の一番近くに、一番酷い口調の人間が存在している。戦部 戒斗とかいう名前の傭兵が。

 こんな話を聞いたことがある。東京でバリバリの標準語を喋っていた人間がふとした切っ掛けで名古屋に住む知人の元を訪れることになった。二週間半ぐらいで帰り、ソイツが東京で知人と久しぶりに会った際、こんなことを言われたらしい。

『あれ、もしかして名古屋弁?』

 ……即ち、そういうことだ。人の話す言葉の細部や口調などは、環境に影響されて変わっていく。この場合だと、生粋の地元民である名古屋の知人と方言圏内で過ごしたが故、その色に言葉が染まってしまったということだ。

 琴音の場合も同じであろう。”傭兵”というお世辞にも上品とは言えない仕事柄や、本来の口の悪さなどが相まってアレな話し方の戒斗と同じ屋根の下暮らし、毎日顔を合わせている。彼の荒っぽい話し言葉が伝染するのも無理はないだろう。

「ま、まあ……程々にな。うん。程々に」

 若干の引きつった声色で無理矢理話題を終わらせ、戒斗はスクールバッグの中からブックカバーに包まれた文庫本を取り出す。しおり代わりにとページの間へ挟んだ、二つ折にした本の帯を取り出し、縦書きの活字へと目を走らせる。

「戒斗、何読んでんの?」

 またもや後ろから琴音が話しかけてくる。こやつ、よっぽど暇なのか……そんなことを思いつつ、戒斗は首を横に傾け少しだけ視線を彼女へと向けると言う。

「ライトノベル。所謂ラノベって奴だ」

「へぇ。珍しいわね。ちょっとイメージと違った」

「どういうこったよ」

「なんかさ、戒斗っていつも本読んでるけど……なんて言うの、一般文学? 上手い言い方分かんないけどさ、要はこう、硬っ苦しい奴ばっか読んでるイメージあったから、ラノベってのがちょっと意外でね」

 どうやら自分にはそんなイメージがあったらしい。確かに常に本は持ち歩いてはいるが。

 本人は気付かず、人の視点から言われて初めて気付いた、戒斗のそんな一面であった。

「俺は基本的に雑食だからな。お前の言うように一般文学だろうが、こんなラノベだろうがエッセイだろうが。フィクション、ノンフィクション。評論本に専門書。基本的に読む本に区切りは無いさ」

「へぇー」

「寧ろ、持ち歩いてねえと落ち着かねえぐらいだ」

「そ、それはちょっと……うん、病気ね」

 若干引いたように苦笑いを浮かべて琴音はそう言う。「別に悪いことじゃないだろ」と戒斗。

「別に悪いとは一言も言ってないわよー。ただ、その、うん」

「無理して言わなくても構わねえさ。自覚はしてる――そもそもが、お袋の影響なんだけどな」

「戒斗の、お母さ……あっ」

「ああ。察し通り、十年前に死んだ。浅倉に殺されて」

 戒斗の、母親。

 即ち浅倉 悟史という人間と戒斗を結び付けた事件の被害者であり、そして今尚続く因縁と復讐の鎖の根本。彼の母親が浅倉の手によって殺されたからこそ、今こうして戒斗は傭兵”黒の執行者”としてこの場に居るのだ。

「その、ごめん。こんな話題振っちゃって」

「気にするこたねぇさ。もう十年も前の話だ――そのお袋が、よく言ってたんだ。『本はよく読め』ってよ」

 文庫本を片手にしたまま、戒斗は窓枠へと左肘を引っ掛け外を眺めつつ、目を細めて語り出す。まるで、遠い悠久の過去を思い起こすように。

「当時のお袋は今の俺と同じように、いや俺の数十倍以上に本が好きだったのさ。それこそ、部屋には未読の積み本が何百冊とあった。それを飽きもせず、毎日、毎日毎日。暇があれば読んでた」

 戒斗の語る言葉に、琴音は黙ったまま聞き耳を立てる。周囲は喧騒に包まれているのだが、何故だか彼の声は強く耳に届く。距離の問題もあるかもしれない。だが――なんというか。二人の周りだけ空間から隔絶されたような感覚だった。生徒達の喧騒からは一切隔絶された無音の空間で、彼の声を聴いているような、そんな不思議な感覚。

「そのお袋が、口を酸っぱくして言ってたんだよ。それこそ毎日ってぐらい。『本は良い。世界の全てがそこに詰まっている。だから本を読みなさい。男の子は力が強いだけでも、足が速いだけでも、顔が良いだけでも駄目。本を沢山読んで、貴方の生きる世界を知りなさい』ってな」

「本の中に、世界の全てが……」

 戒斗が言った言葉を、反芻するように琴音は呟く。

「そう。当時の俺、まだ鼻垂れボウズだった俺には理解できなかった。そしたらある日突然、お袋が死んだんだ。お前も知ってる通り、浅倉のクソ野郎に殺されて」

「……うん」

「葬式やらが終わって、泣きながら家に帰ってよ。何となく心細くて、お袋の部屋へ行ったんだ。その時、ふと思い出してよ。毎日毎日飽きもせず、お袋が口を酸っぱくして言ってた言葉を」

「『本を読んで、世界を知れ』……」

「その通りだ、琴音。俺にはそれが、お袋の遺言みたいに思えちまってよ……その日を境に、俺は人が変わったように本を読みふけるようになった。最初こそ周りの、小学校で同じだったクラスの連中とかに馬鹿にされたりもしたさ。あるだろ? 小学生特有の、読書を卑下すあの謎思考」

「あー、あるある」

「何度も一瞬心が折れかけたけど、俺は読書を止めなかった。それが俺のすべき事であり、死んだお袋に報いることだと思ったから。そんな生活を続けてたら、やっと意味が分かったんだ。お袋の言ってたことの意味が」

「意味……?」

「そう。意味だ。本を読み、世界を知ること。即ち視野を広げることだ――人間、閉鎖的な空間で生活をしていると、どうしても視野が狭まりやすい。だからこそ知識を本から吸収し、視界を世界にまで広げて、幅広く物事を思考し、実行できる人間になれと、そう言いたかったのかもな」

「視野」

「ああ、視野だ。でもな、俺はこうも思う。『本の中には、無限の世界と可能性がある』。お袋がどう思ってたかは知らねえし、今となっては知るよしもないが……少なくとも俺には、そう感じられたね」

「無限の、世界」

「ああ。無限の世界だ。例えばSF。サイエンス・フィクションって奴だ。コイツは先の未来で起こるかもしれないことを、入念な設定を元に、物語仕立てで書いている。それはある意味で、一つの独立した世界だ――他にもある。それこそライトノベルで主流な空想世界。所謂ファンタジーって奴さ。コイツは現実に決して起こりえないこと。例えば魔法だとがドラゴンだとかフェアリィ、即ち妖精種族だとか。そんなようなことを主軸に捉え書いている。それってつまり、地球とは違う、一つの新たな世界を、作者という神の手で創造しているってことじゃないのか? それこそ、俺達の普段使う科学並みに普及した魔法技術を用いた人間社会や、剣と弓でドラゴンと戦う、中世じみた世界を――最も、こちらの設定量は作品によりけりだが」

「つまり、どういうこと?」

「要は、活字ってのは限りなく制約され、限りなく無限の可能性を秘めた媒介ってこったよ。基本的に、活字の場合は最終的に読者それぞれの想像力に左右される。これは活字の欠点でもあるが、裏を返せば、それは最大の利点ともいえる」

「ちょっと訳が分からないわ……」

 琴音も流石に頭がパンクしかけ、頭痛を堪えるように鼻の付け根を抑える。「つまりだ」と戒斗。

「一つの本を取っても、それぞれ違う世界が無限に、読者の数だけ存在するってこったよ」

「んー、なんとなく分かった」

「だから俺は、本が好きなんだよ。そこには無限の世界が広がっている。エッセイや評論本、専門書なんかは単純に知識や物の考え方が身に付く。一般文学や、コイツみたいなラノベなら純粋に物語として楽しめ、それは明日への活力へと直結している。こんなクソッタレな世界で、”傭兵”なんてクソみてえな稼業で飯を食い、生きる目標が『復讐』なんて肥溜め以下の俺だが……本を読んでると、作者の主張や考え方、そして思い描く夢がダイレクトに伝わってくる。そんな純粋な人間が居て楽しませてくれるってなれば、こんな世界で、俺みたいな人間が生き続けるのも、そう悪くねえんじゃねえかなって思えてくるのさ」

 戒斗はそれだけ言うと、再び視線を手元の文庫本へと落としていった。

 琴音がハッと気付くと、今まで耳にすら入らなかった教室内の喧騒が津波の如く一気に押しかけてくる。目の前を見れば、自分に背を向けた戒斗が手に持った文庫本へと目を落としている。いつも通りの、見慣れた光景だ。まるで、今までのやり取りなぞ初めから存在しなかったかのような錯覚さえ覚える、変わりの無い光景。

「無限の、世界ね……」

 戒斗の言っていた言葉を、再び反芻するように琴音は呟く。

「案外、そう悪いものでも無さそうだわ」

 今度、戒斗から何か一冊、本でも借りよう。どうせ同居しているんだ。身近に本の虫が居るなら、彼から借りない手は無い――そんなことを思ったところで、琴音はふと、本日の課題をやっていないことに気付く。

 確か今日の課題は、英語がそこそこ出ていた筈だ。授業は二限目。時間はあまりないが、やらねば大目玉を喰らう――思い出した琴音は顔面蒼白になり、急ぎスクールバッグから英語教材一式を取り出すと、それに向かい始めた。





「――――ん」

 それから十数分の後、耳元で聞こえる声に気付き、戒斗は至極億劫そうに文庫本から視線を離した。

「戦部くん、戦部くん!」

「だァーッ、うるせえ! どこのドイツだか知らねえが耳元で大声上げんなッやかましいッ!!」

 どうやら少女のモノらしい、どこかアニメチックな高い声の聞こえる方へとイラつきながら視線を向けてみれば、そこに立っていたのは見慣れぬ生徒であった。

 琴音と全く同一のデザインの服装。即ちここ、私立神代(かみしろ)学園の女子夏制服を着ている辺り、ここの生徒で間違いないであろう。履いているスリッパは赤色。即ち二年の同級生だ。しかし見覚えのない顔だ。別のクラスだろうか?

 身長は目測で約140cm半ばぐらい。遥とそう変わらない高さだ。髪は珍しい濃緑色で、短くショートカットに切り揃えている。どこか幼さの残る顔つきで、そのショートカットヘアや、明るめな口調と相まって、彼女に対し戒斗は活発な印象を覚えた。いや、どちらかといえば天真爛漫、と言った方が正しいのか? とにかく、同じような身長の遥とは正反対の性格と見てほぼ間違いない。

「……で? 誰だお前」

 初対面の相手にも関わらず、特に恐縮することなく面倒臭さを隠さないぶっきらぼうな口調で戒斗がそう言えば、傍に立つ彼女は「誰だって、酷いよぉ。まさかボクのことを知らないだなんて!」と妙に大仰なテンションと身振りで言葉を返して来る。なんだ、ボクっ娘か。珍しい奴も居たもんだ。

「やかましいッ。知らねえもんは知らねえんだよ」

「仕方ないな……それじゃあしっかり覚えるんだぞっ」

 若干の溜息を一瞬漏らし、そして元の妙に高いテンションに戻った彼女は腰に手を当て胸を張る。やはりというべきか、身長に比例してその胸はフラットであった。例えるなら航空母艦。即ち全通甲板。どこぞの間抜けイエローフェラーリのお嬢様や、腕だけは(・・・)超一流のパツキン狙撃手のヒマラヤ山脈とは大違いである。

「分かった、分かったから。さっさと名乗れ。面倒だ」

「ボクの名前は雨宮あまみや 優佳ゆうか! クラスは二年A組、そして新聞部のエースなのだぁーっ!!」

 そう高らかに名乗った彼女――新聞部員の雨宮あまみや 優佳ゆうかは無い胸を強調するように胸を張った、腰に両手を当てるポーズで戒斗の前に仁王立ちしている。自分がクラス中の注目を浴びている事にも気付かず。いや、気付いている上での行動か……?

 何にせよ、これまでにないパターンの人間だということは確かだ。酷い方向で。リサとも遥とも違う方向に思いくそ尖ったタイプの人間らしいが、新聞部員ということは相当に面倒であることだけは確かであった、この雨宮という少女は。

「はぁ。で? その新聞部員の雨宮様が俺なんかに何のご用件で?」

 辟易した内情を隠すことなく表面に出した戒斗の溜息交じりな一言に、彼女は制服のポケットから何やら手帳のような、メモ帳のような何かとボールペンを取り出す動作で堪える。

「おい、まさか――」

「その通りなのだっ! ボクは君を――かの有名な”黒の執行者”こと、戦部 戒斗くんに取材をしに来たのだーっ!!」

 目を輝かせる雨宮の放った一言は、やはりというべきか戒斗の予想通りな言葉であった。最早次に紡ぎ出す言葉すら見つからず、ただ深く溜息を吐くしか出来ない。見れば、後ろの席で何やら必死に課題と闘っていた琴音ですら走らせるペンを止め、唖然とした表情で雨宮の横顔をじっと見つめている。まあ、当然だわな。

「……俺が、その取材とやらに答えるとでも?」

 やっと口から出せた言葉を、雨宮はブンブンと首を激しく縦に振って肯定する。

「今でこそ落ち着いたけど、皆やっぱり気になってるんだよ、君のことがね! だからボクは、そんな皆の気持ちを代弁し、校内新聞って形で伝える。それが新聞部員としての――いや、一人のジャーナリストとしての、ボクの使命だと思っているのさ!」

「……あ、もしかして」

 呟いた琴音の一言が気になり、戒斗は思わず彼女の方へと耳を寄せる。すると琴音も戒斗の耳元へと近付け、小声で耳打ちしてきた。

「アレよアレ、校内新聞の人気トップライターよ、あの

「新聞部員だからな」

「何よ戒斗、知らないの? てっきりアンタのことだから、校内新聞も読んでると思ったけど」

「あんなもんはガキのママゴトレベルだろうが。わざわざ読んでやる必要も無えよ、くっだらねえ――で、その似非新聞がなんだって?」

「だから、その中でも一番人気のある記者が、彼女なのよ。どんな相手でも臆さずに突っ込んでいくし、相手が不良だろうが先生だろうが誰彼問わずに批判するスタンスね。私も何回か読んだことあるけど、中々鋭い記事だったわよ。文章も中々秀逸で纏まってた、良い構成だったし」

「成程。見た目通りの『ジャーナリスト』って訳か」

「そういうこと。でもまあ……あまりに無遠慮すぎて、ウチの教師の大半や、一部の生徒には煙たがられてるけどね」

 琴音のお陰で、大体彼女について――この雨宮 優佳という新聞部のエース様のことが掴めてきた。

 つまり、だ。彼女の持ち味たる無鉄砲な取材の矛先が、遂にこの”黒の執行者”こと戒斗にも向いてきたというわけだ。

「あのー、もうお話終わりましたー?」

 雨宮の一言と共に、戒斗は後ろに傾けていた椅子を戻し、横向きに腰掛け背中を壁に。両脚を組むと彼女と正対した。いつも通りの偉そうな態度なのだが、目の前に立つ新聞記者は動じる様子を欠片ほども見せない。肝が据わっていやがる。戒斗は率直な感想を彼女に対し覚えた。

「ああ、もう終わったぜ。どうやらお前さんが相当厄介なマスコミ野郎だってことが分かったところだ」

「ご理解頂けたみたいですねぇー」

「したか無かったがな。ところで一つ聞かせて貰っていいか、雨宮とやら?」

「ん、なんでしょー?」

「お前の『取材』とやらから、この俺が逃げ切る方法は」

「ないですねー」

「そうか――だが、残念だったな。時計を見てみろ」

 妙ににこやかな表情のまま、戒斗に言われた通りに振り返って壁掛け時計を見た途端、雨宮の表情は一気に凍り付いた。ちなみに現在時刻、午前八時四十八分。補足すれば、朝のHR(ホームルーム)が始まるのは八時五十分からだ。

「あわ、あわわわ……」

「お前さん、確かA組だったな。どこぞの冷血まな板副会長からちょいと小耳に挟んだんだけどよ、たしかA組の担任、相当キッツいらしいなぁ? 遅刻なんてしたら、それはそれはヤバイことになるだろうて」

 戒斗が嫌らしい笑みを浮かべて全力の嫌味を言ってやった途端、雨宮はバネが弾けたように戒斗達が学園生活を送っているE組の教室を飛び出していった。

「ぐぬぬ……必ず暴いてやるんだからぁーっ!!」

 教室を出て行く直前に振り返り、捨て台詞を吐いていった雨宮は出入り口で朋絵ちゃん――E組の担任代理、秋川あきかわ 朋絵ともえとぶつかりかけつつも、そのまま廊下を全力疾走。

 しかし時間とは非情なもので、彼女がE組を出て数秒後にHR(ホームルーム)の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。全力で走る足音と共に「ひえぇぇぇぇぇ!!!」という謎の悲鳴が、遠くへと遠ざかっていく。

「また面倒なことになったな、ったくよ……」

 独り呟く戒斗は、先程の新聞部員。雨宮 優佳という少女に、どこか荒れ狂う嵐や台風のような印象を覚えていた。

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