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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
70/110

掴めぬ足跡

「ふむ……」

 そして休日である翌日、つまりは土曜日。自宅兼事務所で戒斗はソファに深く腰掛け、高岩から貰い受けた書類の束――『株式会社エクシード』に関する、超部外秘の捜査資料を読みふけっていた。

「どう、調子は?」

 そんなことを言いながら、琴音は戒斗の目の前のテーブルに、彼女自身が注いだ紅茶のティーカップを置く。

 悪いな、と一言言ってから戒斗は資料を一度置き、ティーカップに口を付け紅茶を飲むと、言葉を続ける。

「ま、ぼちぼちってとこかね。この『エクシード』が見るからにキナ臭い企業なのは確かだ。読んでりゃ分かる。高岩さんから貰ったこれ、確かに有用な資料ではあるんだが、イマイチ信憑性に欠ける所がある。昨日殴りこんだヤクザ連中や、他の幾つかの組にも一枚噛んでるってのは分かってる話だしよ。しかし、どうも核心に触れてない感もある。それに……」

「それに?」

「どうにも、誘拐事件と線が繋がらないんだ」

 言いながら、再びティーカップを口に付けた戒斗は、今の状況を頭の中で軽く整理する。

 今回の依頼――斉藤さいとう かおるから依頼された内容は『連続誘拐事件の調査、及び友人の槇村まきむら なぎさの救出』。その救出対象たる槇村さんの勤めるIT系ベンチャー企業『エクシード』がどう考えても怪しい。それは高岩刑事の調査と、この超部外秘資料で確たるモノと結論付けられる。その『エクシード』は、昨日組対と共に取引現場へと踏み込んだヤクザ連中、及び別の組にも噛んでいる。これも確実な情報だ。しかし――肝心の誘拐事件と、『エクシード』が一向に繋がる気配がない。

 もしかしたら、彼女の勤め先である『エクシード』は本当に誘拐事件とは関わりが無いのではないか……。

 戒斗の思考に、そんな考えが浮かぶ。有り得る話だ。寧ろ、その線の方が濃厚かもしれない。しかし、その『エクシード』がどうにも気になってしまうのもまた、事実だ。

「一度、調べてみる必要があるな」

 戒斗は呟き、ポケットから愛用のスマートフォンを取り出すと、電話帳アプリケーションを開く。その中にある電話帳に登録された、一つの電話番号をタップし、通話を掛けた。

 十数秒の後、その電話は繋がった。

「……はい」

「遥か」

 電話を掛けた先は、彼に仕えるしのび――長月ながつき はるかが住居として用いている武家屋敷。冤罪を被せられ凶悪逃亡犯に戒斗が仕立て上げられた際、彼も隠れ家(セーフハウス)として使った武家屋敷だった。勿論、電話に出た少女の声も、遥のものである。

「今日、暇か?」

「ええ。基本的に学園以外は殆どフリーですから」

「そうか。今から屋敷に行っても?」

「勿論。構いませんよ――この間言ってた、琴音に稽古を付ける件ですか」

 そういえば、そんなことも言ってたな――正直なところ、今の今まで忘れ去っていた戒斗であったが、折角だしそれもやっておこうと思い、肯定した。次に「それとはまた別件で、お前に頼みたいことがある」と続ける。

「頼みたいこと……ですか」

「ああ。電話口じゃちょっとはばかられる話題だ」

「……承知しました。では、戒斗。お待ちしています」

「恩に着る。大体三十分ぐらいで着くとは思うがよ――それと、遥」

「はい?」

「……その、なんだ。昨日は、悪かった」

 歯切れの悪い口調で戒斗がそう言うと、電話の向こうの遥は小さくクスリと笑い、「いえ、気にしてませんよ。戒斗のことは重々承知してますし」と、少し安堵の混ざった声色で言った。





 それから四十分後。たまには、ということで久々にWRXではなく、父から譲り受けた2シータースポーツカー、日産・フェアレディZに乗り込んだ戒斗と琴音の二人は遥の待つ武家屋敷へと到着していた。

 玄関では無くガレージへと回り、シャッターを開いて、その中へフェアレディZをバックで突っ込んでいく。遥の私物にして愛車である、クロームオレンジのロータス・エリーゼの隣へと、似た色合いのサンセットオレンジのボディカラーの車体を戒斗は停める。

 エンジンを切り、相変わらず良く整備の行き届いたエリーゼを横目に眺めつつ、戒斗はシャッターを閉めてから琴音を連れ、ガレージの裏口を出る。そしてそのまま、砂利の敷き詰められた中庭を通り屋敷の本宅へ。

 古風な引き戸の扉を数回ノックしてみればすぐさま鍵は開き、中から遥が出てきた。

「すまん。遅くなった」

 戒斗がそう言えば、遥は一度軽くお辞儀をして「別に気にしないでください。さ、中へどうぞ」と招き入れる。

 それに従い、戒斗と琴音の二人は遥に誘導されるまま、彼にとっても既に見慣れたリビング――という言い方は語弊があるものの、全面畳張りの和室で、中央に置かれた長机。そして液晶テレビと、奥にキッチンのあるこの一室は、そう形容するのが適切であろう――に招かれた。

「どうぞ。粗茶ですが」

 二人横並びに座布団へと座った戒斗と琴音の前、長机に、お盆に乗せた、緑茶の注がれた湯飲みを置く遥。彼女もまた、自分の分を二人の対面へと置き、座る。

「悪いな――うん、やっぱここの茶は旨い」

 湯飲みを取り、緑茶を啜る戒斗がそんなことをひとりごちると、遥は言った。「それで、戒斗。此度こたびは私に、一体何を?」

「ん、ああ。そうだそうだ。この間言ってた『エクシード』の件、あったろ?」

「ええ」

「単刀直入に言えば、その『エクシード』の内情を探って貰いたい」

「……成程。言わんとしていることはおおよそ理解できました」

「察して貰って助かる。とりあえず、コイツにも目を通しておいてくれ」

 うんうん、と納得したように数回頷く遥へと、戒斗は書類の束――高岩から受け取った捜査資料のコピーを渡す。

「承知しました。暫くの間、張り付いてみましょう。とりあえず私は今から行って、軽く様子を見てきます。道場の方は空いてますから、好きに使ってください」

「すまん、助かる」

 遥はそれだけ言って、ふすまの奥へと消えていった。装備を整えに行ったのだろう。そう判断した戒斗は湯呑みの緑茶を飲み干し、琴音を連れ、もう一つの目的であった屋敷の道場へと向かう。





 さて、彼ら二人が向かった道場があるのは敷地の端の端。土蔵や本宅とは反対側、離れからもう少し向こうへと行ったところにある。

 道場と離れは直接繋がっているわけではなく、一度外へと出る必要がある。道場建屋の入り口、引き戸の扉の先、簡易的な玄関から中へと上がれば、意外にも道場の中は広かった。

 中は全面板張りで、剣道でも想定しているのか、四角く囲った白線と、その内側に二本の線が引かれていた。玄関から入ってすぐ目の前には床の間らしきモノも見え、掛け軸が掛かっている。その他にも竹刀立てが壁面にあり、そこへと数本が立てかけられていた。道場の中は比較的風通しが良く、涼しい。この時期にはもってこいの環境だ。

「そういえば琴音、ニムラバスは持ってきたか?」

 持参した肩掛けの雑嚢を適当な隅に置いた戒斗は、そんなことを訊く。

「ああうん。一応持ってきたわよ」

 琴音は言うと、戒斗と似たような形の雑嚢から一本のナイフを取り出す。樹脂製のハードシースに収められた細身なナイフは、ベンチメイド・ニムラバス。夏休み真っ只中、丁度遥の妹の件で雪山の”方舟”研究施設へと殴り込む少し前ぐらいに、戒斗が気まぐれで譲ってやったモノだ。

「とりあえず、コイツを持っとけ」

 自らの雑嚢から取り出した何かを、戒斗は投げ渡す。慌ててキャッチした琴音は、自分の手の中に納まったソレの正体がよく分からなかった。どうやらナイロン製らしい、黒い細身の……ポーチにしては、あまりにも厚みが無さ過ぎている。

「何これ」

「ん、ソイツはニムラバスに付属してたノーマルのシース。ハードだけじゃ何かと不便だと思ってな。腰に付ける時なんか便利だぞ、それ。どうせ俺は要らねえし、持っとけ」

「ふーん。でもこっちのが便利じゃない?」

 自らのナイフが差さったハードシースへと視線をやりつつ、琴音はそう言う。「いや、そうでもない」と戒斗。

「そうかしら」

「ああ。例えば腰の両サイドにぶら下げる場合、そっちのナイロンのが柔らかくて動きやすいんだ。それに」

「それに?」

「抜きやすい」

 試しにハードシースからニムラバスを抜こうと試みる琴音。しかし予想以上に硬く、一向に抜ける気配が無い。

「ふぬ……ふぬぬぬぬ!!」

「オイオイオイ……渡してから一回も抜いてないのかよ」

 呆れたように戒斗は言うと、力む琴音からニムラバスを引っ手繰る。両手でシースとグリップを掴み、強引に力づくで抜刀した。

「ほらよ」

 抜けたニムラバスを返してやると、琴音は若干息を上気させつつそれを受け取る。

「あ、ありがとう……硬ったいわねホントこれ。使い物になるの?」

「新品じゃ使い物になんねえな。削ればある程度は使えるようになるが。今からちゃちゃっと削ってやるから、これでも振り回しとけ」

 ハードシース片手に戒斗は再び自分の雑嚢を探り、その中からナイフのような形状の細長い物体を琴音に渡す。

「なにこれ?」

 受け取った琴音が注視してみると、どうやらやはり、ナイフの一種のようであった。赤く塗装されているグリップはニムラバスのそれと全く同一形状で、刀身もほとんど変わりないが……違うのは、刃が全く無いのだ。代わりにブレード部に幾つも丸い穴が開いている。到底、何かを切り裂くことは出来そうにない形状だ。鈍器と言っても差支えない。

「ニムラバスのトレーニング・ナイフさ。お前に渡した奴と一緒に、セットで安くしとくからってレニアスに向こう(ロス)で無理矢理買わされた奴だが……まさか、こんなところで役に立つとはな」

 言いながら、戒斗はジーンズのポケットから小さな折り畳みツールを取り出す。展開すればブライヤー型になるソレは、ウェーブ。ツールナイフの名門レザーマン社の造り出した傑作マルチツールだ。

 それを畳んだ状態のまま、戒斗はグリップ部からヤスリのブレードを取り出し、ハードシースの内側のナイフ保持用出っ張りへと宛がうと削り始めた。小刻みにリズミカルな切削音が鳴る度に削りカスが舞い、樹脂特有の臭いが鼻腔を刺す。

「へぇ、こんなのも出てるのね」

 一方琴音はというと、渡されたニムラバス・トレーニングナイフを興味津々と言った感じで眺めている。「まあな。それだけ使い勝手がいいってことよ」と戒斗。

「それじゃあやっぱり、戒斗のいつもの奴も出てたりするの?」

「あー、オンタリオか。ありゃどうだったかな……出てた覚えは無いし、持ってもねえが。ほれ、出来たぞ」

 削り終わったハードシースを琴音に投げ渡し、戒斗はウェーブを再びポケットに戻す。

「ん、ありがと。どれどれ……あらあら。すんなり入って出てくるわね」

 早速ハードシースの抜け心地を試す琴音。先程と違い、多少の力を入れるだけですんなり抜き差しが出来るようになっていた。

「保持用の突起を大分低く削ったからな。ちなみに横のレバーは不意に抜けないようにする為のロック・レバーだ」

 手持無沙汰となった戒斗は再度、自分の雑嚢の中を探って、黒い樹脂製の使い古されたラバー・ナイフを取り出す。「戒斗はそれで?」と琴音。

「ああ。コールドスチールのトレーニング・ナイフ。レザーネック型。久々に引っ張り出してきたが、懐かしいな……よく親父に張り倒されてたっけ」

「それで練習してたんだ」

「そうだな。ロスに居た頃よく使ってた。元を正せばナイフ格闘やら銃の扱いやら、全部俺に叩き込んだのは親父さ」

 戒斗は続いて白いチョークを一本取り出すと、それをトレーニング・ナイフの側面――実物のナイフなら相手を斬る『刃』のある部分へと塗りたくる。

「これで、斬られた部分が一目瞭然って訳さ。お前のも貸してみな」

 続いて、琴音から手渡されたニムラバス・トレーニングナイフにも同じようにチョークを塗りたくり、そして返す。

「ふーん。これ使って練習すればいいのね」

「そういうこった――早速行くぞ。構えろ」

 宣言すると同時に、戒斗は腰を落として身を低くし、ラバー・ナイフを左手に持ち替え逆手に構える。琴音も慌ててそれに倣い、とりあえずは右手で、戒斗と同じように逆手で見様見真似に構えた。

「受けに回ろう。来い」

 空いた右の掌を上に、指をチョイチョイと手招きするように曲げ、戒斗は誘う。

「そういうことなら、遠慮なく――ッ!」

 対する琴音も、一直線に戒斗へと突進していく。両者の距離、五m弱。

「やっ!」

「ほぉ――?」

 下から上へと、斜めに振り上げる一撃。戒斗は少し感心しつつも、少し上半身を後方に仰け反らせ回避。

「まだよっ!」

 そのまま、振り上げた隙を補うかのように、振り切った体制のまま今度は突きの一撃を琴音は放つ。狙うは胸元。

「悪くない。だが――」

 しかし、その一撃をフリーな右手を使って、トレーニング・ナイフを持つ琴音の右手首を払うことで難なく戒斗は躱す。

「嘘でしょ……!?」

「筋は良い。だが甘い――次は俺の番だ」

 戒斗は続いて琴音の右手首を掴むと、内側に捻り、自分の方へ引き寄せるように強く引っ張る。

「キャッ――!?」

「ナイフ格闘の主となるのは、やはりナイフだ」

 体制を崩した琴音の身体を受け流すようにして戒斗は彼女の側面へと回りつつ、彼女の持ったトレーニング・ナイフのブレード裏側を左手に持ったラバー・ナイフで叩き付けた。琴音の手から離れたトレーニング・ナイフは吹っ飛び、道場の壁へと激突し床へと落下する。

「しかし――」

 そのまま琴音の手首から右手を離すと同時に、戒斗は身を低く落とす。そして振りの小さい横薙ぎの斬撃を三度、彼女の左太腿へと喰らわせる。塗りたくったチョークの白い筋がタイトなジーンズに付着し、三本の線を描く――ヒット。

「ナイフだけに集中するのは、素人のやることだ」

 バランスを崩し、危うく転びそうになった琴音の腰へと右手を回し支えると同時に、戒斗は戻したラバー・ナイフのブレードを彼女の左の首筋へと軽く押し当てた。太腿三か所に、首筋。仮に実戦だとしたら、失血死確定コースで間違いない致命傷だ。

「って言ってもさぁ」

 彼の手から離れた琴音は再び対面する位置に立ちつつ、不満そうに呟く。

「それじゃあどうしろってのよ?」

「簡単さ。お前の手に握ったナイフ。そのブレードを自分の腕の延長線だと考えるんだ。相手を斬り裂くことの出来る、な」

 そう言う戒斗は、シャドーボクシングでもするかのようにラバー・ナイフを握った左腕を突き出す。「腕の、延長線?」と琴音。

「ああ。とどのつまり格闘技なんだよ。ナイフ”格闘”って言うぐらいだからな」

「要は、相手を殴り飛ばせば良いわけね」

「そういう訳でもないが……格闘技であって、格闘技でない。そう言うのが適切か。握り方によっても変わってくるしな。例えば今の俺みたいに逆手だと、突きの時に体重を掛けやすい。逆に順手――所謂普通の握り方だと、”斬る”動作に適している。この辺を上手く使い分けられるかは……まあ、慣れだな」

 掛かってこい。と再び手招きする戒斗に、琴音は頭の中で彼の言ったアドバイスを反芻しつつ、再度突っ込んでいく。

(腕の延長線上……)

 一気に飛び込み、トレーニング・ナイフを逆手に握った右手を琴音はジャブでも繰り出すように突き出す。

「悪くない」

 それを戒斗は少しだけ身を捩らせ躱す。そのままラバー・ナイフを持った左手を軽く横薙ぎに振るう。

(ナイフだけに……集中をしない)

 それを琴音はフリーな左手でいなし、上方へと受け流すと、ガラ空きになった戒斗の胸元へと逆手に持った刃を突き立てる。

「成程――だがッ!」

 戒斗は当たる寸前のところで琴音の右腕を払い、同時に振り払われた左手の中でラバー・ナイフを回転。素早く順手に持ち替えたブレードを袈裟に振るう。

「嘘――ッ!?」

 予測し得なかった反撃を琴音はモロに喰らい、左の肩口に白いチョークの筋を作る。

「近接戦闘では……」

 戒斗は少し後ろに飛び、ほんの少し距離を取ると再びラバー・ナイフを逆手に持ち替え、身体を数瞬左右へと小刻みに振るうと――消えた。琴音の視界から、一瞬にして。

「えっ!?」

「蛇の如く地を這い」

 一瞬にして視界から消えた戒斗の動きを目で追えなかった琴音は、完全に無防備を晒している。その懐へと、腰を低く、まるで地面を這うかのように落とした戒斗は突っ込む。『縮地』と呼ばれる、正対状態において死角へと消える技だった。左右に身体をブレさせ相手の視線と注意を引き、一瞬で姿勢を落とすことによって、あたかも自分が瞬間的に消えたかのような錯覚を起こさせる技。

「相手の肉を浅く何度も裂き」

 懐へと飛び込んだ戒斗は琴音の右太腿を二度、横薙ぎに素早く斬り、立ち上がりつつ今度は右手を掴んでナイフを無力化。同時に肘近くの筋肉の腱がある部位を二か所を素早く、上下にステップを刻むように斬る。

「標的の生命を素早く潰す」

 最後に、握った右手を支点に彼女の背後へと回り、足を引っ掛け無力化しつつ、その首へとラバー・ナイフを突き立てた。

「ざっと、こんなもんよ」

「は、はや……何が起こったのか分かんなかった」

 唖然とする琴音の拘束を解き、戒斗は雑嚢からペットボトルのミネラルウォーターを取り出して彼女に渡す。

「ほれ。水分補給は大事だろ――まあ、ここまでやれとは言わんさ。お前は狙撃手。基本的には後方で控えてるもんだからな」

「ん、ありがと。そうだけどさぁ……やっぱり、イザという時に困るじゃない?」

 戒斗は自分の分のミネラルウォーターを一気に煽ると、道場の壁にもたれ掛かるように座りながら言った。「大丈夫さ。その”イザ”を起こさせない為に、俺が居る」

「え、あ、うん……ありがと」

 微妙に頬を紅潮させ、何やらブツブツと口の中で呟く琴音の様子に少し引っ掛かりを感じつつも、戒斗は言葉を続ける。

「つっても、お前さんの気持ちも分からんでもないしな。ペースはゆっくりとして、少しずつ覚えていこうや。丁度良く、こんな良い場所もあることだしな」

 さあ、練習再開だ――戒斗はそう言って立ち上がり、再びラバー・ナイフを構えた。

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