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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第二章:パーティ・オブ・ザ・ブラッド
7/110

輝く想いと背負う記憶、全てを包む”碧い華”

「琴音はソイツを連れて下がってろ! 多分コイツ一人だ!」

 戒斗は暗闇の中、PPKを片手で発砲しながら叫んでいた。一応ある程度狙って撃っているのだが、地を蹴り、壁を走って縦横無尽に駆けるこの敵には当たらない。

「ったく、流石に厳しいかもな……!」

 空いた片手で予備の弾倉を内ポケットから取り出し、グリップ底部から排出した空弾倉をしっかり掴んでから予備弾倉を再装填リロードしてやる。空弾倉を掴んだまま左手でスライドを一度後ろに引き、薬室チャンバーに再び弾を送り込んだ。

≪エコーリーダーよりアルファ! 一体何が起こっているんだ!?≫

「敵襲だ、敵襲! 予備電源があるんだろ!? ソイツが起動するまでアンタは大人しくしててくれ!」

 混乱している佐藤を怒鳴りつける。全く、こちとら呑気におしゃべりしてる余裕もないってのによ。

その間にも襲撃者は回避行動を取りつつ徐々に戒斗との距離を詰めている。装備が刀一本の為反撃こそしてこないが、逆にいえば”銃を使う必要が無いほどの技量と自信”があるともいえる。

 戒斗は香華の手を引いてホール内から脱出を図る琴音を背にし、盾になるような立ち位置に移動する。

(予備電源作動まで大体四十秒弱、残り弾倉は一つ……持ちこたえられればいいが)

 襲撃者の足が一瞬止まった。戒斗がこれまでの戦いで培ってきた第六感が危険を察知する。全く根拠はない。だがその”根拠のない”六感が戦いにおいては生死を左右することもあるのだ。肉体は思考よりも先に反応し、手近なテーブルの陰へ身体を滑り込ませる。コンマ数秒後に、今の今まで戒斗が立っていた床に鋭い鋼鉄製のモノが突き刺さる。

「オイオイ、まさかコイツ忍者じゃねえだろうな!?」

 悪態をつき、再度弾倉交換。飛んできたモノをNVG越しに見た戒斗は、瞬時にそれをクナイ――三百年ほど前、乱世の時代に栄えた”忍者”と呼ばれる暗殺者達に好まれた投げナイフ――と判断した。

 予備電源作動まで大体十五秒。琴音が脱出に成功したことを確認すると、戒斗はホール出入り口まで全力疾走する。その背後で、先程まで遮蔽物にしていた大きなテーブルが襲撃者の持つ刀によって真っ二つに斬り裂かれていた。

 逃がさんと言わんばかりに襲撃者は猛スピードで追いかけ、瞬時に戒斗との距離を2.5m程まで詰めてきた。出入り口までの距離はおよそ5m。このペースだとホールの外に脱出できるのは首だけだろうな。諦めて応戦に打って出ようとしたその時、視界の端に何か円柱状の物体が見えた。

 地を蹴り、全力で出入り口の両開きドアに飛び込む戒斗。そのすぐ近くで襲撃者は刀を振りかぶり、今まさに戒斗の首を撥ねようとしている。

「周りをよく見やがれ!」

 戒斗は出入り口の傍にそっと置かれていた長い円柱状の物体――消火器に向け飛び込みざまに発砲。戒斗がドアを突き破り、衝撃で頭からNVGが外れ床に落ちるとほぼ同時に、勢いよく消火剤が空気中に撒き散らされる。 襲撃者はそれをモロに食らい、思わず立ち止まってしまう。

「一旦部屋まで戻るぞ!」

 その隙を突いて、ドア付近で待機していた琴音を連れ全力疾走。一緒に居た香華は戒斗が姫抱きの形で抱えている。本当なら相応の重みを感じるはずだが、火事場の馬鹿力とは恐ろしいもので、全く重みを感じずに普段と同じ速さで走れていた。腕の中で香華が何やら騒いでいるが、気にしている余裕はない。

 丁度廊下を抜け、客室に向かう階段に差し掛かった時、突然船内に光が戻ってきた。非常電源が作動したようだった。





 取り逃がしてしまった。

 忍者装束の少女は、その身体の一部に白い消火剤を纏い、ホール前の廊下に一人立ち止まり自責の念に駆られていた。消火器を破裂させるとは流石に少女も予測できていなかったようで、突然視界が白一色に染まった瞬間、思わず身体が硬直してしまったのだ。その隙に西園寺の護衛と思しき男は娘を連れて何処かに姿を消してしまった。

 何をすることもなくただ立ち尽くしていると、視界内に光が戻ってきた。主電源切断から三分半が経過し、非常電源装置が作動したのだ。

「……申し訳ありません、護衛に阻まれ、娘を取り逃がしました」

 少女は通信機に呟く。

≪貴様が目標を取り逃がすとは珍しいな。まあいい、今回ばかりは仕方なかろう。どうやら傭兵を雇っていたらしいからな≫

 左耳のイヤホンから低く、渋い男の声が聴こえてくる。

≪既に二十四名を投入した。そろそろ船内部の制圧に乗り出す頃だろう。当面の目標は達成された。仕事は終わりだ。後の事は彼らに任せろ。船尾に待機させたヘリに乗れ≫

「御意」

 通信を終え、少女は一度ホール内に戻って、床に刺さったクナイを引き抜き、自らが投擲したソレを見つめる。

(いくら暗視装置があるとはいえ、あの暗闇の中で、しかも数歩の間合いで投げたのに避けた……消火器を使う機転の良さといい、普通じゃない……)

 暗闇で戦った男を思い出す。よく顔は見えなかったが、かなりの手練れだろう。彼女は確信した。たかが二十四人程度で敵う相手じゃないと。

 少女は手に持ったクナイを再度身に着け、腰の鞘から十二式超振動刀”陽炎”を抜くと、目にもとまらぬ速さで疾走していった。脱出用ヘリの元ではなく、自分と対等に戦える、あの男を探して。





 戒斗の背後でドアが勢いよく閉まった。彼の腕の中には未だ西園寺 香華の姿がある。

「はぁっ……! はぁっ……!」

「な、なんとか逃げ切れたわね……」

 琴音と二人、息絶え絶えになりながら呟く。

「逃げ切れたならいい加減降ろしなさいよ! 大体なんでわざわざお姫様抱っこなのよ!」

 腕の中で香華が騒ぐ。先程から降ろせ降ろせと、ずっとこんな調子だ。助けてやったのにそれはねーだろと心の内で悪態を吐くが、言葉に出す気力も残っていなかった。火事場の馬鹿力をフルに発揮させ、人一人担いで全力疾走したツケが今頃回ってきたのか、はたまた緊張の糸が切れたからなのか。戒斗は腕から急に力が抜けていくのを感じ、慌てて香華を降ろす。足が地面に着いたのを見た途端、戒斗は背後のドアにもたれかかるようにして座り込んでしまった。

「こ、琴音、水を、水をくれ」

 琴音も息を切らしながら冷蔵庫を開け、自分と戒斗の分のペットボトルを取り出すと、戒斗に片方を投げ渡した。なんとかキャッチし、蓋を開けて喉に流し込む。ミネラルウォーターがここまで美味いと感じたのは何年ぶりだろうか。まあとにかく、一息つくことはできた。

「にしても戒斗? こんなこと言ったら悪いけど、よくあんな奴から逃げ切れたわね。人間がしていい動きじゃなかったわよアイツ」

 琴音はベッドに腰掛けて言った。

「さあな、運が良かったとしか言えんな。にしても厄介な相手だ。多分ありゃ忍者だ、間違いない」

 なんとか立ち上がる戒斗。香華は怪訝そうな視線を送ってくる。

「忍者? アンタ何言ってるのよ。あんなもん実在しないに決まってるじゃない」

 と香華は言う。まあそう思っても無理はないだろうな。

「一応実在はしたさ。三百年前、乱世の時代にな。漫画みたいなあんなのじゃなくて、今で言う特殊部隊みたいなもんだがな。俺だって信じたかないさ。今でもあんな奴が存在してるなんて」

 世間一般的な”忍者”のイメージといえば漫画などの影響がやはり大きいだろう。しかし実際そんなことはない。火遁の術やら忍法火の鳥やらあんなド派手な忍法は使わず、主任務は偵察や暗殺などなど。先程戒斗が言った通り、現代でいうアメリカのSEALsやデルタフォース、イギリスなら陸軍第二十二SAS連隊などの特殊部隊と同じような使われ方をしていたと言われている。

「それにあの刀、そこそこ頑丈なテーブルを一振りでぶった斬りやがった。多分高周波ブレードだろうなありゃ」

 戒斗は少し伸びをして、部屋に備え付けられたウォークインクローゼットを開ける。

「高周波ブレード? なにそれ」

 琴音が聞きなれない名前を聞いて、不思議そうに繰り返す。

「簡単に言ってしまえば、刀身を高周波で人間が見ても分からないほど細かく振動させてぶった斬る刃物ってとこか。鉄でも斬れるぞ」

 戒斗は言いながら上着を一度脱ぎ、パーティ会場で携帯してても目立たないようにチョイスした護身拳銃PPKと空弾倉をキャリーバッグの中に押し込む。ハンガーにぶら下げてある使い慣れたショルダー・ホルスターを背負い、左脇にミネベア・シグを差し込んだ。ふと視線を移すと、琴音も同じようにPx4をホルスターに突っ込んでいる。

 再度スーツの上着を羽織り、キャリーバッグの中からサングラスを取り出して装着した。ミネベア・シグを抜き、スライドを操作して弾倉から初弾を薬室チャンバーに送り込む。

「アルファよりエコーリーダー、生きてたら応答求む」

 とりあえず無線機を使い、佐藤の安否確認をしてみる。

≪こちらエコーリーダー! お嬢様は無事か!?≫

 返事が返ってくる。どうやら生きていたようだ。だが通信に発砲音が混じっている。敵と交戦中のようだ。

「なんとかな。状況はどうだ? 救援が要るようなら向かうが」

≪数名の乗組員と共に艦橋で立てこもってる! 敵は完全装備の奴が数十名は居る! ホールに居た客達は人質に取られてるみたいだ、俺達は後回しでいい! 先にホールの方を頼む!≫

「了解した。せいぜい俺が行くまでくたばらないでくれよ、護衛隊長殿。アウト」

 通信機越しでも、佐藤が不敵な笑みを浮かべているのがなんとなく伝わってきた。最後に一言、お前もなと佐藤が言うと、彼との交信はそこで途切れた。

「アンタはどうする気だ?」

 香華に訊く戒斗。彼女は戒斗の言葉に困惑した表情を見せるだけで、何も答えない。

「俺達は今からゴミ掃除に向かう。もしアレなら琴音だけ置いていってアンタの護衛に回してもいいが」

「私は……」

 香華は迷っていた。確かにこのままここに居れば安全なのかもしれない。この男ならたった一人でも敵を全滅させて戻ってくるだろう。しかし、それなら私を護る為に死んでいった人達はどうなる? 危険人物から自分を護る為にわざわざこの船にまで着いて来て、結果死んでいった護衛部隊の人達はどうなる? 今だって佐藤が危険に晒されている。なのに私は、安全な場所で怯えてるだけ? 彼らが文字通り、命を賭して護り抜いた私はただ怯えることしか出来ないような無力な人間?

「アンタがどう思おうが、どっちを選択しようが、俺には関係の無い話だ。だがな、これだけは言っておいてやろう――強い弱いは関係ない。危険に抗う意志があるかどうかだけだ。少しでもアンタに、たった一人生き残った佐藤を助けようという意志があるのなら、着いて来い。俺が力になってやる」

 危険に抗う意志。そんなものがあるかなんて分からない。だが、香華の脳裏に佐藤の顔が浮かんだ瞬間、幼少期から彼と過ごした思い出が走馬灯のように駆け巡った。

 香華が物心ついた時から、佐藤は西園寺の私兵部隊に居た。元陸上自衛隊だった佐藤は当主――香華の父親に何故かひどく気に入られていて、娘の香華がどこかに出かける度に護衛させていた。彼は比較的融通の利く人物で、小さかった香華が何か我儘を言うと悩み、仕方ないな。と時にはその我儘に付き合い、また時には彼女を叱ったりもした。いつだったか、曖昧な記憶だが、何か公的な用事で行った先の近くに遊園地があった。そこは前から行きたかった場所で、それを知っていた佐藤はこっそり二人で抜け出し、彼女を遊園地へ連れて行ってくれたのだ。それは香華の、大人だらけで小難しく、灰色ばかりの幼少時代の記憶で、唯一色鮮やかに輝いている記憶。他の誰でもない、佐藤さとう 一輝かずきという男が、少しでも香華に楽しい思い出を遺してやろうとした優しさの記憶。そんな佐藤が、小さな頃からずっと一緒に居て、色鮮やかな思い出をくれた彼が、今自分を護る為に生命の危機に晒されている。

 香華の碧い双眸に光が灯った。彼女は向き直り、真っ直ぐ戒斗を見据えている。もう、答えは決まっていた。

「――アンタに、いや、戒斗に気付かされたわ。私は、私の為に命を賭した人達の想いに応えたい。だから、今必死に戦ってる佐藤を助けに行きたい」

 強く、しかし気品漂う声でそう言った。戒斗はフッ、と不敵な笑みを浮かべると、キャリーバッグから予備の拳銃、シグ・ザウエルP239と予備弾倉二つを乱雑に取り出し、香華に手渡した。

「撃ち方は分かるな?」

「ええ。万が一の為に最低限の護身術は心得てるわ」

 香華は言いながら慣れた手つきでスライドを操作し、初弾を薬室チャンバーに送り込む。

「人を撃った経験は?」

「ある訳無いでしょう」

「ハッ、上出来だ。琴音もだが、人を撃ったことのない奴に一つだけ言わなくちゃならないことがある。簡単なことだ。”躊躇するな”」

 その言葉に息を呑む琴音と香華の二人。

「まあそう気負う必要も無いさ。自分が死ぬのと、見ず知らずの相手をブチ殺すこと。どっちが自分にとってマイナスか天秤に掛けりゃすぐ分かることだ。まあそのうち慣れるだろ」

 慣れるってのは人としてはよくないことなんだがな。戒斗は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 戒斗の肩を叩き、自分の方を向かせる香華。その碧き双眸にもう迷いはない。

「私からの新たな依頼よ。佐藤を――私の大切な従者を、生きて連れ帰る為に戦って」

 戒斗は一言、依頼成立だ。と言って香華に背を向け、鍵が開けっ放しだった部屋のドアを蹴り開ける。

「――さぁ、高貴な客船に似合わない生ゴミの大掃除と洒落こもうじゃねぇかァ!」

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