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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
67/110

月夜に舞う閃戟、流麗なりて

<――状況開始>

 左耳に着けた、無線機に繋がれている借り物のインカムから聞こえてくるあるじの声に、長月ながつき はるかという名の少女は警官隊の突入が始まったことを知った。

「……お気を付けて」

 ひとりごちる彼女が潜むのは、取引現場となっている十二番倉庫の裏側。高く積み上げられたコンテナ群の上、空いた隙間の、光の差さぬ陰にその身を隠していた。眼下には、少しだけだが、倉庫の裏側を固める警察隊の第二班の隠れ潜む姿が見える。

 今回彼女に与えられた役目は、その第二班の支援。つまりは逃走を試みる連中を一人残らず取り押さえる役目だ。その役割に、そして影の多いこの場所。忍者の末裔たる遥の、闇夜に紛れての奇襲をおもとする特性を、最大限に生かした配置だった。

 右腰に取り付けた、米・BLACKHAWK社独自のロック機構を搭載した樹脂製のシェルパ・ホルスターから自動拳銃、XDM-40を抜くと、遥は一度弾倉を引き抜き、残弾を確認してから戻し、スライドを引いて、薬室チャンバーに初弾を装填する。再度ホルスターにXDMを戻すと、今度は左腰に差した日本刀――の形をした愛用の高周波ブレード『一二式超振動刀”陽炎”』のつかへ触れ、感触を確かめる。

 遠くで聞こえる、幾多もの銃声。本格的な突入が始まったことを知らせるそれらが響き始めてすぐ、こちらも状況が動き始めた。

「来ましたか」

 十二番倉庫の裏側。つまりこちら側の重い鉄扉が少し開かれた。その隙間から、黒いスーツを身に纏った角刈りの構成員達が数人、出てくる。それに続いて、幹部らしき壮年の白髪頭な男達も数人、姿を現した。流石に逃げ足は速いようだ。

「――確保!」

 しかし、彼らが姿を現したと同時に警察隊の第二班も動き始めた。各々の潜伏場所から飛び出す彼らの手には、私服制服の者を問わず、拳銃一挺のみが握られている。

「動くな、警察だッ!」

「畜生、こっちもかよ……かしら達を車へ! やっちまえ!!」

 それに対し、幹部を退避させつつ、彼らを護るかの如く若い構成員達は立ち塞がり、各々の持つ自動拳銃や小銃で応戦を始める。

「チッ……! 応戦しろ!!」

 慌てる警官隊だったが、一人の刑事が発した号令で立て直すと、手近な遮蔽物に身を隠しつつ、彼らも手にした拳銃で反撃を始めた。

「そろそろ出番、でしょうか」

 遥は立ち上がり、腰の鞘から『一二式超振動刀”陽炎”』を抜刀。地を蹴るように、しかし音も無く走り出した彼女は、コンテナ群の上を駆け、積み上げられたそれらの間を縫い、敵の背後へと素早く影から忍び寄る。

「――!」

 敵を見据えると彼女は一度飛び、天高く舞い上がる。満月を背にした彼女は、敵の真後ろへと音も無く着地した。

 刀の高周波振動を切り、彼女はまず、眼先に居た一人の肩口へと、手にした刀を振るった。

「ふぐぉぁっ!?」

 刃が当たる直前で裏返し、刀身の背で殴りつける――所謂”峰打ち”。鋼鉄の板ともいえる刀で思い切り肩を殴られた構成員は思わず膝を突き、肩を抑えその場でうずくまってしまう。

「なんだテメェ!」

「新手だ、新手が来たぞ!!」

「構うこたぁねえ、っちまえ!!」

 一斉に、周りに居た他の連中の銃口が遥へと向く。しかし彼女は動じることなく。ただ、手に持った筒を地面に投げつけた。

「うおっゲホッ!?」

 一瞬にして辺りを包み込む、白煙。遥がたった今投げ捨てた筒から突如として巻き起こったモノだった。その正体は、白煙手榴弾スモーク・グレネード

 突如視界を奪われた構成員達を、遥は難なく、その手に持った刀の峰で屠っていく。峰打ちとは、要するに鋼鉄の棒で殴りつけているのと全く変わりはなく、ある意味普通に斬るよりか酷い場合もあるのだが……今回に関しては、『極力の不殺』を命じられている為、致し方ない。彼らには悪いが、伏せって貰っている他にないのだ。

「舐めやがって……!」

 しかし、たった今峰で殴りつけた内の一人は余程根性が座っているのか、得物は取り落してしまうものの、倒れることなく立ち尽くす。近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げ、無事な左腕で、それを無防備な遥へと思い切り振るう。

「甘いです」

 しかし遥はそれを難なく刀で受け止め、払い、返した刃を深く彼の腹へと突き刺す。溢れ出すどす黒い血が、彼を死へのカウントダウンへと誘う。

「テメェ!」

「ッ――」

 背後から迫る、もう一つの気配。つかを握り締めたまま、遥は思い切り前方へと飛ぶ。たたらを踏む、腹に刃の刺さった構成員。その後頭部へと、今まさに遥を背後から奇襲せんとした鉄パイプが直撃する。白目を剥き、卒倒する男。

 遥はつかから手を離し、地を蹴り、男の腹に突き刺さったままの刀を踏む。そしてまた飛び、宙返りの要領で、鉄パイプを仲間の後頭部へと叩き込んだ構成員の背後へと宙を舞う。

「貴方に罪は無い。相手が悪すぎただけ」

 遥はホルスターからXDM-40自動拳銃を空中で抜くと、片手で二連射。放たれた.40口径の弾は男の右肩と脇腹に銃創を穿つ。

 ソレを確認しないまま、男の真後ろに付いた遥。地面に足を付くことなく、着地前にダメ押しと言わんばかりに男の背中を蹴り飛ばしてから、一回転して着地する。

「ぶほ――」

 背中を蹴られた男はバランスを崩し、前方へと軽く吹っ飛ぶ。そして前のめりになった彼は、鳩尾に鋭く、そして鈍い痛みを覚えた。口から溢れ出す、大量の血が混ざった紅い泡。

 彼の鳩尾からは、鋼鉄の刃が生えていた。眼前に立ち尽くす、先程腹を穿たれた男の背中から貫通していた、刺さったままの刃が。

「確保! 確保ォッ!!」

 遥によって生じた混乱を好機と捉えた第二班の警官達は、一斉にこちらへと突っ込んでくる。気付けば、周囲の敵構成員達は八割方が制圧されており、遥の発生させた白煙も、大分晴れていた。

「これでまずは、一段落ですか」

 男二人分の骸が団子のように串刺しになった状態の『一二式超振動刀”陽炎”』のつかを持ち、遥は刀の高周波振動モードを起動。難なく刃を引き抜き、血と人脂のこびり付いた刃を一度払うと、それを再び鞘へと納めた。

「ご苦労だったな。傭兵」

 周囲で次々と、地に伏せられた構成員が後ろ手に手錠を掛けられていく中、一人の若い、二十代後半ぐらいの、爽やかそうな印象の刑事が、遥を労うように声を掛けてきた。「……私は、傭兵じゃないですよ」と遥。

「細けぇことはいいんだよ。結局俺達にしてみりゃ、身内以外の協力者ってだけだしよ」

「そんなもんですか」

「ああ。そんなもんさ。ところで嬢ちゃん。随分と……その、なんだ。小っさいが、幾つだ?」

「……斬りますよ?」

 割と気にしていることを言われてしまった遥。腰の刀に手を掛けるその双眸は、割と真面目な方向でハイライトが消えている。「ああ悪い悪い! 悪かったから! な!? だから刀を収めてくれって!」と慌てて謝罪する刑事。

「悪かった、悪かったって。こっちはもう大方カタが付いた。あっちに合流しても良いんじゃないかな?」

「本当に、大丈夫?」

「大丈夫だって。安心しろよ。俺達だって警察官の端くれさ。ここまでやってくれりゃあ、後は何とかなるってもんよ」

「そう、言うなら。私はそろそろ退かせて頂きましょう」

 言って、左耳のインカムに遥が手を掛けた、その時だった。彼女の頬に、何かが跳ねてこびり付く。籠手に包まれた小さな手でそれを拭ってみれば、それは紅く、錆びた鉄の臭いのする――血。

「――ッ!?」

 見れば、先程まで遥と話していた若い刑事の胸には、幾つもの紅い色をした大輪が咲いている――撃たれた!?

 遥は考えるよりも早く、動かなくなった刑事の身体を蹴飛ばして、遮蔽物となるコンテナの陰へと飛び込んだ。身を滑らせ、張り付いたコンテナの陰から顔を少し出して、様相を窺う。

「……少々キツい冗談ですね。これは」

 珍しく軽口などを呟く彼女が、その双眸で見た光景は、地獄絵図と言っても過言ではないモノだった。背後から奇襲を受け、何が起こったか分からないまま、次々と撃たれ倒れ伏す警官達。助かったと思い、その傷付いた身を立ち上がらせたヤクザの構成員達も、関係なく射殺されてしまう。この虐殺現場に、敵味方の区別は一切存在しなかった。

 彼ら警官隊と、構成員達を無差別に襲った連中は遠く、先程第二班の人間が隠れていた辺りに相当な数が立っていた。

 黒で統一されている、特殊部隊然とした野戦服に身を包む彼らは、同じく黒い色の防弾プレートキャリアやホルスター、暗視装置付きのフリッツ・ヘルメットを身に着け、素顔は目出しのパラクラバで覆い隠している。立ち姿からして素人ではなく、訓練された人間、それも軍人崩れや何かと見えた。装備する自動小銃や短機関銃サブマシンガンは種類こそバラバラだが、HK416、G36K、シュタイアーAUG、ベレッタARX-160やMP5A5、クリス・ベクター等々……。とにかく品質の良い、最新鋭のモデルや高級品ばかりを揃えていた。乗せている光学照準器やその他個人装備も、性能はいいが高価なモノばかり。もし仮に彼らが私兵部隊だとしたら、これだけの装備を支給するとして、西園寺家レベルの財力でもない限り不可能に近かった。

 その集団の中央。統一された服装の中、二人だけが異なった出で立ちだった。二人共、遥が見知った顔である。季節外れなロングコートを羽織る少年と、何故か水色の和服に、深い蒼の陣羽織という出で立ちの彼。凛々しく気品漂う顔立ちで、蒼みがかった長髪を頭の後ろで結ぶ彼の腰、袴の紐には、60cmを超える刀身の太刀が差さっていた。

 前者の名は麻生あそう 隆二りゅうじ。そして、190cm越えと、麻生とは対照的なまでに背の高い、数百年前の武士然とした出で立ちの後者の名は、山田やまだ いさお。どちらも”方舟”の人体改造兵士たるサイバネティクス兵士だった。

「ッ……!」

 遥は立ち上がり、隠れ潜んでいた陰から出てその身を晒す。そして、足元に転がっていたイスラエル製の突撃銃アサルト・ライフル、ガリルAR――恐らくは、構成員の持っていた遺品であろう――を拾い上げ、ボルトハンドルを一度引くと、それを構えた。遥の首元から滴り落ちる汗と、排莢された未使用の5.56mm弾が同時に地面に落ちる。

(ここを通してしまえば、戒斗まで危険に晒される……何としても、ここで食い止めなければ)

 この規模の敵と正対して、生き残る自信は流石の遥とて薄い。得意の闇討ちも、正真正銘の腕利きたる山田が居たのでは厳しいだろう。ならば――敢えて自らの存在を晒し、少しでも時間を稼がなくてはならないと、彼女は判断しての行動だった。最早、それは決死に近い。

「おやおや。これはこれは。随分とご無沙汰ですねぇ」

 人を小馬鹿にしたような、余裕の滲み出るねっとりとした口調で麻生は言う。「……ここを、通すわけにはいかない」と遥。

「僕らとしては、是が非でも通らなくちゃいけないんですがねぇ……といっても、里の忍者が相手ともなれば、こちらとて無傷とも行かないですし」

「――それがしが参ろうて。彼奴きゃつとは、いずれ決着をつける約束もあるが故」

 そう言って一歩前に出てきたのは、陣羽織に身を包んだ山田だった。遥は自然と、身体が強張るのを感じる。奴はマズいと、本能が警告しているのだ。

「あー。それじゃあ山田。後は頼んだ」

「心得た。彼奴きゃつの相手はそれがしに任されよ」

「誰一人とて、ここから通すわけにはいかない……!!」

「ほう。あるじを気遣うその心意気や見事。しかし――!」

 山田が地を蹴る。迫るその身体へと狙いを定め、遥は応戦。引き金トリガーを引き絞り、5.56mmフルメタル・ジャケット弾の雨を正面から浴びせる。

「ふむ。甘いぞ娘よ」

 しかし山田はそれに臆することは無く。左眼の義眼を起動。サイバネティクス兵士の能力を以て、迫り来る銃弾を紙一重で躱していく。避けられぬ数発は義手たる右手の甲で弾き飛ばしつつ、遥へと迫る。

「やはり駄目……!!」

 この相手に正面からの銃撃など通用しないと理解した遥は、潔くガリルを投げ捨て、その腰に差した刀――『一二式超振動刀”陽炎”』を抜刀。順手に、両手でそのつかを握る。右の脇を広げて肘を高く上げ、反対に左腕の脇は締める。刃を上に向ける形で、刀身を水平に倒す。柄を握る手を顔のすぐ横まで引き付け、構えた。

「珍しい構えであるな……やはり気に入った!」

 歓喜の叫びを放ちながら、山田は最後の一足を踏み込む。と同時に、彼もまた、得物を抜刀。居合切りの要領で抜きざまに下から斜め上に一閃。振るわれた鋭い一撃を、遥は刀の腹で受け止め、流す。

「ふっ――!」

 そのまま、手首を捻り、こちらも同じく、斜めに下からの斬り返す一撃。機敏に放たれた切っ先が、山田の首を狙う。

「良いぞ……!!」

 山田は一歩後ろにステップを踏み、すんでのところで回避。互いに少し距離が開き、一足一刀の間合いとなった二人は、互いの得物をそれぞれ構え直す。

 そんな閃光の如き剣戟が繰り広げられている横を、麻生を始めとした”方舟”の部隊は素通りし、倉庫へとどんどん入っていく。

<――遥!? 遥、無事かッ!?>

 その時、唐突に聞こえてくるのは、彼女のあるじたる傭兵。今頃倉庫内で戦っている、”黒の執行者”こと戦部いくさべ 戒斗かいとの声だった。「ええ。なんとか」と遥は、突入していく”方舟”の部隊を横目に、焦燥の入り混じる声で返す。

<何があった、状況を報告しろ!!>

「おっと、余所見をしている暇は無いぞ、遥とやら!!」

 それに気を取られ、遥の視線が一瞬逸れた瞬間。好機と見た山田が一気に踏み込む。

 ハッとした遥は、なんとか山田の一閃を防ぎきるものの、そのまま一気にペースを握られ、防戦一方となってしまう。

「第二班は全滅……現在は敵のサイバネティクス兵士と交戦――」

 報告しながら防御を行う遥。しかし、山田の払った横薙ぎの鋭い一閃がインカムを掠め、そのまま何処かへと吹っ飛んで行ってしまった――このままでは、戒斗の身が危ないッ!!

「どうした……! 此度のお主の剣、迷いが生じているようだが!?」

「――ッ」

「図星で何も言えぬか! ならば――お主もそれまでのことよ!」

 長い刀身をフルに生かした、縦一閃の振り下ろす重い一撃。横に倒した刀の腹で遥はなんとかそれを防ぎきる――が、重力加速度の加味された強力な一撃に、腕が軋む。

「私は……!」

 それでも何とか払い除け、その隙に遥は、腰を低く落とす。

「私はッ!」

 下段に構えた状態から、脚と腰をバネにした、斜め下から斬り裂く逆袈裟掛けの一撃。今までと打って変わってキレの鋭い一撃に、山田は反応し切れず、咄嗟に身を捩らせて間一髪のところで躱す。

「こんなところで、立ち止まる訳にはいかないッ!!」

 躱された一撃の勢いを、遥は左手を放し、右腕だけで流す。そのまま手元で刀を素早く逆手に持ち替えると、コンクリートの地面へと思い切り突き刺した。地を蹴りその身を宙へ。そして、地面へと突き刺した『十二式超振動刀”陽炎”』を支点とし、もう一度蹴って高く飛び上がる――三角飛び。

「ぬっ!?」

 あまりに予想外で突飛な行動に、流石の山田とて隙が生まれた。彼の直上へと飛びあがった遥は、後ろ腰、背中に隠したもう一本の短刀型高周波ブレード――あの雪山の研究施設で死んだ妹、しずかの遺品である『十二式超振動刀・甲”不知火”』を左手で逆手に抜刀すると、右手をつかの底に添え、突き立てるようにして落下する。

「うああああああああああああッ!!!」

「これは……いささか、不味いか……ッ!!」

 長い太刀を手元に引き戻し、山田は直上からの攻撃に対し備えようと試みる。が、その長く重い刀身が仇となり、間に合わない。

 全体重に加え、高みからの自由落下によって重力加速度も加味された、遥の短刀による凄まじい突き刺す一撃。それは、山田の右肩口へと深く突き刺さった。義手との接合面らしいそこから飛び散る機械油と、ショートした電気回路のスパーク。そして少量の鮮血。

「まだ――ッ!!」

 山田に飛び乗る形となっていた遥は、そのまま前転するように、身体ごと刃を山田の肩へと食い込ませる。苦痛に顔を歪ませる彼は、もうどうすることも出来ない。

 背後へと着地し、背中合わせになるように膝立ちになる遥。逆手に握る、機械油と血に汚れた刃の向こうで、重い金属の何かが落下する音がした。

「は……っ。どうやら此度の手合わせ、それがしの負けのようだ」

 そう言う山田の、右腕義手は、肩からすっぽりと千切れ飛んでいた。勝負が終わったことを悟り、山田は残った生身の左腕で、義手の残骸から自身の刀を回収し、鞘に納めた。

「まだ……ッ。逃がす訳には」

 肩で息をしながら、遥は腰のホルスターからXDM-40自動拳銃を引き抜き、その銃口を山田に向ける。

「止せ、遥とやら。ここで手負いのそれがしを追っている暇はあるまい――貴殿のあるじが危険だ。今すぐ向かうがいい」

「貴方をここで仕留めるのに、銃弾一発あれば十分……!!」

「止せと言っているだろう。よもや忘れたか。右腕を屠られようとも、我が左眼には未だ義眼が埋まっていることを」

「……ッ」

 それを言われてしまえば、遥とてXDMをホルスターに戻さざるを得ない。今現状、息絶え絶えの遥と、右腕こそ失ったものの、義眼という絶対的アドバンテージを未だ持ち続ける山田。どちらが優勢かは、言うまでもない。先程のような奇襲じみた絡め手も、次は無いだろう。

「それでいい。次は斯様かような場所でなく、一対一。何にも囚われることなく、決着を付けたいものよの」

 暫しの間の別れよ。さらばだ。それだけ告げて、山田は遥に背を向け、夜の闇の中へと消えていった。

「くっ……戒斗……」

 なんとか立ち上がり、『十二式超振動刀・甲”不知火”』を鞘へと納め、地面に突き刺さったままの日本刀型高周波ブレード、『十二式超振動刀”陽炎”』も回収。自らのあるじと定めた男、戦部いくさべ 戒斗かいとの窮地を救うべく、忍者の少女は傷付いた身体で、次の鉄火場へと赴く。





 眼前に立つ、時期外れなロングコートを羽織った、少年のような見た目の”方舟”サイバネティクス兵士、麻生あそう 隆二りゅうじ。彼は両の手に持った大口径の回転式拳銃リボルバー、タウラス・レイジングブルの内、右の一挺をゆっくりと上げ、その撃鉄ハンマーを起こした。

「チッ――!」

 そこでようやく、身体の硬直が解け、戒斗はなりふり構わず、横っ飛びに飛び込む。

 倉庫中に響き渡る、発砲の凄まじい轟音。麻生の手の中にあるタウラス・レイジングブルから放たれた.500S&W弾は、彼を仕留めようと物陰から狙いを定めていた壮年の刑事の鳩尾へと吸い込まれ、肋骨と臓物を叩き潰すと共に、その身体を吹っ飛ばした。

「貴方達に用はないんですよ」

 麻生が指示すると、周囲に展開した彼の部下、即ち”方舟”の部隊らしき連中の持つ火器から一斉に発砲炎マズル・フラッシュが瞬く。応戦を試みた警察隊が次々と撃たれていく中、戒斗はなんとか、倉庫の隅に積まれたコンテナの間に身を滑り込ませる。

「畜生、あの野郎好き放題やりやがって……!」

 倉庫内で繰り広げられる凄惨な状況を目の当たりにしつつ、戒斗はM727の残弾を確認――残り、せいぜい十発といったところだ。

 セレクターを単射セミオートに切り替え、少しその身を陰から乗り出す。左手に握り直し、見える範囲、キャットウォーク上に立つ敵兵達に照準を合わせる。

「くたばりやがれッ」

 発砲。二発続けて撃ったものの、すんでのところで狙いが逸れ、一発は敵兵の足元、もう一発は手すりへと着弾する。

 戒斗の居場所に気付いたその敵兵は、両手に持った突撃銃アサルト・ライフル、ARX-160の銃口を、眼下の警察隊から外し、それを戒斗へと向けた。

 連続して放たれる5.56mm弾。ギリギリのところでコンテナに隠れた戒斗は、近くに着弾するそれに冷や汗をかいた。

「この野郎ッ!!」

 連射フルオートに切り替え、コンテナから身を乗り出し、撃ち尽くす勢いで発砲。半分当てずっぽうに近かったが、放たれたフルメタル・ジャケット弾の内、一発は敵兵の右太腿、二発が胸の防弾プレートキャリアに阻まれ、もう一発は右肘を屠った。

「ぬああああああ!!??」

 あまりの激痛に、敵兵が崩れ落ちるのと時を同じくして、戒斗のM727も残弾が尽きた。舌打ちを交えつつ、無用の長物となったM727を潔く投げ捨てた戒斗は、背中のSOBホルスターからキャリコM950A機関拳銃マシン・ピストルを取り出し、初弾装填。空いた左手にはミネベア・シグを握らせた。

「琴音、琴音聞こえるか!?」

<――はいはい。聞こえてるわよ。なんだか凄いことになってきたわね>

 呼びかけたインカムの向こう、狙撃ポイントに陣取る琴音の声色は、意外にも落ち着いていた。





<キャットウォークの上の奴らが見えるか?>

「そうね。三人ぐらいかしら。丁度いい感じに射界開けてるわよ」

 左耳に差した、無線機に繋がるインカムから聞こえる戒斗の声に、琴音はスコープを覗いた、伏せ撃ちの姿勢のまま応える。彼女が手にしている狙撃銃スナイパー・ライフルは、レミントン・RSASS。米軍の傑作突撃銃アサルト・ライフルたるAR-15、軍の正式採用名称でM16という名のライフル。その祖たる7.62mm自動小銃アーマライト・AR-10のカスタム・モデルである。

<”方舟”の奴らが介入してきやがった。今はとにかく、俺と警察以外の連中を撃ちまくってくれ>

「はいはい。分かったわよ」

 一度片手で前髪を掻き上げてから、銃床に頬付けして、リューボルド社製の狙撃スコープを再度、覗き込む。

 とりあえず、今狙えるのは三人。見た感じ、どれもこれも先程のヤクザ連中とは異なり、どこか軍隊然とした出で立ちだった。この間戒斗が言っていた、防弾チョッキの類を装備しているのは間違いないだろう。ならば、幾ら.308ウィンチェスター弾とて、胴体を狙うのはあまり得策ではない。狙うなら――頭。

「約300mからの一発必中。ヘッド・ショットでのワンショット・ワンキルかぁ……」

 ま、余裕かな。

 冷静な表情を崩さないまま、琴音は呟く。

(距離は270m弱。右から吹き付ける風、微風。ゼロイン距離、250m。気温、湿度……)

 必要な情報を今一度頭の中で整理し、置き換え、弾道を割り出す為の簡単な計算を割り出す。それに従って狙いを調整する。

「――私の”サジタリウスの矢”は」

 準備は整った。暴発防止の為に伸ばしていた右手人差し指が、引き金トリガーへと掛かる。グリップを握る、シューティング用の茶色い革のフィンガーレス・グローブに包んだ右手が、狙撃前の空気に、自然と汗ばんでいく。

「決して、貴方を」

 深く息を吸い込み、一瞬止めた。それから、肺の中に溜まった空気を八割ほど口から吐き出して、また止める。

「――逃がしはしない」

 そして、琴音は引き金トリガーを引き絞った。シアが解放され、レシーバーに内臓された撃鉄ハンマーが、ボルトに仕込まれた撃針(ファイアリング・ピン)越しに、装填された薬莢底部の雷管(プライマー)を叩く。

 それにより生じた電気的発火によって、薬莢内に充填されたコルダイト火薬が爆発。その推進力を以て、150グレインの7.62mmフルメタル・ジャケット弾は闇夜を切り裂き、飛翔する。

 飛んでいく銃弾は、琴音の思い描いた通りの弾道を描き、音速にて十二番倉庫へと到達。キャットウォーク脇の窓ガラスを突き破り、そのまま、狙いを定めた敵兵の頭部へと突き刺さる。フリッツ・ヘルメットを易々と突き破ったそれは、頭皮を裂き、頭蓋を砕いて内部へ到達。大脳で暴れ回り、滅茶苦茶に破壊した末、彼の生命活動を停止させた。

「ヒット。ヘッド・ショット。ターゲット・キル、確認」

 ただ一人、戦果確認の意味も込め、琴音は呟く。そして、次の得物へと狙いを定める――。





「やるじゃねえか。俺の居ない間に、また腕を上げたみてぇだな」

 鉄柱の陰から腕を出し、手持ちの機関拳銃マシン・ピストル、キャリコM950Aを連射フルオートでバラ撒きつつ、戒斗は賞賛した。

 たった今、視界の端。キャットウォークの上で、一人の敵兵の頭が遠距離からの狙撃によって爆ぜた。270mの彼方、琴音から放たれた7.62mm弾によって。

 それを放った当の本人は、特に気にする様子もなく、「暇だったからね。あの時は特に」と答えるのみだが。

「その調子で頼んだ。俺は――」

 言いかけて、戒斗は小刻みにキャリコを掃射しつつ、彼の後方に回り込もうと試みた一人の敵兵の太腿を、左手に持ったミネベア・シグから放つ9mmルガー弾で穿った。

 崩れ落ちる敵兵。その顔面、フリッツ・ヘルメットを被っていない部位へ冷静に狙いを定め、再度発砲。水晶体を破砕し、左の眼孔から脳へと到達した9mmフルメタル・ジャケット弾によって、確実に生命機能を停止させた。

「――俺は、奴を仕留める」

 キャリコの残弾を確認。現在装着している五十連弾倉が大体残り二十数発に、右腰に百連弾倉が丸々一つ。万が一にと持ってきていたのが、功を奏した。

 ミネベア・シグが四発と、弾倉二つ分。それに加え、ズボンの左後ろポケットにはスーパーカランビット、ショルダーホルスターの負い紐にはオンタリオ・Mk3NAVYファイティング・ナイフが吊るしてある。敵の総数から考えても……何とか、戦い抜けるだろう。

 通信の途絶えた遥のことが気がかりではあったが、ここで立ち止まる訳にはいかない。ミネベア・シグをショルダーホルスターに戻し、戒斗は機関拳銃マシン・ピストル、キャリコM950Aを片手に、サイバネティクス兵士、麻生あそう 隆二りゅうじを討つべく、駆け出した。

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