Like a Blood's Junkie.
「――という訳だ」
自宅マンションに帰宅後、高岩から聞かされた情報と、それに関する依頼。そして見返りの報酬に関し粗方説明し終えた戒斗は、今一度、対面のソファに座る琴音、遥の二人を見やる。双方共、深刻な面持ちではあったものの、決して悲観的ではない。寧ろ事態の好転を期待する顔だった。
「……その『エクシード』とやらが、”方舟”と関わっている可能性は」
遥がそう言うと、戒斗は「無きにしも非ず、だ」と微妙に濁す形で答える。
「可能性は大いにある。が、分からんし、確たる根拠もない。奴らの尻尾を掴むのは、難しい――それも、途方も無く、だ。なぁに、今までが異常なぐらいトントン拍子で話が進みすぎてただけの話さ。ここで成果が上がらなかったとして、気にするようなことじゃない」
「では、何故依頼を」
「そうさな。強いて言うなら、サービスか」
「サービス?」
意味が分からないと言ったように聞き返すのは琴音だった。遥も同様なようで、言葉こそ発しないものの、視線で説明を訴えてくる。
「お得意様へのちょっとしたアレと、もう一つは……そうさな。警察と、お友達になりたいからって理由さ」
事実だった。傭兵である戒斗とて、警察組織という強力な法的機関とは少なからず友好的な関係を築きたいというのが本音だ。そういう意味では高岩刑事と知り合えたのは幸運であったし、今回の正式な依頼人――組対こと組織犯罪対策局にも、少しは顔を繋いでおきたい。この間のような事件があった場合、警察内に味方は多ければ多いほどいい。それに、情報源としてもある程度期待が出来る。そういう意味で、友好関係を持っておきたいのだ。
「ふーん……で、今回のメンバーはどうするの?」
琴音の問いかけに、戒斗はあっさりと「これだけだ」と返す。
「これだけ?」
「そ。これだけ。今回は瑠梨の奴に支援を頼むまでも無い。単なるヤクザの掃除だからな」
「……具体的な作戦は」
そう言った遥の言葉を待っていたかのように、戒斗はテーブル上に、いつも通り縮尺二百五十分の一の、現場周辺地図を広げる。
「まずは入り口で高岩さんと会う。鉄火場は行ってみないとなんとも分からんことだが、十二番倉庫の可能性が濃厚らしい。となると……」
「この辺ね。私が陣取るとしたら」
偶然、戒斗がテーブルへ置きっぱなしにしていたアメリカン・イーグル社の紙箱から9mmルガー弾を一発、琴音は取り出すと、それを駒に見立てて地図上に配置する。
「ふむ。確かにここなら見通しが良い」
「あくまでも、その十二番倉庫が現場だった場合に限り、だけどね。もし違うのなら、また検討し直す必要があるし」
「……それで、私はどうすれば」
戒斗も琴音と同じように紙箱から弾をもう一発取り出すと、今度はそれを遥に見立てて地図上に配置する。十二番倉庫の裏手に位置する場所だ。
「遥は裏口を抑えてくれ。一匹も逃がさないのが今回の条件だ」
「御意。それで、戒斗は如何様に」
「俺か? 俺は簡単な話さ。組対の連中と一緒に正面から突っ込む。それだけさ」
「……それだけ?」
「ああ。それだけ。琴音の狙撃支援は絶対に欲しいところだし、かといって遥、お前を正面に出したところであまり意味は無い。奇襲こそ忍者の本領。そうだろ?」
戒斗の言葉に、遥は黙って頷く。「なら、俺が突っ込むのが一番の最善策だ」と戒斗。
「作戦は大体分かったわ。それで、装備は?」
そう言って琴音が問うと、簡潔に戒斗は指示を下す。
「琴音は……そうだな。適当に、武器庫から連射の効くセミオート・ライフルを持って行ってくれ。遥は任せる。いつも通りで構わんよ」
そして、約束の午後十時。少し冷え込む夜空の下、刑事である高岩 慎太郎は相変わらずの不幸面を浮かべ、指定通りの埠頭入り口で待機していた。
「にしても高岩さん。まさか組対の連中が、傭兵を雇い入れるとは思いませんでしたね」
彼の隣に立つ部下。目が細く、物腰柔らかそうな顔つきの長身痩躯な体格の刑事――柊 雅人はそう呟く。
「よっぽど、今回のヤマを確実にしたいんだろうよ」
言いながら、高岩はくたびれたスーツの胸ポケットから煙草を一本取り出し咥え、その先端に愛用のジッポー・オイルライターで火を点す。燻らせる紫煙の仄かな香りと共に、微かではあるがオイルの臭いも漂う。
「それにしたって、つい数週間前まで容疑者として、我々が総出で追っていた男を、雇いますかねぇ」
怪訝そうに呟く柊も、煙草を咥えると相変わらずの百円ライターで着火。彼の姿を見る度に思うのだが、身に纏うスーツは高岩とは対照的に、異様なまでに糊が効いてパリッとしている。一見着辛そうにも見えるが……趣味なのか?
「さあな。その辺の意図は俺にも分かりかねる」
「それにしても、こんなヤマにまで”傭兵”ですか。益々僕ら警察の仕事が盗られてしまいますね」
「奴らの出現で、数%だが解決率が上がったのも事実だ……そう悲観的になることでもない」
高岩の言った一言は、事実だった。稼業としての”傭兵”が公認されて以降、数%と、マクロな視点で見れば、本当に金魚の屁みたいに僅かな数字だが、確かに事件の解決率は上昇している。それもこれも、やはり”傭兵”という個人業務に対する印象の気軽さから来ているのだろうと、高岩は考えている。
何となく大げさな気もし、それにイメージ的にあまり頼りにならなさそうな警察よりも、金はかかるが”傭兵”に相談してみよう。そんな流れが市民の間で出来始めている。事実、警察が迷宮入りとした事件も、ほんの僅かな事例ではあるが、遺族に雇われた”傭兵”が一気に解決へと導いてしまった事例もある。やはり、フリーランスという身分の身軽さが成せる業なのだろうな、と高岩は、傭兵の行動を見ていて度々思う。
警察がマトモに取り合わない事案でさえ受け入れる懐の広さと、従来の探偵の如く綿密な調査。尚且つ腕っぷしが良く頼りになるともなれば、自ずと彼らを頼ろうとするに決まっている。その気持ちはよく分かっていた。事実、高岩とて、二回程だが傭兵――”黒の執行者”の異名を持つ、飛び切り腕っぷしの良い奴に依頼した過去がある。
「……おっと。どうやらご到着のようです」
そう呟く柊の視線の先、確かに一対のヘッドライトの光がこちらへと向かってきていた。一応は人目に付かないよう配慮すべきではあるのだが……そんなことお構いなしと言わんばかりの重厚なエグゾースト・ノートを響かせ、その紅い車体のスポーツセダン、スバル・WRXは彼ら二人の前へと停まった。
「よう。待たせたな」
その運転席から颯爽と降り立った、四方八方に跳ねているボサボサな黒髪の青年――今回、組対が高岩を通して協力を依頼した傭兵、”黒の執行者”こと戦部 戒斗は、口調とは対照的な仏頂面でそう言った。「大体時間通りだな」と高岩。
「そっちのアンタは?」
「そういえば、お会いするのは初めてでしたね。私は高岩さんの部下で、柊 雅人。噂はかねがね、高岩さんから嫌って程聞かされていますよ。今日はよろしく」
「おう。よろしく頼むぜ。柊さんよ」
戒斗と柊は軽く握手を交わす。
「ええと……後ろの御二人は?」
戒斗の後ろで、丁度今、WRXから降り立った二人の少女――琴音と遥の二人の姿を見て、柊はさぞ不思議そうに問う。「助手みたいなもんです」と戒斗。
「助手?」
「ま、色々と立て込んだ事情があってね。多分聞かない方が幸せだと思うが、聞くかい?」
「いえ。止めておいたほうが良さそうですね。きっとロクなことにならない」
ほう、と戒斗は意表を突かれた思いだった。どうせ刑事って難儀な人種のことだ。八割方詮索してくると踏んでいたが……意外にも、この柊という刑事は、利口で、それでいて隙がない人間らしい。
「そうかい。ま、相当に使える奴らだってのは保証するさ」
「ええ。期待してますよ。高岩さん。後はよろしくお願いします」
告げて、吸殻を踏み潰すと、柊は埠頭の方へと去っていく。「おい、どうした?」と高岩。
「いえ。どうやら私はお邪魔みたいですので。先に戻ってますね」
後ろ手に振って去っていく彼の姿に、戒斗はどこか既視感に似た感覚を覚えていた。
「ま、いいか……それで、高岩さん。詳しい状況説明を貰おうか」
「あ、ああ。分かった」
高岩は我に返ったように反応すると、スーツジャケットのポケットから取り出した小さめな地図を広げ、それを戒斗へと見せつつ、ボールペンの先で指し示していく。
「奴らは予測通り、十二番倉庫に集まり始めている。人と車の動きや流れから見て、ほぼ間違いないだろう。そこで、検挙に当たり、組対と俺達の混成チームを配置する。まず正面突破の第一班。裏口を抑える第二班と、SATから出向して貰っている、狙撃支援チームの第三班だ」
そうして、各班の大まかな人員と装備を説明していく高岩だったが、その中でふと、あることが引っかかった戒斗は問う。
「突入部隊には、お決まりの機動隊の盾持ち連中は居ないのか?」
「本来ならそうしたいところだ。かといって目立ちすぎても困るだろう」
「成程」
「で、私は第三班のポイントは避けた方が良いのかしら?」
「……私も。第二班と行動を共にしては、些か目立ちすぎるかと」
高岩の状況説明に、いつの間にか加わる琴音と遥。戒斗は一度高岩の手から地図を貰い受け、彼女らに簡潔な作戦指示を出す。
「琴音は……そうだな。第三班がこのビルと、後は十五番倉庫の上に陣取るようだし、その対面。五階建てビルの屋上から頼む。遥は第二班をカバーする形でよろしく。後はさっき説明した通りの段取りで行く」
「分かったわ」
「御意」
二人共、理解してくれたようだ。戒斗は手に持った地図を高岩に返す。が、その高岩はふと思い出したように言った。「あっそうだ。言い忘れてたが、殺傷は極力ナシで頼む」
「逆に難しいこと言ってくれるな」
「極力、だ。全員とはいかないまでも、取調べやらもあるし、多少は残しておいて貰わないと困る。鉄砲玉はまだしも、幹部クラスとなっちゃ話は別だ」
「はぁ。分かったよ。やりゃ良いんだろやりゃあよ」
「そうしてくれ。それじゃあ――」
解散の一言を告げようとした高岩は、後方から人影が一つ、こちらへ近づいて来るのに気付いた。
(……柊か?)
振り向き、目を凝らして見るが、イマイチハッキリしない。柊にしてはガタイが太すぎるし、それに背も大分高い。彼のようなインテリ系とは違い、どちらかと言えば土方、もっと言えばラガーマンのような体系だ。一応警戒し、戒斗も上着の下、ショルダーホルスターに収められたミネベア・シグに手を掛ける。
「――よう。アンタらかい。上が雇ったっていう傭兵は」
そう言いながら近づいてきた彼は、警戒するなと言わんばかりに手元で黒い札――警察手帳をひらひらさせている。どうやら、警察関係者のようだ。ひとまずは安心だったが、少なくとも戒斗には見覚えのない顔だ。
「あー……どうも。篠田さん」
篠田、と高岩に呼ばれた彼は、戒斗の目の前まで歩み寄り正対すると、その警察手帳を彼へと見せつけてくる――『組織犯罪対策局 篠田 篤人』
「組対か」
「その通り。この間は随分と掻き回してくれたじゃないの。ええ? ”黒の執行者”さんよ」
篠田は角刈りの頭をこちらへと近づけ、イヤミったらしくそう言う。どうやら『あまり関わりたくない人種』らしい。戒斗にとっての、彼は。今、確信した。
「ああ。その節はどうも」
「ったく。傭兵を雇うってからどんな凄え奴かと期待してたが……こんな若造だったたぁな。期待外れだぜ。精々足引っ張らないでくれよな」
「それで、篠田さん。何の用でこちらへ?」
彼に話しかける高岩の口調から察するに、階級的には篠田の方が上なのだろう。そんな、部下同然の高岩にそう聞かれた篠田は「何、ちょっと傭兵のツラ拝みに来ただけだ」とだけ告げて、そのまま踵を返し、また帰っていった。
「……すまない、傭兵。篠田さんはああいう人なんだ」
篠田の姿が遠ざかったのを確認し、申し訳なさそうに高岩は詫びてくる。「いいさ。気にしないでくれ」と戒斗。
「話を戻そう。状況開始は2300時きっかりだ。どこからどう攻めるかはお前達に任せるが、手筈通りに頼む」
「分かってるよ。アンタの顔を潰すような真似はしないさ」
「じゃあ、頼んだぞ……それじゃあな」
それだけ言って、高岩もどこかへと歩き去っていった。その姿を見送りつつ、戒斗はいつも通りの無線機とインカムを琴音、そして遥に手渡した後、WRXのトランクから各々の装備品を取り出し始めた。
<――配置に着きました>
<こっちもスナイプ・ポイントに到着。よく見えるわ。戒斗の姿もね。いつでも行ける>
「よし。警察が動くまで待機だ。心配しなくても、パーティはもうすぐさ」
いつも通り左耳に付けたインカムから聞こえる二人の声。十二番倉庫裏口に潜む遥と、先程定めた狙撃ポイントからこちらを見渡す琴音の二人に戒斗は応答しつつ、両の手に持った、AR-15バリエーションのカービン・スタイル突撃銃、コルト・M727のチャージング・ハンドルを引く。少々年代物のボルトが前後し、防塵ダストカバーが開くと共に、初弾の5.56mmフルメタル・ジャケット弾が装填された。
「傭兵、分かってるな」
彼の隣に立つ、組対の刑事である篠田が呟く。彼の手には私物であろうドイツ・H&KのUSPコンパクト自動拳銃が握られているが、他の刑事達と違い、その手は震えていない。伊達に組対ではないということだろう。彼の眼は、場数を踏んだ人間のソレだった。
「ああ、分かってる。『極力殺すな』。そうだろ?」
「ハッ、どうだかな。ライフルなんぞ持ち出しやがって、殺す気満々じゃねえか」
「自分が死ぬよりマシさ」
戒斗を含む、突入部隊である第一班の面々は第十二倉庫の正面。海沿いの、人目に付きにくいコンテナ群の陰へと身を潜めていた。その数、約二十人。異様なまでの動員数だ。その他にも裏口の第二班が五人。狙撃の第三班はSATから動員された狙撃手と観測手の、二組四人だという。
陰から少し顔を出して覗いてみれば、その倉庫へ続々と車両が集まってくる。黒塗りの、スモークガラス付き高級外車という、まあ典型的な分かりやすい奴らばかりだ。降りてくる連中も、背広こそ着ているものの、その風貌で明らかに『ソッチ系』の人間だと分かる。
ここから見える限りで十五人ちょっと。丸腰に見えるが、自動拳銃を携行していると思って間違いないだろう。彼らが取引しているアタッシュケースの中身……たった今間違いなく、白い粉が一杯に詰まったビニールの包みが幾つも見えた。間違いない。確実な取引現場だ、これは。
その他、周囲を警戒している鉄砲玉と思われる十人近くの若い男達に至っては、あからさまな防弾プレートキャリアをジャケットの下に仕込み、自動小銃や短機関銃。更にはベルギー製の5.56mm軽機関銃MINIMIまで携行している奴まで居る。箱型の弾倉を装着せず、ベルトリンクで帯状になった弾を直接、袈裟掛けに胴体へと巻き付けてなんかしており、見た目こそハリウッド映画の真似のようで滑稽だが、その制圧力は確かに脅威だ。
「突入まであと一分だ。気を抜くな」
篠田の一言に呼応し、戒斗も腕時計を見やる。午後十時五十九分。確かに、突入一分前だった。親指でM727の安全装置を解除し、連射へ持っていく。そして左耳のインカムへと、手を掛ける。
「――突入ッ!!」
篠田の号令と共に、今まで潜んでいた刑事や、数合わせで動員された制服警官達が一斉に走り始めた。
「状況開始」
一度インカムに向かって告げ、戒斗も後に続き走り出す。
「なんだテメェら!」
「警察だッ! 大人しくしろッ!!」
「サツだ! サツに嗅ぎ付けられたぞ!!」
「無駄な抵抗はやめろ!!」
「構わん! 殺っちまえ!!」
すぐに双方を飛び交う、幾多もの銃弾。戒斗は身を屈めつつ走り、手近な高級外車の陰へと滑り込みつつ、発砲。近くに居た鉄砲玉一人の腕に一発、太腿に二発喰らわせる。
「確保ォッ!!」
倒れる鉄砲玉に覆い被さる制服警官達を横目に、戒斗は車の陰から少し顔を出し、状況を窺う。
均衡状態だった。突然の乱入に混乱を見せていたヤクザ達だったが、今では各々の小火器で応戦をしている。警察連中も善戦はしているものの、殆どの人間が連射の効かない拳銃のみの装備だからか、押され気味だった。
敵味方双方に少数の負傷者。今のところ、死傷者はどちらにも居ないようだが……
「死に晒せやァ!!」
「何――ッ!?」
突然の罵声に振り向けば、いつの間にやら背後に迫っていた若い鉄砲玉の男が、こちらへ向け鉄パイプを振り上げている姿があった。咄嗟の判断で横に向けたM727で、迫り来る鉄パイプをギリギリ受け流すものの、その男は意外なまでにあっさりとパイプから手を離してしまう。そして――
「往生せいやァ!」
叫びながらスーツジャケットを翻し、ズボンとベルトの間に挟んだソレ、旧ソ連の自動拳銃であるTT-33トカレフ――いや、違う。もっと粗悪だ。恐らくは中国製の五十四式手槍。通称『黒星』。鉄砲玉はそれを抜き、親指で撃鉄を起こすと、戒斗に向ける。
(まずい……間に合わないッ!)
一瞬、死を覚悟した、その時だった。たった今黒星を構えた男の腕 が、文字通り吹っ飛んだ。
「あ、ああああああああああっ! 俺の腕がぁぁぁぁ!」
千切れ飛んだ腕と、傷口付近を抑えくずおれる、鉄砲玉の男。一瞬遅れて聞こえる乾いた銃声。そして次の瞬間――その彼の頭、こめかみ付近が陥没し、横から何かで殴られたように吹っ飛ぶ。
<ヘッドショット、ヒット確認。ターゲット・キル――あ、もしかしてマズかった?>
「いや……良い腕だ。琴音」
戒斗の窮地を救った、二発のライフル弾。それは270mの先、使われていないビルの五階から、琴音の持つスコープ付き自動小銃、レミントン・RSASSから放たれた7.62mm弾だった。
再びM727を持ち直し、戒斗は返り血と脳漿の付着した高級外車を乗り越え、敵陣へと駆けて行く。
「邪魔だッ!!」
迫り来る姿に気付き、眼前に立ち塞がり、たった今銃口をこちらへと向けた鉄砲玉三人の内、二人を連射でM727を発砲し屠る。残りの一人を片付けようとしたところで――後退位置でボルトが停止。弾が切れた。
非情にマズい状況だ。今残っている奴の手にはベルギーのファブリック・ナショナル社製5.56mm軽機関銃、MINIMIがある。アレを喰らってしまえば、幾ら戒斗とて……。
「へっへっへ!!」
汚い笑いを浮かべ、その男はMINIMIの引き金を勢いよく引いた。彼が胴体に巻き付けるベルトリンク弾薬が続々と吸い込まれ、空薬莢と不要になったベルトリンクを撒き散らしつつ、秒間七百五十発もの速度で次々吐き出される5.56mm弾。
「だああああクソッ!!」
一か八か。横っ飛びに飛び退く戒斗。足元すぐを掠める5.56mm弾の火線が、戒斗を追う。着地点が、生死の分かれ目。
迫り来るフルメタル・ジャケット弾が、ブーツの靴底を浅く掠め取った。さあ、どうなる――!!
「おおおおおッ!!!」
すんでのところで、停まっていた高級外車の影へと飛び込むことに成功した。二回程地面を転がり、膝立ちになる戒斗。ひとまずは助かったが、いつまでこの車が持つかも分からない……。M727の空弾倉を落とし、戒斗は左腰のポーチから取り出した新たな弾倉をセット。ボルトキャッチを殴るように解放し、新たな弾を薬室に装填する。
陰から身を乗り出し、ボンネット上に両肘を置き、連射で掃射。幾多もの5.56mmフルメタル・ジャケット弾にその身を抉られた男は、踊るように痙攣しながら身体に弾痕を穿ち、最期は天高くMINIMIを撃ち尽くしながら仰向けに倒れた。
「危ねえとこだったぜ……」
脅威を排除したのを確認すると、戒斗は高級外車から離れ、再び駆け出した。
その後数人の鉄砲玉を制圧し、やっとのことで戒斗は倉庫の入り口へと辿り着いた。壁際に張り付いて、上がる息を整えつつ、ふと振り返り状況を見る。
死屍累々といった様相だった。ヤクザ側には死傷者多数。生存者も大概負傷しており、その中で幾多もの制服警官に飛びかかられ抑えつけられているといった様子だ。警察側は、狙撃支援がやはり効いているのか、幸いにも殉職者は無いものの、負傷者は決して少なくない。無傷の者の中にも、陰にうずくまり、両手に拳銃を握ったまま涙目で震えている警官も散在的に見受けられた。
射殺してしまったのだろうな、と戒斗は思う。初めて殺しをやった人間の、典型的な反応だ。銃が広く出回るようになった昨今においては、珍しい存在とばかり思い込んでいたが、意外にもそうではないらしい。あの中の何人が立ち直るのか。そして、一体何人が今のトラウマを抱いたまま、失意の末、警官を辞めるのかと思えば、戒斗とて多少不憫にも思う。しかし、それもまた、彼らの運命だ。
「よう、まだ生きてたか」
ふと、そんな声が耳元から聞こえ、そちらへと振り向いてみると、戒斗の隣に立っていたのは組対の刑事、篠田だった。その手に握るUSPコンパクトの銃口から、微かにだが白煙が浮いており、彼の頬には若干の赤い血が付着している。その血はどう見ても彼のモノではない。返り血だ。「よう。アンタもくたばってねえみたいだな」と戒斗は返す。
「お前もな。何人殺したよ?」
「さあね。イチイチ数を数える趣味なんざねーよ。そういうアンタも、その顔の血はどうした」
「お前が殺したんだよ。書類上はな」
「面倒事は全部傭兵の俺にってか。ズルい刑事さんだこと」
「そう言うな。それより、知らせが二つある。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい」
こういう場合、大概どちらも悪い知らせなのがお決まりなのだが……戒斗は、良い知らせから聞かせて貰おう、と言った。
「そうかい。じゃあ良い知らせだ。追加で報酬が出るぞ」
「……はぁ。それのどこがいい知らせなのかね」
「次は悪い知らせだ――第二班との通信が途絶えた」
「ッ――」
第二班。つまりは遥に付かせたチームだ。そこからの連絡が途絶えたということは、まさか遥がやられた――!?
万に一つの可能性も無いように思えるが、しかし……。気付けば戒斗は、無意識下の内に左手をインカムへと持っていっていた。
「遥!? 遥、無事かッ!?」
<――ええ。なんとか>
数秒のタイムラグを開けて、聞こえてきたのは遥の声だった。一時の安堵を覚える戒斗だったが、ふと、彼女の声色がおかしいことに気付く。焦燥と、若干の疲労が混ざった声色。
「何があった、状況を報告しろ!!」
<第二班は全滅……現在は敵の――と交戦――>
そこで唐突に、一瞬のノイズと共に通信は途切れた。
<……ごめん、戒斗。ここからじゃ、よく見えない>
息を潜めるような琴音の声も、戒斗には届いておらず。ただ分かっているのは、裏側は相当にマズい状況ということだけ。
「なっ……! オイちょっと待て! 若造ッ!!」
気付けば戒斗は、篠田の制止を振り切って、倉庫へと走り出していた。
踏み込んだ先、十二番倉庫の中は、意外にもがらんどうとしていた。
天井に幾つも吊り下げられている、古ぼけた白熱電灯に照らされた倉庫内は埃っぽく、木箱など細かな物体と、隅に幾つかのコンテナが積み上げられているだけで、他はがらんとしていた。
「チッ……!」
足を踏み入れた途端、浴びせられる幾多もの銃撃。戒斗はM727を腰だめに当てずっぽうで乱射しつつ走り、積み上げられたコンテナの陰へと身体を滑り込ませる。
(敵は……クソッ、何人居やがるんだッ!?)
見る限り、高級外車やワンボックスカーを盾にしているのが十五人近く。その他、キャットウォークの上にも七人程のヤクザ連中が居た。
「装備はAKに黒星と……クソッ、PKMまで持ち出してやがんのか」
独り悪態を吐き捨てつつ、弾倉を交換。最後の弾倉をM727のロア・レシーバーに叩き込み、陰から顔を出そうとする――が、その直近、コンテナの側面を銃弾が抉った。慌てて戒斗は化を引っ込める。
「畜生、スナイパーか……!」
スナイパー、というのには語弊があるが、あながち間違いではなかった。戒斗の隠れるコンテナを、確かにスコープを乗せたドイツ製自動小銃、G3A3が、キャットウォークの上から睨みを利かせている。
「琴音、キャットウォーク上の奴を狙えるか!?」
<ちょっと厳しいかも……上手い具合に身体が隠れてて、射線が取れない>
「牽制でも構わねえ! とにかく隙を作ってくれ!」
<了解。試すだけ試してみるわ>
無線機の向こうで琴音がそう言った数秒後、倉庫の天窓を突き抜け、7.62mmフルメタル・ジャケット弾が飛来した。それはG3を構えた射手の少し手前、鉄製の手すりへと着弾。驚いた射手は思わずスコープから目を離し、数歩後ずさりしてしまう。
「よくやった琴音ッ!!」
その隙を見逃すことなく、戒斗はコンテナの陰から飛び出し、駆け出す。その行動と時を同じくして、警察部隊も遂に倉庫内へと踏み込んだ。
「警察だ! 大人しくしろッ!!」
即座に飛び交う銃弾と銃弾。戒斗はその合間を縫って走り、キャットウォークの上へと昇る。
「ッ! 誰だお前!」
「遅ぇんだよ!!」
錆びた鉄の階段を登り切った先に居た一人がこちらへと振り向く前に、M727を発砲し射殺する。
「死に晒せおんどりゃああああ!!!」
短刀を腰だめに構えたヤクザの鉄砲玉が雄叫びを上げて突進してくるが、戒斗はそれを軽くいなし、すれ違いざまに足をを引っ掛けバランスを崩させると同時に、M727のレシーバーで彼の首を強く絞める。身体を拘束したまま、数回その場で回転。遠心力を使ってその身を投げ飛ばして、キャットウォークの下へと思い切り突き落とした。
「死ねやオラァ!」
叫び、黒星を片手に構えた男が発砲する。飛び来る銃弾をすんでのところで躱し、斜め方向に前転。起き上がり膝立ちになった戒斗は一発、男の頭へと5.56mm弾を叩き込み無力化した。
「畜生、この野郎!!」
迫り来るフルメタル・ジャケット弾に身を屈める戒斗。見れば、先程彼を狙っていたG3A3の銃口が、またも戒斗を捉えていた。
逃げるだけ無駄と戒斗は判断し、ジグザグに動きながら走り込む。一発が頬を掠めるが、毛ほども気にしない。戒斗はM727の安全装置を掛け、あろうことか、それをG3の射手へと投げつけた。
「ふぐぉっ」
あまりに唐突で、予想の斜め上な行動に射手は反応し切れず、M727のレシーバーがモロに顔面へと直撃する。へし折れた鼻から血を噴き出し、数歩たたらを踏む。
「さっきはありがとよ、クソ野郎!!」
ガラ空きになった腕へと、戒斗は鋭い蹴りを繰り出す。手を滑らせて宙へと吹っ飛ぶG3A3は、激しい銃撃戦の繰り広げられている階下へと落下していく。戒斗はそのまま、上着の下、右胸のショルダーホルスターの負い紐へと、グリップを下に向ける形で無理矢理括りつけた鞘から、オンタリオ・Mk3NAVYファイティング・ナイフを順手に抜刀。得物を失くした射手の、ガラ空きとなった顎下首元へと深く突き刺した。
「――! ――」
声にならない声を上げ、射手だった男はもがく。戒斗がブレードを引き抜けば、そのまま膝を折り、倒れ伏した。
「はぁ、はぁ……状況は」
上がる息を整えつつ、沈静化したキャットウォークの上から階下の様子を窺う戒斗。多数の負傷者が出ているものの、警察側が優勢に立っているようだ。戒斗はMk3を鞘へと戻し、M727を拾い上げて、階下へと戻る。
「状況は!?」
一階へと降り、いつの間にやら倉庫の中まで突入してきていた、白黒塗装の頂部に赤色灯を頂く緊急車両、パトカーを盾にしていた篠田刑事の隣に滑り込み、戒斗はそう言う。「あまり芳しくねえな」と篠田。
「殉職が二名、負傷が十人近く出てる。こりゃあ始末書じゃ済まねえかもしれん」
「んな呑気なこと言ってる場合かよ――ッ!」
陰に隠れ、忍び寄って篠田へと銃口を向けていたヤクザを、戒斗はM727を発砲し排除する。
「だから極力殺すなつってんだろ、タコが」
「この状況で言ってる場合か……ん?」
ふと、銃声が止んだことに気付く。恐る恐る戒斗、篠田の二人は顔を出し窺ってみれば、確かに、ヤクザ集団からの銃撃はぴたりと止んでいた。代わりに、盾にされてボロボロになった高級外車の奥に、血溜まりが見える。
「……おたくらの誰か、手榴弾でも使ったか?」
戒斗がそう言えば、「馬鹿言え。自衛隊じゃあるめえし」と篠田。
「じゃあ一体誰が……」
怪訝そうに戒斗が呟いた瞬間、近くに立っていた制服警官の肩が、唐突に抉られた。
「え、血……? あ、あ、あ、うわあああああ!!」
「おい、大丈夫か――」
倒れ伏したその警官を支えようと、立ちあがった篠田。しかし、彼は何かに後ろから突き飛ばされたかのように軽く吹っ飛んだ。
唐突だった。あまりにも唐突過ぎるタイミングで、スーツを身に纏ったその背中に、大きな赤色の華が咲く。
「――ガ、ハッ」
肩から血を流す制服警官の真横へと、倒れ伏す篠田。
「オイオイオイ……冗談だろ!?」
戒斗が見る限り、彼を撃ったのは狙撃。それも正確に、篠田の背中、左側を撃ち抜いている――どう見ても、即死だった。現に篠田は胸から大量の濁った血を溢れさせ、赤色交じりの泡を吹きつつ、白目を剥いていた。
「う、うわああああああああ!!!」
次の瞬間、強行状態に陥り、半ば錯乱しつつ、戒斗の隣で立ち上がった警官の頭が一瞬にして弾け飛ぶ。
おかしい。今まで相手にしていた連中とは、どう見ても格が違いすぎる。容赦がなさ過ぎる。ヤクザじゃない。アイツらにこんな、訓練された狙撃が出来る奴は居ない――!!
「――いやー。流石に多いですねぇ」
そして、拍手と共に倉庫内を朗々と響き渡る、少年のような男の声。
まさか、と思い戒斗が立ち上がってみれば――そこかしこに立っていたのは、黒いスーツを身に纏ったヤクザ連中などではなく。最新鋭の自動小銃や短機関銃を携え、黒で統一された野戦服に、プレートキャリアやホルスターなどの装備類。黒いフリッツ・ヘルメットの下の素顔を目出しのパラクラバで覆った、明らかに異様な数十人の集団だった。
そして、戒斗から見て正面。弾痕だらけの高級外車の後ろに立つ集団。その先頭に立っているのは、時期外れなロングコートを羽織った、黒髪ショートカット頭の少年。
「麻生……隆二……!?」
「どうもどうも。お久しぶりですね。”黒の執行者”」
余裕綽々といったように軽く、ねっとりとした声色でそう言った少年。”方舟”のサイバネティクス兵士こと、麻生 隆二は、左手に持った大型回転式拳銃、タウラス・レイジングブルの銃口を、撃鉄を起こしつつ、ゆっくりと上げていく――!




