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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
64/110

AfterSchool Fighters

「はい。じゃあ皆、気を付けて帰ってねー」

 教卓の前に立つ、二年E組担任代理の秋川あきかわ 朋絵ともえの間延びした号令と共に、本日の全行程を終えた生徒達は、学園という彼らにとっての牢獄からひとまずは解放された。

「よし。そいじゃあ行くかぁ」

 そう言った戒斗も例外でなく、放課後という自由時間が約束されていた……今までは、の話だが。

「今日は生徒会どうするの?」

「そうだな……この後依頼の打ち合わせやら結構立て込んでるんだよなぁ。一時間ぐらい顔出して帰るか」

 最早日課となった確認を取る琴音が言った『生徒会』。戒斗には完全無縁のような話ではあるが、今から一週間前、諸事情が重なり彼と、琴音、そして遥の三人はその『生徒会』へと所属することになってしまっていたのだ。

 かといって戒斗の本業は傭兵であり、そちらを蔑ろにするわけにはならない。しかし、当の生徒会長はその辺の事情も考慮した上での勧誘であり、そう言われてしまえば戒斗には拒否する理由はどこにも見当たらなかった。だからこうして、後ろに琴音と遥を引き連れ、一路、生徒会室へと向かっているのだが。

「でもさ戒斗。ホントに今更だけど、よく生徒会に入ろうなんて思ったわね。てっきり突っぱねるかと思ったのに」

「……私も、琴音と同意見。戒斗なら断ると予想していた」

「あのなぁ……お前らの中で俺のイメージってどうなってんのさ」

 そう口先では言うものの、まぁ、二人の疑問も納得できると戒斗は内心思っていた。

 確かに、今までの自分――ロサンゼルスで名を轟かせた”黒の執行者”の異名を持つ傭兵だった頃の自分なら。研ぎ澄ましたナイフのように尖っていた頃の自分なら、迷わず突っぱねていただろう。しかしこの約半年、琴音と再び出会い――最も、偶然と思い込んでいた彼女との再会は、仕組まれたモノだったのだが――、学園という、あまりにも穏やかで、そして平穏な日常。硝煙と血の臭いが漂う鉄火場と隣り合わせの中で感じた、どうしようもないくらいの安らぎに、少なからず自分自身は変えられたのだろうと戒斗は感じている。だからこそ、一見くだらなくも思われる生徒会へのスカウトを、戒斗は受けたのだった。

「ま、一回ぐらい普通の学生らしく、部活ってのをやってみたかったのかもな」

「ぷっ、なにそれ」

 しかしまあ、それをわざわざ話す必要も無い。戒斗は適当にはぐらかして回答を提示してやった。

「さてさて。阿呆な話はこれで終いだ。着いたぜ」

 そうこうしている内に、三人は大分見慣れてきた生徒会室の前まで歩いてきてしまっていたようだ。戒斗は言って、ドアノブを捻り開ける。

「お疲れちゃーん……って、なんだ。まな板だけか」

「……いい加減その呼び方やめてください。屋上から命綱無しでバンジーさせますよ」

 唯一既に居た副会長、速水はやみ 智花ともかは戒斗の軽口に、その無表情極まりない見た目からは想像し難い、割と毒舌な調子で切り返す。「おー怖い怖い」と適当にそれをあしらいつつ、戒斗は手近な事務椅子へと腰掛ける。琴音達も同様だ。

「んで、今日の仕事は何だ?」

「いつも通り、書類業務です。会長の机に山積みになってる奴から好きなのをどうぞ」

 智花の指差す先、いつも生徒会長の亜里沙がふんぞり返っている机の上には、書類の束が文字通りの山積みに。「冗談キツイぜ……」と戒斗は辟易したように呟きつつ、立ち上がってその中から適当な一束を手に取ると、再び椅子に戻りペンを持ち、その書類との格闘を始めた。

「それにしても。デスクワークする戒斗ほど似合わないモノもないわね」

 その姿を見て、琴音は笑いを堪えつつ言う。

「自覚はある。ったく笑えちまうぜ。身体張って鉄火場で切った張ったがお決まりの”黒の執行者”ともあろう奴が、こうして学園の書類事務とはな……トホホ」

 戒斗が自嘲気味に呟いたきり、以降会話は一切無かった。静寂そのものな生徒会室で立つ物音といえば、壁掛け時計の秒針が刻む機械音とペンの走り。そして時折書類のページを繰る紙の擦れる音だけ。

「――失礼する」

 そんな落ち着いた静けさを破ったのは、意外にも落ち着いた男の声だった。戒斗はかと思い振り向いてみれば、そこに立っていたのは会長補佐の男子生徒、桐谷きりや 一成いっせい。頭痛を堪えるかのように、眼鏡のフレームと共に額を抑える彼の様子が気になり「どうした?」と問うてみれば、やはりと言うべきか。彼は深刻そうに口を開いた。

「はぁ……出番だ、戦部」

「……マジかよ」

 今日はこのまま書類整理だけで終われると考えていた戒斗だったが、甘かったようだ。一成の言う『出番』。つまりは戒斗が生徒会にスカウトされた真の理由である。学園内で問題が発生し、生徒会長を始めとした役員、及び一般生徒やその他諸々ではどうしようもない事態に陥り、尚且つ可及的速やかな事態の解決を必要とする場合の『力の行使』。要は張り倒すなりブッ放すなりしてとっとと沈静化させろという、生徒会役員というよりどちらかと言えば風紀委員に近いような仕事のことだ。いや、帯銃した生徒の風紀委員というのも些かアレな話だが。

 戒斗が生徒会入りして今日まで一週間。これで三件目だった。一つは翌日――実質初日に、不良生徒間の喧嘩の仲裁。そう言えば聞こえは良いが、簡単に言ってしまえば乱入して、双方共張り倒した挙句に、指導部のクマさんこと熊田教諭へと引き渡しただけだった。もう一つは今から二日前。三限目ぐらいに校庭へと侵入し、暴走行為やら色々を行った、改造バイクに跨る暴走族風味のチンピラの排除。こちらはキャリコでバイクを弾痕だらけにして廃車寸前まで追い込んだ後、逆上したチンピラ共を『死なない程度に』シメたぐらいだが。その後通報によって駆けつけた警察に引き渡して一件落着といった感じだった。

「で、今日の相手はどちらさんか?」

「サッカー部の連中だ。場所は奴らの部室近く。たまたま通りかかった生徒会長に詰め寄って、現在絶賛口論中だ。どうも部費に関して相当の不満が溜まっていたらしいな。私は会長に言われてお前を呼びに来たまでだが、さっさと向かった方が良さそうな雰囲気だ、戦部。頭に血の登った脳筋が、いつ会長に手を出してもおかしくなさそうである」

 どうやら、思ったよりも深刻なトラブルらしい。一成の報告を聞いた戒斗は「あいよ。時間も時間だ。今日は仕事の方で予定あるし、奴らをシメたらそのまま帰るわ」とダルそうに言って立ち上がると、外へ出て、廊下を歩き去っていった。

「私も行った方が良いかしら」

 そのやり取りを眺めていた琴音が呟くと、遥が提言する。「仕事があるなら、一応助手である琴音も、そのまま一緒に帰るべき。後の処理は私達で済ませる」

「あー……そうね。悪いけど遥、頼める?」

「任せて」

「それじゃあ行くね。一成くんも後、よろしく」

「心得た。急ぐがいい」

 一成の言葉に見送られつつ、琴音も後を追って駆け出した。





「――だから! 俺達だけ部費の減り方がおかしいだろ!!」

「そうだそうだ!」

 周囲を取り囲むように自らを囲むのは、皆が皆同じようなユニフォームで身を包んだサッカー部員達。彼らから浴びせられる非難と罵倒を一身に受ける、騒ぎの中心人物――私立神代かみしろ学園の生徒会長、真田さなだ 亜里沙ありさは大きく溜息を吐くと、先程から幾度となく繰り返した説明をもう一度、口にする。

「先程から言っている通りです。部員の大幅減少に成績不振。おまけに多数の停学処分者ともなれば、削減対象に選ばれるのは当然でしょう。全て、関係の先生方、及び顧問と部長には話を通してありますが?」

「俺達には何の説明も無かっただろ!」

「あら。部長から説明がありませんでした? 『全て君達のしてきたことのツケだ』って」

「うるせえ! とにかくさっさと部費を元に戻せ!! 三年は今年で引退、それに大会が近いんだよ……!!」

「無茶を言わないでくださる? これは既に決定事項ですので。事務の方に予算案も提出してあることですし。分かったらさっさとお引き取り願えませんこと? 正直言って、邪魔です」

「あんだと……! 言わせておけばよぉ、調子に乗るんじゃねえこのアマ!!」

 そう叫んだ部員の一人、恐らくは三年生であろうガタイの良い一人の部員が、強引に立ち去ろうとした亜里沙の手首を掴む。

「嫌っ! 放しなさいッ!!」

「もう我慢の限界だ……テメェら! コイツどうする!?」

「やっちますか」

「やっちゃいましょうよ」

 亜里沙をどうにかする方向で部員達の話が進んでいたその時、やっと、彼女の待ち望んでいた『学園内で問題が発生し、生徒会長を始めとした役員、及び一般生徒やその他諸々ではどうしようもない事態に陥り、尚且つ可及的速やかな事態の解決を必要とする場合の解決策』が向こうから歩いてきた。

「おーう。やってるやってる。流石に運動部は元気がよろしいことで」

 その『歩く解決策』こと、”黒の執行者”の異名を持つ腕利きの傭兵にして、現・生徒会メンバーの戦部いくさべ 戒斗かいとが、そんな間の抜けた声で言いながら、両手をズボンのポケットに突っ込み、こちらへゆっくりと歩いて来ていた。

「ちょっと戦部くん! 遅いわよ!!」

「文句は一成に言ってくれ――で、だ。そこの坊主共は、ウチの生徒会長に何の御用で?」

 言葉選びこそ彼にしては柔らか目だったが、睨みを利かせて戒斗は言う。

「やべぇよやべぇよ……」

「確かアイツってホラ、二年生に居るっていう傭兵だろ? 確かニュースで話題になってた、”黒の執行者”とかいう……」

「なんで生徒会なんかの味方してんだよアイツ……」

 流石に顔が知れているからか、一斉に慄きだす部員達。しかし、未だ亜里沙の手首を掴み続ける彼だけは臆することなく「テメェに要はねえ、スッ込んでろ!!」と啖呵を切った。

「おーおーおー。少しは根性あるじゃないの。だが残念。お前らには悪りぃが、こちとら仕事なんだ。ここでおめおめ引き下がる訳にはいかねーよ。もし今ここで、退いて貰えるってなら、今回のことは不問にしてやる――構わねぇだろ、亜里沙?」

 戒斗が提案すると、亜里沙は頷きつつも「呼び捨てはやめなさいって言ってるでしょう……」とブツブツ呟いている。

「どうする?」

「テメェ……ふざけやがって!!」

「その返答。引き下がらないって受け取っても良いのかな?」

「いい加減放しなさいよ――ッ!!」

 延々掴まれ続けることに耐え切れなくなった亜里沙は、空いた方で爪を立て、自分の手首を掴む浅黒い肌を思い切り引っ掻く。「痛ってえ!」と彼は呻き、思わず手首を離してしまった。しかし……

「おいテメェ、いい加減にしろやこのクソアマがぁ!!」

 パシンッ――。形容するなら、こういう音だろう。何かをはたくような、乾いた音が響き渡った。一時の静寂。

「――った……」

 はたかれたのは、亜里沙の頬だった。大の男に思い切り平手打ちされた彼女の頬は赤く腫れ、あまりに唐突で、衝撃的だったのか、彼女は首を横にまげたまま微動だにしない。

「へっ、へへへ……思い知ったか」

 犬歯を剥き出しに、満足げにそう言った浅黒い肌の部員。しかし瞬間、彼の右頬を何かが高速で過ぎ去る。触れてみれば、手に付いたのは紅い、自らの血。

「――女に手ぇ上げるとは。俺の前でやったからにゃ、死ぬ覚悟ぐらい出来てるんだな?」

 そう呟く戒斗の、真っ直ぐ伸ばされた右手に握られているのは、茜色の夕陽をステンレスの金属光沢で反射させる細身な自動拳銃、ルガーMk.Ⅲ。銃口からは微かに白煙が漂い、彼の足元には小さな.22口径のカートリッジが転がっていた。

「亜里沙。コイツら全員シメちまうが、構わねえよな」

「……あ、ええ。でも怪我はさせないで」

「善処する」

 そう言うと彼は右腰のホルスターにMk.Ⅲを収め、掌を上に、チョイチョイと指を手前に動かし、招くように挑発する――『掛かってこい』と。

「上等だ……上等だこの野郎ォッ!! やっちまえ野郎共ォ! 数で畳めェッ!!」

 頬を抉られ、顔を真っ赤にして逆上した浅黒い部員の号令で、ハッと我に返ったように他の部員達の半分ほどは散るようにどこかに逃げ去り、残りは戒斗へと真っ直ぐ殴りかかってくる。

「見た感じ、十人ちょいってとこか……」

 しかし、戒斗は余裕の笑みを崩さない。まず最初に、顔面目がけストレートを繰り出してきた一人の手首を掴み引き寄せると、足を払い、鳩尾に思い切り膝蹴りを食らわせる。迫り来るもう一人の蹴りを、戒斗は自らの掴む、失神しかけているソイツの背中で防御。泡を吹いたその身体を投げ捨てつつ、蹴りを飛ばしてきた彼を思い切り投げ飛ばす。

「舐めてんじゃねぇぞこの野郎ッ!!」

 叫びながら、迫り来るのは二人。戒斗は初撃を躱し、先に殴りを繰り出してきた方の無防備な懐へと潜り込む。

「しまっ――」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」

 そのまま少し身を屈め、バネの如く解放した力で顎に掌底を叩き込む。そのまま首根っこを掴み払い除け、残ったもう一人へと突進。腕を掴み、砂のグラウンドに引き倒すと、背中で関節を極め締め上げる。

「ふざけやがって!」

 背中から飛んでくる横蹴りを空いた片腕で止め、払い除けると、戒斗はすぐさまMk.Ⅲを抜き、銃口をソイツへと突きつける。

「ヒッ」

 目の前に現れた、明確な死の恐怖に怯える彼に、戒斗は立ち上がるとゆっくりと近寄り、耳元で囁く。

「――死にたくなきゃ、お家に帰んな」

「ヒ、ヒッ、ヒィィィィィッ!!!」

 そして彼は涙目になり、背を向け一目散に逃げ去っていった。息一つ上がっていない戒斗は再びMk.Ⅲをホルスターに戻すと、騒ぎを扇動した浅黒い部員に向き直り、告げる。

「五人。これで半分だな。どうする? まだ続けるかい?」

 鮮やかすぎる一連の制圧に、未だ襲い掛かっていなかった部員達は粉を散らすかの如く逃げ去っていく。が、ただ一人、先程亜里沙を平手打ちした、浅黒い肌の彼だけは、ゆっくりとした足取りで戒斗へと近寄ってくる。

「舐めやがって……生徒会の犬が……!!」

「犬なら、舐めるのは当然だろ?」

「ふざけるなァァァァ!!!」

 瞬間、彼の両の脚が縮み、爆発したかのようにその巨体が、ライフル弾の如き瞬発力で戒斗との距離を詰める。

「ぬおっ――!?」

 流石に戒斗も避けきれず、クロスした両腕で衝撃をなんとか防ぐ。

「伊達に脚使うサッカー部員じゃないってか……だがッ!!」

 戒斗も身を縮め、少し隙の空いた顎へとまた掌底を叩き込もうとする。しかし浅黒い部員はそれを受け止め、逆に腕を掴み戒斗を投げ飛ばした。

 宙に浮かぶ感覚。重力の概念から身体が解放された心地も束の間、砂のグラウンドに背中から叩き付けられる戒斗。咄嗟に受け身を取った――が、肺から無理矢理に空気が押し出される感触。息が詰まったような、そうでない感覚。

「ぬぉラァ!!」

 横たわる自分に飛んでくる、握り締められた拳。まずい――避けなくては!

 未だ肺の喘ぐ身体を無理矢理に回転させ、その拳を間一髪のところで躱す。飛んできた腕の手首を掴み、そのまま引き倒して、戒斗は背中から馬乗りになる。そして、掴んだ腕を背中に回して、関節を思い切り極めた。

「なっ、テメェ放せ――痛たたたたたッ!!!」

「ヘッ、中々骨のある奴じゃねーか。久しぶりに楽しかったぜ」

 そうこうしている内に、遠くから駆けてくる一つの巨体が戒斗の視界に映る。ドスンドスンと地響きでも鳴らすかのような重量感を感じさせる、浅黒い肌の巨体は――間違いない。指導部のクマさんこと、体育教師の熊田くまだ 練蔵れんぞうだった。

「おうおうおう、何の騒ぎだァ!」

 開口一番、地が震えるような低い怒鳴り声を上げる熊田教諭。しかし戒斗は臆することなく「また生徒会の業務ですよ。詳しくは会長から聞いて貰えると助かります」と淡白な業務連絡じみた言葉で返す。

「おう。お前は実績があるし、真田のお墨付きだから信頼はしてやる。だがなぁお前、こりゃ幾らなんでもやり過ぎだろう」

 拘束したまま、周囲を見回してみると……遠くから引いたように、ひそひそと話す野次馬達。そしてグラウンドに転がる、幾つものサッカー部員。死屍累々という言葉がよく似合う状況だった。

「あー……」

「あーじゃねえだろ、あー、じゃよ。幾ら生徒会の『風紀秩序の保全』って業務だからってやりすぎだろうが戦部ェ」

「へへへ。すんません」

 軽く謝罪しつつ、現在進行形で拘束中の主犯格を熊田教諭へと引き渡す。「ここは俺に任せろ。生徒会室の方に、明日にでも報告書届けとくから仕上げとけ」とぶっきらぼうに言うのは熊田教諭。

「了解しましたっと。そいじゃあ失礼しまーす」

 事後処理は全て任せて構わないだろう。そう判断した戒斗は大人しく熊田に全てを任せ、制服に付いた砂を払い、呆然と立ち尽くす亜里沙へと歩み寄る。

「よう亜里沙。怪我は無いかい?」

「……え、ええ。大丈夫よ」

 口ではそう言うものの、どこか動揺を隠しきれていない様子の亜里沙。まだ少し赤くなっている彼女の頬に、戒斗はスッと手を伸ばす。

「ひゃ、ひゃっ!?」

「ふーむ……傷は付いてねえか。じきに腫れも収まるさ」

 頬を紅潮させる亜里沙を気にも留めずに戒斗はそう言うと、後ろ手に振りつつ立ち去っていく。

「あ……あ、ちょっと戦部くん! どこ行くのよ!?」

「これから仕事だ。今日はこのまま上がらせてもらう」

 それだけ言って立ち去っていく戒斗の背中から、亜里沙は立ち止まったまま、目を離せないでいた。

「ちょ、待ってよ戒斗……って何この状況!?」

 そして、やっと追い付いてきた琴音は地に伏せるサッカー部員達の姿に慄きつつも、校門へと向かっていく戒斗の隣へと駆け寄っていく。

 亜里沙はそんな二人の姿が見えなくなるまで、何故だかどうしても、動けなかった。

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