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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第六章:Gunmetal Color's Fate
61/110

イージー・デイ

 九月一日。悠久にも感じられた『夏休み』という、学生諸君にとって魂の救済に等しい長期休暇が終わり、二学期の始まるこの日。道行く学生は皆が皆死にそうなまでに憂鬱な表情であったが、それ以上に鬱蒼とした顔色の、大して似合わない学生服を身に纏った男が、早朝の通学路を歩いていた。

 四方八方に跳ねたボサボサの黒髪を揺らし、目付きの悪い顔を、その表情のせいで更に印象が悪くなっているこの男の名は、戦部いくさべ 戒斗かいと。数週間前までは凶悪逃亡犯――最も、それは濡れ衣で、自らの力を以て潔白を証明したのだが――として四六時中ニュース番組を賑わせた”傭兵”。その年齢にして、ロサンゼルス時代に”黒の執行者”と異名すら名付けられた、腕利きの傭兵であった。

「はぁ……」

「まあまあ。そんな暗い顔しないで、ね?」

 全力で溜息を吐く戒斗の隣を歩く、頭の後ろでポニーテールに髪を纏めた美少女、折鶴おりづる 琴音ことねは苦笑いを浮かべ彼を宥める。

 戒斗は決して、学校に行くのが嫌だとか、夏休みが終わってしまうのが受け入れられないとか。そんな平和じみたことで悩んでいるのではない。数週間前の事件がきっかけで、彼は”傭兵”だということが大々的に報道されてしまった。一応学校側には転入時点で把握し、許可されてはいるのだが……問題は、そこではない。同じ学年に所属し、すれ違い、ある者は同じ教室で授業を受ける、顔見知り程度の有象無象の存在――所謂『クラスメイト』という奴に対してだ。彼は面倒を避ける為、傭兵だということを隠していた。それに対する反応が、どれほどのモノか……考えるだけで、頭が痛くなってくる。

 そんなこんなで彼ら二人は、私立神代(かみしろ)学園の校門まで辿り着く。立ち番の教師が数人立っており、偶然か、生徒の姿はまばらだった。

「おはよーございます……」

 いつも通りの機械的な挨拶を、死んだ目で立ち番教師に言う戒斗。彼らは一応挨拶をするものの、一瞬困ったような表情を浮かべたが……その内一人、戒斗と琴音のクラスで授業を持つ国語教師は戒斗の肩をポン、と叩くと「……災難だったな」と一言だけ励ましてくれた。ありがたい。ありがたいのだが、何故だか色々と刺さるモノがある。

「どうも……」

 教師の心遣いに礼を言って、戒斗は死者の如く歩き出す。その後を慌てて追う琴音。

「ちょっと……戒斗、ホントに大丈夫? 今朝から様子おかしいけど」

「ああ、察せ」

「いや、察してるんだけどね……」

 それ以上、琴音は彼に何も声を掛けてやることが出来なかった。

 そして昇降口へと歩き、下駄箱で便所スリッパのような上履きに履き替え校舎へ。階段を昇り、戒斗は遂に二年E組の教室前へと辿り着いてしまった。扉の隙間から漏れ出てくる、クラスメイト達の談笑と笑い声。普段なら別段気に留めることも無いのだが、今はそれが、処刑執行の合図のようにも感じ取れてしまう。意を決し、戒斗はその扉を開けた。

 ガララッ! と、建て付けの悪いドアを引く。最初こそ気付かなかった彼らだったが、誰か一人の男子生徒が「おい、アイツ……」と呟くと、一斉に教室中の視線が戒斗へと集まってしまう。くっそ、だから嫌だったんだ……

 浴びせられる痛々しい視線を意識して思考の外へと追い出し、早足で自らの席へと歩く戒斗。いつも通り、窓際後方二番目の位置に陣取る。スクールバッグを机の横に掛け、木と錆びた鉄パイプで出来た安っぽい椅子に座ると、戒斗は脚を組み、いつも以上の仏頂面で教室を見渡す。やはりというべきか、早足でこちらへと向かってくる琴音以外の全員の視線が、戒斗へと集まっていた。チッ、とあからさまに舌打ちをすると、戒斗はスクールバッグから文庫本を取り出し開き、そちらへと意識を集中させることにした。

「ちょ、ちょっと戒斗……」

 後ろの席、つまり窓際最後尾に座った琴音が小声で耳打ちしてくる。「なんだ」と戒斗。

「なんだじゃないわよ……どうすんのよ、この空気」

「逆に訊くが、俺にどうしろってんだ?」

「それは……」

「張本人が何を言ったところで無駄よ、無駄無駄。こういう時は黙ってるのが一番いいんだよ」

 それだけ言って、戒斗は文庫本に視線を戻す。奇異の視線が向けられる理由も、彼には分かっていた。勿論、彼が”傭兵”である事実が根本にあるというのもある。恐らくそれに加え、増長させているのは……彼のズボン右後ろに取り付けられたBLACKHAWKのカーボンホルスターと、そこから垣間見える、擦れた傷だらけの自動拳銃――シグ・ザウエルP220の日本・ミネベア社(旧社名:新中央工業)の自衛隊向けライセンス品であるミネベア・シグであろうことは間違いないだろう。拳銃自体が大柄すぎて周囲にバレる可能性があったため、ブレザーが無く、ポロシャツのような半袖一枚とズボンだけの夏服に移行してからは学園には持ってきていなかったのだが……今更隠すことも無いだろうと思い、それ以上に襲撃に備え、少しでも琴音の安全を確保すべく、戒斗は今日、ミネベア・シグを携行してきているのであった。

「……おはようございます。戒斗」

 活字に視線を巡らせていると、隣から相変わらずの抑揚の薄い声が聞こえる。本から顔を上げ振り向けば、隣の席にはいつの間にやら登校していた長月ながつき はるかの姿が。そういえば、彼女の正体を知ってからこうして学園で会うのは初めてだな、と思いつつ、戒斗は彼女と挨拶を交わしてやる。「ああ。おはようさん」

「琴音も、おはようございます」

「ん? ああ、おはよう」

 いつもと何ら変わりない、朝のやり取りだった。そして、唐突に開かれる教室のドア。そこから入ってきたのは――

「はぁーい、皆席に着いてー」

 そんな間延びした声で言いながら入ってきたのは、いつも通りの男性担任教師、松下ではなく。身長は140cm強、極度に幼い顔つきに、桃色のツーサイドアップ・ヘアというあからさまな幼女だった。

「あれ? 朋絵ちゃん?」

 前列に座っていた女子生徒の一人が怪訝そうに問いかけると、『朋絵ちゃん』と呼ばれた幼女は頬をぷくーっと膨らませ、少し不機嫌そうに言う。「もー! 朋絵ちゃんって呼ばないでって言ったでしょー!?」

「はいはい。分かった分かった。朋絵ちゃん。それで、松下はどうしたの?」

「松下先生は結構重い病気を患っちゃって、入院したの。それで代理の担任として白羽の矢が立ったのがこの私、秋川あきかわ 朋絵ともえなのだー!」

 教卓の前に立ち、ビシッとポーズを決めてそう言った『朋絵ちゃん』こと秋川 朋絵は、こう見えて教員免許持ちの正式な教師。つまりれっきとした成人女性なのだから驚きだ。担当はこれまた意外なことに数学。更に意外なことに、その教え方は相当に上手いから困りものだ。数学がてんで駄目な戒斗ですら、なんとかやっていけるレベルで理解させて貰えている。

「それじゃあ早速、出席取りますよー」

 次々と朋絵によって読み上げられていく生徒達の氏名。

「はい次、戦部くーん」

 当然だが、戒斗にも回ってきた。一斉に集まった奇異の視線を一手に浴びつつ、「あいよ」とぶっきらぼうに返事をする戒斗。朋絵はそれに気づきつつも、生徒達の名前を読み上げていく。

「よし、全員いるみたいね」

 出席を取り終わると、トントン、と教卓の上で出席簿を叩き、視線を集めた朋絵は「それじゃあ、皆にお話がありまーす。結構大事だからちゃんと聞いてね?」と言った。

「まず最初に。戦部くんのことは、多分皆もう知ってるわよね?」

 朋絵の問いかけに頷きつつも、生徒達の視線は再び戒斗に集まる。

「知っての通り、戦部くんは”傭兵”です。一応学園側も許可を出しての編入よ。戦部くんはとある特別な使命を帯びて、この学園に転入してきた。そうよね?」

 特別な使命――朋絵の言ったそれの意味が正直よく理解できてはいなかったが、とりあえずは頷いておく。

「その内容は詳しくは話せないみたいだけど……少なくとも、”傭兵”だってことを隠してたのは、皆の安全の為でもあったのよ?」

 朋絵の言い放ったその一言で、ざわめく教室内。

「知れば危険な仕事だからね……と、いうことで!」

 バンッ! と勢いよく出席簿で教卓を叩き、生徒達の注意を集める朋絵。

「彼のことはこれでおしまい! 気にしないことっ! でもいざとなったら頼ってもいいわよね、戦部くん?」

「あ、ああ……一応正式な依頼って形は取らせて貰うがな」

 そんなことを言われてしまえば、戒斗は了承せざるを得ない。だがまあ……教室内の雰囲気を見る限り、上手い具合に弁明出来ているようだ。戒斗が気兼ねなく今後の学園生活を送れるように配慮してくれたのであろう。後で朋絵に礼を言っておかねば。珈琲でも奢ってやるかな。

「はい! じゃあこの話はおしまいっ! それじゃあ本日のメインイベント! 転入生の紹介でぇーす!!」

 『またかよ!?』と一斉に響くクラスメイト達のざわめき。当然の反応だ。戒斗が転入し、その次に遥。今回でこの二年E組に加わる転入生は三人目となる。そりゃ驚くのも無理ない。かくいう戒斗も椅子から転げ落ちそうになるぐらいには驚いている。

「それじゃあ……入って、どうぞぉ!!」

 朋絵の合図によって、外側から開かれるドア。意外にもそれは、女子生徒だった。腰まで伸びた美しいストレートの、透明感のある金色の髪。胸はそこそこ、制服ブラウスから張り出し主張してくる。神代学園のチェック柄な制服スカートの下に伸びる脚はスラっと細く、それでいて長い。オーバー・ニーソックスという奴だろうか。膝上、太腿ぐらいまで包まれたソレと、スカートまでの間の僅かな隙間に煌めく、陶磁のような白い素肌。所謂『絶対領域』という奴だ。戒斗とて、ここまで完璧なモノはそうそうお目にかかったことはない。そしてその顔は端正で、整った美しさの中に気品と上品さを――

「ってお前かよォォォ!!!」

 戒斗は思わず叫び、とうとう椅子から転げ落ちスッ転んでしまった。派手な音を立てて倒れる椅子と机。そして戒斗自身。それを見てくすくすと笑う転入生の彼女と、困惑する朋絵。

「え……? もしかして知り合いなのです?」

「ええ。とっても、ね」

 朋絵がそう訊くと、転入生の彼女――戒斗のよく知る、西園寺さいおんじ 香華きょうかはそう言った。





「――で? 何故ここに来たか詳しく、聞かせて貰おうじゃないの」

「あら、来たかったからじゃ駄目?」

「あのなぁ……」

 それから紆余曲折あり、始業式を終えたHR(ホームルーム)。転入生こと香華は、戒斗の斜め後ろの座席。つまりは遥の一個後ろの席に指定され、そこでニヤニヤしつつ戒斗の言葉に答えていた。あの後、香華自身の類稀なる美貌のせいもあってか、男子生徒のみならず女子生徒からも質問攻め。一目惚れだと言って愛の告白までする奴が出てきたもんだからもう収拾がつかない。始業式に向かわなきゃならないってのに、肝心の担任代理たる朋絵にもどうしようもないぐらいに混乱した結果、初日早々戒斗が威嚇射撃をする羽目になった。それで事なきを得たのだからまだ良かったのだが……隣のクラスから教師が発砲音を聞き付け飛んできたりだとか、天井に9mmの弾痕が穿たれたりだとか。中々に災難な一日になっていた。

「……でも、本当に謎。貴女程の人物が何故、このような場所に」

 遥は身体を半身に乗り出し、問う。すると香華は戒斗の時と打って変わった態度で少し思い悩むと、言った。

「そうねぇ……強いて言うなら、『普通の学園生活が送ってみたかった』かな」

「何だって?」

 思わず聞き返してしまう戒斗。

「そのまんまの意味よ。私ってさ、こんな家柄だから。所謂『お嬢様学校』にしか通えなかったのよね……でもさ、なんか違うじゃない? 打算まみれで、立ち回り一つに至るまで完璧を求められる学園生活。そんなの、面白くないじゃないの」

 意外にも、割と真面目な方向で香華は話始める。「成程ね。大体の事情は察した。しかし解せん。何故数ある学園からここを選んだ?」と戒斗。

「いやね、そのことを佐藤と麻耶に相談してみたのよ。そしたら二人共、『あの傭兵が居るところなら大丈夫だろう』ってね。笑えちゃうわ。私が普通の学園に通うのを、一番反対してた立場のはずなのに」

「ふむ……」

 大体事情は分かってきた。憶測になるが、香華は今までそういった学校に通っていた。しかし、彼女自体は普通の学園生活を送りたい。だが、安全面やその他諸々を考慮してしまえば、西園寺の私兵部隊の一員である佐藤や、彼女の近衛メイドの麻耶には到底認めるわけにはいかないことだった。しかし――そこに、”黒の執行者”が現れた。つまりはそういうことだろう。戒斗の傍に置いておけば、安心と。

「ったく、俺に何人抱えさせる気だよ……」

 そう言って戒斗は頭を抱える。正直、琴音の護衛だけでも手一杯なのは事実だ。相当な戦力になる遥が居てくれる分まだ心強いが、それでも戒斗の負担が増えることには変わりない。

「――私の立場から言わせて貰えば、今回の提案はかなりプラスだとは思うけど」

 唐突に頭の上から降り注ぐ、第三者の声。突っ伏した姿勢から顔を上げると、そこに立っていたのは『戦部傭兵事務所』の社員にして、元は義賊として崇められた天才的スーパーハッカー”ラビス・シエル”ことあおい 瑠梨るりだった。そういえばこうして、互いの正体を知った上で教室内にて会うのは初めてだった。

「ああ、なんだ。瑠梨か」

「何だとは失礼ね。とにかく、社員の立場から言わせて貰えば、今回の提案は棚から牡丹餅なんて次元じゃないわよ?」

「どういう意味だ」

「そのままの意味よ。貴重な顧客が自分から降ってきてくれたんじゃない。手放しで喜びはすれど、そんな態度を取る理由はないんじゃない?」

 瑠梨の主張は最もだ。幾つもの大企業を束ねる名家、西園寺家の跡取りである香華ともなれば、その報酬は計り知れない。しかし、戒斗にはどうにも納得できなかった。

「ま、そうだけどよ……基本的にコイツからの依頼は無料ロハでやるつもりだ」

「はぁ!? アンタ正気!?」

「正気も正気さ。借りもあるしな。報酬を貰わない分、何かと支援を提供して貰う形になる。それならこちらにもメリットがあるだろ?」

 瑠梨は納得いかないような表情を浮かべつつも、「ま、まあそうだけども……」と言った。

「はーい、戦部くん居るかなー?」

 いつの間にやら教室に入って来てきた朋絵が、こちらに駆け寄りつつ声を掛けてきた。「ああ、居るぜ。ここにな」と戒斗。

「理事長がお呼びですっ。HR(ホームルーム)が終わったら理事長室まで行くこと。あ、折鶴さんと長月さんも一緒にね?」

「は? それはどういう――」

 一応訊いてはみるが、やはりというか朋絵も詳しいことは聞かされていないようで「うーん、分かんない!」と、無垢だが妙にムカつく、舌をペロリと出した笑顔で答えた。

 よく分からないまま、朋絵は教壇に立ち、HR(ホームルーム)の授業を始める。とにかく、理事長に会ってみれば分かることか。





 そしてHR(ホームルーム)が終わり、放課後。言われた通り、琴音と遥の二人を連れ理事長室の前まで来た戒斗は、木製の扉をコンコン、と二回ノックする。「どうぞー」と扉の向こうから聞こえる、女性の声。

「失礼します」

 そう言いながら扉を開け、中へと入る。理事長室の中は典型的なソレで、絨毯の引かれた床と、木製の上品な調度品類。対面した応接ソファにテーブル、その前には理事長机があり、いかにもそれっぽい背もたれの長い椅子に座っている、スーツを着た女性の姿が一人。見た感じ三十代半ばぐらいだろうか?

「戦部 戒斗、以下二名、参りました」

 直立不動で、仰々しい挨拶をする戒斗。するとスーツの女性は椅子から立ち上がり、彼と正対する。

「あらあら。久しぶりね。戒斗くん」

「……は?」

 意味が分からなかった。少なくとも戒斗の記憶の中では、こんな女性と面識はない。初対面のはずだ。

「あー、失礼。そりゃ覚えてないわよね。だって、貴方が赤ん坊の頃だもの」

「失礼ですが、貴女は?」

「ああごめんね。自己紹介が遅れたわ。私は有村ありむら 早苗さなえ。ここの理事長をやらせて貰ってるわ」

 差し出された早苗の手を握り返す戒斗。成程、噂には聞いていたが、確かに見た目は若い。事務員か何かだと思ったぐらいだ。確実にその外観は三十代半ばぐらいなのだが、確か実年齢は四十代後半か、下手をすれば五十に届いていたはずだ。

「で、理事長は何故、僕のことを?」

「そんなに改まらなくたっていいわよ、戒斗くん――そうね、どこから話したものかしら……とにかく三人共、とりあえず座って。お茶でも出すから」

「……そりゃ助かる。どうもこの喋り方は硬っ苦しくていけねえや」

 早苗に促され、三人は応接ソファに、左から琴音、戒斗、そして遥の順で横並びに座る。間も無くして、小さな湯呑みで出された三人分の緑茶。早苗も自身の分を持って、対面のソファに腰掛けた。

「私はね、貴方の、戒斗くんの父親――戦部いくさべ 鉄雄てつおと古い友人……だとちょっと語弊があるけど。まあ腐れ縁みたいなものなの」

「……なるほど」

 早苗の言った一言で、全て合致がいった。唐突な帰国の提案と、傭兵である戒斗が容易に学園へと受け入れられ、転入を受理されたこと。そして、作為的とも見える琴音との再会。

「親父は最初から、仕組んでたってわけか」

「あら、聞いてなかったの?」

 意外そうに言う早苗に、戒斗は「ああ。全くだ」と辟易したように返す。

「なら折角だし、事の真相を全部話しちゃいましょうか」

「いいのか、そんな簡単に」

「いいのよ。どうせ遅かれ早かれ分かることだし――貴方の父親、つまり鉄雄ちゃんは簡単に言えば、琴音ちゃんのお母さんから依頼を受けて、貴方をこの神代学園へと送り込んだ。護衛の為にね」

「成程」

 恐らく鉄雄は、全て分かった上で戒斗を送り込んだ。琴音のことを覚えていることも、彼女を護衛すべく、同居生活を送ることも。そして――予め知っていたのだろう。”方舟”のことも。それなら、琴音の母親が奇妙なまでにすんなりと、護衛目的の同居生活を快諾したことにも納得がいく。全て、話は通っていたのだ。

「全く、あのクソ親父ときたら……」

 もう辟易を通り越して困惑を覚える戒斗。同時に、今の自分では父親である鉄雄に未だ敵わないことを痛切に感じ、どこか悔しさも覚えた。

「鉄雄ちゃんは私にまで危険が及ぶからって、全ては話してくれなかったけど……少なくとも、凄く大きくて、とんでもない連中を相手にしている事だけは教えてくれたわ」

「ま、そういうことになるな」

「……それで、私は何故、呼び出されたので?」

 話題を切り替えるかの如く、唐突に遥は口を開く。「ああ、貴女も一応確認しておきたくてね。簡単に言っちゃえば忍者なんでしょ?」と早苗。遥はただ頷いて答える。

「やっぱり。この間電話で鉄雄ちゃんに聞いたんだけど、今でも実在するのね……」

 そういえばこの間、鉄雄から電話があった時にポロっと遥のことを話していたのを今更に思い出す戒斗。きっとネタになると思ったのだろう。鉄雄は早苗にも話していたようだ。先程までのシリアスな雰囲気とは一転、早苗は目を輝かせて彼女に色々と質問している。

「やっぱり、色々忍法とか出来るの? 例えば……影分身の術とか!」

「出来ません」

「えー。それじゃあ、水遁の術!」

「やろうと思えば出来ないことはないでしょう。ですが……ダイビング装備や、NAVY SEALsのような部隊が発展した現代では、確実に不要かと」

「浪漫がないのね……手裏剣は?」

「一応使えますが、正直言って自動拳銃のが便利です」

 ……なんて阿呆なやり取りが続く中、これまた唐突に話題をぶった切り、早苗は言った。

「あ、そうだ戒斗くん。明日でいいんだけど、生徒会の方にも顔出しておいて」

「はぁ?」

「ちょっとスカウトがあったのよ」

「……冗談だろ?」

 不穏な予感が脳裏をよぎる。どうやら、逃亡中以上に波乱の毎日が訪れそうだ。この二学期は……戒斗は本能的に感じ取り、溜息を吐かずにはいられなかった。

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