Get back.
『一転、奇跡の証明を果たした傭兵、戦部 戒斗さんは――』
『物的、及び状況証拠は全て完璧なまでに揃っているものの、真犯人の死亡により――』
「手の平返しやがって、ハイエナ共が」
戒斗はいつも通りの紅茶を啜りつつ、リモコンを手に取り、不快で、そして同じ内容ばかり繰り返す報道番組を垂れ流していた液晶テレビの電源を落とすと、ふと窓の外を見やった。時刻は午前十一時半。太陽は高く、焼き尽くさんとばかりに降り注ぐ真夏の太陽光は、閉め切った窓越しにも暑く感じさせるほど、ギラギラしていた。入道雲の浮かぶ青空を窓越しに眺めつつ、戒斗はティーカップの紅茶を啜る。
――あの夜から、既に一週間が経過しようとしていた。凶悪逃亡犯であった戒斗は無事、身の潔白を証明。誤認ということで晴れて無罪の身となったのだが、肝心の真犯人たる、ロサンゼルス市警より出向中の女性刑事『エミリア・マクガイヤー』の死により、結局事件は有耶無耶のまま幕を閉じようとしていた。事の真相のある程度を戒斗は把握していたが、それは敢えて警察には話さなかった。元より、極力他人を関わらせないように”方舟”と戦うつもりである。これ以上高岩刑事に重荷を被せることは、戒斗には出来なかった。下手をすれば、彼の命も危ないのだから。
「事件も解決。晴れて自由の身。大手を振って娑婆に出られるは良いが……はぁ」
後のことを考えると、戒斗は溜息を零さずを得なかった。潔白は証明された。確かに無罪だ、戒斗は。しかし逃走中にあれだけ大々的に報道されたのだから、あれだけ隠し通していた、戒斗が傭兵だという事実は嫌でも周囲にバレてしまったことであろう。彼の潔白が証明されたと、これまた大規模に現在進行形で報道されているといえ、二学期早々の大仕事たるクラスメイトへの対応のことを考えると頭が痛くなる。
「戒斗ー、今暇?」
「当たり前だろ。寧ろ暇な時間を謳歌していたとこだ」
呼びかけてきた琴音は戒斗の座るソファ、その隣に腰掛けると、一枚のチラシを彼の前に差し出してきた。内容を読んでみると……
「なんだこれ? 花火大会」
「そ、花火大会。今日の夜に近くであるんだって。行ってみない?」
「ふむ……」
少し思案する。確かに悪くない提案だ。日本に帰国してから見ていない花火。彼にしてみれば十年ぶりのイベントだ。しかし……”方舟”が琴音を狙っていることを考えると、呑気に花火大会などに現を抜かして良いものなのかと思い留まってしまう。
「……心配するのも分かるけどさ」
ぼそりと琴音が呟く。
「あれだけ張り詰めてたんだから、そろそろ息抜きしても良い頃合いだと思うよ?」
「しかしだな……」
折角の提案だ。無下に断ることはあまりしたくはない。それに自分自身、十年振りに眺めに行きたいのは事実だ。しかし、しかし今の状況で易々と……
「大丈夫よ。戒斗に、それとリサさんがあれだけ鍛えてくれたんだもの。自分の身ぐらいある程度自分で護れるわよ。それに……」
「それに?」
「万が一の時は、戒斗は必ず助けに来てくれる。そうでしょ?」
「……はぁ。分かったよ。分かった。行こうじゃないの」
そう言われてしまえば、戒斗とて了承せざるを得ない。しかし、『自分の身ぐらい護れる』ね。前じゃ考えられなかった一言だ。
「随分と、言うようになったもんだ」
「んー? なんか言った戒斗ー?」
「いや、なんでもねえよ」
その時、インターホンが鳴る。はいはい、とソファから立ち上がった戒斗が小走りで玄関に向かい、ドアを開けた先に立っていたのは――遥だった。私服姿だから、一瞬誰か分からなかったが。
「誰かと思えば」
「……どうも」
「よく分からんが立ち話もアレだろ。とりあえず上がんな」
遥を招き入れ、いつも通り応接間を兼ねたリビング、そのソファへと座らせる。彼女は既に松葉杖は使っておらず、傷も快方へ向かっているようだった。
「で、何の用だい?」
新たに注いだ紅茶のティーカップを出しつつ、戒斗は問う。遥は軽くお辞儀をすると、一度紅茶を口に含んだ後、言葉を紡ぎ出す。
「この間の件で」
「何か、進展でもあったのか」
「ええ。彼女の――死亡したエミリア・マクガイヤーの弟の件で、進展が」
やはりか。と戒斗は納得したように頷く。あの後、彼女には弟について調べを進めておくように言っておいたのだ。敵とはいえ、元は戒斗の頼れる相棒だった女の弟。勿論会ったことも無い相手だが、気にならないと言えば、それは嘘になる。一週間前の段階ではまだロサンゼルスの病院で入院していた筈だが……
「単刀直入に言ってくれ、遥」
逡巡するように口ごもる遥だったが、ゆっくりと口を開く。
「……一昨日、死亡が確認されました」
「やはり、か」
エミリアの弟の死。悲しいことであるが、戒斗の予想通りではあった。駒であるエミリア・マクガイヤーを失い、それを操る、いわば首輪だった弟は今や、金のかかるだけの置物に過ぎない。今更存在価値など無かった。放っておけば死ぬ人間に、わざわざ金を投じるほど”方舟”も甘くはないということだろう。当たり前の話であるが。
「他に、何か掴めたことはあるか?」
「申し訳ない。これ以上、戒斗に伝えられることは、何も」
「いや、それだけでも十分収穫だ」
少なくとも、エミリア・マクガイヤーの起こした一件はこれで全てが片付いたことになる。また、振り出しに戻るわけだ。
「そうだ。結局あの後、武家屋敷はどうしたんだ?」
沈みかけた空気を変えようと、戒斗は唐突に話題を振る。武家屋敷。つまりは逃亡生活中に遥の用意した隠れ家のことだ。全て解決したあの夜以降、戒斗は一度も武家屋敷に足を運んではいないのだが、今になって気になってしまうのである。
「あそこは元々、私の拠点の一つですから」
「マジで?」
「マジです」
まさかの新事実発覚。なんとなく住み馴れてる感じはあったが、まさか本当に住んでいたとは。
「あんな広い屋敷に、一人でか?」
「ええ」
「……流石に寂しくもなるだろうて」
「否定は……出来ませんね」
お互い苦笑いを浮かべる。二人でも十分持て余すあの広さの屋敷で、一人暮らし。あまり考えたくはない。狭すぎる家というのもアレだが、広すぎるのもかえって困る。人間とはつくづく贅沢な生き物だと、改めて実感させられた。
「まあ、そうだな……たまにはこっち来ても良いんだぜ?」
「……ありがとうございます。どちらにせよ、貴方は私の主。流石に戒斗とて私との同居は憚られるでしょうが、それぐらいなら問題は無いでしょう」
「いやまあ、住んじゃっても問題ないといえば、無いんだがな……」
今度は布団まで追い出されて、ソファで寝起きする生活になっちまう。そうとは言えなかった。事実、この家のベッドは大して使う間も無く琴音に接収され、正直戒斗自身あのベッドで寝た記憶が殆どないのだ。折角自室に布団まで用意したのに、次はソファで寝起きというのは勘弁して貰いたい。
「ん? あ、遥。来てたんだ」
たった今リビングに戻ってきた琴音は、どうやら今まで遥の存在に気付いていなかったらしい。挨拶でもするように、遥は軽く会釈をする。
「あっそうだ。ついでだし、遥も連れて行ったら?」
「何にだよ」
「花火大会に決まってるでしょ」
と、いうわけで時間は過ぎて午後七時ちょっと過ぎ。何故か家の押入れに突っ込んであったダンボールにあった無難な紺色の浴衣(どうやら父・鉄雄が折角日本に帰るんだからと、荷物の中に紛れ込ませていたらしい)に着替えた戒斗と、同じく浴衣姿の琴音は草履を鳴らし、夏の夜空の下、河川敷近くを歩いていた。肝心の花火大会の場所は、戒斗達の住むマンションから川沿いに十分程歩いた先にある寺の境内。遥とは現地合流という形になっている。
「それにしても戒斗、案外似合ってるじゃない。浴衣姿」
「そうかぁ? 正直着慣れないもんで違和感しか無えが」
ロサンゼルスで暮らしていた時期が長かった彼にとって、和服、そして草履という装備は歩きにくいことこの上無い。正直さっきから五回ぐらい転びそうになっている。
「そういうお前は、随分慣れてるみたいだなぁ?」
「まあね。友達同士で行くことも何度かあったし」
隣を歩く琴音は戒斗とは対照的に、慣れた歩調で余裕を見せていた。どこか日本的な印象を残す彼女のこういった姿は不思議と似合っており、月明かりに照らされた彼女の佇まいは中々に画になる。
「向こうじゃ花火なんてなぁ――ぬおっ、何だ!?」
戒斗が話題を切り出そうとしたその瞬間、突然夜空が文字通り、震えた。高射砲のVT信管が炸裂したかのようなそれは、夏の大三角形が浮かぶ夜空に巨大な円形の火花と、耳をつんざく轟音。そして微かな衝撃波を巻き起こす――フレアか、照明弾か!? 一瞬そう思い身構えたが、それにしてはあまりにも周囲の雰囲気が呑気すぎた。
「ぷっ……か、戒斗……?」
そんな戒斗の姿を眺め、笑いを堪えて震え声で琴音は話しかける。戒斗が物凄い真顔で「何だ!?」と迫真の表情で言うと、遂に彼女は噴き出した。
「あはははははっ! アンタ、何をそんな身構え……ひひひっ、あーおかしっ」
「なっ……何をそんなに笑ってやがる!?」
「な、何だと思ったのよさっきの……くくくっ」
笑いを堪える琴音の問いに一瞬口ごもった戒斗だが、震えた声で「……は、花火に決まってんだろ」と答える。
「嘘よ、嘘……っ。あの反応は絶対花火なんて思ってないってば……くくはっ。あーホントおっかし」
「あーもう! そうだよ! 一瞬対空砲かと思いましたすいませんねェホントにィィッ!!」
そんな馬鹿馬鹿しい会話を交わしている内に、目的地である寺へと二人は到着した。境内へ入ると、様々な出店や盆踊り、その他諸々が軒を連ねている。所謂『夏祭り』という奴だった。
「えーと、遥は……あー、居た居た! おーい、遥ー? こっちよ、こっちー!」
境内へと足を踏み入れてすぐ、待ち人の姿を見つけた琴音は手招きをする。人の間を縫ってちょこちょこと出てきた小柄な遥は、やはり浴衣を身に纏っていた。同じ和服系統だからか、私服よりか見慣れた雰囲気の彼女であるが、いつもの忍者装束とはまた違った趣の浴衣と、色合いの違いからか、普段よりか柔らかい雰囲気に包まれて見える。
「……さっきぶりです。戒斗」
ぺこり、とお辞儀をする遥の髪には、紅い簪が揺れていた。そういえば、こういった純和風な趣の交友関係は今まで無かったな。と戒斗はそれを見て、ふと思う。
「そいじゃあ早速、回るとしますかね」
そう言って戒斗は、一時休憩なのか、花火の止んだ夜空を見上げつつ、二人を連れ境内を巡る。盆踊り大会を横目に眺めつつ、出店の立ち並ぶ一帯へ。定番のたこ焼き屋や綿菓子、金魚すくいは勿論のこと、小さなお化け屋敷と一風変わったモノも。いや、わざわざ夏祭りでお化け屋敷というのもどうかと思うが。
「お、なんだこれ」
そんな出店群を眺めつつ歩いていると、戒斗はあるものに気付き、とある店の前で脚を止めた。それは射的屋。ワインなんかに使われるコルク材を台形状に成形した弾を、エアー・コッキングの低圧力空気銃で撃つ、アレだ。職業柄そういった代物が無意識の内に目につくというのもあるが、その辺抜きでこういうモノは意外にも戒斗は好みだった。寧ろ、職業柄が故、というべきでもあるが。
「面白そうだな。やってくか、琴音」
「ん? ああ、射的ね。いいじゃない。丁度いい腕試しだわ」
琴音と共に、出店の前へ。射的屋といってもただの射的屋ではなく、これまた一風変わったことにブースと銃種が二種類あった。典型的な曲銃床のライフル型と、拳銃型のモノ。後者は琴音も初めて見るようで、興味津々と言った表情だ。
「おっちゃん、幾らだい?」
「両方とも、五発で三百円だ」
「ほい、二人分頼むわ」
戒斗は店番のオヤジに六百円を手渡し、それぞれコルク弾が五発ずつ入った皿を二枚手渡される。一枚を琴音に手渡し、戒斗は拳銃型の方へ。琴音はライフルを手に取る。
「まずは俺からだ」
「さーて、天下の戒斗様はどれだけ落とせるかしらね?」
「ま、見てな……」
ニヤつく琴音が隣で眺める中、戒斗は拳銃型のコルク銃を手に取る。意外にも大柄で、サイズはイスラエルの大口径自動拳銃、デザート・イーグルに近い感触だ。銃身の右側面にはエアー圧縮用のコッキング・ハンドル。グリップは木で出来ており、ライフルのように銃身下部を半分ぐらい覆っていた。どちらかといえば、握った感触はトンプソン・コンテンダーに近い。
戒斗はコルク弾を一発手に取り、銃口から先込めで装填。コッキング・ハンドルを引き、ピストンを圧縮しエアーを充填する。右腕を伸ばし、片腕のみで構える。
正直お粗末と言っていいサイトから眺める、棚の景品群は意外にも豪華だった。定番のラムネ菓子やその辺はさておき、今流行りの携帯ゲーム機や、どこかチープな印象のトイガン――九割方、中国で生産されたものだろう――、中には装飾品のような一風変わった代物まで棚にはあった。戒斗はとりあえず、段の真ん中辺りをを狙う――引き金を引き絞り、発砲。慣れ親しんだコルダイト火薬の発砲音と違い、圧縮エアーのそれは間抜けな音だった。発射されたコルク弾は予想の斜め上の弾道を飛び、そのまま虚空へと吸い込まれていく。
「はっずれー。下手くそ」
「やかましいッ。一発は様子見だ、様子見」
何はともあれ、これで弾道は分かった。隣のブースで自分も始めた琴音を横目に、戒斗は次弾を装填する。次は外さない。両手で銃を保持し、教科書通りのウィーバー・スタンスで構え――発砲ッ!
カァン! と、戒斗と琴音、二つのコルク銃から放たれた弾の着弾音が重なる。ゴトリと落ちた景品は二つ。定番の、円筒形のよく分からないラムネ菓子だった。店番のオヤジが目を点にして彼ら二人の姿を唖然と見ている。
「私が一点リードね」
「射撃は数じゃねえ。質だ」
「ん? それ戒斗が言えることじゃないでしょうよ」
不敵な笑みを浮かべる二人は、二つ、三つと次々に標的を叩き落としていく。オヤジの顔が段々青ざめてるのは、きっと気のせいだろう。確実に目玉商品たる携帯ゲーム機を敢えて狙わない程度の慈悲は見せているつもりなのだが。
「俺は最後だ。お前が先に撃て、琴音」
「はいはい。それじゃ、お言葉に甘えて――っと」
スタンディングでライフル型コルク銃を構える琴音は、二発残った皿から一発コルク弾を取り出すと、やはり先から装填。コッキング・ハンドルを引き、銃床に頬付けして狙う。風は右から左、微風。距離は数m。気にする程じゃない。右下へジャイロを描いて曲がる弾道。修正完了。息を大きく吸い、八割近く吐き出して止める――そして、引き金を引き絞った。
琴音の放ったコルク弾は、彼女の読み通りの軌道を描き着弾。コトン、と間の抜けた音を立てて落ちた景品は、やはり円筒形の容器に入ったラムネ菓子だった。
「これで今のとこ、百発百中ね。さてさて。天下の戒斗様はどうやって巻き返すつもりかしら~?」
「まあ見てな。これで泣いても笑っても、最後の一発さ」
二人は同時に最後の弾を込め、コッキング・ハンドルを引いて構える。狙うのは、棚の上から二段目。そして二人は、引き金を引き絞った。
――そして、棚から落ちたのは、二つだった。それらを全て集め戒斗達に渡す店番のオヤジが半分白目を剥いていたのは、きっと気のせいだ。うん、そうに決まってる。
「……兄ちゃん達、プロだね?」
白目気味のオヤジにそう言われるが、戒斗は「さあね。気のせいじゃないか?」としらばっくれる。
「嘘をつけ。あんな眼で射的やる奴なんてなぁ、確実にヤバイ連中よ」
「そんなにアレな目付きなのか、俺……? まあいいさ。運が無かったと思ってくれ」
そう言って、戒斗は琴音を引き連れ店から離れた。手裏剣投げのようなよく分からない、珍しい屋台で思いっきり観衆の注目を浴びる遥の姿を尻目に、そこから少し離れた所にある石段に二人は腰掛け、双方の奪い取った戦利品を見せつけ合う。
「私はラムネが五つ。全弾命中よ。これなら勝ち確定ね」
「ぐぬぬ……同じラムネが、み、三つだ」
「ふふん。これで私の勝ちね! ざまあみなさい」
勝ち誇る琴音に対し、戒斗は不敵な笑みを浮かべて告げる。「いや、まだだ」
「えっ? 何言ってんのよ戒――」
瞬間、彼の顔と急速に距離が近付く。あまりにも唐突過ぎて琴音の思考回路は上手く動かないが……これは、もしかして!?
「――これで良しだ」
そして戒斗は、琴音から離れる。しかし彼女はゆでだこの如く顔を真っ赤にしたまま硬直して動く気配がない。
「ん、おい琴音? 琴音さん? 琴音様? おーい?」
「――はっ!?」
やっと目が覚めたようだ。状況が掴めないようで、何故か周囲をキョロキョロと見回している。
「私、今何を――あっ、そうだ! かかかか戒斗!!? 今さっき私に何をなされ申しなされたで候ございましょうかっ!!??」
「落ち着け落ち着け。色々と言語がおかしい。ホラ、頭触ってみろ」
言われるがままに髪を触ってみると……何か身に覚えのない感触が。
「え、何これ?」
「ほらよ。見てみな」
ポイッと戒斗から投げ渡された折り畳みの小さな薄い手鏡で見てみると――自分の髪に、見慣れない、紅い玉や装飾が少し垂れる、雅な印象の簪が差さっていた。
「さっきの射的の景品さ。似合うと思ってな。安物で悪りぃが、その内良いの買ってやるよ」
「あ、ありがとう……」
先程までとはいかないまでも、やはり頬を紅潮させ、鏡に映った自分の頭の簪を見て琴音は呟く。いつもより小さく縮こまった彼女の頭頂部に、戒斗はポン、と自分の片手を乗せた。
「ふぇっ!?」
素っ頓狂な声を上げる琴音をよそに、戒斗はその指通りの良いサラサラな髪をワシャワシャと撫で回す。そして、いつになく憂いだ表情で、彼は言った。
「……すまなかったな。突然とはいえ、一時的にでもお前から離れて」
「う、うぅ……」
「俺の最優先事項は琴音、お前の護衛だ。それを蔑ろにして……悪かった。本当に」
天空で瞬く、一条の光。彼方まで伸びたそれは、黒き夜で爆ぜ、星空に一輪の大華を咲かせる。その瞬きは、まさに閃光の如し一瞬。再開された花火の閃光が、戒斗の、そして琴音の横顔を照らし出す。
「そうね。確かに私を置いていったのは駄目ね」
「……すまな――あ痛ぁ!」
唐突にデコピンをかまされ、悶絶する戒斗。その様子を見て満足気な琴音は、クスクスと笑いながら言う。「これと、この簪でおあいこでいいわ」
「気に入って、くれたのか?」
「ええ。とっても」
そんな二人の元へと、幾多の戦利品を抱えた遥が戻ってくる。二人は今一度見合い、そして立ち上がる。
夏の終わりを象徴するかのような炎の大輪の元、ここに”黒の執行者”――戦部 戒斗は帰還した。




