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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第五章:過去からの刺客!? 凶悪逃亡犯の名は戦部 戒斗
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 とある一日の昼下がり。琴音はまた、一人道を歩いていた。やはりというべきか、今回も食材の買い出し。一人とはいえ、意外と消費量は多い。こうして定期的に補充しておかねば、いざ食事を摂ろうとしても無かったりしてしまう。

「暑っついなぁホント……」

 道行く車の列を眺めつつ、真夏の日差しを頭から浴びる琴音は恨めしそうに呟く。それもその筈。本日の最高気温は摂氏三十五度也。最早殺しに掛かってるといっても過言でない猛暑なのだから、彼女が汗だくなのも必然と言えよう。

「こんな日に私を歩かせて。あの馬鹿帰ってきたら絶対容赦しない……」

 そんなことをブツブツと呟きながら歩く。傍から見れば不審者そのものだが、琴音はそれにすら気づいていない。

 スーパーまでの近道である脇道へと入る。ここいらは工場地帯で人気が少ないのだが、一方通行の車道は勿論車通りも少ない。いや無いに等しかった。ゴーストタウンにでも紛れ込んでしまったかと一瞬錯覚するほどに、その一帯は静かだった。しかしまあ、琴音とてこの道を使うのは一度や二度ではない。最初こそ多少の恐れはあったものの、今では何食わぬ顔で通り抜けることすら可能だった。

「ん?」

 そんな人気のない道で、珍しく琴音の前から三人組の一団が歩いて来るのが眼に入った。三人共黒い背広を着ている辺り、営業マンか何かか? そう思うと、後ろからも足音が聞こえてきた。まさか、と思って振り返ってみれば案の定。前から来る連中と似たような服装の奴らだった。

「冗談でしょう?」

 お決まりの定番パターンで行けば、ここは琴音が襲われるタイミングだ。というかほぼ確実だった。同じような服装の男達が突然現れ、前後から挟んでくるなど偶然とは到底考えにくい。しかし、彼女とて黙って”黒の執行者”の傍に居たわけでは無い。反射的に別方向へと走り出しつつ、今は居ない彼に教えられた通りの動きでショルダーホルスターからベレッタPx4ストーム自動拳銃を抜き、安全装置セフティ解除。初弾が薬室チャンバーに装填されているのを確認してから、撃鉄ハンマーを起こす。

「やっぱり、そういうパターンなのねッ!」

 予想通り、男達は琴音の予想外の動きに驚きつつも、走って追いかけてきた。これで彼らが『敵』だというのはほぼ確定的になる。自分の足の速さでは逃げ切ることは不可能と判断した琴音は反転し、立ち止まってPx4を両手で保持して構える。右腕を斜めに、真っ直ぐ伸ばし、左腕はグリップを握る右手に添え、脇を締める。教科書通りのウィーバー・スタンス。

「追って来ないでよッ!!」

 人差し指で引き金トリガーを引き絞り、発砲。シアが落ち、撃鉄ハンマーが撃針を叩いて発火。静けさに支配された工場地帯に乾いたコルダイト火薬の発砲音が響く。

 追っ手の男達は訓練された動きで発砲に反応し、物陰に身を潜める。そこにダメ押しにと琴音は三発続けざまに放った後、再び走り出した。男達は琴音が逃げ去ったのを見ると、各々の得物を手に彼女を追う。





「畜生ッ! スペード・エースから全チームへ緊急通達! ケース・レッド発生! 繰り返す、ケース・レッド発生ッ!!」

 一方、陰ながら琴音の護衛に当たっていた西園寺私兵部隊の佐藤さとう 一輝かずきは無線機に叫び、糸が弾けたように、バイオリンケースを片手に路上駐車したセダンの運転席から飛び出していた。スーツの黒いジャケットを翻し、走る。

<なんですって……!? ああもう、クイーンから全スートへ。目標(パッケージ)の安全確保を最優先! 秘匿はもう気にしないでいいから、急いで!!>

 無線機の向こうでオペレータのキエラ・バルディラが叫ぶ。彼女の見ているであろう無人偵察機プレデターのカメラが捉えた映像は、よっぽど危機的状況なのだろう。無線のかつてない混み様から、全スートが慌てて動き出したのが容易に感じ取れる。

「状況は!?」

目標(パッケージ)は現在、約六人の敵に追われている模様! 他にも三、四……囲まれてるわ!>

「読まれてたか……!」

<スペード・エース、貴方が一番近いわ。そのまま直進して。約二十秒後に彼女と接触できるはず>

 了解の意を告げ、バイオリンケース片手に佐藤は走る。そしてきっかり二十秒後、目標(パッケージ)こと折鶴 琴音はその長いポニーテールを翻し、姿を現した。

「こっちだッ!!」

「えっちょっと――」

 琴音の手を引っ掴み、ブロック塀の陰へと隠れさせる。彼女が困惑しているのを横目に佐藤はバイオリンケースを展開。中に収められていたベルギー製のPDWパーソナル・ディフェンス・ウェポン、P90を取り出すと五十連弾倉を突っ込み初弾装填。向かってくる敵と思しき連中へ向け連射フルオートで5.7mm弾を叩き込む。

「あ! 確か香華のとこの……!」

「説明は後だ嬢ちゃん! 今はアンタの身の安全が最優先ってことよ!!」

 どうやら佐藤に気付いたらしい琴音を庇いつつ、佐藤は予備の弾倉をズボンとベルトの間に捻じ込むと再び彼女の手を引いて走り出す。

「こちらスペード・エース! 目標(パッケージ)を回収。スート・ハートを回してくれ!!」

<了解……と言いたいところだけど。十五秒後に接敵、正面!>

 キエラの指示を聞いて立ち止まり、琴音を隠すと佐藤は膝立ちになってP90を構える。やはりきっかり十五秒後。スーツを羽織った三人の男が、短機関銃サブマシンガン、MP5Kを携え道路の角から姿を現した。

「邪魔だッ!!」

 その三人へと佐藤は、備え付けのダットサイトで正確に狙いを付けP90を撃つ。完全に不意打ちだった彼らは無防備な姿を晒し、その身体を5.7mm弾で引き裂かれ地に伏せる。完全に致命傷だった。数分もしない内にあの世行きだろう。

「行くぞッ!!」

 そしてまた、彼女の手を引いて走り出す。日本と、いやこの世界と思えぬ無限回廊に紛れ込んでしまったかのように佐藤は錯覚する。周りが敵だらけ、出口も見えない無限回廊。弾が尽きれば、それでジ・エンド。

<――ッ! 待って! その先には――>

 キエラの警告が聞こえた頃には、既に遅かった。佐藤と琴音。二人の前に立つのはスーツ姿でMP5Kを携えた三人の男ともう一人。真正らしいブロンドの金髪を翻し、口を歪め犬歯を露わにして嗤う、一人の男の姿が。

「ちょっと……冗談キツイわよ」

 Px4を金髪へ向け構えた琴音の声色は、震えていた。

「ああ。悪い冗談だ、ホントによ……」

 そう言ってP90を構えた佐藤も、琴音同様金髪の男には見覚えがあった。”黒の執行者”の宿敵にして、人類史上最もイカれた男。その名は――

「浅倉……浅倉あさくら 悟史さとしッ……!!」

 最も出会いたくなかった男の名を、佐藤は呟いた。





「何……何だって? 冗談はよしてくれ。言っていいことと悪いことがあるぜ」

<残念ながら、事実よ……ウチのチームが現在交戦中だわ>

 電話越しに香華から告げられた一言は、戒斗にとって悪い冗談にしか聞こえなかった。

「オイオイ……なんだよ、なんだよこのタイミングで……浅倉の野郎ッ!!!」

 激昂し、思わず手に持っていた携帯電話を叩き付けそうになる。がすんでのところで躊躇い、再びスピーカーを耳へと押し当てた。

「……今から向かう。場所を教えろ」

<駄目よ。今貴方が動いたら、折角冤罪証明のチャンスが――>

「んなこと言ってる場合か!? 琴音が狙われてんだぞ!!」

 制御しきれず、声を荒げてしまう。しまった、と今更になって思った戒斗は一度思考をクールダウンさせた後、「すまない」と一言詫びる。

<別にいいわよ。アンタの気持ちも分かるし……でもね戒斗>

「でも、もへったくれもあるか。浅倉は……あの屑は俺の手でブチ殺さにゃならねえ」

<待って。落ち着いて。ウチのチームを、いや佐藤を信用してあげて。なんとしてでも琴音は逃がすから>

「冗談だろ? あの浅倉からだぞ?」

<冗談で言っているように聞こえて?>

「……いや。すまなかった。畜生、どうすることも出来ねえってか……頼んだ」

<任せなさい。アンタはそっちに集中して。それじゃあ>

 そして通話は切れた。携帯を折り畳み、戒斗は再び目の前のクレイモア地雷に取り掛かる。柔らかい土の地面に脚を突き刺し、適当な柱に括り付けた細いピアノ線を利用したワイヤー・トラップを構築。最後に安全ピンを抜く。自分が引っかかってお陀仏なんて間抜けな真似をしないよう留意しつつ、次の敷設場所へと戒斗は向かう。

「畜生……」

 やりきれない想いを吐き捨てる戒斗が歩くここは、人気の少ない郊外に出来る予定の、とある大型ショッピング・モールの建設現場だった。時刻は午後六時過ぎ。既に作業員の気配はない。

 略地図を参照しつつ、次のクレイモア敷設ポイントへ。斜め掛けに背負ったバッグからまた一つ、クレイモア地雷を取り出し脚を展開。先程と同じ手順で敷設し、地図に紅いマーカーで丸を付けてから次のポイントへ。そうして敷設すること、全二十四ヶ所。全て敷設し終わった頃には午後七時半を超えていた。

「あーあー。俺だ。クレイモアの敷設完了。そっちは?」

<……タレット、及び予備火器の配置は完了しています。後は、待つだけ>

 無線機の向こうから聞こえるのは、遥の声。負傷しているものの、彼女には今回、ある”秘策”の担当を担ってもらうことになっている。

「了解。ご苦労さん。瑠梨の方は?」

<オーケーよ。プレデターとかいうのももう飛んでる。いつでもどうぞ>

 次に出たのは、電子戦を担当する瑠梨。彼女はこの間ブリーフィングを行った”ストラーフ・アーモリー”の二階から遠隔で捜査しているのだった。

「そいじゃあ俺は予定通り、ポイント・アルファで待機させて貰うとするか……アウト」

 琴音に対する焦燥を抑え込みつつ、戒斗は再び歩き出す。





 そして一時間と少し後。工事現場に五台のバンが訪れた。そこから降りてきたのは物々しい装備で身を固めた男達数十人と、青み掛かったロングヘアーを翻し、ロス市警から出向中の刑事、エミリア・マクガイヤーが降り立った。彼女が従える男達は全て、”サイバネティクス兵士”――戦闘用の義肢で身を固めた強化兵士達。

「さあ、来てあげたわよ。戒斗」

 エミリアは愛用のカスタム・ガバメントを抜き放つと、虚空に向かいそう叫ぶ。彼女は呼び出されていたのだ。他の誰でもない、追うべき相手である戒斗に。

<――よう、久しぶりだな。エミリア>

 到着する場所すら予め予測されていたのだろうか。すぐ近くに無造作に置かれていた無線機に繋がる大型スピーカーから、聞きなれた男の声が聞こえてくる。

「ええ。来てあげたわよ。ところで戒斗、こんな美人をデートに誘っておいて、自分は出てこないつもりかしら?」

<何がデートだスカポンタン。んな厳つい野郎が十何人も居ちゃあ、怖くてとてもじゃねえが出ていく気になれねぇよ>

「あら。私が連れてるって分かるってことは、見える位置に居るのね、貴方?」

<さあな。すぐ近くかもしれねえし、カメラかもしれん。スコープ越しか、もしかしたらお前のすぐ真後ろかもな>

「貴方の性格はお見通しよ、戒斗? そうね……貴方はきっと、どこか高台から、スコープ越しに私の美貌に見とれている」

<――ご名答だ>

 瞬間、すぐ近くに立っていたサイバネティクス兵士の胴体が真っ二つに引き裂かれた。咄嗟に反応したもう一人に抱えられ、エミリアは物陰に隠れさせられる。

(.50BMG……! 本気なのね、戒斗……!!)

 次々と遠方から12.7mm弾が放たれ、着弾しては地面や鉄柱を抉る。どうやら予測通り、戒斗は遠方から狙撃銃スナイパー・ライフルで狙撃しているようだった。

「着弾方向と発砲炎マズル・フラッシュから割り出すのよ、急いで!!」





「――ご名答。ああご名答だ。だが……そうだな。七十点ってとこかな」

 身を潜めたエミリアの様子を、戒斗は確かに、伏せ撃ち状態でスコープ越しに眺めていた。しかし彼が覗くリューボルドMk4-M3スコープの乗せられたライフルはDSR-1。.50BMG弾でなく、もっと小口径でありふれた.308ウィンチェスター弾を用いるブルパップ式の狙撃銃スナイパー・ライフルなのだ。そしてもう一点。彼は今の今まで、一発も発砲はしていない。

「遥。首尾はどうだ?」

<一人仕留めましたが……他はどうにも。牽制射撃程度にしか>

 そう言う遥の視界は、すぐ傍に置かれたタブレットにリアルタイムで映し出されている。

「まあ弾切れか、タレットが破壊されるまでは頼むわ」

<御意>

 タレット――つまり、遠隔型の発砲装置が取り付けられたバレットM82を遥は操作していたのだった。大量に制作すべく、ハンドメイドで突貫工事のDIYにも等しいモノだったが、一応の効果はあったようだ。現にこうして、戒斗から離れた位置にある高台の上に戒斗が陣取っているものだと、彼らは勘違いをしている。ちなみに戒斗が現在潜むのは、半分以上完成した建屋の屋上。そして遥の操作する狙撃タレットは戒斗の対面、足場だけが組まれた鉄骨剥き出しの建屋に設置されている。

「作戦第一段階はクリア。引きつけるだけ引きつけろ」

 戒斗は適当な位置に照準を合わせ、傍に置いておいたレーザー測距儀で軽く距離を測ると、再び覗く。

「距離、約100m。右からの風。目標は看板。第一射、レディ」

 確認の意味も込めて呟きつつ、銃床のボルトハンドルを操作。初弾を送り込む。目標にした物体にスコープ内クロスヘアの中央を合わせ、発砲。弾は狙い通りには飛ばず、少し逸れた位置に着弾してしまう。

「修正、アップ2ミル、レフト3ミル」

 呟き、その通りにスコープに取り付けられた調整用ツマミ、エレベーション・ノブを捻る。

「第二射、レディ」

 ボルトハンドルを前後させ、排莢しつつ新たな弾を送り込む。

「ファイア」

 発砲。今度は大体狙い通りに着弾した。

「ゼロイン終了。遥、そっちの状況は?」

<後数発で弾切れ>

「これだけ持ったなら上出来だ。第二段階に進めるぞ」

 戒斗はDSR-1を構え、今度は狙いを下へと付ける。次に狙うのは、無防備に背中を晒したサイバネティクス兵士の一人へと定めた。ボルトハンドルを操作し、再装填。

「生者には祈りを」

 発砲。放たれた.308ウィンチェスター弾は無防備な背中へと吸い寄せられ、彼の心臓を貫き破壊した。

「死者には鎮魂の歌を」

 ボルトハンドルを前後させ、装填。排出された空薬莢が宙を舞い、真新しいコンクリートの屋根を転がる。そして狙いを定め、発砲。今まさに遥の操るタレットを破壊しようとスコープ付きのHK417自動小銃を構えた彼の脳天を貫き、即死させる。

「そして――」

 流石に二人も始末すれば、敵は戒斗の狙撃に気付いた。銃口を一斉にこちらへと向けるサイバネティクス兵士達。しかし戒斗は臆さず、冷徹に凍り切った瞳のまま、再び引き金トリガーへと指を掛ける。

「我が身には、無限の薬莢を」

 .308ウィンチェスターの乾いた発砲音が、闇に包まれた街に轟いた。





「本命はあっちよ! あの上に居るはずッ! 突入して!!」

 サイバネティクス兵士に護られたエミリアは叫び、残った部下達を建屋の中へと突入させていく。

(やられた……! まんまと誘い込まれてしまったわ……彼の、”黒の執行者”の絶対殺傷領域キルゾーンに……私達はッ!!)

 戒斗の実力を間近で見てきた彼女だからこそ、余計にエミリアは焦っていた。戒斗は昔、自ら「狙撃は嫌いだ」と語っていた。語っていたのだ。それを信じてエミリアは力押し出来ると判断し、先程狙撃されたポイントへと半分無理矢理突っ込ませた。しかし、それは致命的判断ミスだったのだ。現にこうして、不意打ちを喰らった部下が二人、命を落としている。

(戒斗は狙撃が”嫌い”だとは言った……けれどそれは)

 出来ない、の裏返しにはならない。そこに、何故気付けなかったのか。しかし彼女は勝利を未だ諦めてはいない。既に部下を建屋内に突入させた。幾ら戒斗といえ、大量の”サイバネティクス兵士”との至近戦闘なら……! そう判断してのことだった。

 しかし彼女は、エミリアは未だ気付いてはいない。この敷地内に入った時点で、既に”黒の執行者”が綿密に練り上げた作戦によって構築された、絶対殺傷領域キルゾーンに誘い込まれてしまっていたことに。





<敷地内に侵入を確認。戒斗、準備を>

「あいよ」

 遥の指示に従い、戒斗は立ち上がり、DSR-1を近くに設置しておいたタレット・ユニットにセット。起動確認をさせた後、床に置いておいたハンガリー製のAK-47コピー品、AMD65突撃銃アサルト・ライフルを手に取り出口へと向かう。

「瑠梨、敵の位置は?」

<現在入り口エントランス。もうすぐ第一陣がポイント・24の地雷に引っかかるわ。それを合図に飛び出して頂戴>

「了解」

 そう言った直後、床の下で響く爆発音。仕掛けておいた指向性対人地雷クレイモアにまんまと引っかかってくれたようだ。戒斗はそれを合図に、ドアを蹴飛ばし建屋の中へと飛び込む。

 ”サイバネティクス兵士”と正面切って戦うのが不利だということは、これまでの戦いで戒斗は身に染みて理解していた。最初は遥の救援があったから助かったものの、その彼女は現在負傷中で動けない。しかしエミリアがサイバネティクス兵士を動員してくるのはほぼ確実だと読めていた。なら、戒斗単独でどう戦うか? 答えは簡単だった。『手を下さずして勝利する』。つまり罠を張り、そこへと誘い込み一網打尽にしてしまう算段だ。現にこうして、何人かは分からないがクレイモアに引っかかってくれている。

 次々と響く爆発音。どうやらクレイモアによる間引き作戦は成功のようだ。

<ポイント・21、19、14及び23で爆発を確認。もうすぐ接敵よ。注意して>

 階段を下り、広い吹き抜けのホールへ。すると、止まったエスカレーターを登る二人の姿が見えた。戒斗は物陰に身を潜めつつ、十分な距離まで引きつける。適当なタイミングで、拾ったコーラの空き缶を明後日の方向へと投げ飛ばした。

「そこだなッ!?」

 二人の注意がそちらへ向いた一瞬。その一瞬を突いて、戒斗は動き出す。セレクターを連射フルオートへ。標準装備のフォアグリップをしっかり保持しつつ、引き金トリガーを絞る。

「残念。正解はこっちだ」

 発砲。7.62mmの強烈な反動が肩にめり込む。フルメタル・ジャケット弾の洗礼を浴びた二人はダンスでも踊るかのように痙攣しつつ、次々身体に弾痕を穿っていく。遂には全身穴だらけになって、倒れ伏した。戒斗は近寄ると、二人の亡骸の頭へとトドメに一発ずつ撃ち込む。オーバーキルのようだが、相手は”サイバネティクス兵士”。これぐらいやっておかねばいきなり後ろから襲われて死にかねない。

「――発砲音が聞こえたぞ、こっちだ!」

 ドカドカとエスカレーターを上がる音。察するに三人。流石に数的不利だ。戒斗はチッ、と舌打ちしつつ走り、弾倉交換。新しい弾倉で空弾倉ごとマガジンキャッチを弾き飛ばし、再装填。

「居たぞぉッ!!」

 見つかった。戒斗は横っ飛びに飛び退きつつ、AMD65を掃射。しかし正面からの殴り合いでそうそうサイバネティクス兵士が負けてくれるはずもなく、すんでのところで避けられてしまった。従業員用フロアと思しき一帯に飛び込んでいた戒斗は、曲がり角に身を潜めつつ、腕だけ出してAMD65を全弾掃射。弾切れになったソレを投げ捨てる。

「奴は弾切れだ! 突っ込め!!」

 そう叫び、サイバネティクス兵士の一人が突っ込んでくる。

「馬鹿が」

 しかし戒斗にとって、それは誘導した結果の予測通りに過ぎない。スリングを斜め掛けに背負い、背中に回していた散弾銃、レミントンM870を取り出す戒斗。それは銃床、銃身共に極端な切り詰め加工が施されており、銃身は短機関銃サブマシンガンかと見紛う程短く、銃床に至っては存在せず、最早ピストルグリップと化していた。戒斗は左手で銃身下の木製フォアエンドを前後させ、チューブマガジンから一発、12ゲージの散弾を装填する。

「くたばれ、クソッタレ」

 角から飛び出してきたサイバネティクス兵士。その腹へと戒斗は待ち構えていたように銃口をめり込ませ、接射。至近距離で散弾をモロに浴びた腹には大穴が開き、肉片を飛び散らせながらサイバネティクス兵士は派手に吹っ飛ぶ。大量の血で床を汚し、腹の大穴から腸の断片やその他臓物の欠片を零すサイバネティクス兵士の脳天に、フォアエンドを前後させた戒斗は再び散弾を放つ。するとその頭は簡単に吹っ飛び血煙に変わった。

「瑠梨ッ、一番近い補給ポイントは!?」

<後ろに行って道なりに少し。ポイントA-2よ>

 角から腕を出し一発牽制射撃をしてから、戒斗は指示通りに走りだす。散弾は予備を持ってきているといえ、数が少ない。このままでは鹿狩りの如く追い込まれるのが関の山だ――!

「待ってたぜぇ!」

「――ッ!?」

 曲がり角の先で待ち構えていたサイバネティクス兵士に突然首根っこを引っ掴まれ、戒斗は思わずM870を床に取り落してしまう。2mはあろうかという大柄のサイバネティクス兵士に持ち上げられた戒斗はもがき、その腹をけっ飛ばすが、彼はびくともしない。

「どういう死に方がお望みだァ!?」

「――ろ」

「あァ!?」

「地獄に堕ちろ、クソッタレ!!」

 戒斗は左腰に忍ばせていた最後の武器、大柄のサバイバル・ナイフ、HIBBENⅢを順手に抜刀すると、掴み上げていた腕に思い切り突き立てる。これは賭けだった。万が一この腕が義手ならば、逆に刃が折れてジ・エンドだ。

「ぬ、ぬぐおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 しかし戒斗は、賭けに勝った。突き立てたステンレスの刃は肘関節付近を貫き、筋肉諸共断裂し突き抜けた。力が抜けたように離され、戒斗は地に堕ちる。同時にHIBBENⅢを引き抜いたが、背中から床に叩きつけられてしまった。

「こっこの野郎、ブチ殺してやる!!」

「死ぬのはテメェだ!!」

 戒斗は咄嗟に落ちたM870を手繰り寄せ、覆い被さるかのように迫り来る巨体を12ゲージ散弾で吹っ飛ばす。至近距離の散弾とは強力なモノで、相対するサイバネティクス兵士の巨体も例外なく吹っ飛んでいった。戒斗は立ち上がり、HIBBENⅢを鞘に納めると三発、息絶え絶えのサイバネティクス兵士へと叩き込んだ。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 上がる息を整える暇も無く、戒斗は走り出す。シェルポーチから取り出した散弾を一発ずつ込め、次の戦闘に備える。

「居たぞッ!!」

「またかよ畜生クソッタレ! 死ね!!」

 出会い頭に見つけた二人をM870で吹き飛ばし、戒斗はまた走る。

「なぁオイ瑠梨、コイツらどっから沸いて出てきやがる!?」

<さあね。少なくとも二十人以上は居るわよ?>

「冗談キツイぜ……っと、補給ポイント到着!」

 戒斗はM870を投げ捨てると、無造作に置いておいたガンケースをけっ飛ばし開く。中に収められていた大口径自動小銃M14と予備弾倉一つを取り出し、ボルトハンドルを引く。ターンロック・ボルトが作動し、予め装填されてあった弾倉から一発、7.62mm弾を薬室チャンバーに送り込んだ。

「さぁ、次はどこに行けってんだ!?」

<次は外に出て。これ以上の室内戦闘は危険よ>

「あいよッ!!」

 瑠梨のガイドに従いつつ、戒斗は外に出る。途中何度か交戦したが、なんとか逃げ延びることに成功した。

<そのまま広場を直進。敵を誘いだして>

 指示通り、広い視界の開けた広場らしき一帯に出る。背後から鳴り響く幾多もの銃声と、すぐ傍を通り過ぎる銃弾。

「勘弁してくれェェッ!!」

 それでも全速力で走り切り、戒斗は目の前に積み上げられていた鉄骨を乗り越えその陰に飛び込む。

<上出来じゃない。それじゃあやっちゃって>

<……御意>

 敵の一団が広場の中央に差し掛かったタイミングで、彼らの両脇から突如、火線が襲い掛かる。

「……そうか、タレット!」

 戒斗は今更になって気が付く。この銃撃の正体は、事前に設置しておいたタレット。それも汎用機関銃のM60E4二挺を据えた十字砲火地帯だ。遥の操作によって放たれた7.62mm弾が、次々敵達を血煙と細切れの肉片に変貌させていく。地獄絵図そのものだ。

「これで何人始末だ!?」

<うーん、ま、ざっと二十人ってとこね>

「まだ居るのか……冗談よしてくれ、っと!!」

 残弾の無くなったM60の切れ間を縫って、敵が再び襲い掛かる。M14を当てずっぽうに全弾乱射し、弾倉交換を行いつつ戒斗は再び後退。

<その先にM202があるわ。ソレを使って一網打尽にしちゃいなさい>

 瑠梨が言った通り、すぐ近くに大柄なコンテナが置かれていた。M14を投げ捨て戒斗はそのコンテナを開く。内部に収められていたのは、端的に言ってしまえば『四角い筒』。その筒を取ると、クリップに装填された四本の巨大なロケット弾を後部に装填する。アメリカ製焼夷ロケット弾発射器、M202A1フラッシュ。それがこの筒の名だった。

 戒斗は鉄骨剥き出しの建屋を駆け上り、見通せる二階へ。すると広間には、十一人ぐらいの敵兵が一挙に集まっていた。どうやら数の暴力で、戒斗を一網打尽にしてしまう算段だったようだ。しかし……

「それは大きな間違いだァッ!!」

 簡易照準器を展開し、ファイア。四つの内一本が放たれ、敵の一団へと突っ込む。ロケット弾が破裂し、重点されたトリエチル・アルミニウムが発火。摂氏七六〇度~一二〇〇度の高温の炎に包まれた三人のサイバネティクス兵士は断末魔の叫びを放ち、火達磨になって地面に転がる。

「まだまだァッ!!」

 戒斗は景気良く、残りの三発も発射。サイバネティクス兵士の居た空間は一帯トリエチル・アルミニウムの炎に包まれ、彼らは例外なく、地獄の業火に焼かれその身を焦がし、やがて絶命していく。

「さあ、これでどうだ……」

 戒斗は空になったM202の発射器を投げ捨て、無線機の向こうの瑠梨に問う。

<……ええ。後は、あの女だけよ>

 焼夷弾が奏で出す、人肉の焼ける嫌な臭いを鼻腔に感じつつ、戒斗は感じ取っていた。決着の瞬間は、すぐそこまで迫ってきている、と。

ここで告知。当方連載中のヒロイック・ガンアクション小説「黒の執行者~A black executer~」、そして同・小説家になろうにて旗戦士様連載中のガンアクション小説「なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet-」のコラボ企画がスタート致しました。

タイトルは「The Twin Bloody Bullets -”黒の執行者”特別篇-」。向こうのなんでも屋アールグレイの方では本編扱いになっておりますが、こっちでは特別篇という形で。僕のマイページから飛べるかと思いますので、こちらも是非ご一読くださいませ。



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