フォーカード
「―――マルキューマルマル時。本日も護衛任務を開始する」
エンジンを止め路上駐車したセダンの運転席のリクライニングシートを目一杯後ろに倒しつつ、パリッとした無難な黒いスーツを着込んだ男――佐藤 一輝という名の彼はカッターシャツの襟に仕込んだ小型マイクからポケットの録音機へと定時報告を吹き込む。
「さてと、今日はどうなりますかね……」
最近はめっきり仕事の無かった西園寺の私兵部隊に所属する彼に久々に回ってきた仕事の内容は、簡単に言えばある人物の護衛任務だった。その護衛対象は、折鶴 琴音。彼とも何度か面識のある人物だった。今は逃亡犯にされている傭兵”黒の執行者”の助手のような立場の彼女を影ながら護ることが、佐藤に与えられた任務だった。普段ならあまり気乗りしないタイプの任務ではあったが、護衛対象が面識のある琴音な上、彼の使える”お嬢様”。つまりは西園寺 香華から直接下された仕事だというのだから多少なりともやる気にはなる。これは後から佐藤が直接香華に呼び出されて”内密に”とのことで知らされた情報だが、この任務を香華に頼んだのは他でもない、”黒の執行者”――つまりは現在、凶悪逃亡犯としてニュースを賑わせている傭兵、戦部 戒斗本人だという。その事実を聞かされた佐藤は大層驚いた。勿論戒斗が本当に罪を犯したとも思っていなかったし、仮にそうだとしても彼なら上手く隠蔽すると、一時は彼と共に戦い、そして実力を目の当たりにした佐藤は信じて疑ってはいなかった。しかし香華に接触してきたというのは予想外だった。彼のことだから自分だけで全て解決しそうな気もしていたが――まさか、自らの護衛対象である琴音の警護すらままならないほど切迫した状況に追い込まれているのか?
疑念は尽きないが、本人に聞いてみないことにはどうしようもない。全部終わって落ち着いたら、どこか喫茶店で珈琲でも奢らせてたっぷり話を聞かせて貰おう――自分自身の中で結論付け、佐藤はバイオリンケースが無造作に置かれた助手席の目の前、ダッシュボードに無理矢理取り付けた複数のモニタを睨みつけつつ、無線機のスイッチを入れ小型のインカムを左耳に差し込む。
「スペード・エースからクイーン。現在状況を」
<こちらはクイーン。ダイヤ、クローバー、ハートの全スートは配置に着きました>
上空を飛ぶUAV――ドローンとも呼ばれる無人偵察機。ヘルファイア空対地ミサイルを満載したMQ-1プレデター無人偵察機のカメラを経由し護衛チーム全てを統括している女性管制官の若い声がインカムから聞こえる。ダッシュボードの複数あるディスプレイの一つには、そのプレデターから収集した情報を統合した俯瞰視点の見やすいミニマップのような略地図が映し出されていた。
「了解クイーン。周辺で変わったことは?」
<特に無し。強いて言うなら……そうですね。そこから150mほど西、橋の交差点で事故があったぐらいでしょうか>
「事故?」
<ええ。よくある車同士の接触事故ですよ。警察車両が急行中のようです。その他に異常はなし。穏やかな夏の朝ですよ>
「了解。それとキエラ、仕事中にその話し方はどうかと思うぞ」
<ちょ……っ! やめてくださいよスペード・エース! 任務中はコールサインで!>
インカムの向こうでクイーン――本名をキエラ・バルディラという彼女が焦って喚き散らす。十代の少女のように若い声色だが、実際は二十四歳。アフリカ系の血がほんの少し混じっている浅黒い肌の彼女は背が小さく、150cmぐらいしかない。そのことを本人の前で口にしてしまえば、彼女は純白にも見える銀色の短めなツーサイドアップを揺らして色々と面倒なことになりかねないので、敢えて言及しないのが隊内での暗黙の了解となっていた。
「はいはい。分かった分かった。悪かったよクイーン。本日もよろしく頼む。アウト」
そう言って、佐藤は通信を終えた。司令塔兼突入部隊のような立ち位置の彼にとって、この後は特にやることは無い。何か異常があれば、他スートのチームかクイーン――キエラから通信が入るはずなので、これといった警戒態勢を取る必要は無いのだ。ダッシュボードのディスプレイを眺めると、略地図のミニマップの他に、狙撃チームであるスート・クローバーが陣取ったビル屋上からの映像と、突入部隊のスート・スペード、車両チームのスート・ハート、バックアップ兼工作班のスート・ダイヤ。そしてスート・クローバーの現在の配置状況が簡潔に示されていた。彼らが『トランプ』と呼んでいるこの部隊編成は、護衛ミッションの経験に長けた西園寺私兵部隊が編み出した隙間のない布陣だ。
「ま、ちょっと広めのカプセルホテルと思えばいい方か」
ひとりごちて、佐藤は後部座席に投げ込んでいた私物のバッグから読みかけの分厚いミステリー小説を取り出すと、最大までリクライニングして、ベッド同然の角度になったシートに身を埋めて栞を開いた。
戒斗が凶悪逃亡犯に仕立て上げられ、この部屋から居なくなってから何日が過ぎただろう。一人きりの生活にすっかり慣れた琴音は目を覚ますと適当に顔を洗い、キッチンに立ち一人分の朝食を作りそれを食べる。終われば食器を洗い、乾燥機に突っ込んで後はいつも通りの生活を過ごしていた。連日戒斗について、妙に的外れな報道ばかり繰り返すテレビは一日にあったことをフラッシュニュース的な五分間ぐらいの番組で見るぐらいで、ワイドショーなどは殆ど見なくなっていた。しかし、昨夜の『光川重機械工業本社ビル占拠事件』については流石に琴音の耳には入って来ていた。事件の内容を聞く限り、占拠したテロリストを殲滅したのは戒斗だと、琴音は何となくだが察していた。手口が間近で見てきた彼の、戒斗のやり方そのものなのだ。何でもテロリスト達の死体は各所バラバラの位置にあったという。つまり彼は単身身を潜め、一人ずつ、確実に始末していったに違いない。そして爆発と、消失した来客名簿。大方奪った爆薬か何かで罠を仕掛けるついでに、足が付く名簿も一緒に灰にしたのだろう。なんともまあ、戒斗らしいやり方だと琴音は感じていた。事件発生からバッサリ見事に消息を絶った彼だが、とりあえずは生きている可能性が浮かんできただけでも琴音は嬉しかった。
他にやることといえば、自身の狙撃銃、レミントンM700の整備と調整、適当な場所を窓から狙ってイメージトレーニングぐらいなものだ。リサから毎日数セットはやれと言われていた、パチンコ玉をスコープの調整つまみ、エレベーション・ノブの上に置いたまま落とさないように引き金を引く訓練も欠かさず行っている。最近では二つ同時に出来るようになった。腕の筋肉が猛烈に痛くなるのがアレだが。
食材調達などで外出する時は自身のベレッタPx4自動拳銃と、後は戒斗が家に遺していった対機械化兵士の必殺武装。.338ラプア・マグナム徹甲弾が発射可能なよう特注された単発式拳銃、トンプソン・コンテンダーも常に携行するようにしている――もう、護ってくれる戒斗は居ない。自分の身は自分で護らなければ。
その他、たまに高岩刑事が様子を見に来てくれる意外に特に変わったことは無かった。戒斗の無実を信じ、親身になってくれる彼の存在は琴音にとってもありがたいものだった。
「今日も暑いわね……」
二十年以上前の時代劇番組の再放送が流れるテレビを横目に、部屋の空気を入れ替えようとベランダの窓を開けた琴音は押し寄せる熱気を全身に浴びると、ふとひとりごちる。天高く昇る入道雲の浮かぶ群青の空の上には、刺すような夏の日差しと熱気を放つ太陽が燦々と浮かんでいた。今日も、いい天気になりそうだ。
「さっさと帰ってきなさいよ、戒斗……」
誰に向けてでもなく、自分以外誰も居ないリビング。まるで昨日のことのような二人で過ごした日常は既に遠く。あれだけうるさかった戒斗も、居なければそれはそれで寂しかった。人間一人がこの場所に居ないだけで、ここまで違うものなのか。そんなことを考える自分がなんだか可笑しくなって、琴音は少し吹き出してしまう。
「そろそろ、自分以外の作った料理が食べたいわ」
――だから、さっさと全部終わらせて、戻ってきてよ。ねぇ、戒斗……
そして昼前、午前十一時を回ったぐらい。麦茶を取ろうと冷蔵庫を開けた琴音は食材が底を着きかけていることに気付き、どうせやることもないし、と近所のスーパーへと出かけることに決めた。部屋着から私服に着替え、Tシャツの上からショルダーホルスターを肩にかけてベレッタPx4自動拳銃を突っ込む。茶色の革ベルトが通されたジーンズに、黒いTシャツと薄手の半袖の上着を来た琴音は、財布やらを突っ込んだハンドバッグの中に巨大な単発拳銃、トンプソン・コンテンダーを入れると、各所の戸締りやらガスの元栓その他外出前のチェックを済ませて玄関へと歩く。万が一を考慮して動きやすいスニーカーを履き、玄関から外へ出ると施錠。マンションの階段を降り、徒歩でスーパーへと向かう。車を使うことも考えたが、もしボディに傷でも付ければ帰ってきた戒斗に何を言われるか分かったもんじゃないのでやめた。
スーパーへは十分そこそこで到着した。太陽の輻射熱やらコンクリートの照り返しやらで嫌になるほど暑い外界とは打って変わって、スーパーの自動ドアを一歩潜ってしまえば天国のように涼しかった。食材コーナーへ行けば、開放型の冷蔵庫の冷気やらで肌寒く感じるほど。大量に並べられたショッピングカートを一台持ち出し、カゴを置いたソレを押して食材を見て回る。
「とりあえずはキャベツと卵に……後は葱も足りなかったかな」
予め用意しておいた食材メモを参照しつつ、次々とカゴの中に放り込んでいく琴音。買い物自体は十五分ぐらいで終わり、数十台のレジと店員が横並びに配列された会計コーナーへと歩く。適当に空いてそうな列の最後尾へと琴音は付いた。すると、目の前、一つ前の順番で並んでいた四十代らしき主婦二人組の会話がふと耳に入ってくる。どうやら話している内容から察するに……近頃世間を騒がせている凶悪逃亡犯、即ち戒斗のことらしかった。
「――でねぇ。その傭兵、長いことアメリカに居たらしいわよ」
「知ってる知ってる。お昼のニュースで見たわ。なんでも向こうじゃ有名だったらしいわねぇ」
「そうそう。凄い人気のある傭兵だったらしいわよ。でもまあ、結局は悪人だったってわけねぇ」
――違う。
「どうせあんな連中、皆同じ穴の狢よ。ロクなもんじゃないわ」
――違う。戒斗は、何もやっていない。知ったような口を利くな。
「そうよ。結局皆、人殺しが好きで入ったようなクズばっかなんでしょ? この調子でさっさといなくなればいいのに」
――違う、違う、違う! アンタ達は何も知らない。何も分かっちゃいない。彼の、戒斗のことを! 上辺だけで、分かったような口ぶりで語らないで!
「どうせ今回の奴も、最期には捕まるか野垂れ死ぬわよ」
――ふざけるな。アンタに、戒斗の何が分かる!? ぬるま湯に浸かったアンタ達に、何が分かるっていうの!?
「そうよそうよ。皆死ねばいいのよ。あんなクズ共」
――何を言っているんだ? 彼は、彼はただ純粋に……そんな彼の想いの、何が分かる!? アンタ達にッ!
「ホント物騒な世の中になったわねぇ」
「ねぇ~」
――何も、何も分かっていない。彼の苦しみ、葛藤、悲哀と決意を、何一つ……!!
「……あの~、お客様」
「――えっ?」
ハッとして気付けば、先程目の前に居た主婦二人は双方とも会計を終えたのか、視界から消え失せていた。後ろからピリピリと突き刺さるような催促の視線を感じつつ、ショッピングカートからカゴを下ろそうとしか琴音は――気付いた。自身の右手が、気付かぬ内に上着の下のPx4へと伸びていたことに。
(間抜けね、私も……)
口に出すことなく独り呟きつつ、琴音はカゴを降ろし清算を始める。
(いつの間にか、あの人達を撃ちそうになってた……単なる戯言だって、他人のことだって、分かってるのに)
バーコードを読み取った商品が次々と清算済みのカゴへと移され、金額を示した表示に代金が加算されていく。
(結局は私も、あの人達の言う”クズ”と同列じゃないの……全くお笑いだわ)
財布から取り出した数枚の紙幣を渡し、釣り銭を貰って清算完了。カゴを適当なスペースに持っていき、レジ袋へと機械的に詰めていく。
「それでも……私は……」
――望んで手にした力だから。放っておけば死に急ぎそうな、彼の為に。
「ったく……クイーン! 状況は!」
<交通規制は既に完了。他のスペードが逃走した構成員二人を確保。内一名は減音器付きの火器で射殺。逃走した車両はスート・ハート、及びバックアップのプレデターが目下追跡中>
インカムを左手で抑え、聞こえてくるコールサイン・クイーン――部隊を統括するオペレータであるキエラ・バルディラの声に耳を傾けつつ、暗く人気のない路地裏に立つ佐藤は、目の前で転がる人物を靴の底で踏みつけ睨み付けていた。右手に握った減音器付きの5.7mm口径自動拳銃、Five-seveNの銃口は、彼が踏みつけている覆面の男の頭を、しっかりと捉えていた。
「了解したクイーン。スート・スペードは捕らえた一人をよろしく頼む。死体の場所には処理班を回せ。今は昼間だ。出来るだけ迅速にな。スート・ハートにはそのまま追跡を続行。ただし派手に動くなと厳命しておけ。プレデターは武装の一切を使用禁止。監視に留めよ。最悪は警察に任せればいい」
<分かったわスペード・エース。各所に通達しておきます>
「ご苦労だったな、キエラ。今日あたり飯でも奢ってやろうか?」
<なっ……! 冗談は止してください! それと、作戦中はコールサインで!>
「はいはい。ウチのお姫様は手厳しいね……スペード・エース、アウト」
通信を終え、踏みつけた男へと改めて向き直る佐藤。「離せ、離せコラ!」と喚き散らす男のこめかみに減音器の先端を押し付け、黙らせる。
「さて……どういうことか、説明して貰おうか」
事は三十分近く前まで遡る。外出し、スーパーへと向かった琴音を追って、一部のスートを残した護衛チームも後を追った。彼女が入店すると同時に、人気のない店の裏側で覆面を被った明らかに怪しい連中が黒のワンボックスカーから降りてきたとの情報がキエラから伝えられたのが十五分前。チームを動かし、自らもミステリー小説を放置し車から出て、目の前に居る男をひっ捕らえたのが五分前。そしてたった今、部下達によって他の連中も確保したとのことだった。
「とりあえずその目障りな覆面を脱いで貰おうじゃないの」
男の頭を引っ掴み、佐藤は覆面を脱がせ捨て去る。予想通りといえば予想通りだが、覆面の下にあった顔はどう見ても日本人、どこにでもいる量産型みたいな茶髪に染めたチンピラの顔だった。
「撃てるもんなら撃ってみろよ……騒ぎになっても知らねえぞォ!」
露骨なまでの挑発をする男だったが、その眼は完全に銃口を怯えている眼だ。佐藤は立ち上がり、再び銃口を男の頭へと見せつけるように合わせる。
「お前減音器も知らねえのか? 弾も軍用のSS193亜音速弾。何も知らねえ一般人には銃声と分からない程度にはなるぜ」
「はっ、ハッタリに決まってらぁ!」
瞬間、何かが弾けたような軽い音が路地裏に響いたかと思えば、次に真鍮の筒、つまり空薬莢がアスファルトの床に転がった。男は最初何が起こったか分からないような表情だったが、恐る恐る首を動かしてみると――抉られていた。顔の数cm近くの、アスファルトの地面が。
「どうだい。これで分かっただろう。この弾結構高いんだからあんま無駄に使わせないでくれ。俺が怒られる」
怯えきった表情を浮かべ転がる男とは対照的に、佐藤は余裕と溜息の入り混じったなんとも複雑な表情を浮かべてFive-seveNを握っていた。特殊なルートを使って西園寺が仕入れたSS193弾は、実際高い。軽量で、かつある程度重装備の脅威にも対応出来るようにと調達したのが……些か失敗だったような気もする。弾代がどうしても気になって、ロクに威嚇射撃も出来やしない。
「……言え。何の目的があって彼女を狙う」
佐藤のドスの効いた低く黒い声に遂に折れたか、チンピラ風の男は涙と鼻水を垂れ流し「ひぃぃぃぃ、分かりました。分かりましたぁ! 話します! なんでも言うことを聞きますからぁ!」と必死の命乞いを喚き始めた。
「言えば殺さないでやる。もう一度聞く。何故彼女を狙った」
「へ? 彼女?」
「折鶴 琴音――この娘だ」
ヒラリ、と佐藤がジャケットの内ポケットから出した琴音の写真を見るなり、男は全力で首を縦に振って頷く。どうやらコイツの狙いは、琴音で間違いないらしい。
「ああはいそうですそうです! 俺達はただ金で雇われただけなんですぅ! この娘を殺せってぇ!」
「ほう。誰に?」
「知らないっすよォ! あ……」
相変わらず涙と鼻水で顔面を汚す彼は、ふと何かを思い出したように喚くのを止めた。佐藤が「何だ。思い出したことがあるなら言わないと殺す」と脅すと、男はアッサリと情報を吐いた。
「はいはい言います言います! 確かその雇い主は……一緒に居た奴に『浅倉』とか呼ばれてたっす」
「浅倉……」
佐藤には聞き覚えがあった。確か、あの傭兵が復讐の為に追ってるとかいう、”方舟”の凶悪な傭兵だったはずだ。ふと思い立って、佐藤は銃口を下げることなく、再びキエラへと無線を繋ぐ。
「キエラ、応答してくれ」
<あーはいはい。こちらクイーン。だからコールサインで呼んでって何回言えばいいんですかったくもう>
「文句は後だ。Nシステムでも監視カメラでも、とにかくなんでもいい。一時間以内の間で、浅倉 悟史が捉えられてないか探ってくれ」
<え? 浅倉って、お知り合いの傭兵さんが追ってるっていうあの?>
「ああそうだ。さっさとしてくれ」
<はいはい。分かったわよ……ホント人使い荒いんだから>
無線を切り、丁度応援に駆け付けた部下に男を拘束させると、佐藤はスマートフォンを弄り浅倉の画像を呼び出し、男の眼前へと突き出し問う。
「お前が雇われたってのは、この男か?」
「ああそうだ! コイツだよコイツ!!」
全力で首を縦に振る男。ビンゴらしい。ということは、つまり……
「”方舟”の連中か……案の定狙ってきやがったか」
どうやらあの傭兵の予測も、あながち間違っちゃいないみたいだ。佐藤はFive-seveNの安全装置を掛けると右腰のシェルパ・ホルスターに戻し、胸ポケットから煙草を取り出し、先端にジッポーライターで火を点ける。
<クイーンからスペード・エース。結果が出たわ>
キエラから再びの通信だった。佐藤は煙草を咥えたまま左手でインカムを抑え応答する。
<ビンゴよ。五十分前、そこから3kmぐらい西の高速道路のインターチェンジにある監視カメラに、浅倉が映ってる映像があったわ>
「よくやったキエラ。今日の夜は真面目に奢ってやってもいいぞ」
<はいはい。で、どうします?>
佐藤は少し思い悩んだ後、「……お嬢様経由であの傭兵に伝えてくれ。”浅倉が嬢ちゃんを狙ってる”ってな」と指示を下す。
<了解。伝えておくわ>
キエラはそれだけ言って、通信を終えた。佐藤は吸い殻を律儀に携帯灰皿へと突っ込むと、ふと空を見上げる。ビルとビルの陰から望める空は、いつにも増して蒼かった。
「市ヶ谷の時もそうだったが、楽じゃねえなこの仕事は……」




