キルボックス・ヒル(後編)
<――ボス、ホールの連中は全滅だ>
無線機から聞こえるティムの声に、ジョンソンは歯軋りをしていた。何故狙撃で支援してやらなかったのか。そう問うてみたが、返ってきた答えは「動きが速い上に滅茶苦茶すぎて捉えきれない」だった。
<偏差射撃とかそういうのでどうこうなるアレじゃなかった。どうやら人質の中にも、敵は紛れていたらしい>
「なんだって?」
敵は一人ではないのか? ジョンソンは思わず聞き返す。
<そのままの意味だ。あの人質の中に、今まで敵が隠れてた――他の連中からの連絡もない。どうやらボス、残ってるのは俺と、アンタら金庫破りだけらしい>
「……ボブ、進捗はどうだ」
彼らの眼前にある、巨大な金庫の丸い鋼鉄の隔壁。その前、開錠デバイスらしきパネルの前に座り込み、膝上のノートパソコンから伸びる幾つものコードをパネルに繋いで開錠作業を行っている、スキンヘッドに丸眼鏡の黒人の部下、ボブにジョンソンが問うと、彼は「もうすぐ。五分程で終わります」と淡々と答えた。その返答にジョンソンは、ひとまず安堵を覚える。一番厄介な電子ロックさえ解除してしまえば、残り三層の物理ロックは部下のロシア人、ニコライが爆破解体してしまう予定だ。そんなもの、作業時間は十分にも満たないであろう。――しかし、敵は何者なんだろうか。これだけ綿密に計画し、それこそ二十人以上の人間を動員した計画を単独で突き崩すようなイレギュラーが、ただの学者や学生とは到底思えない。少なくとも、こんなパーティには似つかわしくないであろう類の人間か。しかし相手が何にせよ、ジョンソンのやることに変わりはない。計画は大幅な軌道修正が必要だろうが、当初の目的である、只今開錠中の金庫に収められているとされる、光川重機械工業と”方舟”の証拠となる資料と、今後有用に使えるであろうパワードスーツを無事に持って帰ってしまえばそれで良い。金庫の中に”方舟”の主戦力になっている全身機械のサイボーグ兵士――機械化兵士までがあるのは嬉しい誤算だったが、いざとなれば放棄して脱出するつもりだった。多くの同志を失ったが、それに見合った成果はあるはずだ。ジョンソンの頭の中では既に、この次、いかにして”方舟”を潰すかまでの未来に思考を巡らせていた。
「なぁジョン」
隅の方でパイプ椅子に脚を組み、背もたれにもたれ掛かって尊大な座り方をして今の今まで仏頂面で、一言も発することなく瞼を閉じていた全身ナイフ男ことマイケル・ロレンスが唐突に話しかけてくる。「なんだ」と顔も見ずに返事をしてやると、彼はパイプ椅子から立ち上がり、「相手は俺がする」と宣言した。
「何?」
「こっちに向かってるんだろ。下の連中を皆殺しにした奴がよ。面白えじゃねえか。俺が殺る」
「はぁ……好きにしろ」
この男とは米軍軍役時代――湾岸戦争に従軍していた時からの付き合いだったが、今でも彼の思考回路をジョンソンは分からないでいた。帰還兵の中でとびきり有能であり、唯一職にあぶれていたから『黒い鳥』に誘い入れたのだが……ジョンソンのように”方舟”への復讐やら、他の構成員のように金目的やその他諸々ではない。マイケルが未だに『黒い鳥』に付き合っている理由は唯一つ。「もっと楽しく殺したいから」。それ故の全身ナイフ。それ故の彼だった。目的自体は単純明快極まりないのだが、行動原理やら理由やらがジョンソンにはどうしても理解できず、そして相容れなかった。
後ろ手に振って歩き去っていくマイケルの姿を無言で眺めるジョンソンだったが、ふとあることを思い出し「待て」と彼を引き留める。
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ、ジョン」
「そうじゃない。下の奴らと連絡が途絶えたということは――アーマージャケット回収班、応答しろ。こちらは親鳥。繰り返す」
無線機に喋りかけ、地下一階の隠し部屋のパワードスーツを回収している同志達を呼び出すが――反応はない。やはりか。ジョンソンには読めていた。もし社長を殺した現場に居た何者かが今の敵だとしたら、ほぼ確実に戦闘用パワードスーツがあることは聞かれている筈だ。ならば、奴が取る行動は一つ。
「敵が奪取したパワードスーツで来る可能性がある。ジェイクを連れていけ。確か、一着だけアーマージャケットは持ってきていただろう」
万が一の為にと、ジョンソンは事前にパワードスーツを一着だけ運び込ませていたのだった。呼び出すと、奥の部屋から一人、黒い癖毛で、東欧系の顔立ちのアメリカ人が出て来る。彼がそのジェイクだった。ジョンソンが一言二言指示を出すとジェイクは頷き、今一度奥の部屋へと引っ込む。数分で彼は、全身に巨大な鎧を纏わせて再び姿を現した。光川が極秘裏に開発した戦闘用パワードスーツ『戦闘歩兵アーマージャケットスーツ』の試作機”雷光”だった。両右腕甲のハードポイントには、アーマージャケットでの運用に適するよう短く切り詰められた7.62mmの汎用機関銃M240が。機関部から伸びる給弾ベルトは背中のザックにまで伸びている。弾薬は背中に背負う形だった。左腕の装備ハードポイントには本体より更に厚く、堅牢で、そして鈍重な防盾が取り付けられている。これなら12.7mm弾だろうが多少なら容易く防ぐことが出来るだろう。背中のザック、弾薬ラックの下に小型のロボットアームと共に取り付けられたセカンダリ兵装用ベイロードには、小型軽量なパイル・バンカーが装着されていた。軽量なセラミック複合装甲のヘルメットから覗く一対の赤色に光るカメラ・アイが、どこか威嚇的な印象を与える。
「マイケル。お前とてアーマージャケット相手では斬れんだろう。アーマージャケットの相手はジェイクにさせろ」
ジョンソンがそう言うと、マイケルはどこか不満な表情で何か言いかけたが、「……分かった」と一言呟いただけで今度こそ立ち去っていった。その背中を、濃緑色のアーマージャケットを着たジェイクが追う。機械的な動作音と、重苦しい足音が段々と遠ざかっていく。
「さて、時間稼ぎがどれだけ出来るやら」
ジョンソンは今一度睨み付ける。金庫の巨大な丸い、鋼鉄の扉を。いや、その向こうに鎮座しているであろう、機械化兵士を。本来自分が憎むべき筈の相手を。
昇るエレベータの中、濃緑色のアーマージャケットを装備した戒斗は腕装甲内部のコントロールスティックを操作。再度各武装の点検を行う。その傍には、スーツを動きやすく着崩し、敵の死体から奪ったベルギー製のブルパップ式突撃銃、F2000を携えた遥が大柄なアーマージャケットにスペースを圧迫され、窮屈そうに控えていた。
≪右腕部M134ガトリング・ガン、残弾千五百。左腕部PBM-01パイル・バンカー、残弾十。その他ハードポイントに兵装無し。各部筋肉パッケージ、及びサーボモーターユニット、オールグリーン。脚部ローラーダッシュ機構、正常。バッテリー残量、残りおよそ三十分――≫
ジャケットのFCS(火器管制装置)やバランサーなどを統括するコンピュータのAIの喋る合成音声が、ヘルメットの中で反響し、その内容が逐一HUDの画面隅に表示されては消えていく。それに戒斗は「はいはい」とイチイチ反応してやる。まあ、この音声はコンピュータからの一方的な報告でしかないので、彼の行為に意味など無いのだが。
「ところで遥……狭くないか?」
「問題はありません……と、言いたいところですが」
エレベータ内のスペースを八割以上占拠している戒斗のアーマージャケットに押される遥は流石に苦しそうだった。彼女の持ったF2000が閉所で取り回しのいいブルパップ式――撃発や排莢機構、弾倉などが銃後部、銃床の位置にある方式――の為まだマシなのだろう。これがAK-102だったら目も当てられない。
「ははは……悪い悪い」
「悪いと思うなら、もう少しそっちに詰めて貰いたいところですが……」
「これ以上詰めると出れなくなっちまう。すまんがあと少しだけ勘弁してくれ」
そうしている内に階数表示は二十三階を過ぎ、二十四階へと差し掛かろうとしていた。扉が開くのは、残り数秒も無い。もしかしたら開いた先には敵が大勢待ち構えているかもしれない。それこそ、アーマージャケットごと吹っ飛ばされるような装備を携えて。
「ノルマンディー上陸作戦で揚陸艇が開く寸前の心境って、こんなもんなのかねぇ」
呑気にひとりごちた瞬間、扉がゆっくりと開かれる。右腕を上げ、短く切り落とされたミニガンの六銃身を向ける。
≪警告。不明アーマージャケット確認≫
「これはこれは――ッ!」
生身の遥を庇うように一歩踏み出し、身体の右側を突き出して防御姿勢。そして襲い来る、7.62mm弾の雨。しかし、アーマージャケットの全身にに施されたセラミック複合装甲は難なくそれを弾く。着弾の音は派手だが、内部の戒斗には大した衝撃も感じられない。
エレベータの前に立っていたのは、あまりに予想外な出迎えだった。相手は二人。一人は社長室で見た、イカれた全身ナイフのサイコキラー。もう一人は――戒斗と同じ、濃緑色の戦闘歩兵アーマージャケットスーツ”雷光”。装備こそ右腕にM240汎用機関銃、左腕に防御用と思われる盾のような装甲版と、戒斗と違うものの、ジャケット自体は地下一階に数多く吊られていたモノと同じだった。戒斗の身に纏うアーマージャケットに搭載されているIFF(敵味方識別装置)が、目の前に立つ相手を敵味方不明機と判断し、HUD上に映し出された姿を黄色い枠で囲って表示し、ジャケットを装着するオペレータへと知らせる。
「手荒い歓迎ですこと……!」
掲げた右腕。そこに取り付けられた7.62mm口径のガトリング・ガン、M134ミニガン改の短く切り落とされた銃身をモーター動力で回転させ、スピンアップ。二秒もしない内に発砲機構が作動し、回るミニガンから降り注ぐ豪雨のような勢いでフルメタル・ジャケット弾と空薬莢が撒き散らされる。、”無痛ガン”の渾名に相応しい発射レートのミニガンは、本来なら本体やバッテリーユニット、更には強大な反動のせいで人間が単独で扱える代物ではない。車やヘリコプターの上に懸架し固定して用いるモノだ。そんな化け物じみた機関銃を片手で振るっている戒斗だったが、彼には.22口径程の感覚も感じられなかった。通常の義手用とは比較にならない程高出力・高性能な人工筋肉と、関節部のサーボモーターの恩恵だった。
対する敵のアーマージャケットは全身の装甲でミニガンから放たれる7.62mm弾を受け止めつつ、左腕の盾じみた装甲版を突き出し展開。下部二か所に取り付けられた補助脚を展開し、二千年以上前の都市国家スパルタの戦士のような構えを取り、防御。盾の後ろに身体を隠しつつ、右腕のM240汎用機関銃だけを突き出して応戦。盾を持たない戒斗はジャケット本体の装甲版のみでそれを防ぐ。先進兵器同士の、一進一退の攻防だった。
「遥ッ! お前は先に行けッ!!」
「ですが……ッ!」
「コイツはお前の手には余る! SF野郎はSFで対抗するのが丁度いい――お前は奴を頼むッ!」
戒斗の意思を汲み取った遥は頷き、もう一人の生身の敵――イカれたサイコキラー、全身ナイフ男へと向かう。社長室での惨殺の一部始終を見る限り、かなりの手練れであることは間違いないが、遥なら切り抜けるだろう。戒斗には確信があった。エレベータの隙間をすり抜ける遥の前に立ち、自らを盾とする。しかし敵は生身の遥が飛び出してくるのを逃すまいと、連射の熱で仄かに赤みを帯びた銃身の狙いを戒斗から外し、そちらへと向ける。
「おっと、生憎だがデートの相手は俺だ!」
しかし戒斗はそれを許さない。素早くコントロールスティックを操作。両足、踵付近に取り付けられた小さなタイヤ付きのアームを地に下ろす。そして駆動。アームの二つと、脚裏の一つのタイヤがモーター動力によって高速回転し強大なトルクを生み出して、アーマージャケットの数百kgの巨体を走らせる。
「うおおああああッ!!」
駆け抜ける遥の盾になるよう射線を遮りつつ、戒斗はミニガンを斉射しながら一直線に敵のアーマージャケットへと突っ込む。迎撃弾が襲い来るが、ジャケットに施された堅牢なセラミック複合装甲はそれを防ぐ。双方とも、発砲は牽制でしかない。目下の脅威は背中のセカンダリ用ハードポイントに装備された、恐らくはバックアップ用のパイル・バンカー。
脚部ローラーダッシュ機構をフル稼働。足底の装甲から火花を散らし、高速で一気に距離を詰め敵の左側面へと回り込んだ戒斗はフックを繰り出すかのような動作で左腕を突き出す。そして左手コントロールスティックのファイアレリース・ボタンを押し込んだ。金属薬莢に詰められた強力なコルダイト火薬が弾ける。襲い来る強大な反動を人工筋肉とサーボモーターが抑え込み、排莢口から太い空薬莢が舞う。PBM-01パイル・バンカーの先端からタングステン鋼の巨大な杭が強烈な勢いで前進し、、眼前のアーマージャケットへと襲いかかる。敵のオペレータ――ジェイクという名の彼は戒斗の予想外の行動に戸惑い、焦るが、咄嗟に左腕の盾を突き出し防御。装薬の撃発と、振りかぶった腕による加速度のブーストを受けたタングステンの杭が装甲版に激突し、火花を散らす。セラミックをベースとした軽量かつ堅牢な複合装甲の盾の構造を一層ずつ突き破り、ジェイクの突き出した左腕、正確には左腕の装甲を少し掠める形で盾を貫通した。これがもし少し下にズレていたら。とジェイクはアーマージャケットごと無残な肉塊と化した自身の左腕を想像して冷や汗を垂らす。ジェイクは杭が刺さったままの防盾を自身へと引き寄せ、引き寄せた戒斗の腹部へと銃身がへし折れんばかりの勢いで右腕のM240汎用機関銃の銃口を叩き付け、汗の滲む右手でファイアレリース・ボタンを押し込み発砲。戒斗は装甲版に幾多もの弾痕を刻みつつも、刺さったままのパイル・バンカーを支点にローラーダッシュ機構を逆回転させ、一気にバックし射線から離れると共に、その勢いで盾に深く突き刺さったタングステンの杭を引き抜いた。杭がスプリング仕掛けで元の位置へと戻り、それと連動して解放されたままだったボルトが閉鎖。カートリッジから新しい薬莢を一発薬室に送り込む。その間もバックし続け、右腕のミニガンを斉射し牽制しつつ距離を取る。ジェイクはそれを大穴の空いた盾で防御しつつ、自身もローラーダッシュのアームを展開。片足三本、計六本のタイヤを全力稼働させ、中腰姿勢で左腕の盾を構えたまま戒斗に追随。二人はエレベーターホールを抜け、金庫とは逆方向へと廊下を疾走する。
人類史上初の、歩兵戦車たるパワードスーツ、戦闘歩兵アーマージャケットスーツ同士の歴史には記録されない戦闘は更に激化する。
「ホラホラホラァ! どうした小娘ェ!」
絶え間ない発砲音と共に放たれる5.56mm弾がそびえ立つ太い柱に着弾、無機質な打ちっ放しのコンクリート壁をフルメタル・ジャケット弾が削り、抉る。その柱に背中を合わせ、相対する全身ナイフ男――マイケル・ロレンスという名の敵の意外なまでの実力に遥は眉を狭める。あの手のタイプは経験上、噛ませ犬以下の実力の人間が大半だったのだが――その凶暴性や身体中から滲み出る残虐嗜好とは裏腹に、その立ち回りは巧妙かつ確実だった。彼は手にしたアタッチメントだらけのゴテゴテなM4 CQB-R突撃銃の制圧射撃で遥の動きを留めつつ、着実に距離を詰めてきている。射撃は不得手なのか精度は大したことがないが、それでも効果的な制圧射撃だったのは事実だ。現にこうして、遥は柱の陰から出られずにいる。
彼ら二人が戦場としているのは、戒斗が後退した先とは真逆の方向。目的の金庫に多少なりとも近い場所にある広めの多目的ホールだった。二十階のパーティ会場程広くはないが、十分なスペースのあるその場所はあまり使われていなかったらしく、積み上げられたデスクや事務イス、その他資材の随所に溜まった綿埃が垣間見える。現に、ホールの中では埃が宙を舞い、無煙火薬の刺激臭と共に鼻腔へと侵入してくる。遥はそんな埃っぽいホールの中、携えたブルパップ式の突撃銃、F2000に弾が装填されていることを今一度確認してから、安全装置を解除。連射に合わせ、柱の陰から両腕だけを出して狙いもつけず、敵が潜むと推測される方へ当てずっぽうに射撃。どうせ当たりはしないと高を括っていたマイケルだったが、放たれた内の一発が偶然にも彼の頬を掠めた。皮膚が裂け、薄くだが抉られた裂傷から紅い血が滴る。一度隠れることを余儀なくされた彼は、積み上げられたデスクの後ろに滑り込む。アッパーレシーバーのマガジン・キャッチを人差し指で押し、残弾の無くなった三十発装填のSTANAG弾倉を床に落とし捨てる。空いた左手で胸の防弾プレートキャリアのMOLLEシステムに取り付けられたマガジンポーチから新たな弾倉を取り出し、CQB-Rに叩き込む。銃左側面のボルトキャッチを叩き、後退したままのボルトを解放。初弾を薬室へと送り込む。ハンドガード部のビカティニー・レールに取り付けた垂直なフォアグリップを再度左手で握りこみ、デスクの陰から顔だけを出してマイケルは相手の出方を探る。
その間に、遥は柱の陰から飛び出し、素早く駆け抜けマイケルの側面、遥の腰上ぐらいの高さまで積み上げられた木の角材の裏へと身を潜めていた。手早くF2000の弾倉を交換し、確実に仕留められるタイミングを待つ。
それから、互いが動かず五分程が経過した。しかし堪え性の無いマイケルにはそれが限界だった。意を決して飛び出し、フォアグリップを持つ左手にエマーソンのコンバット・カランビットを握らせ、遥の潜んでいた柱の陰まで突っ込む。しかし、そこに彼女の姿は無く。マイケルの背後で、遥はF2000を構えていた。
「――ッ!!」
長年の経験の恩恵か。本能的に背後の殺気を感じ取ったマイケルは襲い来る5.56mm弾をすんでのところで回避する。だが、運悪く何発かがCQB-Rのレシーバーに命中。撃発機構が破壊され、使い物にならなくなってしまった。いや、ライフルの喪失だけで済んだのだから、寧ろ僥倖というべきか。とにかく身体は無事なマイケルはすぐにCQB-Rを投げ捨て、振り向きざまに右太腿の樹脂シースからコールドスチールのSRKナイフを抜刀。両脚の筋肉に渾身の力を込め、地を蹴り遥へと急速に距離を詰める。
(このままでは……!!)
このまま撃っていては殺られる。咄嗟に判断した遥は僅かに残弾の残ったF2000を迫り来るマイケルに投げつけ、自身は背後に飛び距離を取る。マイケルは遥の予想外の行動に一瞬戸惑うが、すぐに凶悪な笑みを浮かべ、投げられたF2000を回避。遥は続けてショルダーホルスターからXDM-40自動拳銃を抜き放ち応戦するが、マイケルは左右へと小刻みにジグザグに走り、回避。しかし一発の.40口径弾が脇腹を浅くだが掠め取った。肉が抉られ、押し寄せる激痛。傷口からは赤黒い血が衣服へと染み、プレートキャリアの隙間から血が滴り落ちる――だが、マイケルは脚を止めない。そして、嗤っていた。まるでこの瞬間、抉られた激痛までもが、楽しいと言わんばかりに。
「狂ってるッ――!!」
「褒め言葉だァッ!!」
肉薄された。順手で袈裟に振るわれたSRKナイフを遥は左手で瞬時に逆手に抜刀した短刀型の高周波ブレード、『十二式超振動刀・甲”不知火”』の刃の腹で受け流す。すぐさま斬り返すが、マイケルは紙一重で首元に振るわれた斬撃を回避。左手のカランビット・ナイフを振るう。迫り来る湾曲した刃に向かって遥は敢えてXDM-40を突き出し、銃前方、フレームのトリガーガード部で刃を受け止め、抑えつけつつそのまま発砲。ダブルタップで撃たれた二発の.40S&W弾がマイケルの肩口を抉る。皮膚と筋肉組織を抉り、弾はそのまま背中側まで突き抜け貫徹し、二つの貫通銃創を穿つ。銃創からは鮮血が飛び散り、そして濃く淀んだ血が垂れ、風穴の中で露わになった白っぽい脂肪や、一部の抉られた骨を紅く覆い隠す。左手からコンバット・カランビットが滑り落ちているあたり、彼にとって相当の苦痛のはずだ。しかしマイケルはなおも嗤っていた。最初からモルヒネやらでもキメてきているのでないかと遥に錯覚させるほど、この男は異常だった。
「これだ……! これが欲しかったんだよ! 俺はァッ!!」
遥は一度飛び退き距離を取りつつ、XDMを連射。しかしマイケルは物陰を上手く使いそれを回避しつつ、後方に退き続ける遥との距離を徐々に詰める。
「そうだ! 痛みだ! 俺は生きてる!」
XDMを更に三連射。その内一発をマイケルは左腕で受け止める。腕甲部から突入したフルメタル・ジャケット弾は貫徹し、風穴を開け胴体プレートキャリアのセラミックプレートとケブラー繊維に弾かれる。噴き出す血液が、彼の顔とプレートキャリアを汚す。
「ははは! これだ! 俺が求めていたのは!」
しかしマイケルは嗤う。様々な感情を全て塗り潰すような生理的嫌悪を遥は覚えた。本能的に受け付けないとは、こういうことを言うのだろうか。
「もっとだ! もっと俺を楽しませろォッ!!」
一気に距離が詰まった。振るわれるSRKナイフを遥は左手の短刀で払い、マイケルの手から叩き落とす。背後に飛んだ刃が、床に突き刺さった。
「まだまだァ!!」
「――ッ!!」
しかし彼はそこまで読んでいたかのような迷いのない動作で左腰に手を掛けた。咄嗟に一歩下がる遥へと樹脂シースから抜きざまに放たれる斬撃。ククリのように湾曲した鈍重な刃を持つ巨大なイタリア製ナイフ、スペックウォグ・ウォリアーの斬撃だった。それをモロに喰らったXDM-40を遥は床に取り落とすが、負傷は免れた。吹っ飛ばされた衝撃の痛みが微かに右手に残るが、気にしている余裕はない。すぐに短刀を右手に順手で持ち替え、構えを取る。
「刀か、面白え!!」
「隙だらけ……!」
迫り来るマイケルに対し、遥は右手の短刀で応戦する――かに見せかけ、ジャケットの下、右脇腹付近に隠し持ったクナイ二本を続けざまに左手で投げ放つ。流石のマイケルとて、そこまで予測はしていなかったのだろう。一本は右太腿、もう一本を左の二の腕に突き刺され、深く肉を抉られる。
「まだまだまだァッ!!」
しかし、マイケルはまたも動じない。いや、痛みを堪えているのか? それともやはり、モルヒネでもキメてきたのか。なんにせよ、ここまでの重傷を負わせて動じないのは異常だった。その異常な行動故に、遥の反応は遅れた。スペッグウォグ・ウォリアーが振るわれ、遥は左の二の腕を軽くだが裂かれる。黒いジャケットと白いブラウスが乱雑に裂け、刃に裂かれた白い柔肌から血を流す。斬られた痛みに顔をしかめる遥だったが、戦闘に支障をきたす程の深手でない。走り抜けざまに大振りな一撃を振ったマイケルは、いつになく隙だらけだった。
「貰った……!!」
横薙ぎに振るう、斬撃一閃。遥の背後へと駆け抜けたマイケルの背後で、何か生々しいモノが落下した気色の悪い音が響いた。
「ガッ――!?」
勢いよく噴き出す鮮血が、床を、壁を、そして彼自身を赤黒い血で濡らす。無事な右手で持ったスペックウォグ・ウォリアーを取り落とし、膝を突いた彼の左腕。その肩口から下は綺麗さっぱり消失していた。そこから噴き出す血が、遥にまで飛んでくる。
「貴方のような異常者は、いずれ戒斗の障害となり得る」
頬に飛んだ返り血を手の甲で拭いつつ、ゆっくりとマイケルに歩み寄る遥。
「貴方のような下郎が、我が主の前に現れてはならない」
床に落ちている肉塊――かつてマイケルの左腕だったモノ――を踏み潰す。切断面から染み出る、腕に残った血液の残滓が床を汚す。
「貴方のような生きる価値の見当たらない、正真正銘人間の屑は、彼が手を下すまでも無い」
額から脂汗を垂らすマイケルは左腕の苦痛と喪失感を伴ってもなお、嗤っていた。未だ血の垂れ流されている左腕に構うことなく立ち上がり、取り落したスペックウォグ・ウォリアーを拾い構える。
「私が――貴方を殺す。今、ここで」
「もっとだァァァァッッッ!!!」
振り被る、渾身の一撃。重い刃を持つスペックウォグ・ウォリアーから放たれた一撃を受け止めた短刀の刀身が軋み、悲鳴を上げる。刃を支える両腕に渾身の力を込め、スペックウォグ・ウォリアーを払い、その湾曲した刃を利用しマイケルの手から絡め取った。
「まだまだァッ!!」
しかしマイケルは失血でブラックアウトしかけた視界の中、未だ戦うことを止めようとはしない。手から滑り落ちるスペックウォグ・ウォリアーには目もくれず、最後に残された、背中に背負った山刀に手を伸ばし、抜刀と同時にソレを勢いよく振り下ろす。遥は床を転がり回避し、次に放たれた横薙ぎの一撃をも受け流す。だが、マイケルはなおも刃を振るう。縦に叩き付けられる一撃を斜めに構えた刃で受け流し、同時に左手で最後に残ったクナイを抜き、素早く逆手に持ち替え、ガラ空きになった肘付近を斬りつけ、深く肉を抉り裂く。そしてマイケルは山刀を取り落した。遥が斬ったのは、腕の筋肉組織の集約点であり、最大の急所。つまりは健だった。
失血で限界となったマイケルは、仰向けに倒れ込む。殆ど動かなくなったソレに遥は歩み寄り、首元に短刀の切っ先を向ける。
「へへっ……こんな楽しい死合いは何度目か……俺にしちゃあ悪かねえ最期だ……」
朦朧とした意識の中、マイケルはうわ言のように呟く。
「……私に傷を負わせたのは評価します。ですが」
「ああ……さっさと殺せ」
遥は無言で、トドメを差そうと短刀を握り締める。「やっと、やっと俺は死ねるのか……俺より強い奴に殺されて」呟くマイケルの言葉は、彼が内に秘めた真の望みそのものだった――しかし、最期に残った僅かな望みは、無粋な横槍に無残にも握り潰された。
「なッ――!?」
脇腹から唐突に伝わる激痛。白目を剥き、口から吐瀉物交じりの血を垂れ流す眉間に風穴の空いたマイケルは、彼ではない誰か別の人間の血を顔面に浴びていた。何が何だか、遥は理解が追い付かない。力が抜け、クナイを取り落した左手でふと脇腹に触れると――手の平にべっとりと、こびりついた。赤黒い、血が。
バタン、と小柄な彼女が倒れ伏すと、遠く外、僅かに丸い風穴の穿たれた窓ガラスの向こうから、破裂したコルダイト火薬の音の微かな残滓がホール内に響いた。
二十四階オフィス。普段は重役クラスが詰めて各々の仕事をこなす部屋は、今は電気が消され、静寂と夜の闇が全てを支配していた。その静かな一室に、二つの影が轟音と煙のような埃を立てて突っ込んでくる。壁を、突き破って。
≪警告。右腕部残弾小≫
「うるせえッ!」
AIの無機質な機械音声の報告に怒鳴り散らす戒斗は、壁を突き破って突入した先の電気が灯されていないことに気付くと、音声指示でヘルメット搭載カメラ・アイの熱線映像モードを起動。即座にHUD内に映し出される映像が外界そのままのモノから、白と黒で構成された熱源探知モードに切り替わった。周囲を見渡し――捉えた。真正面、約5m向こうに敵の姿。戒斗は立ち並ぶ事務用デスクをローラーダッシュで薙ぎ倒しつつ、側面に回り込むよう大回りの軌道を描き敵に接近する。対する敵アーマージャケットも左腕の防盾をパージし、小型ロボットアームを用いて空いた左腕甲部のハードポイントに小型のパイル・バンカーを装備していた。互いに飛び道具は大した効果が無いことは、今までの攻防で痛いほど分かっていた。勝機があるとすれば、パイル・バンカーでの接近戦のみ――ッ!!
「貰ったッ!!」
戒斗は接敵する直前に身体を回転させ、遠心力で加速しブーストを掛けた状態で左腕を突き出す。拳が当たるか当たらないか程の距離で左手コントロールスティックのファイアレリース・ボタンを押し込み、撃発。巨大な真鍮薬莢が吐き出されると同時に、凄まじい勢いでタングステン鋼の杭が襲い掛かる。対する敵アーマージャケット――ジェイクは咄嗟に右腕のM240汎用機関銃をパージ。緊急用の爆発ボルトで吹っ飛ばしたソレを戒斗へと飛ばしつつ、自身は最大出力のローラーダッシュで後退する。ジェイクの目論見通り、戒斗の放ったパイル・バンカーは彼ではなく、M240を貫いた。舌打ちを交え、戒斗は伸び切った杭を強制リリース。杭が元の位置戻ると同時に、機関部に大穴の穿たれたM240汎用機関銃だった廃品が床に落ちる。杭が戻るのと連動して、新たな装薬がカートリッジから装填された。
パイル・バンカー以外の装備を捨て、身軽になったジェイクはアーマージャケット全機能のリミッタを解除するV-MAXモードを起動。AIの無機質な声で響く再三の警告を全て無視し、全機能を解放した。そして、通常より20%増しの出力となったローラーダッシュで戒斗へと一気に距離を詰める。
「隙だらけなんだよ、クソ野郎!!」
「速いッ……!」
一気に距離を詰め、肉薄したジェイクは左腕の小型パイル・バンカーをストレートで殴りかかるように腰を入れ、振りかぶり突き出す。戒斗の装備するパイル・バンカー『PBM-01ロンゴミアント』より射程は短く、そしてカートリッジの炸薬量も少ないモノだったが、それでも今の戒斗にとって致命傷の一撃であることには変わりない――ジェイクがファイアレリース・ボタンで杭を射出するとほぼ同時に、戒斗は右腕で振り被られた彼の腕を払い、杭の方向をずらし致命傷を免れる。しかしヘルメットの一部が抉られた。頭に響く衝撃と、≪警告。ヘルメット破損。右側カメラ・アイ不安定≫とAIの警告音声。衝撃でどこか掠めたのか、戒斗はいつの間にか頭から軽く血を流していた。滴り落ちる血液の一部が右眼に入り、視界の一部を紅く染める。
カウンターにと戒斗もアッパーカットのように左腕を突き出すが、すんでのところで腕ごと絡めとられ回避されてしまう。その隙を突きジェイクがもう一撃加えようと試みるが、同じように戒斗も彼の腕を絡め取り、互いに拘束する形となった。
「貴様は何故そうまでして戦う!」
それは戒斗が初めて聞いた敵の、ジェイクの声だった。
「さあな!」
「お前は”方舟”の手の者か!?」
「馬鹿かテメェは!! アイツらと一緒にされるのは御免こうむるッ!!」
叫ぶ戒斗はローラーダッシュで押し出そうとするが、V-MAXモードで出力の上がったジェイクに逆に押されてしまう。
「”方舟”を知っているのか!?」
戒斗の予想外の回答に油断し、拘束が緩むジェイク。
「ああそうだ! あんなクソッタレ共、忘れたくても忘れられねえよ!!」
「なら俺達が戦う必要はどこにも無い筈だッ!!」
「いや、あるね!」
「何だと!?」
「テメェらが気に入らねえ――貰ったッ!!」
緩んだ拘束から右腕を脱し、ほぼ密着状態でミニガンを腹部に浴びせる。至近距離からの凄まじい衝撃を喰らった装甲版は流石に耐え切れず凹み、着弾の衝撃をジェイクへと強く伝える。
「まだァッ!」
しかしジェイクは踏みとどまり、左腕のパイル・バンカーを撃つ。その行動を先読みし切っていた戒斗はローラーダッシュを逆回転させて下がり、回避する。
「踏み込みの速度なら――ッ!!」
そしてもう一度ローラーダッシュを正面方向へ稼働させ、加速度をゼロに。すぐさまローラーダッシュを停止し、戒斗は身を低くして足を一歩、踏み込んだ。完全に懐。ジェイクの無防備な箇所へと潜り込んだ。
「何――!?」
人間の手のようなマニュピレータのなく、ただ平坦な装甲の施された拳を殴るようにジェイクの腹へと鋭い一撃を放つ戒斗。
「取ったッ!!」
ファイアレリース・ボタンを押し込む。パイル・バンカーに装填された薬莢に充填されたコルダイト火薬が雷管の撃発により激しく爆発し、その強大なエネルギーでタングステン鋼の杭を前進させた。巨大な杭打機は無慈悲にセラミック複合装甲を突き破り、薄皮と肉を裂き臓物を押し潰す。ジェイクの細い腹を容易く貫いた杭はそのまま背中の装甲版を突き破った。
「ガ、ハッ……」
「向こうの奴らによろしく言っといてくれや」
戒斗は右腕で殴るようにヘルメットを凹ませ、そこにミニガンの銃身を突き刺すようにして発砲。一分間に六千発という破壊的なレートで繰り出される7.62mmの雨を至近から一点に喰らい続けたヘルメットの装甲は凹みに凹み、ヘッドバンキングのように踊り狂った後、最後には無残に貫通し、反対側の装甲版にグロテスクな、内側から飛び出る弾痕を刻んだ。戒斗は完全にジェイクが息絶えたことを確認すると、刺さったままの左腕の杭を引き抜く。赤黒く濁った血で真っ赤に染まり、脂肪が全体にこびり付き、一部に臓物や骨の欠片を残したままの杭を元の位置に戻した。
「地獄に堕ちろ、畜生が」
戒斗は遥を加勢すべく元来た道を歩き戻る。途中、カメラ・アイの熱線映像モードを停止させるついでに、AIに現在状況を報告させる。
≪右腕部M134ガトリング・ガン、残弾百五十。左腕部PBM-01パイル・バンカー、残弾三。両腕部筋肉パッケージ、及びサーボモーターユニットの一部に損傷を確認。パッケージ交換を推奨。脚部ローラーダッシュ機構、右足裏ローラー、バースト。左足外側ローラー、及び右脚内側ローラーに過度の過熱と摩耗を確認。修理を推奨。ヘルメットに重大な損傷を確認。右眼カメラ・アイ、正常に動作せず。即刻の帰還と修理を強く推奨。バッテリー残量、残りおよそ十三分――≫
損傷は決して軽くはなかった。だが、まだ戦える。戒斗はローラーダッシュ機構を再び展開、急ぎ遥の元へと向かう。
――辿り着いた先で広がる光景に、戒斗は絶句した。そこは、そこそこ広めの多目的ホールだった。積み上げられた数々のデスクや事務イス、その他角材などの資剤や、どこか埃っぽいところを見ると、暫く使われていないらしい。その埃っぽい床に倒れ伏す全身ナイフ男の死体は片腕が無かった。その傍には、身体を引きずったような真新しい血痕が見える。それはすぐ近く、丁度影になって見えない柱の根元まで続いていた。恐る恐る、戒斗はその血痕を追って歩みを進める。アーマージャケットの鈍重な足音が響く度、背中に冷や汗が滲む。足裏からジャケット越しに地面の感覚が伝わる度、全身から血の気が引いていく。
「オイオイオイ……冗談だろ!?」
嘘のような現実がそこにはあった。血痕の先、太いコンクリート打ちっ放しの柱にもたれ掛かっていたのは、遥だった。しかしその顔は青く、正に顔面蒼白。携えた短刀『十二式超振動刀・甲”不知火”』を床に突き刺し杖代わりにしている彼女の脇腹に垣間見える応急処置の痕からは、未だに紅い血が染みていた。――遥ほどの奴が、やられただって?
「――ッ! おい遥! 何があった、返事をしてくれッ!!」
ハッと我に返り、戒斗はアーマージャケット姿のまま遥に歩み寄って彼女に呼びかける。数回呼びかけていると、彼女は目を覚ました。しかしその眼は虚ろで、どこか色が薄く感じられた。
「……ぁ、戒斗……?」
「しっかりしろ、大丈夫だ。俺がなんとかしてやる」
ヘルメットの内側、左耳のインカムで地下一階の昴を呼び出し、現在の彼女の容態を簡潔に伝える。
<――ふむ。聞こえているよね、忍者ちゃん?>
無線越しの昴の呼びかけに、遥は辛うじて答える。
<とりあえず傷の具合を話してくれるかな。どうも戦部くんの説明は分かりづらい>
「え、ええ……傷は、銃創。弾は貫通しています……一応、出来る限りの応急処置はしましたが。恐らく、どこからか狙撃を」
見ると、確かに背中側にも同様な血染みがあった。だがそれでも、傷の具合は酷い。特に出血量が。銃創自体は大したことはないが、とにかく失血が凄まじい。もう少し処置が遅ければ、輸血すらままならなかっただろう――しかし、これ以上の戦闘行動はどう楽観的に見積もっても不可能だ。一刻も早い処置が必要だった。
<あー、戦部くん? とりあえず忍者ちゃんをエレベータに乗せてくれるかな? 君は一刻も早く、敵を殲滅すべきだと思うがね>
「しかしなぁドクター……!」
<しかしも糞もないよ。とりあえず今戦えるのは君だけなんだから。狙撃に最大限注意しつつ、忍者ちゃんをエレベータに乗せてくれ、いいね? 後はこっちに任せてくれればいいから>
だがそれでは敵がエレベータに乗り込んでくる可能性がある。危険すぎると戒斗はいつになく焦りの混じった声で反論するが、すぐに昴に<もうそこの階にしか敵は残ってないんじゃなったのかい? 不安なら忍者ちゃんに拳銃でも持たせておくがいいさ>と一言で諭した。戒斗は熱くなる思考を必死にクールダウンしつつ、アーマージャケットの腕部だけ解放。床に落ちていた遥のXDM-40自動拳銃を素手で拾って手渡してやる。
「すまんな遥……とにかく今は、ドクターに任せる他ない」
そう言うと戒斗は、アーマージャケットの上半身を解放し、まるで脱皮のような形で生身の身体を出すと、遥の身体を抱えた。所謂”お姫様だっこ”とかいう形で、だ。普段ならもうちょいときめきやら色々あってもいいところだが、生憎今は戦闘中で緊急時な上、当の本人は怪我人ときてる。
「戒斗……それを着てなければ、貴方も危険……」
「気にするな。背中には装甲が着いてる――もう少しだ」
抱える両腕にこそ遥の体重をしっかりと感じるものの、歩く両脚には羽毛布団程の感覚すら感じられなかった。エレベーターホールまで連れていき、下行きのエレベータを呼び出して、そこにゆっくりと座らせるように乗せてやる。ドアの安全装置を抑えたまま、パネルを操作。地下一階のボタンを押す。
「戒斗……気を付けて」
「ああ」
「生きて、生きて帰って……帰りましょう、家に」
「ああ。分かった。約束だ」
そして、扉はゆっくりと閉まる。戒斗は閉まり切るその瞬間まで見送り、完全に閉じたと同時に再びその身を戦闘歩兵アーマージャケットスーツに埋めた。全身の装甲が再び閉じ、数秒のフィッティング作業の後、HUDが再起動。汗で滲んだ両手のコントロールスティックを握り締め、戒斗は歩き出す。
「――ボス。どうやらジェイクは駄目だったみたいだな。今ソッチにアーマージャケットが一人向かってる」
対面ビルの屋上。L118A1狙撃銃を伏せ撃ち姿勢で構え臨戦態勢を取っていた『黒い鳥』の狙撃手、ティムは耳に差したインカムに向かって静かに告げた。
<何? ジェイクが殺られた?>
インカムから聞こえてくる声は、彼のボス、つまり雇い主たるテログループ『黒い鳥』のリーダー、ジョンソン・マードックの声だった。
「ああ。それにアンタの連れもだ」
<なんてこった……マイケルまで殺られただと>
「どうする、ボス。今から撤退するってなら、支援狙撃ぐらいは出来るかもしれん」
<それには及ばん。もうじき機械化兵士の調整が終わる。それさえ済めば、我々の勝ちだ>
そう上手くいけばいいがね……ティムは心の内で呟き、再び視線をリューボルドのスコープへと戻した。
「奴らと同じ、サイボーグ兵士を使うか」
インカムの通話は切れている。ティムは一人、誰に向かって言うでもなく。強いて言うなら吹き抜ける夜風に向かって語り掛ける。
「結局は、奴ら”方舟”と同じ穴の狢じゃねえか」
鋼鉄製の重苦しい扉を出力全開のローラーダッシュで突っ込んで周辺の壁ごと叩き壊し、戒斗は遂に、金庫のある一角へと突入を果たした。ヘルメットのカメラ・アイを赤く光らせ、破片と埃の混ざった白煙の中を走り抜ける。
「遅かったか……!」
白煙の向こう。人一人がすっぽり入りそうな程大きく、そして分厚く丸い金庫の扉は、既に開け放たれていた。火花を散らしローラーダッシュを停止させ、戒斗は徒歩でゆっくりとその中へと足を踏み入れていく。
「――君か。招かれざる客というのは」
金庫を入ってすぐ、真正面に立っていた男――恐らくはリーダー格と思われる、時期外れなトレンチコートを羽織った、西海岸訛りの強い英語を話す金髪の壮年の白人の姿を認めるなり、戒斗は右腕の六銃身ガトリング・ガンの銃口を向ける。
「御託は抜きだ。今すぐ死ね、この蛆虫が」
「おっと待ちたまえ。生身の私と、アーマージャケットを着た君とではあまりにも分が悪すぎるだろう――君のお相手は、彼の役目だ」
パチン、と男が空に向かって指を鳴らすと、瞬時に彼の前に現れる、一つの人影。全身を輝く金属光沢の装甲でコーティングしたそれは、明らかに人間ではなく――
「機械化兵士かよ……冗談よしてくれ」
最悪のケースだった。戒斗はすぐさまローラーダッシュ機構を逆回転。後方へとバックしつつ、残弾の少ない右腕のミニガンを斉射する。制止状態からの急加速で身体が圧迫され、視界が一瞬暗くなる。胸が押し潰されそうな感覚だが、構うものか。
対する機械化兵士は白人の男――ジョンソン・マードックを護るように手にした高周波ブレードを人外じみた速さで振るい、向かい来る弾を大方弾き飛ばしてしまう。そして少し身を沈めると、地を蹴って飛ぶ。強力な出力の人工筋肉からもたらされる跳躍は、人間の比ではない。アーマージャケットのローラーダッシュ機構に迫る勢いだ。現に、戒斗との距離はどんどん縮まっている。
「畜生! さっさと死にやがれ人形が!」
≪警告。バッテリー残量、残り八分≫
「うるせえ!」
合成音声の警告に怒鳴り散らしつつ、戒斗は更に後退。見たところ高周波ブレード以外手にしている様子の無い機械化兵士を、遠距離から仕留めようと試みる。だがその策はすぐに潰えた。ミニガンの凶悪な発射レートのもたらす雷鳴のような発砲音が唐突に途切れ、銃身はただただ回転するのみで一向に弾を吐き出そうとしない――弾切れだった。
「クソッ、こんな時に!」
舌打ちを交えつつ、戒斗は汗ばんだ手でコントロールスティックを素早く操作。こうなってしまった以上デッドウェイトでしかないミニガンと、背部の弾薬ザックをパージする。緊急用爆発ボルトが作動し、小規模な爆発と共に連結が解除。右腕からはミニガンがユニットごと床に落ち、背部に背負っていた弾薬ザックも派手な音を立てて落下した。残る兵装は、左腕のパイル・バンカーのみ。
(残弾は三発……ジャケットのお陰で生身で闘り合うよりかマシだが……チャンスは、少ない)
HUDの画面端に表示されている数値は、三。パイル・バンカーのカートリッジには薬室の一発を含め、残り三撃分しか残されていないことを冷酷に示していた。その間にも機械化兵士はすぐ眼前まで迫る。振るわれた斬撃を戒斗は急停止、無理矢理な方向転換で何とか回避。胸の装甲版を掠めただけに留めた。しかし、こうも無茶な機動はそう何度も出来ない――現に、急激な停止と方向転換で圧迫され、胸が潰れそうな勢いだった。知らぬ間に戒斗の口からは、少量の血が垂れている。
「そこだァッ!!」
大振りの斬撃を振り、少し隙の見えた機械化兵士の姿を好機と捉えた戒斗は、ローラーダッシュによる回転を交えつつ、肩口へと左腕を叩き付ける。すぐさまファイアレリース・ボタンを押す。撃発。タングステン鋼の杭が得物を屠らんと噛みつく。しかし、機械化兵士は最初からそれを読んでいたかのように身体を捩らせ、引き戻した高周波ブレードの腹で杭の側面を受け止め――そして受け流した。コルダイト火薬の爆発力によって、それこそ銃弾のような勢いで迫りくるパイル・バンカーの杭を、だ。
「冗談じゃねえ――!!」
打撃が失敗したことを察し、距離を取ろうと試みる戒斗。だが機械化兵士はそれを許さない。脚を振り上げ、その人工筋肉から繰り出される殺人的なまでの出力で戒斗の腹、いや正確にはアーマージャケットの腹部装甲版を蹴り飛ばした。
「な……はッ――!?」
声にならない嗚咽を上げ、戒斗は文字通り吹っ飛ばされる。幾層もの壁を背中で突き破り、エレベータの一つすら叩き壊してもなお、吹っ飛び続ける。そして丁度金庫のある一室とは対面、先程戒斗が敵のアーマージャケットを仕留めたオフィスの壁を突き破り、デスクを滅茶苦茶に巻き込んだところで、彼はようやく止まった。
意識が朦朧と、ハッキリしない。視界が虚ろだった。HUDの画面がぼやけて見える。耳も、あまり聞こえない。何か聞こえる気がするが、よく聞き取れなかった。
≪――警告。警告。腹部装甲版に甚大な損傷。生命維持機能低下。バッテリー残量極小。オペレータ危険度、大。当機を破棄し脱出を推奨。繰り返す――≫
AIの警告音声が聞こえる。どうやら知らぬ間に閉じていたらしい瞼を開くと、下半分が紅い血で汚れたHUD――恐らくは自分の吐血だ――に、ゆっくりと歩み寄る機械化兵士の姿が見えた。




