絡みつく疑念の鎖!? 歯車は動き出す
「はあ……」
無精髭と、それにある意味似合った不幸面。皺だらけのくたびれたスーツを着る刑事、高岩 慎太郎は、事件のあった高層マンションから出て、空き駐車場の車止めに腰掛けると、その不幸を空気感染させるかのように深く、溜息を吐く。
胸ポケットに突っ込んだ紙箱から煙草を一本取り出して口に咥え、火を点けようとポケットを探る。が、肝心のライターが見当たらない。愛用のジッポー・オイルライターはどうやら署の方に置いてきてしまったようだ。
「クソッ」
「いつにも増して景気悪そうな顔してますねぇ、高岩さん?」
どこからか現れた、高岩と同じく……いや、当たり前だが高岩のようにくたびれてはいない、普通のパリッとした黒基調のスーツを着た、細目で物腰柔らかそうな顔つきの長身痩躯の刑事は話しかけ、高岩の隣に腰掛けた。
「ああ……柊か。悪りい、火貸してくれ」
「はいはい。只今」
懐から取り出した簡素な百円ライターで高岩の煙草に火を点す刑事の名は、柊 雅人。歳は二十近く離れているが、高岩の良き相棒だった。
「おう、サンキュー……ふぅ。にしても柊、まだ百円ライターなんか使ってんのか」
ニコチンを肺に溜め込み、一度口から煙草を離し、高岩は吐息と共に白い紫煙を風に吹かす。
「安いし、替えが効くし、何より軽いじゃないですか」
「バカヤロー。イイ男ってのはイカしたジッポーを常に持ち歩いてるもんだ」
「おやおや。そう言う方が持ち歩いていない辺り、高岩さんはイイ男じゃないってことですか?」
「やかましい。今日は忘れただけだッ。今日だけだ今日だけ」
隣に座る柊も煙草を取り出し、愛用の百円ライターで先端に火を点す。
「高岩さんはどう思います。今回のヤマ」
柊の問いかけに、高岩は少し逡巡した後、口を開く。
「……こんなこと、俺が言っていいのかアレだが……傭兵坊主はシロ、だと思うがな。あくまで個人的にだが」
「ふむ。その根拠は?」
「面と向かってアイツと直接話しただとか、その辺の理由は置いておくにしろ……出来すぎてんだよ。全てが、あまりにも」
「ほう?」
燃え尽きかけの煙草をアスファルトの地面に吐き捨て、踏み潰し火を消す。新しい煙草を咥えた高岩は柊からライターをひったくり自らの手で火を点し、深呼吸するように紫煙を吐き出した。
「まずは事件発生当時だ。通報から現着までの時間が、があまりにも早すぎる。たった五分だぞ? あの場所から署までは飛ばしても二十分はかかる。最寄りの交番からだとしても、十分近くはどうやってもかかるはずだ」
「近くにたまたま居たのでは?」
「ああ。そりゃ最もだ。かといって四台近くが都合よく近くに居合わせることがあると思うか?」
柊は「ああ」と、納得したように頷く。
「それに、あのアメリカンな姉ちゃんもその場に居たってのがどうも引っかかる。それにな……」
言いかけて高岩は立ち上がり、煙草を吐き捨て踏み潰すと、座ったままの柊に振り向いて、指で拳銃の形を作ってみせた。
「例えアイツが真犯人だったとして、仮にも”黒の執行者”なんて大仰な異名まで名付けられるような坊主が、たかだか刑事一人殺すのにバレるようなヘマするわけがねえ」
「へえ。高岩さんにしては珍しく、高く買ってるじゃないですか」
「まあな。それにアイツはプロだ。わざわざ証拠になる凶器を残したりはしない」
「よっぽどお気に入りなんですね」
柊が苦笑いして言った直後、二人の元に近づく足音が聞こえてきた。
「――ご苦労様です。高岩刑事」
「ああ、これはこれは。どうも。災難でしたね。まさかご自宅で事件発生とは」
透き通るような色合いの青みがかった髪とその美貌が目を引く女刑事――エミリア・マクガイヤーの敬礼に、高岩も敬礼で返す。柊も慌てて立ち上がり、高岩に倣ってエミリアに敬礼をした。
「どんな感じですか、状況は」
エミリアの問いかけに、高岩は内心辟易しつつ返答をする。
「そうですねぇ。戦部 戒斗が居たことはほぼ間違いありません。五階の住人のほぼ全員が見ています――ですが、気になることが」
「気になること?」
「ええ。なんでも奴は、銃撃戦をしていたらしいです」
「銃撃戦?」
「相手は戦部の撃った弾を弾いていたそうですよ? 腕で」
その言葉を聞いたエミリアの表情が一瞬、ほんの一瞬だが少しだけ引きつったのを、高岩は見逃さなかった。
「まさか腕で弾くなんてねぇ。荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、皆が皆同じ証言をするもんですから。これは事実と認めざるを得ないでしょう」
「ええ。どういうことなのかしらね」
「にしても、ますます状況が分からなくなってきましたわ。アイツは俺達警察だけじゃなく、他のヤバイ組織にも狙われてる、と」
言葉の中に嫌味を込めて高岩は言う。対するエミリアは「ええ、必ず捕まえてみせますわ。私の手で」とだけ言って去っていった。
――この女が、傭兵坊主をつけ狙ってる組織と関わってるのはほぼ間違いないな。高岩は心のどこかで確信していた。半分は山勘、いや刑事の勘という奴ではあるが、一応れっきとした根拠はある。
(あの女はタイミング良く、事件当日に居合わせた。そして一瞬見せた引きつった表情と、言葉の節々に見られる震えと動揺……間違いない。奴は、クロだ)
最初の監視依頼だって、完全に勘だった。自分の勘も、意外と当たるもんだな。高岩は頭の中で巡る思考の外で、ふとそう思った。
「よう、邪魔するぜレニアス」
高層マンション脱出から約一時間後、戒斗は遥を連れ、普段通りに馴染みの銃砲店、ストラーフ・アーモリーのドアを潜った。
「かっ戒斗!? お主一体何をしでかしとるんじゃ!?」
カウンターの奥からレニアスがすっ飛んでくる。流石の彼女とてここまでの報道に慄いているのか、その表情には驚きと困惑が入り混じっていた。
「冤罪だ冤罪……ちょっと電話、借りるぞ」
「お、おい戒斗ぉ!」
ギャーギャーと騒ぐレニアスを適当にあしらって、カウンターの奥にあった固定電話のプッシュボタンを押して電話番号を入力。相手は……瑠梨だ。
≪あーはいもしもし。レニアス?≫
間の抜けた瑠梨の声が受話器から聞こえる。数日前まで当たり前だった日常が再生されているようで、その間抜けな声は今の戒斗にとって、何故だかとても心地が良かった。
「残念だったな、俺だ」
≪ッ!? 戒斗ちょっとアンタ≫
流石の瑠梨とて、電話越しの相手が凶悪逃亡犯と化した戒斗と知って困惑しているのだろう。その声色は、いつもより幾分冷静さを欠いていた。
「手短に話す。エミリア・マクガイヤーってロス市警の女刑事を調べてくれ」
≪え、ええ。それぐらい別に構わないけど……って、調べたところで連絡先はどうすんのよ! ってか戒斗アンタ一体何をしでかし――≫
「冤罪な、冤罪。連絡先は……遥、伝えても大丈夫か?」
一応伺いを立てると、戒斗の真後ろに立つ遥がコクリと頷いた。了承した、という解釈でいいのだろう。
武家屋敷の電話番号を手短に伝え、受話器を戻し電話を切る。振り返ると、レニアスと目が合った。
「レニアス、頼みがある」
「……もう何も言わん。言うてみい」
呆れたような表情を浮かべるレニアス。これ以上はなにも聞くまい、ということだろう。
「この資料に書かれてる義手について、調べておいてくれ」
「これは?」
「さっき言ってただろ。エミリア・マクガイヤーって女刑事の部屋からちょっとかっぱらってきた。それとこっちのよく分からん錠剤についても、だ」
言って戒斗は、ついさっき拝借したばかりの封筒入りの資料と、シートから切り離した錠剤を二錠、レニアスに手渡す。
「それと、もう一つ頼まれて貰っても構わんか?」
「……もう二つだろうと三つだろうと、なんでも構わんわ」
レニアスはそう言って、ハァ、と深い溜息を吐く。それを見た戒斗は承諾したと判断し、ポケットから四つに折り畳んだ紙を出して、カウンターの上に置く。
「――AK-47系統の突撃銃にFALとM14、M60E4軽機関銃が各二挺ずつ。レミントンM870にダネルMGLとM72ロケット・ランチャー、M202A1焼夷ロケット発射器……後はバレットM82と、クレイモア地雷がたくさん」
紙に書かれた内容を読み上げるレニアスの顔色が、段々と悪くなっていくのが分かった。それを眺めてニヤニヤしつつ、戒斗は「全部中古で構わんぞ。出来るだけ安く仕入れてくれ」と付け加えた。
「のう戒斗、戦争でもおっ始める気かの?」
引きつった笑みで問いかけるレニアス。
「まあある意味、戦争だわな」
それに対し、戒斗は平然とした顔で言葉を返す。
「まあ仕入れるぐらい構わんがの……B級アクション映画でもここまで持たんぞ」
「そうか? どこぞの鉄骨州知事はこれぐらい使ってた気がするがな」
「あれは現地調達じゃろ……ま、きっちり金を払ってくれる分、この店にブルドーザーで突っ込む筋肉式買い物の挙句、全品100%OFFをされるよりは幾分マシじゃがの」
呆れた表情のまま、冗談交じりに呟くレニアス。
「にしても戒斗、お主がここまでの重装備を固めるってことは……一体何が始まるんじゃ?」
「第三次大戦だ、とでも言っておいてやろうか」
遂に耐え切れなくなったレニアスが噴き出したのを皮切りに、二人は何がおかしいのか笑い出した。
「ハハハハ……それだけ冗談が言えるようなら、大丈夫じゃろうな」
「当たり前だ」
「お主に何があったのか、どうしてこうなったのかは聞かぬ。任せておけ。さっきの調べ物の件と、州知事顔負けの重装備の仕入れ。仕事はきっちり果たすぞ。少々高くつくがな」
戒斗はレニアスに背を向け、後ろ手を振りながら一言告げて、店の外へと歩き去っていった。
「後払いだ。ツケといてくれ」
風呂上がりで火照った身体を、キッチンの冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた水で冷やす。ペットボトルを片手に長机の前に座り、テレビを眺める――たかだか数日だが、ここでの生活にも慣れたもんだな、と戒斗はふと思った。
時刻は午後九時半ちょっと過ぎ。隠れ家である武家屋敷に帰宅した戒斗と遥の二人は、エミリアの部屋に仕込んだ盗聴機の為の機材を簡単に設置した後、特に何をするでもなくくつろいでいた。凄く。凄くくつろいでいた。檜やらが多用されている風呂にもゆったりと浸かることが出来て、心地良かった。一応これでも逃亡犯なのだが。なんだか普段の数倍はくつろいでいるような気がする。武家屋敷自体が旅館のようにも見える構造だからか、無意識の内にそういう気分になっていたのであろう。
「……やっぱり、伏せられてるか」
長机に頬杖を突いた戒斗はテレビを眺め、ふと呟く。
映し出されているのは夜のニュース番組。報道内容は――勿論、戒斗についてだ。今日の高層マンションでの出来事が早くもスタジオを賑わせている。が、報道される情報は、戒斗が姿を見せただとか、何故こんな所に現れたのだとかいう無能コメンテーター共の的外れな考証のみ。派手な銃撃戦があったという情報は、一切報じられていなかった。
「やっぱ、都合が悪いのかねえ」
なんとなくニュース番組の内容に気分を害した戒斗はリモコンを手に取り、何故だか契約しているらしい有料衛星放送へとチャンネルを切り替えた。切り替わった先は、四六時中時代劇を垂れ流しているチャンネル。普段ならあまり見ないであろうモノだが、自分自身のネガティブな報道ばかりされている地上波にうんざりしていた今の戒斗にとって唯一、純粋にテレビ番組が楽しめるという、まさに天国だった。
今放送されているのは、江戸時代を舞台にした長寿番組。将軍がお忍びで城下町に出向いては、問題や悪行を解決していくというありがちな展開のモノだ。
『世の顔を見忘れたか?』
『――俺の命は天下の命!』
「俺もこんな風に、格好いい口上キメてズバッと解決しちまいたいもんだがねぇ」
画面の中の主人公が殺陣の前に放つ口上を見て、戒斗は誰に向けてでもなく、ただ率直な気持ちを呟いた。
「流石に口上までは無理でしょうが、ズバッと解決なら、出来ると思いますよ、戒斗」
その呟きを聞いたのか、二人分の湯呑みをお盆の上に載せて持ってきた遥が言った。
「ま、上手くいけばな。釣り針は既に垂らしたしよ……お、悪いな。貰うぜ」
差し出された湯呑みに口を着け、熱々の緑茶で喉を潤しつつ、戒斗はテレビへと視線を戻す。丁度主人公が刀を抜き、殺陣のシーンでお決まりの必殺BGMが流れ始めたところだ。ロサンゼルスに行く前、日本に住んでいた幼少期には毎日のように見ていた光景だ。自然と心が落ち着く。
そこからはもう、戒斗は湯呑み片手に、一言も発さず、画面を食い入るように見ていた。時代劇特有の効果音が鳴る度、刀がぶつかり合い、やられ役の雑魚敵がその命を散らしていく。
『――成敗ッ!』
敵の悪代官を峰打ちで薙ぎ倒した主人公がそう言い放つと、共に戦っていた二人の忍者らしき従者が出てきて、悪代官にトドメを差した。そのシーンを見てふと何かを思い、戒斗は遥へと視線を移す。彼女も同じように、湯呑み片手にテレビを眺めていた。
「ん? 戒斗、どうかしましたか?」
視線に気づいた遥が向き直り、話しかけてくる。
「あー、いやな。まあいいや。なんでもない」
「……?」
頭の上に疑問符を浮かべつつも、遥は再びテレビへと視線を戻した。
(そういえば隣に忍者居るんだよなぁ……それも、テレビの中の忍者と似たようなポジションの)
声には出さず、心の内で呟く戒斗。うんうん、と一人で納得している間に時代劇の場面は移り変わり、超大御所演歌歌手の歌うエンディングテーマが映像と共に流れ始めた。
――かなり厳しい現状なのは確かだ。しかし、だからこそ今このくつろげる一時ぐらいは、ゆっくりさせてもらおう。
頭の中で結論付け、戒斗は湯呑みを煽り、残った緑茶を全て飲み干した。




