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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第五章:過去からの刺客!? 凶悪逃亡犯の名は戦部 戒斗
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二刀激突! 相対するは名も無き剣豪

「――ッ!」

 一気に踏み込む。弾丸のような勢いのまま、遥は下段の構えからの逆袈裟斬りを放つ。

「フッ」

 相対する剣士――山田やまだ いさおと名乗った彼は太刀の腹でその斬撃を受け流し、斬り返しで横薙ぎに一閃する。遥は流された刃を咄嗟に引き戻し、刀の裏側――みねにて、向かい来る刃を正面から受け止める。

 強烈な衝撃が、柄を握る両手を襲う。だがその手は決して離れず。遥は両腕に渾身の力を込め、外側へと太刀を振り払った。

 一瞬。ほんの一瞬だが、山田の構えに隙が生まれた。遥がそれを見逃すはずもなく、彼女は上段から縦一文字に刃を振り下ろす。

「ふっ――」

 対する山田は動じることも無く、引き戻した太刀を水平に構え、刃の腹で遥の斬撃を、彼の眼前にて受け止めた。両者の刃は擦れ合い、鍔と鍔が激突し、斬り結ぶ――鍔迫り合いの状況へと発展した。

「やるな、娘……!」

「ええ、貴方こそ――!」

 一秒後にはどちらかの首と胴が離れるかもしれぬという中、この二人、互いに零れ出る笑みを抑えることが出来ない。

 刃同士が押し合い、二人は距離を取り、構えを取り直す。そして、また踏み込んでは刹那の斬り合い。間合いが縮まればまた離れ、離れればまた縮まる。手にした得物を縦に振りかぶり、それを押し払い、横一文字に刃で薙ぎ払う。その刃を紙一重で避け、空いた腹に斬りかかれば、またそれを斬り払う――素人には到底理解し得ぬ、刹那の駆け引きがそこにはあった。どちらか一方が、ほんの一瞬でも気を緩めればそこで死が確定する。

 剣の道を極めた者同士の剣戟は、傍から見れば舞踊を舞うようにも見えてしまう。それ程までに美しく、それでいて恐ろしい。産業革命の恩恵を享受する現代において、原始的な武具である刀と刀が斬り結ぶ光景はあまりに不適。だが、彼ら二人の剣戟には、現代の銃撃戦以上に鬼気迫る、明確な殺気があった。

 風の吹く音以外に、この場所に存在するのは唯一つ。鍛え上げられた鋼と鋼が激突する音だけ。その中に於いて、山田と遥の二人は――嬉々とした表情だった。敵同士とはいえ、互いに抱く想いは同じ――このような強き剣士に巡り逢えて、良かったと。

 その剣戟は、数分か、数十分か。はたまた数時間か。悠久の時を過ごした気もする。その時は、突然終わりを迎えた。山田が一方的に引き退り、間合いを長く取ったのだった。

「――お主、しのびの者と見た」

 構えを解かぬまま、山田は口を開く。

「……如何いかにも」

 その問いに対し、遥も構えを解かないままに返す。

「やはりか。その刀の寸、振る舞い、そして太刀筋。過去に戦ったしのびの者と似ているが……そのよわいでそこまでの鋭さ。感服致した」

「こちらからも問わせて頂きましょう……その剣、我流か」

 遥が問うと、何が可笑しかったのか山田は唐突に大口を開けて笑い出した。

「ククク……ハハハハッ! よもやこの僅かな間に看破されようとは! 如何いかにも。我が剣は邪道の剣。親の代より受け継いだ剣を殺しに特化させた、殺人剣よ」

「殺人剣、ですか……その点に於いては、私も同類」

「同類、同類か! ハハッ! よもや同じ殺人剣を相手にするのが、こうも面白いとは! ……む、暫し待て」

 今まで笑い続けていた山田が突然表情を戻し、左耳の付け根辺りを指で押さえる。そして誰かに話しかけるような口調で、小声で独り言を放ち始めた。何かの機器が耳小骨にでも埋め込まれているのか……? そう遥は見立てを立てる。

 何かを話し終わったと思えば、山田は今まで崩さなかった隙の無い構えを一方的に解き、太刀を腰の鞘へと戻した。

此度こたびの果し合いもここまでのようだ。どうやらお主のしょうに、我があるじが酷く痛めつけられたらしい。生憎臆病者のあるじから撤退しろとのことだ」

「逃がさない……と言いたいところですが」

 遥も構えを解き、手に持つ刀『十二式超振動刀”陽炎”』を鞘へと納め、言葉を続ける。

「貴方はここで不意打ちするには、あまりにも惜しい。決着は、次の機会に。……願わくば、互いに万全の状態で」

「その心遣い、痛み入る。其方そなたの名を、今一度教えて貰いたい」

「……”黒の執行者”、戦部 戒斗がしのび長月ながつき はるか

 遥の名を聞き、山田はスッと数秒間、瞑想でもするかのように瞼を閉じる。そして、パッと両の眼を見開き、こう言った。

「遥、か。その名、確かに刻んだ。今一度名乗らせて貰おう。我が名は山田やまだ いさお

「……確かに。刻んだ」

「それではな、遥とやら。次に相まみえる日を、楽しみにしておるぞ」

 それだけ言い残し、山田は背を向け、階段を下り去っていった。

 遥はふぅ、と深く息を吐き、二、三度深呼吸をして酷使した肺を整える。腰に差したままの刀を再びバットケースに収め、彼女もまた、自らのあるじの元へと戻っていった。





 屋上で激しい剣戦が繰り広げられている頃、その真下。五階の廊下でも、激しい銃撃戦が始まっていた。

 戒斗の持つキャリコM950A機関拳銃マシン・ピストルが火を噴く。毎分七百発という破壊的な速度で次々撃ち出される9mmルガー弾を、相対する麻生は背後に飛び退きつつ、解放した両腕の義手を盾に防御する。そうして、彼はコンクリートの外壁に固められた階段の陰に身を隠した。

「なんだなんだ!?」

「一体何の騒ぎなの!?」

 突然の発砲音に慄いた住民が、次々と部屋のドアから顔を出してくる。

「危険だッ。出てくるんじゃない!」

 一発、キャリコを威嚇射撃して、住民達に戻るよう促す。

「ひ、ひぃ!」

「人殺しよ、人殺しぃ!!」

「こっコイツ、テレビでやってた殺人犯だ!」

 しかし、思惑通り部屋に駆け込む住人も居るには居るが、大半の人間はテレビで見た戒斗の姿を見るなり、火事場に集まった野次馬のような視線を浴びせてくるだけで一向に逃げ戻ろうとはしなかった。

「甘いですよぉ!」

 人質にでも取ろうと画策した麻生は、一番手近な部屋から顔を出していた老人へと手を伸ばす。

「――ッ!」

 戒斗は咄嗟にキャリコを発砲。予測位置に連射フルオートでバラ撒かれた弾を、麻生はすんでのところで立ち止まって回避する。

「う、うわぁ!」

 眼前をフルメタル・ジャケット弾が過ぎ去る光景を目にした老人は恐れ、その身を鋼鉄製の扉の向こうへと隠す。

「学習しない人ですねぇ! そんな豆鉄砲はぁ、僕に効きやしないんですよぉ!」

 嗤いながら、麻生は腰のガンベルトから大口径の回転式拳銃リボルバー――タウラス・レイジングブルを抜き放ち、その銃口を戒斗へと合わせた。

(ここまでは、予定通り――!)

 戒斗は冷静に物陰へと飛び込み、向かい来る.500S&W弾をやり過ごす。命中しなかった弾は、運の悪いどこかの家のドアを強烈に叩き、鋼鉄で出来たドアに大きな凹みと弾痕を穿った。

 軽く息を整え、キャリコを背中のSOBホルスターに戻して戒斗は、上着の下に隠した革製ショルダーホルスターから一挺の拳銃を抜いた。

「こっちだッ、クソ野郎!」

「貴方アホですかぁ! 自分から死にに来るなんてぇ!!」

 戒斗の姿を認めた麻生は、レイジングブルの撃鉄ハンマーを起こす。物陰から身を出した戒斗は、仁王立ちの姿勢でその拳銃を構え――引き金トリガーを、引いた。

 9mm弾とは比較にならない程の轟音が廊下内で激しく反響する。両腕に鋭く重い、強烈な反動が伝わる。木製グリップに彫られた滑り止めのチェッカリングが手の平に食い込んで、痛い。

「――なぁッ!!??」

 いつもの鬱陶しい態度からは想像しにくい驚愕の表情を浮かべる麻生。無理もない。彼の左腕の肘から下は、吹き飛んでいたのだから。

 彼の左腕を屠った弾は、いつもの9mmルガー弾などではない。その正体は、一時期は世界最強とまで言わしめた拳銃弾、.44マグナム弾。そしてそれを放った戒斗の持つ拳銃は――銀色のステンレスが差し込む太陽光を反射する、回転式拳銃リボルバー

「ま、またしても僕の腕がぁッ……!」

「――知ってるか? コイツはS&Wスミス・アンド・ウェッソンM629って、少し前までは世界一強力だった拳銃さ。お前さんのドタマだろうが、ご自慢の腕だろうが一発で吹っ飛んじまうぜ。なぁ?」

 腕を失って錯乱する麻生に、ゆっくりとした足取りで一歩ずつ。その顔に不敵な笑みを浮かべた戒斗は歩み寄る。そして、銃口を向けたままの回転式拳銃リボルバー、M629の撃鉄ハンマーをゆっくりと起こした。

「殺してやる……殺してやる! ”黒の執行者”ァッ!!」

 目に怒りの色を灯した麻生は、残った右腕に握ったままだったタウラス・レイジングブルを勢いよく構える、が――

「う、がぁっ……!」

「早撃ち勝負かい? だったら負けねえよ」

 麻生が撃鉄ハンマーを起こすよりも早く、彼の手にしていたタウラス・レイジングブルは戒斗のM629から放たれた.44マグナム弾によって弾かれ、頑丈なフレームの一部を破損し、凹ませ、マンションの階下へと落下していった。それに続くのは、弾かれた衝撃で麻生の手から千切れ飛んだ指が二本。

「よくも……よくもよくもよくもぉ!」

 麻生は右手に残った親指、薬指、小指の三本を握り締め、戒斗の顔面目がけて放たれる。しかし戒斗はそれを難なくあしらい、片足を引っ掛けて麻生の身体を転倒させた。顔面から俯せに突っ込むその姿は、なんというか。とてもシュールで哀れだった。

「よっと」

 戒斗は転倒した麻生の背中を片足で踏みつけ、残った右腕義手に残弾全てを叩き込む。

「あ――ああぐああああっ!!」

 義手の接続部、その向こうから伝わる痛みに悶え苦しむ麻生。彼の右腕は手の甲が、肘関節が一発ずつ撃ち貫かれ、肩には二発もの.44マグナム弾を叩き込まれた。最後の一発が着弾した時に麻生の肩口から頬へと跳ねた紅い鮮血を拭い、戒斗はやりすぎたな。と今更自覚した。きっと、接続部の境目付近を貫いたのであろう。基本的に関節部以外はどこも比較的堅牢な構造の義手であるが、どうも機械と生身の継ぎ目の部分の耐久は弱いようだ。

「テメェの義手の装甲限界なんてなぁ、全部実験済みだ。残念だったな。あの時お前が吹っ飛んだ義手を持って帰っていれば、こんなことにはならなかったのによぉ?

「ぐっ――ぐぐぐっ」

 麻生は息が出来ないのか、喋れないのか、はたまた他の原因か。彼はくぐもった声で唸るだけ。

「たかだかマグナム弾程度で貫ける装甲なら、俺にとってお前らは機械化兵士マンマシン・ソルジャー程脅威じゃない」

 踏みつける足の筋肉により一層力を込めながら、戒斗はM629の蓮根型弾倉のシリンダーをスイングアウト。シリンダーから前方に伸びた銀色のエキストラクターを抑え、六発の空薬莢を排出した。

 自動拳銃弾と比較してかなり長く、大柄の空薬莢が床に落ちるのとほぼ同じくして、六発の.44マグナム弾が一つに纏められた円形クリップ――スピード・ローダーを戒斗はポケットから取り出す。蓮根内の薬室と寸分違わぬ配置で弾が固定されているスピード・ローダーをシリンダーに突き刺し、ロックを解除。六発の.44マグナム弾がきっちり弾倉内に収められたことを確認して、戒斗は用済みのスピード・ローダーをポケットに収めつつ、スイングアウトしたシリンダーを片手で、遠心力を用いフレーム内に戻す。

「――質問に答えて貰おう。その顔を、親でさえ分からないぐらいに滅茶苦茶にされたくなかったらな」

 片手に持ったM629の撃鉄ハンマーを親指で起こし、戒斗は冷酷に告げる。撃鉄ハンマーが圧縮され、シリンダーの回転する動作音は、どこか死刑宣告のようにも聞こえた。

「まず一つ目。お前らサイバネティクス兵士の製造元たる”方舟”。コイツらは一体何なのか。何を目的に行動しているのか」

「殺してやる……殺してやる……!」

 呪いのようにブツブツと呟く麻生。床にピッタリ頬を張りつける顔のすぐ真横に、弾痕が穿たれる。

「次は無い。質問に答えろ」

 銃口から微かな白煙を靡かせるM629の撃鉄ハンマーを再度、戒斗は起こす。ワザと逸らしていた銃口を、今度は麻生の頭へと確実に合わせる。

「分かった。一つだけ、教えてやろう」

 麻生がゆっくりと、嗤い、歪ませた口を開く。

「――死ぬのはお前だ、”黒の執行者”」

「ッ……!?」

 背中に纏わりつくような、神経を逆なでされたかのような感覚――殺気を感じた戒斗は、咄嗟に腰を落とし、その身を前方へと投げ出す。戒斗が地を蹴ったと同時に、数瞬前まで彼の首があった場所を、何かが斬り裂いた。

「――ふむ、やはりそう簡単に首を獲らせては貰えぬか」

 立っていたのは、先程遥に一騎打ちを挑んで何処かに立ち去っていた筈の太刀を持った男だった。戒斗は床を転がり、反転しM629の銃口をその男に合わせる。

(コイツがここに居るってことは……まさか、遥が)

 最悪の事態が頭をよぎる。木製のグリップを握る手に、汗が滲む。

「心配は要らぬ。お主のしのびは殺してはおらんよ。それがしは、そこに転がってる臆病なあるじを拾いに来ただけぞ」

 凛とした表情の男は、手に持った太刀を、ゆっくりと腰の鞘へと戻す。

「のう、今日はこの辺りでお開きといかんか」

「何を抜かすかッ」

「なんなら、今すぐにお主の首を刎ねても構わんのだぞ」

 男の双眸に、鋭い殺気が宿る。奴との間合いは数m。男自身の腕と速さ、そして太刀の長さを以てすれば、一気に距離を詰めて首を刎ね飛ばすなど容易なことであろう。

「それに……の。要らぬ客も、来ているようであるし」

 廊下の外に広がる空を眺め、男は目を細める。すると微かに、遠くから接近してくる幾つものサイレンが聞こえてきた。

「通報されたか……!」

 戒斗は舌打ちし、渋々M629をホルスターに戻す。

「お互い、捕らえられる訳にもいかんであろう。それがしはこれにて失礼させて貰う」

 男はそう言って、地に伏せったままの麻生を肩に背負うと戒斗に背を向け、頭の後ろで結んだ淡く青色の混ざった髪を靡かせて去っていった。

「……戒斗、私達も」

 階段を降りてきた遥に戒斗は頷き、サングラスを外してから急ぎ階段を下へ下へと降りる。その間にも、サイレンの音はどんどん近づいてきていた。

 一階まで降り、マンションを貫いている駐車場を潜って裏手へ。生垣を飛び越え、幅の狭い生活道路へと出た二人は走り、警察の迫るマンションから距離を取る。

「この辺まで来れば、大丈夫だろ」

 網の目のような生活道路を数回曲がった後、幅の広い幹線道路まで通り抜けた戒斗は立ち止まり、振り返って数分前まで自分達の居たマンションを眺めた。距離のせいか、少し小さめに見える。

 外していたサングラスを再び掛け直し、たまたま通りかかった流しのタクシーを停め、遥を乗せ、それに続き戒斗も乗り込んだ。行き先を簡潔に白髪の目立ち始めた壮年の運転手に伝えると、自動開閉式のドアが閉められ、車が発進した。

(手掛かりになるか分からんが何かしら拝借出来た。部屋を好き勝手漁られたアイツが、どう動くか、だな……)

 通り過ぎる雲とビル群を窓越しに眺めつつ、ドアに肘を掛け頬杖をした戒斗は、少しだけ疲れたその身体を、白いシーツの被せられた後部座席へと預けた。

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