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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第五章:過去からの刺客!? 凶悪逃亡犯の名は戦部 戒斗
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天空に駆ける白刃! 交わされる月下の誓い

「あああっ……! 貴様ッ……! 貴様貴様貴様貴様ァッ! 僕の右腕になんてことを!」

 後ろに飛び退き、遥から距離を取った麻生は狼狽しつつ、腕ごと吹っ飛ばされたタウラス・レイジングブルを残った左手で拾い、構える。その顔に浮かんでいた、先程までの余裕満々の気持ち悪い笑みは既に何処かに消え失せていた。

「何者かは問いません。が、我があるじの命を狙った罪、万死に値します……お覚悟を」

 カチャリ、と、鍛え上げられた鋼の刃を微かに鳴らす遥の声色は、普段では想像も出来ないほど殺気が籠っていた。その隣に、戒斗も並んで立つ。

あるじってなんだよあるじって……まあ今はそんなことはいい。とにかく、助かったぜ。借り一つだ」

「うるさいうるさいうるさぁい! なぁにが万死に値するだ! たかが幼女一人増えたぐらいでいい気になりやがって! ぶっ殺してやる! この僕の腕をこんなにしたお前らは、必ずぶっ殺してやる!!」

 完全に錯乱状態に陥った麻生は、レイジングブルを乱射。しかし震える腕で狙えるわけも無く、全て明後日の方向へと飛んでいってしまう。

「くそっくそっくそっくそっくそっくそっくそおぉぉっ!! なんでだ! なんで当たらないんだよぉっ!!」

 そして、虚しい空撃ち音が響いた。

「なんだなんだなんだ! 弾切れ!? 弾切れだって!? ふざけるなぁ!!」

 麻生は激昂し、レイジングブルを床に投げる。

「撃った弾数も数えられないのか?」

「うるさい! 黙れぇぇ!!」

 左腕を振り被り、麻生は戒斗に殴りかかろうと片足を踏み出した。

「踏み込みが、甘い……!」

呟き、遥は刀を中段に構えた状態から、清流の流れるが如く研ぎ澄まされた動作で振るい、上方に斬り返す。戒斗を捉え、その人外な腕力で吹き飛ばす筈だった腕は白刃の元に一刀両断。バランスを失った麻生の身体はそのまま戒斗へと突っ込んでくるが、戒斗はひょいっと難なく横に避け、ついでに脚で引っ掛けて転倒させてやった。身体を支える両腕を失った麻生は、顔面から床に突っ込む。その姿は滑稽を通り越して、哀れにも見えた。

「ありゃ、ごめんなさいね」

 その哀れな麻生に、ほくそ笑んで詫びる戒斗。

「くそっ、くそっ、くそおおおお!!!」

 立ち上がった麻生は狂乱し、窓際へと走りながら半泣きで喚き散らす。

「なんと、見苦しい……」

 呆れかえった表情の遥は、その手に握る一振りの刀――『十二式超振動刀”陽炎”』を腰の鞘へと戻す。

「こ、殺してやる……いつか必ず、お前達を殺してやるうううう!!!」

 負け惜しみの捨て台詞を吐き捨て、麻生は窓ガラスを突き破り飛び降りた。皮肉にも、ついさっきまで追いつめていた戒斗が飛び降りようと画策していた窓から。

「逃がさないッ――!」

「待て、遥」

 麻生を追おうとする遥を、戒斗は片腕で制する。

「何故ッ! 今追えば、確実に仕留められた」

「アイツらの欠点は分かった。それにあの状態じゃあ、奴は暫く戦えんさ……それより、俺がヤバい」

 言って戒斗は、力が抜けたように座り込んでしまう。

「悪いな、遥……さっきアイツから貰った傷で失血がヤバい。立ちくらみがしてきたわ」

 戒斗は肩の他にも、掠めた弾で抉られたのか、脇腹からも血を流していた。どれも深いが、当たり所はまあまあ良かった為命に別条はなさそうだが、結構な量の血を失血してしまっているようだった。他にも全身にかすり傷があり、頭からも軽く血を流している。

「満身創痍、ってのはまさしくこういうことを言うんだろうねぇ」

「……分かりました。戒斗、一旦私の隠れ家セーフハウスへ行きましょう」

 言って遥は、20cm近く身長差のある戒斗に肩を貸そうとする。

「すまねぇ。だがなんとか歩けそうだ……というか、幼女に担がれた血塗れの男とか、通報されてもおかしくねえだろ」

「なっ、何を……!」

 ガラにもなく頬を紅く染める遥を見て、戒斗は戦闘の緊張で強張っていた表情を崩せた。

「ヘヘッ、冗談だよ……まあでも、なんとか自力で歩けそうだ。気持ちだけはありがたく受け取らせてもらおう」

 冗談交じりに小声で言った戒斗を見て、遥は少しだけ、ほんの少しだけ安堵した。





 傷だらけの身体を引きづり、人目に付かないようゆっくり慎重に歩いて辿り着いた遥の隠れ家セーフハウスは、戒斗のマンションから少し離れた場所にある武家屋敷だった。敷地はそこそこ広く、やたら大仰な門やら塀、本宅の他に離れや、道場らしき建屋まである。今では倉庫代わりに使っているらしい土蔵の他に、小規模であるが日本庭園まであった。その他敷地内に広がる、白い砂利の敷き詰められた場所も昔は日本庭園の一部だったのだろう。どうやら本格的な武家屋敷らしい。時折聞こえる鹿威しの音が、なんだか妙に心地良かった。

 しかし外観とは裏腹に、家の中は現代風に改築されている。基本的に全て和室だが、カウンター式のキッチンらしい小ぢんまりとした場所は板張りで、機材もそこそこ新しいモノが多かった。大きめの液晶テレビに、微妙に型落ちしたエアコンやら。生活する分に困る要素は何一つ見当たらなかった。

「あ痛痛痛痛たぁっ! も、もうちょい優しく頼むぜ……」

「どうしようもありません。我慢してください」

「マジかよ」

「はい、これで終わりです」

 背中に包帯を巻き終わった遥に一言礼を言って、戒斗は立ち上がる。結構な怪我だったが、遥が上手い具合に処置してくれたおかげでなんとかなりそうだ。その代償として、胴と腹、頭の一部に腕が包帯まみれだが。

「戒斗、お茶です」

 畳の上に置かれた長机の上に、遥は湯呑みに入った熱々の緑茶を差し出す。

「お、ありがとよ」

 戒斗は適当に引っ張ってきた座布団の上に座り、出された緑茶を啜る。警察から全力で逃走した後での戦闘という中々にハードな一日だったからか、茶の熱さが妙に五臓六腑に染み渡る。張りつめていた緊張の糸が一気に切れたような感触だ。

「ところで、戒斗」

「なんだ?」

「先程の男、一体何者なんでしょうか。機械化兵士マンマシン・ソルジャーではなさそうですし」

 その一言を聞いた戒斗は、あー、と唸りながら先程死闘を繰り広げた相手――麻生のねっとりとした面を思い出す。

「そういやアイツ、自分でサイバネティクス兵士の実験個体がどーたらこーたらとかほざいてたな」

「サイバネティクス兵士?」

「よう分からんが、多分機械化兵士マンマシン・ソルジャーの簡易版じゃねえのか」

「成程……だとしたら、ますます厄介ですね。現状大口径のライフル以外の携帯武装で対抗出来るとしたら、戒斗のコンテンダーと私の刀ぐらいしか無い」

 遥は傍ら、畳の上に置いた自らの刀の上に手を置く。

「いや、そうでもない。弱点は結構多い」

「弱点?」

「最も、アイツだけかも分かんねえが……多分、そのサイバネティクス兵士ってのは全身機械じゃあない。つまり、一部以外は生身ってことだ。策次第では十分対抗し得る。現に、奴の脇腹を貰っていったしな」

「確かに……少しでも生身の部位があれば、勝ち目はある、と」

「そういうことだ。それに剥ぎ取ってきた腕を見る限り、あの機械化兵士マンマシン・ソルジャー共よりは断然装甲が薄い」

 畳の上に敷かれたブルーシートの上に、バラバラに分解された状態で放置されていた麻生の義手の一部を、戒斗は手に取った。

「見た感じ、軽量性重視の設計のようだ。機械化兵士マンマシン・ソルジャーと違って出力に制限があるんだろうよ。そのうち試してみるが、多分5.56mmでも十分抜ける装甲ではあると思う」

「ある程度大口径の弾なら、難なくほふれると?」

「そういうこったな。あくまで憶測だが、ボディーアーマーのNIJ規格でいう……そうだな、大体レベルⅡぐらいの防弾性能だろ。多分」

 言って戒斗は義手のパーツをブルーシートの上に放り投げ、畳の上に横たわった。鼻腔を刺激する藺草いぐさの香りが、眠気を増長させてくる。落ちてくる瞼を必死に繋ぎ止め、壁に掛けられた時計を見ると、既に時刻は午後三時半を過ぎていた。

 特にやることもなかったので、長机の上にあったリモコンを取ってテレビの電源を付ける。

「”刑事を殺害した容疑の掛けられている傭兵、戦部 戒斗は警官の追跡を振り切り現在も逃亡中。依然消息は掴めず”ね……」

 ニュース番組に出ている自分の名前を見て、溜息交じりに戒斗は呟く。入学した時に学校側には了承させてあるとはいえ、二学期始まったら何も知らないクラスは大混乱だろうな……とふと思った。

「まあ最も、身の潔白が証明できて、尚且つ生きてたらの話だけどな」

 ひとりごちて、リモコンを操作。チャンネルを変えていくが、どれもこれも同じように戒斗の報道ばかり。幾ら平日昼過ぎのワイドショータイムとはいえ、これはやりすぎだろうと思う。

「駄目だこりゃあ……」

 ハァ、と息を吐いて戒斗は止む無くテレビの電源を落とした。自分がマイナス方向で報道されてばかりだと、妙に気が滅入る。

「戒斗、少し外に出てきます」

 唐突に遥はそう言うと、立ち上がった。

「ん、分かった。気を付けてな。特に今は、色々と」

「ええ。貴方も。幾らここが知られていないとはいえ、万に一つの可能性もあります。警戒装置などは一応張ってありますが、焼け石に水程度でしょう。一応、万が一に備えておいて貰えると」

「あいよ」

 襖を開け、廊下に出た遥の姿を見送った戒斗は、置きっぱなしだった自分の装備類からミネベア・シグを取り出し、いつでも取れるよう長机の自分の目の前の位置に置いて、再度横になった。

 遥が戻ってくるまで一眠りしよう――そう考えた頃には既に、その重かった瞼は閉じられていた。





「戒斗」

 名を呼ばれ、戒斗は目を覚ました。室内は既に暗く、灯かりは灯されていない。部屋を照らすのは、廊下から差し込む月明かりのみ。戒斗が寝たまま首だけ動かして声のした方を向くと、いつもの忍者装束姿の遥がすぐ近くに立っていた。その肩には、黒い大きなボストンバッグが一つ。

「ん、ああ。すまん寝ちまってた」

 寝起きで少し間の抜けた声で返事をしつつ、戒斗はその身を起こす。ズキン、と少しだけ傷が痛んだ。

 遥は肩に下げた大きな黒いボストンバッグを畳の上に降ろす。ドスン、と、とてつもなく重苦しい音を立ててバッグは落下した。一体どれだけの量のモノが詰まっているのやら。

「これは?」

「戒斗のマンションから、必要になりそうな武器弾薬を持てるだけ持って来ました」

 その言葉を聞いて、戒斗は目を見開く。バッグのファスナーを開けて中身を確認してみると……MP5A5短機関銃サブマシンガン回転式拳銃リボルバーのS&W M629、M79擲弾発射器グレネード・ランチャーに……分解された状態のARX-160突撃銃アサルト・ライフルまで入っている。それに加え、この過剰なまでに多い弾薬箱。間違いない。自宅マンションの武器庫に収納しておいたモノばかりだ。

「すまん、助かる、恩に着る。でもどうやって取ってきた? あそこは警察の手が一番ヤバそうだが」

「忍ですから。日本の警官の眼を掻い潜る程度、造作もありません。止む無く武器庫の鍵は叩き斬りましたが」

 珍しくドヤ顔で、無い胸を張って言う遥。ここで色々言ってもアレなので、素直に礼だけ言っておくことにした。

「爆薬類は危険でかさばるので、土蔵の方に」

「つまり殆ど全部持ってきたってことか……戦争でもおっぱじめる気かよ」

 冗談交じりのつもりだった戒斗の目の前に遥は跪き、真っ直ぐ戒斗の眼を見据え、口を開く。彼女の澄んだ双眸に、戒斗は思わず目を逸らしてしまった。

「――既に、これは戦争です。私達と、”方舟”との」

「なんだって?」

「本来、私がここに戻るのは数週間後の予定でした。しかし、戒斗が警察に殺人容疑を掛けられた。戒斗がめられたのだと、私には分かった。”方舟”は、そういう奴らだから」

 神妙な面持ちで言葉を紡ぐ遥。

「頭領の命もあり、私はその日に村を発ちました。戒斗、貴方を護る為に」

「そうか……そういう、ことだったのか」

 戒斗は納得し、呟く。そういうことなら、あのタイミングで遥が乱入してきたことにも、一応の辻褄は合う。

「――私達しのびは、仕える方が居なければ、意味を成さない。それは政府や組織ではなく、しのび自身が見定めた一人の人間でなければならない――それが習わしです。だから戒斗、貴方は今、この瞬間から、私のあるじです」

「はいぃ!?」

 遥の言い放った突然の宣言に、戒斗は素っ頓狂な声を上げてしまった。傷口に響いて痛い。

「ちょ……ちょーっと待て。ステイ。じゃない間違えたウェイウェイウェイ。どういうことだオイ。つまり、だ。遥には、仕える相手が必要だと」

「はい」

 色々と状況が状況だからか、珍しく混乱する戒斗。

「オーケィそれは分かった。んで、だ。どっかの国やら、なんか凄そうな組織だと駄目なんだな?」

「ええ。そういうことです」

「それで、お前はお前自身が見定めて、俺をあるじに選んだと?」

「はい。私は貴方の、戒斗の影。貴方の振るう刀であり、その身を護る盾となりましょう。何なりとお申し付けを。貴方がどうあろうと、どのような道を歩み、どんな結末を迎えようとも。その最期の一時、命尽きるまで、私は貴方と共にある」

 告げる遥の瞳に、揺らぎはない。本気なのだろう。彼女は。

(ステイステイじゃねえウェイウェイウェイ。待て待て待てぇい。なんだこの妙に重っ苦しい話はァァァッ!!??)

 一方、戒斗の脳内は混乱とか錯乱とかそういう次元ではなかった。まあ、寝起きの頭に突然の主従宣言をされれば無理もないかもしれないが。

 二、三度深呼吸をして、なんとかその吹っ飛んだ思考を落ち着かせた戒斗は、口を開く。

「お前は、それでいいのか?」

「……と、申されますと」

「忍としての習わしとかじゃなく、お前自身はどうなんだ。俺みたいな血生臭いヤローに仕えるなんてよ……それも、一生だろ?」

 戒斗の言葉を聞いて、遥はフフッと小さく笑う。

「なっ何がおかしいんだッ」

「戒斗、ここからは、しのびとしての私ではなく、長月 遥という、一人の女の子としての気持ちです」

「お、おう」

 なんだ……? なんというか、いつも以上に可愛らしいこの表情はッ……!?

「目を閉じて、貰えますか?」

「はい? ちょっと待てお前まさか――」

「いいから、閉じてください」

 遥の小さく、柔らかい手のひらで強引に瞼を閉じられる戒斗。

「一体何を――ッ!?」

 戒斗の紡ごうとした言葉は、妙な、なんとも形容しがたい感触に遮られてしまう。

 唇に、なんだかとても柔らかく、少し、ほんの少し、ちょっぴりだけ甘い感触がした。

 戒斗はゆっくりと、目を見開く。つい先ほどまで混濁していた思考が、いつの間にやら、異様な程クリアに透き通っている。

(――意外と、罪な男だね、俺も)

 遥の可愛らしい唇と、触れあっていた。やれやれ、と心の内で呟き、戒斗は両腕を伸ばして遥の小柄な身体を、そっと抱き寄せる。彼女もそれに呼応し、手を伸ばして戒斗の胸に腕を回す。

 何分、いや何時間経ったのだろうか。永遠にも等しい時が流れたような錯覚さえ覚える。二人はようやく、互いの唇を離した。唾液が糸を引いてアーチを創り、限界まで二人を繋ぐ。

「……戒斗」

「……なんだ」

「私は貴方の一番じゃなくても、良い。ただ、貴方の傍に居させて欲しい……」

 すぐ目の前にある彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。それが流れ落ちる寸前で、戒斗は指先でそっと拭ってやった。

「いいのか、それで」

 言いながら、戒斗は再び遥を抱き寄せる。

「私はただ、一分一秒でも、貴方と同じ時間ときを過ごしたい」

「……あいよ」

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