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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第五章:過去からの刺客!? 凶悪逃亡犯の名は戦部 戒斗
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放たれたマグナム! 立ち向かうは吹き荒れる烈風

 蒼く澄み渡った空に浮かぶ巨大な白い入道雲のさらに上から照り付ける夏の日差しを、琴音はただ一人、ベランダから眺めていた。その後ろ、室内に置かれたテレビから流れる報道番組は、いつも以上にやかましい。

『――殺害容疑の掛けられている戦部 戒斗容疑者は昨夜、警察官を振り切り逃走。それ以降一切消息が掴めておらず――』

『”黒の執行者”の異名を持つ傭兵である戦部容疑者はかつて多数の刑事事件を解決しており――』

 他のテレビ局も同様だ。殆ど全ての局が特別報道番組を組み、戒斗の情報提供を呼びかけている。香華に報道を抑えられないか相談してはみたが、彼女曰く、既に試してみたが、全ての動きがあまりにも早すぎて間に合わなかったそうだ。受話器の向こうで酷く悔しがる彼女の姿が容易に想像できた。瑠梨も同様、抑えつけるには全て遅すぎたとの回答が帰ってきた。リサにも国際電話で相談をしてみたが、一言「アイツなら大丈夫だ。心配すんな」と言われただけだった。しかし、どこかその声は震えていた気がする。彼女とて悔しく、そして戒斗のことを案じているのだな、と琴音は察した。勿論他の皆も、そして琴音自身も、だ。彼女を含め、戒斗が本当に刑事を殺したと思っている人間は一人とて居ない。が、世間はそうもいかないのであろう。報道はどんどん増していき、今日もマスコミのハイエナ共がしつこいぐらいに押しかけてきた。

「……はぁ」

 溜息を吐く琴音は、起きてからずっとと言っていいぐらいの時間を、ベランダで過ごしていた。手すりに肘を預けたその先の手の中には、戒斗が残していった対機械化兵士マンマシン・ソルジャーの必殺武装、.338ラプア・マグナム徹甲弾仕様のトンプソン・コンテンダーがずっと握られている。戒斗が居ない以上、自分の身は自分で守らねばならない。そう考えての行動だった。

「さっさと帰って来てよね、戒斗……」

 彼女は、晴天の空を眺め続ける。





「――大変申し訳ありませんが、お命頂戴します」

「テメェが死ねッ!」

 その一言が、戦闘開始の合図だった。戒斗は片手で持ったキャリコM950A機関拳銃マシン・ピストル連射フルオートでバラ撒く。しかし麻生は薄笑いを浮かべ、義眼を起動。小型カメラの奥、仕込まれた高性能マイクロプロセッサを稼働させ、襲い来る9mmルガー弾の弾道を予測。機械化兵士マンマシン・ソルジャーのような超高速思考は不可能だが、その能力はやはり人間を軽く凌駕していた。麻生は両腕の義手を動かし、施された砲金色つつがねいろの装甲で防御する。威力の少ない9mm弾は全て、彼の義手に施された装甲に弾かれてしまう。

「ああくそ! んなこったろうと思ったよッ!」

 戒斗は舌打ちし、発砲を止め適当なデスクの後ろに飛び込む。

「おやおや、もうお終いですか。では、こちらの番ですねぇ」

 ニヤリ、と笑った麻生は、腰に巻いた黒いガンベルトから一対の巨大な回転式拳銃リボルバーを抜き、両手に持つ。その光景を見た戒斗は、驚愕の表情を浮かべた。

「タウラス・レイジングブルだと……テメェ、正気か!?」

「この程度の反動、僕の義手には何の問題にもなりませんからねぇ」

 気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべる麻生の両手に保持された、淡い銀色に輝く一対のブラジル製回転式拳銃リボルバー、タウラス・レイジングブルの放つ弾は、.500S&Wと呼ばれる規格外の代物だ。口紅のような大きさの巨大な薬莢から放たれる弾の威力は、暴力そのもの。それに見合った凄まじい反動に襲われるのだが、麻生はそれを片手で扱う気らしい。これを片手で、しかも実戦で使用するなど、戒斗から見れば狂気の沙汰としか思えなかった。

 麻生は右手のレイジングブルの撃鉄ハンマーを起こし、引き金トリガーを絞る。他とは比較にならない程の轟音と発砲炎マズル・フラッシュを起こした.500S&W弾は、戒斗の隠れるデスクの天板に着弾し、貫通。床に大きな弾痕を穿った。しかし驚くべきは、彼の腕自体にあった。凄まじい反動で腕が上方に投げ出されることは必至のはずだが、彼の腕は小口径弾を撃った時と同等ぐらいにしか動いていない。

「ねぇ、もっと楽しませてくださいよぉ」

 笑いながら、麻生は両手のレイジングブルを連射する。

「付き合ってられるかッ!」

 戒斗はデスクの陰から飛び出してその場を離れ、キャリコを牽制代わりに掃射しながら、麻生から距離を取ろうと駆け抜ける。

「――うぐぁッ!?」

「やった。当ったりぃ」

 戒斗の左肩を、激痛が襲う。思わず倒れそうになるのを必死に堪え、戒斗は手近なデスクの陰に飛び込んだ。息も絶え絶えになりながら痛みの根源へと視線を向けると、上着の肩口が縦一直線に裂け、そこを少しだが抉られていた。恐らくは、ほんの少し弾が掠めただけだろう。だが、掠めた弾が悪かった。市販品最強とも呼ばれる.500S&W弾がほんの少し擦っただけでもここまでの威力を発揮するとは。傷口から血が滲むが、応急処置をしている暇は無い。

「畜生、掠っただけでこのザマかよ……!」

 悪態を吐き、キャリコの残弾を確認。残りは……二十発といったところか。

「うーん、十発で仕留められなかったかぁ。貴方が初めてですよ。戦闘中に僕にリロードを強いたのは」

 ヘラヘラと笑いながら、麻生は悠々とレイジングブルのシリンダーに、ガンベルトのホルダーから取り出した新しい弾を一発ずつ込めている。好機と見た戒斗は、キャリコの残弾を全て叩き込むが――

「だぁめですよぉ。ズルしちゃあねぇ!」

 ……弾かれてしまった。片腕で、全て。

「どこまでも反則なヤローだな!」

 キャリコを投げ捨て、ミネベア・シグを抜きざまに戒斗は撃ちまくる。麻生に弾を弾かせている間に、更に後方へと下がる戒斗。

「だーかーらー、無駄だって言ってんでしょう」

 呆れたように戒斗を見る麻生は、装填を終えたレイジングブルの銃口を戒斗の隠れた新しいデスクの方へと向け、一発放った。すぐ近くにあった事務用椅子の背もたれに派手な大穴が開き、吹っ飛んでいく。

 正直な話、とんでもない劣勢だった。

 キャリコの全弾を撃ち尽くしたが、全て義眼で観測し硬い義手で弾き飛ばされる。とてもじゃないが、あの義手は9mm弾なんかじゃ貫通できなさそうだった。その上奴はタウラス・レイジングブルとかいう.500S&Wの化け物を片手で撃って来やがる。こちらは息も絶え絶え、必死に戦ってるが残りはミネベア・シグの弾倉が二つ半。大して向こうはニヤニヤしっぱなしで、いかにも余裕綽々といった様子だ。

(退路は……!)

 デスクの陰に身を隠し、視線で必死に退路を探す。ここは六階建ての廃ビル。今戒斗が居るのは三階。多少の怪我覚悟なら、飛び降りられないこともない高さだった。

 窓は――使えそうなのは、二か所。窓ガラスを突き破れば、行けるか。

「なぁにやってるんですかぁ。逃げてばっかじゃ、つまらないじゃないですか」

「やかましいッ」

 生唾を飲み込む。窓までの距離は数m。ここは三階だが、少なくともこのクソガキのレイジングブルで頭をスイカ割りされるよりは幾分かマシだ。それに、走ればなんとか間に合う距離だ。戒斗は意を決し、デスクの陰から飛び出そうと――

「おっと、そうは行きませんよ」

 麻生が片手でレイジングブルを発砲。.500S&Wの凄まじい轟音と共に、ガラスの割れる音が響いた。割れたのは、たった今戒斗が目標にして飛び込もうと画策していた窓だった。

「そう簡単に逃げられるとでも思いましたかぁ?」

「……クソッタレ」

 戒斗が冷や汗を垂らしている中、麻生はたった今発砲したレイジングブルのシリンダーをスイングアウト。バカみたいに長くて太い空薬莢を床に落とし、悠々と一発ずつ手でシリンダーに再装填している。

「舐めやがって」

「おやぁ? 何か言いましたかぁ?」

 半笑いを浮かべたまま、麻生はレイジングブルのシリンダーを再セット。撃鉄を起こし、その銃口を戒斗の隠れるデスクへと向けた。

「うーん、そろそろ飽きてきちゃいましたねぇ。楽しい楽しい鬼ごっこの時間も、ここまでですね」

 発砲。鉄製のデスクの一部が派手に抉れた。このまま同じところを狙われれば、薄い鋼板で出来たデスクは数発で容易く貫通され、もたれ掛かる戒斗の身体を弾頭が貫くであろう。残された時間は、あまりにも少ない。

(やるしかないってか……!)

 辺りを見回し、何か使えるモノが無いか探す戒斗。そこに、ゆっくりとした足取りで麻生は近付く。

「そろそろ、死んで頂けませんか?」

「死ぬのは――テメェだッ!!」

 戒斗は意を決し、デスクの陰から飛び出し、一発発砲。ミネベア・シグの銃身から飛ばされた9mm弾は麻生の足元を掠め――

「な、何ィッ!?」

 麻生は驚きの声を上げると共に、身体が白煙に包まれた。戒斗はニヤリ、と口元を綻ばせる。

 彼が撃ったのは麻生自身ではなく、そのすぐ真横に立てかけられていた古い消火器。つまり、白煙の正体は消火剤だ。これで、一時的にでも麻生の視界を奪うことに成功した。

「み、見えないッ……! 舐めた真似を!」

 白煙の中、視界が奪われた麻生は激昂する。視界は段々晴れてきてはいるが、これでは戒斗の姿を視認することはできない。

 消火剤の煙を晴らそうと麻生が必死に手を振っている中、ふと視界の端に微かだが、何かが見えた。

「そこですねぇ!」

 麻生は振り向きざまにレイジングブルを発砲。銃口から迸る凄まじい発砲炎マズル・フラッシュの向こうに、確かに手ごたえを感じた。

 その何かは、麻生の放った.500S&W弾を受け落下する。金属のような音を立てて。

「どこまでもコケに……!!」

 大分晴れてきた煙の向こうで、自らが撃ち抜いたモノを見た麻生は怒りを露わにする。彼が撃ち抜いたモノの正体は戒斗などではなく、投げられたであろう事務椅子だった。

(では、奴はどこだ? 逃げたか……?)

 既に大分薄くなった白煙越しに、麻生は視線を動かして戒斗の姿を探す。そして、彼は背後から迫ってきた何かに、肩を貫かれた。

「な、に……!?」

 左肩と脇腹に刺さっているのは、ブーツの中に仕込むような小型で、両刃のダガーナイフ。全体的に細身なフォルムのソレは、投擲に特化したモノであろう。麻生は一度レイジングブルをホルスターに戻し、未だ鋭い痛みを発するソレを引き抜いた。紅い血の付着した二本の刃が、カランカランと軽い金属音を立てて床に転がる。

「――うおァァッッ!!」

「な、なんだとぉっ!?」

 安易に銃を収めた麻生は、慢心していた。驚く彼の背後から、戒斗は迫る。その手の中にミネベア・シグの姿は既に無く、あるのは湾曲した刃を持つ一振りのカランビット・ナイフ。

(都合の良いことに、今奴は無防備……この機を逃して、勝機は無いッ!)

 麻生が振り向き身構える間も無く、戒斗はその懐に飛び込み、左手に逆手に握ったスーパーカランビットの刃先を麻生の左脇腹に埋め、思い切り引っ張る。湾曲した刃の形状も相まって、苦悶の声を漏らす麻生の脇腹は濁った濃い血液を濁流のように流し、深く、そして鋭く裂かれていく。先程投げたブーツナイフで穿った傷口まで一直線に裂き、そして斬り抜けた。刃先から滴った血が飛び、天井を汚す。血と脂の付着した鋭利な刃は、凶悪な人斬り包丁そのもの。

「あ――がッ――」

「貰ったッ」

 戒斗は駆け抜けざまに麻生の左腰ホルスターからレイジングブルをひったくり、再度距離を取る。汚れたスーパーカランビットを投げ捨て、2kg以上の重さを誇るタウラス・レイジングブル回転式拳銃リボルバーを両手に握って構えた。

「これで……形勢、逆転……だな……」

 すぐにでも発砲しようと思ったが、息絶え絶えで、手が震えて照準が定まらない。戒斗は震える手でゆっくりと、重い撃鉄ハンマーを起こしていく。

「こ、この僕に、接近戦だと……?」

 破いたタンクトップで手早く傷口を縛り止血を施した麻生が、苦悶の混ざった声で呟く。こんな時でも冷静に処置が出来るあたり、流石は強化兵士といったところか。戒斗は心のどこかで感心していた。

「僕に深手を負わせたのは、貴方が初めてですよ……お礼に、貴方は最大限の苦しみを味あわせてから殺してあげますよ……!」

「ああそうかい。ついでだから、初めて殺した人間にもノミネートさせてくれや」

「ほざけ……ッ! 今の言葉、必ず後悔させてやる……!」

「はいはい。地獄でゆっくり後悔してな」

 戒斗は笑って言うと、レイジングブルの引き金トリガーをゆっくりと絞った。解放されたバネの力で撃鉄ハンマーが落ち――虚しい金属音だけが、廃ビルの中に響いた。

「なんだと……?」

「ざぁんねん。左側はまだ装填してないんですよねぇ」

 戒斗はレイジングブルのシリンダーをスイングアウトさせ、確認する。……確かに、五つの穴に詰まっているのは全て、空薬莢だった。

「畜生ッ!」

 その言葉と共に、戒斗は弾切れだったレイジングブルを勢いよく投げ捨てる。

「もし右側に差さってる方を取られてたら、ホントに危なかったですが……運が無かったですね」

 麻生は痛みに顔を引き攣らせながらも、再び気持ちの悪いねっとりとした薄ら笑いを浮かべる。そして、右手で残ったもう一対のタウラス・レイジングブルをホルスターから抜いた。

(どうする……!? ナイフ類も全て喪失。残ったのは拳銃一丁ときたもんだッ。こういう時に限ってコンテンダーは持ってねえんだよド畜生がッ! 格闘戦……なんて冗談じゃない! 戦闘用義手相手に二度目、しかも真正面からりあって敵うものかッ)

 駄目だ、打つ手はない。戒斗は半ばヤケクソで、ショルダーホルスターから抜いたミネベア・シグの銃口を向ける。

「うおおああァァッ!!」

「それじゃあ、さよならです。”黒の執行者”」

瞬間、二つの銃声が重なった。

「な……に……?」

 遠くで、何か重い金属の塊が落ちる音。驚愕の表情を浮かべ、掠った銃弾で頬から血を流す麻生の右腕義手は、肘から先がすっぽり消え失せていた。その光景を見た戒斗は驚きつつも、フッと笑って言う。

「……ったく、良いとこ持っていきやがって」

「間一髪、でしょうか……ご無事で何よりです。戒斗」

 義手の断面付近に伸びるのは、白銀に輝く一振りの日本刀。ソレを持つ、和服のようにも見える忍者装束をその身に纏った小柄な少女――長月 遥は静かにそう告げた。

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