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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第五章:過去からの刺客!? 凶悪逃亡犯の名は戦部 戒斗
41/110

物言わぬ証人! 回り始めた宿命の針

 銀行強盗に巻き込まれた翌日、戒斗と琴音の二人はエミリアに連れられ、とあるボロアパートまで来ていた。そこの目の前には数台のパトカーが停まっており、、数十人の制服警官と鑑識、背広を着た刑事がせわしなく歩き回っていた。

 鉄製で、赤錆だらけの階段を上る。一歩踏み出すたびに軋み、ギィギィと耳障りな音が響く。

「こっちよ」

 前を歩くエミリアに倣い、手すりと壁の間に渡された黄色い規制線を潜る。動き回る鑑識達の間を縫って、『204』とドアに記された部屋へと踏み入った。

 入った瞬間、微かにだが、ツンとした刺激臭――血の臭いを戒斗は感じ取った。廊下を渡り、奥へ奥へと一歩進む度、その臭いは強くなっていく。開け放たれた扉の向こう、リビングの板張りの床には、赤黒く固まった大量の血痕。その真ん中あたりを、人型に配された白線が。

 一応エミリアから事前に、ここが殺人現場だということを聞かされてはいたが、いざ直面してみるとあまりいい気分ではない。戒斗は窓を開けてこの血で濁った空気を入れ替えたい衝動に駆られる。

「お疲れ様です。桐生刑事」

「ああ、どうもエミリアさん」

 エミリアが話しかけた刑事は振り返り、敬礼を交えつつ言葉を返す。歳は見るからに若く、人当たりの良さそうな顔つきだった。パリッとした黒いスーツを着込むこの刑事こそ、本日顔合わせする予定だった捜査一課の刑事、桐生きりゅう 拓哉たくやその人だった。

「アンタが、桐生刑事かい?」

「ええ。そういう貴方は、エミリアさんが雇ったっていう傭兵」

 ああそうだ。と言って戒斗は、自らの名刺を桐生に手渡す。それを受け取った桐生は、まじまじと名刺を凝視する。

「……へぇ、その若さで傭兵ですか」

「ま、色々あったもんでな」

「そちらの方は?」

 戒斗の少し後ろで、室内の何とも言えない空気に困惑している琴音を見て尋ねる。戒斗はただ一言、「俺の助手だ」とだけ告げた。

「そうですか。また個人的に依頼したいことが出来たら、ご相談に伺いますよ」

 桐生は受け取った名刺をスーツジャケットの内側に入れ、エミリアに向き直る。

「エミリアさんにもお伝えした通り、被害者ガイシャは傭兵。この間殺された刑事に雇われていたそうです。被害者ガイシャはこの部屋で何者かに襲われ、そこに転がってるライフルで抵抗を試みるも、眉間を一発、胸と腹を三発ずつ撃たれたようです」

 その言葉を聞いた戒斗は一歩進み出る。人型の白線――少し前まで死体が転がっていたであろう血溜まりの少し離れた所に、一挺の奇抜な形をした突撃銃アサルト・ライフルと、そこから排出されたであろう空薬莢が数個、落ちていた。白線の足元付近には、犯人が落としていったであろう空薬莢も転がっている。戒斗はしゃがみ、床に置かれた突撃銃アサルト・ライフルを注視する。

「ほう……FADか」

 珍しい突撃銃アサルト・ライフルだったもので、ひとりごちてしまった。

 抵抗に使ったであろうライフルの名は、FAD。ペルーのSIMAエレクトニカが開発したブルパップ式の突撃銃アサルト・ライフルだ。弾倉こそM16などと同じタイプのモノだが、それ以外の外見は奇抜以外の何物でもない。人間工学的に設計されたであろうレシーバーに、丸みを帯びた、有機的な印象を抱かせるグリップ。知らない人間が見れば、SF映画のプロップだと言えば信じるような未来的外観だった。戒斗ですら、実物を見たのは初めてだ。

「ええ。被害者ガイシャは傭兵であると同時に、重度のガンマニアだったようです」

 桐生が淡々とした口調で言う。

「犯人が使った弾だが……これ、SS190じゃないか?」

「よくお分かりになりましたね」

「まあな。拳銃弾並の大きさのボトルネック薬莢といえば、コイツかH&Kの4.6mmしか思いつかん……となると、犯人が使ったのはP90か5-7(ファイブ・セブン)ってことになるか」

「それが、何か?」

「この二挺の使うSS190は貫通力、ストッピング・パワー共に強力な拳銃弾だ。その代わり銃本体、弾薬共に高額で、そこいらのチンピラが使うような代物とはとても思えん。この哀れなガンマニアを襲った犯人は余程の知識と財力があるか、もしくは何らかのバックアップを得た本職か。俺の意見を言わせて貰えれば、後者だと思うがね」

「何故」

「簡単さ。余程の恨みでもない限り、マニアは同好の志を殺したくはならんよ。仮にそうだとしても、こんな地味なのじゃなくてもうちょい派手なのを使うさ。試し撃ちを兼ねてな」

 戒斗の説明を聞いた桐生は、手を顎にあてふーん、と考え込む。

「……ふむ。何らかの怨根による犯行と見ていましたが……成程成程。そちらの線も視野に入れてみましょう。感謝します」

「いやいや。お役に立てたようでなにより」

 言うと戒斗は立ち上がり、部屋から出ようと玄関に向かって歩き出す。空気に耐え切れなくなったのか、若干顔色の悪い琴音も後に続く。

「あら、戒斗どうしたの?」

 その背中を、エミリアは呼び止める。

「これ以上俺が居ても、捜査の邪魔にしかならんだろ。おとなしく帰るとするさ。じゃあな」

 それきり言って、戒斗は琴音を連れて出て行ってしまった。

「……エミリアさん、何者なんです? あの男。幾つも死線を潜ってきた眼ですよアレは」

 残された桐生が、神妙な面持ちで呟く。

「”黒の執行者”って異名の付いた傭兵、知ってる?」

「ええ。確かアメリカで数多くの凶悪事件を解決し、サイコキラーの傭兵、”人食い蛇”の浅倉を仕留めたっていうあの……」

「彼、その本人よ」

 聞いて桐生は、信じられないと言いたげな驚愕の表情を浮かべる。

「いやでも、あの若さですよ? 流石に冗談でしょう」

「冗談だったら、私がわざわざ名指しで指名したりなんかしないわよ」





 その日の日没後、使っていなかったワルサーPPK小型自動拳銃の整備を終え、丁度戒斗が夕飯の準備に取りかかろうとしたその時、ピンポーン、とインターホンが鳴った。「こんな時間に誰だ?」とぶつぶつ呟きつつ、カメラ付きインターホンのモニタに映し出された来客の姿を見る。黒いスーツを着込んだ、明らかに日本人ではない顔立ちの――

「……エミリア、何しに来た」

 呆れた表情で、戒斗は受話器を取った。モニタに映し出されたエミリアはニッコリと笑って、「お邪魔させてもらうわよ」と告げる。

「悪りいが今から飯の支度だ。帰れ」

「へぇー。このドア、.45口径何発で突破できるかしらね」

「だぁーっ分かった分かった! だからそれだけはやめろ! 俺がマンションから追い出されかねん!」

 戒斗が観念すると、エミリアはよろしい、とにこやかな表情を浮かべたまま、見せびらかすように右手に持った凶悪なカスタム・ガバメントをホルスターに戻す。

 ハァ、と憂鬱な溜息を吐いて、戒斗は玄関を開け、エミリアを迎え入れた。適当な来客用スリッパを出し、リビングに案内する。

「で、こんな時間に何の用だ」

 湯飲みにティーバッグを突っ込んだ緑茶を、ソファに座らせたエミリアの前に置いた戒斗は不機嫌そうに問う。テーブルにはPPKと部品一式が置いてあったが、相手が相手だし気にしないでおく。

「あらあら、レディーに詮索する気?」

「人の家の玄関を平気で吹っ飛ばそうとする奴のどこがレディーだッ」

「冗談よ、冗談。ちゃんと用があって来たの。……あら、グリーンティーってこんな美味しいのね」

 笑いながら、エミリアは湯飲みの緑茶を飲み込む。

「昼の殺人事件の犯人、特定出来たわ」

 エミリアの真剣な眼差し。冗談ではないのだろう。しかし、幾らなんでも早すぎないか?

「……いやに、早いな」

「ええ。とんだ間抜けでね。三か所ぐらいにベットリ指紋が付着してたわ。前科もあったから、すぐに特定できた。犯人の名前は酒井さかい 雅夫まさお。少し前にボスが何者かに襲われ、命を落とした後空中分解した武部貿易の人間よ」

 武部貿易、という言葉に戒斗は一瞬ドキリとする。瑠梨の依頼で殺したターゲットは武部貿易のボス、武部たけべ 直人なおとだったが、まさか組織自体が崩壊していたとは知らなかった。

「……で、そのチンピラを、どうしろと」

「簡単な話よ。明日の夜、帰ってきた酒井を逮捕する。でも相手が相手だから、戒斗にも手伝って欲しいの」

「そんなこと、機動隊かSATでも使えば済む話だろ」

「経験豊富な貴方の力を借りたいのよ。万が一、ってこともあり得るしね。戒斗は近くで待機していて、万が一酒井が逃走した時に捕まえる役をお願いするわ」

 一度息を大きく吐き、戒斗は分かった、と観念したように了承した。

「それと、琴音ちゃんは連れてこない方がいいわ」

「何故?」

「人質に取られる可能性もあるからよ。それに、逮捕なんて汚い瞬間、私は見せたくないわ」

「わーった分かった。俺一人で行くさ。それでいいんだろ?」

「ありがと。それと、幾つか武器を借りても良いかしら。流石にこれ一挺だと心許ないわ」

「はいはい。適当に見繕ってくるからそこで待ってな」

 言って戒斗は、自室から取ってきた武器庫の鍵を使って中へと入っていった。十数分の後、戒斗は武器庫からベネリM4半自動式散弾銃と、ベレッタM93R自動拳銃と予備弾倉幾つかを抱えて出てきた。それを、ソファのテーブルにドカッと置く。

「これでどうだ。弾は自分で買え」

「わぁ凄い」

 目を輝かせてベネリM4をエミリアは眺めている。M93Rも、手に取って確かめていた。

「ソイツは三点バーストだ。余程の筋肉ダルマでもない限り、一発ノックアウトさ」

「でもこれって、普通買えないんじゃないの?」

「俺のライセンス取得数を舐めるなよ」

 それもそうね、と言って、エミリアは今受け取ったモノを持って立ち上がる。

「お、もう帰るのか」

「ええ。都合よく車で来てるし、積めるから心配いらないわよ?」

「ああそうかじゃあなさっさと帰れッ!」

 勢いよく玄関を閉め、エミリアを叩き出した。ドアの向こうから「つれないわねー」とかよく分からん声が聞こえるが気のせいだろう。うん。そういうことにしておこう。

 今度こそ夕飯を作ろうと廊下を歩いていると、風呂から出た寝間着姿の琴音と出くわした。

「戒斗、お客さんでも来てたの?」

「ああ、エミリアの奴がな。いい迷惑だぜホント……」

「ふーん」

 それ以上、彼女は何も聞かなかった。





 翌日、ふと気まぐれで、戒斗は琴音を連れ、徒歩数分の距離にあるラーメン屋へと来ていた。四角く見える建屋の窓から見る限り、今現在客は一人も居ない。それもそうだ。時刻は午後三時半過ぎ。こんな微妙な時間に来店する客もそう居まい。

 ドアを開け、来客を知らせるベルの音と共に二人は入店する。十数個の丸イスのあるカウンター席と、畳の上に長い座卓の置かれた座敷席が三つあった。店内は清潔そのもの。第一印象は最高だった。

「いらっしゃいませー。お客様二名様で……って戒斗!?」

 バイトらしい若い店員が、戒斗の姿を見て突然驚く。

「ん……ってお前、遠藤かッ!?」

 戒斗もまた、店員の姿を見て驚く。バイト店員は、戒斗の学園内での数少ない友人、遠藤えんどう 直紀なおきだったのだ。

「遠藤お前、ここでバイトしてたのか」

「言ってなかったか? っていうかお前、琴音も一緒ってことは……やっぱりお前らそういう……」

「投げ飛ばすぞ」

「すんませんした」

 いつも通りのやり取りを交わしつつ、案内されカウンター席に座る。

「っらっしゃい!」

 カウンターの奥から響く、低く威勢のいい声。遠藤と似たような制服を着た、小太りで少し髪が薄く見える中年の男が立っていた。

「あ、こちら店長ね」

 お冷を持ってきた遠藤が言う。

「ご注文は何に?」

 戒斗と琴音、二人共とりあえず餃子定食を注文。何やら醤油の濃さやら背脂の多さ、麺の固さやら色々こだわりで選べるらしいが、初見なので特に何も指定はしなかった。

「店長! ギョー定二つ!」

「あいよ!」

 少し待った後、すぐに全て運ばれてきた。湯気の立つラーメンはスープの上に結構な量の背脂が乗っており、明らかに油分が凄まじい。健康に悪そうといえばそれまでだが。焼きたての餃子は表面がカリっと焼かれている。付属のライスは見る限り、固めだろう。

「ギョー定二つ、お待ちッ。ご注文は以上で」

「ああ」

「ではごゆっくり~」

 ラーメンやらを運んできた遠藤から伝票を受け取り、戒斗と琴音の二人は箸を取った。

「……美味しい」

 先に麺を啜った琴音が、思わず呟く。戒斗も続いて、熱々の麺を啜る。

「……これは」

 戒斗は驚愕した。麺は細いタイプで、普通より少し柔らかいといったところだ。麺の良さもさることながら、醤油ベースのスープと、浮かぶ背脂、そして一味唐辛子と絶妙に合う。細麺だからか、喉に掛かる負担も少ない。ズルズル、ズルズルと夢中で啜り、すぐに麺を食い尽くしてしまった。

 次はチャーシューを噛む。柔らかいソレも、中々に旨かった。最後にスープを啜る。確かに見た目通り、油分は多い。しかし、それを忘れさせるほどに旨かった。程よい温度に加え、ベースの醤油が効いてて良い。背脂が醤油の味を更に引き立てていた。そして何よりも、肝は一味唐辛子であろう。この少しの辛さが、味にメリハリを付けている。

 ライスをちょこちょこつまみつつ、餃子に取り掛かる。備え付けられた小皿を一枚取り、プラスチック製の容器からタレを注ぐ。カリカリに焼かれた餃子を一つ、箸で掴み、タレに付けて口に放り込んだ。

「どうだい、兄ちゃん?」

 にこやかな表情で、カウンターの向こうの店長が言う。

「……ああ、旨い」

 一言、そう呟く。餃子は旨かった。そうとしか形容できない味だ。皮の表面こそカリッと焼かれているが、一口噛めば柔らかい。具の肉を噛めば噛むほど、凝縮された味が沁み出てくるような錯覚すら抱いた。

「「ご馳走様」」

 二人はほぼ同時に食べ終わった。

「喜んで頂けたようでなによりさ」

 店長が優しい笑みを浮かべる。

「最高に美味しかったですよ、店長さん! ね、そうでしょ戒斗」

「ああ。色々回ってきたが、ここまで旨いのは久しぶりだ」

 嬉々として店長に話しかける琴音に、戒斗も同調した。

「そいじゃあこの辺で上がりますわ。店長お疲れ様でしたー。んじゃあ戒斗、また学校でな」

 一言言って、遠藤は店の奥へと去っていった。どうやらシフト終わりの時間らしい。

 店長はふぅ……と一息吐き、口を開く。

「なぁ兄ちゃん。アンタ傭兵だろ?」

 心臓が高鳴る。

「何故、それを?」

「アンタの立ち振る舞いやら見てたら、な。俺も昔はお前さんみたいに、戦って生きてた」

「傭兵、だったのか?」

「ああ。その制度が出来る前から、似たようなことばっかやってた。そしたらある日突然、虚しくなっちまってな。勢いでラーメン屋開業して、これさ」

 過去を思い返し、目を細める店長。

「そうか……俺はアンタの過去を知らない。けどよ」

「なんだ、兄ちゃん?」

「アンタは戦ってるより、そうやってラーメン作ってる方が似合ってる気がするよ」

 戒斗は言って立ち上がり、レジへと向かう。

「ありがとよ。そう言って貰えるだけで嬉しいぜ」

 嬉しそうにレジを操作する店長に、戒斗は伝票と共に自身の名刺を手渡した。

「俺の名刺、さ。何か困ったことがあったら来てくれ。力になるぜ。格安でな」

「嬉しいねえ。そいじゃあまいどあり! また来てくれよな!」

 店長に見送られ、二人は店を後にした。店長はたった今受け取った名刺を見つめ、ひとりごちる。

「『戦部 戒斗』ね……あれが鉄ちゃんの息子、か。随分と頼もしく育ったもんだ」

 店長は、厨房の片隅に置いてある写真立ての下に、戒斗の名刺を挟んだ。写真立てに映るのは、若かりし頃の店長と、彼の唯一無二の友。そしてその妻と、幼き息子の姿だった。

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