その手に握るのは”小さな力”
浅倉 悟史。
その名は聞きたくなかった。全ての人間の口から二度と発せられてはならない筈の名だった。
「か、戒斗……?」
背後に立つ琴音が戸惑いながらも気遣って声を掛けてくれるが、戒斗の耳には届かない。ついさっきまで胸倉を掴みあげていた欧米系の男は、手の力が抜けてしまった隙にアスファルトに後頭部を強打してしまったようで、今は口から泡を吹きだして気絶している。
何故?
あの男は確かに殺した。親父と、この俺の二人で。
あの時、二年前の太平洋で、確かに!
戒斗は無意識に近くのブロック塀に拳を叩きつけていた。右の拳に焼けるような痛み。鮮血が指先から滴り落ちる。
痛みで少しだけ冷静さが戻ってきた。戒斗はたった今殴りつけたブロック塀にもたれかかるようにその場に腰を下ろした。
「すまん、取り乱しちまったようだな」
そう言って、血に染まった右手を眺める。
「別に大丈夫よ。それより、さっきアイツが言ってた浅倉ってのが私を襲わせた張本人ってことでいいのかしら」
琴音も戒斗の真横に座り込む。
「浅倉か……二度と聞くことは無い名前だと思ってたんだけどな」
「知り合いなの?」
戒斗の右手に填められたフィンガーレスグローブを外し、手持ちのハンカチを傷口に巻いて軽い止血処置を施す琴音。すまんな。と戒斗は軽く礼を言い、男達の雇い主――浅倉 悟史について語り始めた。
「あの男は十年前、俺の片親を殺してるんだ」
息を呑む琴音。
「どうも奴の犯行現場にたまたま通りかかっちまったんだと。浅倉って男は心底イカれた野郎でな。何の目的も無く、ただ自分の闘争本能を満たす為だけに、人の生き血を啜る為だけに人を次々殺していくような野郎だ」
「浅倉はその後仕事か何かで渡米したんだ。奴も一応、ホントに一応傭兵の端くれでな。俺が”黒の執行者”とかいう異名を付けられてるように、奴にも自然と名付けられた名前がある。”人喰い蛇”だとさ。お似合いだろう? 頭のイカれた快楽殺人鬼にはな。その後すぐに奴を追って親父は俺を連れてアメリカに渡った。奴に復讐する為に。でも七年間、浅倉の消息は何故か掴めなかった。だからってその間無駄に過ごしたわけじゃない。親父は昔フランス外人部隊に居たらしくてな。退役した後もフリーの傭兵として各地を転戦して回ってたんだとよ。そんな親父――戦部 鉄雄から俺はあらゆる戦闘技術を叩き込まれた。格闘術からヘリの転がし方まで何から何までだ。十五で俺は晴れて傭兵デビューさ。初仕事から二ヶ月後だったか、遂に浅倉の居場所が判明したんだ。どうやら親父の昔の知り合いで、今は米政府の結構なお偉いさんらしい奴の力を借りたみてえだ。CIAやら動かしまくってな。偵察衛星が捉えたのは、太平洋上を航海していたタンカーだった。これは後から聞かされたんだが、どうやらどこぞの発展途上国だかテロリストの連中に核弾頭を売りとばす予定だったらしくてな。そのタンカーに積まれてたんだ。数発の核弾頭が」
あまりにも自分の世界とは次元が違い過ぎる話に困惑しつつも、琴音は決して話から耳を逸らそうとしない。戒斗は更に話を続ける。
「一応CIAからの正式な協力要請といった形で浅倉の討伐作戦が立てられた。そりゃそうだ。今浅倉が運んでる核弾頭はいつか自分達に牙を剥くかも知れないんだからな。彼らとしてもここで食い止めておきたかったんだろうよ」
「そして俺達は数十人のCIA実動部隊と共にヘリボーンでタンカーに乗り込んだ。途中アイツの部下達からの激しい抵抗にあって半分近くのCIA職員が命を落とした。それでも俺達は止まることなく奴を追い詰めた。その時俺と親父の後に居たCIAの奴は確か四人だったか? 俺達が決着をつけるってことで後ろから来る奴等を足止めさせた。浅倉はたった一人で立っていた。忘れもしないさ、タンカーの甲板先端に立ったアイツの顔は。追い詰められてるってのにすげえ楽しそうに笑ってるんだぜ? まるでこの時を待っていたと言わんばかりに」
「そっからは撃ち合いよ。お互い傷だらけになりながらな。右腕を吹っ飛ばされたアイツはタンカーに仕掛けてたらしい爆薬を起爆させて自爆したよ。まあ時限式だったのが幸いして俺達はギリギリヘリに飛び乗って助かったんだがな。最期まで恐ろしい奴だった。片腕吹っ飛ばされても笑っていられるなんてどうかしてる」
「その後俺は浅倉を、”人喰い蛇”の浅倉をブチ殺したってことで自然と名前が知れ渡ってな。向こうじゃ黒髪が目立つらしく、黒髪の処刑執行者――”黒の執行者”なんて大層な異名が付いてたって訳さ。それで全て終わり。あのイカれ野郎は地獄に堕ちて万々歳。それで終わってたはずだった……まさかあの状況で生き残るなんて」
語り終え、深い溜息を吐いて戒斗は立ち上がり、左手を琴音に差し伸べる。
「長々と話してすまなかったな」
手を引かれ立ち上がる琴音。
「……そりゃ何も言わずに居なくならざるを得ないわね。戒斗が傭兵になってたのもなんか納得した」
ポケットからスマートフォンを取り出し、警察に男達の身柄を引き取るよう戒斗は電話で要請すると、改めて琴音に向き直った。
「奴に狙われてる原因は分かるか?浅倉が人を使ってまで狙う理由が俺には理解できない。少なくとも俺の知ってる奴ならその辺の通行人を襲ってるはずなんだ」
と言われたところで、琴音に思い当たる節は無い。その旨を伝えると、戒斗は珍しく困ったという表情で琴音の手を引っ張り歩き出す。
「ちょちょっと!どこ行く気なのよ戒斗!?」
「このままだと真面目にお前の命が危ないからな。単刀直入に言わせて貰う。暫く俺の家に住め」
「はあ!?」
薄暗い小部屋。光源になっているのは数個の液晶ディスプレイのみの部屋に、二人の男の姿があった。
「折鶴の娘を捕えられなかったようだな?浅倉」
そのうち一人、ディスプレイの置かれたデスク前、椅子に深く腰掛けたスーツ姿の男がもう一人の男――ソファに腰かけてコーヒーを啜っている三十代半ば、パーマがかけられた茶髪が特徴的な男――浅倉 悟史に向かって神妙な表情でそう言った。
「その件だがよ旦那、どうにも一筋縄じゃいきそうにねェな」
「何?」
「戦部の一人息子――”黒の執行者”が絡んできやがった」
スーツの男は浅倉の言葉を聞くと手元のマウスを操作し、様々な情報ウィンドウをディスプレイ内に表示させては消していく。
「……戦部 戒斗とかいう奴か」
「タンカーの上でドンパチやった奴さ。ありゃ最高の気分だった。あそこまで俺を楽しませる奴はそうそう居ねぇぜ」
浅倉は二年前、自分の右腕を吹っ飛ばした男の姿を思い浮かべて笑っていた。
「まあいいだろう。暫くは貴様に任せる。必ず折鶴の一人娘を捕えるんだ、いいな?」
「与えられた仕事はこなすさ。その娘以外は殺しても良いんだろォ?」
スーツの男は目頭を押さえ、好きにしろ。と浅倉に言った。
戒斗が目を覚ますと何故かいつものベッドではなく、自宅のリビング兼応接間のソファに寝転がっていた。
寝起きで起動しきっていない身体を無理矢理起こし、時計を確認する。時刻は午前十時半少し前。本日は火曜。普通に考えて今日も学園に登校しなければならない。
まあ欠席で良いだろ。昼からわざわざ登校する気力もない。何故か昨日はもの凄く夜遅かった気もするしな。
二度寝する為に自室のベッドに向かう戒斗。掛布団を軽く捲り上げ、枕に頭を突っ込む。
今日は休業日だ。たまには休息も必要だからな。
そんなことを思い浮かべつつ、意識は段々夢の中に堕ちていく。
「ん……」
無意識に腕を前に伸ばしたら、何かやたら柔らかいモノに触れた感触がした。はて、こんなところに枕なんて置いたか?
いや、待てよ。確か昨日もの凄く夜遅かったよな。じゃあ何やってたんだ?
覚醒していく戒斗の意識。
確か昨日は……依頼をこなして、浅倉が生きてるのが分かって、それで琴音を……ん?琴音?
段々と昨日の記憶が蘇っていくにつれて顔から血の気が引き、青ざめていく。
そういや琴音が危ないからってここに住まわせることにしたんだよな?そんで親御さんを説得しにいったら俺の事を覚えてて、事情説明したら「戦部くんなら安心ね~」と二つ返事で許可貰って、それで――
腕を伸ばした先から時折布擦れの音が聞こえる。耳を凝らせば、戒斗以外の人間の息遣いが聞こえないこともない。
よく考えたらこの感触、枕ってか綿の感触じゃないな?もっとこう、有機的な何かというか――
「へぇー……朝っぱらから何やってんだかこのド変態は……」
あこれ琴音だわ。
しかし気づいた時には時すでに遅し。寝起きの鉄拳制裁を食らった戒斗の身体は気づけば壁にめり込んでいた。
「あ痛たたた……」
さっき鉄拳制裁を食らった胸が痛む。とても痛む。
「人の胸揉んどいて何言ってんだか。自業自得よ」
ふくれっ面の琴音はそう言いながら、朝食兼昼食の焼鮭を突っついている。時刻は既に午前十一時を過ぎていた。今日は二人とも欠席だ。
「まあでも昔に比べたら大分成長したんじゃないか?」
「戒斗、そんなに死にたいの?」
あ、こりゃ駄目だ。琴音の眼がマジになってやがる。
琴音から逃げるようにして空になった食器をキッチンの流し台に運び、、食器洗いを始める戒斗。
数分後に琴音も食器を持ってきたので、ついでにそれも流しにブチ込む。
「ん? ありがと」
自分で洗うつもりだったのか琴音。
「いやまあ一応俺の家だしな。洗い物終わったらちょっと外出るから付き合ってくれ」
「はいはい。それまで適当にしてて構わないわよね?」
そう言ってリビングに戻った琴音はテレビのスイッチを入れ、昼のワイドショー的な何かを観始めていた。
画面の向こうでは、六十代の大御所芸能人が司会でお昼のニュースが報じられている。中東情勢がどうのという物騒な話題から、昨日の野球の結果はどうのとかいう話題まで様々だ。流石は昼の番組といったところか。
「よしこれで終わりっと。琴音、そろそろ準備してくれ」
十分ほどで洗い物は終了。戒斗は自室に戻って手早く着替え、いつものロングコートを羽織る。
「戸締り戸締りと……琴音は先に外出ててくれ」
「はいはい」
家の戸締りを確認。ブーツを履いて外に出る。ドアの向こうには先に出ていた琴音が立っていた。髪型こそいつも通りの長いポニーテールだが、Tシャツの上にベスト、そこそこ短めのスカートに膝まで届いた黒いニーソックスにブーツを履いていた。良いセンスしてるなと戒斗が率直な感想をつい漏らすと、琴音は嬉しそうに口元を綻ばせた。
ドアの鍵を閉め、マンションの階段を下って駐車場に降りる二人。サンセットオレンジの車体が眩しいスポーツカーに乗り込んだ。シートベルトを締め、エンジンを始動。タコメーターが一瞬高回転域まで伸び、V型六気筒DOHCエンジンが唸りを上げた。後部チタンマフラーから排気ガスと共に排出される重厚なエグゾースト・ノートが車内にまで響く。
数分のエンジン暖気の後、駐車場を出る。相変わらず車内に流れるのは戒斗の趣味である七十年代ロックだった。陽の光があちこちに反射して眩しい。予め積んであったサングラスを戒斗は片手で装着した。
「ところでさ、どこに行くわけよ?」
琴音が訊く。そういえば行き先を伝えてなかったな。
「ちょっとした行きつけの店さ。大したことは無い。ちょっとどころじゃない変わり者の幼女が店長やってる店さ」
十分ほど車を走らせ到着したのは、二階建ての大きな店舗の店。昔馴染みの銃砲店「ストラーフ・アーモリー」の日本支店だ。
駐車場に車を停めて、ガラス張りの手動ドアを潜って二人は店内に入った。
「うわぁ……凄い量」
所狭しと陳列された銃砲類に圧倒されている琴音。
「レニアス居るんだろー。お客様だぞー」
「だから目の前におるじゃろうが!」
よくよくみたらカウンターの向こう側に小さな何かが動いているのが見えた。ホント小っせえなレニアス。真面目に視界に入らなかったわ。
「ああ居た居た。ちょっと奥の射撃場借りていいか?」
「構わんぞ。銃は何を持っていくんじゃ?」
「適当に、女の子でも撃ちやすいようなハンドガン五挺ぐらい適当に見繕ってくれ」
銃を取りに店の奥に引っ込んでいくレニアスを尻目に、琴音の手を引いて射撃場の方へ歩いて行く。
「幾ら俺が護衛に入るとはいえ、四六時中張り付いていられる訳でもないからな。最低限身を護る術は覚えといて欲しい」
「え? ああ、うん。でも私銃なんか撃ったことないよ?」
「大丈夫だ、俺が教える」
ドアを一枚潜って射撃場に入る。映画やドラマに出てきそうな感じで、小さな仕切りで六つのブースに仕切られていた。一番手前のブースに戒斗が入り、備え付けのペーパーターゲットを天井から吊るされたクリップに留め、リモコンを操作して10m程遠ざけた。
「まあとりあえず一回見てみれば良いさ」
戒斗はそう言って、左脇に吊るしたホルスターから慣れた手つきでミネベア・シグを抜き、片手で引き金を引く。火薬の破裂音と共に射出された9mmルガー弾は一直線にペーパーターゲットのほぼ中央に命中し、穴を開けた。
続けて連射。次々放たれるフルメタル・ジャケットの弾頭は大体中央に全て命中。
スライドが後退しきった状態で止まり、射手に弾切れを知らせた。
「まあこんな感じよ。まあ来な」
後ろで戒斗が射撃する姿を見ていた琴音を招き寄せる。ペーパーターゲットを新しいモノに交換し、弾倉交換の済んだミネベア・シグを琴音の両手にそっと握らせてやった。
「右利きで良いよな?」
「う、うん」
慣れないことに琴音は戸惑っているようだった。戒斗は後ろから琴音の両手を握って構えを教えてやる。意識せずに、背後から抱きつくような形になっていた。
「右手はVの字を作るような感じで、グリップを丁度真ん中ぐらいに食い込ませるんだ。しっかり握って、力を入れすぎない程度に。人差し指は撃つ時以外は安全の為に伸ばしておくこと。引き金は絞るように引いて。少し前傾姿勢というか、前のめりになるといい。狙いは両目を開いたまま、利き目の方でな」
琴音の手に覆いかぶさるように手を添える戒斗。琴音は教わった通りに、恐る恐る引き金を引き絞る。
撃鉄が落ち、ファイアリング・ピン越しに薬室に装填された薬莢底部の雷管(プライマ―)を叩き、火薬を激発させる。 火薬の力で撃ちだされたフルメタル・ジャケットの弾頭は銃身内部に深く刻まれたライフリングに食い込み、高速回転しながら外界に射出された。
金属同士が激突する甲高い音が響く。どうやら狙いは外れ、弾は鋼鉄製の壁に当たったようだ。
「結構反動あるのねコレ……」
予想外に重い反動に驚いている琴音。
「まあそのうち慣れる。次はもうちょっと左だ。そう、そんな感じだな」
もう一度引き金を引く。今度はペーパーターゲットに命中。ど真ん中とまではいかないが、当たりはした。
「そうだ、そんな感じだ。今の感覚を忘れないようにな。今度は一人で撃ってみろ」
戒斗が琴音から離れる。もう一度引き金を引く。先程までは戒斗がある程度抑制していたのか、予想外に大きい反動が琴音の両腕を襲った。思わず後ずさりしてしまう。弾は天井に命中した。
「慌てるな。反動を怖がることはない。じきに慣れる」
「わ、分かったわ」
二発目。今度はペーパーターゲットを掠った。
三発、四発と撃っていく内に、段々中央に弾は吸い込まれていく。
ラスト一発で遂に琴音はど真ん中に命中させることに成功した。
「やった!」
思わず飛びあがって喜ぶ。
「かなり飲み込みが早いな。向いてるんじゃないか?」
戒斗も思わず感心してしまうほどの上達ぶりだった。琴音からミネベア・シグを受け取り、ホルスターに戻す。
「持ってきたぞー」
丁度良いタイミングでレニアスが銃を持ってきた。滑車の付いた移動式の台の上には数挺の拳銃と、それぞれ対応した弾の箱が並べられている。
「ベレッタM92FSにPx4、シグザウエルP226とSW1911、5-7(ファイブ・セブン)を持ってきたぞ。それと戒斗の暇つぶし用にS&W M500にデザートイーグルもな」
と言って無い胸を張るレニアス。
「M92から撃ってみな。というかだな、暇つぶしで肩外れたら洒落にならんだろうが。まあ使うんだけどな」
戒斗はM92FSを琴音に手渡し、自分はM500とデザートイーグルを持って隣のブースに入った。
「よ、よし……」
琴音は戒斗の見よう見まねで初弾を装填し、構えて引き金を引く。
先程より少し軽い反動。放った弾は中央から少し下方に当たっていた。
「うーん、何とも言えないかな。これは?戒斗と同じ奴?」
M92FSを置いてP226を手に取る。
「同じシリーズだけどちょっと違うんじゃ。弾倉の大きさとグリップの太さ、後はマガジンキャッチの違いじゃな。P220なんて使う変態は戒斗以外にはそうおらん」
「誰が変態だ誰が」
隣のブースから戒斗が文句を垂れているのが聴こえてきた。
とりあえずこっちも撃ってみる。
引き金を引く。戒斗に借りた奴とそう変わらない反動だった。こちらは若干上方に命中。
「で、どうじゃ?」
「うーん……両方とも使いやすいは使いやすいんだけど、どうも握りにくいかな」
率直な感想だった。どうもグリップが太いというか、イマイチ手に馴染まない。
「それじゃあ5-7(ファイブ・セブン)も駄目じゃろうなぁ……SW1911を使ってみ」
次に手渡された銃の弾は、先程までの9mmと違いドングリみたいに大きな弾だ。
「試してみるね」
スライドを引いて、初弾を装填し構える。この動作にも大分慣れてきた。
引き金を引くと、先程までとは比較にならないほど巨大な反動に襲われた。思わず後ずさりしてしまう。
弾は案の定明後日の方向に行ってしまった。
「これは扱えないかな。どうも嫌い」
そっとSW1911をレニアスに返す。
「それじゃあ後は……これぐらいじゃな」
最後の拳銃、ベレッタPx4を手渡される。握った瞬間、今までとは違う、何か吸い込まれるような感覚にグリップを握った右手が襲われた。
「あ、これいいかも」
呟く琴音は、試し撃ちを始める。
ど真ん中に命中。二発目も、三発目も。
「これ凄くいい! これに決めるわ!」
全弾撃ち尽くすまで撃ったが、ほぼど真ん中に命中していた。
「手に馴染むというのもあるんじゃろうが、少し教えただけでこれとは……こりゃとんでもない逸材かもしれんぞ、のぅ戒斗?」
レニアスが感心した様子でそう呟く。
「ああ、それには同意する……ッ!!」
直後、凄まじい爆音が隣のブースから聞こえた。
「ああもう何なんだよホントコレ、人間が撃っていい銃じゃねえぞホント」
あー手が痛い、痺れた。
ぼやきながらM500を返す戒斗。
「で? その銃で良いのか?」
「うん、Px4だっけ? 凄く気に入った」
ブースの後ろにあるベンチに腰掛けて戒斗は一息つくと、レニアスにPx4と予備弾倉3つ、対応ホルスターと弾薬数箱を注文した。
「まいどー」
上機嫌そうにそう言って店の方に引っ込んでいくレニアス。
「ま、コイツは俺からのプレゼントさ。今朝の詫びも兼ねてな」
戒斗はそう言って立ち上がると、早速レニアスが持ってきたホルスターを琴音に着けてやる。戒斗と同じスタイルのホルスターだ。サイズを合わせ、ベストの下に装着。新品のベレッタPx4を突っ込んでやった。
「似合うじゃないか。ま、少しは頼りにさせてもらおうかな」
「ありがとう。でも本当に良いの貰っちゃって?」
「構わんさ」
戒斗は射撃場のドアを潜って、店の方に戻って行った。
(戒斗に貰った、私のはじめての……)
右手を左脇のホルスターに差さったPx4に一瞬添えて、琴音も射撃場を後にした。