Departure
枕の下でやかましい音楽と共に振動するスマートフォンの目覚まし機能で強制的に起こされた戒斗は、少しの不快感を感じつつ目覚ましを切り、身を起こす。時刻は午前十時ぴったり。布団から立ち上がり、自室の扉を開けてリビングに出た戒斗は真っ直ぐ洗面所に向かった。バシャバシャと派手に冷水を顔に跳ねさせると、まだ寝ていた頭が徐々に覚醒していくのが分かった。
汗ばんだ下着を着替えてリビングに戻ると、寝間着姿の琴音が丁度部屋のドアを開けて出てきた。
「んぁ? 戒斗?」
「はいはい。寝ぼけてねえでさっさと顔洗ってこい」
間抜けな喋り方の琴音を洗面所に追いやり、戒斗は朝食を用意すべくキッチンに立つ。といっても、鮭の切り身をグリルに突っ込み、白米を茶碗に突っ込むだけ。調理と胸を張って言える行為は辛うじて卵焼きがあるぐらいだが。
二人分の茶碗を用意し、鮭の切り身二枚をガスコンロのグリルに突っ込んだ戒斗は手早く卵を割り、専用の四角いフライパンの上に投下し卵焼きを焼き始める。卵の焼ける香ばしい匂いがたまらない。ひっくり返し、焼けた卵をぐるぐる巻いていく作業を繰り返す。その真横で、いつの間にか洗面所から帰ってきた琴音が冷蔵庫を漁り、中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し煽っている。彼女は少し飲むとキャップを閉め、ペットボトル片手にダイニングテーブルに座った。即座にテレビのリモコンを操作。平日午前中特有のワイドショーが画面に映し出された。
完成した卵焼きを丁度大皿に載せたタイミングで、グリルの中から鮭の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。卵焼きの乗った皿をとりあえずキッチンのカウンターに置き、長方形の皿を二枚取り出して、焼けた切り身を乗せていく。鮭の乗った皿二枚をカウンターに乗せ、再度卵焼きの皿を戒斗は手に取る。適当な包丁を流し台下に備え付けられた収納から一本抜き、適当な間隔で切り分ける。
白米の茶碗と箸、鮭の切り身に卵焼きと醤油受け、味付け海苔の乗ったお盆を二つ持って戒斗はダイニングテーブルへと歩き、琴音の前と、対面の自分の席に置く。一度キッチンに戻り、ティーパッグの緑茶を二つ、湯飲みに突っ込んでポットの熱湯を入れたモノを持ってきた。
「ん、ありがと」
置かれた湯飲みを啜る琴音。
「さて、それじゃあ頂こうか」
「そうね」
二人は日本人特有の、食事前の儀式――『いただきます』の動作をしてから、箸を取り朝食に手を付け始めた。
戒斗はまず、自らの作った卵焼きを一切れ取り、醤油を付けてから口に入れた。焼けた卵本来の味と、醤油の風味と香りが絶妙にマッチしている。硬すぎず、柔らかすぎず。噛んだ瞬間にとろけるような味わいだ。微かに残る熱さが、ある意味隠し味になっている。
「卵焼きは今日も旨い。流石俺」
「自画自賛はみっともないわよ。ま、戒斗の卵焼きが美味しいことには間違いないんだけど」
「だろ。俺は上手いんだよやっぱり」
「勝手に言ってなさい」
他愛のない雑談を交わしながら、二人は朝食を食べ進める。
次に戒斗が箸でつついたのは、鮭の切り身。数cmぐらい箸で切り分け、小骨に注意しつつその紅い身を口に入れる。辛口を選んだというのもあるのだろうか。噛んだ瞬間に染み渡る塩の風味が丁度いい具合に戒斗好みで、素晴らしい。切り身に残るグリルの熱のおかげで、二割増しにも三割増しにも旨く感じる。
「ところで戒斗」
「ん?」
話題を切り出した琴音に、戒斗は白米を頬張りながら答える。
「ああもう、口に入れながら話さない……傷はもう大丈夫なの?」
「背中の方は自分で見えないからアレだが、大丈夫らしいぞ。塞がったってよ」
「そう、良かった」
「そういや、リサの奴はどうした?」
「さぁ? 朝早くからどっか出かけていったみたいだけど」
「今日帰国だってのに、アイツは……」
「まあリサさんだし、時間までには帰ってくるわよ」
そんな会話を交わしていたら、いつの間にか二人は朝食を食べ終えていた。食器を流し台に置き、一通り洗い物を済ませた戒斗は自前のティーセットを用意。ダージリンの紅茶を淹れ、食後のティータイムと洒落込むことにした。
湯と茶葉を用意したティーセットをダイニングテーブルの奥、ソファの前のテーブルに置き、紅茶を一杯、ティーカップに注ぐ。戒斗自身の趣味でもあるため、特殊な注ぎ方も慣れた手つきでこなす。
「私も一杯いいかしら?」
「そう言うと思って、既に用意してある」
対面に座る琴音の前に、注いだティーカップを置いてやる。
「戒斗、ミルクは?」
「生憎、俺はストレート以外飲まん。欲しけりゃ自分で取ってこい」
「けちー。取ってきてくれてもいいじゃないの」
「文句垂れてる暇があったらさっさと取ってこい。折角のダージリンが冷めちまう」
脹れっ面でキッチンに向かう琴音の背を見送り、戒斗は淹れたティーカップにを手に取る。熱湯の湯気に混ざって、特有の濃く、奥行きの深い香りが鼻腔をくすぐる。まずは香りを楽しむ――これもまた、味わい方の一つだ。
ティーカップに口を付け、紅茶を口に含む。ダージリン特有の癖のない、しかし深く、渋みのある味わいが味蕾を刺激する。一切何も混ぜていないストレートの紅茶の為、混じりっ気のない茶葉本来の純粋な味わいだ。
「何も縛るモノがない昼少し前、静かな自宅で食後のティータイム……いいねえ。最高だ」
悦に浸る戒斗は、ふと思い立ってソファから立ち上がり、ベランダへと通じる大きな窓を開け放った。網戸越しに、夏の澄み渡った空気が流れ込んでくる。勿論、熱気もだが。
「戒斗、窓なんか開けてどうしたのよ」
ミルクを持って帰ってきた琴音が、不思議そうな視線を戒斗に向けている。
「まあまあ、とりあえず落ち着いて飲んでみな」
「そう言うなら……」
琴音は、自らのティーカップに口を付ける。するとすぐに、驚いたような表情を浮かべた。
「なにこれ……? いつも通り戒斗の淹れた紅茶は美味しいんだけど、いつも以上に美味しく感じる……」
琴音の様子を見て、ニヤニヤしながら戒斗は紅茶を飲む。
「そうだろ?」
「一体、何が違うの?」
「開け放たれた窓から流れ込む空気と、自然の音さ」
「えっ?」
「季節の風に乗って、蝉の鳴き声や、近くの川の流れる音。他にも色々聞こえるだろ」
確かに、聞こえていた。普段は耳障りに感じる蝉の鳴き声も、今の琴音にはとても心地よく聞こえる。
「へぇ……でもどうしてここまで違うように感じるわけ?」
「答えは簡単さ。雰囲気作りだよ、雰囲気」
戒斗は立ち上がり、やかましいワイドショーを垂れ流すテレビの電源を切る。そのままオーディオ機器に近づき、電源を入れ、棚から取り出した一枚のCDを吸い込ませる。数秒の読み込みの後、コンボスピーカーからピアノや管楽器、弦楽器の落ち着いた音色をバックに、優しいボーカルの声が響く音楽――ジャズが流れ始めた。
「わぁ……」
驚き、恍惚の表情を浮かべる琴音を見てニヤリとしながら、戒斗はティーカップに紅茶を淹れ直す。洒落たジャズと、紅茶の注がれる音が妙にマッチして心地良い。
「こんな具合に、だ。音楽や環境なんかで、紅茶の味はまた変わってくる」
「凄い、凄いよ戒斗! いつもと変わらない家なのに、凄いお洒落な空間に感じる!」
「ハハッ、そうだろうそうだろう。インドアの空間で楽しむのもいいが、たまにはこんな感じに、一味違う演出もまたいいもんだ」
「感動しちゃったわ。どこでこんな知識手に入れたのよ、戒斗?」
「まあ、昔色々あってな……ああ、にしても紅茶は良い。殺伐とした日常で癒しを求めるなら、やっぱり紅茶がいい」
「これには同意よ。こんなに美味しいモノだったなんてね……戒斗のこと、少し見直しちゃった」
二人は静かに、夏の空気と洒落たジャズ音楽をバックに紅茶を嗜む。
「ああ、これぞ愉悦……」
戒斗は、思わず一人呟いていた。
自室の机に座り、シングルカーラムの弾倉に弾を込め、フルロードされた弾倉を机の上に並べていく。戒斗は立ち上がり、机に置かれた自動拳銃――シグ・ザウエル社製のP220を日本のミネベア社がライセンス生産した仕様の、戒斗が個人的に『ミネベア・シグ』と呼んでいるモノ――を取り、スライドを動かし弾が装填されていないことを確認してから構えた。引き金を何度か引き、空撃ち。片手で狙ってみたり、腰溜めに構えてみるなど様々な動作を試す。
「やっぱ、使い慣れたコイツが一番だな」
右手に収まる相棒に信頼の眼差しを送り、戒斗は机の上から弾倉を一つ掴み、ミネベア・シグに叩き込む。スライドを素早く前後させ初弾装填。デコッキング・レバーを操作し、撃鉄を安全位置に戻してから左脇のショルダーホルスターに突っ込んだ。予備弾倉を右脇のポーチに入れ、ハンガーに掛かっていた半袖で薄手の上着を羽織る。机の引き出しから折り畳み式のファイティング・ナイフ――エマーソン社製のカランビット・ナイフをジーンズの左後ろポケットに入れ、クリップで引っ掛けて固定する。ウォレットチェーンで繋がれた長財布があるのを確認し、戒斗は自室を後にした。
「行くか」
玄関で、既に靴に履き替えた琴音に一言告げ、戒斗はスニーカーを履く。玄関ドアを開け、二人は外へと出る。施錠し、階段を使って駐車場まで降りると、戒斗の愛車であるサンセットオレンジのスポーツカーの前に、短く切り揃えられた金髪ショートカットを揺らした長身の女が立っていた。
「よぉリサ。待たせたな」
「ああ待った。デートで女を待たせる男は嫌われるぜ?」
「お前を空港まで送るだけだろうが。何がデートだ」
悪戯っぽく笑う彼女――リサは今日、一度ロサンゼルスに戻る。その為に、戒斗が空港まで車で送っていこうというわけだ。
「琴音も付いて来るのか? だったらお前の2シーターじゃ無理だろ」
「残念だったな。ソイツの隣を見ろ」
戒斗に言われ、リサは振り返る。サンセットオレンジのスポーツカーの向こう側に一台、真紅のボディカラーが目を引くスポーツセダンが停まっていた。
「ねぇ戒斗、まさか……」
恐る恐る琴音が訊く。
「ああ。買った」
「買った!? 買ったってそんな簡単に!?」
「そう驚くな琴音。傭兵の仕事は金だけは手に入るからな。ましてや俺みたいに危ねえ橋ばっか渡る人間は特に」
「はあ……」
驚き呆れる琴音とは裏腹に、リサは目を輝かせて戒斗の新車を眺めている。
「なぁカイト!? これ新しく出たアレか!?」
「ああそうだ。2リッター四気筒DOHCボクサーエンジンに直噴DITターボの着いた四輪駆動さ。ATだがな」
「なんだよ、オートマかよ」
戒斗の一言に、落胆したような表情を浮かべるリサ。
「馬鹿野郎。今のオートマ舐めない方が良いぞ。これからはオートマの時代だ。悲しいことにMTは消えゆく運命なのさ」
「まあ、そうだがよ……」
「オートマとマニュアルの談義は日が暮れるからこの辺にしておこうぜ。ちなみに上級モデル買ったからサスペンションはビルシュタインの奴だ。少々固いがな。ディーラーオプションのフルエアロやら、大型ウィングやら色々付けてあるぜ」
「早く、早く見せてくれ!」
眼を輝かせるリサに圧倒されつつも、戒斗は苦笑いを浮かべ運転席のドアを開け、エンジンを始動させた。メーターが無意味に動く演出と共に、エンジンが始動。ボクサーエンジンが唸りを上げる。
ボンネットのロックを解除し、開けてやる戒斗。エンジンルームにはピカピカのボクサーエンジンが据えられていた。エンジンカバーの上部には、ボンネットに大きく開けられたグリルから冷却空気を手に入れるために大型のインタークーラーが露出している。一本、いや正確にはベアリングによって二本が一本に纏められた、ディーラーオプションのスタビライザーがエンジンルームを横切って配置されていた。オイルチェッカーなど、メンテナンスに欠かせない部品は全て、手の届きやすいところに纏められている。長年のラリー経験で培われたノウハウが生かされている証拠だった。
「どうだ、リサ」
「たまんねぇな! 良い車買ったじゃねぇか、カイトォ!」
子供のようにはしゃぐリサを横目に、戒斗はボンネットを閉じて運転席に座る。シートの位置を調整し、シートベルトを装着。ギアをニュートラルに、サイドブレーキを引いたままアクセルを数度踏む。タコメーターの示すエンジン回転数が急速に上がり、ダッシュボード中央のデジタルブースト計がターボ圧の高まりを知らせていた。駐車場に響く、少々近所迷惑なエグゾースト・ノートが戒斗はたまらなく好きだった。いつものスポーツカー程ではないにしろ、良い音だ。
「さ、乗りな」
リサを隣の助手席に、琴音を後部座席に乗せ、戒斗は車を発進させた。
「あれから、二週間ちょっとか」
高速道路を疾走する車内で、助手席に座るリサが開け放たれた窓の外を眺めながらふと呟く。
「ああ。早いもんだな」
ハンドルを握る戒斗も、呟き返す。
あの依頼――戒斗が『Operation;Snow Blade《雪の剣作戦》』と名付けた事件から、既に二週間と三日の時が経過していた。戒斗が負った怪我の治療に専念している間、依頼主である遥は自らの故郷である里に、妹の死と事の真相を報告すべく一度帰っていた。未だ、彼女は帰ってこない。機械化兵士を二体葬ったのは収穫だったが、本来の目的である妹の救出は果たせなかった。その点で、戒斗にとっては手痛い事件だった。
「帰ったら私の方でも、色々と調べてはみる」
「ああ。すまないが頼んだ、リサ」
「別に良いってことよ。カイトの為になら、な」
それ以降、車内で会話が交わされることはなかった。いつも通り、戒斗の趣味である七十年代ハードロックがカーステレオから流れているだけ。
程なくして真紅のスポーツセダンは長い橋を渡り切り、人工島の空港へと到着した。駐車場に車を停め、トランクからリサのスーツケースを引っ張り出した後、三人はターミナルへと歩いていく。
無駄に広い空港ターミナルには、定番の土産物売り場の他に、この地域の名物であるきしめんの店やら、コンビニやらがあり色々と充実していた。時計を見ると、時刻は午後一時半ちょっと過ぎ。飛行機の時間まではかなりある上、昼食にはもってこいの時間だった。リサと琴音の二人を誘い、比較的空いているきしめん屋へと入る。
適当にきしめんを注文すると、程なくして三つのどんぶりが運ばれてきた。三人は薄く平らな麺を啜り、腹を満たす。かつおだしの効いた汁とマッチして、とても旨かった。
その後は適当に空港内をブラブラし、飛行機の時間まで暇を潰した。適当な頃合いで出発ターミナルの方へと向かう。
「世話になったな、二人共」
キャスター付きのスーツケースを引っ張るリサが、名残惜しそうな表情を浮かべて言う。
「リサさんもお元気で。また来てくださいね」
「おう。近い内にな。精進しろよ、琴音? 仮にも私の弟子なんだから、いつかは師匠を超えてくれよなぁ」
「ははは……頑張ります」
「その意気だ。でも素麺はもう勘弁な」
談笑するリサと琴音の姿は、まるで実の姉妹のように戒斗の眼には映った。
「カイト」
リサが振り返り、戒斗に話しかける。
「何だ唐突に。悪いが駆け落ちはお断りだぜ」
「冗談よしてくれ、誰がお前なんかと」
「リサ、俺だって御免だ」
「ハハッ……なぁカイト、一つだけ帰る前に言いたいことがある」
今までの雰囲気から一変し、リサは真顔になって戒斗を済んだ双眸で見据える。
「……死ぬなよ。それと、琴音を頼んだ」
差し出される、リサの握り締められた華奢な拳。
「言われなくても死にたかねえし、琴音も俺が護り抜く。大体よぉリサ、一つじゃなくて二つ言ってんじゃねえか」
戒斗は冗談交じりの口調で返し、握り締めた自らの拳をリサの拳と軽く突き合わせた。整った顔立ちの二人が拳を合わせる光景は、ハリウッド映画のラストシーンのように見えたのだろう。自然と、通りゆく人々の視線が集まってくるのが分かった。
「フッ……まぁ、お前なら大丈夫か」
戒斗の言葉を聞いたリサは、どこか安堵したような、安らかな表情を浮かべた。
「それじゃあなカイト、琴音! お互い生きてたら、また会おう!」
リサは二人に背を向け、スーツケースを転がし出国ゲートへと真っ直ぐ歩いていく。後ろ手に手を振りながら。
「ああ! また来い! 必ずな!!」
「リサさん、お元気で!」
戒斗と琴音の二人は、リサの後ろ姿を見送った。その凛々しく気高い後ろ姿が、見えなくなるまで。
「ふぅ……」
ロサンゼルス国際空港行きのジェット旅客機。その窓際ビジネスクラス座席に座るリサは、窓の外を眺め溜息を吐いていた。既にシートベルト着用灯は点灯しており、後数分で離陸といった状況だった。窓の外に見えるのは、空港のターミナル。狙撃手としてのリサの眼は、屋上の展望台に居る二人――戒斗と琴音の姿を薄っすらとだが、認識していた。頬杖をし、その光景をじっとリサは見つめる。
≪只今より当機は、ロサンゼルス国際空港へ向け離陸致します。お客様にはお手数ですが、シートベルトの着用を――≫
キャビン・アテンダントの行う、マニュアル通りの放送が終わると、機体は微速で動き始め、滑走路へとタキシングしていく。濃いタイヤ痕が色濃く付着した長大な滑走路の所定位置に着いた旅客機は数分の待機の後、そのジェットエンジンを始動。爆発的な加速が始まり、巨大な機体が徐々に加速を始めた。滑走する機内から、リサはじっと展望台を見据える。
「戒斗、琴音……お前達が追い、追われている組織は、お前達が考えている以上に強大だ……死ぬんじゃないぞ。絶対に」
ジェット旅客機はその車輪を滑走路から放し、大空へと飛び立った。海を越えた遥か彼方の目的地、アメリカ、ロサンゼルス国際空港に向けて。
「……行ったか」
ターミナルの屋上、展望台で、戒斗はたった今飛び立った国際線のジェット旅客機を眺めて呟く。
「……行ったね」
琴音も同じ機体を見つめ、同じようにひとりごちる。
「さあ、こうしちゃ居らんねえ。俺達も行くか」
戒斗は身を翻し、琴音に背を向け歩き出す。その上着を、空港島に吹く風に靡かせながら。
「ちょ、ちょっと待ってよ戒斗!?」
その大きな背中に、琴音は小走りで追い付く。
「そうだ琴音、帰りにラーメンでも食っていくか?」
「ん? 別に良いけど」
「良い店を見つけたんだ。いっぺん琴音にも食わしてやりたくてよ」
「へぇ~。戒斗がそこまで言うんだから、よっぽどなんでしょうね」
「ああ、味は保証するぜ」
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてるね。行きましょう」
「……ああ」
隣を共に歩く、楽しげな表情を浮かべた少女の姿を横目に見た戒斗は、彼女に気づかれないように口元を綻ばせ、共に歩いた。風に吹かれる彼ら二人は、何処へと向かうのか。その行く末は、未だ分からず。神のみぞ知るところであった。




