Daybreak's Light
「琴音! 弾はあるか!?」
「――ッ! 今ので最後です! リサさんは!?」
「これで最後だ!」
浅い塹壕に身を隠し、リサは手に持つウィンチェスターM70狙撃銃の機関部に装填子を突っ込み、最後の弾を装填。再び身を乗り出してスコープを覗く。
「畜生、多すぎんだよッ――これでラストだ!」
佐藤が悪態を吐きながら、89式小銃に最後の弾倉を叩き込む。
彼ら三人の銃口が狙う先には、数十台ものジープと、それから降りた兵士達が居た。三人は発見されていたのだ。こうしている間にも続々と増援がやって来る。無限に湧いてくるような錯覚すら覚える量と、彼らは戦っていたのだ。三人の合計射殺人数が五十を超えた辺りから、リサは数えるのをやめていた。
「なぁオイアンタ、あとどんだけ待てば迎えが来るんだよ!」
リサが、発砲しつつ佐藤に叫ぶ。
「俺も知らん! まさかさっきの爆発じゃねえだろうなッ」
「いや違う! 見てたがありゃハインドだった! カイトのヤローが墜としたんだろうよ」
「生身でか! 冗談よしてくれッ」
「私だって冗談だと思いてえけどよ、他にハインド墜とすような奴がここに居るわけねえ!」
「走行中の運転手に一発でヘッドショットするような女が言うセリフかよ――クソッ、弾切れだ」
「悪かったなッ――こっちも弾切れだ!」
二人は同時に身を隠し、弾切れになったそれぞれのライフルを雪の壁に立てかける。ホルスターから、リサはモーゼルC96自動拳銃を、佐藤は回転式拳銃、コルト・パイソンを抜く。
「ああもう、当たらない!」
琴音は苛立ちながら、ベレッタPx4自動拳銃の弾倉交換を行う。
「この距離じゃロクに当たらねえよ」
「リサさんの奴でも?」
「ああ。ストック着けたところで無駄だろうよ」
三人の弾が届かないと知ってか知らずか、敵兵達の弾幕はより一層濃くなっていく。頭上をライフル弾が飛び、時折雪の地面に着弾しては小さな穴を穿つ。その敵兵の頭上を、一機の黒いヘリコプターがけたましいローター音を響かせ通り過ぎる。
「やっと来たか!」
その黒いヘリコプター――UH-60ブラックホークは、三人の待ち望んでいた迎えだった。ブラックホークは回避行動を取りつつ、こちらへと近づいて来る。
≪待たせたな!≫
「遅せえんだよ!」
通信機から聞こえるパイロットの声――アルクェイド・ブラックバーンの声に、嬉々とした声色で佐藤は言い返す。
≪ヒーローは遅れてやって来るもんだろ?≫
「何言ってんだ! まあでも、助かったぜ」
フゥ、と安堵の溜息を吐く佐藤は、ふと視界内に気になるモノを捉えた。
「ジープが一台、機銃バラ撒きながら真っ直ぐこっちに突っ込んでくる!」
叫ぶ佐藤の指差す方向を見るリサ。確かに一台、他と同様の白い塗装が施されたジープが高速で、荷台に懸架された重機関銃を連射しながら向かってきていた。その銃口の向く先は、あろうことか敵兵の大群が居る方向。
その光景を見たリサはハッと何かに気づき、立てかけたウィンチェスターM70を取り、スコープ越しにそのジープの姿を捉える。
「待て! アレは撃つな!」
「何言ってんだアンタ!?」
叫び、制止するリサに、思わず佐藤は聞き返す。リサはニッと口元を綻ばせ、言った。
「主役のご登場さ」
「ヘリが止まった! あの辺だ遥、急げ!」
白い雪を踏みしめ走るジープの荷台で叫ぶ戒斗に、運転席に座る遥は頷く。高周波ブレードで天井が切り落とされたジープの向かう先には先程頭上を通過したヘリコプター――恐らくは迎えであろうブラックホークが飛んでいた。赤と緑に光る翼端灯が、夜明け前の空を少しだけ照らす。
戒斗は立ち上がり、荷台に懸架された防盾付きのブローニングM2重機関銃のレシーバーカバーを跳ね上げ、側面に固定されている濃緑色の弾薬箱からベルトリンクで繋がれた12.7mm弾の帯を取り付ける。カバーを閉め、右側面のボルトハンドルを引いて装填。
軋む音が鳴るM2重機関銃を自分の身ごと回転させ、敵との遭遇に備える戒斗。
「掴まって!」
遥が言うと同時に、小高い丘のような地形を超えたジープは跳ねた。今まで丘の稜線に遮られ見えなかった奥に、少なく見積もっても三、四十人は居る敵兵と、遮蔽物代わりのジープの大群が見えた。彼らは半数が戒斗達の進行方向――つまりは予定された合流ポイントへと銃弾の雨を浴びせており、残った人員は飛行するブラックホークに無駄な銃撃を必死にはなっている。
一瞬の滞空の後、ジープは着地。四輪のサスペンションを派手に収縮させるタイヤは、地に着いたことにより再び車体を前進させ始める。M2重機関銃にしがみ付いていた戒斗は着地の衝撃で数歩たたらを踏むが、なんとか荷台に踏みとどまる。
派手に飛んだジープに気づいた敵兵達は戸惑いを見せるが、すぐにそれが味方でないと判断。自動小銃の銃口を、戒斗達二人の乗るジープへと合わせた。一息整える間も無いか――内心毒づく戒斗はM2最後端に据えられた二本のグリップを握る両腕に力を込め、M2重機関銃を回し、適当に照準を合わせてから発砲トリガーを押し込んだ。
高速で雪の大地を駆け抜けるジープの荷台から、破壊的な12.7mmが銃口から派手に瞬く発砲炎と同調し、連続して放たれる。ブローニングM2の右側面から巨大な空薬莢とベルトリンクが零れ落ちる度、その狙う先では血煙が起き、腕が付け根から吹っ飛び、胴体は真っ二つに裂け、頭部が跡形も無く消し飛ぶ。悪夢のような銃座に些細な抵抗を行う者も、放ったフルメタル・ジャケット弾はその意志虚しく、機関銃前方に取り付けられた鋼鉄製の防盾に弾かれるだけ。彼らに成す術はなく、一人、また一人と無残に千切れた肉塊に変貌していった。
「戒斗! あれって!」
何かを見つけた遥が指差す方へと、戒斗はトリガーを引いたまま首だけ回す。すると、進行方向、真っ直ぐ向かった先に、一定間隔で瞬く光が見えた。あれは――発行信号。きっと琴音達だ。
「遥! あそこまで突っ走れ!」
「御意!」
遥の踏むアクセルに呼応し、ジープは更に速度を上げる。荷台から吹っ飛ばされないよう、戒斗はM2重機関銃にしがみ付きながらも制圧射撃を継続する。しかし唐突に射撃は終わりを迎えた。見ると、弾薬箱から伸びていた筈のベルトリンクが途切れてしまっていた。
「弾切れかよッ」
戒斗は舌打ちをし、予備の弾薬箱を探す――が、荷台のどこにもそれらしきモノは見当たらない。元々無かったか、あるいは振り落とされたのか。
「畜生、こんな時にッ。遥、あとどれぐらいだ!?」
「さあ!? 二分ぐらいかと!」
「だああクソッ! 突っ込め! 俺が死なねえ内になッ!」
背中に背負ったAK-74突撃銃を戒斗は肩から降ろし、構える。右側面のセレクターを連射に合わせてからボルトハンドルを乱雑に操作、初弾を薬室に叩き込む。今は無用の長物と化したM2の防盾に隠れ、適当に狙い、三発ぐらいずつの感覚で指切り射撃を行う。が、殆ど命中弾は無い。
「戒斗ッ!」
遥が叫ぶ。進行方向に振り向くと、塹壕のような窪地から顔を出していた、長い髪の少女――琴音と目が合った、気がした。
フルブレーキングで減速し、一瞬サイドブレーキを引いてからハンドルを切り、横滑りで窪地へと遥はジープを突っ込ませる。咄嗟に戒斗はAK-74を投げ捨て、どこかに掴まろうとする。しかし、M2の懸架台にあと少しまで手を伸ばした時、戒斗の身体は荷台を離れた。
「嘘だろオイ」
宙に吹っ飛ばされた身体で、戒斗は自虐的な口調で呟いた。
空中で一、二回転ぐらい回ったような気がした。戒斗は背中から雪の地面に叩きつけられる。咄嗟に受け身を取るが、衝撃をモロに喰らった肺から空気が押し出されるような感覚を覚えた。転がり、窪みに滑り落ちる戒斗。咳き込みつつ、フラつく頭を回して状況確認。すぐ隣に、琴音が居た。その奥にはリサや、佐藤の姿も。どうやら運良く、先程見た窪地の中へと転がり込めたらしい。
「ちょ、ちょっと戒斗!? 大丈夫なの今の」
「ガハッ……どうやら無事みてえだ。まさか一日に二回も車から飛び降りる羽目になるたぁな」
突然転がり込んで来た戒斗を、目を見開いて驚き気遣う琴音に、戒斗は咳き込みながら親指でサインを立てて答える。
戒斗は塹壕をよじ登り、距離数mのところで横付けされたジープを盾にし、奪ったSG551突撃銃で応戦する遥の隣に身を隠す。
「戒斗ッ、ご無事で!」
「一応、な」
「これを!」
フロントタイヤ付近に屈む遥が、立て掛けてあったSG552突撃銃――ジープを奪うついでに死体から拝借したモノだ――を差し出す。戒斗は受け取った後、ボルトハンドルを軽く引く。薬室に弾が装填されていないのを確認し、再度強く引き初弾を装填した。
「予備マガジンは?」
「その必要も無いでしょう」
そう言う遥の視線の先には、蛇行しつつこちらに接近してくるブラックホークの姿が。
「ああ、みてえだな」
戒斗はSG552のセレクターを単発に合わせ、半身を乗り出し構える。折り畳み式銃床に据えられたオプションパーツのチークピースに頬を密着させ、レシーバー上部のビカティニー・レールに取り付けられた円筒状の等倍光学照準器――ダットサイトを覗く。米軍にも採用されている、エイムポイント社製のソレの中央には、赤色の光点が浮かんでいた。戦闘時、素早く照準を合わせられるよう考案されたサイトシステムだ。戒斗はその光点を、ジープの陰から身を乗り出し銃撃を仕掛けてくる、一番手近な敵兵に合わせ数発、発砲した。鋭い反動と、減退された発砲炎に見送られた5.56mm弾の内一発が敵兵の右肩に命中。フルメタル・ジャケット弾が食い込み血の華を咲かせた敵兵は、突然の痛みに思わず手に持った自動小銃を取り落してしまった。肩を押さえ、錯乱した敵兵は立ち上がる。戒斗はそれを見逃さず、ガラ空きの胴体に三発、5.56mm弾を放った。心臓と肺をやられた彼は、胸に空いた三つの穴から鮮血を滲ませ倒れ、程なく酸欠と出血多量で息を引き取った。
散発的な射撃で弾を節約しながら撃っていた戒斗だが、遂にボルトが後端に下がり切ったままストップされてしまう。弾切れを知らせていた。
「弾切れだッ」
「こちらも」
戒斗、遥の二人は同時に突撃銃を投げ捨て、ジープの陰に身を隠す。
「アイツはまだ来ねえのかッ」
「……来ました」
毒づく戒斗の真上を通り過ぎる、黒い機影。ようやく迎えのブラックホークが到着したようだった。機体は塹壕を通り過ぎ、その奥に広がる平地に着陸しようと試みている。増援が少しずつ到着しているとはいえ、これまでの抵抗で敵兵の数はかなり減らすことが出来た。今なら逃げ切ることも可能かもしれない。
「遥、先に行って琴音達を頼む」
「しかし、戒斗は」
「なに、少しばかりやることが残ってるんだ」
ホルスターから抜き取った、トンプソン・コンテンダー単発拳銃の黒光りする銃身を遥にチラつかせ、戒斗は不敵な笑みを見せた。
「……御意。くれぐれも、お気を付けて」
「分かってらぁ」
頷き、遥は駆けていった。戒斗は格納庫での戦闘で取り落した後拾ったままだったコンテンダーの銃身を折り曲げ、解放。空薬莢を捨て、特製.338ラプア・マグナム徹甲弾の残った二発の内一発を再装填。手首のスナップを効かせて振り、片手で銃身を元に戻す。
チラッと横目で他の連中の様子を窺うと、遥、琴音の二人は着陸ポイントで誘導をし、リサと佐藤はその少し手前で拳銃を構え、警戒していた。
ジープの陰から頭半分だけ出し、状況確認。使えそうなモノは……あった。大体距離30mぐらい離れた場所に停まった敵のジープ。おあつらえ向きにガソリンとオイルが大量に漏れ出していた。これなら、少しの衝撃で発火するだろう。都合よく傾斜のかかった場所に放置されているからか、漏れ出したガソリンは結構な長さに広がっている。その奥から、生き残った敵兵がこちらにジリジリと近づいて来る様子が伺えた。その奥から、微かだが幾つかのヘッドライトの灯りが見える。
「そう時間はねえか」
戒斗は立ち上がり、堂々とその身を晒す。戸惑う敵兵をよそに、戒斗はコンテンダーを両手で保持。狙いを定める。
「何をしている! 撃て! あのバカを殺せ!」
「送り火だ。馬鹿野郎」
敵の指揮官らしき兵士が叫ぶと同時に、戒斗は呟き、引き金に掛けた右手人差し指に力を込める。
ハッとした敵兵達の銃口が一斉に戒斗へと向き、彼らが引き金に指を掛けた直後――戒斗のコンテンダーが、火を噴いた。
あまりの反動の大きさに、両腕は上方へと投げ出される。流しきれなかった反動が身体に伝わり、後ろに数歩後ずさる。最後に踏ん張ろうと後ろに出した左足が空を踏み、戒斗は塹壕の中へと転げ落ちた。その一瞬後、今の今まで戒斗の頭が、胴体があった場所の空気を切り裂く敵弾。
戒斗の放った.338ラプア・マグナム徹甲弾は燃料漏れを起こしたジープのボンネット付近に直撃。薄い鋼板を容易に突き破ってエンジンに侵入。諸々を破壊し、千切れた電気系統から火花が散った。その火花は、直下に染みたエンジンオイルに、ガソリンに飛び火し――引火。ジープは爆炎に包まれ吹っ飛び、漏れ出したガソリンは流れに従い、広範囲に長く炎を発生させた。運悪くジープの近くに居た敵兵は吹っ飛び、漏れたガソリンを踏みしめていた数人は火だるまになってもがき苦しむ。
「意外と、上手くいっちまうもんだな」
立ち上がり、その光景を見た戒斗は満足そうに口元を綻ばせた。振り向き、今がチャンスと言わんばかりに一目散に戒斗は後方へと走り出す。その先には、着陸したブラックホーク。戒斗が向かってきていることを確認したからか、そのローター回転数は徐々に増していく。そして、地面から機体が離れた。
「戒斗ッ!」
少しずつ上昇する機体の真下に辿り着いた戒斗に、伸ばされる琴音の手を戒斗は掴む。手繰り寄せ、戒斗はなんとか乗り込むことに成功した。
「待たせたな! 今すぐ出してくれ!」
コクピット付近まで移動し、パイロットのブラックバーンに言う戒斗。
「あいよ! お前やるじゃねえか! あんな真似、普通出来ねえよッ」
戒斗に機内通信用のヘッドセットを片手で手渡したブラックバーンが嬉々とした声色で話す。
「運が良かっただけだッ。ところでドアガンナーはどうしたんだ?」
「二人共腹を痛めて、今は基地の男子トイレさ!」
「馬鹿じゃねえの!?」
拍子抜けした戒斗は思わず間の抜けたツッコミを入れてしまう。
「まあいい、右側のミニガン借りるぞ!」
「アイサー! 撃ちまくってやれ!!」
戒斗は移動し、右側面に据えられたガトリング・ガン――M134ミニガンのグリップを握る。機体が急上昇し、眼下に群がる敵の姿が見えたと同時に、戒斗はトリガーを押し込んだ。六本の銃身から秒間百発という驚異的な発射レートで7.62mm弾が放たれる光景は、”無痛ガン”の通称に相応しく凶悪だ。運悪く死の雨が降り注いだ敵兵は肉片一つ残さない血の霧になって霧散。兵士達を満載して走るジープは爆発し、身体中破片まみれの焼死体を量産する。
≪来たぞ! お前の真正面、同型!!≫
ヘッドセットから聞こえるブラックバーンの声に呼応し、その方向へと視界を向ける。夜が明け始めた薄暗い空から見慣れた黒いヘリコプター、UH-60ブラックホークが真っ直ぐこちらに向かってきていた。
「引きつけてから高度を上げろ! やれるか、ブラックバーン!?」
≪俺様を誰だと思ってんだァ? 任せろッ!≫
眼下の歩兵に制圧射撃しつつ無線越しに叫ぶ戒斗に、ブラックバーンが自信に満ち溢れた声で返す。
敵のブラックホークが接近し、そのドアガンでこちらを叩き墜とそうと機首を回頭させる。そのタイミングを見計らい、ブラックバーンは機体を急上昇させる。そのまま彼のブラックホークは敵を飛び越え、真正面に着けた。機体の、右側面を。
≪やっちまえ!!≫
「堕ちろォォッ!!」
敵のパイロットの顔が辛うじて分かるような距離で、戒斗はミニガンのトリガーを押し込む。一本の線のように連なる7.62mmの雨を、ミニガン本体を回転させて操作。コクピットに座るパイロットと副パイロットの上半身を消滅させ、見える限り全てをズタズタに引き裂く。最後にメインローターの基部を粉々に粉砕した。
「ブラックバーン! 飛べェッ!!」
≪あいよ!≫
バランスを失って錐揉み回転する敵ヘリだった残骸を、ブラックバーンは機体を上昇させ紙一重で回避。すぐに機首を回頭し、全速力で撤退を始めた。
≪お疲れさん。後は大丈夫そうだ≫
「やっと、終わったか……」
大きく息を吐く戒斗。安堵からか、どこからか一気に疲れがドッと押し寄せてきた。戒斗は一目散に後部座席へと戻り、簡素なシートに倒れ込むように座る。
「お疲れ様。これでも摘まんで、落ち着いたら?」
隣に座る琴音が、どこからか取り出した板状のチョコレートを割って、戒斗に差し出す。
「ああ……悪いな」
アルミホイルのような銀色の包み紙を剥がし、戒斗は茶色いチョコレートを齧る。寒冷地に居たからか、冷蔵庫から出した直後のように固かった。が、身体中に染み渡る強烈な甘味が、疲労を少しほぐした気がした。一気に食し、口中に広がった粘っこい甘みをキャンティーンの水で喉の奥へと追いやる。
「琴音、悪いが少し眠る……着いたら起こしてくれ」
「はいはい。ごゆっくり」
眼を閉じると、すぐに意識は吹っ飛んでいった。舟を漕ぎ、力なく揺れる頭はいつの間にか、琴音の肩を枕にするようにもたれ傾いていた。
「普通、逆なんだけどなぁ」
自らの肩の上で、安らかに寝息を立てている戒斗の顔を見て、琴音は呟いた。そうしている内に彼女も眠気に襲われ、数分もしない内に眠りに堕ちた。肩に置かれた戒斗の頭に、自分の頭を置いて。
「全く、コイツらときたら……」
互いに身を預け、寝息を立てる二人の姿を対面の座席で見ていたリサは苦笑いし、胸ポケットから紙巻き煙草を一本取り出して口に咥えた。
「機内は禁煙かい?」
「いや、構わんよ。火を貸そう」
隣の佐藤に伺いを立てたリサは、彼の取り出したジッポーライターで咥えた煙草の先端に火を灯して貰い、寝息を立てる二人に紫煙がかからないように口から吐いてから「悪いね」と一言礼を言った。
「こんな幸せそうに寝てても、傭兵なんだよな」
自らも煙草を咥えた佐藤が、呟く。
「ああ、それも、超一流の、な」
今度は自分が佐藤に火を貸してやるリサが言う。
「こりゃどうも……ふぅ。こうして見ると、ごく普通の十代に見えちまう」
紫煙を吐き出す佐藤は、眠る二人を見て眼を細める。
「ああ、そうさ。コイツは……カイトは、こっちの世界に来るべき奴じゃなかった」
「そうなのか? 俺から見たら、天職に見えるがね」
「ああ、天職さ――技術的には、な」
「と、言うと?」
「コイツは……カイトはな、優しすぎるんだよ」
吸い殻を携帯灰皿に突っ込み、新しい一本を咥え火を点けながらリサは呟く。
「優しすぎる、か……」
佐藤も新しい一本に火を点け、自分の隣で眠る遥の姿を見て「そうかもな」と言った。
「カイトの優しさは強さだが、戦いの中では時として仇となる……なぁアンタ、一つ頼まれてくれるか?」
「藪から棒に」
「私は帰って暫くしたら、ロスに戻る。カイトの追ってる”方舟”はアイツが思ってるよりも大きく、凶悪だ。自然とアンタら西園寺の連中を頼ることになるだろう」
「ああ」
「コイツは――カイトは、時として感情に流され突っ走ることがある。特に、復讐を誓った浅倉相手だとな。だから、カイトを頼む。アイツが突っ走ろうとしたら、同じ男であるアンタが止めてくれ」
佐藤は数秒逡巡した後、「分かった」と返答した。
「ところで、アンタ名前は?」
「私かい? 私はリサ・フォリア・シャルティラール」
リサの名前を聞き、佐藤は成程と納得し頷いた。リサの名には聞き覚えがあった。狙撃を主とする傭兵では世界で五本の指に入るような超一流狙撃手と、数年前に聞いた覚えがあった。気の狂ったような射撃の腕だったが、彼女があのリサ・フォリア・シャルティラールというのなら納得だった。
「ああ、アンタがあの……」
「お、私のファンかい?」
「そうじゃねえよ」
「ところで、名前はなんだい?」
「ん? 俺か……俺は佐藤。佐藤 一輝」
「よし、覚えた。カズキ、改めて言う。カイトのヤローを頼んだ」
下の名前で呼ばれることにむず痒さを覚える佐藤は、照れ隠しのように後頭部を掻き「はいはい、分かりましたよ。リサちゃん」と言った。
「何がリサちゃんだ何がッ。まあいい、私も寝る」
顔を真っ赤にしたリサは、言うだけ言ってすぐに眠った。佐藤も疲れからか、眠気が沸いてきた。ここは大人しく寝ておこうと思い、彼もまた、眠りに堕ちた。
陽が昇る。太陽が地平線から姿を現し、新しい一日の始まりを告げていた。ブラックホークのドアに嵌め込まれた強化ガラスから差し込む眩い朝日が、戒斗と琴音、寝息を立てている二人を照らしていた。




