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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
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Reckless Arrow

「さぁ行けッ! 遥ァッ!!」

 戒斗が叫ぶと同時に、遥は岩の露出した地面を蹴った。天井スレスレまで飛び、一気に距離を詰め白煙の中へと飛び込む。右手に携えるのは、日本刀のような形をした高周波ブレード『「一二式超振動刀”陽炎”』。

「――視界だけに頼るな」

 白煙へと飛び込む遥は、かつての師の言葉を反芻するように呟く。

「音、臭い、空気、気配、殺気……六感全てで、敵を感じろ」

 着地した遥は、瞼を閉じる。逆手に握られていた陽炎を手の中で回転させ、順手に持ち直す。

「畜生ッ、前が見えねえ!」

「構うな! 撃ち続けろッ」

 視界を閉ざされた敵兵達の怒号が聞こえる。発砲音が、大地を踏みしめる音が聞こえる。

「――見えた」

 遥ははしる。己の感覚のままに、陽炎を振るう。手ごたえは――あった。肉を裂く生々しい感触が、右手を通じて確かに伝わってくる。刀身は紅く染まり、切断面から跳ねた返り血が頬に一滴、筋が走ったように付く。

 見える。閉じられた瞼の向こうに、確かに敵の姿が。声が、音が、臭いが、そして気配が一転に集約される。まるで瞼の裏側にスクリーンがあるかのように、鮮明な感覚が遥にはあった。

 地を跳ね、着地と同時に敵兵を斬り裂く。胴を袈裟掛けに抉り、斬り返しで首を刎ねる。二人、三人と、次々に肉薄しては、刀一本で遥はその生命の灯火を斬り捨てていく。そうしている内に、洞穴に吹き込む風によって徐々に白煙が晴れていく。瞼を開くと、自分が返り血だらけなのが分かった。

「一旦退け、遥ッ」

 後方から響く戒斗の声に反応し、遥は素早く後ろに飛ぶ。声のした方向に視線を向けると、膝立ちになってM72ロケット・ランチャーを構えた戒斗が居た。安全ピンが抜かれ、後部ユニットを引き抜いたソレは発射準備が完了している。彼が狙う先は薄まった白煙の向こう側、微かに見える、白一色に塗装されたジープ。

「吹っ飛びやがれ」

 戒斗はM72を放つ。66mmH.E.A.T.弾が放たれるとほぼ同時に、その反動を相殺する強烈な熱風と爆炎――バック・ブラストが後端から噴き出し、洞穴の空間を一瞬炎に染める。物体を破壊することに特化したH.E.A.T.弾は飛翔し、狙い通りのジープ、そのボンネットに突き刺さる。モンロー効果を利用した弾頭は薄いボンネットを容易く穿ち、そこから超高温の金属――メタル・ジェットが流し込まれる。対戦車戦闘などを主眼に置いたこの弾頭は、踏破力と少し厚い装甲以外は普通自動車と何ら変わりないジープに対しては過剰威力気味だった。

 M72を撃ち込まれたジープは誘爆し、爆発。派手に吹っ飛び、爆炎を放った。戒斗はそれを確認し、空になった用済みの発射器を投げ捨てる。近くに戻ってきた遥にスティンガー地対空ミサイルの発射筒を持たせ、戒斗はコンパウンド・ボウを片手に、洞穴の入り口へと走った。

 遥の討ち漏らした敵兵をコンパウンド・ボウで処理しつつ走り、動かない濃緑のケネディジープの陰へと二人は滑り込む。残りの発煙手榴弾スモーク・グレネードを全て入り口の向こう側へと投げ込み、敵の視界を封じる。

「スティンガーの使い方は分かるか」

 上がった息を整えつつ、戒斗は問いかける。

「残念ながら、分かりま……いや、もしかして91式と同じ……?」

「91式って、自衛隊のか?」

「はい」

「多分そうだろ。保証はしかねるがね」

「大丈夫、やってみます」

「上等。囮になるから、その隙にブチ込んじまえ」

「御意」

 遥の言葉を聞き、戒斗はコンパウンド・ボウ片手に洞穴の外へと飛び出した。





≪オイオイ、何が起こってやがる!?≫

 後席に座る操縦手の慄く声が、砲手の被るヘルメットに内臓されているヘッドセットから聞こえてきた。それを聞く砲手自身、ガンカメラ越しに見えた光景に戸惑っていた。洞穴から白煙が漂ってきたかと思えば、突然味方のジープが吹っ飛んだのだ。これで驚かない方がどうかしてる、と砲手は思った。

 白黒で表示されるサーマルカメラを睨んでいた砲手は、ふとあることに気づく。

「……確か、この洞穴って、武器庫でしたっけ?」

 恐る恐る、訊いてみる。

≪ああ。ブリーフィングによれば確か、緊急用の貯蔵庫だったか≫

 砲手の顔が、みるみるうちに青ざめていく。もし、この考えが正しいとしたら――

「当然、あの中って武器もあるんですよね」

≪だろうな≫

「……今すぐ高度を上げてください」

≪はぁ?≫

「とにかくッ! 今すぐ高度を――」

 砲手の男が叫ぶと同時に響く、けたましい警告音。

「ロックオン警告ッ……!?」

≪まずいッ、高度を上げるぞッ≫

 遅かったか。焦る表情とは裏腹に、砲手の内心はひどく落ち着いていた。サーマルカメラを冷静に見ると、他の人影とは明らかに違う動きをしているモノが二つあった。一つは激しく動き回っているが、もう一つは微動だにしていない。

 操縦手が操作し、メインローターの出力が上がる。急速に上がる高度。慣性の法則が働き、身体がより一層シートに押し付けられるような感触。それを気にも留めず、砲手は機首の機関砲を回転させ、砲口を立ち止まった影へと向けようと動かす。

「間に合えッ……!」

≪畜生ッ! ミサイル、ブレイク! ブレイクッ!!≫

 輪を掛けてやかましくなる警告音。自機を狙ったミサイルが発射されたと知らせる音だった。その音が響くと同時に、砲手は機関砲の発砲ボタンに力を込めた。





 殺気を、感じた。

 たった今、スティンガー地対空ミサイルを放った遥はミサイルの行く先を確認もせず、反射的に発射筒を投げ捨て、雪に覆われた山肌を全力で蹴り飛翔し、その場を離れた。その僅か数瞬後、つい今まで自分が居た場所の地面が抉られた。スーパーハインドの機関砲が、そこを抉ったのだった。

 着地と同時にスーパーハインドを見ると、急速に上昇しながらフレア――マグネシウムなどの金属粉末を燃焼させながらバラ撒く、ミサイルの赤外線誘導回避用の欺瞞装備――を放っていた。夜空に煌々と輝くフレアに照らされ、金属光沢を放つ何かも空に舞っている。恐らくは対レーダー誘導用に、フレアと同時に巻かれた欺瞞装備、チャフであろう。遥の放ったスティンガー・ミサイルはそれらに惑わされ、明後日の方向へと飛んで行ってしまった。

 一方、夜闇と雪に紛れ、コンパウンド・ボウ一本で混乱する敵兵達を狩っていた戒斗もその光景を眺めて舌打ちをしていた。遥が無事だったのは幸いだが、虎の子のスティンガーを回避されたのは痛い。チャフとフレアを同時に撒いた、雇われであろうスーパーハインドのパイロットの用意周到さには苛立ちを覚えると同時に、賞賛の気持ちすら戒斗は覚えた。

 身を潜める岩場、そこにある少し大きな岩の陰から様子を窺うと、高度を上げたハインドが旋回し、再びこちらに機首を向けようとしていた。時間がない。このままでは一方的にられる――戒斗は岩場にコンパウンド・ボウを置き、背負っていた、パラコードで強引に固定された三本のM72を投げ下ろす。

「……戒斗、申し訳ない」

 合流した遥が隣にしゃがみ、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「別にお前のせいじゃねえよ。気にするな」

「しかし、このままでは……」

「やるだけ、やってみるさ。一本持て、遥」

 M72を一本、保険代わりに遥に持たせ、戒斗はM72を一本は肩に担ぎ、もう一本はパラコードで縛って背負った。先に敵兵をある程度片づけておいたのが幸いだったか、と戒斗はふと思い、自嘲気味に笑う。指揮官を失い、混乱する敵の群れは最早、気に留める程も無かった。

「死ぬなよ」

「……ええ、戒斗も」

 短く言葉を交わし、二人は飛び出す。戒斗は肩に担いだM72の後方底部に差さった安全ピンを抜き捨て、後部ユニットを引き切る。内部の防水パッケージが破れ、発射器上部の照準器が起き上がり発射準備が完了した。ハインドは二人を見失ったらしく、めくら撃ちのようにところ構わずロケット弾と機関砲をバラ撒いている。不意打ちなら今が絶好のチャンスだ。

「くたばりやがれッ」

 戒斗は適当に狙いを付け、M72を放つ。が、読まれていたか、それとも偶然か。ハインドは紙一重のところでその弾頭を回避した。

「畜生ッ」

 悪態と共に空の発射器を投げ捨て、戒斗はハインドの射線から逃れようと走り出す。振り向くと、こちらに向けられた機関砲の砲口と目が合った。戒斗はそのまま走り、元居た岩の陰へと身を投げ込む。肩から、背負っていたM72が離れてしまった。後で拾おうと思ったが、すぐにその考えは否定された。M72ごと、今居た場所が機関砲に吹っ飛ばされたのだった。

「くそッ! 万事休すか」

 このままではどうせ岩ごと機関砲に吹っ飛ばされる――戒斗は腹を括る。岩から身を乗り出すと、砲口が戒斗を睨んでいた。戒斗はそれを睨み返す。

 死を覚悟していたが、睨み合っていた機関砲が突如横殴りに吹っ飛ばされた。戒斗はその光景に一瞬驚くが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「……外したか」

 戒斗から少し離れた場所で、機関砲を吹っ飛ばしたH.E.A.T.弾頭をM72から放った遥が悔しそうに呟く。

「いや、よくやったさ」

 それが聞こえたか聞こえないでか、戒斗はひとりごちる。足元に立てかけられたコンパウンド・ボウを拾う。しかし、背負うポーチに矢はもう残っていない。だが、それで良かった。

 低空をホバリングするハインドは、遥の方がより強大な脅威とみなしたか、機首を遥の方へと向ける。残ったロケット弾を浴びせる気だろう。

「させねえよ」

 戒斗は呟き、弓本体の矢立てに残されていた――いや、残しておいた二本の矢。その内一本を左手に取り、つがえる。その特殊な形をしたやじりに収められているのは、C4プラスチック爆薬と信管。

 万が一の保険として持ち込んでおいた爆発ボルトをつがえ、戒斗は引き絞る。そして、放った。

 弦とリムの反発力を利用し、爆発ボルトを先端に取り付けたアルミ製の矢は飛翔する。狙い通り命中――かと思いきや、微妙に逸れ、遥か彼方へと矢は飛び去ってしまった。

「まだだ」

 遥は素早い動きで翻弄し、なんとか回避しようとするが、徐々に追い詰められ、ロケット・ポッドの砲口が近づく。

「やらせねぇよ」

 戒斗は最後に残った一本の矢を取り、つがえる。

「ここでアイツを仕留められなきゃ、おとこじゃねえ。そうだろ?」

 左手に持った矢を引き、弦の張力を高めていく。ピープサイトで狙いを付ける。意外にも、緊張や恐怖は無かった。戒斗は矢を射る一つの機械マシーンのように、ただ狙いを付け、矢を絞る。

「テメェらに恨みはねぇが――死ね、俺の為に」

 戒斗は、矢を放った。出しうる最高反発力を用いて滑空する矢は、戒斗に背中を向けたスーパーハインドのメインローター近く、排気口付近へと吸い込まれるように突き刺さり――そして、爆散した。

 派手な空中爆発に、一瞬照らされた雪山は何故だか美しく見えた。焼け焦げた機体と、その破片が落下する。戒斗は矢を放った姿勢のまま、残心の如く立ち尽くしていた。やがて大きく息を吐き、その構えを解く。その頭上を、一機の黒いヘリコプターが過ぎ去っていった。

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