追う者、追われる者
「今格納庫を出たッ。合流は予定通りポイント・アルファ! 結構な量のファンが追っかけてくるからもてなしの準備しとけッ!!」
背面に銃弾の雨あられを受け、夜の雪山へと飛び出したピックアップ・トラックのハンドルを握る戒斗は無線機に向かって怒鳴りつけていた。除雪されたヘリポートのコンクリートが凍結し、タイヤのグリップが失われそうで危うい。バックミラーに、ロクに暖気もせずに発進した追っ手の車が続々と格納庫から飛び出してくるのが見えた。
≪了解。目視出来次第支援するわ。敵の数は?≫
無線機から聞こえてくる冷静な声の主は琴音だった。
「数えるのが嫌になる程度には居るッ。これだけの数とよく鉢合わせしなかったもんだぜ」
その通りだった。見えるだけでも四台、戒斗と遥の乗るピックアップ・トラックと同型の車両が迫ってきている。荷台のM2重機関銃こそ無いものの、その代わりに四、五人の敵兵がそこに乗り、各々の持つ自動小銃の銃口を戒斗達のピックアップ・トラックへと合わせていた。
戒斗はガタガタと振動のうるさいオンボロトラックを駆り、基地の敷地を脱出。追っ手を連れ、白い雪で覆われた雪原へと飛び出した。
≪あー、一応戦況を伝えるわ≫
耳のイヤホンから瑠梨の声が唐突に聞こえてきた。
「なんだッ」
≪今アンタ達を追ってるのは大体五、六台ってとこ。人数にすると……どうだろ、三十人ちょっとじゃないの?≫
「十分多いじゃねえか……まあいい、助かった」
戒斗が礼を告げると同時に、今までとは比べものにならない程の衝撃がピックアップ・トラックを襲った。
「遥ッ! 頭を下げてろッ」
防御姿勢を隣に座る遥に促しつつ、バックミラー越しに背後の様子を窺う。
「クソッタレ……キャリパー.50かよッ」
衝撃の正体は、追っ手の内一台のみに搭載されているキャリパー.50――ブローニングM2重機関銃から放たれた12.7mm弾が荷台のどこかに直撃したモノだったようだ。雨あられの如く12.7mm弾をバラ撒いてはいるが、殆どが命中せず、せいぜい地面の雪に大穴を開け、水しぶきのように雪を宙に舞わせることぐらいしか出来ないでいた。やはり、互いに移動している状況で当てるのは、やはり難しいようだ。
「遥ッ。応戦出来るかッ!?」
「……やってみます」
遥は言うと、抱えたSG551突撃銃とコンパウンド・ボウを一旦戒斗に預け、腰の鞘から『十二式超振動刀”陽炎”』を抜刀。自分達の真上にある天井を斬り裂き、放り捨てた。
「遥ッ! 荷台のキャリパー.50を切り離せッ!!」
遥はオープンカーのような外観になったピックアップ・トラックから飛び出し、デッドウェイトとなっていた残弾ゼロのM2重機関銃の懸架台を切断。荷台から切り離した。
「使い方は分かるか?」
再度助手席に戻ってきた遥にSG551突撃銃を手渡し、戒斗は問う。
「ある程度は」
「弾倉を叩き込んで、ボルト操作して、セレクター合わせるだけだ。簡単だろ?」
言いながら戒斗もベルトの間からベレッタM92FS自動拳銃を右手で抜き、窓をグリップ底部で叩き割って腕を伸ばし、右隣に並走してきた敵のトラックへとロクに狙いもつけずに撃ちまくる。敵も負けじと、助手席の奴は自動拳銃を、荷台に乗る兵達は自動小銃をこちらに向け、応戦してきた。しかし、互いに弾は大して当たらず、精々車体に弾痕を付けるぐらいが精いっぱいだった。
遥はSG551を両手に、助手席シートに膝を立てて”元”天井から身を乗り出す。セレクターは連射。並走するトラックの、まずは荷台に向かって遥は5.56mm弾をバラ撒く。
運悪く命中した敵兵が二人、身体のどこからに穿たれた銃創から紅い血を噴き出しながら崩れ落ち、荷台から落ちた。遥は一度身を隠し、空になった弾倉を交換。装填して再度身を乗り出す。
並走する一台は戒斗の操るトラックに幅寄せし、その距離を大幅に縮める。戒斗は92FSで応戦し、助手席に座る奴の頭を弾き飛ばした。しかしその間に、荷台から荷台へと、敵兵が乗り移ってくる。遥は乗り移ってくる奴らに連射で弾を浴びせ、二人程返り討ちにしたが、あと一人というところで弾倉が底を着いてしまう。
まずい――と、戒斗が左腰のナイフに手を掛けた瞬間、今まさに遥を撃ち抜こうとしていた敵兵の額に、紅い血の華が咲いた。数秒遅れて、遠くから銃声が木霊してくる。
≪ヒューッ、案外成功してまうもんだな≫
「――グッドキル。腕は落ちていないみてえだな。リサ」
今まさに、荷台から滑り落ち、雪の中へと埋もれていった死体の額を貫いたのは、.30-06弾。リサのウィンチェスターM70/Pre64から放たれたモノだった。彼女は『移動するバンの上に立つ敵兵』に、『銃声が数秒遅れるほどの遠距離』から、『一撃で』命中させたのだ。戒斗は今ほど、リサを敵に回したくないと思った瞬間は無かった。
≪お前らが視界に入った。もう心配いらねえよ。支援する≫
そう言うリサの声色はどこか上機嫌で、無線越しにもその得物を見定める猛禽類のような表情が見えるようだった。
「琴音、次はどれを狙う」
ウィンチェスターM70/Pre64を構え、伏せ撃ち姿勢を取るリサは、真横で、VSSヴィントレス狙撃銃を置き、リサから受け取ったスポッティング・スコープを覗く琴音に問う。
「並走する奴の運転手を狙いましょうか。ヘッドショット、いけます?」
「私を誰だと思ってるんだ。やってやるよ」
「そう言うと思いました――並走するトラックの運転手。ヘッドショット、エイム」
琴音は苦笑いを浮かべつつ、冷徹なまでに落ち着いた声色で、標的を指示する。
リサは一度、軽く呼吸を整えてからスコープを覗き、標的の姿を十字に切られたクロスヘアに捉える。そこから、距離、風向、風速、高低差、移動速度などなどを考慮し、照準をずらす。
「いい夢見ろよ、クソ野郎」
リサは一言、そう呟いた後、M70の引き金を絞る。
発砲。鋭い反動が木製ストック越しにリサの肩を襲う。高精度の銃身を通り抜ける、リサが自身でハンドロードした特製.30-06弾は夜の闇を切り裂き飛翔する。それはほんの少しのタイムラグの後、トラックのフロントガラスを突き破り、運転席に座る男の頭を貫通。脳をズタズタに引き裂き、衝撃で強引にシートの背もたれに頭を押さえつけて絶命させた。
「――ヘッドショット、ヒット。キル確認。流石ですね」
「今のは、運が良かっただけさ」
褒める琴音に、リサはM70のボルトを操作しながら答える。排出された空薬莢が雪の上に落ちるとほぼ同時に、次弾が薬室に装填される。
「次。後方に張り付くトラックのタイヤ。ハードショット、エイム」
「はいはいっと」
発砲。戒斗達の真後ろに張り付いていたピックアップ・トラックの前輪が一本弾け、グリップを失ったトラックがスピン。後続と激突して爆発炎上。
「ハードショット、キル確認。残りは三台」
リサはM70のボルトハンドルを前後させる。エジェクターに弾かれた.30-06の空薬莢が宙を舞う。
戒斗の操るピックアップ・トラックの背後にピッタリと張り付いていた敵トラックが突如スピンし、その後ろから迫っていたもう一台に激突。二台は爆炎に包まれた。
「……よくあの距離から当てられますね、あの人」
助手席に座りなおした遥が、その光景を眺めて呟く。
「アイツ、世が世なら歴史に名前残ってたかもなぁ。こりゃたまげた」
追っ手は残り一台。合流ポイントまでの距離は残り1kmもない。逃げ切った、と戒斗は確信した。
≪そろそろ私達も合流ポイントに移動する。後は自分達でなんとかするんだな≫
イヤホンから聞こえてくるリサの声。どうやら彼女達狙撃チームも撤退を始めるようだ。
「はいはい。助かったぜ」
追っ手の銃撃を出来る限り回避しつつ、合流ポイントを目指す戒斗。ふと前方に、点滅する光が見えた。待機していた佐藤が、発行信号を発してくれていたのだった。
「よし見えた。悪いが客人を一台連れてきちまったわ」
≪一台くらいなら大丈夫だろ。ヘリは後十五分ぐらいで来るらしいぜ≫
佐藤の報告を聞き、戒斗はふぅ、と溜息を吐いて、ハンドルは握ったままシートへと身体を預ける。脳内で分泌されていたアドレナリンが今頃になって切れてきたのか、先程脇腹に食らった傷がズキン、ズキンと鈍い痛みを発する。完治するまでの期間を考えると、戒斗は憂鬱にならざるを得なかった。
「……すいませんでした、戒斗」
同じく、助手席シートに身を委ねた遥が口を開く。
「何を謝ってるんだ」
「結局、私は妹を連れ帰ることが出来なかった。護り切れなかった。戒斗にも怪我を負わせたのに、無駄に終わってしまったので」
「別に無駄ではねえよ」
「え?」
「少なくとも、無駄足ではなかったさ。俺にとっても、勿論、遥、お前にとってもな」
頭の上に疑問符が見えるような表情で戒斗へと視線を向ける遥。
「俺は気に入らねえ機械化兵士を二つも片づけられた。お前も、あんな結果になっちまったとはいえ妹ちゃんともう一回会えただろ。それだけでも、意味があったんじゃないか」
「それに妹ちゃんだって、最期を遥に見届けられたしな」
俺が言えた立場じゃあ無いがな。と続けて呟く戒斗を見つめる遥。
「なぁ遥?」
「……なんですか」
「帰ってから、お前はどうするんだ」
「……まだ、何も」
「お前の戦いはある意味終わった。これ以上俺達やクソッタレの”方舟”と関わる意味も、もうないだろう」
「……私の戦いは、まだ終わってません」
「何?」
思わず聞き返す戒斗。遥は一呼吸置いてから、静かに口を開く。
「静を苦しませ、そして殺した”方舟”と機械化兵士……その二つを殺し尽くすまで、私は立ち止まるわけにはいかないです」
その言葉に、戒斗は適切な返答が思い浮かばない。
「これは、私の復讐。戒斗達にこれ以上、迷惑はかけない」
後は、私一人で――そう告げた遥の瞳は、どこか黒く濁って見えた気がした。
「そうか。普通ならここでお前を止めてしかるべきなんだろうが、俺には出来ねえ。遥の隙にするといい」
「……ありがとう、ございます」
「だが、手を引くつもりもねえ」
「はい?」
意味がわからない、と言うように疑問の声を上げる遥。
「お前が妹の為に復讐を始めるように、俺にも復讐する相手が居る。それがたまたま、お前とほぼ同じ相手だったってだけの話だ。何をやるにせよ、頭数は大いに越したことはねえだろ?」
だから、俺達に付け。と戒斗は言う。遥はそれを聞くと、フフッ、と小さく笑った。
「なっ、何がおかしいんだ」
「フフッ……琴音やリサさん、西園寺のお嬢様や葵さんみたいな人達がなんで戒斗の周りに集まってくるのか……それが、なんとなく分かった気がします」
「お、おう……よく分からんが」
戒斗は言いながら、雪山の中なのに額を汗が伝ったような気がして思わず腕で拭ってしまう。
「分からなくても良いんじゃないですか。それが、戒斗なんですから」
「そ、そうか……なら、そういうことでいいか」
フロントガラスの向こうで点滅する光が、段々と近くなってきている。合流ポイントまで、あと少しの距離だった。そろそろ琴音達狙撃チームも同じ場所に到達している頃だろう。仕事の終わりが近いことを知り、戒斗は少し安堵する。
≪――戒斗、戒斗! 聞こえたなら応答して!≫
唐突にイヤホンから聞こえる、焦燥の浮かんだ瑠梨の声。
「なんだなんだ、もう追っ手は居ねえぞ」
≪危険よッ! 今すぐ逃げてッ!!≫
その叫びと同時に、遠くから近付いてくる、風切り音にも似た音が戒斗の耳に届いた。まさか、と思って戒斗は振り向く。二人の乗るピックアップ・トラック、その後方から凄まじい速度で近づく、巨大な影が闇夜に浮かんでいた
「――っざけんな……ハインドじゃねえかァッ!」
思わず声を荒げる戒斗。後方から迫る影――長い四枚のメイン・ローターを高速回転させ大気を切り裂き飛翔するその機影は、旧ソビエト連邦で開発された攻撃ヘリコプター。ガンシップとも呼ばれるその大柄の機体の名は、Mi-24ハインド。機首に取り付けられた、獲物を狙う猛禽類の眼のような丸い複合センサーから察するに、南アフリカで改修されたスーパーハインドという種類だろうか。機体には雪山でも目立ちにくいように冬季迷彩が施されており、両側面から伸びている小さな翼、スタブウィングのハードポイントから無誘導ロケット・ポッドが四本吊られている。どう見ても、現状の戒斗達の装備で太刀打ちできるような相手ではなかった。
「クソッタレッ! いくら俺でもハインド相手は厳しすぎるぞッ」
首のスロートマイクに悪態を吐き、戒斗は右足でアクセルペダルを限界まで踏み倒す。エンジン回転数が上がり急加速するピックアップ・トラックだが、時速数百kmで巡航するヘリ相手には焼け石に水だった。
第二次世界大戦では対空機銃としても使われていたM2重機関銃なら――と思いつき戒斗は振り返るが、既に荷台にその姿はない。先程、デッドウェイトだからと遥に斬り捨てさせたのが、仇になってしまった。
「こんなことならキャリパー.50残しとくんだったよ畜生ッ」
「……あの状況下では、単なるデッドウェイトでしたし、致し方なかったかと」
慰めの言葉をかけてくれた遥の膝の上には、戒斗のコンパウンド・ボウが。確か今回も爆発ボルトは持ってきていたはず……と思いだす。
「なんて、ハリウッド映画みてえなこと出来てたまるかッ」
戒斗はすぐに首を激しく横に振って、その考えを捨て去る。流石に爆薬付きとはいえ、弓で攻撃ヘリを叩き落とすなんて芸当は出来るわけがない。
佐藤達の待つ合流ポイントを知られるわけにもいかないので、戒斗はとりあえずハンドルを切って方向転換する。
(かといってこのまま逃げ切れるわけでもないしな……それに迎えが来たところで、ブラックホーク如きでハインドを相手に出来る筈もない……クソッ、どうする)
必死に策を捻り出そうと思案する戒斗の表情は、焦燥に駆られているのか重い。
≪戒斗ッ、聞こえるッ!?≫
耳のイヤホンからまたも聞こえる瑠梨の声。そういえば通信繋げっ放しだったな、と戒斗は今頃になって気がついた。
「今度は何が来るんだ!? ハリアーか!? 爆撃機か!? それともUFOでも来るってか! もう何が来ても驚かんぞッ」
≪違うそうじゃない! いい? 黙ってよく聞いて。基地のデータベースを調べたら、アンタ達の進行方向に小規模な洞穴があるみたい。そこは緊急時の倉庫にしているらしいから、もしかしたら何か対抗策が見つかるかもしれないわッ≫
「随分と都合の良い話だな! だが今はありがたいッ。とりあえずそこに突っ込むッ!」
直進していると、見えてきた山肌に、確かに小さな穴らしきモノが見えてきた。戒斗はそこに向かってアクセル全開のピックアップ・トラックを向かわせるが、後方より迫るスーパーハインドとの距離も大分近くなっていた。もう既に射程圏内だろう。
「……! 戒斗ッ!!」
助手席に座る遥が叫ぶと共に、突然身を乗り出し、戒斗の握るハンドルを目いっぱい右へと回した。方向舵の切られたピックアップ・トラックが激しく右へロールした数瞬後、つい今までピックアップ・トラックの進行方向だった地面が大きく抉られ、積った雪が土と混ざり合って天高く舞い上がった。慌ててバックミラーを見ると、スーパーハインドの機首ターレットに装備された機関砲の砲口が微かに白煙を上げ、こちらに砲口を向けている。――遥が気づかなければ、二人揃ってミンチになっていたであろう。
「悪りい、助かったッ」
礼を言いながら、戒斗は片手で遥の頭を押さえ身を低くさせる。目的の洞穴まで、残り数百m。逃げ切れるか……?
スーパーハインドの機関砲が火を噴く。戒斗はピックアップ・トラックを直進させつつ、途中S字機動を混ぜて連射される機関砲弾をすんでのところで回避し続け、目的地を目指す。洞穴まで、残り五十メートルッ……!!
「戒斗ッ!!」
遥が叫ぶ。懸架されたロケット・ポッドより斉射された多数の無誘導ロケット弾頭が、こちらへと飛翔してきていた。洞穴まで残り僅か。戒斗は意を決し、シフトレバーの近くに据えられたサイドブレーキを引っ張る。
「うおおおおおッ!!!」
グリップを失ったタイヤが流され、車体が横滑りを始める。すぐにサイドブレーキを戻し、ドリフトの要領でカウンターステア。アクセルを微調整し、なんとかスピンせずに横滑りの状態を維持する。その横っ腹へと迫る、幾つものロケット弾頭。洞穴は、もう目の前だった。
「飛べェェッ! 遥ァァァッ!!!」
遥は最初から分かっていたかのように、素早く車外へと飛び出す。叫ぶ戒斗も運転席から身を乗り出し、天井だった部位からシートを蹴って外界へと飛び出す。
ほんの一瞬だったが、宙を飛んだ。背後に迫るロケット弾頭が、ピックアップ・トラックのすぐ真横の地面へと到達。信管が作動し、破壊を撒き散らした。殆ど直撃弾と言ってもいい至近弾を食らったピックアップ・トラックはひっくり返るように吹っ飛び、宙を舞う戒斗へと迫る。背後で、連続して起こる爆発。そこから巻き起こる爆風一つ一つがピックアップ・トラックを抉り、スクラップへと変えていく。
「――ガハッ」
着地。重い衝撃が身体を襲う。前転で転がって衝撃を和らげながら、戒斗は目的の洞穴内へと突っ込む。勢いが殺し切られ、戒斗は雪の積もっていない岩の地面へと背中が叩きつけられた。肺の中の空気が押し出され、先程食らった傷口から鈍い痛みが響く。
「……なんとか、なったみてえだな」
肺に空気を入れ直すように大きく息を数回吸った後、立ちあがった戒斗は絞り出したような声で言った。一連の行動はある種の”賭け”であったが、どうやらその賭けに勝ったようだった。自分自身死んだ様子もないし、暗く欝蒼としたこの空間はどう考えてもあの世とは程遠い。
状況確認の為に、戒斗はチェストリグのポーチからシュアファイア社製フラッシュ・ライトを取り出し、辺りを照らす。この洞穴は見た目に反して大きく、奥深いようだ。天井には灯りらしき白色電球と、電力供給の為の導線が張られている。壁際付近には幾つもの木箱やコンテナが積まれており、どれもこれも明らかに軍需品や食糧の入ったモノだった。今まで気づかなかったが、戒斗のすぐ真横には古式めいた濃緑に塗装されたケネディジープまで鎮座している。もっとも、整備が行き届いているかも定かではないので動くか怪しいところだが。
背後を振り返ると、すぐ近くの壁際にもたれ座る遥の姿が目に入った。疲れているようではあるが、どこにも怪我は見当たらない。とりあえずは問題なさそうだ。彼女の近くには、道中拾って彼女に渡したSG551突撃銃に、運転の邪魔になるからと遥に預けておいた、戒斗の私物であるコンパウンド・ボウもあった。律儀に持ってきてくれていたようだ。心の中でそっと、遥に感謝する戒斗。
自分が突っ込んできたであろう洞穴の入り口を見ると、その半分以上が、爆発によって横転したであろうピックアップ・トラックだったモノの残骸で埋まっていた。運悪く、側面を下にする形で倒れている為に人が出入りするような隙間はどこにも見当たらないが、洞穴の天井付近に微かに隙間があった。空気供給の面でも、問題はなさそうだった。
「ッ……」
このまま探索を続けようと思ったが、突如背中に鋭い痛みを覚え、戒斗はフラッシュ・ライトを取り落としくずおれてしまう。右手を背中に回してみると、破片であろう鋭い何かが背中に刺さっていた。そこそこ深いらしく、右手のグローブにべっとりと濃い血液が染み付く。
「一難去ってまた一難、ってか……」
戒斗はフラッシュ・ライトを拾い、適当な壁際に左肩を預け腰を落とす。洞穴の外からは、未だスーパーハインドのローター音が聞こえる。
こうして逃げ込んだはいいが、どのみちあのハインドを退けないことにはどうしようもない。結局は、問題を先延ばしにしただけだ。今後のことを考えると、戒斗は溜息を吐かざるを得なった。




