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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
33/110

Don't Forget my Testament.

 通常のエレベーターに比べかなりゆっくりとした速度で上昇していたカゴが止まり、大きく重苦しい鉄の扉が開く。その奥に広がっていた格納庫は、例えるなら体育館のような、広く、高い天井の広間だった。上を通る、剥き出しになった鉄骨がエレベーターの内側からも見て取れる。

「――敵影無し。極力バレないように行くか」

 戒斗は開かれた扉の向こうへと銃口を向けていたベレッタM92FS自動拳銃を下げ、安全装置セイフティを掛ける。92FSをズボンのベルトの間にねじ込み、床に置いてある、たった今、エレベーターの上昇中に組み立てておいたコンパウンド・ボウを取り、周囲を警戒しつつエレベーターから飛び出す。その後には、妹を背負った遥が続く。

 手近な、物資輸送用と思われる、積み上げられた木箱の陰に隠れつつ戒斗は格納庫内の様子を伺う。中央部には広い空きスペース――恐らくは、少し前に琴音達が無線で言っていたヘリコプターが駐機されていた場所だろう――があり、その周囲には木箱やコンテナが無造作に置かれている。隅の方にはトラックやらが駐車されているが、どれもこれも整備員や兵士が近くに居て使えそうにない。肝心の格納庫扉開閉機は、どこにも見当たらない。

「使えそうなのは……アレか」

 とりあえずは逃走の足に使えそうな、乗用車程の小型ピックアップ・トラックを見つけた戒斗は呟く。今彼らが隠れる場所からそこそこ近く、その上、剥き出しの荷台には防盾付きのブローニングM2重機関銃が据えられている。弾薬箱も二つ積まれていた。近くに居る人間は二人。どちらも隙が多い。好都合だ。

「あそこのトラックを確保してくる。合図したらこっちに来い」

「御意」

 遥に行動を支持した後、戒斗はコンパウンド・ボウ片手に木箱の陰から飛び出す。遮蔽物から遮蔽物へ、極力目に触れないようなルートで、静かに目的のピックアップ・トラックへと近づいていく。

 トラックの車体に走る少し小さめの傷跡まで目視出来る距離まで接近した戒斗は、コンテナの陰に隠れ、ピックアップ・トラックの周りに居る敵の様子を観察する。

 一人は車体の陰に隠れるかのようににもたれ掛かって座り込み、煙草を吹かしている。サボっているのだろうが、基本的に火気厳禁な格納庫でその行動はどうかと戒斗は思った。もう一人は車体に隠れ、上半身ぐらいしか見えないが、着ている上下水色の作業着からして整備員だろう。補充の部品らしきモノが詰まった幾つもの箱の中から部品を手にとっては戻し、片手に持ったクリップボードに挟まれた書類に何かを書きこんでいる。検品作業だろうか?

 戒斗は静かに、背中に背負った黒いポーチからアルミ製の矢を一本、左手に掴んで取り出し、つがえる。一呼吸置いてから、戒斗は上半身のみコンテナの陰から飛び出した。それと同時に、素早く矢を引き絞り、弓に備え付けられたピープサイトで狙いを定め、矢を放つ。解放された弦とリムの反発力を原動力に飛翔する矢は煙草を吹かす兵士、その首の付け根に突き刺さり、紅い血の華を咲かせ程なく絶命に追いやった。口に咥えていた、既に大分短くなった紙巻き煙草が床に落ち、程なくして燃え尽きた。

「ん? なんだ?」

 異音に気づいた、もう一人の整備員がクリップボードを補充部品の詰まった箱の上に置き、たった今絶命したばかりの彼へとゆっくり歩いて来る。戒斗はコンパウンド・ボウをコンテナに立てかけ、整備員の視線を掻い潜り接近する。

「お、おい、お前どうし――フゴッ」

 物言わぬ肉塊に変貌した男の姿を見た整備員は、酷く狼狽し大声を上げようとする――が、その背後に忍び寄った戒斗が素早く左腰の革製シースから大型サバイバル・ナイフ、HIBBENⅢを順手で抜刀。右手で整備員の口を塞ぐと同時に、背後からその脇腹へと30cmを超える刃を突き刺していた。彼の脇腹からはおびただしい量の鮮血が滴り、口からは少量だが血が溢れ、押さえつける戒斗の右手を紅く汚す。

 戒斗はHIBBENⅢを差したまま、一度捻ってから抜き、傷口を抉られた痛みにもがく整備員を床へと張り倒す。抵抗しようとする整備員の片腕をコンバット・ブーツで踏みつけ乱暴に押え、逆手に持ち替えたHIBBENⅢの刃を力いっぱい彼の首元へと突き刺した。声門を破壊された整備員はヒュー、ヒュー、と声にならない断末魔を上げ、口から溢れんばかりの血液を垂れ流し、程なく酸欠と失血によりその生命活動を停止させられた。

 戒斗はHIBBENⅢを抜き、血に濡れた整備員の身に纏う、錆び臭い紅色の液体で汚された作業服のまだ綺麗な部位で、白銀に煌めく刃に付着した血と脂、そして自身の右手にこびり付いた血液を拭う。

 拭い終わったHIBBENⅢを鞘に戻し、先程矢を突き刺した兵士の遺体を物色し始める。彼が持っていたSG551突撃銃アサルト・ライフルに予備弾倉、銀色に光るステンレスのカスタム・スライドの装着されたシグ・ザウエルP226自動拳銃をコンパウンド・ボウと共にピックアップ・トラックの荷台に載せた。

 物色も終わり、用済みとなった二つの肉塊を引きずり、先程戒斗が隠れていたコンテナの陰へと隠す。発見を遅らせるのと、脱出時に邪魔にならないように、だ。引きずったせいで床に血の跡がべっとりと付着してしまったが、まあこの程度は致し方ない。戒斗は再びコンパウンド・ボウを回収してから、遥の隠れる木箱の方に向かって軽く手を振り合図をする。それを確認した遥は、いつの間にやら眠ってしまっていた妹を背負い、素早くこちらに駆け寄ってきた。人一人背負っているとはいえ、流石は訓練された忍者。その動きに無駄はない。見つかった様子もなさそうだ。

「……相変わらず、手際が良いですね」

「ま、慣れてるからな」

 戒斗の手際に感心する遥に返答しつつ、戒斗は運転席のドアを開け、様子を探る。どうやらこのピックアップ・トラックはそこそこ古いモノらしく、最新鋭の電子キー、イモビライザーではなく、鍵穴に差し込むタイプの古典的なシリンダーキーのようだった。車内を探ってキーを探すが、どこにも見当たらない。助手席のダッシュボードを漁っても、よく分からない書類や、兵士が勝手に持ち込んだいかがわしい雑誌しか出てこない。クソッ、と悪態を吐き、戒斗は無線機を操作する。

「なぁオイ瑠梨、流石にイモビでもねえ車を遠隔起動とか出来ねえよな」

≪コールサインで呼びなさいよコールサインで。電子キーじゃないなら無理ね。諦めなさい≫

 瑠梨の不満そうな声色が、イヤホンから聞こえてきた。

「だよなぁ」

≪昔の映画みたいに、コード弄って直接起動させてみたら?≫

「冗談よしてくれ」

≪冗談じゃないんだけど……まあいいわ。朗報、ってわけじゃないけど、一応格納庫の扉ならこっちから開けられるわよ≫

「ホントか!? そりゃ助かった」

≪ええ、それより気になることが――≫

「――お姉ちゃんッ!」

 イヤホンから聞こえる瑠梨の声は、唐突に木霊した幼い少女の叫び声にかき消されてしまった。





 身体が揺さぶられる感覚に、白い雪中迷彩の上着――先程、姉と共にやって来た、ボサボサ頭の若い男が被せてくれたモノ――を身に纏った幼き少女、長月ながつき しずかは目を覚ました。何故だか、とても長い夢を見ていた気がする。

「あ、目が覚めた?」

 すぐ近くから、懐かしい声――姉、はるかの声が聞こえてきた。どうやら今、静は、姉の左手で、頭が姉の背中に来る形で背負われているらしい。丁度『へ』の字型、と言ってしまうのが適切であろうか。

「うん……」

「もうすぐ帰れるからね……大丈夫? 立てる?」

 喉の奥から絞り出すかのような声で返事をすると、遥は気遣うように優しい声をかけてきてくれた。――正直、今でも死んでしまいたい気持ちはとても強いが、姉のかけてくれるその優しさが、とても嬉しかった。

「うん、なんとか」

「分かった。じゃあ一回降ろすね」

 そう言うと遥はゆっくりと、慎重に、まるで腫れ物でも扱うかのように両手で静を抱きかかえ、停められている車の少し近くの、どうやら大きめの木箱らしいモノにもたれ掛けて座らせた。彼女自身、幾ら訓練されたしのびとはいえ、妹を背負ったまま長時間敵地に居るのは相当堪えたであろう。それでも、彼女は疲れた様子一つ見せず、ただただ、目の前で座る妹を慈しんでいた。その腰には、かつて忍の師から託された現代の忍者刀、『一二式超振動刀”陽炎”』が。確か、自分のはどこへやったっけな。と、かつての愛刀へと静は思いを馳せる。

「ねぇ、静……? 帰ったら、もう一度、里に戻ろう? また昔みたいに、一緒に暮らそう」

「うん……」

「大丈夫、今度はお姉ちゃんがちゃんと静を護るから……あの機械化兵士(からくり人形)も、この刀があれば太刀打ちできそうだし」

 語りかける姉の表情は、どこか穏やかだった。ちょっと前までは毎日のように見ていたはずなのに、ひどく懐かしく思える。あれ……? そういえば、離れ離れになってから、どれぐらい経ったんだっけ。

「必ず帰れるからね。戒斗も居るし……あ、あの男の人のことね。凄いんだから。機械化兵士(からくり人形)もやっつけちゃったんだよ? 私とも互角に戦ったし、ホント、恐ろしいぐらいの腕利きよ」

 姉と互角……一体どれほどの人なんだろう。見たのは意識を失うほんのちょっと前だけだから、あんまり記憶にないや。

 どうやら静を安心させようと、他愛のない話題を話しかけてくる遥。その背後で、何かが蠢いた……気がした。

「それでね、その琴音って友達なんか、お弁当に素麺持って来ちゃって――」

 何か、居る。全身に金属板を張りつけたような男が、ゆっくりと、姉の背後から歩いて来る。身体のあちこちから液体と潤滑油を垂れ流したその身体は、一部が紅く――返り血で染まっていた。姉は、それに気づく様子がない。必死に声を出そうとするが、何故だか出てこない。疲労からか、身体に、力が入らない。

「それでね、その次には――」

 駄目だ。

 ゆっくりと近づいて来る男は、見るからに全身から殺気を放っている。まずい。このままでは、姉が、遥が、殺される――

 動け、動け、動け!

 疲労でオーバーヒートした身体に鞭を打つ。ほんの少しだが、筋肉が動いた。

 動け動け動け動け動け動け私ッ! ここで動かないと、お姉ちゃんがッ!!

 男は、数歩の間合いまで迫っている。遥が気付く様子はない。こんな時に限って、あのボサボサ頭も居ない。――姉を護れるのは、私しか居ない。

「――お姉ちゃんッ!」

 静の精神力が疲労に打ち勝ったのか、はたまた神の悪戯か。ともかく、静の身体は奇跡的に動いた。全身の筋肉が収縮し、咄嗟の叫びを上げながら静は姉の、自分とそう変わらない小さな身体を掴み、自分の背後に突き飛ばす。今まさに眼前まで迫る、男に静自身が背を向ける形で。

しずか……ッ!?」

「――か、はっ……」

 静の胸に、強大な異物感と共に押し寄せた焼けるような痛みが、電流のように走った。





 戒斗が少女の叫び声に気づいて車内から飛び出した時には、全てが何もかも、遅すぎた。

 ピックアップ・トラックの後方近くにある、積み上げられた木箱群。その近くで尻餅をついている遥と、それに正対し、両腕を大の字に広げ、彼女を庇うように立ちふさがっている妹、しずかの姿があった。静の胸からは余りにも異質な、コールタールのように黒い棒が生えている。胸と、口から零れ落ちている紅い液体は――紛れも無く、彼女の血液。胸に紅い華を咲かせている静の背後では、今最も目にしたくなかった影が立っていた。その影――先程地下四階で仕留めたはずの機械化兵士マンマシン・ソルジャーは、ところどころに傷を走らせ、右眼から機械油を垂れ流しつつもなお、右腕から抜き取ったブレードの切れ端を幼き少女の背中から突き刺していた。

「え……いや……」

 普段では考えられないような表情で、自らの妹の胸が貫かれている光景を虚ろな目で見つめる遥は、うわ言のように呟く。

「お……姉、ちゃん……」

 対する妹は、口から血を垂れ流しつつもなお、姉を気遣おうと言葉を紡いでいた。

「うそ、嘘……静……」

「私の分も、生きて――」

 それが、妹が姉に語り掛けた、最期の言葉だった。

 機械化兵士マンマシン・ソルジャーは焦点の定まっていない冷酷な左眼を静に向けつつ、その背中に突き刺したブレードの切れ端を力任せに抜き去る。その次に彼は、容赦なく、まるで当然のように切れ端を持った手を大きく振りかぶり、彼女の、遥のたった一人の妹の首元目がけて振り下ろし――その首を、刎ね飛ばした。

 ゴロン、と、余りにも無機質で、無慈悲な音が床から響く。一秒もしない内に、噴き出した鮮血が勢いよく、まるでシャワーか噴水のように、機械化兵士マンマシン・ソルジャーに、そして姉である遥に降り注ぐ。

「え……?」

 全身を降り注いだ紅い血で濡らし、思考が追い付かないというように虚ろな目で、その光景を見つめ続ける遥。そのすぐ目の前に、力を失い倒れた身体がドシャリ、と生々しい音を立てて倒れる。その近くには、切り離された”ナニか”が、無造作に転がっていた。

「え……? そんな、そんな……嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!」

 その光景を目の当たりにした遥は、格納庫中に響くほどの叫びを上げる。それを阿然として眺めていた戒斗ですら、吐き気を覚えるほどに、残酷すぎる死だった。――遥の妹、しずかは、間違いなく命を落とした。その事実だけが、戒斗と遥、二人に重くのしかかる。

「チックショォッ! やりやがったなクソ野郎がァァァァッ!!!」

 戒斗は雄叫びを上げてピックアップ・トラックの荷台に飛び乗り、備え付けられた防盾付きブローニングM2重機関銃のレバーを乱雑に操作し、発砲可能状態にしたソレの銃口を機械化兵士マンマシン・ソルジャーへと向ける。怒りに任せて戒斗は、四半世紀前は戦闘機に搭載されていた強力な重機関銃から死の雨をバラ撒いた。

「――」

「おおおおおおおおッッ!!」

 叫ぶ戒斗とは対照的に、機械化兵士マンマシン・ソルジャーは無言でハイブリッド高速演算システムを起動。右眼が潰れてしまったとはいえ、常人を遙かに超えた高速思考は健在だった。幾ら特殊装甲の身体でも、当たればひとたまりもない12.7mmの大口径弾が、ビデオをコマ送りにしたようにゆっくりと見える。自らに致命傷を与えそうなモノだけを冷静に、左手に持つ、先程まで右腕に突き刺さっていた高周波ブレードの砕かれた刀身で斬り捌く。

 降り注ぐ死の雨が、唐突に晴れた。機関銃側面のホルダーに載せられた弾薬箱から伸びていたはずの12.7mmベルトリンクが、いつの間にやら途切れてしまっていた――弾切れだ。

「クソッ、こんな時に!」

 慌てて再装填リロードしようとするが、対峙する機械化兵士マンマシン・ソルジャーはほんの数mの距離にまでにじり寄っていた。どうやら、再装填リロードの暇は無いらしい。

「居たぞッ」

「やかましいッ! 雑魚は引っ込んでろ!!」

 この騒ぎに気づいた少数の敵兵が側面から戒斗に銃口を向ける。それに対し戒斗は、ピックアップ・トラックから飛び降りると同時に、ベルトにねじ込んでおいたベレッタM92FS自動拳銃をファストドロウ。片手で一人につき三発ずつ放ち、着実に絶命させていく。

(確か奴のなんちゃら演算システムの限界時間は……何分だったか? まあいい、とりあえず、その短い時間の間だけ逃げ切れれば――勝機は、ある)

 怒りに支配されていた思考が、こうして銃弾を放つ度に晴れ、冷静な思考が戻ってくる。どうやら自分は、どうしようもないぐらい生粋の戦士らしい。とにかく、奴の高速思考の制限時間まで逃げ切れれば、勝てる可能性はある。

 戒斗は走る。格納庫の端から端まで走り、先程確保したピックアップ・トラックと同型の車両を見つけた。怯える整備兵を蹴り飛ばし、荷台に飛び乗って先程と同じ仕様のM2重機関銃を操作、発砲する。凄まじい発砲音と共に発砲炎マズル・フラッシュが瞬き、巨大な空薬莢とベルトリンクの欠片を右側面から荷台にバラ撒く。

「……」

 対する機械化兵士マンマシン・ソルジャーは、何故だか知らないがゆっくりと歩きながら向かい来る12.7mm弾を捌いている。遠目だからあまり詳しくは分からないが、右脚に少し深めの傷が走っていた。どうやら地下四階の戦闘での傷が少なからず響いているらしい。人工筋肉が破損したのかどうかまでは分からないが、とにかく好都合だ。

 数十秒の後、またもベルトリンクが途切れた。弾切れが起こってしまったようだった。

「またかよッ」

 戒斗は手早く空になった弾薬箱をホルダーから外して投げ捨て、荷台に置かれていた予備の弾薬箱をホルダーに載せる。重苦しい鉄製の弾薬箱の蓋を開け、中から長大なベルトリンクで帯状に繋がれた12.7mm弾を取り出し装填する。

「――!」

 ガァン、と、M2重機関銃に取り付けられていた鋼鉄製の防盾が凄まじい音を立てて凹む。何事かと思い様子を窺うと、どうやら機械化兵士マンマシン・ソルジャーが、手近な木箱の中から機械用の補充部品を取り出し投げつけてきたようだった。どれだけ怪力なんだ、と戒斗は思わず冷や汗をかく。

「くたばりやがれェェッ!!」

 戒斗は装填の済んだ機関銃を再び乱射する。段々と銃身が赤く熱を帯びてくる。が、気にしている余裕はどこにもない。

「……!」

 またも冷静に弾を捌いていた機械化兵士マンマシン・ソルジャーだったが、唐突に彼は地を蹴り、飛び上がった。

「しまった……ッ!」

 失念していた。いや、油断していた。幾ら走れないとはいえ、飛ぶことぐらいは出来るはず。ましてや、モノを投げて鋼鉄の板を凹ませるような出力を出せる人工筋肉なら、片脚が生きていれば飛び上がることは可能なはずだ。

 機械化兵士マンマシン・ソルジャーは空中で刃を逆手のような形に持ち替え、その切っ先を戒斗へと向けている。対する戒斗は荷台を力いっぱい蹴り、背中を地面に向ける形で後ろ向きに飛ぶ。同時に腰のホルスターから抜いて両手で銃口を向けるのは、奴に現状唯一対抗出来る、虎の子の.338ラプア・マグナム徹甲弾が装填された中折れ単発拳銃、トンプソン・コンテンダー。

「――!!」

(まだだ……まだ引きつけろッ!)

 徐々に背中に近づく固い床と、上空から迫り来る機械仕掛けの兵士。しかし戒斗は、まだコンテンダーを撃とうとはしない。――まだ、距離が遠すぎる。

 ほんの一瞬のはずである時間が、永遠にも似た感覚で引き伸ばされる。周りがスローモーションのように、自分の動きさえも、ゆっくりと流れて見える。アドレナリンの過剰分泌による作用だった。奴との距離は、残り2mも無い。どんな下手糞でも、撃てば必ず当たる距離――いける。このタイミングしか、勝機は無いッ!!

「くたばりやがれ、クソ野郎ォォォォォーッッッ!!!」

「――!!!!」

 戒斗は意を決し、コンテンダーの引き金を絞る。拳銃では考えられないような反動が戒斗を襲う。構えた腕は投げ出され、手が滑りコンテンダーを取り落す。身体は反動を直に受け、予定よりも早く、そして強く床へと背中から叩きつけられた。

「ガッ……クソがッ……!」

「……!?」

 あれから、何時間が経ったのだろうか? 一瞬前のはずの出来事が、まるで数年前のように思えてしまう。

 戒斗の脇腹を貫通し、床に思い切り突き立てられているのは、機械化兵士マンマシン・ソルジャーが逆手に握ったブレードの欠片。馬乗りになる形の機械化兵士マンマシン・ソルジャーは、戒斗の脇腹を抉った代償として、その右腕の肩から先を失っていた。遥か彼方で、吹っ飛んだ機械の腕が落下する音が響く。

「……目標、排除、開始」

 静かに、人工的に合成された声で呟くのは機械化兵士マンマシン・ソルジャー

「――何を勝ったつもりでいるんだ、ブリキ野郎」

 コンテンダー喪失、脇腹に重傷の絶対的不利な状況にも関わらず、戒斗は笑って軽口を叩く。

「勝利の余韻に浸るのは、獲物を完璧に仕留めてからにしやがれ、タコ助が――排除されんのは、テメェ自身だ」

 すぐ目の前の、機械の兵士の顔に向かって中指を突き立てる戒斗。その視界内、つまりは機械化兵士マンマシン・ソルジャーの背後で、一つの影が宙を舞い、踊る。

「やっちまえ! 遥ァァァァッッッ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 その影こそ、三百年前――戦国乱世の時代より歴史の裏で暗躍してきたしのび一族の末裔。現代に生きるその忍者の名は”長月ながつき はるか”。彼女は今、修羅の瞳で宙を舞い、かつての師より託された現代の忍者刀、『一二式超振動刀”陽炎”』を順手に構え、最愛の妹の仇である機械化兵士(からくり人形)へ斬りかからんとする。

 ――それは、一瞬の出来事だった。遥がスッ、と物音ひとつ立てずに着地し、その刀を背後の鞘に納めた瞬間、今まさに戒斗に跨っていた機械化兵士マンマシン・ソルジャーの四肢が、砕け散った。

 これが、人間に可能なことなのだろうか? そう疑問符を浮かべさせるほどの速度で、遥の斬撃は行われていた。左腕に両脚、さらには胴体をも斬り裂く斬撃。支点を失った機械化兵士マンマシン・ソルジャーの無残な胴体はゴロゴロと、無機質な音を立てて床を転がる。

「ガッ……畜生、派手にやりやがって……」

 遥の背後で、拘束の解かれた戒斗がゆっくりと身を起こしている。

「……戒斗」

「まだ、だろ?」

 脇腹にブレードが突き刺さったままの戒斗に何か声を掛けようとした遥だったが、それを戒斗自身が制止する。

「まだ、終わっちゃいない」

 言って戒斗は、随分と軽くなったチェストリグのポーチから一本のオートインジェクター……に酷似した機器を遥に手渡す。

「これは……」

「ソイツは『フルストットル・エクステンダー』……使い方は、分かってるな?」

 遥は、ゆっくりと首を縦に振る。作戦前に戒斗から聞かされていた、対機械化兵士マンマシン・ソルジャー戦の切り札。彼らの脊椎部に備え付けられた演算ユニットをオーバークロックさせ、確実に殺す一発逆転の装置。

「よし……なら、行ってこい。お前が、お前自身の手で、トドメを刺せ」

 遥はゆっくりと立ち上がり、四肢を失ってもなおもがく無残な胴体の元へと歩み寄る。

「妹の……しずかの仇よ……」

 その脊椎部に備え付けられた接続端子に、『フルスロットル・エクステンダー』を遥は叩き込み、プログラム始動ボタンを押し込む。

「――ア、ガ、ガガガガガッ――!!??」

 演算ユニットが強制的にオーバークロックさせられ、脳が焼き切れる苦しみにもがき苦しむ機械化兵士マンマシン・ソルジャーの姿は、どこか滑稽で、そして哀れに見えた。――彼自身も、ある意味”方舟”の被害者なのかもしれない。

 遥は彼から『フルスロットル・エクステンダー』を抜き、背後の鞘から刀を抜き放つ。大きく振りかぶり、痛みにもがき苦しむ機械化兵士マンマシン・ソルジャーの首を、刎ね飛ばした。ゴロン、と刎ね飛ばされた首が床に転がる無機質な音は、どこか、デジャヴを感じさせる。

「地獄で、妹に詫びなさい」

 ある意味で哀れみの視線を向け、遥は刀を鞘に納め、戒斗の元へと戻る。どうやら彼は、なんとか応急処置を終えたようだった。戒斗は戒斗で頑丈だな、と遥はふと思ってしまう。

「終わった、か」

「……はい、戒斗。ありがとう、ございました」

 使い終わった『フルスロットル・エクステンダー』を戒斗に返し、肩を貸そうとするが戒斗は「問題ない」とそれを断った。

≪戒斗!? 戒斗大丈夫なの!?≫

 戒斗の左耳に着けたイヤホンから、聞きなれすぎた声――琴音の声が、やかましい程に響いてきた。戒斗は苦笑いを浮かべ、その無線に応答してやる。

「ああ、なんとか、な……」

≪そう、良かった……! ってそれどころじゃないわ! 戒斗は聞いてなかったかもしれないけど、瑠梨によるとそこの格納庫に敵が集結しつつあるらしいわ! 後五分もしない内に到着しちゃうわよ、急いで!≫

「そうか……悪い、瑠梨にゲートを開けるよう伝えてくれ。それじゃあ、また後で会おう」

≪ちょ、ちょっと戒斗――≫

 言って戒斗は、一方的に通信を終えた。

「さて、ゆっくりはしていられないようだな……遥、せめて俺達の手で、葬ってやろう」

 二人は乗る予定だったピックアップ・トラックの元まで戻り、見るも無残な遺体に変貌してしまったしずかの亡骸へと近寄る。

「静……ッ」

「……殆ど話せてなかったが、お前は、立派なしのびだった……決して、忘れない」

 戒斗は涙を堪える遥を横目に、来る途中にトラックから剥ぎ取ったポリタンクの中身――ガソリンを、遺体へとブチ撒ける。遺体の前でしゃがみ込む遥の手に、そっと、銀色に光るジッポーライターを手渡してやった。

「後は、お前が」

 遥は首を縦に振り、蓋を開けたジッポーライターに火を灯す。キィン、というジッポー独特な小気味良い音が、鎮魂歌のように響く。火の灯されたジッポーライターを、遥はそっと、妹の遺体へと投げ込んだ。

 すぐに遺体は炎に包まれる。そして、全てが灰に還る。彼女の肉体も、意志も、そして、生きた証すらも――

「しずかぁっ……!!」

 堪え切れなくなった涙が、遥の瞳から零れ落ちる。その涙は、吸い込まれるように妹の炎へと吸い込まれ、そして、蒸発していった。

「彼女のことを、忘れるな」

「あぁっ……」

「姉であるお前が生き、彼女の、静の想いを、後世に伝えてやれ」

「うわぁぁぁっ……!!」

「お前の妹がこの世界で生き、呼吸をし、そして死んでいった証を――静がこの世界に生きた証を、姉である、遥、お前が、残してやれッ……!!」

「あぁぁぁぁっ……!!!」

 気が付けば、しゃがみ込み、泣き叫ぶ遥の頭に手を乗せる戒斗の眼からも、透明な涙が滴っていた。

 二人の背後で、重苦しい格納庫のゲートが開く。まるで、立ち止まるなと、振り返らずに歩けと言わんかの如く。気が付けば、敵が大挙して押し寄せてくるまで、殆ど時間がなかった。時間とは常に平等で、そして残酷だった。

「遥……行こう。もう、時間がない」

「……はいッ……!」

 泣き腫れた彼女の瞳は、真っ直ぐに光が灯っていた。

「コイツを使え。無いよりはマシなはずだ」

 戒斗は、先程拝借しておいたシルバースライドのシグ・ザウエルP226自動拳銃と予備弾倉を遥に手渡す。渡された遥は、数度動作確認をした後、それを懐に収めた。

「ありがとう、ございます」

「さぁ、行こうか……悪いが、俺の弓と、拝借したライフルを助手席のどこかに置いてくれ」

 荷台から移されたコンパウンド・ボウとSG551突撃銃アサルト・ライフルは、助手席に座った遥が抱きかかえる形で持つことに。戒斗は運転席に座り、ハンドル下の内装を剥がしてコードを引っ張り出し、昔の古ぼけたアクション映画のように、コード直結によるエンジン始動を試していた。

「頼むぜ……動けッ!」

 その祈りが通じたのか、ピックアップ・トラックのエンジンが唐突に唸りを上げる。起動成功だ。

「ふぅ、意外となんとかなるもんだな……よし、行くか」

 戒斗がピックアップ・トラックのアクセルを吹かすと同時に、格納庫内に敵兵達が大挙して押し寄せてきた。銃撃を後部に受けつつもなお、トラックは走り始める。まさに、間一髪のタイミングだった。

 ゲートを潜り、再び雪の中へと、二人は戻っていく。その遥か後方で、炎が静かに煌めいていた。

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