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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
31/110

Die another Day.

 ――俺は、誰だ?

 真っ暗だった。視界全てが暗く、閉ざされていた空間に、”彼”は居た。

 ――ここは、どこなんだ?

 思いだそうと必死に足掻いてみても、脳を直接押さえつけられるような痛みに襲われて、強制的に断念させられてしまう。

 ――どこだ、どこだ、どこだ。出してくれ、出してくれ! 誰か、俺を!

 腕を、脚を、身体を必死に動かそうとしてみる。しかし、動いている感覚がない。

 身体が”ある”という感覚自体が、無かった。身体が”ない”のなら、この思考は何なのだ。

 ――ああ。

 突然、痛みがスッと消え失せた。同時に、霧が晴れるような感覚に襲われた。

 ――そうか、俺は――

 思考は、そこで途切れてしまっていた。何もない、全てが終わった後のような真っ暗な、宇宙のような空間に、ただただ浮かんでいるような奇妙な感覚だけが残っていた。

 ――目覚めるその瞬間を、”彼”は静かに待つ。





≪あーあー、こちらはミッドナイト・ブラボー……で良かったか? まあいい。狙撃チームは配置に着いた≫

「了解。そこから何が見える?」

 胸の無線機と直結した左耳のイヤホンから聞こえるリサの声に、戒斗は落ち着いた口調で応答する。隣には、いつもより少し厚着の忍者装束に身を包んだ遥が、戒斗と同じペースで雪の上を歩いていた。

≪お前ら二人以外、全部真っ白だな……琴音、何か見えるか?≫

≪――歩哨のような人影っぽいのが二つか三つ。暗くて見にくいけど……何か施設のようなのも、見えないことないわね≫

 琴音の言った情報が確かであれば、敵はそれ相応の警戒を敷いていることになる。こちらの動きを知ってのことかまでは分からないが、一筋縄で行かなさそうなことだけは確かだった。

≪こちら……えーと、ミッドナイト・チャーリーだったか。脱出ポイントに到着。待機する≫

 脱出時にヘリを強行着陸させるポイントに、佐藤が到着したようだった。彼には脱出支援の役目を、予め行きのヘリ内で頼んでおいたのだ。

「オーケー。頼んだぞ」

≪というかよ、このややっこしいコールサインやめにしねえか?≫

「出来たらとっくにしてらぁ……まあいい。俺達も行動を開始する。アウト」

 一方的に通信を終えた戒斗は、横目でチラッと遥を見る。普段よりか厚着ではあるが、それでもやはり、自分達に比べると寒そうではあった。

「それ、寒くないのか?」

「……そうでもありません。それに、多少の寒さは耐えられるよう、鍛錬されてます」

 いつも通りの口調で答える遥。へぇ、忍者ってのはやっぱ凄いもんなんだな。

「それじゃあ、俺達も行くか」

「御意」

 二人は静かに、身を低くして雪の上を歩いていく。予測される目的地までの距離は、およそ150m。そう遠くない距離だ。

 歩いていると、遠くからふと、風の音に混じって人の声――英語らしき言語が微かに聞こえてくる。後続の遥を手で制止し、近くにあった岩の陰に隠れ、双眼鏡で様子を伺う。

 居た。戒斗と同じような白い雪中迷彩の装備に身を包んだ人間が二人、煙草を吹かしながら談笑している。肩から下げているのは両者共、スイス製SG551突撃銃アサルト・ライフル。体格や立ち方から見て、軍人崩れの人間だろう。

「狙撃チーム、俺達が見えるか?」

 戒斗は首のスロートマイクを押えて、小声で無線を開く。

≪――ええ、岩陰に二人≫

 琴音の、ひどく落ち着いた声が聞こえてきた。

「俺達の近く、二人歩哨が立っているのが分かるだろう。俺から見て奥の奴を頼む。手前の野郎は俺に任せろ」

 戒斗は静かに、音を極力立てないようにゆっくりと、ベクター短機関銃サブマシンガンのコッキング・ハンドルを引き、初弾を装填する。安全装置セイフティを解除し、スロートマイクから放した左手を、ベクターに取り付けられた垂直のフォアグリップに据え、安定させる。

 岩陰から少しだけ身を乗り出し、折り畳み式の細い銃床に頬を付け、銃上部のビカティニー・レールに取り付けた光学照準器553ホロサイト越しに戒斗は敵の姿を捉える。

「三つ数えたら撃て。一、二――」

≪――私の放つ”サジタリウスの矢”は、決して貴方を逃がしはしない≫

 三。戒斗はそう言うと同時にベクターの引き金を絞り、連射フルオートで、減音器サプレッサーによって減音された.45口径弾を放つ。それとほぼ同時に、数百mの彼方から飛来するは、琴音のVSSヴィントレス狙撃銃スナイパー・ライフルから放たれた亜音速のSP-5特殊弾。

 ほぼ同じタイミングで二か所から放たれた弾は、それぞれの目標の身体に紅い血の華を咲かせた。額から血を流している身体と、胸に数か所もの穴を穿たれた身体が折り重なるように、雪の絨毯へと崩れ落ちる。真っ白い雪を赤黒く汚す二人の遺体へと、周囲を警戒しながら戒斗は近寄って確認する。――二人共、既に事切れていた。

「……ヒューッ、即死だぜ。ワンショット・キルだ。流石良い腕してるな」

≪お褒めに預かり光栄でございますってね。気を付けて。いつソイツらが発見されるとも分からないから≫

「了解。また何かあったら頼むぜ。アウト」

 琴音との通信を終えた戒斗は、遥を連れ、目的地へと足早に去っていった。





「……あれか」

 あれから十分もしない内に、戒斗、遥の二人は目的の施設の目の前へと辿り着いていた。山をくり抜いているであろうその施設の外観は巧妙に偽装されてはいるが、近くで見れば確かに人工物であり、山肌との違いがはっきりと見て取れた。双眼鏡を使ってじっくり観察してみると、まず中央広場のような場所に小ぶりなヘリポートがある。監視塔のような場所が二か所両端にあり、中央、真正面には車両が出入りできそうな格納庫扉があった。兵員用の出入り口も数か所見受けられたが、どれも監視カメラと兵士による監視が厳しくてとても入れそうにはない。潜り込めそうな格納庫扉も、今は閉まっている。

 戒斗は軽く舌打ちをして、スロートマイクを押えて通信を開始する。

「ミッドナイト・リーダーよりスカイアイ。問題が発生した」

≪はいはい、こちらスカイアイ。何?≫

 コールサイン・スカイアイ――衛星越しに事務所のPCから戒斗達をサポートしている瑠梨の声がイヤホンから響く。

「着いたはいいが、監視が厳しすぎて潜り込めそうにない」

≪どこか、基地のメインフレームに接続できそうな場所は?≫

「あったら苦労してねえよ」

≪それもそうね。ハッキングが出来ないとなると……ここからじゃ、何もしてあげられないわね≫

「正面からドンパチするしかないってか? 冗談よしてくれ」

≪でもその状況だと冗談になってな……あっ≫

 何か思いついたように素っ頓狂な声を上げる瑠梨。

≪そうよ……その手があったわ!≫

「お、どうした?」

≪通気口よ通気口! 映画とかゲームでもよくあるでしょう!?≫

「……ああ、あるな」

≪それだけ大がかりな施設なら、どこかしらに通気口があるはずよ!≫

 そんな都合よくあったら苦労してねーよ。とボヤきつつ、戒斗は双眼鏡で念入りに探す。しかし、どこにもありそうにない。

「無えな……やっぱり映画みてえにはいかな……あ」

 ……あった。戒斗から見て奥の監視塔の根元付近に、金網で封じられたそれらしき穴が。しかも監視カメラの死角ときている。

≪そうでしょうそうでしょう!≫

「まさか本当にあるとは……」

 見た感じ、幅も結構広い。今背負ってる装備そのままでもなんとか通過できそうだ。

「恐れ入った。とにかく潜入を再開する」

≪了解。あ、そうそう……≫

「何だ?」

≪もし可能ならば、だけど、その基地のメインフレームにアクセス出来る場所があったらお願いしたいわ。そこからハッキングを仕掛けて、脱出の支援が出来るかもしれない≫

「はいはい。善処する。アウト」

 通信を終えた戒斗は、遥と共に慎重に施設へと近づいていく。途中何度か歩哨と鉢合わせしかけたが、なんとか回避出来た。

 殺傷することなく、二人は目的の通気口の前へと辿り着く。見立て通り、通気口の広さは装備を背負ったまま通るのには十分だった。しかし、そこに被せられている金網は錆びてこそいるが、数か所をボルトでキツく頑丈に留められており、とても手で取れそうにはなかった。

「クソッ。仕方ないか。遥、頼む」

 戒斗が言うと、遥は何も言わずにただ頷いて、腰の鞘から日本刀型高周波ブレード『一二式超振動刀”陽炎”』を逆手で引き抜き、順手に持ち替えてから金網の固定部に切っ先を向ける。キンッ、という甲高い音が一瞬、数回響いたかと思えば、固定を失った金網が地面に落下してきた。戒斗は慌ててそれをキャッチし、静かに、音が響かないように適当な場所に置く。

 周囲を再度確認した後、腹這いに匍匐ほふくし、戒斗が先行する形で二人は通気口内へと侵入していった。





 人の気配の全くない、段ボールが所狭しと置かれた薄暗い小部屋。その天井を伝うダクトに付けられた通気用の金網が外され、そこから二つの影が降ってきた。

「よっと……どうやら、誰も居ないみたいだな」

 戒斗は周囲の状況を確認すると、少し安堵する。もし飛び降りた目の前に敵が居たりしたらどうしようとか無駄に心配していたが、どうやら杞憂に終わってくれたようだった。

「ここは……食料庫ですね」

 部屋の様子を窺っていた遥がふと呟く。言われて見てみると、確かに積まれている段ボールは食料、保存の効く戦闘糧食レーションのようなモノばかりだった。米軍のMREレーションや、どうやらロシア語圏のモノらしいキリル文字で書かれた段ボールなどなど様々。

「来たことがあるのか?」

「数回だけ、ですが。なのである程度この施設自体は把握しています」

 まさか、ここに妹が囚われてるなんて考えもしませんでしたけどね。と遥は続けて呟く。

 戒斗はドアに近寄り、ドアノブに手をかけて開けようとする。が、どうやら外部から鍵がかけられているようで開かない。

「なんてこった、締め出されてんじゃねーか」

「――お任せを」

 背後から遥の声がした。戒斗がドアノブから手を放すと、遥は”陽炎”を振るい、ドアのロック部を斬り破壊。半ば無理矢理ドアをこじ開けた。

「ホント便利だなぁ、それ」

「……戒斗、先を急ぎましょう。ここまで来てしまった以上、いつバレてもおかしくはない」

 遥に促され、戒斗はそそくさと食糧庫を後にする。周囲や死角に警戒しながら、遥の後を追う形で基地の廊下を進む。

「妹の居場所は、分かるのか?」

「……居るかどうかはさておき、牢獄の区画ぐらいは」

「上出来だ。先導は任せた」

「御意」





「後は、アイツらが帰ってくるまで仕事なし、かぁ……暇だな」

 隣で伏せるリサが、スポッティング・スコープを覗きながらボヤく。その横で同じように伏せっている琴音は、リサの言葉に苦笑いを浮かべて、施設へと潜入していく戒斗と遥の姿をVSSヴィントレス狙撃銃スナイパー・ライフルに取り付けられたPSO-1スコープから眺めていた。

「暇って言っても、一応監視って役目は残ってますよ?」

「監視ったってなぁ……こんな山奥で何かあるとも思えないけどな」

 リサの意見には同意だった。こんな雪山の奥深くで動きがあるといえば、戒斗達が派手に脱出する時ぐらいしか思いつけない。

「まぁ、無駄だと分かっていても万が一に備えるのが、狙撃手スナイパーってもんじゃないですかね?」

「お、そうだな。言うようになったじゃねえか」

 談笑しながらも、琴音はスコープから目を放そうとはしない。

「でよぉ……ちょっと待て、動きがあったぞ」

 スポッティング・スコープを覗いていたリサが、異変に気づき、それまでの声色とは一気に変わった声で言う。

「格納庫の辺りだ、見てみろ」

 指示通り、施設の格納庫扉辺りに視界を移す。見ると、先程まで閉まっていたはずの扉が開き、中から輸送ヘリコプター――ロシア製の傑作ヘリコプターMi-8がヘリポートまで引っ張り出され、今まさにエンジンが始動し、メインローターが回り始めたところだった。機体の塗装は民間機のように塗られ、偽装されている。

「仕掛けます?」

「いや、今だと下手をすればカイト達がバレちまう可能性がある……ここは、耐えるしかない」

 高倍率レンズを装着したカメラで、ヘリの様子を撮っているリサが呟く。琴音は万が一に備えてVSSの安全装置セイフティを掛け、スコープ越しにヘリを眺めるしかなかった。

「……! リサさん、あれ」

 思わず声を上げてしまった。ヘリの後部から、機内に何かが積み込まれている。滑車が付いた、大がかりの機器のようなモノだ。黒い布のカバーが被せられているが、担架のようなモノも運び込まれている。

「あれって……」

「ああ、もしかしたらカイトの言ってた機械化兵士(ブリキのおもちゃ)かもな」

 ”何か”を積み終わったヘリは数分の後に離陸を始める。二人はその様子をただ眺め、写真に収めることしか出来ないでいた。





「よぉ、調子はどうだい?」

 扉の前で当直の相方と立っていた歩哨の男が最期に聴いたのは、ある意味では間抜けな、男の声だった。

 静かな廊下に、極限まで減少させた発砲音と、機械的な作動音が連続して響く。歩哨の男二人は身体のあちこちに約11mmの穴を穿たれ鮮血を吹き出し、やがて絶命していった。後に残ったのは無残な死体と、床に散らばる真鍮製の空薬莢のみ。

「クリア」

 男――傭兵、戦部いくさべ 戒斗かいとのひどく落ち着いた、冷静な状況報告。部屋の角からゆっくりと、先程まで男達が守っていた扉の前に戒斗と遥の二人は立つ。

「……ここが最後だ。開くぞ」

 死体から奪い取った鍵の束。その内、ドアに書かれた番号と一致する番号が彫られた一つをドアノブに差し込んだ戒斗は、隣に立つ若き隠密に一言だけそう告げる。遥は、その言葉に対しゆっくりと首を縦に振って答えた。ここが、捜索していない最後の牢獄。ここに居るはずだ。彼女の、遥の囚われた妹が。

 古典的な鉄製の鍵を捻る。ガチャリ、と昔ながらの機械音が響き、ドアのロックが外れた。戒斗は鍵穴から用済みの鍵の束を抜き、床へと乱雑に投げ捨てた。そしてドアノブを捻り、ゆっくりと鉄製の扉を開く。

しずかッ――!!」

 完全に開かれるのを待たずに、遥は戒斗の間をすり抜け部屋の中へと飛び込んでいく。

(たった一人の妹、か。仕方ないか)

 ある意味では微笑ましいその反応を見た戒斗はフッ、と笑い、扉を開け放ち、遥に続いて部屋へと入っていく。

「さてさて、感動のご対面はっと」

 いつも通りの軽口を叩きながら部屋の中に入ると、目の前で遥が、戒斗に背を向ける形で立っていた。

「おいおい、どうした遥――」

 遥の視線の先。そこを見た瞬間、今喉から出かかっていた言葉は一瞬にしてかき消された。

「クソッタレ……」

 十分予測出来たはずのことなのに、思考が追い付かない。確かにここに居るのは妹・静のはずだ。そうだ。それは間違いない。

 ではこの、目の前に居る、壁にもたれ、へたり込んで放心している少女はなんだ? その白い肌や、遥によく似た黒い髪を血と体液で汚しているこの少女はなんだ? こんな、焦点のロクに合っていない、憔悴し、絶望しきった目をした少女は何なんだ? この、この……陵辱され尽くした少女の姿は、なんなんだッッッッ!!!

 ガァン、と、金属製のドアが激しく揺れる。思わず叩きつけた拳が痺れて痛む。

「……遥」

 遥の隣に立つ。横目で見ても分かるほどに、彼女は――震えていた。

「お……ねぇ……ちゃん……?」

 少女が掠れた声で呟き、その手を伸ばす。

「静……? 静、なんだよね……?」

 震えた声でうわ言のように呟きながら、遥はその少女へとゆっくり近づいていく。――クソッ、これ以上、直視できない。

「おねぇ……ちゃん、なの?」

「うん、そう、そうだよ……! 遥お姉ちゃんだよ……!」

「そう、やっぱり……よかった、また、会えた……」

「ごめんね、ごめんね……! 大丈夫だから、もう大丈夫だから……! 立てる? 行こう、皆待ってる」

「ねぇ……お姉ちゃん……お願いが、あるの」

「何? 出来ることならなんでもしてあげるから!」

「――私を、殺して」

 背後で交わされる痛切な会話を黙って聞いていた戒斗は、その言葉に思わず振り返ってしまう。

「……え?」

 最愛の妹の前でしゃがみ込んだ遥が、震えながら妹の手を取っている。

「……私ね、もう、疲れちゃった……だから、ね? 私を、殺してほしいの」

「そんなッ……そんなこと……ッ!!」

 もう、見ていられなかった。戒斗は二人に歩み寄り、予め脱いでおいた雪中迷彩の上着をそっと、静に被せてやる。その身体は、酷く冷たかった。

「遥……行こう。既に瑠梨がシステムのメインフレームを掌握した。脱出するなら、今しかない」

 震える遥の肩に手を置いて、戒斗は一言、ある意味では冷酷な一言を告げた。

「でも……でも……ッ!!」

「悩むのは、後でいい。今行かないと、どのみち全員お陀仏だ」

 半ば強引に遥を立たせ、脱出の準備を整える。遥は涙の浮かんだ目で妹を見つめ、ゆっくりとそのやせ細った身体を抱きかかえる。

「……こちら、ミッドナイト・リーダー。これより、脱出する」

≪了解。その様子だと……いや、やっぱり何も言わなくていいわ≫

 イヤホンから瑠梨の声が聞こえる。察してくれたようだ。

≪さっきも言った通り、アンタが行きがけの駄賃に接続しておいてくれたおかげでシステムの掌握には成功したわ≫

 瑠梨と通信しつつ、戒斗と、妹を抱きかかえた遥は廊下に出る。

≪それで、妙なことがあるんだけど……≫

 無線を交わしつつ、戒斗は今までとは逆に、遥から先行する形で警戒しながら廊下を歩く。

「何だ? 妙なことって」

≪――アンタが言ってた『機械化兵士』っての、確かに情報はあったんだけど……システムから接続が切れてるのよ。ほんの、数分前に≫

 耳のイヤホンからその言葉が聞こえたとほぼ同時に、背中を突き刺すような視線と気配――殺気に、気づいた。嫌な悪寒がする。

「遥――ッ!!」

 戒斗は叫び、遥を蹴り飛ばすようにその気配から遠ざけた。思考が追い付かない。だが、磨き上げられ、染み付いた戒斗の戦士としての本能が働き、身体は勝手に動く。無意識にベクターを構え、銃口を殺気の主へと向けた。

≪ちょっと戒斗!? どうしたのよ!? 戒斗、戒斗ってば!!≫

 狼狽する瑠梨の声がイヤホンから聞こえるが、構っている暇はない。いや、余裕がない、と言った方が適切だろうか。相手は、それ程の敵だった。

 およそ人間とは思えない金属光沢を放つ身体には、数十本のよく分からない鋼鉄のフレームが通っている。装甲の隙間から見える、人間でいう皮に当たる被膜の奥には、やはり人工筋肉が収められているのだろうか? 音のない空間に響く、細かな機械の動作音が、何故だかとてつもないモノに聞こえてしまう。

 両眼――恐らく義眼であろうソレは、人間でいう黒目の部位がカメラのレンズのように細かに駆動している。顔は唯一肌色が残っている部位だが、これが本物かも怪しい。ブロンドの金髪と、その人工物で固められた身体は妙にミスマッチだった。コイツは、十中八九――機械化兵士マンマシン・ソルジャー

 敵は左腰のハードポイントに固定された鞘から一振りの剣――刀、というよりもむしろナイフを長くしたような外観の、恐らくは高周波ブレード――を引き抜き、ゆっくりと戒斗の方へと歩み寄ってくる。

「――目標、探知」

 唐突に、敵は口を開く。人工的に合成された声であろうが、機械っぽさこそ抜けきらないものの、生身の人間が喋っているように、妙に自然な口調だった。

「こりゃ、流石にマズいかも分からんね」

 苦笑いし、悪態を吐く戒斗。

「排除、開始――!!」

 地を蹴るように疾走し、敵は戒斗めがけ一直線にすっ飛んでくる。

「冗談キツいぜ。全くよ」

 不敵な笑みを浮かべ、戒斗は連射フルオートにしたベクター短機関銃サブマシンガン引き金トリガーを引き絞る――

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