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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
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Operation;Snow Blade

「――着いたぞ」

 ヘリポートに隣接する屋外駐車場に愛車を停め、戒斗は助手席に座っていた琴音に声をかけてから、ドアを開け車外に出る。時刻は午後五時半。西から差し込む夏の夕陽の強烈な輝きは、サングラス越しにも分かるほどだった。車の後ろに回りトランクを開ける戒斗。トランクルームには幾つかのボストンバッグとガンケースが押し込まれている。ボストンバッグを一つ肩から担ぎ、もう一つを降りてきた琴音に投げ渡してからナイロン製のガンケースを背負い、トランクを閉める。

「にしても、もう夕方なのに暑っついわねー」

 投げ渡されたボストンバッグを肩から担ぎながら、琴音は呟く。

「ま、後ひと月もすればある程度涼しくなるだろ。ところで二人の姿が見当たらんが」

「そこに居るわよ」

 琴音の指差す方向を見ると、リサと遥の二人が真っ直ぐこちらに歩いて来るのが見えた。リサの背負う長大なガンケースの後ろからチラチラと、白いバンが伺える。またもレンタカーだった。

「悪りぃ、待たせたなカイト」

「構わねえよ。それより行こうぜ。今は少しでも時間が惜しい」

 合流した二人と共に、ヘリポートの事務所らしき建造物まで歩いていく。近づいていくと、入り口付近に最早見慣れたと言ってもいい、スーツが良く似合う、初老の男性――西園寺家執事、高野たかの すすむが立っていた。

「お待ちしておりました」

「今回も世話になる。早速だが更衣室はどこだ?」

「こちらになります。現地に持っていかないお荷物はそのままロッカールームに置いておいて下されば、こちらでお預かりしますよ」

 と言って、高野は四人の前に立って先導し、事務所の中へと入っていく。やはり建物の中は空調が効いており、真夏とは思えないほど快適だった。

 受付らしいカウンターを顔パスで通り抜け、奥へ奥へと進むこと数分。あからさまに”Locker Room”と書かれた扉の前へと辿り着く。当たり前だが扉は二つあり、男女別で分かれる構造になっていた。

「それでは、私はヘリの方を準備するように伝えてまいりますので。ヘリポートにてお待ちしております」

 深くお辞儀をし、ロッカールームより更に奥、おそらくヘリポート側へと通じているであろう方向へと高野は足早に去っていく。二、三言だけ交わし、戒斗は男子更衣室へ。他三人は女子更衣室へと入っていった。

 更衣室の中は簡素な造りで、カーテン付きの仕切られたブースが幾つかと、壁に貼られた鏡の前に長い洗面台。中央に置かれた長い合板製のベンチと、一人用のシャワールームがあるだけだった。たまたま運が良かったのか、それとも事前に人払いを計らったのか……真実の程は定かではないが、更衣室の中には戒斗以外誰一人居なかった。ある意味、好都合だ。

 戒斗は入るなり、背負ったボストンバッグとガンケースをベンチの上へと乱雑に置く。サングラスを外し、私服を脱ぎ捨て、適当にベンチの隅へと積み上げてからボストンバッグの中を探り、白い雪中迷彩の施された野戦服を取り出して身に纏う。防寒と偽装を兼ねたフード付きの上着を野戦服の上から被り、、両刃の刺突専用ダガーを取り付けたコンバット・ブーツを履き、、口元を隠す”シュマグ”と呼ばれる中東由来の布を首に巻き付け、最後に、弾倉ポーチや応急処置キット入れなどをピストルベルトとサスペンダーで纏めた集約装備――チェストリグを上着の上から装備する。コンバット・ブーツ以外は全て白を基調とした、雪に紛れる色の装備で固められていた。

 白い雪中迷彩の上着の下、野戦服のズボンから直接ぶら下げている革製シースから大型サバイバル・ナイフ、HIBBENⅢを一度抜いて確認した後シースに戻し、ボストンバッグの中から、分解されたコンパウンド・ボウの収められた革製ケースを出して肩からたすき掛けで担ぐ。その後戒斗はガンケースを開き、減音器サプレッサーとEOTech社製光学照準器553ホロサイトの取り付けられたベクター短機関銃サブマシンガンを取り出して簡単に点検を始める。雪の中で目立たないように白く塗装されたベクターを入念に動作確認。その一連の動作を終えた戒斗は、取り付けられた二点式スリングを弓のケースとは対照になるようにたすき掛けで担ぎ、私服をボストンバッグに突っ込んで更衣室の外へと出る。そのまま、先程高野の歩いて行った方向へと自分も歩いていく。

 少し歩くと、予想通りヘリポートへと続く、金属の枠に強化ガラスが嵌め込まれたドアがあった。重苦しいそのドアを開け、外に出た戒斗は辺りを見回すが、先程別れた三人の姿は無い。どうやら一番乗りらしかった。

 ふと、50m程先にヘリコプターが一機駐機されているのが見えた。メインローターが回り始めている、黒一色に塗装されたその機体は米国シコルスキー・エアクラフト社製多目的軍用ヘリコプター、UH-60ブラックホーク。その操縦席コクピットのすぐ近くで、中のパイロットと会話している少女が居た。遠目でもある程度分かる整った顔立ちに、腰まで伸びたストレートの金髪のその少女は、振り向いて戒斗の姿を認めるなり一目散にこちらへと駆け寄ってきた。揺れる金髪が夕陽を反射し、一層美しく見える。

「久しぶりね、戒斗」

 少女――名門西園寺家の令嬢、西園寺さいおんじ 香華きょうかは駆け寄ってくるなり、戒斗に話しかけてきた。

「一か月ぐらいぶりだったか?」

「さあ、私も覚えてないわ」

「そりゃそうだ」

 香華と会話をしながら戒斗は、ゆっくりと、かさばる装備を揺らしながらブラックホークへとゆっくり歩いていく。

「今回も無理言って悪かったな。この借りはどこかで必ず返す」

「別にいいわよ、これぐらい」

「これぐらいって……軍用ヘリ一機チャーターと、自前の衛星一つ借り受けるのがこれぐらいなのか……」

 思わず戒斗の思考が声となって漏れてしまう。

 ありきたりな会話を交わしていたら、いつの間にやらブラックホークの目の前まで来ていた。回転し、アイドリングするヘリのローターの風圧はやはり凄まじい。機体を眺めていると、中のパイロットが窓越しに手招きしてきた。操縦席コクピットまで近づくと、そのパイロットは機体のドアを開け半身を乗り出して、屈託のない笑みを戒斗へと向けてくる。笑うその顔の彫りは深めで、肌は白く、白人だと分かる。

「よぉ! 久しぶりだな傭兵!」

 パイロットの男は、顔に似合わず流暢な日本語でそう大声で話しかけてきた。

「あー、確かお前は」

「忘れちまったのか? 白馬……いや、黒い鷹(Black Hawk)に跨った王子様、コールサイン・バジャー1-1ことアルクェイド・ブラックバーン様たぁ俺のことだ!」

 ……ああ、思い出した。確か”龍鳳”脱出の時に迎えに来た、やたらやかましいヘリパイロットだコイツ。

「相変わらずやかましいヤローだこと」

「そりゃあ褒め言葉だな! にしてもオメー暑そうじゃねえか。何だ、我慢大会かぁ?」

「そんなところだ。エアコンはガンガンに効かせてくれよ」

「軍用機にエアコンなんて……付いてるんだなぁそれが。俺の機体にはな!」

「テメーの性格考えりゃんなもん分かり切ってらぁ」

 違えねえ、といって大笑いをするブラックバーンにつられ、戒斗も思わず笑い出してしまう。

「テメーの操縦なら安心して居眠り出来るってもんだ。よろしく頼むぜ」

 戒斗はそう言うと、操縦席コクピットから半身を乗り出しているブラックバーンに右の拳を突き出す。

「ヘッ、そう言われると悪い気はしねえな。快適な空の旅を約束しようじゃないの」

 ニカッと笑い、白い歯を覗かせるブラックバーンも拳を突き出し、戒斗の右拳と突き合わせる。彼の着ける、昔ながらの大きなサングラスの色付きレンズが堕ちる夕陽を反射し、輝いていた。

「――俺も居るぜ?」

 その声が聞こえてきた方へと戒斗が視線を向けると、ブラックホークの後部ドアを開けて身を乗り出す、意外な男の姿が見えた。戒斗同様、白を基調とした雪中迷彩の装備で身を固めたその男の名は、佐藤さとう 一輝かずき。西園寺家の所有する私兵部隊に所属し、”龍鳳”での護衛任務の時には戒斗と共に戦った実力ある戦士だった。

「おお、久しぶりだな。どうしたんだこんなところで」

「俺も、お前らに同行するってことだ」

 不思議そうな視線を向けて問いかける戒斗に、即答で返す佐藤。その手に握られているのは、日本・豊和工業製突撃銃アサルト・ライフル、89式5.56mm小銃。その中でも特に普及している固定銃床モデルだった。元陸自である佐藤にとって、自衛隊正式採用小銃の89式がやはり最も慣れ親しんでいるのだろう。

「同行って……マジでか」

「ああ、大マジだ」

「――私が佐藤に頼んだのよ」

 二人の会話を遮るように、割った入ったこの声の主は香華だった。

「佐藤は山岳戦の経験もあるしね」

 軽く言い放つ香華だが、意外と内容は衝撃的だった。なんだよ山岳戦の経験ありって。ますますこの佐藤という男が何者なのか気になってくる。

「おい傭兵。どうやらお姫様方のご到着のようだぜ」

 ブラックホークの黒い機体に戒斗がもたれ掛かると、未だ操縦席コクピットのドアを開け放って半身を乗り出していたブラックバーンに促される。彼の指差す方向を見ると、三人分の人影が真っ直ぐこちらへと歩いて来るのが見えた。琴音、遥、リサの三人だった。琴音とリサは戒斗や佐藤と同様の雪中迷彩を施した軽装装備、遥はいつも通りの忍者装束を少し分厚くしたようなモノを身に纏っている。

「遅せぇぞ三人共」

「なーに言ってんのよ。女の子は準備に時間がかかるもんなの」

 溜息交じりに言う戒斗に、琴音は即座に言葉を返してきた。彼女が両手に持っているのは、SVDドラグノフ狙撃銃を小さくしたような外観のロシア製消音狙撃銃、VSSヴィントレス。

「そうだぞカイトぉ。そんなことばっか言ってたら、折角の色男が台無しになっちまうぞ」

 そう言って笑い飛ばすリサが肩から下げている古式めいたボルトアクション式狙撃銃スナイパー・ライフル、ウィンチェスターM70/Pre64。紛うことなき名銃だった。その美しい木製銃床の細かな傷や汚れが、この銃の歴史を如実に示していた。

「はいはい。色男でもハト男でも何でもええから、さっさと行こうぜ」

 戒斗はリサを適当にあしらうように促し、三人をブラックホークへと乗り込ませていく。いつの間にやらブラックバーンもドアを閉じ、操縦席コクピットに戻っていた。

「――皆、気を付けてね」

 背後から香華の声が聞こえてくる。振り返ると、ただ一人ヘリポートに残り、身に纏う白いワンピースをブラックホークのローターが巻き起こす強烈な風にはためかせながら、さぞ心配そうな視線を向けて来ている香華が立っていた。

「行って参ります。お嬢様」

 戒斗の隣では佐藤が、開け放たれたドア付近で、右手を頭付近に持っていき彼女に敬礼をしていた。戒斗もそれに倣い、敬礼を香華に投げつける。それから数秒もしない内にブラックホークはメインローターの回転数を上げ、上昇を始めた。ブラックホークに乗る面々と、ヘリポートにただ一人残り、ずっと機影を見つめている香華との距離が段々遠くなっていく。香華は彼らを乗せた黒い鷹(Black Hawk)が豆粒ほどの大きさになり、やがて見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。





 ――雪景色の例えで『一面の銀世界』という例えがある。何故『銀』世界なのか? 戒斗はその点、この例えの意味が分からなかったが――今、ようやく分かった。目の前に広がる、視界の殆どが雪で覆われたこの光景は、確かに『白』というより『銀』世界と言った方が正しいだろう。太陽も没し、その上曇り空ではあったが、山肌をコーティングしている雪から放たれる白銀の色は、嫌になるほどキツく瞳に突き刺さる。

 着陸したブラックホークのドアを開け放つと、夏の初めとは思えないほどの冷気が一気に押し寄せてくる。数時間前のヘリポートでは蒸し暑く、鬱陶しいことこの上なかった防寒装備達が、今はとても頼もしく思えた。

「気を付けろよ。俺達は近くのヘリポートで待機してるから、要請があれば大体三十分前後でお迎えに上がれるぜ」

 その時は頼んだぞ、と戒斗は操縦席コクピットに座るブラックバーンに告げ、ヘリから飛び降りた。

 ふわっとしているが、綿とも違う、一度も踏まれていない雪独特の柔らかな感触がブーツ越しに伝わってくる。例えるなら、スポンジを踏みしめるような感触だ。

 背後からも次々と、雪を踏みしめる音が聞こえてくる。リサ、遥、佐藤が降り立っていた。

「うわわっ!?」

 最後に飛び降りた琴音が雪の感触に足をもつれさせ、前のめりに転倒しそうになる。近くに立っていた戒斗が慌ててその身体を支えてやり、事なきを得たが。

「ったく、気を付けろって言ったろ」

「ははは……ごめんごめん」

 苦笑いする琴音を立たせてやった後、戒斗はチェストリグのサスペンダー、その左胸に括り付けた無線機を操作、周波数を規定値に合わせた。

「あーあー、こちらはミッドナイト・リーダー。スカイアイ、応答を」

≪はいはい、こちらスカイアイ。感度良好よ。こっちからもばっちり見えてるわ≫

 首に巻いたスロートマイクを押えて話す戒斗の、左耳に嵌めたイヤホンから聞こえてきた声は、瑠梨の声だった。彼女は今、戒斗の自宅兼事務所に居る。そこに設置したPCを通じて、西園寺家所有の衛星と接続している彼女は、リアルタイムでこちらの状況を把握、管制しているのだ。まさに空の眼(Sky Eye)といったところか。ちなみに『ミッドナイト・リーダー』だとか『スカイアイ』というのは便宜上定めたコールサインである。意味は特にないのだが、琴音とリサ、瑠梨の「格好いいから」というよく分からない理由で定められてしまった。軍の作戦行動でもないし、逆に面倒なんだがなあ……戒斗は喉まで出かかった呟きをなんとか抑え込む。

「上等だ。これより状況を開始。作戦エリアまで徒歩で移動する。しっかり見守っててくれよ」

≪分かってるわよ。ちなみに天気は明け方までずっと曇り。雨が降るかもしれないから気を付けるのよ≫

「雨は勘弁して貰いたいね。どうにかして降らせないようにしてくれよ」

≪天に祈りなさい≫

「それで降られずに済むなら、なんだって信仰してやろうじゃないの。それじゃあ頼んだぜ。アウト」

 通話を終えた戒斗は、琴音、遥、リサ、佐藤の四人を連れ、先の見えない雪の中をゆっくりと歩み始めた。

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