そして動き出す”運命の歯車”
”傭兵”なんて大層な名前が付いていても、常にドンパチばかりしている訳でもない。時には警備や人探し、身辺調査なども仕事の一環として行う。寧ろこういった類の依頼のが圧倒的に多いくらいだ。言ってしまえば”帯銃許可された便利屋”といった仕事である。
無論戒斗も例外でなく、今彼の手にあるのはいつものミネベア・シグではなく何の変哲もないただのコンパクト・デジタルカメラだった。依頼内容は”夫の浮気現場を押さえる”。こんな探偵紛いのことでもれっきとした仕事なのだ。
電柱の陰からあるアパートを監視する。辺りは既に薄暗く、時刻は午後七時を回っていた。
片手で菓子パンをつまみつつ監視を続けていると、小太りで、スーツを着たいかにもな中年男がアパートに近づいてくる。足取りは軽く、表情もどこか上機嫌だ。
依頼人から事前に渡されていた夫の写真と照らし合わせる。顔の構成、体格、全て中年男と一致していた。間違いない、奴が監視対象だ。
中年男はアパートの敷地内に入り、軽快なリズムで階段を駆け上がる。丁度登り切ってすぐにある角部屋の前で立ち止まり、インターホンを押した。
戒斗はカメラを起動、ズームを最大まで効かせ、男の姿を液晶画面に捉える。
数秒の後、ドアが開いて中から二十代後半ぐらいの女が出てきた。無論、中年男の妻――今回の依頼人ではない。
中年男は女を見るなりすぐに抱きついていた。その瞬間を逃さず、シャッターを切る。
前後数枚の証拠写真を収めた後、二人が部屋の中に入ったのを確認すると戒斗はその場を離れた。これで依頼は終了だ。
アンタにゃ悪いが、こっちも食ってかなきゃならないんでな。心の内で軽く謝罪した後、近くに止めたサンセットオレンジのスポーツカーに戒斗は乗り込んだ。
翌日、依頼料がたんまり入った戒斗は、アメリカで行きつけだった武器店「ストラーフ・アーモリー」の支店が日本に出たという知らせを聞き、丁度貯蔵弾薬も少なくなってきた所だったので行ってみることにした。ちなみに依頼人夫婦は現在離婚手続き中だとかなんとか。
自宅兼事務所から車で十分ほど移動し、店の駐車場に停める。中々大きな二階建ての店舗だ。広さから見て、射撃場もあるだろう。
ガラス張りの手動ドアを潜り店内に入る。壁には数十挺もの長物が掛けられており、設置されたショーケースには自動拳銃にリボルバー、大型ナイフに各種弾薬、さらにはフラッシュ・グレネードなんて一風変わった代物まで展示されていた。
しかし奥のカウンターに人影は無く、なにやら赤い物体がひょこひょこ……ん?
「誰か居ないのか―」
とりあえず声をかけてみる。
「居るぞー、ここに居るぞいー」
……目の前の、誰も居ないはずのカウンターから声が返ってきた。
「はぁ……誰か居ませんかねー」
念のため、もう一度声をかけてみる。
「居ると言っておろうが難聴男っ!」
カウンターの奥から出てきた、燃えるような赤色の髪をツインテールに纏めた小柄な少女が不機嫌そうにそう言った。
「色々言いたいことはあるがまず一つだけ言ってやろう。なんでよりにもよってお前が居るんだレニアスッ!」
この少女――レニアス・ストラーフはロスにある「ストラーフ・アーモリー」本店の店長の娘だ。こんなのでも大学に飛び級で進学とかいう天才様だから恐ろしい。ちなみにトンデモ発明家でもある。コイツに押し付けられた試作品で何度も死にかけたわ。
「戒斗が日本に行くみたいだからついでに出す予定の支店で店長やれって父上から言われたのじゃ」
無い胸を誇らしく張って答えるレニアス。
……頭が痛くなってきた。このまま何も見なかったことにして帰ってやろうかと一瞬考える戒斗。
「もう何も言わんぞ。なんか良さげな奴入荷してないのか」
「あるぞあるぞ。丁度昨日入荷したばっかりなんじゃ」
と言ったレニアスは奥から一挺の自動小銃を持ってきてカウンターに置いた。
「89式だと……!?」
そう言って戒斗は自動小銃を手に取る。この独特な抉りの入った銃床に三点バースト付きの右側面セレクター、標準装備の二脚。間違いなくこれは、日本の豊和工業が自衛隊用に開発した自動小銃『89式5.56mm小銃』だった。
「たまたま入手出来たのじゃ。戒斗だったらお得意様割引で安く売ってやるぞい」
誇らしげに言うレニアス。
「よし買おう。後は5.56mm二百発に9mmルガー百発、後ワルサーPPKをサプレッサー付きで頼む。予備弾倉二つと弾薬三十発もな」
「まいどー」
支払いをカードで済ませ、購入した小銃と大量の弾薬を車のトランクに乗せると、戒斗は運転席に乗り込みエンジンを始動する。
「またそのうち来るから良いモノ入荷しといてくれよ」
パワーウィンドウを空け、レニアスに一言挨拶をしておく。
「勿論じゃ。その時には試作品も……」
「それは全力で遠慮させてもらう」
また発明とやらに付き合わされて死にかけるのは御免だ。戒斗はレニアスの言葉を遮り、アクセルを吹かす。V型六気筒DOHCエンジンが唸りを上げ、マフラーから排気ガスを大気中に放出させながら発進した。
「町内パトロールねぇ」
戒斗の自宅兼事務所、応接間のように使っているリビングにある白いソファーに深く腰掛ける戒斗は、怪訝そうに呟いた。
「最近不審者の目撃情報が多くてねぇ。防犯パトロールと、出来ればソイツ捕まえて欲しいのよ」
戒斗の対面に座る五十代ほどの、所謂”おばさん”に分類される女はそう話す。
レニアスの店から帰宅してすぐにこの女――どうやら琴音の住む町の町内会長らしい――が訪れ、依頼を持ちこんできたのだった。
「不審者なら警察に相談すれば良いんじゃないすかね。こんなこと言ったらアレですけど、傭兵一人雇うのにも結構金かかるんすよ」
正直乗り気になれないこの依頼をやんわり断ろうとする戒斗。町内会長ははあ、と溜息を吐くと、数枚の写真を脇に置いたバッグから取り出して二人を挟むように置かれたテーブルに広げる。
写真は不鮮明ではあるが、明らかに妙な男が数人、”何か長いモノ”を持って歩いている姿が写されていた。
「本当なら私らだってそうしたいけどねぇ。大きな銃を持って歩いてるって噂もあるのよ。多分この人達プロでしょ?こんな夜中に堂々と持って歩いてるぐらいだし。警察でもなんかすごい人達ならともかく、普通のお巡りさんじゃ絶対敵わないでしょう?だからこうしてアンタのとこに来てるのよ」
確かに言われてみれば、持っているモノがライフルの類に見えないこともない。どこか男達の雰囲気もそれっぽく見える。
まあ比較的近所というのもあるし、ここで見過ごして死人が出ても後味悪いしな。と戒斗は考え、依頼を受けることにした。
「そういう事情でしたら受けましょう。依頼料等の見積もりですが――」
こうした金銭面での相談をしている内に既に日は落ちていった。パトロールは明日からだな。
土曜、日曜と休日を全て傭兵の仕事に費やした戒斗は、若干疲れ気味で眠たげな表情で登校ルートを歩いていた。肩から下げたスクールバッグと、ブレザーの下に仕込んだホルスターに吊るしてあるミネベア・シグがいつも以上に重たく感じる。
「あ、戒斗おはよう」
「おう」
交差点で信号待ちをしていると、横から歩いてきた琴音が声をかけてきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
歩行者信号が青になり、横に並んで歩きだす二人。
「何よ?」
周囲を見渡すと同じような制服を身に纏った人間が結構な数歩いていた。丁度登校ラッシュの時間帯なのだろう。
「家の周りでなんかこう、変な奴というか……言ってしまえば不審者みたいな奴見たことないか?ここ一週間ぐらいで」
「はあ?」
一体何を言っているんだと言いたそうな表情で聞き返す琴音。
「いや、見てないなら良いんだ」
これ以上言ってもあらぬ不安を抱かせるだけなので、ここで戒斗は話を切り上げる。
「一体何なのよ、もう……」
明らかに琴音が不機嫌そうな表情を見せたところで、丁度神代学園の校門が見えてきた。
立ち番の厳つい体育教師に機械的に挨拶しつつ、校内へと入る二人。校舎まで続くそこそこ長い下り坂のすぐ傍には散りかけの桜並木があり、日陰を作っている。
「ところで戒斗?」
丁 度坂を下り切ったところで琴音が話しかけてくる。
「ん?」
「今日の数学の課題……やったよね?」
「あ゛っ……!」
一気に戒斗の顔から血の気が引いた。
「ったく、今日は災難だったぜホント」
「まさか戒斗がやってないなんてねぇ……珍しいこともあるもんね」
昼休み、いつも通り屋上で昼食を摂る戒斗と琴音。若干表情に影が差している。
「でもよ、一回忘れたぐらいで課題二倍はねえだろ二倍は」
悪態をつく戒斗。
「ははは。まあ今日は機嫌悪そうだったもんねぇ」
と言う琴音も、実は課題をやり忘れており、ハナから戒斗の課題を写させてもらうつもりだったのだ。まあ、その戒斗本人がやってなかったので琴音も課題二倍の刑なのだが。
「ったくよぉ……あっ」
戒斗が昼食を取り出そうと手に持ったビニール袋を漁るが、中からはゴミしか出てこない。幾ら漁ろうが、ゴミしか出てこない。
「戒斗、どうしたの?」
やってしまったと言ったような、絶望しきった顔でビニール袋を放り投げる戒斗。
「食い物買い忘れた……この袋金曜のだわ。購買ももう品切れだろうしなぁ、どうすっかなこりゃ」
昼飯抜きで午後の授業を乗り切るのは流石になぁ、体育もあるしなぁ。と続けて呟く。
「あの……戒斗?」
消え入りそうな小さな声で琴音は言う。
「もし良かったら、良かったらだけど……私の、半分食べる?」
予想外の言葉に驚き、思わず腰かけたコンクリートからずり落ちそうになる戒斗。琴音の頬が微かに紅潮していた。
「女から弁当恵んでもらうなんてしたくはねぇな」
戒斗は琴音と真逆の方向に首を向け、そう言う。聞いた琴音は寂しげな表情になる。
「……と言いたいところだが、今回ばかりはお言葉に甘えさせてもらう。助かる」
琴音に真っ直ぐ瞳を向け、真顔でそう言った戒斗。琴音も明るい表情で、仕方ないわね。と言葉を返す。
「ちょいちょいちょいっと」
弁当箱の蓋に器用に箸で内容物を並べていく琴音。内容は白飯から始まり、卵焼き、ウインナ―などなど。定番の中身だ。
「はい、こんなもんでどう?」
分け終わった琴音は、箸と中身のぴったり半分程が乗せられた蓋を戒斗に手渡す。
「すまんな。ホント助かる」
戒斗はそう言って、まず卵焼きから口に運んだ。良く焼かれており、卵本来の味と醤油の味がバランス良く味覚を刺激する。
「美味い、美味いぞこれは」
あまりの美味さに次々と口に運んでいく。すぐに蓋は元通り。乗せられていた内容物は一気に無くなった。
「ふぅ……御馳走様。これ琴音が作ったのか?」
蓋と箸を琴音に返す。
「まあ、半分趣味みたいなものだからね」
受け取った箸で自らも弁当を口に運ぶ琴音。
「俺は料理出来ないことはないんだが、どうも苦手だからな。羨ましい限りだよ」
箸と共に卵焼きを口に入れた瞬間、琴音の脳裏にある考えが稲妻のように走った。
(気づかなかったけど……これひょっとして間接……!?)
一気に頬が真っ赤に染まる。思考回路はショート寸前、今にも頭から煙が吹き出しそうなほど。
「琴音?」
流石に異変に気付いた戒斗が話しかけるが、琴音の耳には入らない。
「琴音?おーい?」
これ以上、琴音の耳には何も入らなかった。
「さて、お仕事といきますか」
町内会長の自宅駐車場を借りて、いつものスポーツカーを駐車し戒斗は車から降りる。今回も黒の皮パンにロングコートを羽織り、両手には滑り止めのフィンガーレスグローブというスタイルの服装だ。
助手席からMP5A5短機関銃を取り出し、肩に掛けると戒斗は歩き出す。
閑静な住宅街といった感じで、家々から漏れ出る微かな光と街灯以外に光源はない。至って静かだが、裏を返せば不審人物が徘徊しやすい状況でもあるということだ。
立ち並ぶ家々の換気扇から漂ってくる美味そうな料理の匂いは戒斗の鼻腔を刺激し、空腹感を増大させる。そういえば昼間に弁当貰ったきり何も口に入れていなかった。
とりあえず何か腹に入れておかないとと思ったが、短機関銃を背負ってコンビニに入るのも気が引ける。とりあえず近くにあった自販機に小銭を投入して冷えた缶コーラを買った。プルタブを開けると、缶内部に充満した炭酸ガスが軽快な音を立てて噴出する。内容物があふれ出す前に一気に缶を煽って飲み干し、自販機の横に設置されたゴミ箱に空になった缶を放り投げた。
再び戒斗が歩き出すと、何処かの家の玄関ドアが開く音がした。中から出てきた主婦らしき住人は戒斗の方へ歩いてくるが、戒斗は気にせずパトロールを続ける。
――拳銃の撃鉄を起こす音が背後から微かに聞こえた。戒斗の身体は思考より先に反応し、振りかえりざまにMP5先端のボルトハンドルを引いて初弾を薬室に送り込みながら銃口を音の主に向けた。
「あ、アンタが最近ここらを騒がせてる不審者ね!」
数瞬遅れて思考が追いつく。目の前で戒斗に回転式拳銃――S&W M36チーフスペシャルの銃口を向けていたのは、意外にも先程家から出てきた主婦だった。銃を構える両腕は小刻みに震えている。
戒斗はMP5を下げ、安全装置を掛けて上着の内ポケットから許可証を取り出した。
「あー、何か勘違いされているようですがね?会長の依頼で今日からここら一帯のパトロールを請け負うことになってる傭兵ですわ」
主婦は驚いた様子で両腕を降ろす。腰が抜けたのかその場に座り込んでしまった。
「貴女の勇気ある行動は賞賛に値しますけどね、下手すれば寿命を一気に全部使い切ることになりますよ?」
戒斗は手を差し伸べ、立ち上がらせてやる。放っておけば暴発させかねないM36を主婦の右手から優しく取った。
「銃ってのは使い方次第で自分の身を護る盾になりますがね、正しく使えなければ自らを滅ぼす凶器にもなり得るんですよ、奥さん?」
戒斗は主婦の身体を左腕で抱き寄せ、片手で撃鉄の起こされたM36の引き金を引く。引き金に連動して撃鉄がフレーム内部のファイアリング・ピン越しに薬莢底部の雷管(プライマ―)を叩き、.38スペシャル弾を銃口から炸薬の破裂音と反動と共に射出した。
「……ま、講習会とかスクールに通うのをおススメしますよ」
何が起こったか理解できていない表情の主婦の手にそっとM36を握らせてやり、戒斗は今撃った方向へ走り出す。
あのまま呑気に話していれば、自分はおろか主婦まで命を落としていた。交差点の影から、明らかに銃を持った人間がこちらに狙いをつけていたのだ。
(こりゃあ、意外と早く上がれるかもな)
戒斗はそんなことを考えつつ、MP5の安全装置を連発に切り替えた。
曲がり角を警戒しつつ先程人影があった場所へ。だがそこにもう姿は無い。だが先程の.38スペシャル弾が軽く抉ったのか、アスファルトの地面に小さな、真新しい血痕が点々と続いていた。
血痕に沿って歩を進める戒斗。その耳に、小さな悲鳴が聞こえた。
神代学園二年E組に在籍しているごく普通の女子学生である折鶴 琴音は、家の近くの路地を息を切らしながら必死に走っていた。
――先程一発の銃声が聞こえたかと思うと、右肩から血を流している、ライフルを持った男が突然出てきた。かと思えば、ソイツは琴音を見るなり血相を変えて詰め寄ってくるのだ。両腕を掴まれこそしたが、男が肩を撃ち抜かれていたのが幸いしてかすぐに抜け出すことが出来た。その後は無我夢中で走り続けた。しかし男はしつこく琴音の後を追いかけてくる。
「はぁっ……何なのよホントッ……!」
家に逃げ込むことも考えたが、男が銃を持っている以上ドアなり窓なりを突き破られる可能性が高い。そう判断した琴音は自らの土地勘を最大限利用して逃げているのだが、男との距離は一向に開かず、逆に詰められているような気さえする。
大通りから一本入った小さな路地に逃げこもうと、曲がり角を曲がる琴音。だが何かに激突して思わず尻餅をついてしまう。
制服に付着した若干の汚れに構わず立ち上がろうとするが、激突したモノ――どうやら人間らしいソレの姿を見て、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
その姿は先程から追ってきている男と同じような重装備で、顔は目出し帽で隠し、両手には消音器付短機関銃MP5SD4が握られている。その銃口は真っ直ぐ琴音を捕えていた。
追ってきた男も後ろから近寄り、琴音は逃げ場を無くしてしまう。
「折鶴 琴音だな」
目出し帽の男が冷徹な声色で言う。
「我々と来てもらう」
後ろの男が無事な左腕で琴音の腕を掴もうとするが、琴音はそれを振り払う。
「離しなさいよっ!」
刹那、小さな作動音と共に琴音の足元のアスファルトが抉れた。地面に落ちた9mmルガー弾の空薬莢が奏でる軽快な金属音が数瞬後に聴こえる。目出し帽の男が威嚇射撃をしたのだ。
「貴様に拒否権はない」
今度は目出し帽の男に掴まれ、力任せに引っ張り起こされる。
ああ、私もう終わっちゃうのかな。
万事休すという事実を悟った琴音の脳裏に浮かぶのは、今まで十数年間の走馬灯。
「戒斗……」
うわ言のようにそう呟いた瞬間、肩から血を流していた男が突然ダンスを踊るかのような動きをして倒れた。背中からは大量の穴から血液が溢れ出ている。
「女は丁重に扱うもんだって教わらなかったのかねぇ。親の顔が見てみたいぜホント」
倒れた男の向こうに立っていた一つの影。ロングコートを羽織り、MP5A5短機関銃を構えた男。琴音にとっても見慣れたその人物は、”黒の執行者”の異名を持つ傭兵――
「初めましてだなゲス野郎。俺の名は戦部 戒斗。この名を知らねえとは言わせねぇぜ」
「畜生ッ!」
琴音を突き飛ばす目出し帽の男。戒斗はMP5を投げ捨て、左脇のホルスターからミネベア・シグを引き抜くと同時に左腕で琴音を捕え抱き抱える。男はそのままどこかに逃げ出そうとするが、右太腿をミネベア・シグから放たれた9mmルガー弾で撃ち抜かれてその場に転倒する。
「俺は何かとお前に縁があるようだな、琴音?」
琴音を離し、ミネベア・シグをホルスターに収めてMP5を拾う戒斗。
「さて、テメェには色々と聞きたいことが山ほどあるんだよなァ!」
倒れた男を蹴り飛ばしてから胸倉を掴み、力任せに目出し帽を脱がせる。男は金髪で、どちらかといえば欧米系の顔立ちだった。
「畜生ッ……!」
男は右太腿のホルスターから拳銃を抜こうとするも、その動作を見のがさなった戒斗は男の右腕を思いっきり踏みつける。激痛で喘ぐ男から数歩距離を取って、単発にしたMP5を容赦なく発砲。右腕に9mmルガー弾を喰い込ませる。
「次妙な真似をしてみろ、今度は左腕か? 脚か? ドタマか? それともその粗末なブツをミンチにしてやるぞこの糞野郎が。どうして琴音を狙ったりした、あァ!?」
再度胸倉を掴み、脅しをかけつつ尋問を再開する戒斗。
「ヒィィ……! 知らねえ、知らねえよォ! 俺はただ金で雇われただけなんだ、命だけは勘弁してくれぇ!」
戦意喪失といった様子で叫ぶ男。
「雇われただァ? 雇い主は誰だ? 答えねえようなら一生車椅子生活にさせてやるぞ」
「わ、分かった! 分かったから勘弁してくれ! 雇い主は浅倉だ! ”人喰い蛇”の浅倉 悟史なんだよォ!」
その名を聞いた瞬間、戒斗の顔から血の気が引く。思わず胸倉を掴んでいた手を離してしまった。男は後頭部を強打して苦しんでいる。
「か、戒斗?」
戒斗の男への尋問に若干引いていた琴音が、顔色が豹変した戒斗を気遣い声をかけるが、当の戒斗には届かない。
「浅倉……悟史だと……?」
その男、”人喰い蛇”の異名を持つ傭兵の名は、戒斗にとって忘れたくても忘れられない名。因縁の男の名だった。