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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
28/110

強い奴に会いに行こう

「――細かいことは抜きだ。教えてくれ、生身の人間が、機械化兵士を殺す方法を」

 戒斗の放ったその言葉を聞いた昴は、信じれないと言いたげな表情でこちらを向いたまま目を見開かせて硬直している。

「暑さで頭が焼き切れたなら、ここの医者を紹介しようか」

「悪いが俺は至って正気だ。とりあえずコイツの中身を見てくれ。話はそれからだ」

 言って戒斗は、デスクに叩きつけたUSBメモリを昴に突き出す。彼女はハァ、と溜息を一つ吐いてから、仕方なさげにUSBを受け取り、パソコンのUSBポートに差し込む。数秒待った後、自動で中身が展開され、雑多なデスクの最奥に置かれている液晶ディスプレイに幾つかのフォルダが映し出される。昴はそのフォルダの中身を一つずつ開いて閲覧する。一つ、また一つと次のフォルダを展開していく度に、彼女の表情は薄ら笑いを浮かべたニヒルな表情から、重く、真剣なモノへと移り変わっていく。それもそうだ。USBメモリの中に仕込んだファイルの内容は、遥から聞かされた内容を箇条書きで文章に起こしたモノに加え、事前に渡されていた”機械化兵士計画マンマシン・ソルジャーズ・プロジェクト”のPDF資料、そして、遥の妹が囚われていると思われる場所と大まかな敵戦力の記されたテキストデータ。彼女が機械化兵士開発の中心人物であったことを考えれば、至極当然な反応だった。

 あらかた閲覧し終えた昴は、事務イスを回転させ、改めて戒斗に向き直る。

「成程、ね……大体事情は分かった。それで? 君は本気で、この馬鹿げた連中に楯突く気なのかい?」

「残念ながら、な。本音言えば関わりたかねえが」

 そう言った戒斗に、昴は掛けたまえ。と、床に転がった、恐らくは患者用であろう丸イスを指差す。促されるまま戒斗は丸イスを立て、そこに腰掛けた。年季の入ったイスはハッキリ言って座り心地が悪く、クッション部分はボロボロ。金属製の脚は至る所に錆が走っており、座っていて不安になるような金属の軋む音をキィキィ立ててうるさい。

「なら傭兵くん、悪いことは言わない。この件からは手を引くべきだ」

 座ったまま、黒縁眼鏡のレンズ越しに切れ長の双眸で真っ直ぐ戒斗を捉える昴の表情から察するに、真面目な警告なのだろう。これは。

「そうしたいさ。出来ることならな。運の悪いことに、俺の追ってる奴が機械化兵士を保有する組織――”方舟はこぶね”と手を組んでいるみたいだから、遅かれ早かれアンタの造った改造人間とは戦うことになっちまう」

 戒斗の言葉を聞いた昴は、逡巡するように目を閉じたまま数分間の間、一言も発さなかった。立地の関係からか、騒がしい病院内にも関わらずこの研究室は不思議と静かだった。タワー型パソコンの排熱ファンの音と、壁掛け時計が駆動する、一定間隔の音だけが、耳に入る唯一の音だった。

 何分が過ぎただろうか。一分の感覚が引き伸ばされ、永遠のように感じ始めていた頃に、昴は瞼を開き、観念したように溜息を吐きながら左右に首を振る。

「ハァ……分かった。そこまで言うのなら、協力してあげようじゃないか」

「……感謝する」

 立ち上がり、窓を覆うアルミサッシを開く昴の背に向かって、戒斗は礼をただ一言だけ告げた。

「それにしても、”方舟はこぶね”ね。どんな意味を込めたかは知らんが、きっとロクでもないことに違いないだろうよ」

 窓の外に広がる中庭を眺めながら、昴は一人呟く。

「傭兵くん、君はノアの方舟(Noah's Ark)って知ってるかい?」

「ああ、多少は」

「まあ色々あるが……一番メジャーなのは、旧約聖書の『創世記』の奴かな。増えた地上の人間が悪事を働いているのを見た神様は、世界を一度洪水で滅ぼすことにするんだ。そのことをただ一人、『神と共に歩んだ正しい人』、ノアにだけこっそり話して、方舟を造るように命じた」

 ある程度知っている内容ではあったが、戒斗は黙って昴の話を聞くことにする。

「方舟を完成させたノアくんは自分の妻と、三人の息子と彼らの妻、最後に全ての動物のつがいを方舟に乗せたそうだ。洪水は四十日の間続き、地上に生きていた全ての生物を死滅させた。その水は、百五十日もの間勢いを保ったままだったらしいね。その後、ノアくん達を乗せた方舟はアララト山に流れ着き、ノアくんは鳩を放つ。そしたらどうやら水は引いたっぽかったから、家族と動物を連れて方舟を出て、そこに祭壇を建てて、供物を捧げた。そしたら神はノアくんと息子達を祝福して、全ての生物を死滅させるような大洪水は金輪際起こさないと約束し、その証として空に虹を掛けてめでたしめでたしってわけさ」

「それが、何だっていうんだ?」

 神話を語られただけでは何が言いたいのかさっぱりだ。戒斗はイスに座って組んだ脚を組み替えながら、昴に問いかけた。

「考えてもみな。この話の中で生き残ったのは、方舟に乗った連中だけ。そして君が追っている組織の名もまた”方舟”。どうだい? 何か、引っかかるところがあるだろう」

 言われてみれば、確かにそうだ。何かしらの意味がなければ、”方舟”なんて妙に凝った名前付けようとも思わないだろう。

「機械化兵士の件といい、資料の中にあったMIRVマーヴの件といい……どうもキナくさい連中みたいだね。なんとなく、ロクでもない極端な超国家主義の臭いがするよ」

 昴は呟いて振り返り、再び戒斗に向き直る。長身痩躯のその身体と、長い白衣はよく似合っていた。

「さて、傭兵くん? そういえば君の名前をまだ聞いていなかったね」

「……戦部いくさべ 戒斗かいとだ」

 言いながら、戒斗は上着のポケットに突っ込んでおいた名刺入れから一枚名刺を取り出し、片手で昴に突きつける。受け取った本人は、興味津々といった感じでまじまじと眺めている。

「へぇ、どこかで見たような顔だと思えば。君があの”黒の執行者”とはね」

「悪かったな、こんな若造で」

「いやいや。寧ろ良いことじゃないか。若くしてそこまで名を上げられるというのは、凄いことだと思うがね?」

 口元を綻ばせ、受け取った名刺を白衣の胸ポケットに突っ込む昴の表情は、元の薄ら笑いが混じったニヒルなそれに戻っていた。

「さて、戦部くん……で良いかな? 君に教えてあげようじゃないか。私達の造り出した最高に強く、クールで狂った兵隊の殺し方を」





「暑ちぃ……」

 数時間後、既に太陽が西へとかなり傾き、茜色に染まった空の下、戒斗は一人、歩道を歩いていた。左手には金属部品の入ったビニール袋がぶら下がっている。

 夕方だというのに、外はまだかなり蒸し暑かった。気温自体は大分下がっているが、湿気のせいで不快指数が大幅に上昇しているようにも思える。電車移動だと駐車スペースを考えなくていい分楽ではあるが、この時期は暑さがかなり堪えてしまう。まあ、車で来た場合の燃料代と比べて圧倒的に安い分まだ良いが。

 そんなことを考えながら、歩道の端にデカデカとそびえ立つ、来た時と同じ地下鉄駅の入り口階段を降りていく。階段は見た目登りの方が辛そうではあるが、意外とそうでもない。重力に脚が引っ張られる分、下りの方が余計に筋力を使って疲れるもののようだ。

 慣れた手つきで改札にパスを通し、ホーム行きの階段……の横にある下りエスカレーターに乗る戒斗。ただ突っ立っているだけで勝手に下へ下へと下がっていく。やはり文明の利器というモノは素晴らしい。科学万歳。

 ホームまで降りた後数分待っていると、定刻通りに白銀の車体に青と白のラインの走った電車が滑り込んでくる。開く自動ドアを潜り、車内に足を踏み入れた。冷房が効きすぎているようにも思えるが、クソ暑い外を歩いてきた後だと気にならない。むしろありがたい。

 座ろうと、車内を見渡して空いている座席を探していたら、見知った顔が目に飛び込んできた。自動ドア近くの端の座席に座る小柄な身体の横で、桃色の長いツインテールが揺れている。折角なので、戒斗は声をかけてみることにした。

「よう。こんなところで奇遇だな、瑠梨」

 桃色ツインテールの少女――表の顔は成績優秀品行方正、校内一の秀才。その真の顔は”ラビス・シエル”の異名を持つスーパーハッカーである、我が部傭兵事務所の新入社員、あおい 瑠梨るりの前に立ち、戒斗は軽い口調で話してみる。

「ん……ああ、戒斗か」

 戒斗の顔をチラッとだけ見て、ぶっきらぼうな口調で言葉を返す瑠梨。服装は意外にも可愛らしく、薄手のTシャツと上着の二枚重ねに、セミロング……というのだろうか。そんな感じの膝上ぐらいのスカートを身に纏っていた。

「隣、失礼するぞ」

 一言告げて、戒斗は瑠梨の真横に腰掛ける。ふと、彼女の女性特有のよく分からない良い香りに混じって、紫煙の臭いが微妙に漂ってきた。瑠梨は煙草を吸うようには見えないのだが……

「なんだ瑠梨、煙草でも吸ってみたのか?」

「なわけないでしょうが。ゲーセンよゲーセン。ああいうとこって異様に煙草臭いから服や身体にこびりつくのよね」

 ああ、納得した。確かにゲーセンは異様に臭い。一般的な店なら十分ぐらい滞在しただけで身体から煙草の臭いが漂ってしまう。それを嫌ってか、最近は禁煙ゲーセンが増えてはいるようではあるが、やはりゲーセン通いする人間はヘビースモーカーが多いのだろう。分煙だ禁煙だと叫ばれている現在でも禁煙ゲーセンは未だマイノリティであった。

 何故外国暮らしの戒斗がここまで詳しいかと言ってしまえば、ネット経由で得た情報に加えて、彼自身の趣味もある。ロサンゼルスで暮らしていた頃、よく自宅で家庭用ゲーム機に移植された日本製格闘ゲーム『ストリートバトラー』の通信対戦をアホほどやっていたのだ。日本に来て真っ先に戒斗が行った先は、自宅近くのゲーセン。初めて目にした本物の筐体でプレイした時の戒斗の喜びようは、道案内で付き添っていた琴音が軽く引くレベルであったという。まあ、速攻で乱入してきた三、四十代ぐらいのおっさんに瞬殺されたのだが。あれは間違いない、プロゲーマーだわ。うん。

「ゲーセンねぇ。俺も格ゲー好きだからたまに行くけどよ、お前はそんなイメージ無かったから結構意外だな」

「まあね。聞くけど戒斗、アンタのやってる格ゲーって『ストリートバトラー』?」

 真顔で問い詰めてくる瑠梨の瞳は、いつになく輝いて見えた。コイツもプレイヤーかッ。

「ああそうだ」

「ふーん……ねぇ戒斗? この後時間ある?」

「一応レニアスの店に軽く用事はあるが、その後ならフリーだぜ。なんだ? 俺とろうってか?」

「よし、決まりね。戒斗、アンタに死合いを申し込むわッ」

 コイツ……完全に眼がマジになってやがる。ならば全力で相手してやろう。

 なんて会話を交わしている内にも、地下鉄は定速で帰路を進んでいた。





 大体一時間後、太陽がほぼ西の地平線へと没し、暗くなり始めた時刻に、戒斗は馴染みの武器店『ストラーフ・アーモリー』の店先に瑠梨と二人で立っていた。相変わらず無駄にデカい店舗の、ガラス張りのドアを開けて店内に入る。

「レニアス、居るか?」

 声を張り、店の奥に居るであろう見た目幼女の店主レニアスを呼ぶ戒斗。程なくして、店の奥から燃えるような真紅のツインテールを揺らしてレニアスが出てきた。やっぱり小さい。ホント小さい。これで十六歳、しかも飛び級大学生だってんだから世の中分からねえ。

「なんじゃなんじゃ」

「まずはこの中にあるファイルを見てくれ」

 言って戒斗は、上着の内ポケットから取り出したUSBメモリをレニアスに握らせる。彼女は億劫そうにカウンター近くのPCにUSBを接続、中のファイルを展開する。中身は昴に見せたモノと同様だ。

 程なくして、閲覧し終わったレニアスが引きつった表情で戒斗の元へと戻ってきた。

「アレを見せて、んでどうしたいんじゃ?」

「単刀直入に言う。PDFにあった機械化兵士を殺す装置を作って貰いたい」

 レニアスは飛び級大学生であり、同時にトンデモ発明家でもある。彼女なら、作れるはずだ。機械の身体の化け物を倒す、一撃必殺のリーサル・ウェポンが。

「と、言われてものぅ」

「メモリの中に設計図ってファイルがあるはずだ。ソイツをそっくりそのまま作って貰えればいい。特殊な材料は……全てここに揃ってる」

 言って戒斗は、左手にずっとぶら下げていたビニール袋を差し出す。この中身は、昴から託された、制作に必要不可欠な特殊機器。レニアスはうーん、と唸って苦い表情をするが、少しの間をあけてビニール袋を受け取ってPCへと戻り、設計図を開いてモニタを睨んでいる。

「……一週間じゃ」

 振り返って、今まで聞いたことないほど静かで、真剣なレニアスの声がカウンターの向こうから聞こえてくる。今日はPC操作の為に踏み台に乗っているからか、ちゃんと全身が見えていた。

「一週間、くれ。そうしたらコイツを完成させてみせるぞ」

「すまない。頼んだ」

「何、戒斗には試作品に付き合わせてばっかじゃし、なによりお得意様じゃからの。お安い御用じゃ」

ニッと八重歯を覗かせて笑うレニアスは、ある意味では見た目相応だった。いや一応十六歳なんだけれども。





 自動ドアの向こうは、音の海だった。

 ストラーフ・アーモリーを後にした戒斗、瑠梨の二人は、約束通り近所のゲームセンターに来ていた。既に午後七時を過ぎていたが、まだまだ客はかなり多い。もっとも、多くの客はメダルゲームに勤しんでいるようであるが。

 戒斗は瑠梨を連れ、目的の筐体――世界一の人気を誇る格闘ゲーム『ストリートバトラー』シリーズの最新作、『ウルトラストリートバトラーⅤ』の前まで歩み寄る。二つの筐体が背中合わせになっているこの構造は、数十年前の格ゲーブームから続く伝統的な配置。簡単に言えば、対面の筐体に入った人間と闘うシステムだ。

 先客が居ないことを確認すると、二人は互いに頷いて対面の筐体の前へと座る。歴戦の戦士の間に、言葉など必要なかったのだ。

 戒斗は財布から素早く専用のICカードを取り出し、かざしてプレイヤーデータを呼び出す。自分のステータス確認画面を閉じてタイトル画面が表示された後、百円硬貨を突っ込む。派手な効果音と共に、キャラクター選択画面が出てきた。戒斗は迷わずメインキャラである、モヒカン頭で筋肉ダルマのような肉体の、ブーメランパンツ一丁のロシア人レスラーを選択。後は瑠梨を待つだけだ。

 数秒の後、互いのキャラが画面に表示される。瑠梨のキャラは……アメリカ人の日本拳法家か。紅い胴着に金髪のそのキャラは、バランスが良く、特に対空能力に優れているキャラだ。対してこちらのブーメランパンツはパワー一辺倒。体力も多いが動きは遅いという癖のあるキャラだ。

 画面が、闘いの場となる河川敷のようなステージへと切り替わる。闘いのゴングが、鳴ろうとしていた。

『アイ・アム・ブリザァァァァドッ!』

 戒斗の操るブーメランパンツが、高らかに名乗りを上げる。常々思うが、暑苦しい。

『さぁ、かかってこい!』

 次は瑠梨のアメリカ人憲法家。こっちは普通に格好いい。

『Fight!!』

 これが、試合開始の合図だった。戒斗はブーメランパンツを操作し、緑色の謎オーラを纏ったチョップを幾度となく繰り出す。飛び道具を打ち消せるこの技こそが、ブーメランパンツくんが前進するときの基本だ。

 対する瑠梨は、冷静に手から光弾を繰り出す飛び道具を連射している。出方を窺っているのだろう。謎オーラチョップを繰り出しながら、徐々に距離を詰めていく。

 距離が大分縮まったところで、瑠梨が仕掛けてきた。斜め前方にジャンプしながらの強飛び蹴り。彼女はここから技のコンボを繋げるつもりなのだろう。戒斗は難なくガード。反撃確定のコンボを繰り出し、少しだが瑠梨のライフを減らすことができた。対する瑠梨は喰らった後、戒斗の仕掛けてきた追撃を冷静にバックステップで回避。強攻撃の隙を難なく突いてアッパーを決めてくる。吹っ飛ばされるブーメランパンツ。これで、体力差はほぼ無くなったと言っていい。

 起き上がりざまに戒斗はしゃがみキックからの弱攻撃のラッシュを繰り出す。だが、瑠梨はその攻撃を全てガード。

「かかった――ッ!」

 ニヤリと口を歪ませる戒斗。瑠梨にガードを誘発させることこそが、真の狙い。素早く戒斗は左手に持ったレバーを一回転させ、コマンド入力。画面の中の筋肉ダルマが、瑠梨の操る金髪拳法家の腰辺りを筋肉隆々の両腕でがっちり掴んで、自分も一緒に天高く飛び上がる。空中で一回転し、頭からステージの地面へと叩き付ける技――スクリューパイルドライバー。これこそが、このキャラの真骨頂である投げ技。飛び道具の技が存在しない分扱いは少々難しいが、今までの応酬を全て無に帰すほど強力な威力の必殺技だ。瑠梨のライフゲージはそこそこ減り、既に彼女の残り体力は約半分。対する戒斗は未だ三分の二以上ゲージを残していた。勝てる。そう確信できた。

「まだまだァッ!」

 戒斗の攻勢は終わらない。瑠梨のキャラが起き上がるモーションを見せたと同時に斜め前方へとジャンプ。彼女が起き攻め対策の起き上がり弱キックを放つタイミングとほぼ同時に頭上を飛び越え、背後へと着地した。瑠梨の放ったしゃがみキックは虚しく空を切る。”めくり”と呼ばれるテクニックだ。戒斗は大きな隙を見逃さず、戒斗は再びスクリューパイルドライバーを仕掛けた。みるみる減っていく瑠梨のライフゲージ。

 起き上がる瑠梨に対し、戒斗は弱攻撃に謎オーラチョップを織り交ぜた怒涛のラッシュを繰り出し、反撃のチャンスを潰していく。ガードで受け止める瑠梨のキャラはどんどん画面の左端へと追い込まれていってしまう。

 画面端まであと少しというところで、瑠梨が動いた。弱攻撃に比べて少し隙のある謎オーラチョップをガードしたと同時に、対空技であるアッパー――龍翔破を繰り出し、戒斗の操るブーメランパンツを吹っ飛ばす。瑠梨は落下位置に一気に詰め寄り、起き攻めを仕掛けてくる。ガード入力が間に合わず、少しずつ削れていく戒斗のゲージ。

「――ここだッ!」

 戒斗は画面左下のコンボゲージを確認すると、瑠梨のコンボが途切れると同時に先程仕掛けた”めくり”のように斜め前方へと飛ぶ。背後に着地する――と同時に、レバー二回転と弱、中、強パンチボタン同時押しのコマンドが成立する。

「これでトドメッ!!」

 派手な演出と共に、戒斗の操るブーメランパンツは先程のスクリューパイルドライバーのように拳法家を掴んだ後、膝蹴りを二発食らわせて天高く舞い上がる。空中で二……いや、三回転。雄叫びを上げながら落下し、ド派手な降下演出と共に、地面へと拳法家を頭から叩きつけた。その威力は、見るからに先程の比ではない。

『アルティメットッ! シベリアンドライバァァァァッ!!』

 筐体のスピーカーから聞こえてくるこの名こそが、ブーメランパンツの超必殺技『アルティメット・シベリアンドライバー』。敵の攻撃を一定量受けることでしか溜まらないコンボゲージが溜まった時にのみ発動できる、文字通りの必殺技。これで仕留めた……と思いきや、運のいいことに瑠梨はゲージを目測でほんの1mm程度残していた。まあ、この程度ガードされたところで削れるので問題はないが。

 瑠梨の操る金髪拳法家は斜め後方へと連続で飛び、画面右端まで後退していく。距離を取るつもりなのだろう。

『ホラホラ、どうしたぁ?』

 ――挑発、だと? この状況で。

 この格闘ゲーム『ストリートバトラー』シリーズには伝統として全ボタン同時押しの挑発コマンドがある……が、全く意味がない上に下手に挑発で煽るとリアルファイトに発展しかねないので使う人間は滅多に居ない。せいぜい、身内同士でネタに使うか、プロの世界大会を盛り上げる、所謂”魅せプレイ”に使われるぐらいだ。何のつもりで瑠梨が挑発コマンドを入れたのかは分からないが……彼女はまだ、勝利を諦めていない。

 落ち着け、まだこちらのゲージは半分近くある……仮に喰らったところで、確反で削ればいいだけだ。瑠梨は画面端から連続で光弾を放つが、戒斗はそれが眼中にないかのように堂々と歩いて距離を詰める。あと少しで技の射程圏内というところまで近づいた時――瑠梨が、動いた。

 前方に二度ステップし、距離を詰めたかと思えば中段技と下段技を織り交ぜた攻撃を繰り出してくる。判定に分けたガード行動が間に合わなかった戒斗は、それを喰らう。だが冷静にレバーだけはコマンドを先に入力し、後はボタンを押すだけという状態にしておく。”仕込み”と言われるテクニックだ。これを行っておくことで、通常より早いタイミングで反撃が繰り出せる。瑠梨のコンボが終わった。後は、例えガードされても攻撃を当てれば勝てる。この勝負、貰った。

「頂いた」

 ボタンを一度だけ押し、謎オーラチョップを繰り出す戒斗。これで勝った――しかし、瑠梨のキャラはまるで待っていたかのようにバックステップし紙一重で回避。ジャンプし飛び蹴りからのコンボを容赦なく叩き込んでくる。まだ反撃のチャンスはある。そう思って、油断していた。

「しまった……!」

 後悔した頃には既に遅かった。よく見れば画面右端に表示されている瑠梨のコンボゲージは最大。しかし、もう戒斗に反撃のチャンスは残されていない。瑠梨のキャラがコンボを繋げ、龍翔破で筋肉ダルマを吹っ飛ばしたコンマ数秒後、派手な演出が画面一杯に映し出される。この絶対的不利な状況から逆転勝利……瑠梨の実力を、侮りすぎていた。

『オラオラオラァ! 真・龍翔破ァッ!!』

 火炎を纏った拳を繰り出す超必殺技を喰らい、天高く吹っ飛ばされたブーメランパンツを装着した筋肉ダルマは、身体に炎を纏って落下。起き上がる気配はない。見れば戒斗の体力ゲージは、とっくに底を着いていた。

『K.O.!!』

 戒斗の、敗北だった。





「何だ……何なんだよ一体……」

 憔悴しきったように、筐体の台に頭を押し付ける戒斗。一応、二ラウンド先取で勝利のシステムだが、結果は惨敗。その後数回互いにキャラを変えて再戦したが、結果は戒斗の全敗だった。

 死に体の戒斗は椅子から立ち上がり、対面の筐体に居る瑠梨へと向かう。

「ん、お疲れ」

 戒斗の姿をチラッと見て言うと、瑠梨は画面へと視線を戻す。対CPU戦をやっているのかと思えば、戒斗が筐体を去った後すぐに乱入者が現れたようで、今はキャラ選択画面が表示されている。

「ああ……お前強すぎんだろ幾らなんでも」

「別に。でも戒斗は筋が良い」

「筋が良いって……」

 ふと、画面の端に映った瑠梨のプレイヤーネームが目に入った。この名前……どこかで見たような……

「ってお前、大会出場者じゃねえかぁっ!」

 戒斗は驚いて思わず叫び、半分腰を抜かしてしまう。思い出した。このプレイヤーネームどこかで見たと思えば全国大会出場メンバーじゃねえか。初めて瑠梨の姿を見たときどこかで見覚えがあると思っていたが……まさかそこまでの実力者だったとは。ハッキング技術といい格ゲーの腕といい、何者なんだコイツは。

「あれ、気づいてなかった?」

 視線を画面から逸らすことなく、うわ言のように言葉を返す瑠梨。

「気づかねえよ……ああ、なんか納得した」

 ふと周りを見れば、結構な人だかりが出来ていたことに気づく。そりゃあそうだ。半分有名人みてえな奴がこんな田舎のゲーセンで無双してりゃ誰だって見てみたいわ。

「戒斗は上手い方だと思う。立ちスクリューを出来るようにすれば、もっと上手くなるはず」

「立ちスクリューはどうも苦手なんだよなぁ。というかお前、最初の一戦明らかに手加減してただろ」

「……バレた?」

 その後の惨敗ぶりを見れば流石に分かるわ。

「でも途中から本気出しちゃった。様子を見るつもりだったけど、あそこまで追い詰められるとは思ってなかったからね」

「そりゃどうも。その後のお前の方が凄まじかったけどな。なんだよ体力ミリから一発逆転って。お前はプロか」

「誘いが来たことはあるわよ。ま、学生だからってのと、その時はまだ曽良の件があったからそんな余裕なかったし」

 はぁ、なんで俺、こんな相手に勝負吹っかけちまったんだろ。闘う相手が悪すぎるぜ。

 そんなことを心の奥底でボヤきつつ、負ける気配が欠片も見当たらない瑠梨がゲーム終了するまで延々待ち続ける戒斗だった。

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