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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第四章:Operation;Snow Blade
25/110

サイレント・シューター

 護衛の目を掻い潜り、吉野の居る大きなログハウスのすぐ近くまで接近することに成功した戒斗。今彼は、中に入ったら何故か無人になっていたログハウスの中で、息を潜めている。リビングと思しき部屋の電灯は灯されておらず、室内は真っ暗だった。外から照明の光が差し込む窓から少しだけ顔を出し、注意深く観察している。

 吉野を暗殺、ということならば簡単なのだが……残念ながら、生け捕りにしろとクライアントから指示が出ている。折角奴が無防備にベランダに立っていようとも、仕留めるわけにはいかなかった。とりあえず、吉野の居るログハウスへと侵入するのに邪魔になりそうな護衛を見極める。

(正面玄関の前に一人、周囲の巡回に二、三人、一階には少なくとも三人以上は居る……二階は標的ターゲット以外不明、か)

 情報を頭の中で整理し、最も安全な潜入ルートを組み立てる戒斗。

「さっさと終わらせるか……」

 呟いて戒斗は、背中に斜め掛けに背負った黒の長いポーチを床に降ろし、中から幾つかの部品らしきモノを取り出して組み立て始める。工具を用いて組み立てられていくそれは、徐々に一本の弓の形へと組み上げられていく。完成したモノは、細長いボディと弦で構成された古典的な兵器、洋弓。その中でも滑車と幾つかの弦で構成されたコンパウンド・ボウと呼ばれるモノだった。

 完成したコンパウンド・ボウを一旦床に置き、アルミ製の矢を組み立てていく戒斗。最後に矢の先端に金属製のやじり螺子ねじのように回して取り付け、弓本体に取り付けられた矢立てに取り付ける。余った矢はポーチの中に入れて、再度肩から背負う。

 右手にコンパウンド・ボウを持ち、戒斗は立ち上がる。玄関へ向かい、気取られないようにそっとドアを開閉して外に出る戒斗。ログハウスの陰から顔を出し、状況確認。どうやら先程と敵の位置は大して変わっていないようだ。戒斗は本体の矢立てから一本矢を左手で取り、つがえる。正面玄関の奴は狙わず、側面、丁度照明の陰になっている、有刺鉄線が張られている側の奴を狙う戒斗。右手で弓本体を保持し、左手につがえた矢を手前へと強く引く。世間一般には、左利きといわれる射ち方だった。ピープサイトで敵の姿を捉え、少しの落差を考慮して狙いを修正する。

 戒斗は弓を射る。一気に解放された弦とリムの反発力によってアルミ製の矢は大気を切り裂いて飛翔。音もなく滑空する矢は、敵の首元へと突き刺さった。声にならない悲鳴を上げて、男は崩れ落ちる。断裂した頸動脈から溢れ出る紅い血液が、純白のワイシャツと、黒いスーツジャケットを汚した。

 敵が沈黙したのを見た戒斗はすぐさま行動に出る。照明の当たるギリギリの位置まで中腰姿勢でにじり寄った戒斗は、もう一度正面玄関の敵を見据える。これから進む道と、奴の視線は重なっていない。敵は明後日の方向を向いている。これは好機と思い、戒斗は極力音を立てないように、中腰姿勢のまま小走りで目標のログハウスの陰へと向かう。

 見つかることなく、先程殺した敵の所まで接近することができた。ここまで来ればあと少しだ。首に矢が刺さった敵の死体をバレなさそうな位置まで蹴って転がして隠す。ログハウスの裏へと周り、配電盤らしきモノの前でしゃがみ込む。辺りに敵が居ないことを確認してから戒斗はコンパウンド・ボウを木製の壁へと立てかけ、左手で左腰から巨大なサバイバル・ナイフ、HIBBENⅢを抜く。配電盤の蓋をそっと開け、逆手に構えたナイフの刃を力いっぱい叩き付ける。壊れて、火花を発しだす配電盤。電力供給機構が完全にお釈迦になったようで、ログハウスの窓から漏れ出していた電灯の灯りが一気に消えた。

「オイ誰だぁー? ブレーカー飛んだぞ!」

 中から聞こえてくる、イラついた男の声。HIBBENⅢを鞘へと戻し、立てかけたコンパウンド・ボウを右手に持ち直した戒斗は素早く、正面玄関の方へと戻る。配電盤を壊したことが知られる前に、この家を制圧しなくてはならない。

「ったく、何なんだよ……」

 正面玄関に立つ男の、苛立った呟きが耳に入る。ログハウスの陰から飛び出す前に戒斗は左手で矢立てから新たな矢をつがえる。一呼吸置いてから、一気に飛び出す戒斗。同時に矢を引き絞り、弓に装備されたピープサイト越しに玄関に立つ男の姿を捉える。

「誰だお――」

 男はそれ以上、言葉を発することはなかった。戒斗の放った矢が、眉間に突き刺さっていたのだ。銃を出すこともなく、玄関脇の壁にもたれかかるように倒れる男。眉間からとめどなく滴り落ちる血液が、スーツと床を汚していた。死体に目もくれず、戒斗は死体とは反対側のドア脇の壁へと張り付き、コンパウンド・ボウを壁に立てかける。

「なんだぁ? どうかしたんか銀次ぃ」

 気だるそうに言いながら、玄関ドアを開けて中からサングラスを掛けた、ガタイの良い角刈りの男が出てきた。タンクトップ姿の彼の右肩からは、桜吹雪の入れ墨が伺える。銀次、というのは恐らく、たった今戒斗が殺した男の名だったのだろう。角刈りの男は玄関前に銀次という奴が立っていないのを見て不審がるが、すぐ足元に転がる死体を見つけて振り向いた。丁度、戒斗に背を向ける形で。

「ッ!? オイ銀次、どうし――」

 角刈りの言葉はそこで途切れる。戒斗は男に飛びかかり、右手で男の口を押さえ、左手で素早くHIBBENⅢを逆手に抜刀。白銀に光る巨大な刃を、男の首の付け根に容赦なく突き刺した。程なくして男は絶命。戒斗は拘束を解除し、引き抜いたHIBBENⅢの血に濡れた刃を男の衣服で拭って鞘に戻してから、立てかけたコンパウンド・ボウを持ち直す。矢立てから再度矢を左手でつがえ、物音を立てないよう警戒しながら室内へと入っていく。

 灯りの消えた室内は暗かった。暗い森の中を歩いてここまで来た戒斗はある程度暗闇に目が慣れているが、光の中から突然闇の世界へと突き落とされた護衛達の目はまだ慣れていないだろう。その点で既に、戒斗に絶対的なアドバンテージがあった。

「ったく、懐中電灯どこだよ懐中電灯……あったあった」

 声が聞こえると、壁伝いに進む戒斗の視界に、突如光が現れる。恐らくは中に居る敵の一人が懐中電灯を使ったのだろう。戒斗は半ば条件反射でつがえた矢を素早く引き、放つ。

「ァッ――」

 懐中電灯と、人の身体が崩れ落ちる音がした。放った矢が命中したのだろう。

「どうした!? 何があった!」

 ドタドタと騒がしい足音を立てて、二階から階段で降りてくる幾つかの足音。対応に悩む戒斗だったが、彼らが全員懐中電灯を所持しているのを見て少しホッとした。これなら、なんとか矢を当てられる。

「オイオイ、死んでるぞ!」

 男達の持つ懐中電灯の光に照らされて、胸からアルミ製の矢を生やした死体の姿がはっきりと浮かび上がる。戒斗はそれを脇目に、弓本体の矢立てに取り付けられた最後の矢を取り、つがえて、引き絞る。

「ガハ――ッ!?」

 床に落ちる懐中電灯の光。人体が床に崩れ落ちる音と同時に、断末魔が聞こえてくる。仕留めたようだ。光の数から見て、残るは二人。背中に背負ったポーチから矢を一本抜き取り、再度つがえる戒斗。

「すぐ近くに居――」

 警戒を促したかったのだろう。が、そこで言葉は途切れる。残るは、あと一人。

「ヒッ……嫌だ嫌だ! 殺さないでくれ!」

 どこに潜むか分からない戒斗に向かって、必死に命乞いをする最後の敵。戒斗は無表情で矢をもう一本取り出しつがえ、左手で引き絞って構える。

「俺は今すぐにでもお前を殺せる。嫌なら、吉野の居場所を言え」

 殺気の込められた声で、戒斗は呟く。

「わ、分かった! だから殺さないでくれ!」

「静かにしろ……それで、奴はどこだ」

「階段を登って、真っ直ぐ歩いた突き当りの部屋だ……! 言ったぞ、約束通り俺は見逃し――」

 男の言葉はそこまで。後に残るのは、身体の崩れ落ちる重い音だけだった。

「悪りいな、手が滑った」

 戒斗は男達の死体の傍まで近づき、床に転がった懐中電灯の内一つを左手に取り、階段を探す。意外とすぐ近くにあった階段を登り、先程男が吐いた情報通りの突き当りの部屋の前に立つ。懐中電灯を静かに床に置き、木製の格調高いドアを開ける。

「どうした。まだ電気は点かないのか」

 居た。戒斗に背を向け、窓越しに外を眺めてワイングラスに口付ける、スキンヘッドの男の姿が見えた。奴が標的ターゲットの、吉野よしの 拓三たくぞうだ。床に静かにコンパウンド・ボウを置き、後ろ腰のオンタリオMk.3 NAVYファイティング・ナイフを左手で逆手に抜き、一気に吉野へと詰め寄る。

「なっ、何だお前ッ!?」

 ようやく侵入者に気づき、驚く吉野。戒斗は無言のまま拘束し、吉野の首を絞める。

「ガ……ハッ……」

 数十秒の後、吉野の身体から力が抜ける。頸動脈を圧迫させ、気絶させたのであった。拘束を解き、戒斗は部屋にあった延長コードで吉野の手首と足首を縛り、転がしておく。ポケットからスマートフォンを取り出して操作。登録しておいた高岩の電話番号を呼び出し、コールする。

『ああ、高岩だ』

 数秒の後、電話に出る高岩。

「どうもどうもクライアント殿。戦部ですよ。標的ターゲットの確保に成功。一番デカいログハウスの二階の部屋で伸びてるぜ」

『……! 今日潜入するとは聞いていたが、早いな』

 驚く高岩。一応彼には今日仕事を行う旨を伝えておいたのだがな、と思い腕時計を見ると、時刻は午後十一時少し前、成程、確かに早い。

「まあそういうことで。今すぐ警察突入させて貰えるか?」

『お前に言われた通り、既に待機してる。十分後、二十三時になったと同時に突入させる』

「頼んだぜ。俺はここを動かねえからよ。ログハウス群の方から先に制圧してくれ。一応、敵にヘリが一匹居るが、ソイツは俺に任せてくれ」

『了解した。頼んだぞ傭兵』

 そこで通話は切れた。スマートフォンをポケットに戻し、戒斗は何かないかと手当たり次第に部屋の引き出しを漁る。五分程探し回っていると、気になる一束の資料が出てきた。どうやら取引記録らしい。ペラペラ捲って見ると、56式自動歩槍を百何挺だとか、ロケットポッドを何セットだとかという記録が書かれている。想像以上に大きな組織のようだな、と戒斗は苦笑いを浮かべた。暇つぶしがてら捲って眺めていると、一つの記録が目に留まる。取引相手は……浅倉、だと?

「何をする気なんだあのクソ野郎は……!」

 思わず口に出していた。吉野の資料から出てきた浅倉との取引記録。内容は……旧ソ連製の核搭載大陸間弾道ミサイルMIRVマーヴだとッ……!

 MIRVマーヴとは、一発の弾道ミサイル内に複数の弾頭を搭載、複数目標を攻撃可能なミサイルのことだ。それも、資料によれば核搭載型。奴はこんな代物を使って、何を企んでいるんだ……!?

 やはりあの時、多少無茶をしてでも浅倉をとっ捕まえて問い詰めるべきだったか……! 戒斗は後悔するが、今更遅い。とりあえずこの件は帰ってから詳しく調べるとしよう。近くに置かれていたボストンバッグの中に書類と、棚の中に隠されていた7.62mm弾の二百連ベルトリンク弾薬を何セットか突っ込む。同じく棚の中に隠されていたM60E4汎用機関銃を取り出し、簡単に動作チェックをしてから床に置く。

 遠くで幾多のサイレン音と、騒がしい怒声が聞こえてくる。時計を見ると、時刻は午後十一時丁度。警察の突入が始まったようだった。戒斗はズボンのポケットから"EXPLOSIVES(爆発物)”と記された小さなケースを取り出し、開く。中にはやじりが四本入っていた。信管を内臓し、内部にC4プラスチック爆薬を満載した爆発ボルトだ。戒斗は背中のポーチから矢を四本取り出し、やじりを爆発ボルトに取り換え、通常の矢と間違えないように弓本体の矢立てへと四本差し込む。通常のやじりをケースの中に収めてポケットに仕舞うと、二階に上がってくる足音が幾つか聞こえてきた。漏れ聞こえる声から、警察の人間ではなく、敵の護衛だということが分かる。

「叔父貴! サツが……誰やテメェ!」

 ドアを乱暴に開けて入ってくるのは、五人程の自動小銃を持ったスーツ姿の男達。彼らは戒斗と、床に伏せっている吉野の姿を見て狼狽える。

「――遅かったじゃねえか。待ってたぜ」

 不敵な笑みを浮かべて仁王立ちする戒斗。コンパウンド・ボウを床に置き、矢を入れたポーチと交差するように右から斜め掛けしたボストンバッグを背負っている。両手に保持しているのはM60E4汎用機関銃。三本の二百連ベルトリンクを連結させた長大な7.62mm弾が、ボストンバッグの中から伸びていた。

「テメェ!!」

 一斉に自動小銃を構える男達。戒斗は脇で銃床を支え、腰だめ状態でM60の銃口を向ける。銃身から伸びているキャリング・ハンドルをがっしりと固く掴んでいる左腕には、給弾不良ジャム防止の為にベルトリンクが緩く巻き付けられていた。

「死に晒せ、屑共」

 呟いて戒斗は重い引き金トリガーを引く。強烈な反動と共に、凄まじい勢いで7.62mm弾が肉厚の銃身を通って撒き散らされる。舞い散る黒いベルトリンクと、空薬莢。ボストンバッグから伸びる銃弾の帯が激しく揺れてM60の機関部へとどんどん吸い込まれていく。男達は全身をズタズタに引き裂かれ、倒れた。

 戒斗はベランダへと走り、二脚バイポッドを手すりに付けて射撃姿勢。警察に抵抗を試みる数多の敵に向かってM60を掃射する。

「うぉぉぉあぁぁぁっ!!!」

 無意識に雄叫びを上げる戒斗。身体をズタズタに引き裂かれ、次々と敵が絶命していく。銃身が段々と赤熱化し、陽炎が浮かんでくる。飛び立とうと、エンジンを始動させローターを回し始めるヘリが見えた。飛び立つ前に仕留めようとするが、運悪く弾が底を尽きてしまった。戒斗はM60を乱雑に投げ捨て、コンパウンド・ボウを取りに部屋の中へと戻る。飛び立てば、警察が全滅しかねない。あのUH-1には、ロケット弾が満載されたロケット・ポッドとミニガンが装備されているのを、戒斗は事前に確認していた。

 急いで床に置いたコンパウンド・ボウを取り、ベランダに再度躍り出て、爆発ボルト付きの矢を一本つがえ、飛び立った直後のUH-1ヘリを捉える。引き絞り、狙いを定める戒斗。ヘリパイロットは警察よりも戒斗の方が脅威と判断したのか、機首をこちらに向けた。中に護衛対象の吉野が居るとも知らないで。

 戒斗は無心で、ただ目の前の敵に集中する。今にも撃たれそうな状況だが、そんなことは気に留めない。狙いを定め、奴を撃ち落とす。ただそれだけに全神経を集中させる。迫り来る、猛禽類のようなヘリの爆音。コクピットに狙いを定め、正面から一直線に迫り来るヘリに向け、戒斗は矢を放った。飛翔する矢は、UH-1コクピット前面の薄いガラスを貫き、パイロットの脳天に直撃。シートに頭を叩きつけると同時に、信管が起爆。爆発ボルト内のC4爆薬が爆発し、エンジンに誘爆。ヘリは木端微塵に爆散した。

 その光景を、生き残った敵も、警察ですらも釘付けになって眺めていた。戒斗は静かにコンパウンド・ボウを降ろし、残りの敵が制圧されていく様をベランダからじっと眺めていた。





「ご苦労だったな、傭兵」

 先程撃ち落としていたヘリが駐機されていた仮設ヘリポートで、戒斗に労いの言葉をかける高岩。すぐ傍では、手錠を掛けられる吉野の姿が。

「まさかヘリまで出てくるとは思わなかったがな」

 溜息交じりに言葉を返す戒斗。流石に生身、しかも弓一本でヘリと対峙することになるとは思ってもいなかった。あの爆発ボルトは対車両戦を想定したモノであって、決してヘリを撃ち落とすなんて馬鹿げた真似の為ではない。あんなアクション映画みたいなことを成功させておいてアレだが、今になって思う。よく生きて帰ってこれたなホント。二度とやりたくねえ。

「お前なら下手すると、砂漠のど真ん中にある敵地に放り込んだとして、敵を全滅させた上で生還してきそうだな。ハハハッ」

「冗談よしてくれ……」

 流石に洒落になってねえよ。なんだか疲労が一気に押し寄せてきた。背中に背負う、解体したコンパウンド・ボウ入りのポーチがやたら重い。

「まあ、奴も逮捕したし、これにて一件落着ってか。助かったぜ傭兵。また頼む」

 笑いながら、握手を求めてくる高岩。

「今後ともご贔屓に。ヘリの相手は二度と御免だがな」

 握手に応じる戒斗。その視界に、高岩の後方に広がる山の上で何かが光ったのが見えた。あれは……まさか。

「ッ! 伏せろッ!!」

 張り倒すように高岩を伏せさせ、自分も地面に身体を付ける戒斗。あれは、間違いない。スナイパースコープの反射光だ。

 後ろで、何かが貫かれる音がした。数秒遅れて響く、発砲音。立ち上がり音のした方へ振り向くと、手錠を掛けられて連行されていた吉野の身体が、地に伏せっていた。その頭部は……ない。丸々吹っ飛んでいた。地面に盛大に広がる血液と脳漿。これはほぼ間違いない。対物アンチ・マテリアルライフルで撃たれたんだ。吉野は。

 戒斗は高岩を連れて、死角になる物陰へと滑り込む。が、十分以上待っても最初の一発以降、発砲は一度たりともなかった。反射光も見えない。

「なぁオイ傭兵、ありゃあ……」

 震えた声で呟く高岩。きっと人の頭が吹っ飛ぶところを間近で見たのは初めてなのだろう。吐き気を堪えているようにも見える。

 戒斗は静かに立ち上がり、苦虫を噛み潰すような表情で、呟いた。

「ああ……吉野は、消された。口封じにな」





 別荘地が一望出来る山の頂上付近。そこに伏せ、二脚バイポッドで安定させた対物アンチ・マテリアルライフル、バレットM82A1を伏射姿勢で構える男の姿があった。月光を反射して煌めく金髪の下の顔は、見る者全てに畏怖を抱かせる凶悪な笑みを浮かべている。

「悪いが、消えてもらうぜ……」

 低く、ドス黒い声で呟くこの男の名は、浅倉あさくら 悟史さとし。戒斗の因縁の男だった。彼の右腕は二年前に戒斗に吹っ飛ばされて以降、義手になっている。人工皮膚が張られている為見分けこそ付かないが、その最大出力は人間を遙かに凌駕する。

 浅倉の覗くスコープの向こうには、手錠を掛けられ、連行されていく男、吉野よしの 拓三たくぞうの姿が映っている。浅倉の雇い主である男の率いる組織の秘密を喋らせないために、吉野の口を封じること。それが、浅倉に課せられた仕事だった。

「――解放」

 浅倉が呟くと、右腕義手から勢いよく排熱され、人工皮膚が剥がれ落ちていく。精密射撃の為に、彼が義手のリミッターを解放したのだった、

 狙いを定め、引き金トリガーを引き絞る浅倉。薬室チャンバー内に装填された巨大な12.7mm弾に込められた無煙火薬が爆発し、圧倒的質量を持った弾頭を射出する。銃口部に着けられた三角のマズル・ブレーキから巨大な発砲炎マズル・フラッシュが飛び出し、衝撃波が土埃を勢いよく立てる。肉厚の銃身が野砲の如く後退してショート・リコイルを行い、.50口径の強烈な反動を抑える。

 飛翔する弾頭は吉野の頭部に直撃し、首から上を粉々に粉砕して彼を即死させた。浅倉は近くに居た宿敵、戦部いくさべ 戒斗かいとの姿を捉え、口元を歪ませる。

「お楽しみは次の機会だ……楽しませてくれよ、”黒の執行者”ァ……!」

 名残惜しそうに呟き、浅倉はM82のエジェクション・ポートから飛び出した巨大な空薬莢を拾って立ち上がる。後方数mの距離に通る山道に停めておいたRV車の後部ドアからM82を乱雑に車内へと投げ入れ、自分は運転席へ。胸ポケットから取り出した煙草を口に咥え、取り出したジッポーライターで先端に火をつける浅倉。紫煙の独特な臭いが開け放たれた窓から外へと流れていく。煙草を左手で摘まみ、口から放してフゥ、と息を吐くと、口からも紫煙が放出された。

 浅倉は口に再度加え、RV車のエンジンを始動。すぐさま車を発進させた。残った痕跡は、彼の右腕から剥がれ落ちた細かな人工皮膚の欠片のみ。それもすぐに、風に吹かれ、何処かに飛んで行ってしまった。

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