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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第三章:サイバーワールド・アヴェンジャー
22/110

終わる戦い、始まる”終わりなき戦い”

 ――ねぇ、――は? ――はどこへいったの?

 小さな女の子が、泣きながら言っている。あれは、誰?

 ――これを、託す。私の可愛い娘。

 黒縁の眼鏡を掛けた、どこか見覚えのある男の人が、優しい微笑みを浮かべて女の子に何かを託す。

 ――ごめんな。

 呟いた男は、霧のように霧散してしまった。

 ――やめて。

 私を、独りぼっちにしないで。

 泣き叫ぶ女の子は、私だった。気づけば視界は、彼女と重なっている。

 ――大丈夫?

 座り込んだまま泣きじゃくる私の目の前に立つ男の子から差し伸べられる、小さな手のひら。

 ――なんだ、お前らしくもない。立てるか?

 頭にそっと触れる、暖かな感触。振り向くとそこに、クールだが、それでいて優しい笑みを浮かべた青年が立っていた。私の頭にそっと置かれた、黒い革のフィンガーレスグローブに包まれた無骨な右手の温もりが、何故だか、とても心地良かった。

 青年は歩き出し、私の前に立っていた男の子の横に立つ。何故か、二人の姿が、とても懐かしく、愛おしく見えてしまう。

 ――安心して。絶対に――は俺が――

 ――心配するな。お前が、この俺が必ず――

 同時に、私へと手を差し伸べた、二人の声が重なる。青年と男の子。二人の姿が、重なって見えた。

 ――護るから。







 琴音が目を覚ますと、見慣れた天井があった。はて、今日は何月何日で、昨日私は何をしていたのだろうか。寝ぼけているせいか、どうにも思い出せない。

 身を起こす。身体中の骨と筋肉が軋む。視界が揺れる。目の前に広がっていたのは、戒斗と住んでいるマンションの寝室だった。琴音が今居るのは勿論だがベッドの上。なんら変わりはない。壁掛け時計が示す時刻は午前七時三十分。

「ふぁ……」

 不意に欠伸をしてしまう。ふいに、寝室の扉が開く音がした。

「よう、やっとお目覚めかい?」

 扉の奥から出てきたのは、整った顔つきと金髪ショートカットが絶妙な調和を成している女。重力に抗う豊満な胸は、色々通り越して羨ましくすらなってくる。

「リサさん、どうしたんです?」

 琴音は目の前に立つ金髪の女――狙撃の師でもあるハーフの傭兵、リサ・フォリア・シャルティラールに寝ぼけたように話しかけていた。

「どうした、じゃねえよ……寝ぼけてんのか?」

 溜息交じりにリサは言うと、琴音の座るベッドへと金属製の重い何かを投げた。綿とスプリングの弾力で弾むソレを掴んで見ると、傷だらけになった琴音の愛銃、ベレッタPx4だった。見た瞬間に、昨日何があったのかが一瞬にしてフラッシュバックする。ああ、そうだ私は。

「ッ! そうだ、私は……戒斗は!? 戒斗は無事なんですかッ!?」

 顔面蒼白になり、琴音はPx4を持って立ち上がろうとする。が、途端に視界が暗転しかけて、再び身体をベッドへと倒れこむように戻してしまう。

「やめとけやめとけ。まだ完全に疲労回復したわけじゃねえみてえだしよ。それに安心しな。カイトはホラ、目の前に居るぞ」

 リサの指差す方向を見る。琴音の足元。ベッドの上に座り、壁に身体を預け、安らかな顔で眼を閉じている戒斗がそこには居た。身に纏う服はいつもの部屋着ではなく、仕事の時によく着ていく私服。手には愛用の自動拳銃、ミネベア・シグが握られていた。目を凝らせば、彼は生傷と包帯だらけだということが分かる。

「良かった……でも、なんで私はここに?」

 戒斗の無事な姿を見て、胸を撫で下ろして琴音は呟く。

「どこまで覚えてる?」

 リサの問いかけに、逡巡する琴音。

「ええと、確か戒斗から通信が入って、逃げろって言われて、でも逃げられそうになくて。だから戦って、それで……」

「そこまで覚えてるなら上等だ。お前が意識を失ってすぐ、私達はよく分からん奴の乱入で助けられた。カタナ片手にバッタバッタ薙ぎ倒してく姿はもう、凄かったな色々と。カイト曰く”忍者のような奴”らしいが……いやはや、まさか本物のジャパニーズ・ニンジャをこの目で見られる日が来ようとは」

 興奮気味に語るリサ。多分彼女が言う”忍者”はあの時、豪華客船で襲ってきたのと同一人物だろう。でも何故、敵である彼女が私達を助けた? それが、分からない。

「ま、今日一日は二人共ゆっくり休めや。安心しな、今日だけは私がここに居座るからよ」

 結構住みやすいしなここ。と言うリサは、相変わらずの屈託のない笑みを浮かべていた。

「にしてもコイツ、琴音のことになるとすぐこれだからよ……」

「はい?」

 言葉の意味が分からないと言うように琴音は聞き返す。

「いやな、カイトが合流してきて、血塗れで倒れてるお前を見た途端もう真っ青になったんだよ。殆ど返り血で、怪我は大したことないレベルだって言ったのに聞かなくてな。顔面蒼白になったコイツは、お前を抱えて、バンでここまで運んできてから寝かせたってわけだ。この阿呆にも寝ろって言ったんだが聞く耳持たぬ、って感じで夜通しここに居座り続け、んでこのザマさ」

 ふと自分の腕を見ると、数か所に白い包帯が巻かれていた。

「ま、一日寝て、疲労回復に努めるこったな」

 それだけ言ってリサは扉を閉め、リビングの方へと戻っていった。琴音は戒斗の方へと這い、彼の手に握られていたミネベア・シグをそっと取ってやる。

「……ありがとう、戒斗」

 呟く琴音は、戒斗の身体をそっと寝かせてやる。彼の身体は、昔よりもずっと重かった。





 目が覚めると、最近は滅多に見なくなった天井が視界いっぱいに広がっていた。壁掛け時計を見ると、時刻は午前十一時四十五分。もう昼時じゃねえか。慌てて戒斗は起き上がろうとするが、身体のすぐ近くに生暖かい感触。そういえばこの部屋、琴音に貸したっきり俺使ってねえんだよな……

「……」

 寝息みたいなのが微かに聞こえた気がした。気のせいだ、うん、きっとそうだ。いや気のせいであってくれ。

 何も聞かなかった、何にも気が付かなかったことにして、起き上がろうとベッドに手を付く。

「ん?」

 おかしい。右手と左手でベッドの感触が違う。なんかこう、左の方が暖かく、弾力に富むというか、みずみずしいというか、なんというか……

「ふーん、へぇ、戒斗そういう……」

 なんだか聞き覚えのある声が。前にもこんな展開があった気がする。

「――こんのド変態がぁぁぁぁぁぁ!!!」

 胸に鋭い衝撃。気づけば、戒斗の身体は宙を舞っている。窓から差し込む陽の光が、何故だかとても輝いて見えた。





「ハハハハッ! 災難だったなぁ、カイトぉ?」

 リビングで、リサがソファに腰掛けながら腹を抱えて大笑いを上げている。

「ったく、事故だ事故……痛てて」

 戒斗はというと、キッチンで紅茶を淹れながら、先程琴音に殴り飛ばされた胸をさすっている。畜生、遠慮なくやりやがって。

「何が事故よっ! これで二度目よ二度目!」

「はいはい、悪うございましたっと――うぉっ! 熱ちい熱ちい!」

 リサの対面に座って叫ぶ琴音を適当にあしらっていたら、手元が狂ってクソ熱い紅茶を左手にぶっかけてしまった。慌てて水で患部を冷やす。冷水が沁みて、これがまた馬鹿みてえに痛い。

「天罰よ、て・ん・ば・つ! 二度も人の胸揉んだバチよ」

「別に大したモンでもねえだろ……」

「何か言ったぁ?」

 物凄い不自然な猫撫で声で言う琴音。

「次は……窓から飛ぶの、覚悟しよっか」

「すんませんした」

 この高さから突き落とされるのは流石の俺でも命が危うい。そう思った戒斗は全力で謝っておくことにした。

「カイト、あの嬢ちゃんはどうなったんだ?」

 リサに問いかけられて、ああ、と戒斗は瑠梨のことを思い出す。

「そういや色々あってすっかり忘れてたな……多分今頃、墓参りに行ってんじゃないか? なんかそんなようなこと言ってたし」

 紅茶を注いだティーカップを持って、ソファに座る戒斗。

「そうか。嬢ちゃんの弟、これで報われるといいんだがな」

 呟くリサの目は、ここではないどこかを見ている気がした。きっと彼女にも何か思うところがあったのだろう。

「ああ、そうだな……」

 呟いて啜った紅茶は、何故だかとても苦く感じた。





 マンションから十五分程車を走らせた先、戒斗の住む街の中でも比較的人口の少ない田園地帯にポツンとある墓場で、戒斗は一人、黒のポロシャツにジーンズという夏らしい軽装で歩いていた。駐車場に愛車を停めて数分歩いているが、同じような灰色の墓石が立ち並ぶだけで一向に景色に変化は無い。腕時計を見ると、時刻は既に午後一時を過ぎていた。

「ふぅ……」

 汗が滴り落ちる。外気は馬鹿みたいに蒸し暑かった。蝉がそこら中でやかましく鳴き声を上げているせいで、気分的にも暑くなってくる。広がる空には天高くそびえ立つ白い入道雲。本格的な夏の訪れを告げていた。

 歩いているとふと、視界内に桃色の何かが目に入った。どうにも気になって近づいてみると、それは人の髪だということが分かった。もっと言うなら、戒斗が視界に捉えたのはツインテールの先端。

 とある墓石の前で、純白のワンピースを着た一人の少女がしゃがみ込んでいた。その翠色の瞳はどこか悲しそうではあったが、解放感も混在しているように見えた。美しい桃色のツインテールを風になびかせたこの少女、名をあおい 瑠梨るりという。

「よう。昨日ぶりだな」

 気づけば戒斗は、彼女に声をかけていた。

「なんだ、戒斗か。よくここが分かったわね」

 しゃがんだまま振り返り、言葉を放つ瑠梨。

「ま、依頼人のことはある程度調査しておくもんさ……ここに、弟が?」

「ええ、そうよ」

 墓石の前、瑠梨の真横にしゃがみ、静かに両のてのひらを合わせて合掌。

「戒斗、改めて言わせて。――ありがとう。アンタのおかげで、曽良そらかたきを討てた」

 瑠梨は真っ直ぐに戒斗の眼を見て言う。

「それと、一つ提案があるの」

「何だ?」

「私を、アンタのとこの事務所に入れてくれない?」

 ああ、なんだそんなことか。戒斗は立ち上がろうと――ん? 今なんて言った?

「は、ハァッ!? お前何言ってるんだ!?」

 立ち上がりかけたところで言葉の意味を理解してしまった戒斗は、危うくバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。危ねえ。下手すりゃ墓石に後頭部強打してこの世からさよならバイバイするとこだった。

「何って、そのままの意味よ。アンタのとこ、戦部傭兵事務所で私を雇ってって言ってんの」

「正気か? 暑さで頭やられたか?」

 流石にこれはどうかしてるとしか思えない。こんな血生臭い事務所に入りてえだなんて、真面目に熱中症で妄言吐いてるとしか思えなかった。

「私はいつだって正気よっ!」

 立ち上がりざま言葉を吐き捨てた瑠梨は、思いっきり戒斗の向うすねを蹴り飛ばしてくる。痛い痛い痛い。寝起きから怪我し続けなんだからこれ以上増やさないでくれ。というかこの運動音痴がどこにこんな力隠してやがったんだ。

 ハァ、と溜息を吐いて、瑠梨は向き直る。その翠色の瞳に、逡巡は無かった。

「――曽良の復讐の為だけに磨いてきたハッキング技術だけど、ここで捨てるのも惜しいと思ってね。下手な奴の所へ行くよりか、アンタに協力した方がよっぽど良いと思った。ただそれだけよ」

「あー、まあ、確かに一理あるけどよ……」

「一理あるのね、あるのよね!? よし決定。なら私を雇いなさい、今すぐに」

「そんな強引なァッ!?」

 いやまあ、気持ちは分からんでもないし、俺としても瑠梨の技術は惜しいけども。かといって身体の張り合いみてえな仕事だしなぁ。

「心配しなくても、私は前線に出たりはしないわ。アンタの戦いぶり見てよく分かった。私なんかが身体張ったところで、足手まといにしかならないもの。私の仕事は主にハッキングやロック解除、ネットワークを介したアンタ達の支援よ」

 どう? 雇う気になった? 自信満々で言葉を発するその姿は、とても昨日と同一人物には見えない。だが、彼女の決意を無下にするのもなんだか気が引ける。

 戒斗からはもう、溜息しか出ない。雇うべきか、雇わないでおくべきか。どちらもの選択も正解に見えて、どちらも間違いに見えてしまう。

「あぁ……分かった分かった。雇うよ雇うよ。お前をな。それでいいだろ」

 結局、戒斗が折れる形になってしまった。瑠梨の特異な技術が欲しいのは事実ではあるが。彼女の持つ技術があれば、もしかしたら今以上に浅倉へと近づけるかもしれない。そういう打算もあっての決断だった。

「それでいいわ。正解よ戒斗。賢い選択をしたわね」

 嬉しそうに、笑いながら言う瑠梨を見て、この決断、ある意味では間違ってなかったかも。と、ふと思ってしまう。

「雇う以上はある程度給料も弾むからいい。が、一つだけ条件がある」

 頭の中を駆け巡る思考を、数度振って無理矢理追い出して戒斗は、真面目な口調で瑠梨に言い放つ。

「何よ? 別になんだって構わないけど」

「お前自身言ったから良いとは思うが、絶対に前線には出るな」

 ――戒斗は昨日の夜、泣き叫ぶ瑠梨を見て確信していた。これ以上彼女に手を汚させては駄目だと。瑠梨は、自分のような、平気で人を殺してしまえるような人間に仕立て上げてはならない、と。

「分かってる分かってるって。そもそも私の専門は後方支援系だし。それじゃあこれで契約成立ね。よろしく、戒斗。いや? ”所長殿”とお呼びした方がよろしいのかしら?」

 悪戯っぽく笑う瑠梨。

「もうそれで良い……ところで瑠梨、今から予定あるか?」

「ん? 別に無いけど」

「だったら、早速で悪いが仕事だ。コイツのプロテクトを解除して欲しい」

 言って戒斗は、昨日、あの忍者の少女から渡されたUSBメモリを瑠梨に手渡す。この場所へと訪れる前に、自室のPCで中身を見ようと試みたが、厳重なプロテクトが掛かっていた。とても戒斗の手じゃ解除出来そうに無いモノだったので、瑠梨にプロテクト解除を依頼しようと戒斗はこの墓場に訪れていたのだ。何も、単なる気まぐれで墓地を訪れていたわけではない。

「別に構わないけど。今パソコン持ってたりしないわよね?」

 白い、細くて小さな手でUSBメモリを受け取る瑠梨は問いかける。

「そう言ってくると思って、既に車の中に積んである。来てくれ」

 瑠梨を連れて、戒斗は駐車場まで戻る。サンセットオレンジの車体色が夏の空に映える愛車の施錠を解除し、乗り込む。流石に暑さへの我慢が限界に達していたので、乗り込んだ途端エンジンスタート。V型六気筒の高排気量エンジンに火が灯ると共に、インパネとドアの内装に据えられたエアコンから猛烈に放出される冷気が車内を満たしていく。

「あぁ~。生き返る。文明の利器万歳だ」

 ひとりごちる戒斗は、生き返るような心地いい冷気を全身に浴び、身体に帯びた熱を冷やしていく。

「で? どこにあるのよパソコン」

 助手席に座った瑠梨が不満気に言う。そういえば出してやるの忘れてた。

「ダッシュボードの中にある。あぁ~ホント生き返るわぁ」

 横に座る瑠梨が何やらブツブツ言いながら助手席前面のダッシュボードから赤いノートPCを取り出し、立ちあげている。戒斗は最早放心状態と言っても良かった。

 何分が過ぎただろうか。ようやく全身の熱気が抜けきった戒斗は、限界までリクライニングを倒したシートをいつもの位置に戻し、瑠梨の方へと振り向く。彼女は鼻歌を歌いながら、エゲつない程の速さでキーボードを叩いていた。ふと見れば、ノートPCの側面USBポートに見慣れないメモリが一本、先程渡したモノの隣に突き刺さっている。黒い、角ばった形をしていて、中央らしきところには特殊なフォントでアルファベットのJの文字が斜めにあしらわれている。何かのグッズだろうか。

「そのメモリ、瑠梨のか?」

 好奇心から、思わず尋ねてしまう戒斗。

「まぁね。いつも持ち歩いてるのよ。この中には戒斗が到底理解できないような、私専用の所謂”秘密道具”が入ってるってわけ」

 無い胸を張って、自慢げに言う瑠梨。

「何かとんでもなく失礼なこと考えなかった!?」

「いえ、それはきっと気のせいでございます」

 無駄に改まった返答を返す戒斗。なんだコイツは。人の思考読みやがって。エスパーか? 超能力者サイキッカーか? それともアレ、どこぞのリアルロボットアニメに出てくるような人類の革新か? というか秘密道具ってなんだよ。二十二世紀からやってきた国民的ネコ型ロボットかお前は。

「よし、これでチェック・メイト」

 アホみたいな突っ込みを脳内で繰り広げていたら、どうやら終わったようだ。

「早いなオイ」

「フン、私を誰だと思ってるわけ? この程度のプロテクト解除、小足見てから昇竜よりも楽勝よ」

 何を言ってるんだお前は。もしかして格ゲーマーか? 格ゲーマーなのかお前? ロスに居た頃よく家庭用の格闘ゲームをやっていた戒斗は物凄く気になり問い詰めたかったが、グッとその感情を押し留め、瑠梨の見るモニタへと視界を移す。

 映し出されていたのは、九十年代に放映されていた宇宙の騎士的なアニメの背景……ではなく、幾つかのPDFファイルと、その中でたった一つだけ置かれた”Readme”と書かれたテキスト・ドキュメントだった。

「とりあえず、PDFから開いて行きましょうか」

 一番端にあった、”計画概要”と書かれたファイルを、瑠梨がダブルクリック。すぐさま展開される。

「嘘でしょ……何なのよ……何なのよこれ……!!」

「コイツは……相当ヤバい臭いがするぜ」

 思わず両手で口を覆う瑠梨と、冷や汗を流しながら呟く戒斗。展開されたファイルの、一番トップに記されていた文字、それは――”機械化兵士計画マンマシン・ソルジャーズ・プロジェクト”。その言葉は、現代の高性能義肢技術が発達した本当の理由と、人々の間でまことしやかに囁かれていた都市伝説の名。人が犯した、狂気の計画の名だった。

「――本計画の目的、”単独で敵地へと潜入、支援無しで破壊工作を行い、仮に発見された場合には単騎にて脅威を排除する人型戦術兵器、ワンマン・アーミーの生産”……実在、してたのか」

 スクロールしながら、内容を見ていく戒斗。これだけ空調が効いているにも関わらず、汗がとめどなく流れてくる。

「負傷兵、及び死刑執行予定の罪人を含めた二千名を実験用として調達。内、完成した個体は――十三人、だと……!?」

 馬鹿げている。あまりにも。こんなモノが実在していたとしたら、世界のパワーバランスが一気にひっくり返る。単騎で既存の機械化一個師団を殲滅可能だと? 妄想にも程があるッ。

 脇に目を逸らすと、瑠梨が驚きと恐怖で身を震わせていた。これ以上、瑠梨の居る前でコイツを見てはは駄目だ。戒斗はPDFを閉じ、一つだけ置かれていたテキストファイルを開く。そこに書かれていたのは、簡潔な一文のみ。しかし、戒斗に新たな驚きと疑念を与えるには、十分すぎる内容だった。

「――”七月最後の金曜。その夜、神代かみしろ学園の屋上にて待つ”だと……?」

 車の外で所狭しと響く蝉の鳴き声が、新たな戦いの幕開けを告げるかのように聞こえてきた。


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