天に照らされ、光り輝く”ラビス・シエル”
柱の陰から飛び出す、戒斗と忍者少女の二人。戒斗は右手のAA-12自動散弾銃を連射で、柱や木箱など、物陰に隠れようと試みるスーツ姿の男達へとロクに狙いもつけず、腰だめで乱射。殺到する散弾は、二人の敵を屠る。一方忍者少女は、飛び出した瞬間に左手に握ったクナイを投擲、AK-74突撃銃を構えた敵の喉元に直撃させた。喉から鮮血を噴き出し倒れる男に見向きもせず、少女は床に落ちていたマカロフ自動拳銃を左手で掴み、大体の方向を見極めて当てずっぽうに発砲。敵を遮蔽物の陰へと釘づけにする。
「やるじゃねえか忍者娘ェッ!」
「……」
背中合わせになり、制圧射撃をしつつ倉庫中央に立つ二人。その戦いぶり、正に吹き荒れる烈風。
「なぁにやってるんだぁ! たった二人だろ!? さっさと殺せよぉっ!!」
出口近くの柱に隠れながら叫ぶ武部。その冷静さを欠いた叫びは、どこか滑稽に聞こえてしまう。
「――ッ!」
唐突に、忍者少女の持つマカロフがホールドオープン。弾切れを告げた。銃器の扱いに戒斗達程慣れていないのか、その表情は戸惑いの色を浮かべている。
「コイツを使いな」
戒斗は少女に後ろ手で、先程隙を見て弾倉交換を行ったフル装填のAA-12と、残った最後の予備弾倉を手渡す。
「……どういう、つもり」
逡巡しつつも、刀を収めてから弾切れのマカロフを投げ捨て、AA-12を少女は受け取った。
「さぁな。単なる気まぐれって奴かもな。それより――さっさとカタをつけようじゃねえか。今、この位置の俺達から見て半径百八十度以内のクズ共を皆殺しだ。武部は残しておいてやってくれ。瑠梨にトドメを差させる契約なんでな」
言いながら戒斗は、空いた右手にキャリコM950A機関拳銃を持たせる。返答はない。が、終始無口なこの娘の場合に限っては承諾と受け取っていいだろう。
「さぁ、虐殺タイムと洒落込もうぜ!」
「――!!」
背中合わせの二人は同時に駆け出し、視界に捕らえた全ての標的を無残な死骸へと変貌させていく。断続的に響く発砲音と断末魔。宙には紅い色をした生暖かい血が撒き散らされ、壁や床を容赦なく汚す。
「な、何なのよコイツら……化け物じゃないの……?」
その光景を、コンテナの陰から覗き見ていた瑠梨は思わず恐怖の声を漏らす。先程突如乱入してきた忍者もそうだが、戒斗の動きも尋常ではない。――これが、人の成せる業なのか? 戒斗はまだ人間の可能なレベルではあるが、忍者の三次元機動に至っては最早不可解としか言えない。スタームルガーMk.Ⅱ自動拳銃を握る右手が、微かに震えるのが分かった。
瑠梨の視界の端に、背を向けて走り出す人影が映った。その人影こそ、先程から部下に叫んでばかりいた、瑠梨の復讐すべき相手、武部 直人。
「アイツ……!」
気づけば、瑠梨の両脚は勝手に動き、コンテナの陰から飛び出していた。
「ッ!? 瑠梨ッ!!」
残り少ない敵の一人の頭蓋を、キャリコのグリップ底で叩き割りながら戒斗は叫ぶ。しかしその叫びは、瑠梨の耳には届かない。彼女の頭には、大好きだった弟、曽良の顔と、武部を殺してやるという、ドス黒い感情で一杯だった。
「馬鹿野郎ッ、早まるんじゃねえッ!」
戒斗は、残った最後の敵の息の根を止め、瑠梨の後を追おうとする。が、その眼前に忍者少女が立ちふさがった。その手には既にAA-12自動散弾銃の姿は無く、いつも通りの日本刀型高周波ブレードが逆手に握られていた。
「退きやがれ」
たった今まで共闘し、背中を預けあっていた少女に対して何の躊躇いも無くキャリコM950A機関拳銃の銃口を向ける戒斗。しかし、当の忍者は身を引く素振りを一切見せない。
「退きやがれって言ってんだろうがッ!」
怒声に呼応するかのように、スッと忍者は身構える。その動きを見た瞬間、戒斗は後ろに飛び退く。すると先程まで戒斗の首があった位置を、忍者の持つ高周波ブレードが空を切った。――戒斗の、研ぎ澄まされた戦士の感が彼を救ったのだ。
舌打ちをしながら戒斗はキャリコの引き金を引く。が、間抜けな金属音が響くのみで、肝心の9mmルガー弾は一向に銃口から吐き出されはしない。弾切れだ。
「畜生ッ! 慣れねえ得物はこれだからッ!」
咄嗟に戒斗はキャリコを投げ捨て、上着の下に右腕を突っ込み、ショルダーホルスターからミネベア・シグを抜きざまに三発発砲。日本で製造された精密な金属の塊が唸りを上げて、フルメタル・ジャケット弾と空薬莢を放出する。しかし、弾の飛翔する先に忍者の姿は無い。上に飛んだかッ!
「――ッ!?」
忍者の動きを読み、斜め上方に銃口と視界を向ける。そこまでは良かった。だが、上を向いた瞬間、戒斗の視界に強烈な光が容赦なく突き刺さってくる。光の奥から近づく、一つの人型の影があった。――照明を背にして来やがっただと……ッ!?
咄嗟に横に転がり、光に半分潰された視界で、当てずっぽうに乱射。戒斗の持つミネベア・シグがホールドオープンする金属音と、少女の持つ高周波ブレードが床に突き刺さる音が同時に響いた。
(敵は眼前、残弾はゼロ……まずいッ)
ミネベア・シグを捨て、左手で後腰に着けた鞘からファイティング・ナイフを逆手に抜刀。同時に、若干元に戻ってきた視界内から使えそうな銃器を探す。が、肝心の忍者はゆっくりと立ち上がり、その刀を鞘へと納めた。
「テメェッ、どういうつもりだッ」
突然の奇行に拍子抜けしつつも、逆手に持ったファイティング・ナイフの切っ先は少女から放さず、警戒を崩さない戒斗。
忍者少女は唐突に、懐から取り出した何かを戒斗の方へと放り投げてくる。――手榴弾かッ!? 落下してくる物体に身構えるが、プラスチックのような軽い音を立てて床に落ちたソレは意外にもUSBメモリだった。
「……それを、持って行って」
静かに呟く少女。
「なんだと?」
思わず戒斗は聞き返してしまう。彼女の一連の行動は、どうにも不可解だった。
「依頼。貴方に」
「はぁ?」
依頼、だと? たった今まで俺を殺そうとしてた奴が? 俺に? 全く意図が掴めない。
「……貴方なら、信用できそうだから」
それだけ言って、忍者はどこかに立ち去って行ってしまった。追いかけて問い詰めてやろうとも思ったが、今はそれよりも瑠梨の方が心配だった。戒斗は少女の不可解な行動に内心疑問符を浮かべつつも、USBメモリをズボンのポケットに突っ込み、瑠梨を追って駆け出した。
「はぁっ……! はぁっ……!」
逃げた男、武部を追いかけて、瑠梨は戦闘の繰り広げられていた倉庫から飛び出し、月光に照らされた港を走っていた。走り出してから数分しか経っていないのに、もう息が苦しい。こんなことなら普段から運動しておくべきだったと、瑠梨は後悔する。ちなみに付け加えるなら、彼女は5が大半の成績表で唯一体育のみが2である。要は運動音痴という奴だ。
だがしかし、目の前を走る武部との距離は少しずつだが縮まっている。彼も余程運動が苦手なのだろうか。はたまた瑠梨が火事場の馬鹿力でいつも以上に速いだけなのか。
武部が、積み上げられたコンテナの間へと身体を滑り込ませていく。瑠梨もそれに続いて行く。狭い空間から出ると、すぐにコンテナ群による行き止まりが見えた。武部はその前で、ただ茫然と立っている。
「追い詰めたわよ……!」
怒気の混ざった声で呟きながら、スタームルガーMk.Ⅱ自動拳銃の銃口を向ける瑠梨。
「ッ! このクソガキがァッ!」
武部は激昂したように、懐から錆の目立つ自動拳銃、トカレフTT-33を抜いて瑠梨へと向ける。躊躇なく撃鉄を立てて、一発発砲。
「キャッ!?」
思わず叫び、眼を閉じてしまう。が、武部の放った弾は的外れもいいところ。瑠梨からかなり距離のあるコンテナへと着弾していた。
「くそっ、くそっ!!」
連続して発砲するが、一向に瑠梨に弾は当たらない。近くで戒斗を見ていた瑠梨は、なんとなく理解した。――コイツ、ロクに銃の撃ち方も知らないみたい。片手でトカレフを持つ右腕が、反動に引っ張られて滅茶苦茶に暴れている。これじゃあ、当たるモノも当たらない。
不意に武部のトカレフから響く、金属が衝突する重い音。
「ヒッ!?」
見ると、トカレフのスライド、もっと言うなら排莢口とスライドの間から黄金に輝く真鍮の空薬莢が間抜けに伸びている。
「――使い方も知らねえド素人な上に、今時中華ルートの粗悪品かよ。だから弾詰まりなんか起こすんだよ阿呆が」
後ろから、聞き慣れたクールな声が響く。振り向くと、コンテナにもたれかかった戒斗が立っていた。左手には先程忍者少女から受け取っていたキャリコM950A機関拳銃をぶら下げている。
「動けよぉっ! 動けよこのポンコツがァッ!!」
武部は弾詰まりの処理方法すら知らないのか、トカレフから間抜けに空薬莢を生やしたまま引き金を何度も何度も引いている。私ですら処理方法教わったのに……なんだか目の前の男が色んな意味で哀れに見えてきた。
「鬱陶しいんだよ屑が」
戒斗はその醜態が見るに堪えなかったのか、ズカズカと大股で武部に近寄り、彼が手に持ったトカレフを勢い良く蹴り飛ばした。あまりにもカンに触ったのか、戒斗は無言でミネベア・シグを引き抜き武部の太腿に一発、銃弾を放つ。
「う、うあああああああああああああっ!!!」
激痛に喘ぐ武部。傷口からは大量の血が流れ、上等そうなスーツパンツを紅く汚していく。
フッ、と白煙漂う銃口に一度息を吹きかけてからデコッキング。撃鉄を安全な位置に戻してからホルスターにミネベア・シグを仕舞うと、戒斗は「後は好きにしな」とだけ言って元居た位置に戻っていった。
「ひぃぃぃっ」
拳銃片手に近寄る瑠梨に気づいて、武部は畏怖の声を上げてその場にへたり込む。
「な、なぁ、勘弁してくれよ、な? お目当ては何だ? 金か? 金なら幾らでも持って行けばいいからさ、だから命までは……」
必死に命乞いをする武部。そのあまりにも無様な醜態を晒す男に、瑠梨はとてつもない不快感を覚えた。――こんな屑に、こんなどうしようもない人間の屑以下の奴に、曽良は殺されたの?
気が付くと、瑠梨は無意識の内に銃口を武部へと向けていた。この屑だけは、私の手で殺さなきゃ。でないと、曽良に顔向けできない。
手の震えが止まらない。大丈夫。あれだけ戒斗と練習したんだから。両手でしっかり銃を保持して、肩の力を抜き、自然なポジションで……そしてゆっくりと、引き金を引き絞る。
――響く、比較的小さな発砲音。小さな.22口径の空薬莢が地に落ち、スタームルガーMk.Ⅱの細身な銃口からは白煙が立ち上っている。瑠梨の放った弾は、武部のすぐ真横、赤色の金属製コンテナに着弾していた。――本能的なのか、それとも良心の呵責か。瑠梨は無意識に狙いを逸らしてしまっていた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……助けて、助けてぇ……」
明確な殺意に恐怖が耐えきれなくなったのか、武部は股を濡らして失禁してしまっていた。
「駄目ッ……私には……とてもッ……出来ないッ……!!」
弱気に呟く瑠梨の、翠色の双眸からは涙が、頬を伝って滴り落ちていた。
涙を流す瑠梨の頭頂部に、ふと暖かい感触。振り向けば、涙で歪んだ視界でもはっきりと、優しげな瞳の戒斗の顔が捉えられた。
「大丈夫だ。お前なら出来る。――瑠梨、あの世に逝っちまった弟に、見せてやれ」
その一言。たった一言が、瑠梨の失いかけていた意志を甦えらせた。
「武部……! 曽良を殺した恨みよ……!!」
再度、構える。気が付けば、手の震えは止まっていた。
「ま、待ってくれ……!!」
なおも命乞いを続ける武部は、”無様”という言葉を身体で表現していると言ってもいい程、醜かった。
「知ってる……? 曽良はね、昔からレーサーに憧れてて、ずっと言ってたわ。あの日も。――大人になったらプロレーサーになって、お姉ちゃんを助手席に乗せてドライブするんだって」
涙で歪んだ視界で、Mk.Ⅱの照準をゆっくり、確実に合わせる。
「あの日は、曽良が友達とレースを観に行った帰りだった。お前は、自分の下種な利益の為だけに、曽良の夢と未来を奪ったッ――!」
ゆっくりと、引き金に人差し指を添わせる。
「ま、待て、待ってくれ――」
「言い訳はもう要らないッ!! 曽良の、私のたった一人の”家族”の敵ッ――!!」
真夜中の港に、響く発砲音。
「あ、が、あ、ッ」
武部は右胸に小さな穴を穿たれていた。血がとめどなく溢れてくる。
「死ねっ、死ねっ、死ねえええええぇぇぇっ!!!!!」
喉が張り裂けんばかりの叫びを上げて、瑠梨は引き金を何度も、何度も引く。
「あ、が、が、が」
口からだらしなく血を垂れ流し、声にならない言葉を発する武部。
「あ、あ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!!」
瑠梨の絶叫が、響く。悲しみ、怒り、憎しみ、迷い、葛藤、全ての感情を詰め込んで爆発させた、魂からの叫びが。その長さは、数秒か、数分か、数時間か。永遠にも感じられた。
「瑠梨、瑠梨ッ!!」
「――へっ……?」
耳元から聞こえる戒斗の言葉で、一気に意識が引き戻される。
「もう、終わったんだ。お前の復讐は」
ふと手元に意識を向けると、既にスタームルガーMk.Ⅱのボルトは後退しきっていた。弾なぞとうに撃ち尽くしていたのだ。その向こうを見れば、頭や胸に幾つも穴が穿たれた武部が、白目を剥き、おびただしい量の血をアスファルトの地面に垂れ流している姿が見えた。
「もう、武部は死んだ。終わったんだよ。お前の戦いは」
戒斗のその一言。聞いた瞬間、瑠梨の全身から力が抜け、Mk.Ⅱを取り落してしまう。
「終わった……? 終わった、の……?」
「ああ、終わったよ。全部、な」
くずおれる瑠梨。その翠色の瞳から、涙が溢れてくる。
「終わった、そう、終わった……終わったよ、曽良……」
呟く瑠梨の脳裏に浮かぶのは、弟、曽良との思い出。
「う、あ、あ、あ、うわああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
復讐を終えて、泣き叫ぶ瑠梨を、戒斗はただ、ただ見守ってやることしか出来ないでいた。




