迫り来る襲撃者、現れる”闇夜を疾る影”
「――琴音、聞いたな? 今すぐここを発つ。って言ってもまあ……逃げ切れる保証はねえがな」
とある廃ビルの一室、琴音の横に立つリサは不敵な笑みを浮かべながら言う。
「罠があるって言ってましたよね? もしかしてさっきリサさんがビルの中歩き回ってたのって……」
「ああそうだ。クレイモアを入口付近に一つと、階段に三つ、ここ五階フロアに一つの五か所と、人感センサーを各階の階段に設置してある。焼け石に水もいいとこだけどな」
言いながらリサは、立てかけてあったドイツ製突撃銃、HK416のチャージング・ハンドルを引く。琴音も素早く伏せていたテーブルから降り、閉所戦闘だとまず役に立たないであろう狙撃銃、M21をドラッグ・バッグに仕舞ってそれを背負い、右太腿のレッグホルスターからベレッタPx4自動拳銃を抜く。
階下で爆発。恐らくリサの仕掛けたクレイモアM18A1指向性対人地雷に敵の誰かが引っかかったのだろう。起爆すれば七百個もの鉄球ベアリング弾が殺到するコイツをモロに浴びれば、タダでは済まない。一人でも多くの敵が減ってくれることを、ただただ祈ることしか出来なかった。
耳のインカムに、やかましいアラート音が鳴り響く。
「――人感センサーに感。奴等、二階に上がったな」
呟くリサ。次の瞬間、またも爆発音が響いてくる。二個目に引っかかったのだろう。アラート音と交互に、爆発音が徐々に二人の居る五階へと近づいてくる。
「最後のセンサーに反応、か……覚悟しろ、奴等、昇って来やがった」
これまで四つのクレイモアが反応して爆発した。残りは一つ。しかし遠くから近づいて来る足音は二人や三人のモノではない。少なくとも十人。下手すると二十人近くは居るかもしれない。
すぐ近くで爆発。最後のクレイモアが起爆した。響く怒号。襲撃者達が、すぐそこまで迫ってきていた。
「下がってろ、手榴弾を使う」
リサは壁の近くに立ち、静かに木製のドアを解放。装備を集約させたピストル・ベルトに着けられたグレネードポーチの一つからM67破片手榴弾を取り出し、右手で安全ピンを抜き取り、左手でドアの向こうの廊下、敵が迫ってきている方へと投げる。
爆発。ドアの隙間から微かに流れ込んできた爆風が琴音の髪を揺らした。
「お出迎えだァ! クソ野郎共ォッ!」
リサは半身を廊下へと乗り出し、連射でHK416を掃射。凄まじい速度で5.56mmの真鍮製空薬莢が床へと散らばる。
「悪りいな琴音。最悪窓から飛び出すのも覚悟しといてくれ」
弾倉交換の為に一度身を隠したリサが、柄にもなく顔面蒼白といった顔で呟く。
「……どういう、ことです?」
思わず琴音は聞き返してしまう。危機的状況においても常にニヤけているようなリサがここまで顔を蒼くしたところなど、見たことがなかった。
「二十人以上は確実に居る上、奴等相当の手練れみてえだ。それにな、減ってねぇんだよ、数が」
「減ってない?」
空の弾倉を構わず床に落とし、即座に新しい弾倉を叩き込み、ボルトリリースを左手で叩くリサ。下がったまま固定されていたボルトが前進し、初弾装填完了。
「最後のクレイモアはワザと、この部屋のすぐ近くに置いておいた。確かに爆発した跡はあったんだが、どうにも死体や怪我人、血痕すらが見当たらない。油断させるためにワザと起爆させてたんだろうな」
言ってリサはまた半身を乗り出し、連射で制圧射撃。弾が持つ内は何とか押し留めていられるだろうが、弾切れになったら一巻の終わりだ。すぐに奴等はここに殺到してくるだろう。
「クソッタレが! 再装填!」
叫ぶリサ。琴音は咄嗟に背負っていたドラッグ・バッグを床に置き、今までリサが居た場所から自分も半身を乗り出してPx4を乱射。
「カバーします!」
「助かるぜ! 成長したなぁ弟子!」
――以前の琴音なら、こんな発想浮かびもしなかっただろう。しかし、今の琴音の身体には自然と”戦い方”が身についていた。天性のものか、はたまた近くで戒斗やリサの戦いを見ていたせいか。それは当人にも分からない。分かることはただ一つ。この行動を起こすことによって、一分一秒でも長く、自分達に向かい来る、避けられぬ死の運命に抗えるということだけ。
脇目でリサを見ると、壁にもたれかかってしゃがみ、床に残りの弾倉を並べている。残りは、装填分含めて三つ。数にして九十発。持って五分といったところだろう。
「再装填!」
「あいよ、任されて!」
叫んで引っ込む琴音。入れ替わりリサが制圧射撃を行っているのを脇目に、マガジンポーチから予備の弾倉を取り出して自分も床に並べる。残り数は二つ。弾数にして三十四発。
普段なら回収している空弾倉を、重力に任せて床に落とす。緊急時に回収など考えてはいられない。すぐさま次の弾倉をグリップ底部に叩き込み、スライドストップを解除。後端で止まってホールドオープンしていたPx4のスライドがスプリングの力で前進し、初弾を装填する。
「手榴弾! 行くぞ!」
またもや手榴弾を投げるリサ。投げると同時に部屋に戻り、弾倉交換を行う。数秒の後、廊下の向こうから断末魔の叫びが幾つか聞こえてきた。何人かは始末できたらしい。
「リサさん、敵の配置分かります!?」
「ああ! 手前の奴等は今始末した! 後はそれぞれ、部屋ごとに二、三人で固まってやがる!」
聞いた琴音は、すぐさま脳内で五階の見取り図を思い描く。今二人が居るのは、丁度角部屋。階段はほぼ対面、距離にして12mの向こう。その間には部屋が幾つかあり、一つ開けた、二つ隣の部屋から向こう全てに敵が潜むと仮定。現段階の残弾、敵の予想数を考えると、強行突破は困難。階段以外に脱出路は無く、飛び降りるのも難しい。
「――ハハッ、本当に八方塞がりじゃないですか」
この絶望的な状況、もう笑うしかない。
「だろ? クソッタレの神様が奇跡でも起こさない限り、私ら二人ともお陀仏さ!」
軽口を叩くリサは、気が付けば普段の彼女に戻っていた。
「言えてますねホント! そういえばリサさんって、運はどうなんです?」
思わず琴音も釣られて軽口を吐いてしまう。二人の顔は、危機的状況にも関わらず、笑っていた。
「さぁな! 今まで死なずに生きてこれたんなら、良い方なんじゃねえのか!?」
言いながら制圧射撃を行うリサ。
「お前はどうなんだ!?」
リサと入れ替わりに、Px4を乱射する琴音。
「私にも分かりませんよそんなことッ! ま、今こうして生きてるなら、良いんじゃないですかねッ!」
「ハッ、違えねえ!」
入れ替わり立ち替わりに制圧射撃を繰り返す二人。その甲斐あってか、あれから五分以上は敵を釘づけに出来てはいるが……弾が底を着きかけている。
ベレッタPx4が唐突にホールドオープン。最後の弾倉の終わりを告げた。
「ああもう! リサさん、こっちの弾はもうすっからかんです!」
Px4を投げ捨てる琴音。ふと見ると、床には輝く空薬莢が至る所に散乱していた。
「よし分かった! コイツを持ってな!」
手の空いた琴音に、自らの持つHK416を投げ渡すリサ。慌てて受け取ると、両腕にずっしりと、突撃銃の重みが伝わってきた。弾倉は節約しながら使っていたようだが、大体残り一つ半といったところ。
「リサさんは!?」
「大丈夫だ、コイツがある!」
叫ぶリサは、今や骨董品と呼んでも差支えのないドイツ製の古式めいた自動拳銃、モーゼルC96を引き抜く。
「コイツは骨董品みてぇなモンだが、半分特注品でなァ! 高精度バレルにフルオート改造! 便所に集る蝿以下の拳銃と一緒にして貰っちゃ困るぜ!」
腰からぶら下げたハーネス、そこから、ホルスター機能付きの木製銃床を取り出し、グリップ後端に取り付ける。一気に重苦しくなったその外見は、一風変わった小銃にも見えた。
「遺書は書いたかァクソ野郎! 大好きな神様にお祈りはッ!? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備は出来てんだろうなァッ!」
叫びながらリサは、部屋を飛び出す。琴音は何事かと思ったが、すぐさまリサの意志を理解し、後に続いた。
右手に持つ、最早別物と言っても差支えのないモーゼル・ピストルから連射で7.63mm弾が雨あられの如く、武部の部下達と同じ黒のスーツを身に纏った襲撃者達に殺到する。突然の攻勢に戸惑った敵達は、次々とその頭蓋にフルメタル・ジャケット弾を叩き込まれて、紅い鮮血と脳漿の華を咲かせていく。
適当な部屋の中に滑り込み、内部をクリアリング。敵がいないことを確認するとリサは、残弾の無くなったモーゼル・ピストルに、剥き出しの7.63mmフルメタル・ジャケット弾が纏められた、装填子という名の一本の細い鉄製レールを解放された機関部に突っ込み、指で弾を内臓弾倉へと押し込む。第二次世界大戦か、それ以前の小銃に見られる装填方法と同じだった。全弾押し込み、装填子を抜くと、抑えられていたボルトが前進し、初弾を装填。
後に続く琴音も、リサと対面の部屋に飛び込む。チラッとリサの方を覗き見ると、視界の脇に、忍び寄る敵の姿が見えた。再装填を終えたばかりのリサはほぼ無防備と言っていい。そこに敵が迫っている。
「危ないッ!」
琴音は頭で考えるよりも早く、単発で引き金を引いていた。貫通した5.56mm弾と共に、脳漿を派手に壁へとブチ撒けて絶命するスーツ姿の襲撃者。何事かと顔を出したリサは、琴音の姿を見るなりモーゼル・ピストルの銃口をこちらへと向ける。
――発砲。ドサリ、と、琴音の隠れる部屋のすぐ近くで何かが倒れる音がした。
「お互い、命拾いしたみてえだな?」
白煙の立ち上る銃口に、フッと息を吹きかけるリサ。
「ええ、そりゃもう」
不敵な笑いを浮かべ、琴音は言う。
「生憎だが、こっちはもう弾倉一つ分しか弾がねえみてえだ」
「偶然ですね。私も一つ分しか残ってないんですよ」
絶望的な報告にも関わらず、笑ったまま言葉を交わす二人。敵の数を考えても、皆殺しはおろか、突破すら不可能。生き残る可能性は、無いに等しかった。
「どうする? ここで自害するか、無いに等しい脱出の可能性に賭けて突っ込むか?」
リサは琴音に対し、究極の二択を突きつけてくる。しかし、琴音の回答はとっくの昔に決まっていた。
「どうせなら突っ込んで、華と散りますよ。一人でも多く道連れにしなきゃ、戒斗に顔向け出来ませんもの」
突破確率0%の、あまりにも無謀な賭けに、琴音は薄ら笑いを浮かべながら乗る。――死ぬのは怖い。でも、あっちで戒斗に鼻で笑われるのはもっと嫌だ。
「そうか……悪かったな、巻き込んじまって」
珍しく申し訳なさそうに、リサは呟く。
「巻き込んだなんて。私の意志で参加したんですよ? それに、短い間だったけど楽しかったです。 戒斗ともう一度逢えて、一緒に色んな仕事して、香華や遥に、瑠梨、あと……あの、いつも戒斗に課題せびりにくる奴。名前忘れちゃったけど。とにかく色んな人達と巡り合えて、リサさんと山で特訓して。短かったけど……いい人生でした。本当に」
出来ることなら、最期に戒斗の声が聴きたかったな。その言葉はそっと、胸の奥に留めておく。
「ああ、私もだ。……あー、にしても残念で仕方ないわ。折角最高の弟子が出来たと思ったんだがなぁ」
いつもの調子でぼやくリサ。
「さて……そろそろ行かねえと、向こうからお出迎えが来ちまう」
「ええ、そうですね。行きましょうか」
リサの投げた最後の手榴弾の爆発を合図に、二人は意を決して飛び出した。
敵の数はおよそ十二人程。最初の二十数人に比べたらだいぶ減らせてはいた。善戦した方かな。と琴音はふと思う。
襲い来る敵弾をものともせず、二人は手元に残った最後の弾を叩き込みながら疾走する。一人、また一人と、敵は倒れていく。
「――ッ! 琴音ェッ!」
こちらに振り向いたリサが叫ぶ。何事かと思っていたら、突如視界が反転、背中から廊下に叩きつけられた。
「カハッ……!」
灰の中に溜まった空気が、否応なく押し出される。ふと見ると、視界内に一人、スーツ姿の男の姿が見えた。黒いサングラスで目元は隠されているが、顔の数か所に出来た切り傷らしきモノを見ると、”ソッチ系”の人間であることは一目で分かった。男は、倒れた琴音の額に向けてトカレフTT-33自動拳銃を向けている。
「ったく、手こずらせやがってクソガキがッ……!」
ドスの効いた声で呟く男。遠方ではまだ銃声が聞こえる。リサはまだ、戦っているのだろうか。
「兄貴、あっちの女はどうします? まだ抵抗してますけど」
兄貴、と呼ばれた、今琴音にトカレフを突きつけている男に部下らしき奴が話しかける。
「あァ? 生かして捕らえろって言われたのはコイツだけだろ? なら別に殺してもええやろ」
――殺す? リサさんを? そんな、馬鹿なことを。あの人は、凄腕の狙撃手で、私なんかじゃ歯が立たないような人で……
意識が朦朧としてきた。先程投げつけられた時頭でも打ったのだろうか。それとも疲労からだろうか。もう、そんなことすら分からなくなってきた。
「ッ!? 誰だテメェはァッ!?」
銃を向けていた男が、突然琴音に背を向けたかと思えば叫んでいた。数回の発砲音。顔の近くに、空薬莢が一つ降ってきた。黄金に輝く真鍮の放つ熱気が、微かに伝わる。
「な、なんだコイツ!?」
叫ぶ、兄貴と呼ばれていた男。次の瞬間には、彼の胴体が袈裟斬りの如く真っ二つに分かれていた。断面から瞬時に鮮血が物凄い勢いで噴き出し、辺り一面を汚していく。崩れ落ちた胴体下半分から、欠けた臓物が床へとだらしなく垂れ下がっていた。琴音の頬に、生暖かい感触。噴き出した血が、少しかかったみたいだ。
「ひぃぃっ、兄貴ィィッ!!??」
部下の男が叫ぶ。数瞬後には、彼も、慕っていた”兄貴”と同じように切り裂かれた肉塊へと変貌してしまった。
視界の端に映る、どこかで見たような、小柄で、和服のような布を身に纏った影。段々とぼやけてきた視界では、詳細なことまでは分からない。ただ、その影が一振りの、白銀に輝く刀を逆手に持っていることだけは分かった。
「かい……と……」
薄れゆく意識の中、琴音が無意識に呟いたのは、十年前、そして数か月前も、自分を護ってくれた男の名だった。
「死になァ、”黒の執行者”ァッ! ここがテメェの墓場だァ!!」
目の前に立つ男、武部 直人は、自らの従える二十数名の部下に命じ、今まさに、戒斗達を撃たせようとしていた。もうどうすることも出来ない。自らの死は、避けようのない運命だと、戒斗は直感的に、その事実を理解してしまった。
(畜生、こんなところでッ!!)
胸の奥で叫び、瑠梨を空いた左腕で半ば吹っ飛ばすような形で自らの背後へと追いやる。せめて、コイツだけでも……!
生存を諦めた戒斗は眼を閉じ、自分の身体へと殺到してくるであろう銃弾を待つ。
「浅倉は頼んだぜ、親父……」
呟く戒斗。恐怖は不思議と無かった。どちらかといえば、悔いの方が大きい。浅倉をこの手で葬れなかったこと、瑠梨に弟の復讐をさせてやれなかったこと。そして――琴音を最後まで、自分の手で護り切れなかったこと。
戒斗が眼を閉じ、何秒過ぎただろうか。一秒にも満たない時間が、永遠のように長く感じる。しかし、幾ら待とうが、自分の肉体を弾が貫いた感触はない。――流石におかしい。
「が、ぐ、あ……」
どこからか、断末魔が聞こえてきた。ふと目を開けると、キャットウォークに立ち、二人に自動小銃を向けていたスーツ姿の男達の内一人が、胸から白銀に光るナニかを生やしているのが視界に映った。そのナニかから、溢れ出る紅い液体。ふと周囲に注意を逸らすと、周りの男達も、武部ですらもうろたえたように凝視していた。
男の胸から生えていたナニかが、唐突に奥へと引っ込んでいった。くずおれる男のスーツは血に濡れている。その奥に立つ、小さな影。戒斗は、何故かその影に見覚えがある気がした。
「テメェッ!! どういうつもりだッ!!」
叫びながら一斉に各々の銃を戒斗達二人から逸らして、その影へと向ける男達。
「オイオイ冗談よしてくれよ、なァ? お前、俺達の味方だろ?」
言う武部は薄ら笑いを浮かべてはいるものの、どこか引きつっている。彼にとってもこの状況は想定外、ということだろう。
その影は応えることなく、無言のまま地を蹴る。どうするかと思えば、壁を蹴り、宙を舞って手近なキャットウォーク上の男へと飛びかかった。風圧でなびくその忍者装束めいた服と、顔半分を覆ったマフラー状の長い布、後腰に差した鞘と、右手で逆手に持つ日本刀。戒斗は以前、この謎の乱入者を見たことがある。
「く、来るな来るなぁ!」
上方から迫り来る影に短機関銃の銃口を向け、、必死の形相で乱射する男。しかし当たりはしない。殺到する拳銃弾なぞ気にも留めず、逆手に持ったその刀の切っ先を一直線に下へと向けたまま、男へと飛びかかった。
「――!」
無残にも喉に突き刺さったその刀。男は声門をやられたのか、声にならない叫びを上げて倒れる。この戦い方、確かに見覚えがある。ああそうだ、あの時、”龍鳳”でッ――!
確信した戒斗の、開かれた双眸に絶望の色は無い。瞳の中で燃え盛るのは、純粋な闘志のみ。
「今がチャンスだ瑠梨! 着いて来いッ!」
走り出す戒斗。それに気づいた男の一人がこちらにトカレフ自動拳銃を向けるが、そんな亀のように遅い反応に後れを取る戒斗ではない。すぐさまAA-12自動散弾銃を向け、一発だけ発砲。殺到する散弾は、男の手足と頭部をぐちゃぐちゃに引き裂いた。崩れ落ちるその身体は、既に生命活動を停止した肉塊。生々しい音を立てて床に血染みを作ったソレの近くに滑り込む戒斗。狙いは、床に落ちている、数秒前まで戒斗が銃口を向けられていたソ連製自動拳銃、トカレフTT-33。
ブーツのゴム製靴底が滑り込みの勢いを止めようと、物凄い勢いで削れていくのが分かった。AA-12を左手に持たせ、空いた右手でトカレフを回収。撃鉄が起きたままのソレを取り、よく落ちた時に暴発しなかったな。と胸の奥で呟く。滑り込んだ姿勢のまま手近な敵に照準を合わせ、頭に一発、胸に二発、7.62mmトカレフ弾を叩き込む。倒れる敵を気にも留めず、次の敵へと狙いを定める……が、既に首から上が無かった。頭部のない肉塊を蹴り飛ばして奥から現れたのは、豪華客船”龍鳳”で戒斗と死闘を繰り広げた忍者の姿だった。咄嗟に戒斗は、左手に持ったAA-12自動散弾銃の銃口を忍者へと向ける。
「ヘッ、どういうつもりかは知らねぇが……このクソ野郎共が俺達にとって共通の敵なら、一旦休戦にした方がお互い得じゃねえのか?」
立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて呟く戒斗。その間も、片手でマカロフを連射。次々とスーツを身に纏った男達を物言わぬ死体へと変貌させていく。
戒斗の提案に、ただ頷く忍者。明るいところでじっくりと、互いを見合うのは二度目だった。やはり忍者は、少女だった。見たところ、身長は150cmとちょっとあるぐらい。右手には相変わらず、逆手で握った日本刀型の高周波ブレードが妖しく輝いている。
敵からの銃撃。戒斗と瑠梨、忍者の三人は咄嗟に大きく張り出した鉄骨の柱の陰へと飛び込む。
「承諾ってことで、勝手に解釈させてもらうぞ」
言う戒斗の右手に握られたマカロフは、スライドが下がったまま止まりホールドオープンしていた。弾切れのマカロフを乱雑に投げ捨て、戒斗はAA-12を右手に持ち直す。
「瑠梨はそこのコンテナの陰にでも隠れてろ。ここは俺達で片づける」
瑠梨は「わ、分かったわよ」とだけ言って、戒斗達の真後ろ、一つだけ倉庫内の壁際に置かれていたコンテナの陰に身を潜めた。戒斗と忍者の少女が居る位置は、丁度双方の扉から等距離ほどの位置。つまり倉庫の中心付近。更に付け加えるなら壁際。残る敵はおよそ十五、六人。キャットウォークの奴等は脇目に見ていた限りではこの少女が全て片づけたのだろう。
「……これを」
唐突に、戒斗の左側に立つ少女はどこからか取り出した一挺の自動拳銃を戒斗に手渡す。拳銃とは言いにくいほど大きいソレの、後端から大きく突き出した円筒状の物体が、特に目を引く。戒斗はAA-12を右手と脇で支え、腰だめ撃ちの姿勢で保持しつつ、左手で受け取る。
「キャリコM950A機関拳銃か……良い趣味してるな。ありがたく受け取っておこう」
AA-12のグリップを掴んだ右手の親指と中指でコッキング・ハンドルを引き、初弾装填。後端まで突き出した円筒状の物体は、螺旋状に弾を保持する特殊弾倉、ヘリカル・マガジン。長さから見て、恐らく百連発のモノだろう。9mmルガー弾を百発収めるキャリコを見た戒斗は、少し頼もしく感じた。少女が自前でわざわざ持ってきたのか、それともここの連中から奪ったモノなのか。それは知る由もないが、弾薬の心もとない現状では特に助かる。
「なぁにをやってるんだ馬鹿野郎共ォ! さっさと奴等を殺せ! 殺すんだよ! あの忍者もどきも殺していいからさぁ! さっさとするんだよぉ!!」
叫ぶ武部。明らかに平常心を欠いていた。敵戦力は減り、指揮官は錯乱し、弾は豊富にある。それに隣には、敵にするとおっかないことこの上無いが、味方にしてしまえばそこいらの傭兵の数倍は頼れる忍者少女が居る。――この戦い、勝てる。戒斗は確信した。
「さて、そろそろ行きましょうかね……お前さんになんの事情があるかは知らんが、少なくとも、コイツらを皆殺しにするまでは信用しよう。――背中は任せたぞ」
「――御意」
フッ、と笑う戒斗。見ると、少女の目元が揺らいでいる。彼女も、微かに笑っている気がした。
「さぁ、ペイバック・タイムだ! クソ野郎共ォォォッ!!」
叫ぶ戒斗は右手にAA-12自動散弾銃、左手にキャリコM950A機関拳銃を構え、いつも通り無言の忍者は右手にはいつものように逆手持ちの日本刀型高周波ブレードを、左手にはクナイを持ち、身を潜めていた柱から躍り出た。




