表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第三章:サイバーワールド・アヴェンジャー
18/110

それぞれの想い、錯綜する”意志の銃弾”

「ハッ、ハハハハッ!! コイツはたまげた。すげえよ琴音ぇ!」

 自宅兼事務所から少し離れた場所にある小高い山の奥、川岸の岩場で琴音の狙撃を眺めていたリサは、透き通る声で高々と笑いだす。先程まで容赦なく発破していた爆薬の独特な、焦げた臭いが二人の鼻腔を刺激する。

「別に私は何もしてなんかいませんよ。リサさんに言われたことをこなしただけです」

 立ち上がり、琴音は言う。謙遜してはいるが、その表情はやはり嬉しそうに綻んでいた。

「いやいや、やっぱお前には天賦の才がある。今確信した! 才能があるとは思っていたが、まさかここまでとはなぁ! そのうち追い越されちまうかもなぁ、ハハハハッ!!」

 本当に愉快だといった感じで、高らかに笑いながら肩を叩いてくるリサを、苦笑いしつつ受け入れる琴音。ふと何気なく、先程自分が撃っていた缶が置いてあった方向を見ると、大きな影がこちらに少しずつにじり寄ってくるのが見えた。少なくとも、人間ではないだろう。

「ねぇリサさん? アレ何だと思います?」

 気になって尋ねてみる。リサは迫ってくる影を視界内に捉えるなり、今まで浮かべていた屈託のない笑顔の表情が崩れ、神妙な顔つきになっていた。

「あー、まずいなこりゃ……ありゃ熊だ。間違いねえ」

「熊ぁ!?」

 熊。文字通り、山に棲む生物のことである。ハンターの大敵だ。下手をすれば、数人がかりで襲い掛かっても返り討ちに逢う恐れがあるほど。熊による死亡事件は、たまに新聞やニュースでも取り上げられるほどだ。種類はよく分からないが、強靭で恐ろしく、油断ならない生物であることは間違いない。

「下がってろ……と言いたいところだが、コイツじゃ心もとないか」

 咄嗟にリサは腰に吊るした革製ホルスターから、骨董品クラスのドイツ製自動拳銃モーゼルC96を抜く。しかし、これが用いる弾の威力では熊相手には非力とリサは判断し、ホルスターに再度収めてから琴音を連れて、二人がここまでの移動に使っていた四輪駆動のRV車の元へと駆けていく。後部ドアを開け、中から長大なジュラルミンケースを取り出すリサ。中に収められていたのは、長大な銃身と、明らかに重量がありそうな機関部、弁当箱のように巨大な箱型弾倉だった。どうやらライフルが分解して収められているらしい。リサはそれを慣れた手つきで次々組み上げていき、最後に弾倉にこれまた巨大な弾を一発装填、銃床付近にある機関部へと収めた。リサが仰々しいソレを持って立ち上がる頃には、熊は僅か5m程の距離まで接近していた。威嚇のつもりか、後ろ足だけで立って腹をこちらに見せている。その大きさは、2m以上あるだろう。硬そうな茶色い毛皮に覆われた皮膚は、確かにモーゼルC96の小口径拳銃弾如きでは大した効果も得られないだろうと琴音は直感的に理解する。

「コイツの名はバレットM95。ブローニングM2重機関銃用の.50口径をブッ放す頭のイカレたライフルさ。ロクに零点補正ゼロインもしちゃいねえが……こんだけ至近距離だ。メクラ撃ちでも当たらぁ」

 伏せてな。リサは琴音に促し、立ったまま、腰だめでM95の銃口を熊に向ける。長大なエジェクション・ポートから伸びるボルトハンドルを握り、前後させる。重々しい金属音を立てて稼働するボルトが巨大な12.7mm弾を薬室チャンバーに装填。同時に撃針ファイアリング・ピンが圧縮され、発射準備は整った。銃の後部、銃床の、丁度頬付けする位置の真下に機関部が据えられているブルパップ式という方式が採用されているため、操作がやりにくくて仕方ない。

 牙を剥き出しにして今にも襲い掛かろうとしている熊。適当に、この辺だろうとアタリを付けて、重苦しい引き金をゆっくりと絞っていく。

 発砲。銃口付近に据えられた巨大な銃口制退器マズルブレーキから凄まじい発砲炎マズル・フラッシュが噴き出す。巨大な衝撃波が、地面から土埃を舞い上がらせる。肉厚の銃身は野砲のように後退してショート・リコイルを行い、.50口径の強烈な反動を抑制。雷鳴のような凄まじい発砲音と共に放たれた大質量の12.7mm弾は音速で熊へと飛来し、その胴体に直撃。毛皮と肉を容赦なく裂き、強靭な骨を断裂させていく。あまりの衝撃に肉体が耐えられなくなったのか、袈裟斬りにされたかの如く熊の身体は瞬時に裂け、四股はそれぞれ明後日の方向へと千切れ飛んでいく。重力に従い、崩れ落ちる頃には既に原形は無く、先程まで牙を剥き出しにしていた熊の身体は肉片と血溜まりへと変化していた。辛うじて原形を残している頭の破片から漏れ出す脳漿が、12.7mm弾の威力を如実に表わしていた。

 指示に従い、リサの足元に伏せていた琴音はその惨状を見て、言葉を失っていた。この距離だというのに飛来した熊の返り血が、琴音の陶磁のように透き通った白い頬を軽く汚している。

「ハハッ、どうだぁ! 私に歯向かおうとしたテメェを呪いなぁ!」

 叫ぶリサは、眼が据わっていた。アドレナリン全開といった感じだ。

「ねぇリサさん、ちょっといいかしら……?」

 立ち上がり、リサの背後に立った琴音は静かに呟く。

「おぅ、なんだぁ!?」

「――なーにやってんですかぁ! こんなミンチにしちゃ駄目でしょうっ! あーもう、折角良い夕飯になると思ったのにぃー!」

 スパーンと、何故かRV車に入っていたスリッパで叩かれるリサ。頭に昇っていた血が一気に引いた彼女は、目が点になったように大口を開けて琴音を凝視していた。

「な、なぁ琴音? 良く聞こえなかったんだが、もう一回言ってくれないか?」

「だーかーらー! 折角夕飯熊肉にしようと思ってたのにリサさんがあんなミンチにしちゃうから! 殆ど食べる場所無くなっちゃったでしょう!?」

 思わず溜息を吐くリサ。ああ、このもある意味立派に成長したんだな。うん。一般人の発想からはかけ離れているが。

(ああ、そういえばこの、発想が斜め上なんだっけ)

 琴音が弁当に素麺を持ってくるという事件をこの間戒斗から聞かされていたリサはそれを思い出し、なんとなく納得してしまった。普通弁当に素麺とか目の前の熊見て夕飯なんて発想出ねーよ。口に出しそうになったのをなんとか抑えて、リサは心の奥でそっとぼやいた。





 同時刻、”ストラーフ・アーモリー”の射撃場シューティング・レンジに、二つの影があった。戒斗と瑠梨の二人だ。瑠梨はその小さく華奢な手におよそ似つかわしくない、細身の自動拳銃スタームルガーMk.Ⅱを持っていた。

「まずは弾を込めた弾倉をグリップの底に押し込むんだ」

 戒斗に言われるがまま、瑠梨は.22口径が込められた細身のシングルカーラム弾倉を装填。続く指示に従い、銃後端のボルトを操作、初弾を薬室チャンバーに送り込む。

「よし、そのまま前に突き出してみろ。肩の力は抜いて、リラックスした感じで狙うんだ」

 戒斗は瑠梨の両の手をそれぞれ上から握り、かつて琴音にそうしたように、後ろから抱きつくような形で射撃姿勢を教えてやる。突然のことにドキッとしたのか、身体を強張らせ硬直し、頬を赤らめる瑠梨。

「ん? おいどうした?」

 硬直した瑠梨に戒斗が不思議そうに声をかけると、瑠梨はハッと我に返って首を二、三度横に振り、「な、なんでもないわ……」と小声で呟く。

「? まあいい。それで、両目で狙いを付けて……引き金をゆっくり、確実に引き絞っていけ」

 戒斗の指が添えられた人差し指を、瑠梨はゆっくりと引いていく。

 .22口径の小さな、しかし経験のない瑠梨にとっては身を震わせるように大きく感じる発砲音が響き、反動が瑠梨の身体を襲う。反動の受け流し方があまり身についていないのか、少し後ろにたたらを踏んでしまう。転びそうになるが、戒斗の身体が後ろにあったのが幸いしてか、何とか後頭部を戒斗の胸に沈める程度で済んだ。

「おっ、大丈夫か?」

「ええ、なんとかね……」

 身体を元の位置に戻し、再度構える。

 引き金をもう一度、同じように引き絞って発砲。今度は反動を受け流せた。10mの彼方で、金属製のターゲットに.22口径弾が当たって弾ける軽快な金属音がした。

「よし、今みたいな感じだ。今度は自分一人でやってみな」

 言って戒斗は手を放し、瑠梨から離れる。

 教えられた通りの射撃姿勢を作り、しっかりと両目でターゲットを見据えて、構える。大丈夫だ、私ならできる……

 引き金を引き絞り、発砲。先程より大きな反動に襲われ、戒斗がある程度受け止めていてくれたことをふと瑠梨は実感する。少し腕が流されるが、何とか踏ん張り反動を受け止めた。ターゲットから金属の衝突する音が聞こえる。命中だ。

「やるじゃないの。そのまま、どんどん撃って感覚を身体に染み付かせるんだ」

 その後もどんどん発砲。その度に着弾点は段々中央へと纏まっていくのが分かり、少し嬉しい。

 唐突にボルトがホールドオープン。後ろに突き出したボルトハンドルが、瑠梨に弾切れを知らせていた。さっき教わった通り、空になった弾倉を排出して射撃台の上に置き、新しいフル装填の弾倉をグリップ底部から一気に押し込む。左手で突き出したボルトハンドルを少し引いて放すと、スプリングの力でボルトは元の位置へと戻っていく。その道中、新たな.22口径弾を弾倉から一発拾って薬室チャンバーに装填。射撃準備は整った。

 同じように、金属製ターゲットに向かって次々弾を放つ瑠梨。少し後には、狙っている相手が金属ターゲットからあの男に変わる……。自分が、自分自身の手で奴の息の根を止める。そう思うと、自然と手が震えてきた。――本当に、私なんかに出来るのか?

 段々着弾点がバラけてくる。落ち着け、落ち着け私。こんなことじゃ駄目だ。しかし想いとは裏腹に、手の震えは止まらない。

 ふと、頭頂部に重く、暖かな感触を感じた。思わず振り返ると、そこに居たのは戒斗。左手を瑠梨の頭の上に載せて、普段通り冷静な、それでいて優しげな眼でこちらを見ていた。

「不安か?」

 静かな、いつも通りの調子で口を開く戒斗。

「不安……そうね、そうかもしれないわね。こうして練習を重ねれば重ねるほど、目の前の的にアイツの、武部の影が重なって見えてくる。そしたら段々怖くなってくるの。私は本当に、アイツを殺して、曽良そらかたきを、討てるのかって」

「そうか。ま、不安になるのも仕方ないか。今まで人を撃ったこと、ないんだろ?」

「あるわけないでしょう……もしあったらとしたら、今こんなに苦労してないわよ」

 瑠梨の放ったその言葉を聞いた戒斗は、「ハッ、それもそうだな」と言って笑い、ワシャワシャと瑠梨の髪をまさぐる。

「ちょ、ちょっとやめなさいよっ」

「ああ、すまんすまん。その不安、少しでも無くしたいか?」

 問いかけに、出来ることなら。と瑠梨は答える。

「そうか。だったらやることは一つ。当日まで出来る限り多く練習を重ねておくことだ」

「? それだけ?」

「ああ、それだけだ。俺の勝手な推測だが、その不安は経験の無さから来ているモノだと思う。かつては俺もそうだったからな。傭兵になりたての頃、俺は不安で不安で仕方がなかった。本当に俺が浅倉をブチ殺して、母親のかたきを討てるのかってな」

 だから俺は毎日コイツを弄り回してた。少しでも不安から逃れるためにな。戒斗はホルスターからミネベア・シグを抜き、眺めながら呟く。

「ま、何が言いたいっかってと、練習しろってこった」

 再度ワシャワシャと髪をまさぐり、戒斗は笑い交じりに言う。

「だからやめなさいってばぁ!」

「ああ、なんかこう、触ってて楽しいんだよなお前の髪。なんでか知らないけどさ」

 そう言いつつ、髪をまさぐるのをやめようとしない戒斗。瑠梨はいい加減観念したのか、ハァと一度溜息を吐くともう抵抗しなくなった。

「安心しな。たかが.22口径の弾代ぐらい俺が持ってやるよ。それにな……」

 戒斗は今まで弄っていた左手を唐突に桃色の髪から放すと、瑠梨の頭を軽く掴んで胸の方へと抱き寄せる。それと同時に響く銃声。金属製ターゲットから、今までとは比較にならないほど大きな音が木霊した。宙を舞う9mmルガーの空薬莢。自分のすぐ近くから漂う火薬の臭いが、瑠梨の鼻腔をくすぐった。

「――お前の背中は俺に任せろ。さっきも言ったろ? お前は、目の前のかたきにだけ集中すればいい」

 その後、”ストラーフ・アーモリー”の射撃場シューティング・レンジに、.22口径と9mmルガーの、二つの銃声が響いた。





 数日の時が流れ、時刻は午後六時。戒斗、琴音、リサ、瑠梨の四人は再び自宅兼事務所のリビングにつどっていた。いつもは紅茶のティーカップが置かれるテーブルに、今は大きな地形図が拡げられている。

「作戦の最終確認に入ろう」

 言って戒斗は一歩前に進み出て、地形図を指で差す。

「まずはチーム分けだ。俺と瑠梨が実働部隊。つまり殴り込みだな。琴音とリサは狙撃銃スナイパー・ライフルを使っての監視と、狙撃支援を頼む」

 戒斗の言葉に頷く一同。

「会合が始まるまで、俺と瑠梨は近くに停めたバンの中で待機。二人はこの間使った廃ビルから監視を頼む」

 あの後、狙撃チームの二人を現地に向かわせて狙撃ポイントの選定を行ってもらったのだが、視界の広さや射線、位置の高さや秘匿性の観点から、この間瑠梨をおびき出した時に琴音が使った廃ビルが一番いいということが判明していたのだ。

「会合が始まり次第、狙撃チームは目標の確認。可能ならば周囲の護衛の数、装備も報告してもらいたい。その後確認が終わり次第、適当な護衛を狙撃で排除してくれ。それを合図に、俺達二人はバンから飛び出して突撃する。何か質問は?」

 言うと、琴音がはい、と軽く手を上げる。

「対応力を考えるとやっぱ自動式の狙撃銃スナイパー・ライフルの方がいいかな? 後減音器サプレッサーの必要も」

「ああ、出来れば自動小銃で対応して貰いたい。敵の数が分からない以上、多くを素早く殲滅できる装備の方が良いからな。減音器サプレッサーは必要ない。思いっきり強装弾を使ってくれていい」

 戒斗の言葉を聞き、納得したと言わんばかりに頷く琴音。

「それと今回、リサは観測手兼護衛を頼みたい」

 琴音は驚いたような表情を見せるが、当のリサ本人は最初から分かっていたという風な顔だ。

「――ああ、分かってるさ。琴音の実力を見たいんだろ?」

 不敵な笑みを浮かべてリサは言う。

「いや、まあそれもあるが……さっきも言った通り、敵がどれほどの戦力を用意してるか分からん。万が一を考慮して、狙撃手を安全に退避させられる状態にしておきたい」

「それなら、狙撃手はリサさんの方が良いんじゃないの?」

 不思議そうに琴音は言う。まあ確かに、普通に考えればそうだ。リサの実戦経験と実績は琴音の比ではない。

「さっきも言っただろ? ――琴音の実力が、どうしても見てみたくてな」

 それに、実戦を経験した方が上達も良くなるしな。リサも言ってただろ? と戒斗は続けて言葉を放つ。

「よし、他に質問は?」

 再度問いかけるが、誰も手を上げそうにない。異議なし、ということか。

「今から四時間半後、午後十時半にここを発ち、午後十一時丁度に作戦開始とする。細かな伝達なんかは配った無線機とインカムで頼む。それじゃあ解散。この作戦、必ず成功させるぞ」

 戒斗の、熱い意志の籠ったこの言葉を皮切りに、”武部貿易組長、武部たけべ 直人なおと暗殺作戦”の火蓋は切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ