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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第三章:サイバーワールド・アヴェンジャー
17/110

誰が為に、何の為に”汝は銃を取る”

 夏の朝。カーテンの閉められていない窓から容赦なく差し込む陽の光が、戒斗の自室を照らしていた。締め切っているにも関わらず、外でやかましく鳴く蝉の声が部屋にまで響いていた。

「……」

 ミシリ、と、フローリングのが軋む音がする。床に敷いた布団で寝ていた戒斗の意識は否応なく覚醒し、目を閉じたまま周囲の状況を確認する。敵か? 暗殺者の類か? どちらにせよ、自分を殺しにきた相手である可能性は否定できない。音からして、恐らく敵は一人。素人かそれに近い人間だろう。目を閉じたまま、ゆっくりと、寝返りを打つように自然な動作で、右手をそっと枕の下に滑らせる。そこには確かな硬い感触があった。枕の下に隠しておいたドイツ製小型自動拳銃、ワルサーPPKのグリップをゆっくりとだが確実に握り込む。この間豪華客船”龍鳳”で使ったモノを香華に回収してもらい、万が一の為にこうして常備しておいたのだが、意外と役に立つもんだ。まるでスパイ映画の主人公みてえだな。と戒斗は内心呟いて笑う。

 スライド側面の安全装置セイフティを解除し、撃鉄ハンマーを起こす。寝息を立てるように数回深く呼吸し、全身に酸素を行き渡らせる。若干寝ぼけていた思考も、完全に回復した。敵もこれ以上近寄ってくる気配はない。――いける。戒斗は意を決して飛び起き、枕の下から引き抜いたワルサーPPKの銃口を誰とも知れない侵入者に向ける。

「俺を殺ろうなんざ百万年早えんだよ、このド素人……が……?」

 勝ち誇った様に言い放ったが、銃口を向けた相手の顔を見るなり言葉に詰まった。その相手は150cm強の小柄な身体を後ずらせて、驚きと困惑の視線をこちらに送ってきている。目を引く桃色のツインテールが、エアコンの微風に少しだけ揺れていた。

「アンタねぇ……一体どういうつもりなのよ」

 立っていたのは、依頼人、あおい 瑠梨るりだった。戒斗はハァ、と溜息を大きく吐いて、デコッキング・レバーを兼ねた安全装置セイフティを操作。撃鉄ハンマーを安全に元の位置に戻して、PPKを枕に投げ捨てる。

「あのなぁ……下手に気配殺されると警戒するからやめろって、言わなかったか?」

「そんなこと一言も言われてないわよ。それより今何時だと思ってる訳?」

「さぁ? 九時ぐらいか?」

 言って戒斗は壁掛け時計を見る。その短針は12の位置を、長針は30の位置を示していた。ありゃ、寝過ぎたか。とぼけたように呟く。

「ところで、琴音はどうした?」

「私が来てすぐに、大きな荷物背負ってあのおっぱいお化けとどっか行ったわ」

 呆れたような口調で言う瑠梨。多分彼女が言う”おっぱいお化け”ってのは十中八九リサのことだろう。にしても酷い言い方だな。いや確かに化け物みてえな胸してるけども。

 一度大きな欠伸をし、戒斗は布団から起き上がるとまっすぐ洗面所へと向かっていく。冷水で顔を洗う。冷たい水道水が顔の皮膚を刺激し、未だ眠っていた神経を叩き起こした。タオルで濡れた顔を拭ってリビングに戻ると、ソファに座った瑠梨がTVを眺めながら、恐らく家を出る前に琴音が出していったであろうティーカップで紅茶を啜っていた。

「ねぇ戒斗?」

 キッチンで適当なパンを探していると、瑠梨が唐突に話しかけてきた。

「なんだ?」

「結局、具体的に作戦はどうするつもりなのよ」

 ああ、そのことか。食パンを一枚口に咥えて戻り、ソファに腰掛ける。

「もの凄く簡単に言えばこうだな。俺達二人はこの前みたいに隠れておく。奴らが来る。琴音とリサが狙撃支援を開始すると同時に突っ込む、追い詰める、お前が武部にトドメを差して終わり。こんなところか」

 あの後一晩かけて作戦を練ったが、やはり焦点は”どうやって瑠梨自身の手でケリを付けさせるか”だった。狙撃で仕留めるのが一番手っ取り早いが、.22口径すら触ったことがないド素人な上に、狙撃を仕込む時間もない。かといって突っ込むのもリスクが高すぎる上、リサが参加するメリットが見つからない。そこで折衷案として戒斗が提案したのが、今説明した作戦内容だったのだ。琴音とリサの二人で邪魔者及び、瑠梨に危害を与えようとする敵を未然に始末すること。戒斗は半ば保険のようなもので、二人が対応しきれない脅威の排除が目的だ。だが、あくまでも武部にトドメを差すのは瑠梨自身。ここが重要だった。

 ”復讐”をどう果たすか。それは戒斗にとっても重要な課題だ。彼にも復讐すべき相手が――浅倉がいる。家族を殺されたという境遇が偶然にも琉梨に似ていたからか、戒斗はそこにだけは特別拘っていた。復讐は、自分の手で成してこそ意味がある。それが彼の考えであり、不変のモノだ。その為の、遺骨で作った人工ダイヤモンドを弾芯に練り込んだ特別製の弾。これは彼と父親の、固く誓った復讐の決意の表れだった。

「言ったと思うけど、私銃なんて触ったことないわよ?」

「その点に関してはもう考えてある。とりあえずこっち来てくれ」

 言って戒斗は立ち上がり、瑠梨を連れて玄関付近、洗面所兼脱衣所のすぐ隣にある部屋の前まで来て、施錠されたドアを鍵で開けて中に入る。カーテンの隙間から薄っすらと光差すその部屋には、床は勿論、壁にまで、ありとあらゆるスペースに所狭しと銃器が並んでいた。壁には突撃銃アサルト・ライフル、ボルトアクション式狙撃銃スナイパー・ライフル、汎用機関銃や擲弾発射器グレネード・ランチャーなんてモノまで壁に掛けられている。室内は、武器庫と例えるのに相応しい程、銃器で溢れかえっていた。

「さて、どれにしようかね……」

 ライフルなどが掛けられている床のすぐ真下の棚を引く戒斗。どうやら棚は携帯火器入れらしく、拳銃の類が結構な数収められていた。

「す、凄い数ねぇ……」

 目の前に広がる光景に、思わず感嘆の声を漏らす瑠梨。

「ま、仕事柄どうしても増えてくからな。ホラ、コイツなら使いやすいだろ」

 言って戒斗は、棚から取り出した一挺の細身な自動拳銃を瑠梨に手渡す。ステンレスの金属光沢が眩しいソレを両手で受け取ると、見た目に反して結構重かった。瑠梨は初めて手にするであろう拳銃を、まじまじと眺めている。

「ソイツはスタームルガーMk.Ⅱ。.22口径だから扱いやすいだろ」

「さ、さあ? そんなこと言われてもよく分かんないけど……これを私に渡したりなんかして、どうするつもりなのよ?」

「今日から作戦当日までかけて、なんとかお前が人並みに扱えるレベルにまで持っていくのさ。さて善は急げだ。早速行こうじゃないか」

 戒斗はそれだけ言って、部屋を後にしようとする。瑠梨も後に続くが、言葉の意味が分からないといった様子。

「行こうって、どこによ?」

「ああ、昔馴染みの幼女が店長やってる銃砲店さ」

 戒斗の言葉を聞いた瑠梨は、顔をしかめ、数歩戒斗から後ずさりして離れる。

「アンタ……まさかそういう趣味……?」

「ふざけんなッ! 誰が好き好んであんなのに欲情しなきゃならんのだッ」

 ったく、冗談になってねえぜ。ぼやきながら戒斗はドアの鍵を閉め、元居た方向へ戻っていく。

「ちょっと、どこに行くのよ?」

「決まってんだろ、着替えだよ、着替え。適当にその辺で待ってろ。五分ちょっとで済ませるから」

 ああ、それもそうかと瑠梨は納得。そういえば戒斗は寝間着姿のままだったんだ。





「さて琴音。確か監視用シェルターの作り方までは教えたな?」

 同時刻、所変わって某所山中。以前と同じく、川岸の岩場に野戦服姿の琴音とリサが居た。

「そうですね。実際にやってみて一段落した時に丁度戒斗から電話がかかってきましたね」

「上出来だ。それじゃあ今日は、狙撃手にとって最も重要なことを教えよう。何か分かるか?」

「重要なこと?」

 聞き返す琴音。重要なことと言われたところで、狙撃姿勢、ライフルのコンディション、偽装工作……全てが重要なファクターじゃないのか? 考えれば考えるほど、適切な解答は見つからなくなっていく。

「何、答えは至極簡単だ――何物にも動じない、冷静な思考能力だ」

 リサの放った言葉を聞いた琴音は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに硬直している。確かに、それがなければ狙撃手でも何でもない。

「周りの自然と一体になり、その時が来るまで只管待つ。ひとたび敵が現れれば、風を読み、距離を理解し、重力を考え、状況次第でコリオリりょくなんかの現象も加味して計算し、狙いを正す。引き金に指をかけた途端に、正確無比な狙撃機械へと身体を変貌させ、獲物を仕留める。作戦が終わって帰還を果たすその時まで冷静な判断力を失わないことこそが、優秀な狙撃手の絶対条件であり、無くてはならないモノだ。覚えておけ」

 言葉にじっと、集中して耳を傾ける琴音。リサはフッ、と笑い、立ち上がって遠方を指差す。

「見えるか? あそこに数個、空き缶だが標的を置いておいた。撃ってみろ」

 琴音も立ち上がり、リサの指差す方向を見る。確かに、周りより少し大きい岩の上に点々と、五つほど空き缶が並んでいた。

「あれを撃てばいいんですね?」

「ああそうだ。弾は勿体ないから工場生産品ファクトリー・ロードの奴でいい。やってみろ」

 リサは少し前に、自分の銃に合わせて弾を一発一発手作りすること、ハンド・ロードについても教えていた。その為琴音は自らのレミントンM700狙撃銃に合わせた高精度の弾を持っているのだが、リサはそれではなく、普通に箱詰めされて銃砲店で売っている弾を使えと言ったのだ。

 琴音は適当に安定しそうな場所に伏せ、M700の前方に取り付けた二脚バイポッドを展開。二脚バイポッドと琴音自身の三点で銃を支え、安定させる。ボルトハンドルを引き下げ、内臓弾倉を露出させる。そこにポケットから取り出した7.62mm弾を一発ずつ、排莢口から内臓弾倉へと押し込んでいく。五発全て弾倉に収めた琴音は、ボルトハンドルを前に押して、最初の一発を薬室チャンバーに送り込んだ。レンズを保護するバトラーキャップを指で押し上げ、解放したスコープを覗き込む。先程の目測は、ここからおよそ50m。風は南向きの向い風。好都合だ。零点補正ゼロインは25mの距離、300mでレティクル中央に着弾するように調整した。風に関しては向い風の為対して気にする必要はないので、距離と、零点補正ゼロイン距離のみを意識しつつ狙いを修正する。まずは一番左端の缶から。コーヒーの空き缶であろうソレをスコープ内に見据え、ゆっくりと、人差し指に添えた引き金を落としていく。

 雷鳴のような火薬の破裂音と共に、琴音の肩を7.62mm弾の反動が襲った。しかし琴音は動じない。その眼はしっかりと、音速のフルメタル・ジャケット弾を放った後も標的をスコープ越しに見据えていた。着弾。小気味良い音と共に空き缶が宙に舞い上がる。命中だ。

 琴音はすぐさまボルトハンドルを前後させ、排莢、次弾装填、撃針ファイアリング・ピンの圧縮を行い、次の発砲に備える。宙を舞う真鍮製空薬莢が岩を跳ね、軽い独特な金属音を奏でるのが聞こえた。

 次の標的は、すぐ隣の、今度は紅白の目立つ色をしたコーラの空き缶。風向に変化は無し。先程と大体同じぐらいの位置に狙いを合わせて、人差し指を引き金に掛ける。

 琴音が発砲しようとした瞬間、リサはニヤリと口を歪ませ、手元のリモコンを操作した。瞬間、標的の少し後ろで舞い上がる爆炎。爆薬の破裂する音が山中に木霊する。

「――ッ!?」

 突然の事態に驚いた琴音の右手は、思いがけないブレを発生させた。その影響か、銃口から放たれた7.62mmフルメタル・ジャケット弾は明後日の方向へと飛んでいく。

「気にするな! さっきも言っただろう、何物にも動じるな!」

 ハッと我に返った琴音は、数日前にリサが言っていたある言葉を思い出す。

 ――これはあくまでも私が見つけ出した方法で、一般論ではないんだが……撃つ前に一言、決まり文句みたいなのを呟くと良いぞ? いや別に格好つけるわけじゃないんだがな。ある種の自己暗示のようなもんだ。自分は正確無比な狙撃兵器である、自分はこの狙いを外さない。ってな感じでな。意外とこれが使えるんだ。どんなに動揺した時でも、その一言で一気に冷静になって標的を撃ち抜けるんだこれが。

 そういえば、聞いてから自分なりに一つ、決まり文句を作っていたんだった。”ラビス・シエル”の正体が瑠梨だったりとかで色々あってすっかり忘れてたけど、あの時も私は使ってたじゃないか。”思考を一気に引き戻す一言”を。

 そのことを思い出した琴音は、再度空き缶に狙いを定める。零点補正ゼロイン位置のみを考慮し、微調整。今度は、外さない。

 リサが連続してリモコンを操作。今度は空き缶群と自分たちの間、僅か15m程のところで小規模な爆発。大気が爆発の衝撃波で震えるのが肌で感じられた。

「――私の放つ”サジタリウスの矢”は、決して貴方を逃がしはしない」

 そう、これが琴音の考え出した決まり文句。われは正確無比の狙撃兵器である。われは決して、狙いを外しはしない。この山を包む自然と自分が、一体となったような気がした。われが放つは神話の矢、”サジタリウスの矢”。――決して外しは、しない。

 連続して巻き起こる爆発を気にも留めず、琴音は引き金を引き絞る。激しい反動と共に、銃口から音速で放たれる7.62mmフルメタル・ジャケット弾は、琴音の思い描いた通りの弾道を描いて空を切り、アルミ製のコーラ缶に見事命中。大穴の空いた缶は金属同士のぶつかる激しい音を響かせながら宙を舞った。

 命中を確認。すぐさま次の標的へと意識と狙いを移す。ボルトハンドルを前後させて再装填。狙いを付けたと同時に川から水柱が上がる。恐らくはリサが川底にも小規模な爆薬を仕込んだのであろうが、既にそんな些細なことを気にする琴音では無かった。引き金を絞り、発砲。今度も命中。ワンショット・キルだ。もう一度ボルトハンドルを操作している時に、先程一発撃ち漏らした為一発弾が足りないことに気づいた琴音はすぐさまポケットからもう一発弾を取り出し、装填。

「ハハッ……才能があるとは思ったが、まさかここまでとはな」

 爆発にも動じず、冷静に次々と標的を撃ち抜いていく琴音を見て、リサは思わず感嘆の声を漏らしてしまう。正直、ここまでの奴は見たことがない。たった数週間の短期間でここまで成長するとは。彼女はまさしく、数千万人に一人居るか居ないか程一握りの”天才”だ。リサは確信していた。彼女は、近い将来自分を超えるやもしれないと。





 とある店の駐車場へ、重いエグゾースト・ノートを奏でながら入ってくる、サンセットオレンジのボディカラーが眩しい一台のスポーツカー。バックで駐車場に停められたその車から降りてきたのは、”黒の執行者”の異名で恐れられる傭兵、戦部いくさべ 戒斗かいとともう一人、学園では成績優秀な秀才少女で、その実裏では電脳世界で暗躍する天才ハッカー”ラビス・シエル”という二つの顔を持つ少女、あおい 瑠梨るりだった。二人は銃砲店”ストラーフ・アーモリー”の店内へと足を運ぶ。

「うわ、凄い数ね」

 店内に入った途端、驚きの声を上げる瑠梨。銃と無縁な生活を送っていた彼女のこの反応は、ある意味人としては本来正しい反応なのかもしれない。

「そりゃあまあ、要は専門店だしな……おーい、レニアス? 居るなら出てこい」

 瑠梨に言葉を返してから戒斗は、店主レニアスを呼ぶ。

「なんじゃなんじゃ、この忙しい時に」

 店のカウンターの奥から、燃えるような紅いツインテールを揺らして出てくる小柄な少女。彼女がこの店”ストラーフ・アーモリー”日本支店の店主、レニアス・ストラーフその人であった。こんなのでも飛び級大学生だってんだから恐ろしい。

「何だぁ? またロクでもないモノ作ってやがったのか?」

「ロクでもないとはなんじゃ! 日々技術の発展の為にだな――」

 無い胸を目いっぱい張って、脹れっ面ながらも自慢げに話し出すレニアス。その胸の濃尾平野は、リサのロッキー山脈とはエラい違いである。なんて阿呆なことを考えていたら、流石に戒斗は気の毒に思えてきたのでこれ以上考えるのをやめた。

「あーはいはい。射撃場シューティング・レンジ借りるぞ。それと9パラ3箱に、.22口径5箱な」

 9パラ、というのは略で、本来の名前は9mmパラベラム弾。戒斗の使うミネベア・シグや琴音のベレッタPx4なんかが使う9mmルガー弾の別称、というか厳密に言えば正式名称である。”パラベラム”の由来はラテン語で”汝平和を欲さば、戦へ備えよ”とのこと。

「お、まいどー。射撃場シューティング・レンジは自由に使ってくれて構わんぞ」

 弾を買うと一言言っただけで、脹れっ面だった顔が一気に明るくなるレニアス。

「現金なこって……あーおいレニアス? 9パラは後でいいから、.22口径は二箱だけ先にこっち持ってきてくれ」

 店の奥へと戻って行ってしまったレニアスに慌てて声をかける戒斗。奥から「分かった分かったー」と聞こえてきたし、たぶん大丈夫だろう。戒斗は唖然とした表情で二人のやり取りを見ていた瑠梨を連れて、いつも通り射撃場シューティング・レンジへと向かう。

「戒斗……ホントに幼女なのね、店長さん」

「言った通りだろう?」

 そんな会話を交わしつつ、射撃場シューティング・レンジのドアを潜る。戒斗は一番近くの射撃ブースに入り、慣れた手つきで天井から吊るされたクリップにペーパーターゲットを挟み、リモコンを操作する。10m程遠ざけてセット完了だ。

「さて、とりあえず見本……になるかどうかは分からんが、俺が一度撃ってみる」

 そういえば、前にも琴音とこんなやり取りをしたっけか。今じゃ琴音も立派に戦えるようになったし、時が過ぎるのは早いもんだな。戒斗は感傷に耽りながら、まるで日常生活の中でペンを握るように、ごく当たり前と言わんかの如き自然な動作で上着の下に隠したショルダーホルスターからミネベア・シグを右手で抜く。両手で保持し、軽く狙いを付けて引き金を引く。反動と共にスライドが前後し、エキストラクターに弾かれた空薬莢が宙を舞う。チラッと振り向くと、瑠梨は初めて聴く発砲音に驚き、両手で耳を覆ってしまっていた。

「まぁ、音はこんなもんだ。すぐに慣れるさ」

 それだけ言って、戒斗は再度ターゲットに向き直る。今度は連続で引き金を絞り、連射。次々と9mmフルメタル・ジャケット弾が銃口から撃ち出され、スライドは激しく動作。空薬莢が次から次へと舞い、床に落ちては小気味良い音を奏でる。

 最後の一発を撃つと、スライドが後退しきったまま止まり、射手に弾切れを知らせる。戒斗は弾倉交換してからスライドストップを解除、その後デコッキング・レバーを操作して撃鉄ハンマーを安全な位置まで戻してから、再度ショルダーホルスターにミネベア・シグを戻した。

「ま、こんな感じだ」

 振り向いて、瑠梨の方へと戻る戒斗の目に映ったのは、初めて目の当たりにした実弾射撃に怯え竦む瑠梨の姿だった。

「オイオイ、どうした?」

 流石に気になって声をかける戒斗。

「とっ……とてもじゃないけど拳銃なんて私には撃てやしないわよ……」

 あらあら、こりゃ完全に萎縮しちゃってんな。戒斗は困ったといった表情を浮かべて、髪を掻き毟る。

「はぁ。そうは言うけどよ、この間の改造ロボット造るのは抵抗なかったのか?」

 そういえばあの時瑠梨が身を守る為に使った改造ロボットに軽機関銃なんていう、拳銃の数十倍物騒な代物が積んであったなと思い出し、話題を振ってみる。

「あっ、あれは、私の協力者の軍事オタク達に作らせたのよ……!」

「協力者ぁ? お前の正体がハッカーだって知ってる奴居んのか?」

「そうじゃないわ。厳密に言えば”一時的な”協力者。金で雇った連中よ」

 つまりはアレは他人に作らせた奴で、自分は全く関与していないと。

「こんな時に聞くのもアレだけどよ……なんで自分で銃を取って戦おうとしなかったんだ? 素人が物言って申し訳ないが、ハッキングなんて回りくどくて面倒な方法よりよっぽど単純で楽な方法だろ?」

 戒斗の言葉を聞いた瑠梨の身体は、小刻みに震えていた。

「……最初はそのつもりだったわ。でもね、ある時、家にあった拳銃を握った時にね、怖くなったのよ――これを使ってしまえば、私も、曽良を殺した連中と同質の人間になっちゃうんじゃないかって」

「だから、ハッキングなんて手段を取ったのか」

「そうよ。元々私はパソコン触るの得意だったし、さほど苦では無かったわ」

 戒斗はふぅ、と溜息を吐き、ブースの後ろにある自販機に硬貨を入れ、コーラを二本購入。一本を瑠梨に手渡した。

「ほら、とりあえず飲んで落ち着きな」

「……ありがとう」

 自販機横のベンチに腰掛け、コーラ缶を煽る二人。

「俺にもな、復讐しなきゃならん相手が居る」

 唐突に話題を切り出す戒斗。内容は勿論、浅倉あさくら 悟史さとしという男に纏わる、因縁の物語だった。奴を何故追っているか、どうしてここまで執着するのか。――そして、何故遺骨で作った人工ダイヤモンドを練りこんだ弾芯で作った弾なんてモノを作ったのか。

「確かに、銃を使って殺してしまえば、ある意味では同質になっちまうかもな」

 戒斗の言葉に、瑠梨は黙って耳を傾けている。

「でもな、俺は常々こう考えてるんだ。”力は、使い手次第で本質が変わる”ってな」

「本質が、変わる……?」

「そうだ。極端な例だけど、一人は自らの利益の、金儲けの為に。かたやもう一人は、植民地になっている自分の国を解放して、真の自由を勝ち取る為に銃を取る。どうだ? この二人が同質に見えるか? 少なくとも俺には、そう見えない」

「俺だってそうだ。復讐という自分のエゴの為だけに、浅倉を殺そうとしてる。それでも、俺はアイツとは決定的な何かが違う――俺はそう、信じてる」

 立ち上がり、空き缶をゴミ箱へと投げ捨てる戒斗。

「だからそう気負う問題でもないと思うぞ? その、武部だっけ? ソイツがお前の弟をどんな理由で殺したかは知らんが、どうせロクでもない理由だろうよ。そんな奴と、お前みたいな、弟の無念を晴らす為に銃を使う人間とが同質だなんて、俺には考えられない」

「そう、かな……」

「ああ、きっとな。それにな、折角お前が苦労して情報を掴んだんだろ? ここで立ち止まって、もう一度あるか無いかのこのチャンスをふいにするのは勿体ないとは思わないんじゃないか? 大丈夫だ。お前の背中は俺に任せろ。お前はただ、目の前のかたきを討つことだけに、集中すればいい」

 言い終えた戒斗の耳に、フフッ、と瑠梨が笑う声が聞こえた。

「そう……そうね。私は悩みすぎてたのかもしれない。結局、私はおっぱいお化けを使って武部を殺そうとしてたんだから。分かったわ戒斗。私は、私自身の手で、復讐を果たす。――悪いけどその為に、協力してくれないかしら?」

 差し出される瑠梨の小さな手を、戒斗は強く握り締めた。

「了解した。この依頼、”黒の執行者”戦部 戒斗が必ずや完遂させてみせよう」

 笑う彼女の瞳には、先程までの暗い陰は無く、純粋な決意の意志が映っていた。

「おーい戒斗ー。待たせてすまなかったの。何分棚が崩れてきたもんで、掘り出すのに時間がかかってな」

 レニアスが弾の箱を抱えて、ドアを潜って射撃場シューティング・レンジに入ってくる。彼女は二人を見るなり、目を丸くしていた。まあ経緯いきさつを知らなきゃ至極当然の反応か。

「二人とも、何やっとるんじゃ……?」

 怪訝そうに訊いてくるレニアス。戒斗はなんでもねえよ、と適当に返してレニアスの手から.22口径弾の箱を一つ引ったくる。「何をするんじゃ!」と叫ぶレニアスだったが、眼前にクレジットカードを突きつけて「チップも代金に入れといてくれ」と一言告げると物凄いニヤニヤしながら店の方へと駆けていった。ホントに現金な奴だこと。

「さて、面倒な話はこの辺にして、始めるか」

「ええ。よろしく頼むわ。”黒の執行者”さん?」

 悪戯っぽく喋りかけてくる瑠梨の口調は、前よりも少しだけ柔らかくなった気がした。

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