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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第三章:サイバーワールド・アヴェンジャー
16/110

浮かび上がる”瑠璃色の空”

 ――存在しない依頼主、メールアドレスたった一つの連絡先、義賊と崇め立てられるハッカー、”ラビス・シエル”。この不可解な点と点が、戒斗の脳内で確かに、一本の線上に繋がった音がした。

「ああ、大体分かった。悪いな香華、最近頼りっぱなしで」

『別に構わないわよ。私が戒斗にしてあげられることって、これぐらいしかないし……』

「それじゃあ、また何かあったら連絡する。また今日も稽古あるんだろ? 気を付けろよ」

 それだけ言って、戒斗は通話を切る。スマートフォンを再度操作して、リサの連絡先を表示、コールをかけた。

「――ああ、リサか? 訓練中にすまないが、至急戻ってきてくれ」





 数日後、人気のない埠頭の、とある倉庫前にリサは一人で立っていた。いつも通り茶色の革製ライダース・ジャケットにジーンズという服装だったが、背中にウィンチェスターM70を入れたドラッグ・バッグは無い。彼女の金髪は潮風に靡き、月明かりを美しく乱反射していた。

「さぁ、出て来な!」

 誰も居ないはずの、倉庫の奥へ言葉を投げかけるリサ。暫くすると、カツン、カツンと足音が一つ、倉庫の中からリサに向かって一歩ずつ確実に近づいてきた。

 ――姿が見えた。身長は低く、150cm半ばといったところ。意外にも女だった。だが顔は帽子と覆面で覆っていて、誰だか判別がつかない。

「よぉ、やっと出てきたか。”ラビス・シエル”?」

「――何故、私の偽装依頼だと分かった」

 目の前に立つ小柄の女、義賊と呼ばれたハッカー”ラビス・シエル”は、変声機越しの声で言った。その口調は冷淡そのもの。

「何、考えてみれば自然と分かることさ。それよりも、そろそろ本題に入ろうじゃない?」

 ジーンズのベルトに直接着けたホルスターから、古風なモーゼルC96自動拳銃を抜き、銃口を突きつけるリサ。

「何のつもりだ」

「簡単な話だよ。ここで死ぬか、その不細工な覆面を取って素顔を晒すか。その二つに一つってわけだ」

 言っておくが、コイツは私が特別に調整した一品でね。狙いはそうそう外さんぜ? リサは不敵な笑みで吐き捨てるが、当の”ラビス・シエル”は覆面を脱ぐ素振りも見せず、右腕を天に掲げ、一度指を鳴らして見せた。

 倉庫の中から響く、幾多の駆動音。身構えるリサの前に現れたのは、履帯で走行する小型の作業用ロボットだった。だがおかしなことに、本来付いているはずの作業用ロボットアームが外され、代わりにベルギー製軽機関銃M249MINIMIが一挺鎮座している。

「銃を下ろせ。死にたくなければな」

 ”ラビス・シエル”は掲げていた右腕をリサに向け、指で銃の形を作ってみせる。すると、ロボット達の装備するM249の銃口が一斉にリサへと向いた。

「ハッ、何かあると思ったが、まさか機械仕掛けのオモチャとはね」

 笑いながら、リサはモーゼルをホルスターに戻す。

「何がおかしい」

「ヘッ、知らねえよ」

 リサは言葉を吐き捨て、天高く右腕を掲げる。

 ――その瞬間、微かな音と共に飛来した何かがロボットの内一体を貫徹し、沈黙させた。

「ッ!? 何をした!?」

 明らかに狼狽している様子の”ラビス・シエル”。リサは高笑いを上げてから、そこから一歩も動かない方が身のためだ。と忠告する。

 数秒の間を置いて、次々飛来する何かが、ロボット達を確実に葬り、レアメタルの詰まった燃えないゴミへと変えていく。六体用意していたロボットが全滅するまで、二分とかからなかった。その間”ラビス・シエル”はただ、唖然とその様子を眺めているしかできなかった。

 逃げ出そうと後ずさりする”ラビス・シエル”。しかしその後頭部に、冷たい何かが押し当てられた感触。

「――逃げ場なんぞ、あるとでも思ったか? チェック・メイトだぜ、プリンセス?」

 居るはずのない、”ラビス・シエル”の想定外の戦力が、彼女に銃口を突きつけていた。





 数分前。琴音はリサの居る倉庫から220m程離れた所にある廃ビルの一室に居た。このあたりは区画整備などの関係で、廃墟となったビルが多く点在する。その内一つに琴音は陣を構えていた。いつも通りの私服だが、手に持っているのは減音器サプレッサー二脚バイポッド、狙撃用スコープを装備した自動小銃、スプリングフィールドM21だった。室内を舞う埃が、取り付けたリューポルド社製スコープに降り積もる。琴音は室内に元からあった適当なテーブルを幾つか組み合わせ、そこに寝そべって伏射の構えを取っていた。二脚を立てて安定させたM21のスコープを覗き、既にガラスの無い窓枠越しにリサの姿を捉える。彼女がホルスターから自動拳銃を抜くのが見えた。その先を見ると、小柄な少女が一人、立っている。恐らく彼女が”ラビス・シエル”本人だろう。リサの予測が正しければ、彼女はなんらかの行動に出るはずだ。リサに向かう脅威を排除することこそが、ここでスプリングフィールドM21を構える琴音の役割だった。リサ曰く、既に狙撃手としてある程度のレベルには達していたし、問題はないだろうと。自信はないが、彼女にそう言われたなら間違いないだろうと、琴音はこの役割を買って出たのだった。

 ”ラビス・シエル”が腕を天に掲げる。案の定、倉庫の方から何か出てきた。意外だったのは、それが兵士ではなく、作業用ロボットを改造したモノだったこと。軍用の戦闘ボットを投入されたらどうしようかと思っていたが、作業用ロボット程度の装甲ならコイツに装填した7.62mm弱装弾でも問題はない。琴音は、リサの射撃開始の合図である”右腕を宙に掲げる行動”を、微動だにせず、ただひたすらその時を待っていた。

 ――来た。リサが右腕を掲げているのをはっきりとスコープ越しに捉える。安全装置セイフティ解除。ボルトハンドルを操作し、初弾を薬室チャンバーに装填。ターンロック・ボルトが独特の軽快な作動音を鳴らす。琴音はすぐに照準を移動させ、一番手近なロボットに合わせる。距離は220m、運よく微風。高低差約10m。弾道に影響する全ての要因を一瞬の内に頭の中で整理し、簡単な計算。それに合わせて照準点をずらす。

 射撃の用意は整った。琴音は大きく息を吸い、30%程肺から息を吐く。右人差し指の力が徐々に高まり、引き金が絞られていく。

「――私の”サジタリウスの矢”は、決して貴方を逃がしはしない」

 発砲。火薬量を抑えた弱装弾とはいえ凄まじい7.62mmの反動が琴音を襲う。減音器サプレッサーを着けているとはいえ、近距離だと音はやはり凄まじい。狙撃ポイントを廃ビルにして成功だったなと、琴音はふと思った。

 飛翔する146.6グレインの7.62mm×51フルメタル・ジャケット弾は、琴音の狙い通りの軌道を描き、ロボットに命中。作業用故に薄い装甲を容易く貫徹し、内部構造を破壊。機能を停止させて鉄の塊に変えた。琴音の胸に、確かに自信という絶対的な信頼感が刻まれた瞬間だった。





「チェック・メイトだぜ、プリンセス?」

 ”黒の執行者”の異名を持つ傭兵、戦部 戒斗は、目の前で背を向けている、覆面で素顔を隠した小柄な女――義賊とネット上で崇められる凄腕ハッカー、”ラビス・シエル”の後頭部にミネベア・シグの銃口を押し付けていた。

「誰だ、一体どこに潜んでいた……!」

 狼狽する”ラビス・シエル”。変声機を通していても、焦っているのが丸わかりなほど。

「倉庫脇に白いバンが停めてあっただろ? あの中で半日ほど」

 ――戒斗は香華から情報を得てすぐ、リサと琴音の二人を呼び戻して自宅兼事務所での作戦会議を行った。まずは”ラビス・シエル”に通じていると思しきメールアドレスにリサ名義で呼び出しメールを送り付ける。ご丁寧に「”ラビス・シエル”様」と宛名まで書いて、更に「来なければ依頼は降りる」と脅し文句まで付けたうえで、だ。そして案の定彼女は乗ってきた。ここまでは計画通りだ。

 本来は予想されるだろう”ラビス・シエル”の戦力を戒斗が奇襲で封じ込めるという作戦だったが、リサの提案によって少し離れた場所から琴音が狙撃する方針に変更したのだった。彼女曰く”既にある程度のレベルにまで達してるし、実戦経験させるのが一番上達する”とのことだ。

 手持無沙汰になった戒斗は仕方なく、半日前からレンタカーのバンで待機、琴音が制圧したタイミングで後ろからホールドアップを仕掛けることになった。つまりは、全て計画通りに進んだってことだ。

 狭っ苦しいバンの中で半日缶詰なんて二度とやりたかねえな。と戒斗は心の内でぼやきながら、”ラビス・シエル”に一層強く銃口を押し付けて覆面を取るように促す。

「あーあ、万事休す、か」

 彼女が出した諦めの声は、既に機械的にトーンの変えられた声ではなく、年相応の少女の声だった。”ラビス・シエル”は覆面と帽子を投げ捨て、その素顔を露わにする。

≪嘘でしょう……!?≫

 左耳に着けたイヤホンから、琴音の狼狽が通信機越しに聴こえてくる。一体どうしたというのか。答えはすぐに分かった。彼女の素顔を確認しようと戒斗が正面に移動した時見たのは、明らかに見覚えのある顔だったからだ。

「なぁオイ……まさかお前、あおい 瑠梨るり、なのか?」

 珍しい桃色の髪に、一度見たらそうそう忘れられない端正な顔立ち。間違いない。同じクラスの、神代かみしろ学園二年E組に在籍する、学年トップの成績を維持し続ける秀才少女。葵 瑠梨に間違いなかった。

「そういうアンタは……ああ、転入生の戦部か」

 普段は絶対にお目にかかれないような乱暴な口調で言い放つ瑠梨。これが、彼女本来の口調なのだろうか。きっと学園での態度は仮初めの姿なのだろうと戒斗は自然に察していた。

「覚えてくれてたとは、嬉しいもんだねぇ。”ラビス・シエル”さん?」

 挑発的な口調で言い返す戒斗。瑠梨はハァ、と呆れたように溜息を吐く。

「そりゃあ、WMA(世界傭兵協会)に異名与えられるぐらいの有名人が自分のクラスに入ってくれば、誰だって覚えてるわよ」

World Mercenaries Association。通称WMA呼ばれる世界中の傭兵が所属する機関がある。そこの、恐らくはデータベースから戒斗の情報を得たのだろう。有名人も困りものだな。と戒斗は心の内でぼやく。

「ソイツも、お得意のハッキングで得た情報か?」

 戒斗の問いかけに「そうよ」とそっぽを向いて返す瑠梨。

「なぁ嬢ちゃん? なんでわざわざ偽情報噛ませてまで私に依頼なんかしてきたんだい? 別に直接依頼してきてくれたって、断りはしないってのに」

 リサが間に入って問いかける。

「……別に。一介の女子生徒程度が持ちかけたところで、相手にされないと思っただけよ」

 ましてや相手が、アンタみたいな一流となればなおさらね。相変わらずそっぽを向いたまま瑠梨は応える。

「なぁカイト、どうする?」

 どうする? って言われてもなぁ。戒斗は困ったように顔をしかめる。

「……まぁ、色々ややこしいっぽいし、一旦連れて帰るか」

「ちょ、ちょっと! 連れて帰るってどういうことよ!」

 戒斗の提案に対し、思わず声を荒げる瑠梨。まあ、大方アレな想像でもしたんだろうな。

「あーうるせえうるせえ。とりあえず自分の立場を把握した方が良いと思うぞ? 一応、捕虜じゃないけどそんなような感じの立場なんだからよ」

 段々相手するのが面倒になってきた戒斗は、とりあえずレンタカーの白のバンの後部ドアからリサと一緒に瑠梨を押し込み、少し走らせてから狙撃ポイントに居た琴音を拾い、一路自宅兼事務所まで向かった。





「まあ、とりあえず飲んで落ち着いてくれや」

「……薬とか盛ってないでしょうね?」

 戒斗の自宅兼事務所。ソファに座る瑠梨の前のテーブルに出してやった紅茶をしかめっ面で眺めながら瑠梨は言う。いや、盛ったところでどうしろと。

「別に盛っちゃいねーよ」

「あっそう。盛ってたら酷い目に逢うわよ!」

 捨て台詞を吐いてから紅茶に口を付ける。いやいや、どんな酷い目に逢うのか、一度聞かせていただきたいね。言おうとした言葉を喉の奥に飲み込んで戒斗も座り、自分用に持ってきた別の紅茶を啜る。

「――で? どうして嘘の依頼を?」

 ティーカップの中の紅茶を飲み干し、話を切り出す戒斗。対面に座る瑠梨は不機嫌な表情を隠そうともしない。学園とはえらい違いだな。

「アンタに言う必要は無いわ」

 はぁ、と溜息を吐き、戒斗はショルダーホルスターからミネベア・シグを抜いて瑠梨に突きつける。

「さっきも言ったと思うが、少しは自分の立場を考えた方がいいぞ」

 撃鉄ハンマーをゆっくりと起こす。傍観していた琴音が止めに入ろうとするが、リサがそれを制止する。瑠梨は態度を変えずにいるものの、顔にほんのりと汗が浮かんでいるのが分かった。

 引き金を引く。だが火薬の破裂音は響かず、カツン、という間抜けな金属音だけがした。

「仮に俺がテロリストなんかだったら、今頃お前の頭は胴体とさよなら、だぜ?」

 つまりは脅し。ミネベア・シグの薬室チャンバーに弾は入っていなかった。空撃ちだ。

「第一、俺達は依頼を受けないとは一言も言っちゃいねえからな」

「はぁ……仕方ない、話してやるわ」

 遂に観念したのか、瑠梨は理由を話す気になったようだ。そうか、と戒斗は満足そうに頷き、右手で保持していたミネベア・シグをホルスターに戻す。

「――何年か前の話よ。私の弟、曽良そらは部活帰りに寄り道した時、たまたま麻薬の取引現場に居合わせちゃったの。逃げようとしたら見つかって、殺されたってわけ」

 目を細め、紅茶を啜りながら語る瑠梨。その双眸の中に、黒い渦が渦巻いているような気がした。

「私は、弟の敵を討つ為だけに全てを捧げた。一番はハッキング技術ね。学校の成績はその副産物みたいなもんよ。私は手当たり次第にハッキングを仕掛け、つい最近、遂に弟の事件資料を見つけたの。予想通りというかなんというか、その組織――”武部貿易”が圧力をかけて事件は握りつぶされてたわ。当時の防犯カメラの映像なんかを解析して、私は弟を殺した張本人を突き止めた。狙撃を依頼した相手、武部たけべ 直人なおとよ。アイツを確実に殺すために、矢を射る最高の射手にリサ、貴女を選んだ。私の計画は完璧よ。絶対に上手くいくはずだった。予想外の邪魔が入っちゃったけど」

 語り終えた瑠梨に睨みつけられる戒斗。まあ、”予想外の邪魔”ってのは俺のことだろうな。うん。否定はしない。

「なぁ嬢ちゃん? その件、改めて嬢ちゃん自身からの依頼ってことで受けても構わないよな?」

 戒斗の背後で、壁に背を預けながら話を聞いていたリサが提案する。

「……本当に良いの? 結局、貴女を騙してたことになるけど」

 驚いたように瑠梨は言う。

「別に構いやしねえさ。でもな、依頼を受けるにあたって一つだけ条件がある」

「何? 出来る事ならなんでもするわ!」

 立ち上がり、食い入るようにリサの言葉を聞く瑠梨。

「――その武部って奴は、嬢ちゃん、アンタ自身の手で地獄に送ってやれ」

 それが逝っちまった弟くんへの、せめてもの手向けだろうよ。リサは呟く。

「私の、手で……?」

「なぁ、瑠梨? 復讐ってのは、自分自身の手で相手を仕留めて初めて終わるもんじゃないか? 少なくとも俺は、そう思うぜ」

 だからこそ、奴は、浅倉は俺自身の手で仕留める。心の内で呟き、改めて戒斗は決意した。

「でも、私武器なんか使えないし……」

 弱気な声で瑠梨は呟く。

「はぁ……まあ仕方ない、乗りかかった船だ。俺も手伝う。瑠梨に銃の撃ち方を教えるのは俺がやるから、リサは作戦当日まで琴音を頼んだ」

 こうなってしまっては手伝わざるを得ないだろう。戒斗は観念し、瑠梨の復讐を手伝うことにした。

「ああ、任された。琴音は筋が良いぞ? 今日だって見ただろ」

 胸を張って言うリサ。ゴムマリみたいな胸が上下にブルンブルン揺れる。正直目に毒だこの光景は。

「よし、そうと決まれば早速作戦を立てようじゃないの」

 戒斗は立ち上がり、リサから事前に渡されていた現場周辺の地形図を自室から持って来て、テーブル一杯にそれを広げた。


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