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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第三章:サイバーワールド・アヴェンジャー
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新たな依頼、忍び寄る”事件の足音”

 戒斗は教室の窓から、外界を眺めていた。既に期末テストも終わり、夏休みの到来が間近というこの時期。広がる青空には入道雲が浮かんでおり、夏の訪れを確かに告げていた。いつも通りの、教室窓際後方から二番目の座席に戒斗は座っている。横では遥が、後方では琴音がそれぞれ、寝息を立てていた。待ち望んだ夏休みが近いということもあり、眠くなるのもまあ仕方ないか。と戒斗は思う。黒板の前では化学の教科担任が何やらよく分からない化学式を延々口から垂れ流しているが、どうも彼の声門から発せられる音波は催眠効果があるらしく、教室内に居る生徒の大半は夢の世界へと旅立っていた。かくいう戒斗も、襲いくる睡魔から意識を逸らすために窓から外界を眺めているのだが。

 左腕に巻いた腕時計を見る。時刻は十二時四十五分。授業終了まで残り五分だ。これが終われば昼休み。そして今日は金曜日。その後に控えた二時間の授業を乗り越えれば、生徒達は週末という、学園からの束の間の開放を手にすることが出来る。戒斗は、腕時計の秒針を睨み今か今かと授業終了のときを待っていた。

 鐘が鳴る。校内中に響き渡るソレは、眠りに堕ちていた生徒達を否応なく現実に引き戻す。元々起きていた生徒も、そうでない者も、皆目の色が変わり、教師から告げられる授業終了の一言を待ち構えていた。

「――ここは次のテストで出すからしっかり覚えとくこと。それじゃあ今日の授業はここまで」

 その一言と共に、ブローニングM2重機関銃から放たれた12.7mmフルメタル・ジャケット弾のように教室を飛び出していく数多の生徒達。獲物を狩る野獣の眼をした彼らが急ぐ先は、一階の購買部。弁当を持参しない生徒が大半のこの私立神代かみしろ学園では、購買部での食料調達は義務であり、失敗は即ち死を意味する。彼らが血眼になって購買へと駆けていくのも納得がいく。まあ今日は新作パンの発売日というだけあって、いつも以上に奴らの眼は逝っているが。

 数秒もしない内に、教室内には戒斗、琴音、遥と、唖然とした表情の化学教師だけになった。戒斗ははぁ、とため息を吐くと、後ろでいまだに寝息を立てている琴音を揺り起こす。

「……んぁ?」

「んぁ? じゃねえよ……授業終わったぞ。飯だ飯」

 寝起きの琴音と遥を連れ、いつも通り屋上へと向かう戒斗。そういえば琴音のお陰で、購買争奪戦に巻き込まれずに済んでるんだな。ふと思う戒斗。

 弁当も持ち、屋上への階段を昇る三人。近づいていくにつれ、校舎内に万遍なく行き渡った冷房の冷気が徐々に薄れていき、夏本来の暑さを纏った外気が濃くなってくる。

 いつも通りの、ヒンジ部が錆びついたドアを開けて屋上へと出る。ドアを開けた瞬間、それまで微かに漂う程度だった外気の熱風が一気に流れ込んできた。暑い。その一言に尽きる。このあたりの地域は特に湿気が強く、蒸し暑い。そのためか実際の温度はおろか体感温度ですら九州など南方の地域よりも暑く感じさせるという。

「暑っつ……茹でダコになっちまうぜ……」

 思わず呟く戒斗。琴音も同意、といった感じで首を縦に振る。

 どうにかそこそこ涼しそうな日陰を見つけ、そこに腰かける三人。琴音が紙コップと共に魔法瓶を差し出してきた。

「お、悪いな」

 魔法瓶を傾けて、中身の麦茶を注ぐ戒斗。中に氷が入っているのか、傾けるとカランカラン、と氷が魔法瓶の内側をたたく音がした。

 紙コップに注がれた麦茶を一気に煽る。冷たく冷やされたソレの冷気は瞬時に戒斗の身体を駆け巡り、熱せられた肉体をクールダウンさせる。冷感を身体に染み渡らされている横で、琴音と遥の二人は弁当箱を開けていた。今日も旨そうだ。

「今日はちょっと趣向を凝らして……はい、こんな感じ!」

 琴音がいつもより大きめの弁当箱を開ける。中に詰められていたのは、白くて細い麺。要は素麺だ。

「おお、素麺か……ッハァ!? 素麺んんん!!??」

 思わず噴き出して二度見してしまう戒斗。弁当に素麺って、素麺って非常識すぎんだろオイ。

 隣では遥も唖然とした表情で、弁当箱一杯に詰められた素麺を凝視している。そりゃそうだ。これが普通の反応だようん。

「なぁ琴音……? 暑さで頭やられたか? 病院行くか?」

「失礼ねぇ! これでも色々考えに考え抜いた結果こうなったのよ!」

 一体何を考えたのやら。大体弁当に麺類なんて非常識にも程がだな。

 そんなことを心の内で戒斗が呟いていると、琴音は先程とは別の魔法瓶を取り出して紙コップに液体を注いでいる。大体察した。つゆだこれ。確実に素麺のつゆだわ。

「遥もどう?」

「あ、はい。頂きます」

 こうして出来上がった三人分の素麺つゆ。戒斗は恐る恐る箸を取り、麺を一つまみ分つゆの中に着けて口へと運ぶ。

「……旨い、旨いぞこれはッ……!!」

 これは驚いた。弁当に素麺。一見非常識に見えるが、意外とこの季節にマッチしている。冷たく保たれたつゆに浸された麺が、口腔内に独特の旨みと共に冷たい冷気を送り込んでくる。それは身体中を駆け巡った。蒸し暑い屋上の中で、戒斗はオアシスを見た気がした。遥も驚きの表情で、次々と素麺を口へ運んでいる。全て平らげそうな勢いだ。戒斗も負けじと素麺を取ってはつゆに浸して口へと運んでいく。

「ね? 言った通りでしょう?」

「ああそうだ。悔しいが認めざるを得ないな。弁当に素麺……一見トンデモない発想だが、いざ食ってみれば、温い普通の弁当の何倍も食が進む」

 言いながら、次々と素麺を啜っていく戒斗。

「そうでしょそうでしょう。――って私の分どんどん無くなってくじゃないの!」

 琴音が気づいた頃には、既に弁当箱の半分ほど二人によって駆逐されていた。





 そして放課後、戒斗と琴音の二人は近くのスーパーに来ていた。週末休みを控えた金曜の夕方ということもあってか、平日よりか人が多い。

「にしても今日の素麺は衝撃的だったな……旨かったけど」

「でしょう? 他にも色々考えてあるんだ。それは来週以降のお楽しみね?」

「また奇想天外な弁当が出てくるのか……というか”来週以降”って言っても一学期は来週で終わりだぞ」

 そんな他愛のない会話を交わしながら、次々と食材を買い物カゴに突っ込んでいく。

「そういえば琴音」

「なによ?」

 琴音は何やらラーメンの麺らしき袋を突っ込んでいる。今度の弁当はラーメンかよ。それは冬にしてくれ、暑いから。

「新しい依頼来てるぞ」

「ハァ!?」

 琴音の素っ頓狂な声は、フロア中に響いたような気がした。




「――で、依頼ってのは一体何なわけよ?」

 いつもの自宅兼事務所、戒斗の対面のソファに座る琴音が不機嫌そうに言った。

「あ、ああ……昔の、アメリカ時代によくつるんでた傭兵からの依頼さ」

 名はリサ・フォリア・シャルティラール。アメリカと日本のハーフで、傭兵としては珍しく狙撃を専門にしている。どうも彼女が今回受けた依頼がキナ臭いらしく、ソイツの調査を戒斗に依頼してきたということだ。

「昔はよく助けられたな。遠距離がからっきしの俺と、狙撃専門のリサとは良い連携が取れてた。アイツの眼で索敵し、俺が排除。ここぞというタイミングで必殺の一撃を放つアイツは、正に天才だった」

戒斗は語りながら、ティーカップに注がれた紅茶を啜る。琴音の不機嫌そうな表情はいつの間にやら崩れ去っており、戒斗の話に聞き入っていた。

「いつだったか……ああそうだ、確か山狩りの時だな」

「山狩り?」

「そうだ。まあ山狩りってのは比喩みたいなもんで、要は山に逃げ込んだ犯罪者を探し出して捕まえるってこった。確かその時は結構ヤバい奴が脱獄したかなんかで、警察だけじゃ手に負えないからってことで俺とリサが駆り出されたんだ。二日ぐらい探し続けて、やっと見つけたと思ったらソイツは人質を取ってた。たまたま知らずに山に入ったハンターをな。一応射殺許可も出てたんだがな、犯人は俺達が銃を持った時点で人質を殺すとか言い出してもう手詰まりさ。このまま逃げられると思って半ば諦めてたが――突然犯人の頭が吹き飛んだ。誰が撃ったって? 勿論リサが狙撃した。遥か1.2kmの彼方、向かいの山からな」

 俺が一番敵に回したくない人間だな。戒斗はそう言って、空になったティーカップを流しに置いてから自室へと歩き出す。

「ん? 戒斗、もう寝るの? 珍しく早いわね」

「ああ、何故だか妙に眠い……ああそうだ、リサは来週末に日本に来るらしいから。それじゃあおやすみ」

 戒斗はいつも以上に眠たげな顔でそう言って、さっさと自室に入っていく。

 急に琴音を住まわした関係で、ソファでの寝起きを余儀なくされていた戒斗だが、最近になってようやく和式の敷布団を購入した。琴音が使っているベッドのある寝室の隣である自室の床に無理矢理布団を敷いて寝起きをしている。結構狭くて不便はあるが、少なくともソファで寝起きするよりか幾分マシだった。

 布団に倒れるように寝ころぶ戒斗。この間、豪華客船”龍鳳”で忍者に負わされた左肩の、まだ治りきっていない傷が痛む。そういえば、忍者が何者なのかも調べないとな。そんな思考を巡らせている内に、戒斗の意識は夢の世界へと落ちていった。





 そして来たる月曜日。朝の廊下を歩く戒斗の目の前で、何やら人だかりが出来ていた。気になって除いてみると、壁に設置された掲示板には、今回の期末テストの成績優秀者が十人、各学年ごとに上位順から掲示されていた。当たり前のように戒斗の名前はない。まあ分かってたよ、うん。

「オイオイマジかよ……」

「葵の奴、またトップだ……」

「これで何回連続だ……? ホント恐ろしいぜ」

 生徒達が小声で呟くのが自然と耳に入ってくる。葵……? 聞いたことあるような気もするが、どうも思い出せん。

「よーう戒斗、おはようさん」

 肩を叩かれる戒斗。振り向くと、比較的長めの黒髪が特徴的な細身の男――戒斗の学園での数少ない友人、遠藤えんどう 直紀なおきの顔がそこにはあった。

「なんだ、お前かよ」

「なんだ、とはなんだ。ところでこの人だかりは一体なんぞや?」

 掲示板の周りに出来た人だかりを見物するかのように眺める遠藤。

「成績優秀者の発表だ。お前には無縁のお話だな」

「そ、その話題はよしてくれ戒斗……俺はそれ以前に赤点がだな……」

「あっ……悪りぃ」

 この私立神代かみしろ学園では、所謂”赤点”と言われるモノを取ってしまうと、基本的には長期休暇の一部を犠牲にして補習及び追試が課せられることになっている。どうやら遠藤は、その対象者のようだ。つまりは貴重な夏休みが減ると。ご愁傷様でございます。戒斗は静かに合掌した。

「ところでよ遠藤、成績トップの葵ってのは誰なんだ?」

 この話題を振った途端、遠藤の表情が今までの暗いソレから一気に明るく、興奮しきった様子になってきた。

「オメー知らねえのかぁ!? 仮にも同じクラスだってのによォ!?」

「あ、ああ……生憎人の名前を覚えるのは苦手でな」

 クラスメイトの半分は顔と名前が一致しないどころか、名前自体を知らないというのが現実だ。

「仕方ねえなぁ……フルネームで言えばあおい 瑠梨るり。今は確か中央前の方の席だったか? まあいい、とにかく彼女はとりわけ成績優秀。知ってのとおりずっと学年首位を維持し続けているガチの秀才さ。その上容姿端麗ときた。この娘を狙う男子は数多くいるぜ? お前も狙うんだったら覚悟した方がいいぜ、戒斗?」

 遠藤がニヤニヤと口元を綻ばせて、バンバンと戒斗の肩を叩く。馬鹿かお前は。戒斗は一言吐き捨てて遠藤の手を振り払い、一人教室へと向かっていった。





 いつも通りのHRホームルーム。教卓の前ではいつもの担任、男性教諭が何か話しているが戒斗の耳には入ってこない。

「えー、皆も知ってはいると思うが、またもやウチのクラス、あおい 瑠梨るりくんが学年トップの成績を収めた。とりあえず感想というか、まあ何でもいいからここで少し話してくれ」

「はい」

 担任に促されるがままに立ち上がる、中央前方寄りの座席に座っていた女子生徒。身長は低めの、150cm強といった感じか。顔立ちも端正だ。遠藤の情報も意外に合ってるもんだな、と戒斗は思う。

 彼女を見ていて、中でも目を引くのがその髪だった。桃色という珍しい髪色をした髪を両サイドで綺麗にツインテールに纏めている。ツインテールは長く、肩ぐらいまであるんじゃないだろうか。

 静かに歩き、教卓の前に立つ彼女、あおい 瑠梨るり。その双眸は真っ直ぐだったが、どこか影というか、暗い何かを感じさせた。

「……どうも。この調子で、次もトップを狙っていきたいと思います」

 ただそれだけ。その一言だけ、何の感情も込めずに彼女は機械的に言い放つと、元の座席に戻っていった。担任は若干困惑気味だったが、すぐにつまらないHRホームルームを再開させた。





 そして昼休み。戒斗、琴音、遥の三人はいつも通り屋上にいた。見ると、琴音の弁当箱がいつにも増してデカい。素麺事件の時よりもだ。遥も何かを察したのか、その巨大な弁当箱を凝視している。

「ん? もう気づいたのか~。なら仕方ない、開けて進ぜようっ!」

 言って琴音は、弁当箱の蓋に手をかける。ああもう、この時点から嫌な予感しかしない。どうせ麺類なんだろ? 分かってんだよそれぐらいは。

「ジャジャーンっ!」

 ――絶句。その言葉が今の状況に最も相応しいであろう。戒斗と遥の二人は、開け放たれた弁当箱に詰められた中身を目にした途端、石のように固まってしまった。その瞳は焦点が合っていない。無意識に瞳が目の前の惨劇から目を逸らそうとしている。

「……なぁ、琴音? 一言だけ、たった一言だけ言っていいか?」

 固まった戒斗の、重い口がゆっくりと開かれていく。

「なによ?」

 何か文句あるのとでも言いたげな琴音。

 戒斗は息を大きく、ゆっくりと吸い込んで、肺に大気を溜めていく。溜まりきったタイミングで、戒斗は声門を震わせながら一気に空気を肺から押し出した。

「――なんっで真夏にラーメンなんだァァァァァッ!!??」

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