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第7話  道を作る

 ぼこ、と。

 何も無い広場の地面が不意に盛り上がり、地中から等身大の土人形が現れる。一つ、二つ、三つ――王化たちをぐるりと囲むように、その数二十。そしてそれに呼応するように、城の方から数十人単位の近衛兵が現れ、包囲網に加わった。

 その中央にいるのは、まぎれもなくあの口煩い側近だ。


「う、嘘でしょ、ガイアス……? そんな、貴方まで」

「…………」

「そんな、どうして!? 貴方は、貴方だけは――!」


 潤む声で叫ぼうとするソルファの口を、王化が無理矢理抱き寄せるようにして塞ぐ。


「――ソルファ、事情はどうあれ奴は裏切った。泣こうが叫ぼうがその事実は動かねえよ」

「っ、でも……!」

「忠実な臣下だったのなら、尚のことだ。奴はそれだけ覚悟を持って向こうについた、ならもう覆りはしねえ――そうだろう?」


 試すように問いかける王化に、ガイアスは静かに頷く。


「……ええ。抵抗するなら、手加減も容赦も望まないでください」

「大人しく投降すりゃ悪いようにはしねえと?」

「はい」

「かはは、そりゃ間抜けのセリフだぜ、ガイアス」


 王化はなんとか傲慢な笑みを形作り、折れた剣をガイアスに向けて突き出す。

 ――ここをマキャベルの屈服で突破して、城門の方はソルファの『穿つ一投(レッド・カタパルト)』で切り抜ける。成功率は下がるだろうが、それしか道は無い。

 と、王化は考えていたのだが。


『御主人、やめておけ。儂の力は奴らには効かんぞ』

「? どういうことだ、マキャベル」


 右手の剣が声を放つ。実体化する余力は無いらしいが、どうやら喋るだけはできるらしい。


『あの土くれ、あれはゴーレムという代物でな、術者の命令にだけ従う人形じゃ。奴ら自身に意思は無い、意思を持たぬ者は屈服させられん』

「自立してねえんなら、術者を屈服させりゃ動きは止まるだろ?」

『そうじゃが、それが無理なのじゃ。あの者、見たところかなりやり手の魔法使いじゃ、お主程度の魔力では屈服させられんだろうな』

「マジかよ……」


 王化の笑みが引き攣る。

 仮にガイアス以外の全員を屈服させたとしても、彼一人とゴーレムだけで王化たちを捕えるには十分だ。かといって、ソルファの『穿つ一投(レッド・カタパルト)』でガイアスを倒せるとは思えないし、なにより彼女がそれを良しとはしないだろう。

 つまるところ、手詰まり。

 徐々に狭められる包囲網の中、三人は固まるしかない。


『くっ、こうなりゃ、あたいが突っ込んで時間を稼ぐから――』

「馬鹿言うんじゃねえよ。お前抜きで城門抜けられるか。ソルファ、秘密の抜け道とかねえのか?」

「あったら先に言ってるわよ。出入口は城門だけ、周りは城壁と堀で囲まれてる」

「……堀の深さは(、、、、、)?」

「え? 深さって、貴方(、、)まさか(、、、)――」


 と。

 二人の会話に割って入る、場違いなほど明るい声が響く。


「――あは、やっぱり引っかかったんだ、姉さん」

「っ、ミルバ……!」


 声と共に現れたのは、相変わらず薄い笑みを張り付けたミルバと、それに付き従う大臣だ。二人がガイアスの隣に立つと、近衛兵とゴーレムたちの動きが止まる。捕えるのは首謀者の合図を待ってから、ということだろう。


(――チャンスだ)


 怒りに震えるソルファの横で、王化はひそかにほくそ笑む。


「もし城門に逃げるならここを通ると思ってさあ、ガイアスに立っててもらったんだ。姉さんならガイアスを疑ったりしないだろうし。

 って、あれ、でも罠には掛かってないじゃん。どうしたの」

「……オーカ殿の邪魔が入ったもので」

「ああ、なるほど。ほら言ったじゃん大臣、あれは厄介だって。っていうか、『闇猫』の連中はなにやってんのよ。本当はあいつらの仕事のはずでしょ」


 まったくもー、とミルバは口を尖らせ、しかしその一瞬後には満面の笑みでソルファに向き直る。

 くるくる変わる表情は、無邪気をとうに超えて狂的ですらあった。


「――姉さん、信じてた人に裏切られる気分ってどう? あは、こういうの初めてでしょ。感想聞かせてよ」

「貴方……そんなに、そんなに王になりたかったの?」

「あれ、無視? 姉さんってそういうところあるよね。自分が正しいって思いこんでるっていうかさあ」

「ミルバッ! 貴方は少し複雑な境遇だったけど、それでも私たち姉弟としてやっていけるって! そう思ってたのに――!」

僕は思ってなかった(、、、、、、、、、)。姉さんのお優しい言葉は超上から目線でむかついてたよ。そんなことも知らなかったの?

 ――はあ、なんか興ざめしちゃったな。この段になっても姉さん取り乱さないんだもん。

 大臣、もういいから罪状言っちゃってよ。必要なんでしょ、形式として」


 心底つまらなそうにそう言って、ミルバは場を大臣に譲った。

 代わって一歩前に歩み出た大臣は、大仰な羊皮紙をばっと開き、そこにある文言を読み上げる。


「では、罪状を読み上げる! ソルファ・ディア・オリアボス、汝を王権簒奪の罪で捕縛する! この者ソルファ・ディア・オリアボスは、父王ゼカール・ディア・オリアボスの治療と偽って賤しき遠き地の者(ジプシー)を呼び集め、『選定の剣』を破壊することによって王位の簒奪を目論んだ! このことは――」


 王化は大臣の張り上げた声を適当に聞き流しながら、ソルファの肩にそっと手を乗せる。


(ここ、だな)


 全員の注意が大臣に集まっている。事を起こすならこの上無い、絶好のタイミングだ。

 王化はソルファにだけ聞こえるよう、耳元で秘かに告げる。


「――道を作れ(、、、、)、ソルファ。今しかねえ」

「できるか、分からないわよ」

「俺を信じろ。案ずるな、俺は王になる男だぞ」

「ったく……何の根拠もないのに、信じたくなっちゃうから不思議だわ」


 ソルファは呆れ交じりの苦笑を浮かべ、静かに構えをとる。

 ――右足を前、左足を後ろに大股を開き、重心は気持ち前傾で低めに保つ。右腕は前に真っ直ぐ突き出し、掌を目一杯に開く。そして左腕は右腕の肘をがっしりと握り固定する。

 右腕という銃身を、ソルファはミルバに向けて突き出した。

 ソルファがようやく見せた剥き出しの敵意に、ミルバは逃げるどころか満足げな笑みで応じる。


「あは、いいよ、姉さん。そうこなくっちゃあ……!」

「――全壊術式、起動ッ……!」


 彼女の声に、大臣はようやく羊皮紙の向こうの光景に気付く。大臣が見た時には、既に巨大な真紅の球体が、ソルファの右手の前に形成されつつあった。


「っ、近衛兵! 何をしている、姫を取り押さえろォ! 王子! 危険です、早くお逃げください!」

「逃げる? 何言ってんのさ、折角姉さんが本気になってんだから、見届けないとねえ」

「――っ! ああもう、ガイアス! 王子をお守りしろ!」

「……了解しました」


 大臣の指示で、近衛兵は姫のもとに向かい、ゴーレムは王子の前に盾として列を成す。

 如何に強力な魔法とはいえ、その術者はか弱い姫君だ――そう高を括って近付いてくる近衛兵だが、しかしその手は届かない。


『あたいを忘れるんじゃないよ、この恩知らずの大馬鹿共!』


 ――猛る嘶きと地を蹴る蹄、その姿はまさしく暴れ馬と呼ぶにふさわしい。

 功を急いて一番に走り寄った者は高々と蹴り上げられ、一撃で瀕死に陥った。それを見た他の兵は迂闊には近寄れない。もとより固い忠義で動いているわけではないのだ、身を挺してまで命に従おうとする者などいるはずもなかった。

 牝馬の従者に守られ、ソルファの右手の前の球体はまだ成長する。それは彼女が『選定の剣』に放った時よりも更に一回り大きく、更に強い暴風を巻き起こしていた。

 ソルファの実力を知るガイアスは、その異様な魔力にようやく気付く。


「っ、『増幅』の加護ですか……!」

「な、なんだ? どういうことだガイアス?」

「あの遠き地の者(ジプシー)の能力です! 大臣もわたしの後ろに隠れて! こちらも全力で受け止めます!」


 ガイアスはそう叫ぶと、土中からゴーレムを追加で二十作り上げ、王子の前で密集陣形ファランクスを形成する。

 ――元々柔な壁程度なら平気でぶち抜く『穿つ一投(レッド・カタパルト)』だ、それが王化の加護で増幅されたとなれば、その威力は想像もつかない。

 思わず睨みつけると、視線の先では青い顔をした遠き地の者(ジプシー)が、それでも無理矢理勝ち誇った笑みを浮かべる。


「――さあ、道を作れよ(、、、、、)、ソルファ。ぶち抜いてやれ!」

「来ますよ……!」


 更に追加で十。居並ぶ総計五十体のゴーレム、これがガイアスの全力だった。


「――薙ぎ払え」


 ソルファの呪文詠唱が始まる。

 ――と、その時、だった。

 近衛兵へ牽制をしていたベネアルが、突如としてソルファの射線上に飛び出す。

 その姿に皆が目を奪われている隙を突き、ソルファと王化は踊るように向きを百八十度翻す(、、、、、、、、、)

 ――その真意に気付けたのは、ガイアスただ一人。

 しかし彼ですら、あまりにも遅すぎたのだ。



「――『穿つ一投(レッド・カタパルト)』!」



 反転した銃身が狙うのは最初からただ一つ、高く堅牢な城壁(、、)だったのだ。

 王化の『増幅』によって強化された真紅の弾丸は、地を抉り木々を薙ぎ倒し城壁に辿り着く。鉄壁の守りを誇る城壁は、しかしその圧倒的暴力の前になす術も無く、爆音と共に大穴を開けた。


「ベネアルッ!」

『あいよ! 駆け抜けるよっ――!』


 誰もが呆然として動けない中、ベネアルはその場で鋭く切り返す。そしてソルファは王化を担ぎ、ベネアルの背に勢いよく飛び乗る。

 ようやっと我に返った大臣が声を嗄らして追撃を命じるが、今更追いつくはずもなく。

 二人を乗せたベネアルはそのまま全力で駆け抜け、城壁の向こうの堀へと身を投げたのだった。



   □



 ――城壁に空いた大穴の先、堀を満たす水は深く暗く、上から見るだけでは水面までの距離すら判然としない。

 ミルバは試しに城壁の欠片を蹴り落としてみるが、少しして水音が響いてくるだけで、この暗さでは飛沫も見えはしなかった。


「……ふぅ。姉さんたちの捜索は、夜が明けたらにしようか。他にすることもあるし」

「よろしいので?」


 わざわざ確認する大臣に、ミルバは心底面倒くさそうに答える。


「よろしくはないよ、でも仕方ないでしょ。仮に生き延びてうまく水路にでも逃げ込んだとしても、見付けるのは時間の問題だしね」

「ですな」


 ミルバはくるりと身を翻す。そしてそのまま城の方へ戻ろうとして――ふと立ち止まる。


「ガイアス、いつまで見てんの。今は無理だって」

「……ええ、分かっています」

「あは、ごめんごめん、これってガイアス的には最悪のシナリオか。姉さんを取り逃がした上に安否不明――全く(、、)なんのために(、、、、、、)裏切ったんだ(、、、、、、)っていう話(、、、、、)だよねえ(、、、、)

「…………」


 先ほどまでと一転、けらけらと愉快そうに笑うミルバを、ガイアスは無言で睨みつける。その眼には隠そうともしない殺意が籠っていた。

 腰の剣に手を掛ける大臣を制し、ミルバは肩を竦める。


「ふん、そんな怒んないでよ。じょーだんじょーだん。ほら、ぼぉっとしてないで壁直しちゃって。そういうの得意でしょ」

「……了解しました」


 早速魔法で修繕に取り掛かるガイアスを尻目に、ミルバは今度こそ城の方へと歩き出す。

 一夜にして自分の物となった、その城へ。


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