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第6話  どの道九割死ぬんだろ

 折れた剣が凶刃を受け止められたのは、幸運という他無かった。

 王化は首筋まで拳二つ分まで迫った刃を、力任せに弾き飛ばす。刺客は後ろ向きの宙返りでその勢いを殺し、距離をとって改めて王化に対峙する。

 一触即発の睨み合い。しかしそこに割って入る呑気な怒声。


「――痛ったぁ! ちょ、ちょっと、人が覚悟決めてんのに、突き飛ばすこと無いでしょ!?」

「馬鹿野郎ッ! 状況見ろ!」

「状況って――ッ!? 『闇猫』……!?」


 起き上がり、ようやく窮状を理解したソルファは驚愕に顔を歪める。

『闇猫』――彼女がそう呼んだのは、王化と対峙する刺客だ。闇に溶ける漆黒の衣に、顔を隠す純白の面、そして手に携えた薄い菱形の刃の短刀――その姿には覚えがあった。


「なんだ、これお前の知り合いか。友達は選べ馬鹿者」

「冗談言ってる場合じゃないわよ! 『闇猫』は王家直属の暗殺部隊、殺しのプロよ! でも、もうとっくに解散したはずなのに……」

「王家直属、ねえ……」


 となれば、誰の刺客かは明白だ。王化は視線だけを動かして周囲を探る。刺客は一人ではないと踏んだのである。

 が、目の前の『闇猫』はその隙を許さない。王化が意識を外に向けた瞬間、一足で胸元に飛び込んできたのだ。

 ――きん、と金属音が響く。

 二度目の刃を受け流せたのもまた、僥倖という他無い。


「っぶねえ……持っててよかったぜ」

「……!」


 心の臓を紙一重に守ったのは、左手に構えた鉄扇だ。ポケットから引き抜きざまにかち上げ、『闇猫』の刃を遥か後方へと弾き飛ばしたのだ。

 しかし、当然ながら刃は一本ではない。腕を振り、袖の内から同じものを取り出すと、『闇猫』は今度は絶え間ない連撃を仕掛けてくる。

 首、心臓、右肩、額――繰り出される刃を、王化は何とか躱し流し受け切るが、それも長くは続かない。じりじりと後退するうちに地面の小枝に足を滑らせ、仰向けに転倒してしまったのだ。

 背を打つ衝撃で視界が揺れる。揺れる視界に刃が光る。光る刃は一直線に胸元に――


「――ッこのっ!」

「ぐッ……!?」


 ――刃は胸元に届かないまま、『闇猫』諸共王化の視界から消え去る。

 否、吹っ飛ばされたのだ。脇腹をえぐる、ソルファの投石によって。

 王化はすかさず飛び起き、『闇猫』から距離をとる。


「ナイスだぜソルファ。流石の馬鹿力だな」

「よっぽどあのまま死にたかったようね……魔法で身体強化すればこのぐらいは余裕よ」

「そりゃ頼もしい。ついでにこのままあいつぶち殺してくれ」

「無茶言わないで。こっちはか弱い姫なの、よっ!」


 悶絶する『闇猫』に続けてもう一投。しかし寸前で身を躱され、投げた石は地面にめり込む。先ほど当たったのは、あちらがとどめの一撃に意識を集中させていたからこそなのだろう。

 ゆっくりと立ち上がる『闇猫』に、もはや油断や隙は見当たらない。

 王化の手には折れた剣と鉄扇、ソルファの手には手頃な石が幾つか。暗殺のプロに対峙するには心許ない。


「かはは、ド畜生が……せめて親父の部屋から拳銃チャカでも持ってくれば良かったぜ」


 無いものねだりも空しく響く。

 ――が、それに応える声があった。



なんじゃ(、、、、)儂じゃ不満か(、、、、、、)御主人(、、、)

「ッ!?」



 その場の全員が驚きに身を固める。どこからともなく幼い少女のものと思しき声が響いたのだ、それも無理も無い。

 ――否、どこからともなく、ではない。その声はたしかに、折れた剣から響いていた。

 三者が固唾を飲んで見守る中、王化が右手に持った柄が淡い光を放つ。かと思えば、次の瞬間には王化の横に七・八歳ほどの幼女が佇んでいた。

 肩口までの刃のような銀髪を風に靡かせる、吊り目と八重歯が特徴的なその幼女は、びしっと『闇猫』を指さして勝気に笑う。


『さあさ我が御主人様よ、はじめましての口上も、手荒い扱いに対する文句もひとまず後じゃ。叩き起こされ出てきてみれば、なんぞいきなり進退窮まっておるじゃあないか。まあよいよい、退屈よりは遥かに良い。さあて一掃しようじゃないか』

「……いや、お前何者だよ」


 突然の闖入者に、王化はごく当然の問いを投げた。

 対して幼女は、その問いこそが予想外とばかりに大袈裟に驚く。


『な、何者じゃと!? 貴様が呼び出した精霊じゃろうが!』

「精霊……? あ、まさか、ソルファが言ってたやつか!? さっきは呼んでも無反応だったじゃねえか!」

『あれは、寝起きで眠かったのじゃ』

「一生寝てろクソガキ! 状況分かってねえのか! 漫才やってる暇ねえんだよ!」


 怒鳴る王化を、しかし幼女は鷹揚に宥める。


『そう殺気立つでないぞ、御主人。第一、状況を(、、、)分かっていないのは(、、、、、、、、、)お主の方じゃぞ(、、、、、、、)

「なに……?」


 と。

 その言葉を合図としたように、周囲の陰から続々と、目の前の『闇猫』と同じ姿の刺客たちが現れる。

 その数、実に十八。王化とソルファは完全に全方位を囲まれていた。


(っ、いつの間に……)


 可能性には気付いていた。どころか、常に警戒しながら立ち回っていたというのに、実際には事ここに至るまで全く関知できなかった。

 相手はプロだ――その事実を、王化は改めて認識する。

 じりじりと距離を詰められながら、それでも幼女は余裕の表情だ。


『うまく時間を稼がれたようじゃのう。ま、この手の連中はなにより確実な仕事を重んじるからのう』

「……おい、どうにかなんねえのか」

『なるとも、多勢に無勢こそ儂の独壇場じゃ。使い方は分かっておろう?』

「知らん」


 王化の素っ気無い返答に、幼女は一気に鼻白む。


『お主、なにも知らずに我が主となったのか……まあよい、どうせ使い方は簡単じゃ。まず儂をしっかり握れ。……そう。お主の手は暖かいな』

「いいから次どうすんだよ!?」

『なんじゃ、つれないのう……後は、儂を折った時と同じじゃよ』

「折った時って……」


 王化自身、何故折れたのか未だに分かっていない。しかし、『闇猫』たちが目前に迫る今、聞き返すほどの時間も残されていなかった。

 ただ、柄を握る手に力を込める。強く、強く、強く――



 かちり――と。

 王化の身体の中で、歯車が噛み合う音が響いた。



 それと同時に、手にした折れた剣が復活する(、、、、)。折れて失った分の刃が、金色の光で再構成されたのだ。

 重さは無い。その光に実体は無く、元に戻ったのは形だけらしい。


『ふふ、できるじゃないか、御主人』

「これ、は……?」

『もう分かるはずじゃぞ。ここまでくれば』

「――――」


 その通りだったのだ。

 教えられるまでも無く、この金色の剣を見た瞬間、王化にはその使い方が理解できた。同時に、それをなんの疑いなく信じることも。

 刃を地面に向け、王化は柄を両手で強く握る。そして、そして――



「――貴様ら全員(、、、、、)その場に跪けっ(、、、、、、、)……!」



 傲岸なる命令と共に、王化は金色の刃を突き立てた。

 地面に触ると同時に、実体の無い光の刃は粉々に砕け散り、一瞬にして拡散する。破片は周囲の夜闇のことごとくを切り裂いて、全てを金色に照らしあげて見せた。

 ――その刹那、だった。

 がくん、と。

 王化たちをとり囲んでいた『闇猫』十八人、その全員が一斉に片膝をつく。

 それはまるで(、、、、、、)圧倒的な力に(、、、、、、)押し潰される(、、、、、、)ように(、、、)


「う、ぐぅ……!?」

「がぁ……!?」


 動揺交じりの苦悶の声が響く。無理も無い、誰一人として自分が何をされているのかさえ分かっていなかったのだから。

 そして、訳が分からないのはソルファも同じ。彼女は跪く『闇猫』らに戸惑いながら王化に問う。


「ちょ、貴方、いったい何をしたの?」

「知らねえよ、身体が勝手に動いたんだ。そこのガキに聞け」

『なんじゃ、お主の方は見たところ王族のようじゃが、儂のことは知らんのか。


 儂は暴君の剣、マキャベル。この身に宿るは「持ち主に害意を持つ者、及び持ち主が敵と見做した者を屈服させる(、、、、、)」という力じゃ』


「な、なによその無茶苦茶な能力……『選定の剣』じゃないの?」

『そんな伝説は、お主らが勝手に作った与太話じゃ。儂は選んでいたんじゃのうて、封印されてただけじゃからのう』


 久々の娑婆じゃ、と快活に笑う幼女――マキャベルに、ソルファは言葉も出なかった。

 ――が、そもそもこれ以上無駄話をしている余裕も無い。

 先ほどまで激しい剣戟を演じていたはずの王化が、不意にその場に崩れ落ちてしまったのだ。

 ソルファが慌てて駆け寄ると、辛うじて意識はあるものの息は苦しげに荒く、目の焦点も合っていない。


「オーカ!? ど、どうしたの!?」

「胸が、熱い……焼ける、みたいだ……」

「っ、魔力枯渇……!」


 考えてみれば分かることだ。これだけ無茶苦茶な威力、そして広範囲の魔法ならば、持ち主である王化への負担は計り知れない。ましてや王化の魔力は既に空っぽだったのだ、未だ意識を保っている方が不思議なぐらいだった。


(身体が動かねえ……声を上げるのすら億劫だ)


 霞む王化の視界の中、持ち主の魔力枯渇に伴い、マキャベルの身体が爪先からさらさらと消えていく。


『なんじゃ、貧弱な御主人じゃのう……仕方無い、一度消えるか。そこな小娘、屈服の効果はそう長くもたん、今のうちに御主人を連れて逃げるのじゃ』

「そ、そんなこと言われても、どうやって」

『案ずるな、どうやら助っ人が来るらしいぞ』


 マキャベルはそう言い残し、遂に完全に霧散した。

 とにかくここから離れないと、と王化を抱き上げるソルファの耳に、高らかな蹄の足音が響く。その瞬間、彼女はマキャベルの言う「助っ人」の意味を理解した。

 闇と風を切り裂いて現れたのは、一匹の漆黒の牝馬だ。鞍も手綱も付けられていない牝馬は、逞しくも引き締まったその身をソルファの前に差し出す。


『――無事かい、姫様! それにオーカ! 早く乗ってくんな!』


 そしてなんと、その馬は言葉を発する。喋る剣に続いて喋る馬だ、王化はもう大袈裟に驚く気力も無かった。

 ソルファの方はそもそもまるで驚きもせず、王化を抱えたままその背に飛び乗る。


「よく来てくれたわ! とにかく走ってちょうだい!」

『了解! 任せなっ!』


 高らかにいななきを一つ、牝馬は立ち上がりかけた『闇猫』を路傍の石のごとく蹴散らしながら、一直線に城門へと走る。その暴力的な疾走に追い縋れる者などいるはずも無かった。

 牝馬の背の上、ソルファの腕の中で、王化は苦しげに問う。


「お前……まさか、ベネアルか?」

『ご名答だよオーカ。言っただろう? あたいは馬の亜人、この姿なら千里だって駆け抜けてやるから安心しな』

「そいつは頼もしい……で、今状況はどうなってんだ」

『どうもこうもあるかい。亜人宿舎にいきなり近衛兵が押し入ってきて、あたいらを捕まえだしたんだよ。あたいは「姫様を助けてこい」って、どうにかみんなに逃がされてね、姫様の声の聞こえる方に突っ走って来たのさ』

「近衛兵まで……」


 ソルファは強く、痛みに耐えるよう歯を食いしばる。自分を守るはずの近衛兵が牙を剥いたのだ、彼女の心中は察しても余りある。


(仕掛けてきやがったか、あの狐目王子……住み込みの連中以外が帰って、尚且つ皆が寝静まったタイミングなら、少数の手勢でも比較的容易く制圧できる。出口の封鎖も難しくねえ)


 王化は深呼吸を一つ、ぼやける意識を無理矢理呼び戻し、ソルファの腕を離れ自らの力でベネアルに乗る。


「――二人とも、これはあの王子の政変クーデターだ。近衛兵まで向こうに付いてる以上、城の中には逃げ場も勝ち目もありゃしねえ。とっとと城を抜け出すぞ」

『抜け出すっつったって……出口は城門だけだ、近衛兵に押さえられてるはずだよ。突っ切るのは無理じゃないかい?』

「この剣で全員屈服させる。お前はその隙にとにかく突っ走れ」


 王化のその無謀な策に、ソルファは即座に反対する。


「オーカ、それは無理よ! 貴方はもう魔力枯渇を起こしてる、これ以上魔法を使おうとしたら命に関わるわよ!?」

「馬鹿野郎、ここまで来たら何選んでも命がけだろうが。それともなんだ、お前には完全に安全な策でもあるってのか?」

「それは……」


 ソルファは返答に詰まる。そんなもの、どこにも残っているはずがないのだ。


『――姫様、あたいはオーカの策に賭けたい。もうそれしか無いんだろう?』

「ベネアルまで……! もう、分かったわよ! ただし絶対に死なないこと! 死んだら許さないわよ!」

「かはは、無茶苦茶言いやがる。――ベネアル、進路は任せた。最短距離より、なるべく奴らの目につかないルートを選んでくれ」

『分かった。それじゃ、城壁に沿って大回りで向かう。壁際は魔法照明も無いし、植木もあるから幾分マシなはずさ』


 言ったが早いか、ベネアルは即座に身を翻し、城壁際の林に突っ込んでいった。

 月明かりすら無い暗闇の中、しかしベネアルはまるで速度を落とすことなく疾走する。王化とソルファは木の枝に頭を引っ掛けないよう、なるべく低くベネアルの背に伏せるが、それでも時折掠る枝先で生傷を幾つも重ねていく。


『そろそろ角だ! 曲がり切ったら城門はすぐだよ!』

「分かった。城門についたら俺はすぐに降りる。剣の効果が発動し次第、ソルファが俺を引き上げて、ベネアルはそのまま城門を出てくれ」

「曲芸じみてるけど、分かったわ。多少乱暴になると思うけど――って、あっ!」


 ソルファの突然の大声に、ベネアルは思わず速度を緩める。


『なんだ、どうしたんだい姫様』

「今そこ、やっぱりガイアスよ! 良かった、無事だったのね!」

『あ、ちょ、姫様!』


 制止の声も聞かず、ソルファは身軽に飛び降りて林を出る。たしかにそこには、一人佇むガイアスの姿があった。

 仕方無しに王化も続けて降りながら、ふと違和感を覚える。


(なんでこんな微妙な場所に、ガイアスがいる……? こんなことが起きてるんだから、普通真っ先に寝室へ助けに行くもんじゃねえのか?)


 ソルファが走り寄る先、ガイアスが立つ場所は、建物もなにも無いただの広い空間だ。仮に寝室へ助けに行った後だとしても、ここに来る理由は見当たらない。しいて言うならこの辺りで一番見晴らしが良いぐらいで――


「っ! ソルファ! 止まれっ、罠だ!」

「え――?」


 と。

 鋭い声に立ち止まったソルファの鼻先、彼女が一秒先にいるはずだったその位置に、一瞬にして土の牢獄が組み上がる。

 それは間違いなく、ソルファを捕えんとしたもので。


「ガイ、アス……貴方、まさか」

「――無駄な抵抗はおやめください、姫」


 目の前の魔法使いは、ソルファが見たことも無いほど冷たい表情で言い放つのだった。


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