第24話 いずれ、また
――その後、王化らは武具を売る店先を幾つか周り、その後は雑貨商や珍品商を巡る。
「ちょっと、無駄遣い出来ないって言ったのは貴方でしょう? なんでこんな怪しげな店ばっかり……」
『そうじゃぞ御主人。ここにもろくな得物は無さそうじゃしな』
不満げに言うソルファと、同調するマキャベル。
「かはは、ちゃんと考えはあらあ。っていうかマキャベル、てめえは浮気に厳しすぎんだよ。おかげで未だに丸腰だぞ」
対して、自信満々に言い返す王化。言葉の通り、彼も彼なりに何か考えがあってのことらしい。
(まあ、マキャベルが納得する業物を探す、ってのも一つあるけどな……)
王化は心中で苦笑する。ソルファの分の護身具はそれなりに立派なレイピアが一本手に入ったのだが、王化の分はマキャベルが『儂が認めたもの以外許さん!』と断固主張したため、結局購入できなかったのだ。
お前は小姑か。
そう思いつつ、マキャベルの態度が単なる嫉妬ではなく、「半端な物を持たせたくない」という忠心から来るものと分かっていたので、王化は彼女に従ったのだった。
だが、彼の求めている本命は刃ではない。もっと平和的な物――否、その目的を考えればそうとも言い切れないが。
店先を巡って幾つ目になるか、王化はようやく目当ての物を探し出す。
「お、あったあった! これだ、これでいい」
「これ、って――ただの地図じゃない。旅路の地図ならベネアルが用意してるでしょう? そもそもこれ、縮尺大き過ぎて使いづらいわよ」
王化が自慢げに広げるそれを、しかしソルファは呆れ顔で見遣る。
たしかに彼女の言う通り、それはこの国どころか隣接する周辺国まで網羅した規模のもので、旅路の案内には不便そうだ。
が。
しかし、王化は「これでいいんだよ」と勝気に笑む。
「これは地図としてじゃなく、勢力図として使う。国盗りのためにはこの国だけじゃなく、周辺国の情勢まで把握する必要があるからな」
「勢力図……そうね、たしかに政治の面も必要になる」
「だろう? で、だ。俺はこの世界の情勢については無知だ。だから俺がこれを持っていても、こいつはただの地図にしかならない。
だが、お前は違う。お前なら、これを勢力図として――そして、俺達の覇業の道標として活用できるはずだ」
王化はそう言い放ち、ソルファに地図を握らせる。
一瞬の戸惑い。しかし、彼女はすぐに気を取り直し、それを受け取る。
「私にも、王たる者の資質があることを、証明しろと?」
「かはは、そういうこった。大局を見極めて手玉にとってみせろよ、お前が女王になれるっていうのなら」
「ふ、あは、あはははは――なめないで。そのくらい、やってみせるわ」
そして、ソルファは王化を睨み付ける。甘く見るな、と。
(そう、それでいい)
王化は口には出さず、しかし満足げに口の端を上げる。彼の企みは成功である。
――王化は街を出る前に、どうしても一度、ソルファを焚き付けておきたかったのだ。
この先はきっと、長く過酷な旅になる。上品なだけの『お姫様』では、到底耐えられる旅路ではない。
(だが、この顔はどうだ)
そのプライドに爪を立てた途端、ソルファが見せた表情は、さながら狼のそれだ。気高く、そして荒々しくもある。
安寧の城から追い落とされ、飢えを知ったからこそできる表情だった。
王化は彼女の手から地図を回収し、会計に向かう。
「良い顔だぜ、ソルファ。野心を得た顔だ」
「っ、貴方、私を焚き付けたいがために……!」
「かはは、安い買い物さ。勢力図が欲しいのも事実だしな。俺の小粋なプレゼントだと思って受け取れよ」
「もう、すっかり手玉に取られた気分だわ……貴方の方がよっぽど『女王様』よ」
肩を落とすソルファを背に、王化は心底愉快そうに哄笑するのであった。
■
日がそろそろ傾き始めようかという頃、一向は再びギルドに集う。
王化らは結局三人分の服とソルファのレイピア、それから地図一枚だけなのでさほど大荷物にはなっていなかったが、ベネアル達の方が大変だった。当座の食料や諸々の旅支度、加えてリキュリアの魔法用品もあり、二人は満杯の大きなリュックを背にしていた。
それを四つのリュックに詰めなおし、なんとか四人で手分けして持つ。それでも王化の予想よりかなり重荷となってしまった。
「仕方ねえっちゃ仕方ねえんだが、もうちょっとどうにかならんのか、リキュリア……三分の一くらいお前のもんだぞ」
「我慢して頂戴……これでも、相当絞ったんだから……」
「本当かい? わざわざ一度隠れ家まで戻って、大変だったんだからね?」
呆れ顔でベネアルは言う。今日の一番の被害者は、リキュリアに半日振り回された彼女だろう。
「なんだ、そんなことしてたのか? 防衛用のスライムを消したってのに、随分危ない真似を……」
「平気よ、それがなくてもあそこはわたしの庭だもの……それに、魔法用品の回収以外にも、やることがあったのよ……」
「やること? なんだそりゃ」
「隠れ家の封鎖と、出来の良いスライムの保管よ……数年間の研究成果を完全に捨てるのは惜しいし、隠れ家が見つかったら、そこにわたし達の手掛かりが残ってるかもしれないでしょう……? その両方のために、隠れ家を閉ざして来たのよ……それこそ、スライム以外は鼠も猫も通れないようにね……」
「猫も、ねえ」
その言い回しに、王化は苦笑する。
(この半日、闇猫の連中に見付からなかったのは、正直意外だったな……リキュリアの索敵が優秀だったのもあるが、奴らも所詮は寄せ集めだということか)
加えて言うなら、スライムがいなくなった地下水路に人員を回したため、王化らと丁度行き違いになったというのもあるだろう。当然それも予想済み、能力はともかく作戦では王化が闇猫を一枚上回ったというところか。
と。
リュックの分担について相談していると、見知った顔が彼らを呼びに来る。
「――よう、てめえら。待たせたな、準備できたぜ」
「旦那。へえ、それがAライセンスか」
振り向いて見れば、そこには赤い一枚のカードを持ったギルドマスターが。
手にしたカードは、一見なんの変哲も無い紙切れだ。色は深紅で大きさはトランプ程、少し厚みがありその表面には一つの文字が刻まれている。王化には読めないが、恐らくこの世界でAを表す文字なのだろう。
「そう、こいつがAライセンス――赤ライセンスとも言う。こいつを見せりゃ大体の関所は素通りできるし、各地のギルドでもそれなりの扱いを受けられる。
――だが、注意しろよ? これを持つ奴は少ない。便利だが、多用しすぎるとすぐに足が付くぜ」
「なるほど、一種のステータスってわけか。今は良し悪しだな」
赤ライセンス持ち、と言えば冒険者の中では憧れの存在だ。目立ってしまうのも無理は無い。
王化はライセンスを受け取ると、すぐに懐にしまいこむ。ここから騒ぎになっては話にならないからだ。
幾つか細かい注意と、それから使うべき大門とそこへの道筋を説明し、ギルドマスターは最後に王化の肩に手を置く。
「説明は以上だが――死ぬなよ、小僧。このカード一枚だって、俺にとっちゃ十分危ない橋なんだ、借りは返してもらうからな」
「かはは、案ずるなよ旦那。俺を誰だと思ってやがる? 王たる者、冷泉院王化だぞ。いずれここに戻って来た時、この借りは何倍にもして返してやるさ」
王化はいつも通り傲慢で高慢に、一切の迷いも見せず言い放つ。
この先の長い旅路にも、翳りは一片たりともあり得ない、とばかりに。
「く、はははっ、どっからその自信が出てくるんだか……それに、俺もなんでお前を信じたいんだか、不思議でしかたねえよ。
いけよ、小僧――いずれ、また」
ギルドマスターはそう言い放ち、王化の背を押す。
いずれ。
再会を誓うその言葉こそ、なによりの激励であった。
■
――夕暮れが夜に移り変わる頃、忙しなかった大門の往来も途切れはじめ、門番たる衛兵らも帰り支度を始める。
元々は日暮れ後も数時間は門を開けていたが、ここ数日は辺りが暗くなるなり早々に門は閉められてしまう。元から門番を務めていた衛兵らは困惑したものの、城から来た近衛兵には逆らえない。末端の門番と城務めの近衛兵では身分が違うのだ。
(早くあがれるのは楽で良いけど、近衛兵の連中は細か過ぎてかなわん。あーあ、今日も疲れた……)
門の前に立つ古参の衛兵が、長い長い溜息を吐く。朝から晩まですぐそばで近衛兵が目を光らせているのだ、緊張で肩が凝るのも仕方ないだろう。
何故急に近衛兵が大門に視察に来たのか、しかもこんなに滞在し出入りの検査を強化しているのか、一衛兵には与り知らぬことだ。数日前に城であった騒動や、最近城が閉ざされていることとなんらかの関係があるのだろう、ということは察しがついても、それ以上のことはまるで分からないのだ。
(堅物の近衛兵はなんも教えちゃくれねえし、周りの奴らは俺と同じでなにも知らねえしなあ……)
下っ端の悲しさよ、と衛兵は自嘲する。なにか大きな事件が起ころうとも、所詮自分はその脇役にもなれないのだ、という諦観が彼の中にはあった。
と。
そろそろ門を閉めようか、と思いかけた頃、街の中から門へと向かってくる影がある。
人数は全部で三人。一人は立派な黒馬に乗り、その両脇に一人ずつ控え、そしてその全員が顔まで覆うフード付きのローブを身に纏っていた。
怪しい。見るからに。
背後で城壁に背を預けていた近衛兵も、険しい顔で進み出る。
「そこの者、止まれ!」
衛兵の指示に、ローブの一行は素直に立ち止まる。
ふと。
彼らから流れて来た空気に、衛兵は思わず顔をしかめる。
腐臭。それも、この距離でも匂うほど強烈な腐臭だ。
(こ、これはまさか……)
反射的に足を止める衛兵。それを見て、代わりに近衛兵が苛立たしげに前に出る。
「く、なんだこの匂いは……貴様ら、この門を出る要件はなんだ! その怪しげなフードの理由も説明しろ!」
「へへえ。まずはあっしら、こういう者でして……」
高圧的な近衛兵の命令を受け、付き人の一人が歩み出る。そしてその懐から、真っ赤なカードを取り出して見せる。
「それは、Aライセンス……!」
「ギルドからの依頼でねえ、貴族のお嬢さんの護衛を仰せつかってるんでさあ。お嬢さんはちょいと特殊な病気でねえ、専門医がいるアレグロ領まで行かなくちゃならねえ」
「依頼か。ならば何故顔を隠す。堂々と晒せば――」
と、そこまで言い掛けた近衛兵を、衛兵が止める。
「こ、近衛兵殿! 世の中には事情というものがありまして……!」
「? なんだ急に」
「いいから! ――この匂い、お嬢さんとやらは恐らく『腐死病』ですよ……!」
衛兵が耳元でそう告げると、近衛兵の顔からさっと血の気が引く。
『腐死病』――この世界では有名な病の一つだ。発症すると皮膚が強烈な腐臭とともに腐るように爛れ、徐々に腐蝕が身体の芯まで及び、いずれ死に至るというもの。その皮膚に直接触れると感染するとも言われ、患者は忌み嫌われる病気だ。
(この匂い、そしてあのフード……まず間違いないだろう)
『腐死病』の患者は、他者への感染を防ぐため――そして、醜く爛れた皮膚を見せないようにするため、その身を覆い隠すことが多々あった。門番として長年勤めてきた衛兵は、過去実際にそういった者を見たこともあったのだ。
出て行こうとする者は可能な限り速やかに通し、入ろうとする者は断固として拒んだ。それがこの街を守る彼の任務だからだ。そして今回もそれは変わらない。
「近衛兵殿、ここは私にお任せください」
「お、おう……」
「おい、冒険者よ。そのような理由があるならば速やかに行け。事情もあろう、その御令嬢がどこの家の者かも不問とする」
「へへえ、ありがとうございます。して、通行料は……」
「構わん、さっさと行け」
衛兵が顎で促すと、一行は一礼を残して門を出て行く。それを見送ると、衛兵はすぐさま近衛兵と共に門を閉じた。
「……衛兵」
「は、なんでしょう」
「見事な対応だった。城が開いたら、上にお前のことを伝えよう」
「っ! ありがとうございます!」
直角に頭を下げる衛兵と、そっぽを向く近衛兵。
こうして、最後にほんの小さな事件の主役を演じ、衛兵の今日は終わったのだった。
■
「――上手くいったな。かはは、中々名演だっただろう」
背後で大門が閉じるのを見遣り、王化は愉快そうに笑った。
「あの妙な口調はなんだったのよ。ベネアルの真似?」
『ちょ、姫様、あたいの口調が妙だってのかい⁉︎』
「普通ではないわよね……というか、半分以上わたしと一号の手柄よ……」
リキュリアはそう言いながら、馬上のソルファの顔へと手を伸ばす。その手に、濁った水をその身に含んだ一号がひょいと乗る。
「ええ、お手柄だったわ。その、私はかなりキツかったけど……」
「ま、これだけ強烈な腐臭発生源を肩に乗せてれば、そうでしょうね……」
『きゅ。いちごう、くさい?」
「とてもね……ほら、吐き出しちゃいなさい……」
『きゅ』
主人に命じられるがままに、一号は身に含んだ濁った水を根こそぎ吐き捨てる。それによって周囲には凄まじい臭気が漂うが、少なくとも一号はちゃんと無臭に戻った。
「相変わらず便利な奴だ。何入れたんだっけ?」
「鼠の死体を急速腐敗させたものよ……穢れ水の魔女らしいでしょう、ふふふ……」
「全くだな。良い仕事だぜ、リキュリア」
そう言いつつ、王化は早くも歩き出す。
城下街から脱出できたことを、いつまでも喜んでいる暇は無いのだ。一行はまだ、ようやくスタートラインに立ったばかりなのだから。




