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第20話  一件落着


 ――王化らの襲撃は、まさしく疾風迅雷の勢いだった。

 ジネットを筆頭とした冒険者班を先頭に小屋へと突入。一階の居間にいた一人目を悲鳴すら上げさせずに組み伏せると、細かい入り口の位置を聞き出し、そこからは三つの班に分かれて行動となる。

 王化率いる素人班は、集まった客の確保とジネット班の援護。

 ジネット率いる冒険者班は、人さらいの犯人たちの制圧。

 そしてリキュリアとソルファの二人は、敵の魔法使いの確保だ。


「――リキュリア、階段があったわ! こっちよ!」

「待ちなさい……罠がある可能性もある、わたしが先行するわ……」


 全速力で駆け上がろうとするソルファを制し、リキュリアは場違いなほどゆっくりと、慎重に階段を上る。

 そうしている間にも、地下からは怒声や悲鳴、何かの破砕音が響いてくる。即席の突入部隊でぶっつけ本番の襲撃だ、敵も味方も当然ながら大混乱だろう。

 が、それも束の間のこと。覚えのある一喝が、その全てを黙らせる。


「――貴様ら全員(、、、、、)その場に跪け(、、、、、、)……!」


 地下から僅かにその声が聞こえた途端、物音の全てがぴたりと止まる。これで下の仕事は片が付いただろう、とリキュリアは確信する。


(本当、反則級の能力ねえ……)


 持ち主である王化はいまいち理解していないようだが、マキャベルの能力は完全に規格外だ。勿論、魔法耐性の高い者には効かない点や、効果時間が数十秒と短い点、発動に凄まじい魔力を消耗する点など、欠点は幾つかあるものの、それを差し引いても有り得ない性能の魔剣である。


(にしても、なるべくなら使うな、と言っておいたはずなのに……)


 呆れ混じりに溜息を漏らすリキュリア。馬車の中での自滅回路(オーバーヒート)とマキャベルの使用、王化は確実に魔力枯渇を起こしていることだろう。


「下は終わったみたいね。思いの外うまくいった感じかしら」


 王化の声に、ソルファはほっと安堵した様子で言う。


「そうね……捕まった亜人たちが、それなりに役立ったのが勝因でしょう……」

「作戦会議では『最悪裏切られることも想定しておけ』とか王化は言ってたけど、杞憂で良かったわ」

「今回が特別幸運だったのよ……相手の人数が想定より少なかったし、魔法使いも一人だけだった……しかも、その一人はまず間違いなく戦闘向きじゃない……」


 わたしも戦闘向きではないけど……、とリキュリアはぼそりと付け加える。しかし、その口調は不安げなものではなく、むしろ「それでも自分が負けることはない」という自信がにじんでいた。

 ――人さらいたちは亜人を奴隷として売り飛ばしていた。しかし、幼少の頃から調教を受けてきた者ならばともかく、自由意志をもった亜人を短時間で奴隷化させるのはそうたやすいことではない。この犯罪には、奴隷化を専門とする魔法使い――奴隷師という存在が不可欠なのだ。

 ここに一人いる魔法使いは、ほぼ確実に奴隷師。であれば自分の敵ではない、というのがリキュリアの考えだった。


「油断しないでよ? リキュリア。いくら戦闘向きじゃないって言っても、奴隷師って言ったら、魔法使いの中でもかなりのエリートしかなれない存在でしょう?」

「正規の、国家資格を持った奴隷師はそうでしょうね……でも、こんな犯罪に手を貸すのは、もぐりの半端者だけよ……本物の奴隷師ならともかく、もどきに負ける私ではないわ……」


 そんな会話を交わしつつ、二人は階段を上りきる。そしてリキュリアは周囲をぐるりと見回した後、一番近くのドアを無遠慮に開く。

 簡素なベッドとイス、それからやけに大きな戸棚だけがある小さな部屋だ。その中で、ローブをまとった禿頭の老人が、焦燥した様子でうろついていた。老人は突然開いたドアにびくりと一瞬身を縮め、そしてリキュリアたちを認めると即座に警戒態勢に入る。


「な、なんだ、何者だ貴様ら! 下の連中はなにをしている!」

「あれだけの騒ぎをきいて、その上マキャベルの魔力を感じて、まだ状況が掴めていないの……? 救えないわね、貴方……」


 哀れむようにそう言いながら、リキュリアは一歩部屋の中に入る。


「な、な、なんだと!? くそ、くそっ! あ、安全な仕事だと聞いていたのに、くそ! そ、それ以上近付くな!」

「窓から飛び降りて逃げる時間ぐらいあったでしょうに……まぁ、そうしていたら、ベネアルに蹴り殺されていたでしょうけど……」


 老人の言葉を無視し、彼女はまた一歩踏み込む。


「く、来るな! 来るなと言っておるだろうが! そ、それ以上近付けば攻撃するぞ!」


 老人はローブを勢い良く開くと、その内側に張り付けられた小瓶を手に取り構える。中に入っている赤と青の液体は、儀式用の触媒ではなくそれ自体が危険な薬物である。


「それが貴方の攻撃……? もぐりの奴隷師は魔法よりも薬物を使うって聞いてたけど、本当みたいね……ソルファ、二号を返して頂戴……」

「へ? あ、うん」


 リキュリアはソルファからスライムを受け取ると――それをそのまま、投げつける(、、、、、)

 べちゃりという不快な音と、『きゅっ』と小さな悲鳴と共に、二号は老人のローブの裾に張り付いた。が、しかし、二号は別に強酸性でもなんでもないので、本当にただ張り付いただけである。

 その唐突な行動に、投げつけられた老人だけではなく、ソルファも思わず声を上げる。


「ちょっ!? な、なにしてるの!?」

「ひぃっ!? す、スライムだと!? な、なんだ貴様、ば、馬鹿にしているのか!?」

「顔を狙ったのに……やっぱり投げるのは得意じゃないわね……」

『きゅ、ますた、へた』

「む、無視をするな貴様ァ! もういい、その皮膚焼け爛れさせて――」

「うるさいわよ、貴方……溺れなさい(、、、、、)……」


 と。

 リキュリアが命じたその瞬間、だった。

 老人のローブに付着した二号の身体が、急速に膨張を始めたのだ。


「な――!? ひぃ、なんだ、これ――んぐ……!」


 悲鳴を上げられたのも一瞬だ。二倍、四倍、八倍、十六倍――と加速度的に倍加する二号に、老人はまずは足を絡めとられ、すぐに胸まで浸かり、そして為す術なく頭まで覆い尽くされる。

 巨大化したスライムの中、老人は酸素を求めて必死に足掻くが、粘性を持つ液体は逃走を許さない。


「知らないの……? スライムを構成しているのはほぼ水と魔力……そして、スライムは魔力さえあれば際限無く巨大化できるのよ……わたしが本気を出せば、この小屋ぐらいは丸ごと飲み込める……逃げ出すことは不可能よ……」

「――! ――!」

「ふふ、でも安心なさい……殺すなと言われてるから、死なない程度になぶってあげるわ……」

「――! ――! ――――――ッ!」


 声にならない悲鳴を上げながら、老人は気絶するまでもがき苦しむのだった。



   ■



 自分たちの仕事を終え、リキュリアたちが地下へと降り立つと、そこは既に全てが終わった後だった。

 リビングのテーブル下から伸びる隠し階段はそのままオーディション会場の客席に繋がっていて、そこの並んだ悪趣味なほど豪華な椅子には貴族らしき者たちが十余名ほど縛り付けられている。そして一段高いステージには、荒縄で更にきつく縛り上げられた犯人たちが五人転がされていて、そのそばに即席の突入部隊が立っていた。

 ――否、一人は立つことすらままならないようで、ぐでんと力なく身を横たえているが。


「おぉ、そっちも終わったか……よくやったぞ、二人とも」

「私は見てるだけだったけどね。っていうか、大丈夫? 王化」

「かはは、いやあ、流石に魔力切れた」


 ステージの上に寝転んだまま、王化は力なく笑う。


「だからなるべくマキャベルは使うなと言ったでしょう……分かってると思うけど、自滅回路(オーバーヒート)もかなり魔力を使う魔法なのだから……」

「仕方ねえだろ。この用心棒が馬鹿みたいに強かったんだからさ。使わなきゃこっちに死人が出てた」


 彼はそう言いながらステージ中央の一際巨大な男を指さす。二メートルを優に超す強健な肉体に、額から伸びる二本の短い角――それは鬼人族(オーガ)と呼ばれる人種だった。

 その大男の背後に立つジネットが溜息混じりに言う。


「悪い、あたしたちの力不足さ。まさか亜人でも最強クラスの鬼人族(オーガ)が出てくるとはね……冒険者班全員で飛び掛かったんだけど、ものの見事に一蹴されちまった。オーカが動きを止めてくれなかったら、最悪全滅もあり得た」

「オーガとオーカって似てるよな」

「今その話する必要あるかい……?」


 意外と余裕なのかあんた、と苦笑するジネット。ごく短い共闘だったが、こんなやりとりを交わせる程度には打ち解けたらしい。

 と、そんな話をしていると、不意に地上から足音が聞こえてくる。それも一つや二つではなく十や二十という人数だ。

 何事かとジネットは腰の剣に手を伸ばすが、王化はそれを「大丈夫だよ」と制す。そして彼のローブからぴょんと飛び出した一号が呑気な声で告げる。


『さんごう、きた』

「は? さんごう? なんのことだい?」

「連絡用のスライムを、ギルドマスターに預けておいたのさ。事が終わり次第すぐに事後処理してもらえるようにな。しっかし、ギルドからは随分距離があるはずだが、仕事の早いこった」

「おそらくだけど、作戦を伝えた時点で当たりを付けて、ある程度近場に待機していたんでしょう……もしわたしたちが失敗して捕り逃しても、自分たちでなんとかできるように……」

「かはは、信用されてねえなあ。ま、それだけこの件に必死ってことか」


 信用問題だもんな、と王化は笑う。

 そうこうしている間に足音たちは階段を降って地下に下りてくる。そしてギルドマスターを筆頭とした緑の制服の人間が二十人ほど、もはや跡地となったオークション会場へと現れた。

 先頭に立つ恰幅の良い中年の男は、その場をぐるりと見回すなり満足げに言う。


「――うまくやったみたいだな、遠き地の者(ジプシー)。ははっ、なんだお前だけ満身創痍か?」

「うるせえ、俺が一番大活躍したんだよ。とりあえずここにいる連中に関しては取りこぼしてないはずだぜ」

「ああ、それは上にいた馬の亜人にもきいた。残党はこいつらを締め上げて芋づる式だ、よく全員生け捕ってくれたな、良い仕事だぜ」


 そう言いつつ、ギルドマスターは背後の部下たちに短く指示を飛ばす。犯人たちはひょいと肩に担ぎ、鬼人族(オーガ)は三人がかりで、貴族連中は椅子ごと抱え、部下たちは足早にその場の全員を回収していく。そして余った人員は舞台袖の奥に進み、以前捕えられた亜人たちを保護して地上へと去っていった。

 残ったのは、ギルドマスターと即席突入部隊一行。王化は若干苦しげに身を起こすと、真剣な面持ちでギルドマスターに向かい合う。


「マスター、約束は覚えているな? 独り言だった、じゃ済まねえぞ」

「分かってるよ。それも信用問題だ、約束は守ろう。明日うちに来れば難度A級の任務を斡旋してやる」

「ありがたい。それと、この件の報酬もだ。俺たちだけじゃなく、こいつらにもな」

「それもスライム越しに聞いたよ。つってもそう多くは支払えねえぞ? 頭数が多いしな」

「構わねえよ。――それからもう一つ」

「まだあんのか? これ以上の約束はしてねえと思うが?」


 王化の言葉に、ギルドマスターの笑みが若干鋭くなる。ギルドは慈善組織ではないのだ、損益の天秤が傾く気配があれば、その長たる彼は看過しないだろう。

 が、王化は強いて明るい様子で言う。


「かはは、そう怖い顔するなよ。これは取引じゃなくてお願い、あるいご提案ってところだ。作戦を説明したときにも分かったとは思うが、今回の成功は俺たちだけじゃなくこの亜人たちの功績によるところも大きい。どうだ、勿論A難度とは言わねえから、こいつらにも次の仕事を与えてみるってのは。よく働くと思うぜ?」

「オーカ……」


 予想外の言葉に、ジネットたちは感激の声を漏らす。


「なるほど、そういうことか……よし、そうだな、それも約束しよう。ここで見せた働きをしてくれるってんなら、こっちにも損はねえしな」

「感謝する。聞いたかお前ら、正規の仕事回してくれるらしいから、これに懲りたら怪しげな依頼は――ってこら、抱きつくんじゃねえ! 嬉しいのは分かったから! おいばかやめろ! お前ら力強すぎ、お、折れる! 潰れるから!」


 飛びついてくる亜人たちに押し潰されかけながら、王化は愉快そうに笑う。王化らにとってはまだ段階を一つクリアしただけだが、人さらい事件としてはこれにて一件落着大団円、と相成った。

 ――と、その一方。


「……貴女、意外と顔に出るタイプなのね……」

「な、なによ。別になんともないわ。別に皆喜んでるだけだし、気にしてないし――って、なにキ、キスまでされてるのよオーカ!」

「多分あの亜人たち、中には元娼婦とかもいるから、放っておくと……」

「ぎゃー! だ、駄目よ! そういうの駄目だからー!」


 結局輪の中に飛び込んでいくソルファ。

 ――そんな彼女をリキュリアと、それから残ったギルドマスターが静かに見守るのだった。



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