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第18話  出たとこ勝負だ

 一行が再び外に出る頃、辺りは既に夜の闇に包まれていて、しかも大粒の雨が降り注いでいた。

 石畳を伝って押し寄せる雨水に、地下水路から出るのすら一苦労だ。王化は結局力任せにはね飛ばすように蓋を開け、隙間に貯まった水をもろに顔へ受けながら外へ出た。

 口に入った雨水を吐き捨て、王化は辺りを見回す。夜闇も相まって視界は非常に狭く、彼は思わず舌打ちを漏らす。


「っち、昼はあんだけ晴れて暑かったのに、今度は肌寒いぐらいの雨かよ」

「この季節、この辺りは天気が変わりやすいの……この程度の雨なら御の字よ……」


 後から続くリキュリアはそう言い、蓋を閉じる。


『そうじゃぞご主人。ほら、さっさとフードを被れ。頭が濡れるぞ』

「ヅラと犬耳付けたままフード被ると、ごわごわして嫌なんだよ……」


 文句を言いつつも、王化はマキャベルの言葉に従う。傘を持っていない今、雨をしのぐ方法はそれしかなかった。

 ――この場にいるのは、先ほどと同じ三人。ソルファとベネアルは別動隊として異なる出口から外へ出ている。

 全ては作戦の内、である。


「リキュリア、この天気でもスライムたちの通信は使えるんだな?」

「当たり前よ……むしろ、湿気が増して調子が良くなるぐらいだわ……気になるなら確認しておきなさい……」

「ん、そうする。一号、二号に繋いでくれ」

『りょうかい』


 ローブの中で王化の肩に乗る一号は、ぷるぷると震えて二号への通話を開始する。程なくしてその体から凛とした少女の声が響く。


『――王化? こちら別動隊、無事外に出たわよ』

「おう、なら良かった。よし、ちゃんと通じてるな。雨と夜闇で視界が悪いが、作戦に支障は無いか?」

『大丈夫、視力も魔法である程度はブーストかけられるから、このぐらいの雨なら作戦変更の必要は無いわ』

「そいつは頼もしい。ベネアル、お前はどうだ。足場も悪いが、走れるか?」

『なめんじゃないよ。こんぐらい屁でもないさね』

「そうかい。んじゃ、手筈通りに頼むぜ」


 軽く肩を持ち上げて合図し、その言葉を最後に通話を切る。スライムたちにはこの後も活躍してもらうのだ、ここで無駄に体力を使わせるわけにはいかなかった。


(天候には恵まれなかったが、作戦に変更は無し。各員の士気も上々、悪くねえ立ち上がりだ)


 さてと、と一息。


「んじゃ、行こうか。お仕事の時間だ」



   ■



 リキュリアの案内で集合場所に向かうと、そこには既に十人近くの人影が集まっていた。

 指定された場所は市街の外れにある雑木林。目印は古井戸で、それを囲むように集まった者たちは立っている。指定の時間までもう少しあるため、まだ偽ギルド職員らの姿は見受けられない。

 ほとんどの者が王化たちと同じように合羽代わりのローブを纏っているため、その容姿をはっきりと伺うことはできないが、ほぼ確実に全員亜人なのだろう。下は十三・四ほどの子供から、上は三十半ばまで、当然王化以外は全員が女性である。


(グループもあり、個人参加もあり、か……本格的な得物を引っ提げた連中もいるな)


 集まった亜人たちに目をやりつつ、王化らはその集団の中に加わる。亜人たちは新入りをちらりと見遣るが、皆すぐに興味を無くしたように目を逸らした。

 グループ内で多少の会話はあるものの、ここで居合わせた者同士での交流は一切無い。誰もが他人から等しく距離を取った立ち位置も、それを物語っていた。


「――協力する気は無え、って雰囲気だな」

「お互い得体の知れない相手ですもの、無理もないわ……それに、仲間というより、ライバルという認識なのでしょう……」

「? どういうこった? 依頼に競い合う要素なんかあったか?」

「貴族の倉庫の襲撃よ……? 全員、ついでに金目の物をありったけ盗む気に決まってるじゃない……」

「あぁ、なるほど」


 ならばこのピリピリした空気もやむなしか、と王化は納得する。


(ついでに言うなら、全員依頼内容については疑いなく信じてる、ってことだよな……)


 予想通りではあるが、若干落胆する王化。もしもこの依頼に疑念を抱いている者がいれば、事前に協力を要請できると期待していたのだ。

 しかし、全員が偽りの依頼を信じ込んでいるこの状況では、それも叶わない。事情を説明しても突っぱねられるのがオチであろう。


(それに、下手に話しかけてボロが出るのもいただけねえしな)


 事前にベネアルに忠告を受けていたのだが、王化の女装は亜人ならば(もちろん種族にもよるが)体臭や声から一瞬で見破れるらしい。

 香水でも用意しとくべきだったか、なんて王化が考えていると、遠くから蹄と車輪が道を駆る音が響いてくる。音は真っ直ぐに古井戸に向かい、すぐに二頭牽きの幌馬車が現れた。

 荷馬車が止まり、御者台から二人の男が降り立つ。二人ともローブを被っていてギルドの制服は見えないが、紛れもなく昼に勧誘してきた二人組だった。


「――やあやあ皆さん、時間通りお集まりいただき恐縮です。二、四、六の八の……ええ、全員揃っていらっしゃる。生憎のお天気で大変だったでしょう、さあさ馬車の中へどうぞ。詳しいことは中でご説明いたします」


 中年が慇懃丁寧に口上を述べ、少年の方は幌馬車の後部をめくり上げて亜人たちを招く。

 言われるがままに幌馬車に乗り込む亜人たちに混じりながら、王化は外からは分からない程度に軽く肩を持ち上げる。そしてそれに応え、スライムが密かに通話を開始する。


「――俺だ。今から乗り込む、準備は良いな?」

『万全よ。こちらからも見えている。事が動いたらまた連絡ちょうだい』

「了解。ぬかるなよ」


 くいと肩を持ち上げて通話終了。隣のリキュリアにも目配せを送ると、彼女は軽く頷く。こちらも万端という様子である。

 前の八人の乗車が完了し、王化たちも車内に乗り込む。内部に採光の手段は無く、代わりに吊されたランタンが弱い光を提供している。浮かび上がるのは、両側に無骨な木製の座席を配した長方形の空間。二人は辛うじて残った右側の席に身を寄せあい座った。

 全員が乗り込むと外から幌が閉じられ、すぐに馬車は走り出す。外の様子を確認する術は無いが、ぬかるんだ土を駆る走行音からして、馬車は郊外に向けて出発したらしい。


(となると、あの地図が正しければ行き先はC・D・E地点のどれかか……よし、これも悪くねえ)


 偽ギルド職員から盗み取った地図を頭に浮かべながら、王化は密かにほくそ笑む。可能性のある三つの地点はどれも僻地。周囲に人が少なければそれだけ正体が露見する可能性が減るのだ、王化らにとっては好都合であった。

 ――どれほど走っただろうか。黙々と進む馬車に焦れて、冒険者然とした長身の女が御者台と繋がる格子付きの小窓を叩く。


「おい、おい! そろそろ詳しい話を聞かせなよ! 仕事の内容、まだ聞いてないよ!」

「んあ? ああ、はいはい、仕事ね」


 格子付きの小窓の向こう、先ほどまでとはうってかわって、礼の欠片も無い返答を中年は返す。

 あまりの豹変ぶりに、周りの亜人たちはざわつき始めるが、それはあまりに遅すぎる。


「仕事、仕事ね――ははっ、ばっかじゃねえのか、てめえら」

「な――」

「んなもん、あるわけねーだろうがよォ! てめえらみたいな能無しの亜人にっ! てめえら全員、このまま奴隷市場行きだ、バァァァァアアアカ!」

「にっ――ぃ!?」


 と。

 中年の罵声が響くと同時に、腰を下ろしていた木製の座席が蠢いた(、、、)

 尻の下が僅かに盛り上がったと感じた次の瞬間、平坦だった座席の木材から無数の木の枝が突き出してくる。人と人の境、背中と背もたれの隙間、股の間――僅かな空隙から芽吹いた木の枝は、触手のような気味の悪い柔軟性を持ち、驚き硬直する乗客の四肢を一瞬にして絡めとって座席に固定する。

 冒険者然とした女も、他の面々も、そして王化とリキュリアも、生きた枷には為す術も無く捕縛されてしまった。その様子は木の枝に縛られているというよりも、むしろ木に飲み込まれていると表現した方が適切なほどだった。

 身悶え、震え、叫び、怒鳴り散らす阿鼻叫喚の車内に、中年の嘲笑が転がる。


「――そいつは腕利きの魔法使いが、わざわざ神樹を元に作った拘束魔法だ。どんな馬鹿力の亜人だろうが絶対に逃げらんねえよ」

「て、てめえ、ハメやがったなぁあああ!? 殺すっ! 今すぐこれ解かねえと八つ裂きにして殺す!」

「言ってろバァカ。んな口きけんのもこの車の中だけだ。市場に着いたら怪しげな首輪で全員仲良くお人形だからなあ!」


 饒舌に語った中年は、絶対的優位を確信した者特有の下卑た哄笑を垂れ流す。

 捕らえられた亜人たちは皆必死で脱出を試みるが、完全に全身絡め取られた状態では身じろぎすら困難だ。全員が力の限り暴れてみても、幌馬車が多少揺れる程度の衝撃にしかならない。それでも彼女らは力の限り抵抗するしかなかった。

 ――そんな中平然と、それこそ身じろぎすらしない王化とリキュリア。


「触手プレイねえ。なかなか良い趣味してる、嫌いじゃないぜ」

「馬鹿言ってないでさっさとして頂戴……貴方の出番でしょう……」

「かはは、そうだな。この作戦で、ここが俺の最初で最後の見せ場だ」


 王化は心底愉快そうに笑い、ゆっくりと瞬きを一つ。周囲の狂乱を遮断し、意識を自分の内側に集中させる。


(――不思議だな。名前と呪文を決めただけなのに、こんなにも集中できる)


 これが加護を御するということか、と王化は身をもって理解する。己の中の力を、彼は今初めて明確に自覚したのだ。

 そして、彼は言葉によってその力を起動する。



「リボルバレット――自滅回路(オーバーヒート)



 かちり、と音がする。

 しかしイメージが今までと異なる。歯車が噛み合う感覚ではなく、回転弾倉が弾丸をつがえる感覚だ。

 その変化に驚く間も与えず、胸の奥を激しい熱が焼く。そしてそれが収まると、王化を飲み込んでいた木の触手たちは、まるで枯れ葉のようにあっさりと砕け散った。


「――っと、なんだ、意外とうまくいったな」


 拍子抜けだ、と言わんばかりの調子で王化は笑う。


「なんで意外そうなのよ、貴方……」

「ん? そりゃ、作戦なんざ大体うまくいかねえもんだからな。正直失敗する前提で考えてたんだが、この調子なら作戦変更無しでいけるな」


 そう言いつつ、彼はリキュリアを覆う触手に手を遣る。すると次の瞬間、その触手もさも当然のごとく崩れ去った。

 と。狭い車内なのだから当然だが、二人が拘束を抜けたことに周りの者はすぐに気付く。


「っ!? お、おいあんたら、どうやって――むぐ!」

「しーっ。すぐに全員解く、怪しまれないように暴れてろ」


 驚愕に顔を歪める冒険者然とした女の口を手で塞ぎ、王化は全員に向けて促す。皆その意図が読めずに硬直するが、やはり冒険者然とした女は場慣れしていると見えて、王化が手を離すなりすぐにまた暴れ始める。


「っ……! お、おらぁ、解けこの野郎! 八つ裂きにするぞぉ!」

「かはは、名演だ。ちょっと待っててくれよ」


 悪戯っぽく微笑みながら、くいと肩を持ち上げる王化。ローブの中で振動が一度、ソルファはすぐに応じた。


『――こちらソルファ、追走している。動きがあったの?』

「あぁ、無事脱出成功だ。このままプランAを続行する」

『了解。二人とも怪我は無い?』

「大丈夫。なにもかも作戦通りだ(、、、、、、、、、、)



   □



 ――雨降りぬかるむ雑木林を、漆黒の駿馬が主を乗せて駆ける。

 視界も足場も悪い中、しかし駿馬の姿をとった従者は忠実に役目を果たす。その役目とは、斜め前方を先行する幌馬車を、気付かれないように尾行するというものだった。

 闇の中に浮かぶ幌馬車までは、直線距離で百メートルほど。蹄音を隠す雨音、そして絶妙なルート取りもあって気付かれた様子は無い。

 となれば、問題は幌馬車の中にいる別動隊の二人だが――


「――よかった。なら追走を続ける。無茶はしないでね」


 背の上で安堵の息が小さく漏れる。どうやら向こうの二人もうまくやっているらしい、とベネアルは察する。


『プランAのままで良いのかい? 姫様』

「ええ。王化たちはこのまま幌馬車に乗って敵の本拠地を襲撃、私たちはそれを追いかけて加勢するわ。危険なのはここからよ、気を引き締めて」

『了解っと。――でも良かったじゃないか、あいつらがうまく抜け出せて。プランBでは、馬車ごとぶっ壊してあいつらを救出する予定だったんだからさ』

「そうね、そっちだったらまず無傷じゃいられなかったでしょうし……ほんと、無茶苦茶だわ」

『はは、全くだ。ま、あいつもあいつなりに考えて作戦立ててんだろうけど、結局は「出たとこ勝負だ」っつってたもんねえ』


 ベネアルは王化の言葉を思い出して苦笑する。

 今のところ彼の立てた作戦はうまく型にはまっている。彼の予想通り、拘束は馬車に乗った段階で一斉に行われ、そして彼のリボルバレットでそれを破壊することができた。


(だけど、本番はここからさね……)


 ソルファに言われたとおり、ベネアルは緩みかけた気をきゅっと引き締める。王化の立てた作戦では、この先は今まで以上の不確定要素が絡んでくるのだ。

 まさに出たとこ勝負。


『かはは、それも、悪くないけどね――!』


 傲慢な笑みを真似ながら、ベネアルは雨垂れを裂いて走るのだった。


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