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第17話  リボルバレット


「――痛え」

「わ、私は謝らないわよ……!」


 市場にて二人としばし観光を楽しんだ後、リキュリアの隠れ家へと戻ってきた王化は――何故か左頬を真っ赤に腫らしていた。

 顔は真っ赤に目は涙目で怒りを露わにするソルファと、それをなんとか宥めようとするベネアル。そして釈然としない様子の王化。

 そんな光景を見かねたリキュリアとマキャベルが、心底呆れた様子で言い放つ。


「仮にも一国の姫が、いつまで茶番をしているのよ……下着姿を見られたぐらいで大人げない……」

『そうじゃぞ。恥じるような身体でもあるまいに』

「そういう問題じゃないわよ! 乙女の素肌を男に見られたのよ!?」

「ま、まあまあ、下着着てただけマシだと思って許しておやりよ、姫様。あたいなんか完全に全裸だったんだよ?」


 自分で言いつつ、軽く頬を赤らめるベネアル。

 ――要は、王化が連絡もせず急に帰ってきたので、服を干していた二人のあられもない姿を見てしまったのである。

 ソルファのビンタで未だに痛む頬をさすりつつ、王化は不服そうに弁明する。


「見ちまったのは悪かったけどよー、今回は仕方ないだろうが。一号も疲れてるだろうから連絡入れるのもはばかられたし、隠し扉にわざわざノックする馬鹿もいねえだろ」

「あぁ、あたいは分かってるよ。ほら姫様、こんなのただの事故だって。この先城下町を出たら野宿も多くなるんだ、いちいち騒いでたらやってらんないさね」

「それは分かるけど! っていうか、なんでベネアルはそんなに寛容なの!? 乙女としてちょっとは怒りなさい!」

「い、いやぁ、他の奴ならともかく、王化になら、ねえ?」

「ちょろすぎるわよ貴女!? はぁ、分かったわよ、もう……」


 ベネアルのあまりの甘さに不安を抱きつつ、ソルファはようやく落ち着きを取り戻す。相変わらず身を守るように己を抱いたままだったが。

 ともあれ、一行はこれでやっと本題に入る。まずは外出組がしてきたことの説明からだ。

 ギルドでのやりとり、偽ギルド職員からの依頼、そしてついでに市場の様子。


「――なるほど。ちょっと帰りが遅いと思ったら、散策してたの」

『久々の外出じゃ。楽しかったぞ』


 満面の笑みでそう言うマキャベル。その顔には、鼻から上を隠す貴族の仮装社交界風のお面が着けられていた。


「なんで立派な精霊が、お面買ってもらって喜んでるのよ……で? 市でもなにか収穫があったの? まさか、マキャベルへのサービスのためだけ、というわけではないんでしょう」

「当たり前だろ。暇そうにしてる連中に話聞いて回ってたんだが、大体が城の異変には気付いてるらしかったぜ。まぁ派手に大穴開けたし、城に勤務してる奴らは訳も分からずあぶれてる状態だしな。

 で、案の定もうそろそろ――明後日辺りには城門が開くっつう見立てで一致してた」

「そう。月市も終わるから関連手続きも必要でしょうし、妥当な所だわ。そして――それが、私たちのタイムリミット」


 神妙な面もちで呟くソルファに、王化は敢えて明るく答える。


「そういうこった。なぁに、今日中に偽ギルドの連中をとっつかまえて、明日中に難度A級の依頼をこなせば間に合う。十分だ」

「ん、そうね。今更弱音を吐いても仕方が無いか」


 難度A級の依頼を一日でこなす、という時点で無理難題にもほどがあるが、選択肢は他に無いのだ。ソルファは王化に倣い、無理矢理にでも強気な笑みを作った。

 国を取り戻す――それを望んだのは、他ならぬソルファ自身なのだから。

 さて、と声を上げて話題を変えたのはベネアルだ。


「んじゃ、今度はあたいらの報告さね。頼まれてたこの先の行き先についてだよ」

「おお、決まったか?」

「ええ。ここから真っ直ぐ東、アルグレ領に決めたわ。まずは四公の一人、ダージ・アルグレ公のもとに向かい、彼の庇護を求める」

「し、しこう? あるぐれ?」


 いきなり連発される聞き慣れぬ言葉に、王化は思わず聞き返す。


「あ、ごめんなさい、いきなりだったわね。

 そもそも、この国は一王四公からなる連合王国なの。一王というのが私たちオリアボス王家。四公というのはその配下である貴族の中で、特に大きな勢力を持つ四つの家系のこと。ここオリアボス領を中心として、四公はそれぞれ東西南北に領地を持っているわ」


 こんな風に、とソルファはテーブルの上のコップ四つと一号で説明をする。

 オリアボス領に例えた一号を真ん中に置き、それを囲むように上下左右にコップが置かれる。それを見るに、オリアボス王国の領土はほぼ円形になっているらしかった。


『いちごう、えらい?』

「うん、偉い偉い。なんたって王家ですもの」

『えへん』


 心なしか威厳ある表情を作り膨れ上がる一号。それを見て羨ましかったのか、二号と三号も加わり同じように膨れる。


「なんか王家増えてるけど……で? その東のなんちゃら公を選んだ理由は?」

「アルグレ公ね。理由は、家としても、現当主の個人的な性格としても、四公の中で王家に対する忠誠心が一番強いからよ」

「? 俺たちは国盗りしようってんだぜ? 国に忠誠心が強い奴なんざ、むしろ厄介以外のなにものでもねえだろ」


 王化は呆れてみせるが、ソルファはそれを静かに否定する。


「アルグレ家は純粋な騎士の家系よ――彼らが忠誠を誓っているのは、オリアボス王国という『権力』ではなく、オリアボス王家という『血筋』。私とミルバ、そのどちらが王家の『血筋』にふさわしいかといったら、間違いなく私よ。アルグレ家は確実に私につく」

「やることは謀反だぜ? 信頼できる相手なのか」

「ええ、確実に。――って、ガイアスに裏切られた私が言っても、いまいち説得力が無いかもしれないけど」

「いんや、信じるとも。かはは、お前が信じられるというのなら、賭けようじゃないか。俺たち全員の命運を」


 王化はそう言い放ち、他の三人にも目で問いかける。

 ベネアルもリキュリアもマキャベルも、それぞれ思いは異なるのだろうが、それでも全員頷く。かくして一行の行き先は決定するのだった。


「にしても、一王四公ねえ……そんなら、最低でも二公は味方に引き込む必要があるか」

「そうね。でも、その点でもアルグレ公は頼りになるわ。アレグロの騎兵隊の勇壮さはオリアボスでも随一だと聞くし、それに――」

「あそこには、国一番の魔法学校があるもの、ね……」


 言葉を継いだのはリキュリアだ。その声には若干の自嘲が込められている。


「? なんか縁でもあるのか、お前」

「わたし、そこの出身なのよ……ええ、ちょっとした問題起こして退学になったけど……」

「『ちょっとした』問題なら退学にならない気がするが……まあいいさ、リキュリアも知ってる土地だってんなら心強い。

 ――さて、行き先は決まった。そんじゃ、そこに至るために、今夜の作戦会議といこうじゃないか」


 仕切り直すように王化は言い、いつも通り勝ち気な笑みを浮かべる。

 そして早速その作戦を、自信満々に語るのだった。



   ■



 ――具体的な作戦会議も終えると、一行は僅かばかりの休憩時間と相成った。

 ベッドに身を横たえるベネアル、床に腰を下ろしてスライムたちと戯れる王化とソルファ、机に向かい魔術書をぺらぺらとめくるリキュリア、そして机の上で彼女から魔力の補給を受けるマキャベル。


「――二号、三号、一号だな」

「えー、一号、三号、二号よ」


 蝋燭の火が揺らめく静かな室内に、王化とソルファの声が響く。二人とも、この状況でありえないほどリラックスした声音である。

 マキャベルへの補給が終わったのだろう、リキュリアは「なにをしているの……」と二人に振り向く。


「あぁ、これか? スライムたちを見分けてんだ。利きスライムだな」

「そんな利き酒じゃないんだから……なに、見た目で判別しているの……? そんなの、わたし以外無理よ……」

「あら、結構できてるわよ? ねえスライムちゃん、答え合わせして?」


 ソルファの要請に、スライムたちは右から順に点呼を始める。


『いちごう』

『さんごう』

『にごう――ひめさま、かち』

「ほら、当たった。ふふーん、オーカ、これで三勝一敗ね。私の勝ちよ」

「あれー? 畜生、絶対合ってると思ったのに……あれだ、やっぱ一号と二号が似てんだよ。三号は割と分かるんだけどなー」

「一号ちゃんと二号ちゃんも結構違うわよ? 声の感じとか、プルプル感とか」


 当然のように言い放つ二人に、リキュリアは閉口する。当然だろう、スライムたちを作った張本人である彼女ならばともかく、第三者から見ればスライムたちはどう見たって同じにしか見えないはずなのだから。


「……ベネアル、貴女、この子たちの違い分かる……?」

「分かるわけないだろ。ま、流石は一国の姫と、自称王になる男ってところさね。見る目はたしかなんだろうさ」


 ベネアルは呆れ交じりに肩を竦める。

 視線を二人に戻してみれば、スライムたちは無邪気に二人にじゃれついている。元々人懐っこいスライムたちではあったが、それにしてもこの短期間でここまで懐くのは珍しいことだった。

 器というのか、カリスマというのか。いずれにせよ、二人には懐かれるだけの共通する理由があるのだろう。

 手に乗ってきたスライムたちをひょいひょいとお手玉しつつ、王化は思い出したように言う。


「そういや、こいつらの名前さー、もうちょいなんとかならねえの? 一号二号三号じゃ愛想が無くねえか」

「その子たちはそれで良いのよ……あくまでも研究成果なんだから、愛着を持ちすぎるのも良くないの……」

「そういうもんか。お前の言う研究って、こいつらのことなのか? そういや超高性能だけど」

「そうよ……穢れ水の魔女、なんて呼ばれる前は、スライムマスターって仇名もあったのだから……」


 少し自慢げに名乗るリキュリアに、王化は露骨に渋い顔をする。


「なにそれダッセえ……」

「なにか言ったかしら……?」

「マスターとか格好良いなー! 憧れちゃうなー!」

「全く……そう言えば、貴方も名前、決めなくちゃいけないわね……」

「え、なに、俺も増幅マスターとか名乗るの? やだよダッセえ」

「違うわよ……魔法名と、それから呪文を決める必要があるの……」


 リキュリアの言葉にソルファも「そうね」と頷く。しかし当の王化はいまいちピンと来ない様子で首を傾げる。


「名前と呪文って、なんか意味でもあんのか?」

「あるに決まっているでしょう……特に貴方の場合、事故防止の為にも必須よ……」

「事故防止? なんだそりゃ」

「貴方の魔法は用途が広いから、ちゃんと制御しないと暴発しやすいのよ。ほら、マキャベルが良い例じゃない」


 ソルファはそう言って、折れた剣の柄を顎で指す。

 ――マキャベルの封印を解いたのはたしかに王化だ。しかし、それは狙ってそうしたのではなく(そもそも王化は封印のことなど知らなかった)、剣を折ろうとする意志に反応し、無意識で加護が発動した結果でしかなかった。

 言われてみれば、あれはたしかに暴発だ――と王化は納得する。そしてもう言っても詮の無いことではあるが、あの暴発が政変クーデターの引き金となったのだ、制御の重要性は嫌でも理解できる。


「わたしたち魔法使いは、名付けること、そして呪文による発動の条件付けをするということによって、魔法を制御しているの……」

「ふうん。言霊みたいに、呪文自体に意味があるのかと思ってた」

「そういう魔法使いも、いないわけではないけれどね……とりあえず、まずは魔法名だけでも考えて頂戴……言いやすくて、自分自身で一番しっくり来るものよ……」

「魔法名、ねえ……」


 王化はお手玉の手を止め、腕を組んで考え込む。今の今まで『増幅』で通してしまったため、新たに名付けるとなるとなかなか出てこない。

 と、彼のそんな様子に見かねて、ベネアルが口を出す。


「じゃあさ、姫様のあれはどうやって名付けたんだい? 参考にしてみたらいいじゃないか」

「そうね。って言っても、私の『穿つ一投(レッド・カタパルト)』はガイアスが名付けたんだけど……まあ、由来はそのままよ。投石機(カタパルト)並の威力で赤い魔力塊を放つから、『穿つ一投(レッド・カタパルト)』。可愛げの無い名前でちょっと嫌なんだけどね」

「はあん。たしかに、年頃の女の魔法に付ける名前じゃねえわな。せめてマグナムとか――ああいや、それもそれで酷いか」

「? まぐなむ?」


 首を傾げるソルファ。


「あ、この世界には無いのか。そりゃそうか。えーと、銃の弾の種類でな、とにかく馬鹿みたいな威力なんだよ」

「……じゅう?」


 更に十五度、首の角度が増す。


「あ、そっからか……ええと、大砲はあるか? ああ、あるんだな。簡単に言うと、それを滅茶苦茶小さくして個人で携帯できるようにした代物だ。弾も小さいから威力は小さくなるが、それでも人を殺すにゃ十分さ」

「それはまた、物騒な物ね。貴方、触ったことあるの?」

「親父がお守り代わりにしてたからな。リボルバーつう種類の奴で、こうレンコンみたいな弾倉が特徴的でな、機構が単純だからそれこそマグナムでもぶっ放せる――」


 と。

 そこまで言いかけて、王化の口が止まる。彼の話を聞いていた一同は不思議そうに様子を伺うが、彼は気にせず考え込む。


(リボルバー、か……)


 ――ソルファの魔法を初めて見たとき、王化は彼女の放つ魔力塊をまるで銃弾だと感じた。

 そして、その銃弾を自分が増幅させて、道を作った。ソルファと共に引き金を引いたのだ。


(ならば、俺こそが銃なのか)


 魔法は弾丸。王化という銃身に詰めて撃てば、それは何倍もの威力を放つ。

 王化はふと顔を上げる。彼の目にはソルファの顔、黄金の髪、そしてそれを束ねる銀のバレットが映る。

 恥じらうソルファをよそにそれらをまじまじと見つめ、王化は不意に言い放つ。


「――決まった」

「へ? き、決まったって」

「魔法の名前だよ。リボルバーっつう銃の名前と、バレットっつう銃弾を意味する言葉を合わせて――リボルバレット(、、、、、、、)

 この身は銃で、弾丸だ。魔法を撃つ銃であると同時に、俺自身も扱う魔法によって変化する。だからこの名前を付けた」


 自信満々に、彼はその由来を告げる。


「リボル、バレット……うん、なかなか良いんじゃないかしら……語呂も悪くない……」

「そうね、私も良いと思うわよ。格好良いじゃない」

「だろ? よし、んじゃこれに決めた。かはは、気に入ったぜ」


 王化はご機嫌に笑う。彼も一人の男子高校生だ、『必殺技』のような響きに胸が躍るのは当然のことだった。



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