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第15話  お互いに遠慮はしない

 ギルドを出た一行は、再び月市の喧噪の中に舞い戻っていた。

 先ほどと違って、今度は買い物が目的。リキュリアの手を引きながら、王化はあっちへこっちへせわしなく店を巡る。


「んー、なんでもありそうなんだが、探すとなると見つからねえなあ」

「上質な物はこんな市場じゃなくて、ちゃんとした店舗に卸しているのでしょう……そもそも、普通は貴族なんかが使うものだし……」

「んな御大層なもんは要らねえしな。とりあえずぱっと見で誤魔化せりゃいいんだ」

「……今更なのだけれど、本当にこの『作戦』で行くつもり……?」


 ノリノリな王化とは裏腹に、リキュリアは露骨に渋い顔である。


「他に良い案でもあるのか?」

「それは、無いけれど……」

「んじゃこれしかねえだろ。かはは、まあなんとかなるだろうよ。っと、なんだこれ? 風車か? 風もねえのに回ってやがる」


 覗いた店先に回る、三枚羽の風車に興味を示す王化。『作戦』のための買い物と言いつつ、さっきからこうして寄り道ばかりだった。


「お、兄ちゃんお目が高いねえ。こいつは風送りっつってな――」

「低レベルな魔法の玩具よ……扇がなくても風を生む、っていう触れ込みで夏場によく売られるけど、大した魔力も籠もってないから二時間もしないで止まるのがオチよ……」

「なんだ、安物の手持ち扇風機か。鉄扇もあるし、いらね」


 引き留める売り子の声を無視して次の店に向かう王化。リキュリアという有能な解説役が、王化の観光気分を助長しているらしかった。

 ――そんなこんなで数十件目、王化はようやく目当ての物を売る店に辿り着く。

 釘を打った板に吊し売りにされているのは、様々な色と長さの束ねた髪の毛――つまり、ここはカツラ屋だった。


「お、あったあった! しかも都合良く角とか耳とかも売ってるじゃねえか。これで完璧だろ!」

「どこからその自信が出てくるのかしら……亜人の女に(、、、、、)なりすまして(、、、、、、)釣り上げる(、、、、、)とか、貴方って実は馬鹿なの……?」

「うるせえな、こういうのは実際単純な方法が効くんだよ。組に入ってくる潜入捜査官とかも、ありえねえぐらいベタベタな格好のことが多いんだぜ? 実際そのほうがバレねえしな」

「組ってなによ、もう……」


 呆れて物も言えない、という様子のリキュリア。王化の『作戦』(彼が言うには「美人局つつもたせ大作戦」)を聞けば、そんな顔になるのも無理は無いだろう。

 そんな彼女をよそに、王化は早速黒髪ロングのヅラ一つと犬耳二つを手に取り、店の女主人との値段交渉に入っていた。相場が分からないのでとりあえずふっかけてみる、という実にやくざの息子らしいやり方で、結局四割引で交渉成立と相成った。


「よっし、これで必要なもんは揃ったな」

「それよりあの店主、まだこっち睨んでくるわよ……あそこまで強引に値切らなくてもいいでしょうに……」

「ばっかお前、こういう市では値切りが華だろ。俺の親父だったら半額以下にしてた、俺もまだまだだぞ」

「だから、貴方はどんな環境で育っているのよ……」


 そんな会話をしながら、二人は雑踏を逃れて狭い路地に入っていった。

 人目が無くなったのを見計らい、早速買った物を付けてみる。老いた貴族が見栄で使うような物ではなく、庶民がジョークグッズとして使うレベルの品なので、カツラも犬耳も付け心地は良くない。しかし、こと見た目に関して言えば、一見すると分からない程度の出来だった。

 ……しかし、だ。

 いくらカツラの出来がそれなりであろうとも、性別を偽れるかどうかと言うと別問題である。


「おぉ! どうよこれ、女に見えるか!?」

「……その、すごく、微妙……」


 王化は確かに高校生男子としては細身だが、かといって特別女性的な顔立ちという訳ではない。オールバックという特徴を除けば、かなり平凡な顔立ちなのである。

 ひょい、とリキュリアの両肩に現れた二匹のスライムも、棒線でなんとも言えない表情を作る。


『びみょー』

『びみょー』

「かはは、微妙なら十分十分。ちょっとこう、うっふんってな具合にしな作れば、どうよ!」

「気持ち悪いわ……」

『きもー』

『きもー』

「辛辣だなおい! うぅん、どうすれば……あ、そうだ、二号と三号、お前らちょっとこっち来い」


 王化はスライムたちを手招く。二匹は無邪気に王化の手に乗るが、飼い主のリキュリアは既に顔を引きつらせている。


「ね、ねえ、貴方、まさかとは思うのだけれど……」

「よし、お前らここに入れ。うん――おっぱい完成」

「ぶっ、馬鹿じゃないの……!?」


 王化の胸元から『きゅー』と楽しげな鳴き声が響く。本人たちはご機嫌らしい。


「うん、ベネアル以上でソルファ以下ってところだな。個人的にゃもうちょっと欲しいところだが、まあ良いだろう」

「あ、貴方ね……」

「かはは、これで随分それらしくなっただろ?」

「それはそうだけれど……! あぁもう、なに言うのも馬鹿らしいわね……」


 閉口するリキュリアをよそに、改めてわざとらしくしなを作る王化。決して魅力的とは言えないものの、一応女に見える程度にはなっていた。

 これで変装は一段落。あとはその相手のことである。


「――で? どうだ、見つかったか? 使い魔たちに探させてくれたんだろう」

「ええ、それらしいのが見つかったわ……ギルドのある噴水広場から少し離れた所に、ギルドの制服もどきを着た二人組の男がいる……おそらくこいつらよ……」

「おーけー、良い仕事だ。んじゃま、ちょっくら誘惑してこようか」


 と。

 軽口を言いながら立ち上がった――そのときだった。



   □



 ――時は少し戻って、リキュリアの隠れ家。

 ベッドにはソルファが下着姿で横になり、ベネアルに至っては毛布一枚だけを巻いて背もたれを抱いている。二人の衣服はベネアルによって洗濯され、今は部屋に掛かった洗濯紐に吊されていた。


「――そろそろベッド代わろうか? ベネアルも疲れているでしょう」

「いいよ、あたいは平気。亜人の身体の丈夫さをなめてもらっちゃ困るさ」

「そう? それなら、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」


 ありがとう、と額にスライムを乗せたソルファは力無く微笑む。二人は無駄な譲り合いをするような仲でもなかったし、なにより今はそれほどの余裕も無かった。


(ま、それでも、あの馬鹿がいるってだけで、昨日よりは随分マシか……)


 毛布にきゅっと抱きながら、ベネアルは彼を思い出し苦笑する。少なくとも精神的には、ソルファも――そして、あまり自覚は無いもののベネアル自身も――昨日より遙かに落ち着いていた。

 王化とならば、きっとなんとかなる――根拠は無くともそう思わせる何かが、彼にはあったのだ。


「今頃、オーカの奴はなにしてるかねえ。あいつ、外は初めてだし、市に釣られて寄り道してなきゃ良いけど」

「あはは、ありそう。庭で話したときも、こっちの世界のことに興味津々だったし。ま、リキュリアが上手く制御してくれるでしょう」

「リキュリア、ねえ……オーカの奴、また妙なのを引っかけてきたもんだよ。心強い味方じゃあるけど、姫様的にはどうなのさ」

「? たしかにちょっと怪しい感じもするけど、オーカが信用して味方に引き入れたんだから、根は悪人じゃないと思うわよ」


 ソルファの生真面目な答えに、ベネアルは呆れて肩を竦める。


「いや、そうじゃなくてさ……あんだけエロい身体の女がオーカのそばにいるんだよ? しかもオーカの身体目当てで」

「ぶっ! ちょ、か、身体目当てって言い方やめなさい! リキュリアの目的は、オーカの増幅でしょ!?」

「今んところは、ってだけだろ? これから一緒に旅するんだ、少なくとも悪いようには思ってないみたいだから、どう転ぶか分からないさ。それに、マキャベルの奴だって一応女だ、あいつも要チェックだよ」

「マキャベルも!? って、そうじゃなくて! 私はオーカのこと、別にそういうのじゃないもん! 違うもん!」

「もんってあんた……」


 ソルファは相変わらず王化のこととなるとムキになる。その態度自体が、王化のことを特別視しているというなによりの証拠だった。

 しかし、ここで思わぬ反撃。


「――それに、それを言うなら、貴女だって同じでしょう」

「は、はぁ!? あたいは別に、あんな馬鹿のことなんて! そりゃまあ、見殺しにした負い目はあるし、それを許された恩義もあるけど……」

「……さっきから、その毛布の匂いずっと嗅いでるじゃない。昨日オーカがずっと使ってた奴」

「ッ!? そんなこと――」


 否定しようと思い返してみて、ベネアルは言葉に詰まる。完全に無意識だったが、たしかに何度となく鼻先に運んでいた。


(へ!? あ、あたい、あいつの匂い嗅いで安心するとか、そんな変態じみたことを……!? 無い無い無い無い、んなことあるわけないっての!)


 す、と据わった目で手を差し出すソルファ。


「違うのなら、その毛布寄越しなさい」

「……や、やだ。そのほら、さ、寒いし!」

「リキュリアに買ってきてもらったローブがあるでしょう」

「それは、その……」


 反論はできないが、しかし毛布を渡そうともしないベネアル。ソルファがなにより一番大事、と公言してはばからない彼女が、ここまで頑なにソルファの要求を拒むのは、極めて珍しいことだった。


(な、なにやってんだろ、あたいは……)


 自分でも意味が分からない。それでも、ベネアルはその毛布を手放したくなかったのだ。

 そんな彼女を見て、ソルファはにっこりと笑う。


「ふふ、冗談よ。でも、一番警戒すべきは、貴女みたいね」

「っ、そんなこと……あー、そうさね。もしかしたら、あたいもあいつのこと、ちょっと意識してんのかもしれないよ」


 我ながらちょろいもんさね――諦めたように自嘲するベネアル。

 全て許され、どころか受け入れて誉められた昨日の夜、彼女は心動かされたのだろう。ベネアルが王化に抱く感情は単純なものではなく、負い目や恩義が入り交じったものだったが。

 しかし、それはソルファも同じ。ソルファはベネアルと同じように自嘲気味に言う。


「お互い、意地張っても仕方ないわよね。白状すると、私もオーカのこと、多分良い意味で意識してるんだと思うわ。こういうのは経験無いからよく分からないんだけど」

「あたいだって無いよ、んなもん」

「あはは、そっか。私がよく読む物語だと、こういうのってドロドロの展開になっちゃうのよね。嫉妬と愛憎とか」

「やだねえ。あたいはそういうの、趣味に合わんよ」

「私もよ。お話でならいいけど、自分がするのなんて嫌。


 だから、約束しましょう。お互いに遠慮はしない、いいわね?


 相手が私だからって、身をひくとか絶対やめて。それぐらいなら、真っ向から喧嘩した方がまだ気持ちが良いもの」


 ソルファは真っ直ぐにベネアルの目を見つめ、堂々と言い放つ。

 やるとなれば真っ向勝負。そんなあまりに彼女らしい宣言に、ベネアルは思わず苦笑する。


「はは、言うと思った。うん、分かった、そうしよう。抜け駆けも色仕掛けもあり、やったもん勝ちってことで」

「や、やったもん勝ちとか、ベネアルったら……」

「……あたい、ときどき姫様の品位ってやつが心配になるよ」


 それは一国の姫が反応すべき単語ではない。王化にむっつり姫と言われるわけである。

 お互いに素直になって気が楽になったのだろう、二人は年相応の少女らしい会話に興じる。


「っていうか、あたいらがなに言ったって、結局あの馬鹿次第なんだよね。あいつの好みとか聞いてるかい?」

「あー、一昨日の夜に『髪フェチで巨乳好き』とか言ってたけど、それもどうかしらね……オーカってば、私のことが好みだから甘やかす、とか言ってたくせに、ベネアルのことも甘やかしてたし」

「あの女たらしめ……まあでも、少なくとも巨乳好きの方は確実じゃないかい? リキュリアを見るときの顔を見ればさ」

「あぁ、露骨よねー。リキュリアの服装もあるでしょうけど、私だって結構自信あるのに」


 ぐい、と寝ころんだまま寄せて上げてみるソルファ。たしかに、リキュリアが相当に規格外なだけで、ソルファのそれも十二分に豊かなものである。

 ベネアルは渋い顔で真似てみるが、小高い丘が少し寄っただけ。山にもならなければ、当然ながら谷も無い。

 と、そんな談義をしていると、ソルファの額の上にいたスライムがぴょんと彼女の胸に乗る。


『おっぱい?』

「うん、そうだけど……どうしてそこに反応するの」


 実はこの子雄なのか、とソルファは首を傾げるが、スライムは意外な答えを出す。


『オーカも、おっぱいの話してる』

「あの馬鹿、街まで出てなにやってんだい……ん? っていうか、あっちの話が分かるのかい?」

『うん。いちごうたち、みんなつながってる。にごうとさんごうのきいてること、きこえる』

「へえ? それは凄いわね。伝令要らずだわ」

『きゅ。いちごう、すごい?』

「凄い凄い」


 ソルファが誉めつつ撫でると、一号は嬉しそうに声を上げる。無邪気なものである。


「なるほど、それでリキュリアは一匹置いていってくれたのね」

「便利な連絡役だねえ。ってことは、あんたを通してあっちと会話できんのかい?」

『きゅ、できる。する?』

「うん、それじゃあ試しにお願いしようかしら。いざというとき勝手が分からないと不便だし」

『わかった』


 と、言ったが早いか、一号はソルファの胸から降りて、ぷるぷると小刻みに震え始める。

 待つこと数秒。一号から、不意に奇妙な悲鳴が響く。


『ひゃあ!? な、なんだいきなり! 俺の乳首にダイレクトアタックするんじゃねえ!』

「…………あのお馬鹿、本当になにやっているのかしら」


 千年の恋も一瞬で醒めそうな第一声である。

 向こうにも同じように声が届いているらしく、王化の声が反応する。


『ん? その声、ソルファか?』

「そうよ。このスライムちゃんたち、遠くにいても会話できる力があるらしいわ。今それを試しているの」

『正確には、一匹が身体に受けた空気の振動を、他の子が再現できる能力よ……何か妨害がなければ、半径十キロくらいの範囲で会話できるわ……』


 同じ場にいるのだろう、リキュリアの解説が聞こえてくる。


『へー、お前ら通話機能までついてんのか。水上スキーになったり無線機になったり、便利な奴らだなあ。でも胸に張り付いた状態でバイブレーションはやめろ、ビビる』

「貴方はなんでスライムちゃんを胸に張り付けてるのよ……」


 意味不明である。

 少し声を聞くだけのつもりだったのだが、向こうの状況が不安なので話を聞くことに。

 ――ギルドでのこと、それを受けてこれからやろうとしていること、そしてその方法。

 全て聞き終え、十分に理解した上で、ソルファは口を開いた。


「――貴方、実は馬鹿なの?」

『うるせえ! 俺だって女装趣味はねえよ! 他に方法無いから仕方ねえだろ!』

「その割にはノリノリっぽいけど……っていうか、犯人の居場所はリキュリアの使い魔で把握したんでしょう? その二人を捕まえれば済む話じゃない」


 ソルファはそう言うが、しかし王化は否定する。


『それじゃ根本的解決にはならんだろう。街に出てるのは一番の下っ端だ、こいつら捕まえたって事件は解決しねえよ。当然ギルド側もA級の依頼なんざ出しちゃくれねえ』

「なら、その二人に情報を吐かせるってのはできないのかい?」

『それも駄目だ。そもそも下っ端がどこまで知ってるかは分からんし、短時間で情報を聞き出せる確証も無い。俺たちの中に尋問・拷問のプロでもいるってんなら話は別だがな』

「それは、たしかに……じゃあ結局、敢えて罠の中に飛び込んで、人さらいたちのアジトまで行って一網打尽にする、っていう方法しかないの?」

『そういうこった。勿論危険は伴うが、明日中にAライセンスを得るなんつう無理を通すにゃ、こっちも無理をしなくちゃならんさ。心配するな、勝算だって無いわけじゃねえ』

「そうなの? 一体どんな策が?」

『それは――え? あ、そうなのか。分かった。――すまんソルファ、長話が過ぎた。スライムたちが限界らしい。詳しいことは戻ってから話す』


 じゃあな、という駆け足な別れの言葉を最後に、王化の声は途切れる。そして一号をよくよく見れば、べたっと力無くベッドの上に広がり、三本の線で作る表情も疲労を訴えていた。


『きゅー……おつかれた……』

「ああ、無茶させてごめんなさい!」

『おみず、おみず……』


 ぴょんぴょん跳ねる元気も使い果たしたのか、ずりずりと這うようにして部屋の奥へと向かう一号。十分ほどの通話だったが、それでもスライムたちにとっては相当の重労働だったらしい。


「あれま、悪いことしちまったね。これから気をつけようか」

「そうね……でも、向こうは一応順調なようでなによりだわ。目処が立たなかったら、本当に外壁を壊して逃げる羽目になっていたもの」

「そうさね。やってることは馬鹿だけど、頼りになる男で良かった」


 ほんと馬鹿だけど、と繰り返すベネアル。


(あいつは外へ逃げる算段を付けてくれた。そこから先は、こっちの仕事か……)


 この城下町を抜けた後、一行はどこへ向かうべきなのか――街へと出ていく際に、王化はそれを決めておけと二人に言い残していったのだ。

 ベネアルは問う代わりにソルファを見つめる。その視線の意味は理解しているのだろう、ソルファははっきりと宣言した。


「――行き先は決まってるわ。ここから真っ直ぐ東、アルグレ領よ」


値切り交渉はレオ○オリスペクト

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