第14話 信用問題、ってやつさ
王化の言い放った言葉に、ギルド長が返したのは失笑だった。
木製のカウンターに頬杖をつき、彼は溜息混じりに問う。
「いきなり誰の紹介も無くやってきて、何を言い出すかと思えば、Aライセンスが欲しいってか……お前、Aライセンスがなんのことだか分かってんのか?」
「ああ。要は、特に優秀な冒険者に与えられる、ギルドのお墨付きだろう? その特権として、優先的に高難度の依頼が斡旋されたり、名誉職が与えられたりするとか。んでもって、各地のギルドの依頼を受けられるように、そのライセンスは国内どこにでも行ける通行証になる」
「分かってんじゃねえか。ついでに、Aライセンスの取得条件は知ってるか?」
「たしか、難度A級の依頼を最低一つこなせばいいんだろう? ただし、そのA級の依頼を受けるためには、ギルドで斡旋された仕事を一定量成功させて、貢献を示さなくちゃならないんだっけか」
ソルファに聞いた話を思い出しながら、王化は答える。当然全て受け売りである。
「正解、よくお勉強はしてきたようだな。で? お前は今までどのぐらいギルドの仕事をこなしてきた?」
「だから今日初めて来た一見様だって。仕事の実績なんざ無えよ」
「……お前、実は馬鹿なのか? んなド素人に、はいそうですかってAライセンスなんかやれるわけねえだろ?」
「そりゃ通例だろ? でかい事件を解決したときとかは、その褒美として手順も無視してAライセンスを与えることもあるらしいじゃねえか。今なんかねえのか、難度A級クラスのでかい事件とか」
「アホ。そんなケースは例外中の例外だし、そもそもでかい事件があったらそれこそライセンス持ちの冒険者に仕事が行く」
「ちっ、まあそりゃそうか」
当然その程度は分かっている。王化としても、一応言ってみた、という感じである。
と。
それまで背後で沈黙を守っていたリキュリアが、不意に一歩前に出る。
「ねぇ……どうしても、駄目かしら……?」
そして、その豊満な身体を見せつけるようにしなを作りつつ、でろりととろけるような妖艶な声で問うた。
前髪に隠れた双眸が妖しく男を捉え、瑞々しい唇は甘い吐息を奏でる。その恐ろしく蠱惑的な姿に、ギルド長も釘付けになる。
が、そこまでだった。
「っ……! い、いや、色仕掛けには屈しねえぞ! これでもオレぁこのギルドの長だ、そう簡単にいくと思われちゃ困る! 困るぞ!」
「なんだ、真面目なのねえ……」
ギルド長が強い意志で誘惑をはねのけると、リキュリアは途端に掌を返す。彼女は無駄なサービスはしない主義なのである。
そのドライな態度に呆れつつ、ギルド長は言う。
「ったく、とにかくA級の依頼を斡旋することはできねえし、ましてやAライセンスをくれてやるのも無理だ。今はなんか城が閉鎖してて妙な雰囲気でな、警戒した貴族連中からの護衛依頼も結構来てる。一足飛びは潔く諦めて、そういうので地道に実績を積め」
「んな暇ねえんだよ。明日中にはこの城下町を出たいんだが、通行証が無いんだ。どうにかなんねえのか」
「はぁ? 明日中!? んなもん無理に決まってんだろ。つーか、お前ら一体何者なんだ?」
「詳しくは言えねえが、俺は遠き地の者でこっちは魔女。お前なんだっけ、穢れ水の魔女だっけか」
と。王化は何の気無しに口にしたのだが、その呼び名にギルド長は大きく目を見開く。
「ッ! 遠き地の者に、穢れ水の魔女……!? リキュリア・マグランド、この城下町にいるっつう噂は聞いてたが……」
「? なんだお前、有名人なのか?」
「別に、名前が一人歩きしてるだけよ……」
謙遜と言うより、鬱陶しそうにリキュリアはそう答えるが、即座にギルド長が訂正する。
「なに言ってやがんだ。穢れ水の魔女っつったら、あの赤土のガイアスと同格、この国でも十本の指に入る大魔法使いだろ」
「へえ、んじゃガイアスの奴もすごい魔法使いだったのか」
「はぁ? お前、グローリー・ガイアスのことも知ってんのか……? すげえ人脈だな、面白え、奢ってやるからちょっと飲んで行けや」
言ったが早いか、ギルド長はそばで働いていた職員に言いつけ、二本の木製のジョッキを持ってこさせる。二人の前に置かれたそれには、ルビーのように赤い液体が並々と注がれていた。
いただくわ……、と杯を取るリキュリアに倣い、王化もジョッキを持ち上げる。鼻孔をくすぐる独特の香りからして、これは間違いなく赤ワインだろう。
(当然っちゃ当然だが、この世界じゃ未成年の飲酒もありなんだな……)
といっても、生まれついたお家柄、王化も酒が初めてというわけではない。さほど抵抗無くそれを口に含むことができた。
が。
「……まっず。しっぶ」
「あ? なんだ、お気に召さなかったか。――おう、悪い、なんかジュースでも持ってきてくれや!」
「ああ、すまん……この世界のワインって、こんな味なのか」
一応形だけ詫びながら、代わりに運ばれてきたジュースで即座に口直しをする王化。正直言えばジュースの方も味が薄く、大して美味しいものではなかったが、それでもワインよりかは幾分マシだった。
そんな王化の横で、リキュリアは平気な顔でジョッキを傾ける。
「それなりに美味しいと思うのだけれど……? 遠き地の者の味覚は肥えているとよく聞くけど、それも不便ねえ……」
「技術が進んでるからな、造酒の方法もかなり違うみたいだ」
「うちで出してんのはフミシア地方のワインだから、結構上質なもんなんだがなあ。――しっかし、その反応といい、その見慣れない黒目黒髪といい、どうやら遠き地の者ってのも本当らしいな……明日中にはこの街を出なくちゃならねえってことは、召喚した主人から逃げ出してきたってところか?」
面白半分という様子で聞いてくるギルド長に、王化は肩を竦めて答える。
「おいおい、野暮な詮索するんじゃねえよ。ここは事情の言えない連中が集まるところだと思ったんだが、俺の勘違いか?」
「言えねえってか。ま、それも良いさ、たしかにうちに来るのはそういう奴らだしな。
だが、これは答えてもらう。お前が受けた『加護』はなんだ?」
今度は真剣な表情で、ギルド長は問う。
「……それは、言わなくちゃ駄目か?」
「仕事に関わることだからな。そっちの能力も知らずに、仕事を任せることはできねえ」
「なるほどな……俺の『加護』は増幅。対象者に触れることで、あらゆる魔法の強化ができるらしい。ついでに言えば、それを使って魔力を暴走させて、魔法をぶち壊すこともできる」
「っ、貴方……」
リキュリアは苦々しげに王化を睨む。能力を晒せば足がつく危険は当然大きくなるし、なにより王化の能力を独占したいリキュリアにとって、王化の能力が他人に知られること自体不愉快なのだろう。
「そう怒るなよ、これは仕方ねえ。それに、当然これは秘密にしてくれるんだろう?」
「当たり前だ、信用問題になるからな。それにしても、増幅か……かなり汎用性は高そうだ。穢れ水の魔女に、増幅の遠き地の者ね、大したパーティーじゃねえか」
「ここには来てねえが、あと三人ほどいるぜ。っと、一人は来てたか」
「? どこにいるんだ?」
首を傾げるギルド長の前に、王化は折れた剣の柄を置く。
『――なんじゃ、喋っていいのか、御主人。空気を読んで目立たんように黙っとったのじゃが』
「なっ!? なんだこれ、魔剣の類か!?」
「忠剣さ。周囲の敵を跪かせるっつう、反則級の能力を持ってる。滅茶苦茶燃費が悪いがな」
『儂は節約だとか手加減とか、そういう細かいことが苦手なんじゃ』
悪びれもせず言うマキャベル。
数多の冒険者を見てきたギルド長であっても、喋る剣を見るのは相当珍しいことらしく、しきりに感嘆しながらマキャベルを観察する。
(ハッタリになる、ぐらいのつもりで出したんだが、予想外の食い付きだな……俺が思う以上に、精霊の宿った剣ってのは珍しいらしい)
改めて考えれば、マキャベルに限らず、今の王化一行のメンバーは相当常識外れだろう。レアな加護を得た遠き地の者、最高峰クラスの魔法使い、反則級の能力を持つ精霊、完全変態が可能な馬の亜人、そして極めつけは超高火力の魔法を使う姫君だ。
純粋な戦闘要員がいないのが辛いな――と考えている間に、ギルド長は満足したらしくマキャベルを王化に返す。
「――竜殺しの紋章が刻まれてるな、それ」
「? なんだそりゃ?」
『王家にのみ許されたマークじゃよ。城の中でも幾つか見たんじゃありゃせんか?』
「ああ、そういやあったっけ……」
王の寝室の扉や、それこそマキャベルが封印されていた台座も竜の胸に剣を突き立てた意匠だった。よくよく思い出してみれば、ソルファのつけている銀のバレッタにも、そんなマークが刻まれていたはずだ――と、王化は思い至る。
リキュリアの異名、そしてマキャベルに刻まれた紋章、それらはギルド長の興味を引くには十分すぎる材料だったのだろう。王化の残した赤ワインを豪快にあおり、彼は声のトーンを一つ落として言った。
「もう野暮なことは聞かねえが、んなもん持ってるってだけでもお前がただのガキじゃねえことは分かる。お前は、ここでみすみす逃すにゃ惜しい大魚だろうよ」
「っ、それじゃあ――!」
カウンターに身を乗り出す王化を、ギルド長は手で制す。
「こっからはオレの独り言だ。いいな? 独り言だぞ。
――最近、この城下町でオレの頭を悩ませてる事件があるんだ。亜人の女をさらって、奴隷商だの娼館だのに売りつけてる輩がいるんだと。下種な話だが、正直言ってそれ自体は大きな街ならよくある話でもある。被害者が人間じゃなくて亜人だってんなら、そこまで同情する気にもなれねえしなあ。
問題は、その手口なんだ。なんでもその亜人さらい共、ギルドの職員を名乗ってやがるらしんだよ。うちにゃ仕事の無い亜人どもも山ほど来るんだが、当然全員が全員仕事にありつけるわけじゃねえ。人間しか雇わねえって依頼主も少なくねえからな。で、泣く泣く手ぶらで帰る連中に『ギルドの職員なんですが、こんな仕事ありますよ』ってな具合で声を掛けてるんだと。そいつらについて行って帰ってきた奴はいねえって話だ」
「…………」
ジュースの入ったジョッキを傾け、敢えて相槌は打たない王化。あくまでもこの話は、ギルド長の独り言なのだ。
「事件の規模とか危険度から言えば、こんなもんせいぜい難度B級が関の山だろうよ。だがな、これは決して看過しておけねえ事件だ。こんなもんをいつまでも野放しにしとけば、ギルドの信用は地に堕ちる。それこそ信用問題、ってやつさ。
つっても、ギルドとして大っぴらに依頼を出すこともできねえ。こんなことが起きてるってこと自体メンツに関わるからな。だから――もし誰かが勝手にこれを解決してくれりゃ、そいつには特別にA級の仕事を斡旋してやってもいい。流石にいきなりライセンスをくれてやることはできねえけどな」
ちらり、視線を寄越すギルド長に、王化は空のジョッキを返す。
「――ごちそうさん。なかなかおいしいな」
「あぁ、悪くないだろう?」
「かはは、今の気分にゃぴったりだ。ありがとな、また来るぜ」
そう言い残し、王化は後ろ手に手を振ってギルドを後にする。リキュリアもその後に続き、ギルド長は二人の背中を満足げな笑みで見送るのだった。




