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第13話  Aライセンス

「――それじゃあまず、どうやってこの城下町から出るか、そこから考えましょうか」


 食事も終わったところで、ソルファはそう切り出した。

 スライムたちにパンくずをやって王化は、その言葉に不思議そうに首を傾げる。


「? どうやってって、普通に出りゃいいだろ」

「え? ああ、そう言えば、貴方なにも知らないのよね……街に出てみれば分かるけど、このオリアボスの城下町はぐるっと外壁に囲われてるのよ。出入り口は東西南北の四つの大門だけ、当然その門には番人がいて、通行人とその荷物の検査をしているの」

「げ、税関があるのか……でもって、その門番ってのは?」

「当然近衛兵よ。大臣たちの息が掛かってるのは間違いないわね。といっても、通行人は毎日かなりの数になるから、入念に変装すれば番人の目を誤魔化すのは無理じゃないはずよ」


 そこはなぜか自信満々に言うソルファ。


「ベネ子、こいつなんでこんなドヤ顔なんだ?」

「姫様、何回か変装して抜け出したことがあるんだよ……困ったことに」


 それとベネ子はやめな、とベネアルは呆れ混じりに言う。その表情から察するに、ソルファのお転婆にはベネアルも相当手を焼いていたらしい。


「迷惑なお姫様だな……んで? ならなにが問題なんだ? 変装すりゃ番人の目は誤魔化せるんだろ?」

「目だけはね。だけど、この門を出入りするには必要なものが二つあるの。一つは通行税、これはそこまでの額じゃないしなんとかなるわ。厄介なのはもう一つの方――通行証よ」

「通行証?」

「そう。持ち主の身分を証明するカードでね、偽造できないように魔法で加工されている特殊な物なの」

「要はパスポートか……」


 元いた社会に置き換えて考えれば、その重要性はよく分かる。そして彼の生まれ育った家柄から、それを偽造しようとした際の難易度も。


(番人に大臣たちの息が掛かってる以上、今は警備も厳重になってるだろうから、賄賂はまず通じないだろうな……パスポートと同じ扱いだってんなら、素人が偽造するのもまず不可能)


 と。

 王化はふと思いついてリキュリアに向き直る。


「そうだ、お前魔法使いじゃねえか。偽造できないのか?」

「馬鹿言わないで頂戴……そういうのは完全に専門外だし、その手の専門家でも通行証の偽造はなかなかできないわよ……あれはかなり高度な魔法なの……」

「そういうもんか。んじゃ、そもそもそんな門なんざ無視して、壁を一カ所ぶち壊して逃げるってのはどうだ? 城壁ぶち壊したみたいにさ」

「強度は城壁と同じくらいのはずだから、貴方の力があれば壁を壊すこと自体は可能でしょうけど――間違いなくすぐに追っ手が来て捕まるわね」


 城に突っ込むのと同じぐらい無茶よ、とソルファは呆れ果てる。

 当然ながら、外壁をよじ登って逃げるというのも不可能。そもそも、十メートルを超える絶壁を登りきる方法など、今の一行には無いのである。


「ま、だよな……となると、結局正攻法しか残らないわけか。通行証を発行してるのはどこなんだ?」

「場所によって色々あるんだけど、この城下町では二つね。一つはオリアボス城、これは言うまでもなく論外。そしてもう一つは――ギルドよ」

「ギルド? ギルドって言うと、商工業連合じゃねえのか?」


 なんでんな所が、と王化は首を傾げる。

 王化のもといた世界では、ギルドというのは基本的に商工業の同業者組合を指す。ゲームや漫画の世界では、何故か魔物退治斡旋所のような扱いになっているが。

 

「んー、元はそういう組織だったんだけどね。その経営に有力貴族が関わってきてからは業態も随分様変わりして、今じゃほとんど何でも屋よ。仕事の斡旋、治安維持、お金貸し、場所によっては酒場や宿屋を兼ねてるところもあるし」

「貴族っつうパトロンのおかげで今や一大勢力、ってところか?」

「そういうこと。各地方のギルドが繋がって一つの組織になってるから、正直言って国もその活動には迂闊に口出しできないぐらいなの。今じゃ貧乏貴族がギルドの援助でなんとか存続してる、なんてケースもあるぐらいなんだから。

 っと、話が逸れたわね。まあそういうわけで、その業務の一環として、ギルドも通行証を発行してるのよ」


 ソルファは複雑な表情で説明する。王族である彼女にとって、その権威が及ばないギルドは、良いイメージが無い存在なのだろう。

 ましてや、今はその組織の力を借りなければならないのだ、不満が顔に出るのも無理からぬことである。


「なるほどな……でも、ギルドに行けば通行証は手に入るんだろう? なにか問題でもあるのか?」

「発行まで結構時間が掛かるの。しかも身分証明が求められる。私たちが通常の通行証を(、、、、、、、)得るのは(、、、、)、正直言ってまず無理よ」

「? まるで、通常以外のがあるっつう口振りだな」

「無いことはない、って感じだけどね――」


 溜息を一つ。ソルファは気乗りしない様子で、唯一の方法の説明を始めるのだった。



   ■



「よいしょ、っと」


 鉄製の丸蓋を押し上げ、王化は久々に太陽の下へと身を晒した。

 出た場所は人気の無い路地。王化の後ろからリキュリアも続き、彼女は蓋を元通りに閉める。ギルドへ向かうのはこの二人と、王化の腰にくくり付けられたマキャベルの計三人。ソルファとベネアルは前日の騒動のことも考慮し、隠れ家で待機という役回りだった。


「っ、はー! 久々の娑婆の空気だ。やっぱ人間日の光を浴びねえとなあ」

「それは年中地下暮らしのわたしに対する当てつけかしら……全く、一日に二回も外に出ることになるなんて……」

「しゃあねえだろ、一応大手振って歩けるのお前だけなんだし、お前の索敵能力が無いと迂闊に出歩けないしな」


 王化は苦笑しつつ、脇の建物の屋上にとまる鳥に目をやる。絶えず四方を見回しているそれは、リキュリアの使い魔の一匹である。彼女は先ほど買い物に出た際、鳥や鼠の使い魔十五匹を放ち、周辺に放っておいたのだ。

 こうして誰にも見つかることなく水路から出てこられたのも、使い魔の情報があったからこそだ。彼女の能力はお尋ね者である一行が出歩くには、必須のものだった。


(本当、こいつを味方に引き込めてよかった)


 王化はその幸運に感謝する。この索敵能力だけではない、安全な隠れ家というのはなによりありがたい。

 昨日あれだけ露骨に水路へ逃げたのだ、いくら隠れ家とはいえ追っ手に見つかるのでは――と王化は危惧したが、まずその心配は無いらしい。研究の邪魔を排除するため、彼女は以前から水路の各所に侵入者を迷わせる幻覚魔法や迎撃用スライムを用意していたらしく、今のところ闇猫は足止めできているとのこと。

 言うまでもなく、「水路には魔女が住む」という噂の原因はこれである。


「――それにしても、なにも貴方が出てくる必要は無かったと思うのだけれど……回復してきたとはいえ、まだ本調子ではないのでしょう……?」

「まあな。だがソルファじゃ顔が知られすぎてるし、ベネアルは感情的になりすぎるきらいがある。マキャベルに至っちゃそう長いこと人の形を保てねえんだ、俺が出るしかねえだろ」

「そんなこと言って、外に出たかっただけじゃないの……?」

「かはは、それも半分あるがな」


 楽しそうに笑いながら、王化は大通りへと歩み出る。彼とて疲労もあったし、今外に出る危険も理解していたが、それ以上に異世界の街並みに対する好奇心が勝っていたのだ。

 そして、一歩足を踏み出したその先には、彼の想像を超える風景が広がっていた。

 綺麗に整備された広い石畳の大通り、その両脇に屋台のような即席の店舗がひしめき合う。扱う品は食べ物から宝石までそれぞれで、なにより驚くべきはそれを目当てに行き交う人、人、人――老若男女問わず、あらゆる者が人の大河を作っていたのだ。

 雑踏に紛れて聞こえる楽団の演奏、鼻孔をくすぐる焼けた肉や甘い蜜の匂い、そして行き交う様々な人たち――その全てが異国情緒に満ちていて、王化は思わずぱぁっと顔を輝かせる。


「おおぉ……! すげえ賑わいだな! なんだこりゃ、今日は祭りなのか!? 初詣なのか!?」

「ハツモーデ……? 祭りではないわ、今日は月市よ……一ヶ月に数日、こうやって大きな市が立つの……」

「へぇ。毎月こんな規模の市場が開くのか、流石は首都だな。うちの方でもこんなのがあれば、シノギにゃ困らねえんだけどなー」

「あまりきょろきょろしないで頂戴、みっともない……ほら、手を出して、はぐれたら面倒だわ……」

「ん、たしかにそうだな」


 リキュリアが差し出す手を、王化は一瞬躊躇いつつも握る。


(しっかし、これじゃそれこそ初詣のガキだな……)


 親に手を引かれる幼子のようだ、と彼は若干の恥じらいを覚えるが、それも周囲の風景を見ているうちにすぐに霧散する。

 ここはあくまでもギルドまでの通り道、それは王化も重々承知していたので足を止めることこそ無かったが、市はただ通り過ぎるだけでも十二分に心躍る場所だったのだ。

 怪しげな珍品売りに大道芸人、吟遊詩人の歌声に子供らが握る不思議な玩具――王化は改めてここが異世界であることを思い知る。


「――しっかし、不思議だな」

「魔法を帯びた品も多いから、貴方の目にはそう映るかもしれないわね……」


 でも大体子供だましよ、と本職の魔女であるリキュリアは苦笑する。


「いや、そうじゃなくてさ。俺が言ったのは、この世界の技術レベルだよ」

「? どういうことかしら……?」

「俺から見ると、えらくちぐはぐなんだよ。蒸気機関も無さそうだってのに、さっき通り過ぎた店じゃ氷菓の類を売ってた。ここだけじゃねえ、電灯も無いのに下水処理は完備されて地下水路が造られてる――俺の世界の歴史じゃ考えられねえぜ? 魔法ってもんがあると、こんなにも世界は違う進み方をするもんなんだな」


 王化は辺りを見回しながら感嘆の息を漏らす。雰囲気は中世西洋風だが、この世界の生活は王化の思い描く中世西洋とは大きく異なっていた。

 そんな彼の言葉に、リキュリアはいまいちぴんとこない様子で答える。


「ふぅん……? この世界に住むわたしとしては、なにがおかしいのか全く分からないけど……多分、その違和感の原因は、魔法だけじゃないわよ……」

「魔法だけじゃない?」

「ええ――たとえば、さっきの下水の話だけど、あれは貴方たち遠き地の者(ジプシー)が持ち込んだ技術なのよ……勿論魔法の有無も大きいでしょうけど、遠き地の者(ジプシー)のもたらすオーバーテクノロジーも、世界を大きく変えているわ……」

「っ! そうか、そういうことか……!」

「? 今度はなに……?」


 突然一人で納得する王化に、リキュリアは首を傾げる。


「ずっと気になってたんだ。この世界じゃ遠き地の者(ジプシー)ってのは、亜人と同じく差別されてんだろ? ベネアルの前じゃ言いづらかったが、はっきり言って亜人に対する差別はまあ分かる(、、、、、)。見た目が違う、獣になれるってのは十分その理由にゃなるだろうよ。俺のいた世界でも人種差別はあったしな。

 だが、遠き地の者(ジプシー)はなんでだ? 見た目は人間だし、お前らからすりゃ未知の技術を持ってることもある。なのになんで差別されるのか、ずっと分からなかったんだ。だけど、今それが理解できた」

「どうしてだというの……?」

世界を(、、、)変えすぎるからだよ(、、、、、、、、、)。下水程度ならまだ良い、あっても誰も困らねえし、むしろみんな喜ぶだろう。だけど、たとえば政治の考え方なんかはどうだ? 俺の世界じゃ、もう王国なんてものはそう多くない。市民から代表を選んで、その代表が政治をするっつうのが主流になってるんだ」

「っ、そういうこと……つまり、そんな考えをこの世界に輸入されてしまうと、現体制を脅かしかねない……」


 リキュリアは王化の言わんとすることを悟る。


「そういうこった。亜人に対する差別は、生理的な理由だとか宗教的な理由が大きいんだろうが、こと遠き地の者(ジプシー)に対する差別に関しちゃ、おそらくお偉方の印象操作だろうな。

 ――かはは、まあ分かったところでどうにかなるもんでもねえが、一つすっきりした」

「随分あっけらかんとしているのね、貴方……」

「印象操作で生まれた差別なら、同じ方法で消せるはずだからな。なぁに、俺が王様になれば良いだけのことだろ?」


 王化は傲慢な笑みとともに言い放つ。

 まるで、それが当然だと言わんばかりに。

 そんな彼に、リキュリアは一瞬絶句して、すぐに苦笑を漏らす。


「……ソルファ姫が、貴方に賭けた理由が分かったわ……」

「かはは、俺は王になる男だからな。あいつにも――そしてお前にも、後悔はさせねえよ」

「ふふ、期待してるわよ……」


 リキュリアはそう言って、繋いだ手にきゅっと力を込めるのだった。



   ■



 市が立つ大通りを抜けると、大きな噴水を中央に置いた広場があり、その一角に一際巨大な建物がある。地上四階、地下一階の計五階層のそれは、この城下町では一番の規模であろう。広く開け放たれた出入り口では絶えず人が行き交い、活況は外からでも見て取れた。

 この建物こそ、オリアボス王国ギルド連合総本部。そしてその目前に立ち、王化は感嘆の息を漏らす。


「へぇ、ここがギルドねえ。流石に立派なもんだな」

「ここの地下は、この国でも有数の金庫になっているからね……オリアボス城の宝物庫より、ギルド本部の金庫の方が富んでいる、って言われたりもするわ……」

「ま、貴族連合出資で銀行も兼ねてるってんなら、それもあながち冗談じゃねえかもな。んじゃ、行くか」


 王化は物怖じすることなくギルドの中へと進んでいく。

 事前に聞いていた話から、彼は役場や銀行のような内装を想像していたのだが、入ってみるとむしろ酒場のような様子だった。広い室内にはテーブルが幾つも並び、明らかに堅気では無さそうな面々が飲み食い談笑に興じている。奥には大きなカウンター、更にその向こうには厨房が続いているらしい。


(そっか、階によって仕事が分けられてるって感じか……んでもって、俺たちの目当てはここみたいだな)


 この階にいる者たちは、その多くが剣やら棍棒やら大仰な得物を腰から提げている。得物に見合う鍛え上げられた肉体、そしてその野蛮で粗暴な振る舞いからして、彼らが俗に言う『冒険者』なのだろう。

 無遠慮に辺りを見回す王化に、リキュリアは小声で忠告する。


「気を付けて頂戴……見れば分かると思うけど、ここの連中の多くは脳まで筋肉で出来てるから……」

「ああ、よく分かるとも。かはは、俺の実家も大体こんな感じだから、平気平気」

「貴方、どんな環境で育ってるのよ……」


 やくざの息子としては、このぐらいの雰囲気はむしろ居心地が良いぐらいらしい。

 王化はカウンターまで行くと、まずそこで動いている職員たちを観察する。下はベージュのズボンかスカート、上は男女共通で白いシャツに緑のベストという制服を身に纏い、皆それぞれの仕事に当たっている。王化は十人以上の職員の中から、迷わず一人の恰幅の良い中年の男を選んで話しかけた。


「――よう旦那。あんたがここの長か?」

「ん? お前、見ねえ顔だな……いかにも、オレがギルド長だ。どうして分かった、誰かの紹介か?」


 ギルド長を名乗る男はそう言いながら、王化と後ろのリキュリアを交互に見る。

 ……交互と言っても、主にリキュリアの身体に目が行っていたのは、男として無理からぬことだろう。


「いんや、生憎一見様だ。立ち居振る舞いを見てりゃ、誰が一番偉いかぐらいは分かるさ」

「ほう? 大した自信だ、どうやって見分ける?」

「姿勢と視線。上に立つ者は総じて姿勢が良い。んで視線の方だが、あんたは客より主に他の職員たちを見ていた。責任者の見方だ」


 王化の分析に、ギルド長は愉快そうにくつくつ笑う。


「なるほどねえ、まぁそれなりに頭は切れるようだな。で? それを見極めた上でオレに話しかけるってことは、普通よりもでかい仕事がしたいってことか?」

「察しが良くて助かる。だがま、それは手段であって目的じゃねえがな」

「? なら目的ってのはなんだ」

「Aライセンス、とやらが欲しいのさ」


 王化はそう言い放ち、不適に笑うのだった。



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