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第11話  褒めて遣わす


 亜人酒場を飛び出した二人は、ただその場を離れるだけに走り出す。

 行く当てなど無い。そんなものはたった今失った。とにかく人気の無い方向へ逃げて、落ち着ける場所を見つけるしかないのだ。

 オリアボス王国一番の城下町とは言え、この辺りはそもそも裏通り、スラム街と言っても良いぐらいの場所だ。人通りも少なく、大通りのように魔法照明が道を照らすことも無いが、それはむしろソルファたちにとって不利な条件である。


(相手が猫の亜人っていうのは厳しいわね……猫は夜の狩人。夜闇の街は彼らのテリトリーだわ)


 ベネアルに手を引かれるまま走りながら、ソルファは周囲に視線を走らせる。

 割れたまま舗装のされてない石畳、所狭しと密集する建築物、誰が潜むとも分からない暗い路地――いつものソルファならば、見たこともないそんな風景に心躍らせたりもしただろうが、今そんな余裕は微塵も無い。


「地形が悪いわね……地面が荒れてる」

「ああ、もっと平らな場所なら、馬の姿で突っ走れるんだけど、この悪路じゃ――ッ!?」

「きゃっ! ど、どうしたの?」


 不意に立ち止まったベネアルにつられ、手を繋いでいたソルファはつんのめるように急停止する。

 ベネアルの方は険しい表情を更に曇らせ、亜人宿の方向を睨む。


「聞こえなかったのかい、姫様」

「聞こえる……?」

「っ、そうか……あの猫野郎、叫んで仲間を呼びやがった。すぐに集まってくるよ」

「え? 私はなにも聞こえなかったわよ?」

「人間にゃ聞き取れない声を出したんだよ。亜人の盗賊なんかがよく使う手さね」


 苦々しげに舌打ちを一つ、ベネアルは更に細い路地へと走り出す。

 ――可聴域外の号令(、、、、、、、)。原理は犬笛などと同じ、聞き取れるのは一部の亜人や動物だけなので、人間相手には気付かれず騒ぎも少なく済む方法だ。ベネアルが共にいなければ、ソルファは全く気付かないままに包囲されていただろう。

 放置されたゴミを蹴飛ばし、生きているのか死んでいるのかも知れない浮浪者を飛び越え、二人は深い闇をひた走る。照らすのは窓から漏れる蝋燭の光と、僅かな月明かりだけで、二人は何度も転びそうになるが、それでも止まるわけにはいかなかった。

 と。

 ぞわり。

 背筋を撫でるように走る、悪寒にも似た感覚に、ベネアルは急停止して振り向く。

 そこから後方斜め上、古びた家屋の屋根の上、月を背にして影一つ。夜空に浮かぶ白の面が、にぃと醜悪に歪んで見えた。


「っ、見つかったッ……!」


 ベネアルの行動に迷いは無かった。足下に落ちていた石畳の破片を拾うと、それを闇猫へと全力で投擲したのだ。

 仲間を呼ばれる前に潰す。それ以外に方法は無い。

 しかし、ベネアルの放った破片を、闇猫は軽く身を反らすだけでかわしてみせる。暗殺のプロと厩番の少女、亜人同士ならばそもそも勝負になる相手ではない。

 身を反らしたそのままに、闇猫は天高く声を上げる。ソルファにはなにも聞こえないが、ベネアルの耳には痛いぐらいの高音が刺さる。


「逃げるよ! 撒くしかない!」

「っ、うん!」


 不可能だ、とお互い承知の上だろう。昨夜庭園で見たのは十八人、その全てがすぐに駆けつける訳ではないにせよ、三人もいれば二人を捕まえるのには十分すぎるほどだ。

 一度闇猫たちを退けられたのは、マキャベルという規格外が存在したから。今はあの剣も、その持ち主もいない。囲まれればおしまいである。

 それでも彼女たちは、互いを奮い立たせ走り出す。斜め上からぴったりとつきまとう視線を感じながらも、ひたすらに逃げる。


(飛び降りてこないのは、仲間と合流して確実に捕まえようってことね……)


 ならば、とソルファはベネアルに目配せを送る。ベネアルもそれに了解し、二人は危険覚悟で一度路地を抜けて比較的開けた通りへと飛び出す。そしてそのまま向かいの路地へと駆け込んだのだ。

 通りの幅は七メートル強。一度地面に降りれば僅かではあるが視線が途切れるはず、その間に撒いてしまおう――という作戦だ。

 が、しかし。

 二人の予想に反して、視線が途切れることはなかった。屋根伝いに追ってきた闇猫は、通りの向こうから軽々と飛び移ってきたのだ。


「お、おいおい冗談じゃないよ……! どんな体してんだい……!」

「っ、こうなったらもう、相手が一人のうちに倒すしか――」

「馬鹿言わないでおくれ! あんなんあたしらの手に負える相手じゃないだろう!」


 二対一で挑んだとしても、勝ち目はほとんど無いと言っていいだろう。

 だが、このままではジリ貧なのもたしかだ。そうは思うものの、相手を引きずり降ろす手段も無いのだ、どうしようもないのである。

 なにか、なにか手は無いか――ソルファの頭は焦燥に焼かれ、身体も限界に近づいていく。魔法で身体強化をしていても無限に走れるわけではない。


(そうか、はじめからこれが目的……!)


 ことここに至って、ソルファはようやく気付く。

 手を出さずに追いかけてきたのは、仲間が来るのを待っていたというより、走らせて体力を消耗させるためだったのだ。

 ――逃げていたのではなく、走らされていただけ。

 執拗に追い立てられ、二人はついに行き止まりへと突き当たる。いや、ここまで巧妙に誘導されていたのだろう。

 壁を背に振り向けば、白い面が路地に四つ、両脇の建物の上に二つずつ、計六人が集まっていた。


「――大人しく投降してもらおうか、ソルファ姫よ。なに、そう悪いようにはされないはずだ、断頭台に上がることもないだろう」


 リーダー格と思しき中央の一人が、男の声で呼びかける。


「はん、どうだか。あの大臣がそう甘いもんか」

「大臣じゃない、王子の御意志さ。更に言うなら、ガイアス団長の助命嘆願のおかげだろうがね」


 良い部下をお持ちだ、と男は下卑た声で皮肉る。

 その名に、ソルファの顔が苦しげに歪む。敵の口からガイアスの名前が出たことで、改めて裏切りを実感したのだ。

 残った側近は、ただ一人ベネアルだけ。


(この子まで、失うわけには、いかないわよねえ……)


 諦観を帯びた笑みを浮かべ、ソルファは男へ問いかける。


「……大人しく降れば、ベネアルの無事も保証してくれるのかしら」

「っ、姫様ッ!? あんた、なにを――!」

「ああ、保証しよう。それもガイアス団長の提示した条件だ」

「ふざけんじゃないよ! 勝手に諦めるなよ姫様! こんな奴ら、あたいが全部蹴散らしてみせる! だから、だから!」


 子供のように怒鳴り散らし、目にはうっすら涙さえ浮かべながら主張するベネアルを、しかしソルファは優しく諭す。


「ベネアル……もう、いいの。ありがとう、ここまで付き合ってくれて嬉しかった。貴女がいてくれて、本当によかった」

「そんな言葉が聞きたいんじゃないんだよ! なんのためにオーカの奴まで見殺しにしたと思ってんだい!」

「オーカも、きっと生きてるわ。最後に会えなかったのは残念だけど、そう思えるだけで、もう十分」

「なにが十分だい! あんたはこんな所で捕まっちゃいけないんだよ! 逃げられればきっと、どっかで幸せに暮らせる! だから――ひゃんっ!?」

「ひゃん?」


 唐突な可愛らしい悲鳴に、感動の場面が一瞬で中断される。

 様子を見守っていた闇猫たちは、なにかの陽動かと警戒心を一層強めるが、どうやらそういうものではない。


「い、今なんか、足首に冷たいのが……!」

「足首って……あら?」


 ソルファが屈んで見てみれば、そこには拳大の半透明ななにかがぷるぷる揺れていた。


(これは、スライム……?)


 水を扱う魔法使いが、たまに使い魔として使役するというそれだ。中には人や牛馬を喰らう凶暴なものや、人間と遜色無い知能を持つものもいるらしいが、このサイズでは危険性はまずゼロである。

 ソルファの視線に気付いたのか、そのスライムは体内の黒点で作った顔を彼女に向ける。


『きゅ。きんぱつ、いた』

「?」

『ひめさま? ひめさま?』

「えと、そうだけど?」

『ひめさま、いた』


 黒点が笑みを形作る。こんな時なのに、思わず見ているソルファも微笑んでしまうような無邪気な笑みだった。

 そんな場違いな光景に、闇猫の男は苛立ちを隠そうともせずに言う。


「おい、ソルファ姫。なんだそれは……?」

「え? 貴方たちの使い魔なんでしょう? ひめさまいた、って言ったわよ?」

「我々の同胞に魔法使いなどいるわけがないだろう」

「ああ、そういえばそうね」


 亜人は魔法が使えない(、、、、、、、、、、)。当然猫の亜人で構成された『闇猫』に、水の魔法使いなどいるわけがないのだ。

 となれば、このスライムは一体何者なのか――場の全員の視線が集中する。


「まさか、貴様、他に協力者が!?」

「え? いないわよ、そんなの。貴方たちもよく知っているでしょう、私たちは三人で命からがら逃げ出して――」


 と。

 その三人目のことをソルファは思い出す。

 水路に置き去りにされた、遠き地の者(ジプシー)の少年。まだ生きているかも知れない彼のこと。

 そして、部屋でベネアルと交わした会話を思い出す。

 ――ほら、噂があるじゃない、地下水路には魔女が住んでるっていう。


(たしか、水路の魔女は、『穢れ水の魔女』って呼ばれているとか……)


 ソルファはまさかと思いつつ、改めてスライムに向き合う。


「ねえ、スライムちゃん。貴方、どこの子なの?」

『いちごう、ますたのすらいむ』

「マスター?」

『ますたたち、すぐくる。みずのうえ、はやい』

「すぐ来るって、え、どういうこと? それに、たちって――」

きた(、、)


 と。

 スライムが言った、まさにその瞬間だった。



 水柱だ(、、、)

 闇猫の足下の石畳を突き破って、轟音と共に巨大な水柱が吹き出したのだ。



「……え?」


 闇猫の男が一人、砕けた石畳ごと天高く放り出されるのを見て、ようやくソルファの口から出たのはそんな言葉だった。

 ベネアルも絶句。無理も無い、誰にとっても完全に予想外の展開だ。

 しかし、『闇猫』たちは違った。流石はプロと言うべきか、こんな荒唐無稽な事態も、彼らは即座に受け入れる。

 これは間違いなく何者かの妨害、ならば多少手荒でも強引にソルファ姫を確保する――残った五人全員が、任務遂行のため一斉に動き出す。


 が。


 それも叶わない。彼らの足下から響く傲岸なる一声が、それを許さなかった。



「――貴様ら全員(、、、、、)その場に跪け(、、、、、、)……!」



 響く声と共に、まばゆい金色の光が辺りの夜闇をことごとく蹴散らす。そしてその声の命じるままに、闇猫たちは地に膝をついた。

 それはまるで(、、、、、、)圧倒的な力に(、、、、、、)押し潰されるように(、、、、、、、、、)

 覚えのあるその感覚に、『闇猫』たちは恐怖する。

 一方、ソルファとベネアルはその勝ち気で傲慢な声に、心の底から安堵を覚えた。


(そうよ。そうよね――貴方が、王様になるはずの貴方が、あんなところで死ぬわけがない……!)


 溢れそうになる涙を堪え、ソルファは足下のその下を見つめる。

 水柱が消え、地面に空いた大穴の下、水路の中に折れた剣を携えた少年の姿がある。その顔は、その笑みは、見間違うはずもない。


「――待たせたな、二人とも」

「っ、っ――! 待たせすぎよ、ばかぁ!」

「かはは、そいつは悪かった。んじゃま、さっさと逃げようぜ」


 ほら、と大きく手を広げる王化。ソルファは躊躇うことなくその胸に身を投げた。

 くるんと踊るように一回転、王化はうまく衝撃を殺してソルファを受け止める。ベネアルはその横に自分でひょいと飛び降りてきた。


「オーカ、無事で良かった……! ごめんなさい、私、貴方を置いて――」

「――話は後にして頂戴……」

「ひっ!?」


 やけに蠱惑的な声に振り向けば、闇の中にはビキニにローブに三角帽というとんでもない女が立っている。彼女がスライムの言う『ますた』だろう。


「とにかく撤退するわよ……乗って頂戴……」

「乗るって……?」

「こいつだよ。今度は二人乗りだが、任せたぞ二号」

『まかされたー』


 と、言ったが早いか、王化はソルファを抱いて水路の水に身を投げる。いや、透明で見えにくいが、正確にはその上に浮かんでいる大きなスライムに飛び乗ったのだ。

 とんでもない女も同じくもう一匹のスライムに乗る。


「え、だ、大丈夫なのかい……?」

『だいじょぶ。いちごう、つよい、はやい』

「わ、分かったよもう!」


 スライムに急かされ、及び腰だったベネアルも覚悟を決めて飛び乗る。

 四人を乗せた三匹のスライムたちは、その姿からは想像もつかないほどの凄まじい速度で、水路の中を走り去っていくのだった。



   □



 闇猫たちから逃げ延びた一行は、そのまま全員リキュリアの隠れ家に逃げ込む。そこが現状一番安全な場所だったのである。

 とはいえ、もとより一人でも手狭なぐらいの空間だ、四人も集まれば全員がまともに座る場所などない。リキュリアは椅子に、王化とソルファは辛うじてベッドに並んで座れたが、ベネアルは地べたに胡坐を掻く他なかった。


「狭くて悪いわね、我慢して頂戴……」

「いんや、匿ってもらえるだけで感謝感激さね」

「ええ、本当に。オーカを助けてくれたのも貴女なのでしょう? 重ねてお礼を言わせてもらうわ」


 深々と頭を下げるソルファを、リキュリアは面倒臭そうに「やめて頂戴」と制する。


「善意でやったわけではないわ……それに、こんな厄介な男だとは思っていなかったし……」

「かはは、随分な言い様だな。取引に応じたのはお前のはずだぜ?」

「あんなの取引って言わない、ただの脅迫じゃない……」


 苦々しげに言うリキュリアに、王化は拳大に戻ったスライムたちとじゃれながら笑う。


『とりひき?』

『とりひき?』

『ひきにく?』

「挽肉は違う。だいぶ違うなー」

『ちがったかー』


 きゅっきゅと楽しげに王化の膝を跳ね回るスライムたち。肩まで登って頬ずりしてきたりと、王化はすっかり懐かれた様子である。


「なんで貴方、他人のスライムを手懐けてるのよ……結局、貴方はどうしてたの? その、私たちが――見捨てた後」

「ん、そうだな、話しておくか。リキュリアのことも紹介しとかなくちゃならんしな」


 そう言って、彼は二人と別れてからの経緯を語り始める。

 死にかけていたところを、マキャベル諸共リキュリアに救われたこと。

 その目的は王化の『増幅』であること。

 リキュリアが使い魔で得た城の現状のこと。

 彼女が持ち掛けてきた取引のこと。

 そして、逆に王化が取引を提示したこと。


「……で、貴方が持ち掛けた取引っていうのはなんだったの?」

「お前たちを助けるのに協力してくれって頼んだんだよ。そうすりゃこの身体好きに使わせてやるってな」

「それだけかい?」


 訝しがるベネアルに、王化は不敵な笑みで、リキュリアはうんざりした様子で「まさか」と声を合わせる。


「それだけだったら応じるわけがないでしょう……極論、無理矢理ここに監禁してしまえば、好きに使えるんだから……


 この子(、、、)、『取引に応じないなら(、、、、、、、、、)ここで自害する(、、、、、、、)って脅してきたのよ(、、、、、、、、、)……!?


 うまく乗せられて刃物を渡してしまったのが失敗だったわ……ただのハッタリかと思ったら、本気で自分の頸動脈に刃突き立てだすんだもの……勝ち誇った顔で自殺しようとするのよ……? 気が触れてるわ、全く……」

「かはは、俺が死んだら困るのはお前だもんなあ」


 心底愉快そうに笑う王化に、その場の全員の顔が引き攣る。

 見れば、彼の首筋には赤い一本の傷跡が残っていた。その僅かな傷がこの話の動かぬ証拠である。


『一番肝を冷やしたのは儂じゃぞ、全く……自分で主を殺すなんぞ、怖気が走るわ』

「しゃあねえだろ、あれしか方法が無かったんだ」

『だからってのう……』


 恨みがましくぼやくマキャベル。たしかに、ある意味一番の被害者は他ならぬ彼女だろう。

 ――冷静に考えれば、王化の言う通りそれ以外に方法は無かった。リキュリアはソルファたちを助ける気などさらさら無かったのだし、それを動かすために王化が持つ取引材料は、彼自身以外に何も無かったのだから。

 にしたって、である。


「……貴方、やっぱりおかしいわよ。私たちは、貴方を見殺しにしたのに」

「ち、違うよオーカ! 見捨てたのはあたいだ! 姫様はずっとあんたを助けに行くってきかなかったんだ! だから、恨むならあたいを――」

「分かってるよ」


 王化は静かに遮り、ベネアルと向き合う。二人の視線が交わるのは、再会してから初めてのことだった。

 無理も無い、ベネアルにとっては身ぐるみまで剥ぎ取って見殺しにした相手だ、合わせる顔などあろうはずも無いのだ。

 しかし、ベネアルは恐怖を押し殺し、真っ直ぐ王化を見据える。


「――覚悟は、できてる。煮るなり焼くなり好きにしな」

「ん、良い目だ。こっちこい」

「お、オーカ! ベネアルも仕方無く――」


 弁明しようとするソルファを手で制し、王化はベネアルを目前に立たせる。

 ベネアルは目を固く瞑って全て受け入れる覚悟を見せ、他の面々は事の成り行きをじっと見守る。誰も口を出せはしない、これは二人の問題なのだ。

 そして。



「――良い判断だった。褒めて遣わすぞ、忠臣よ」



 与えられたのは、罵倒でも拳でも刃でも無く――賞賛の言葉と、頭を乱暴に撫でる掌だった。


「…………ぇ?」


 戸惑いながら目を開けた先には、大らかな笑みを浮かべる王化の姿がある。その顔には見殺しにされた恨みや怒りは見当たらない。

 暖かな掌を頭で感じながら、ベネアルは震える声で問う。


「な、なんで……? あたい、あんたを――」

「お前はソルファに忠義を尽くした。ならば誇ることこそあれ、恥じることなど無いだろうよ」

「ゆ、許して、くれるのかい……?」

「許してんじゃねえ、褒めてんだ。胸を張れ、お前は何一つ間違っていない」

「っ、――!」


 ぎゅっと抱き寄せられ、王化の胸で声にならない声で泣くベネアル。ソルファのためと必死で堪えてきたものはあっけなく崩れ去り、そこに残ったのは年相応の少女の姿だった。


「かはは、よしよし。辛いよな、人を見捨てるのって。誰かを選んで、誰かを選ばないってのは、苦しいもんさ」

「うっぐ、ひぐ……!」

「気張って疲れただろう。あぁ、俺も、そろそろ電池切れだ――」

「ぇっぐ……オーカ……?」


 王化の身体からすっと力が抜けるのを感じ、ベネアルは心配そうに問いかける。しかし答えは無く、見れば王化はベネアルを抱きしめたそのままの姿勢で、安らかな寝息を立てていた。

 戸惑うベネアルに、成り行きを見守っていたリキュリアが声を掛ける。


「――心配しなくても大丈夫よ……魔力枯渇で気絶しただけだから……」

「ひぐ……魔力枯渇?」

「マキャベルの能力の使用、それからわたしの使い魔による貴女たちの捜索を『増幅』でサポートしてたの、当然よ……全く、まだ回復もしきってないのに、今の今まで平気な顔してた方が異常なぐらいだわ……」

「そうかい……本当、この男は」


 ベネアルは呆れ交じりの苦笑を漏らしながら、寄りかかる重みを優しく抱きしめるのであった。


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