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七回目

無機質な紙が届き、俺は、自分の命の期限を知らされた。

ここに入れられたときから、あまり死と言うものを恐れていなかったのだが、そうだとしても、何一つの葛藤もなくその文面を見つめられる自分は少しだけ、客観的には怖かった。

ほっとしているわけではなかった。

まだ死にたくはないと言う感覚はある。

しかし、もう生きるには十分だ、という意識は大きかった。

「…」

思考は、気がつけば死後の世界に向いていた。

アリスに出会う前であれば、そんな想像は一度もできはしなかったが、アリスと触れ合った今は、その想像はごく自然なものに思えた。

モリナガさんに説教されるだろうか。できればアリスも一緒に連れて行きたい。

あぁ、でも俺は地獄行きかもしれない。だったら、アリスとは一緒に居られないな。だったら、俺がここに残ればよい。

「…ばかばかしいな」

呟くまでもなくそんなことは分かっていたが、ばかばかしいと分かっていながらも口にしなければその想像を止められなかった。

いや、違う、本当は死にたくない。

それも違う。

俺は死ぬことができない。死ぬわけにはいかない。

国を変えるため?

違う。

人民を救うため?

違う。

今さらそんな大それたことは考えていない、それはこれからの人々がやることだ。俺は失敗したのだから、潔く裁きは受ける。

だったら、何が理由だ?

俺は、なぜ死ぬわけにはいかないのだ?

理由が見当たらないのに、死ぬわけにはいかない、と言う答えだけが出ている状態。

気持ちが悪い。

不快で仕方がない。

ぐるぐるとわけのわからない思考にはまり、吐き気をもようしてきた。俺は慌てて洗面台に向かって、うめいた。

「…ぐっ…」

しかし、何も出てくることはなく、俺は、ただ洗面台の淵を割れんばかりに握りしめただけに終わった。ゆっくりと、静かに、鏡に映る自分の顔を見た瞬間、俺は後悔した。その顔を見てしまったことを後悔した。

「…あぁ」

鏡に映る男は、情けなく眉を下げ、怖い話を聞いた直後の、子供のような顔をしていた。

あぁ、俺は、自分が恐れているものを知らなければ、死ぬ覚悟もできないのだ。

そして、俺は、その恐れているものを、死んでも知りたくないとも思っているのだ。

ぐぐぐと、洗面台の淵を力任せに握ると、がきっと、嫌な音がして、俺はゆるりと手を離して、よろよろと後ずさった。

がんっ

強化ガラスに足がぶつかり、背がぶつかり、頭がぶつかって俺は動きを止めた。

「…」

そのままぼんやりとしていると、ガラスがゆっくりと暖かくなっていくのが分かり、生きているということを突き付けられた。

それがわかると、なんだか一気に冷静になり、俺はため息をついた。そして、ガラスから身体を離し、しっかりと立った。

気合を入れるために、両手で挟むように頬を叩いた。すると、

「…・死刑って?」

疑問ではなく、文字を読み上げるような声は、頬を打った時のパンっと言う音と混ざり、奇妙な音程で、俺の耳に届いた。

音が耳に届くのと同時に、俺が声のする方に顔を向けると、そこには目を見開き、顔をひきつらせたアリスが居た。

確認するまでもなく、手には無機質な紙。

何か声をかけなければと思う俺の目の前で、白と薄紅色だったアリスのドレスが、ゆるゆると、黒に変わった。その変化に思わず目を奪われていると、アリスが泣きそうな顔で詰め寄ってきた。

「どういうこと?死刑って?サイモンさんがどうして?負けたからここにいれられたんでしょ?それで終わりじゃないの?ねぇ?ねぇ!」

ぎゅっと、俺の服を掴んでそう叫ぶアリスに、俺は、どうしてよいのかわからなかった。何を言えば目の前の少女が納得するのかさっぱり分からなかった。俺は心の片隅で、アリスは、俺の死を喜ぶこともあり得ると思っていた。仲間ができると喜ぶのではと思っていた。しかし、それは違った。アリスは誰かの死を喜ぶ様な子ではない。それが自分の利益になるとしても。

「死んじゃ駄目。死なないで。」

「…」

「私が言っても説得力がないのはわかっているけど…」

その言葉に、弾かれたように俺が、アリスを見た。

アリスは、何もかも受け入れたような、諦めたような、見かけとは不相応の顔をしていた。

「……」

「………」

長い長い沈黙の後、アリスは、意を決したように口を開いた。

「サイモンさん。私ね…本当は分かっているの。」

アリスが、悲しいのを隠すように、無理して歪んだ笑みを俺に向けた。俺はそのどうしようもないくらい哀れな表情に耐えきれず、アリスが言葉を紡ぐ間に、衝動のまま、アリスを抱きしめた。華奢な身体には、悲しいが当然のように、ぬくもりは感じられなかったが、そんなものはもう、どうでも良かった。

嗚咽を混じらせながら、アリスは続ける。

「…分かっているの。自分が、この世にはいてはいけないものだって・・」

俺の腕にアリスの細い指が、震える指が縋りつく。

「とっくに…殺されているって。」

俺は抱きしめる力をさらに強める。

「お父様も、お母様ももういないって…。わかっているの」

声が小さくなる。

「神の教えに背いているってことも、わかっているの。でも…でもね」

アリスの指の力が強まった。

「私は、それでも、まだ……」

キ―ンと、不自然な静寂に包まれたように、その言葉は俺の耳に届いた。

「私は死にたくなかったの。私は…私であり続けたかったの…。消えたくない。自分を見失いたくないの」

悲痛なその言葉に、俺は叫んだ。

「アリスっ!」

そして、泣きじゃくるアリスを抱きしめながら、名を呼び続けた。

「アリスっ!」

ここにいてもいいのだと、

「アリスっ」

ありのままでよいのだと、

「アリスっ…!」

言い聞かせるように。

「アリス…」

懇願するように。

「……………アリス」

祈るように。


                                     八回目にいくの

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