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五回目

「サイモンさん…」

現れたアリスは、藍色のドレスを身にまとい、その色が感情を表しているのか、悲しそうな顔をしていた。その様子が何故か、土砂降りの雨の降る情景を連想させ、俺はアリスが寒さに震えているのではないかと心配になった。

「なんだか今日は騒がしいの。嵐が来てるのかもしれないわ。嵐は怖い…。波の音が聞こえてきたらどうしよう。ここは大丈夫よね?ここは、何も聞こえないわよね?」

「…」

縋るようにそう尋ねられ、俺は、天井の、その、遥か上にある地上を、窺う心持で見上げた。地下深い(とされている)ここには、嵐の気配も、雨の気配もしない。ただただ、明るいので、いつの間にか俺は、外の世界は、勝手に晴れているものだと思っていた。

いや、天気など、気にしたこともなかった。

「ここは大丈夫だよ。俺と遊んでいれば嵐なんてものはあっという間に消え去っているさ。」

優しくそう言えば、アリスは少しだけほっとした顔を見せて、それでもいつもよりも大人しい様子でベッドに腰掛けた。俺はその横にアリスを包み込むような心持で腰掛けた。

空気が重苦しいものにならないだろうかと非常に心配していたが、むしろ、何もかもを受容するような、おこがましい言い方をするならば、俺とアリスの間に信頼関係ができているような空気が流れ、非常に居心地はよかった。

しばらくすると、アリスはうつむいたまま首を二三度左右に振ると、いつもの6割くらいの笑顔を俺に向けた。そして、少しだけ照れたように、

「おはよう。サイモンさん」

と、改めて挨拶をしてくれた。俺は挨拶を返しながら、心なしか、アリスのドレスの色が薄くなったような気がしたと思った。

「そう言えばサイモンさん。」

「なんだい?」

「この前、サイモンさんはここから出られないって、いってたわよね?」

「あぁ。いったよ」

「サイモンさんは、軍人さんなのに、どうしてここからでられないの?そういえば、軍人さんのお仕事って私はよく知らないわ。身体を鍛えること以外のお仕事、おしえてくださる?」

アリスの質問に、俺は、困ってしまったと言うか、焦ってしまった。できれば、その手の話はしたくはなかった。知られたくなかった。

俺は、表情が引きつらないようにしながら最初の質問の答えを、しらじらしいと思いながらも口にした。

「軍人は力を使って…体を張って、みんなの平和を守るのが仕事なんだ。そこは警察と同じだ。しかし、軍人は警察よりももっと、危険と言うか、本当に戦わなければいけないときにこそ、力を使わなければいけない。」

「…・難しいのね。でも、警察よりも大変なのはわかったわ。」

アリスはそういうと、次の質問の答えを求めるように俺を見た。その質問にこそ俺は絶対に答えたくない、もしくは知られなくなかったので、必死でうまい答えや、違う話題を探したが焦れば焦るほど思考はまとまらず、俺は仕方なく、昔、誰かが言ったか、もしくは本で読んだ言葉を口にした。

「大人は、よい人悪い人を決めるときに、勝ち負けを使うことがある。そして、軍人は戦うことで、その勝ち負けを決めているんだよ。つまり、俺は負けたんだ。負けたから悪者になるしかなかったんだよ。」

「戦って負けたから悪者って言うこと?」

「…そういうことかな。」

「悪者だから、ここからでられないの?」

「あぁ」

悲しげにそう答えれば、アリスは優しい言葉をかけて、そこで話は終わると思った。そして、思った通り、話はそこで終わった。しかし、アリスは俺に同情などしなかった。

「ふーん。大人の世界も大変なのね。」

あっさりと、どういっただけで、すぐに次の話に入ろうとした。

俺は、その事実に結構なダメージを受けたが、すぐに、アリスにとって、ここから出られないと言うことが、悪いことだと認識されているのかということに思い至った。

アリスにとって、この場が悪いものではないとしたら、俺はアリスにしてみたら、負けた人間だとしても、悪者ではないのかもしれない。かなり都合のよい考えだが、そこまで考えついたところで、視線を感じて意識をそちらに向けると、アリスが不満げな顔でこちらを見ていた。

「サイモンさん。私のお話、聞いていますか?」

教師のような口調でそういうアリスに俺ははっとして、素直に、ごめんと返した。するとアリスは、にっこり笑って尊大に、

「もう一度言います。どんな戦いをしたのですか?教えてください。」

と、やはり教師のように言った。俺は、アリスの言葉をしっかり聞いていたにもかかわらず、ぼんやりと、その口調が気に入ったのかなと、まったく違うことを考えた。考えながら、口調とは裏腹に、無邪気に俺を見つめるアリスの目をどうにか避けようと思ったが、狭い独房に逃げ場はなく、俺は観念したように口を開いた。

「難しい話になるよ。」

そう、前置きをして。

つまり、俺は、アリスがこの話の意味を一割も理解しなければ良いのにと思っていたのだ。

俺は、もごもごと口を開いた、

「俺は国を変えたかった。富める者しか富むことのできないこの国を変えたかった。貧しき者にただ、その場しのぎの利益を与えるだけでなく、チャンスも与える国に変えたかった。すべての人間に選ぶ権利を、そう、本当の意味での自由をもたらしたかった。

そのために、俺は勇士を…仲間を募り、俺たちの声など全く聞こうともしない国となんとか交渉するために金を奪うことにした。この世界はね、アリス、悲しいことに金がすべてを左右する。もっとも嫌われるものであるのに、人はその金に左右されなければ生きていけない。」

「……・」

アリスは神妙な顔で話を聞いていたが、その頭の上には、クエスチョンマークが躍っていることは明白だった。でも、俺はしゃべり続けた。気がつけば、どこか、堰を切ったように止まらなかったのだ。

「金はうまく奪うことができた。後は、交渉だと思っていた矢先に…俺は、俺は。」

ダグの顔がちらつく、あれだけ長い時間を共にし、さまざまな表情を見てきたのに、今の俺には、顔を歪め、俺に銃を向ける奴の顔しか思い浮かべることができない。

「…仲間に裏切られた…。信頼していたのに…」

今さら、泣きはしなかったが、突然、掠れ、沈んだ声の私に、アリスはおろおろと手をさまよわせた。

そして、どうにかしようと考えたのだろう。

気を使った笑顔で、意味のわからなかったであろう話に、俺の悲しみに触れないように、どうにか質問をしてきた。

「え…と、でも、えー…と、どうしてそんなに重い金が欲しかったの?サイモンさんは自由になりたかったんでしょ?重いものは邪魔にしかならないと思うのだけれど。」

俺は、全身全霊で俺を気遣うアリスに、全身を駆け巡る、不安のような漠然とした恐怖のようなものが薄らいでいくのを感じた。

だから俺は、ゆっくりほほ笑み、俺の話の内容とは一見、辻褄の合わない、その質問に答えた。

「…そうだな。今となっては、邪魔なものだと思うが、そのときには、とても大切で、価値のあるものに思えたんだ。」

「難しいことを考えつく人でも、間違えたりするのね。」

「…難しいことができるからと言って、正しいわけじゃないんだよ。」

俺が、そう答えるころには、アリスも、俺の調子が戻ったことを悟ったのか、いつものように、無邪気に明るい声を響かせてくれた。

「へぇ。やっぱり、難しいわ。だって、私は、正義があるならそんな金は使わなくても、みんな正義についていくと思うもの。」

「…そうであればいいんだがな。悲しいことに、世の中そうじゃない。」

「そうよね。そうじゃないから、サイモンさん。ここにいるんだもんね。この世って、変だもんね。そうだよね。私も、この世が変だってことはわかる。」

アリスは、笑みを絶やさずそう言ったが、その心の中では、おそらく悲しいことを思い出しているのだろうと思った。

だから、俺は、心の底からそうだと思っているが、口に出すことはそうとう性に合わないことを口にすることに決めた。

「だが、アリス。俺は今、ここにいることを、そんなに悪いことだとは思えないんだ。」

「どうして?」

俺は、妻にプロポーズする時よりも、カッコつけて言った。

「君という頼もしい仲間がいてくれるからさ。」

そう言うと、アリスは、もじもじと分かりやすく照れ、何も言わずにゆっくりゆっくり消えていった。

俺は、消えていくアリスを可愛らしいなと思いながらも、消えてくれたことを嬉しく思っていた。

俺はやはり大人で、アリスのように無邪気に、素直に、感情が表に出るわけではないからだ。

笑っているからと言って、楽しい気分でないこともあるし、悲しい顔をしているからと言って、悲しいわけではないのだ。

俺は、がくりとうなだれそうになりながらも、まだまだアリスがどこかから見ているような気がして、しばらく意味もなく笑みを張り付けた顔をしながら、心の中でつぶやいた。

―難しいことができるからと言って、正しいわけではない…。

俺は、どうしてそんなことを言ったのだろう?ただ、アリスの言葉に、そうだね。と返すだけでよかっただろうに。

ダグ。

俺は、本当は、きっと、いや、自分でもまだ分かりはしないのだが、それでも、俺は、お前が怖かった。

よくわからないが、いや、まだ認めるわけにはいかないが、でも、それだけは言える。

俺は、お前が怖かった。


それから夕食を食べ終え、本を一冊読むまで、ダグの顔が、あらゆる場面でちらついて、離れなかった。

それもまた、怖かった。


                                    六回目にいくの






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